助けあいジャパン

May 31, 2013

お尻は何でも知っている

1975年夏
僕と仲間達はイギリスに短期留学することになった
初めての海外ホームステイ
ケンブリッジ大学(ジーザスカレッジ)の
サマーコース
見るモノ聞くものが新鮮だった

ロンドンからケンブリッジにバスで移動し
それぞれのホームステイ先に落ち着いた
イギリス生活が本格的に始まった

数日後のある朝
日本人の
誰からとなく話が出た
みんなどことなく暗い顔をしている

お前、どーしてる?
えっ、俺もだ
おお、お前もか!

みんなトイレの悩みだった
あの時代、和式がまだ主流だった日本
洋式に慣れていなかった人が多かったのだ

うんこがうまくできない。。。

もともと環境が激変しとストレスで便秘な上に
洋式トイレでは「踏ん張れない」のだ

多くが切実かつ深刻な悩みに直面した

で、どうなったか?

ある人は便器を「中腰で跨いで用を足す」方法をあみ出し、
ある人は「前後逆に座って便座の上に和式でしゃがむ」
というアクロバティックな技を考えた

当然ぽっちゃん率が高くなる
(バランス感覚が必要だし、下肢が痺れて大変)
毎回毎に、ひや!とか、おっと!とか言いながら苦労することになる

そんな使い方をしていたので
ホームステイ先のトイレの
便座を踏み外して壊してしまうという
想像もしていなかった状況に
途方に暮れた人もいる(笑
その事情を説明することで彼は
さらに実戦的英語力をつけたと思われる

まさに悲喜こもごもの密室のドラマ(w)
が展開したハズだ
今では考えられない話だけれど

調べてみると
1975年当時、さすがに都内の水洗トイレ普及率はほぼ100%だったが、
1976年で和式vs洋式が「ほぼ同数」になった、という。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091207303805.html
ウォッシュレットの普及が加速するのがバブル以降の1990年代。
この間、日本のトイレ事情がいかに劇的に変化したかは興味深い。
...てか、僕らはもろに当事者だった(笑
こんな国、僕の知る限り他にはない。
Father Knows Best (邦題:パパはなんでも知っている)のモジリ

May 30, 2013

バックステージで考える事

院長という仕事について
前回エントリーを書いた
これはその続き

たまたまご縁があって
僕は医師となり
院長という立場で
仕事することになった

考えてみると
僕が「院長」であるのは
僕以外の周りの人たちが
「まあ頼りない奴だけど、やらせてみるか」と
たまたま「院長」という立場にしているだけだ

院長になった、のではなく
院長という立場にさせて頂いている
というのが正しいだろう
つまり
ステージの上で
便宜上の院長という「役」を
精一杯演じているにすぎない

みんな同じだと思うのだ
すべての物事は同じだと思う
自分で何かをやったつもりでいても
実は何もしていない

自分以外の動いた結果なのだ
実は「全てが繋がった」世界の一部

考えてみると
学校の先生も
魚屋のおじさんも
女優も
小学生も
ヨボヨボの爺さんも

人生のステージで
それぞれの役を
背一杯演じている

すべての人には
それぞれの関係性があり
生まれてから
死ぬまで(死んでからも)
「その人」なのだ

俯瞰的にみてみると
自分でその位置を
決めている気になっているが
じつはすべて
「ご縁」なのだ

いつも同じ結論に
思い至るけれど。

May 29, 2013

いんちょ、というお仕事について

医師として
経営者として
リーダーととして ...etc. 様々な顔があって

教育研修や
対外的な活動や
院内的な問題の解決や
苦情処理係 など

病院にはいろんな事があって
毎日様々なドラマがある。

正直、激務である

整地して
水を撒いて
プレーヤーとして
打って、守って、
球拾いして
監督して
掃除して
怪我を診て...
これがエンドレスで続く

大変だからといって
誰も褒めてくれないし(笑)
陰口を云われる事はあっても
よく云われることはあまりない
損な役割なのだ

たいへんですね、といわれる
我ながら、よく今までやってきた
と思う

でもこの仕事
「好きででやってる」
大変だなあと思っても
イヤだなと思った事は
一度もない

医師という仕事に
矜持もあるし
満足感もある
患者と家族の笑顔
そして
様々なご縁で出会った
仲間と一緒に仕事する幸せ

昨年倒れてから
あらためてご縁の大切さを感じている
有り難い事だと
心から思っている

25時のシャドーボクシング

人生、最後の最後まで諦めたらだめだ
頑張る気持ちがあるうちはいい方向に進む
ポジティブな生き方は免疫力を高める
ポジティブな考え方で.幸せを掴め!..etc

僕もその通りだと思う
たぶん正しい、と思う

シニカルになっている訳ではない
弱気になっている訳でもない
人生を否定的に見ているわけでもない
鬱でもない

僕ごときがエラそうにいえるものではないが
その先が朧げに
見えて来た
そんな気がするのだ

そして最近はポジティブ思考の
「まだその先がある」
と考え方が少し変ってきた。

本当に最期の最期まで
ファイティングポーズを
とり続ける事が
本当に幸せなのか?という疑問
(そんなわけないだろう!)
ボクは何の為に戦っているんだろう?

だとすれば
早々に「諦めてしまった方が」
残りの人生が「楽になる」はずだ(?)
逆説的にいえば
結果(成果)を求めている限り
永遠に心の安寧は得られないのではないか?
という命題

NO!

そうではない。
死を身近に感じてみるとわかる。
そう考えるべきではないのだ。たぶん。
「諦めてしまう」のではない
「希望を捨てるのではない」
うまくいえないけれど
死を意識するからこそ
生きる事を肯定する
「全て認めてしまう」のだ
寛容という観念

そして僕は
まだまだこの期に及んでも
エラそーなことを言って
「格好つけてる」
(この格好悪さがボクなのだ)
今さら、なんと云われても全然平気だけど。

通風の痛みに、今ひ〜ひ〜泣きながら笑ってる。
全然凹んでないので御心配なく。

この心境の変化については今後も内省を続けよう。
自分でも何を書きたいのかわからなくなってしまった(笑)

てなことをつらつら考えている深夜25時

May 28, 2013

痛風という伏兵(追補)

昨日から左拇指(足の親指)の基部が痛い。
一昨日から違和感があったのが
朝から本格的に痛くなった。
いててててて
徐々に腫れと赤みも出て来て
びっこを引いて歩く

ふううむ
そういえばアキレス腱部や
ちょっと前から足底に違和感があった。

思わぬ伏兵
実は以前から尿酸値が
高めだったので気にはなっていたのだ。
典型的な痛風発作だ

ここは消炎剤の湿布を貼って安静にするしかない
NSAIDs? 冗談でしょ
高尿酸血症に関しては
それがどーしたの?って感じ。

医師としてあるまじき態度ですが
反省&後悔。。。全くなし

ただし元気な良い子は真似しない事(笑)
========

てな事を昨日書いていたわけだ。
ところが今日閃いた。

腫瘍崩壊症候群
Tumor Lysis syndrome
随分前になるが、当時学会で話題になったことがある
腫瘍が急激に崩壊する時に尿酸等の代謝産物が
大量に発生するのだ
簡単に云えば
「抗がん剤が急激に効いている場合に、
高尿酸血症になることがある」ってことだ。
ひどい痛風はBad newsで勘弁して欲しいけど
もし抗がん剤が効いているならGood newsって
考えよう。
ここは流れに身を任せて行こう
ってか、すでにそうなのだけれど
どうせなら
そう考えた方が楽しいじゃないか(笑)

さあ、じゃんじゃん水分を摂らねば。
(わかりやすいヤツ←自分)

May 27, 2013

みんな苦手(?)な英語について

正直に告白すると
どうして多くの人が
英語での会話に苦労するのか
みんな英語で会話しないのか
不思議だった。

慎重に書かないと
誤解されると思うけれど
僕には英語でのコミュニケーションが
苦ではなかったから。

中学生は中学生のレベルで
高校生は高校生のレベルで
必要にして十分なものだった(はず)なのだ。
これだけレベルの高い高等教育を受けている日本で、
英語が話せないのは逆にどこかおかしいって思っていた。

僕にとって英語は練習することにより
自然に言葉になった。
英語のオウム返しが普通にできたし
子供の頃からわりと日常にアメリカがあって、
英語が近かったこともある。
学校の科目として勉強するのも得意だったし、
テスト勉強も全然苦ではなかった
知識はどんどん入って来た
新しい言葉を憶えるたびに
すっと耳に入ってきた。

好きな科目だから
点も取れる
成績がいいので
自信を持つ
この好循環

ある時期かなり集中的に勉強したことは事実だ。
大学時代は英語漬けの生活の時期もあった。
辞書を引く(今の時代ならスマホ?)労を厭わないこと。
必要に迫られて医学英語は訓練した。
医学書翻訳のアルバイトは一石三鳥だった。
英語のメモとノートは自分だけの宝物だ。
ある時点からは努力しかないことは事実。

結局、語学の習得は
勉強ではなく
練習であり訓練なのだ。

みんな100%コミュニケーションをとっているつもりでも、
そんなことはありえない。これは日本語でも英語でも同じ事だ。
その言語で考える事は、ある程度の訓練で自然にできるようになる。
そのスイッチを自分でコントロールできるかどうか?

そして、本当に大切なのは
わからない言葉が入って来ても
決して諦めず「思考を止めない事」。
これが一番肝要なのだ。
「ああ、わからない!」と
思考を止めてしまうと
その先はない。

ちょっとしたコツで
それは可能となる。
あ、このコツについて本を書いたら
結構ウケるかもしれない(笑)
さはさりながら、、、

最近は錆び付いているが、
スイッチが入った時は
自分でも別人(別キャラ?笑)になってしまう。
たしかに、あの頃がピークだった。

英語力はボキャブラリーは
その後も上がる余地があるが、
ある程度までで、それ以上は上がらない。
LAでもNZでもスランプはあった。

世の中には「英語屋さん」も多い。
大切な事は、英語で仕事をする事であり
英語の仕事をすることではない、という
アタリマエの事実。

ある程度までのレベルになれば十分で
完全なmother tongueの人の方が
むしろ少数派なんてことも知り
ふいぶん気楽になったものだ。

自信と不安のケイオスの中で
のたうち回っていた
ああ、若かりしあの頃。

May 26, 2013

桃妄想(もももうそう)

桃が食べたい
梨も柿も栗も食べたいけれど
圧倒的に桃が食べたい
今すぐに食べたい
ああ、食べたい食べたい
水蜜桃

たわわに実った桃
ぷりっと柔らかい果肉
香しい
薄紅色から
ほんのり香る

思い切り
頬張り、かぶりつく
口中に広がる
果汁を啜る
蕩けるような
官能的な感覚
惚けたように
この感覚に酔う

弾き返されるような
生命の時から
熟し朽ちてゆくまでの
儚い時間

あまり強く無慈悲に扱うと
壊れてしまう
奔放な若さと
繊細さ

そして孤高の気高さ

桃はエロティックだ
他の果実とは比べ物に
ならない程
数ある果実の中でも
トップクラスのセクシー度
(そんなものがあるとすれば、だけど/w)

桃は存在そのものが
官能的なのだ
あの蒸し暑い夏
厳しい暑さを過ぎれば
もう少し

「桃妄想」momo-mo-so ってフレーズで一曲書けそうだ(笑)

May 25, 2013

つめたいおなか

昨夜は僕にはめずらしく
胃痛に苦しんだ。
間欠的かつ発作的に
きりきりきりと
痛みが来て
一晩中のたうち回った
(痛みに実に弱い)

朝までうつらうつらして
世が明けるのを待った
時々襲ってくる
胃が掴まれるような
痛みと不快感

来るかな?来るかな?
あああああ、来た〜〜〜って感じ。

まだ暗いうちにナースを起こすのも忍びないので、
朝ご飯も食べないで(僕としては珍しい!)
じっと耐えていた。
そういう所が割と
律儀&健気(笑)

点滴を開始して
昼前には「ウソのように」
楽になった

感染性胃腸炎というより
通常の急性胃炎か
すこし粘膜が荒れているのかもしれない

お腹が「冷える」
西洋医学ではない概念
でも実際には我々日本人には
科学的ではないれど
コモンセンスだ

胃腸炎などの腹痛では
お腹が「ひんやり」してる
ウィルス性胃腸炎では
多くの場合熱があり
お腹が熱い

「経験的事実」として認められていても
医学的には「証明されていない」

僕の知る限りでは欧米の教科書
例えばHarrison やCecilも含めて
その真偽に言及しているものはない。


腹が冷えることが腹痛・下痢の原因かどうか?
腹を温めることでなぜ症状が楽になるのか?
こんな単純な事もわかってないのだ。

つまり世界中の大部分の医師達が
腹を冷やす事の功罪に付いて
「考えた事もない」。
それも不思議だよなあ。

まだまだ沢山ある「理学的所見のtips」と
そういう雑学も含めた「医学周辺知識」って
実はとても大事なんだと思う。

さて、午前中のたうち回っていた腹痛は
昼前には「ウソのように」楽になった。
晩ご飯からうどんが食べられた。
しめしめ 

ねむいねむいと眠れない夜

化学療法13クールも後半。毎回の体調の変化が分かるようになってきた。

クール開始すると、同時に強力な制吐剤とステロイドが始まるので
元気になる。いわゆるカラ元気状態でお腹も減るし元気が出るのだ。
満タンにしてSSでチェックして走り始めた状態
そして次の1週間も勢いでいける。
ただし、徐々に元気が滞ってくる。
3週目。日によって体調に波がある。ど〜んと疲労感と倦怠感。
一日中ぼーっとしている日もあれば、
自分でも意外なほど活動できる日がある(今ココ)。
あれ〜こんなはずじゃないんだけどな〜という焦燥感。
第4週。化学療法の副作用が少なくなり3週目より安定?
集中力が続かなかったり、精神的にいらいらしつつ。
ケアレスミス多し。何を考えていたのか忘れちゃったり
やるべき事も出来ずに、あっという間に時間が過ぎて。。。
4週で次のクールへ。

この繰り返し。
速いなあ、時の流れ。
昨日は合計11時間くらい眠ってしまった。
夕方、夕食後もうつらうつらしていて、
こんな時間に目覚めてしまった。
昼夜逆転必至。よくないパターン。
焦っても仕方ないけど
時間は無限にある訳じゃないし

May 23, 2013

不健康な健康ブーム

現代人のダイエットに対する関心は
止まる所を知らない

手を変え品を変え
年がら年中
「ブーム」があり
「健康指向」があり
踊らされる人たちがいる
いくらでもネタはある

肥満は悪である
飽食と肥満は罪悪であり
高脂血症は断固として対応すべき...etc.

「デブ禁」の錦の御旗の元に
「節制こそが善」
という風潮がひろがる

もちろん「節制すること」はいい事で
自分の身体にコンシャスになるのは素晴らしいことだ。

しかし体を壊すような非科学的なダイエットや
「全ての問題はダイエットの失敗にある」
という間違った思い込み、敗北感、罪悪感。。。
その不安感や焦燥感につけこむ
「健康ブーム」の商業主義

これだけ情報が氾濫する世の中では
セルフイメージの崩壊は自己否定につながり
すべてネガティブな反応に跳ね返ってくる

過度なダイエットは様々な問題(時に致死的な)を
引き起こすことだってある。

つまり、みんな極端すぎるのだ
あまりに結果や成果に拘り
誰もが夢のような肉体を
今すぐ手に入れられると思ってる

何のためのダイエット?
元気に長生きするため?

 「長生きする」ことは本当に素晴らしいことなのか?

誰でも病気はイヤだ
痛かったり苦しかったりはご免だ
死ぬまで「元気でいたい」
 
 では、いろんな事を我慢して生きていく事の意味は?

無条件にただ長生きする事が
必ずしもいい事ではなさそうだと
いうことに
みな気づいてしまった

細心の注意を払って
健康に留意して
節制して完璧な対策を
取っていたとしても
次の瞬間
豆腐の角で頭をぶつけて
死んでしまう事があるのが
人生なのだ

不自然な
健康ブームという
不健康な世界

来週人間ドックなので、酒を節制しよう とか
主治医に怒られるので(?)血糖をちゃんと調べようとか
目標体重を気にして急遽ダイエットしようとか。。。
まさに本末転倒だ

医学的に「リスク」という考え方では
「こういうタイプの高脂血症が、将来心筋梗塞で死亡する確率はXX」
「従って「心筋梗塞のリスクを下げる為にカテーテル」をするべきだ」
「同時にこういう薬を開始し維持すべきだ」。。。etc
医師として医学者として、「論理的な」でリーズナブルな考えだと思う。

しかし、現時点で論理的であったとし
それで隙間なく医療が進んでいったとしたら
それはそれで問題があると思うのだ

逆に「何もしない」という方法
先日言及したwithhold と withdraw

医学的には望ましくなくても本人が納得すれば、是とする。
それにより「寿命」に多少の変化があっても
それがどーしたの?という
達観するチョイスがあってもいいではないか。

うまく説明できないけれど
現代社会の死生観は
自転車で喩えれば
「あそび」がなさ過ぎる気がする

要はバランスなんだろう。

以前紹介した「メキシコの漁師の話」
「不良長寿とフィンランド症候群」を思い出す。

本当に幸せな生活って何だろう?

不思議系の出来事

ご縁について、自分なりに思索を進めていくと
人生は個人のものではあるけれど、独立して存在する事は
ありえないことに気づく。全てのご縁は繋がっている。

「あなたとは、きっと前世でお会いしていたと思います」
随分前になるが、人から突然言われた事がある

ご本人曰く「霊感」があって
前世とか来世とか(よくわからないけど)
「体感できる」らしい

ふつうはそんな事を面と向かって言われたら
引くか、聞こえなかったふりをして
今までは軽く聞き流してきたけれど

最近はふ〜ん、そんな考え方もあるんだって思う。

全面的に否定することなく、
もしかしたら
人生にはそういう不思議な事も
あるのかもしれないと思うようになった

不思議な事、不可思議な事。。。
「かもしれない」ではない。
実際の人生にはそういう
「説明や予測できない不思議な事ばかり」なのだ。

前もってわかっていて
何かが起こる事などない。
何かが起こってから「わかる」のだ
どんな場合にも
誰にも
未来の事はわからない

人生で起こる様々な出来事や
世の中の事件やイベントは
むしろ、そういう「不思議系の出来事」
の方がメインなのではないか?って思い始めてる。

人生一瞬先は闇
先がわからないのが人生
今更ながら

それも全て包括して
「ご縁」で物事が動いている
ことは間違いない

May 21, 2013

Discography

ハックルベリーフィン1972のDiscographyの整理中。自分たちで言うのもなんだけど(笑)、新しい発見があって面白い。差し当たり活動再開後の2枚、Time Frame と Sand and Gemをチェック中♬

Time Frame
  日曜日の午後の雨
  あれからあなたは
  Time Frame
  雨の日とパンプス
  花残月(うつき)
  東の風
  坂道の午後
  あのひとの心に
  風になりたい
  涙色のおもいで
  流れ星



Sand and Gem 
   
    携帯電話のなかった時代
    時よこのまま
    紫陽花
    ふたり
    小春日和
    碧翔高校校歌
    春の嵐に
    雨の夜と苦しい午後は
    Zip City
    雨の鎌倉

May 20, 2013

ちいさなちいさなわが子を看取る

ちいさなちいさなわが子を看取るNICU「命のベッド」の現場から
川畑恵美子 著(光文社)


サムライ辺境論

昨夜、「八重の桜」を観ていて思った。
我々日本人って、本当に真面目で
一所懸命に生きるDNAを受け継いでいる

将軍から市井の町人まで
当時の世界標準で言えば
かなり洗練された
文化的で豊かな生活をしていた。

基盤にあるのが教育だ。
どんな社会階層でも
社会的に辺境にあっても
基礎的な「読み書きそろばん」ができるという
驚異的な民度の高さ。

太古の昔から学ぶ事の大切さ、互いに高めあう事の大切さ。
資源のほとんど無い、文化的にも辺鄙な位置にある日本が
生き残っていく為には
人的資源(つまり教育)しかないことを、
我々日本人はDNAレベルで知っていた。

貧富の差があったにしても
みんな「同じ日本人」という
誇り高い精神性と同胞意識があった。

これがまず他のアジア諸国、とくにCとかKと違うところだ。

西欧に伍して戦う
日本を日本たらしめたのは
そのプライドと
几帳面で一所懸命な
一途さだった

昨日の「八重の桜」では、
ちょっと前までちょんまげを結っていた徳川慶喜が
大政奉還したらすぐに、軍服に着替えてしまう。
その変わり身の早さが(そしてそれを受け入れる)
柔軟性(ある意味節操のなさ)が日本的だ。

それにしても幕末の混乱期。
インターネットはもちろんのこと、新聞テレビなどのマスメディアのない時代に、日本国内にどんなコミュニケーションのネットワークがあったんだろう?皆がみんな「忍者」を雇っているわけでもないだろうし。すべて口コミだったのか?あのミミズの這ったような毛筆フリーハンドの親書や手紙が、誤解なく伝わったとはとても思えないし。そんなアウエーともいえる環境で、薩摩にしても長州にしても「辺境」のサムライたちがどうやって天下を穫っていったか?あ、逆か?何らかの方法で優位に情報を握れたから、辺境サイドである薩長が巻き返して逆転したのか?。ううむ、これも非常に興味深い。

はっきりいって「何でもあり」の時代だった。
昨日の友が今日の敵、今の敵が明日の味方
興味深いのは、当時の人たちも意外と変わり身が早いこと。
幕末の浪人なんか「今日からワシは某(なにがし)になる」と
自分で(!)宣言して、別人になっちゃったりしていたらしい。

幕末の混乱期〜明治の世の中への興味は尽きない。

May 19, 2013

驚きのクロッキー

梅田先生の次女、まりこさんが
15分くらいで
さらさらさらと
クロッキーの肖像画を描いてくれた
実は彼女とは初対面

出来上がったその絵を見て
驚いて、絶句した

僕自身がそこにいるのだ

彼女がプロである事は
もちろん知っていたが
実際の作品を拝見して
その圧倒的なプロの力量に
ぶっとんだ


似ているとか
似ていないとかとは
次元の違う
視座と視点
切り込み方

リアリズムなら
写真に敵わないだろう
しかし絵にしかできない
パワーがある

自分の特徴や
雰囲気や印象
本人の気づいていない
本質を捉えている

ぞくっと鳥肌が立った

少し時間が経って
しみじみ絵を眺めて
毎回発見がある

さすがプロフェッショナル
プロとアマの歴然たる差

ま、確かにちょっと
実物よりハードボイルドだけど
これは彼女特有のジョークと
やさしさだろう(笑)
じぇじぇじぇ

May 18, 2013

実物より150%増しでカッコいい


梅田まりこさん(梅田先生の娘さん)に描いて頂いたクロッキー。さすがプロです。
実物の150%増しで渋くてかっこよく描いてくれました。
(ちなみに犯人の似顔絵ではありません:笑)

プレミアムブラックカレー

三重伊勢のかおるさんから頂いた「プレミアムブラックカレー」。
松阪牛で有名な朝日屋のカレー。満を持して本日梅田先生と開封した。
ぬははははは。思わず笑みがこぼれる。これは旨いわ。参りました/
ありがとう!かおるさん!

May 17, 2013

悩んだら斜め45度上空3m

以前のもので、表題のタイトルのエントリーがある
http://sandgem.blogspot.jp/2006/11/blog-post_16.html?showComment=1163684400000#c116368441390759779
Thursday, November 16, 2006

この時は職場の人間関係について書いた。
今回のエントリーも、書き残しておきたい人生のtipsのひとつだ。

小さいながらも組織のリーダーとして
仕事をしていると、様々なことがある。
順風満帆に見えるようでも
様々なことが起こっていて
複雑に同時進行しているのが
組織であり、社会だろう

良い事と同じくらい
悪い事が起きるのが
社会であり人生
イライラしたり
やってられね〜なんて
愚痴りたくなることもある

自分が何処に居るのか
わからなくなったり
どこに行けばいいのか
不安になったとき
僕はいつも
同じイメージをすることで
落ち着く事にしている

自分を
斜め45度
上空3mから
俯瞰して
眺めるのだ

そこに瞬間移動すると
すっきりする
心が軽くなり
力が湧いてくる

告白すると
実はこの遊びを
子供の頃からやっていた。
はっきりと記憶に無いくらい
小さいときから

たぶん5歳くらいからだと思う
誰に教わったわけでもない
イメージトレーニングというほど
ハッキリしたものでもない
一人遊びしていて会得した

目を閉じて
深呼吸
出来るだけ静かに吐く

そして静かにイメージする
子供の頃から慣れ親しんだ
その場所、空間イメージ

斜め45度
上空3m


この歳になると
イメージの中で
幽体離脱(?)みたいに
自由自在に高度や位置を変えたり
位相をかえたりすることが
できるようになる

そこに行けば
どんなに心がざわざわしても
心を落ち着かせることができる

日々のストレス・マネージメントが必要な
若い人たちが増えている昨今
イメージトレーニングすることにより
楽になって救われる人がきっといると思う。

===
空想好きの
へんな子供だった。

May 16, 2013

Sizzling Riceという魔法について

Crispy, sizzling rice
カリカリに
高温で焼いたご飯

クリスピーな
おこげが香ばしく
食欲がわく匂いだ

じゅうじゅうじゅう
ぎゅうぎゅうぎゅう

その、おこげご飯の上に
少しとろみのあるスープを
一気に流し入れる

じゅわ〜ぱちぱちぱち

弾けるお米
まさにsizzling rice
 この瞬間が
 この皿のクライマックス

香ばしさと
立ち上るスープの香り
ひとしきり落ち着いてから
スープを頂く満足感

味覚、視覚、嗅覚、
一気にやられる
Sizzling riceの愉悦

クリスピーなご飯が
弾ける音と共に
ちょっとだけ
切ない気持ちを
思い出した

たぶん
きっとそれは
Sizzling rice の魔法

^^^^^^^^^^^^^^
懐かしく、ちょっと切ない思い出
キーワードはSizzling Rice

少し薄暗い、寂れた感じのチャイニーズレストラン
時は1980年代。20歳代半ば。一番やんちゃな頃だ。
まだ僕は医学部の学生で、休みにはほぼ毎年アメリカを貧乏旅行していた。
もちろん当時はまだ独身だった。そして、ある時期、それもごく限られた期間、ある人の事を好きになってしまったのだ。

なぜそんな気持ちになったのか判らない。旅に出るまで予感さえなかった。卒業も決まり、仕事をするまでに、1ヶ月くらいアメリカを旅するモラトリアムの時間があった。西海岸を旅して2週間経った。西海岸のその街から、東海岸にいた電話の声を聞いたら、その人にどうしようもなく逢いたくなった。後先考えず、その地方都市にすっ飛んでいくことになった。

夢のような素晴らしい時間が、確かにそこにあって、僕はぼ〜っと夢うつつのままLAに戻って来た。その後ハワイの友達から、カピオラ二パーク近くのウソみたいに安いweekly rateのアパートメントホテルを教えてもらい、腑抜けたまま1週間近く過ごした。一人で歩くワイキキの街は全然現実感がなかった。自分で勝手に勘違いして、一気に沸点まで盛り上がって、勝手に自爆したのだ。発症から完治まで(笑)全経過2週間の「熱病」みたいなものだった。

成田に到着した瞬間、すべてが夢の中の出来事みたいな気がした。以後その彼女と会った事も無いし、不思議な事に会いたいと思った事も無い。繰り返すけど、すべてが夢の中の出来事。誤解されないように一応書いておくけど、完全にプラトニックだった。

きっとあれは、
Sizzling Rice の魔法だったと思う。
間違いない。

May 15, 2013

社会システムのデザイナーが悲観的になってはいけない

1990年頃までは、
たしかに結婚適齢期というものがあった。
仲人というシステムも現存していたし、
お見合いもごく普通だった
その後バブルに向かい
そしてそれが散った頃から
型通りの結婚式や
従前の結婚披露宴を
やらないカップルが
明らかに減った

つまり形式にとらわれない
新たな世代が主流になったのだ

僕は1985〜1990が一つの転機だったと思う

ここで態々、僕が言及するまでもなく
社会の様々な価値観(個人、家族、自分の周囲の人。。。)
も大きく変わった。ライフスタイルそのものが多様化(陳腐な言葉だけど)したものこのころから。視点をちょっと変えると、社会が「ファミリー」や「夫婦」を再定義した
ということになるだろう。

ついこの間まで何処にでも普通に存在した「口うるさいけど親切なおっさんや」や、おしゃべりで「人の話は全然聞いてないけど、いろいろ心配してくれる仲人おばさん」etc 登場人物がいつの間にかどこかに行ってしまった。

さて、さらに核家族化の進んだ日本社会
孤独死が全然センセーショナルではなく
アタリマエのようにニュースで流れている

最近は、その反動として
「人間の優しさ」をどうやって
社会システムに組み込むのか?について
ディスカッションがなされている

いろいろ論点はあって
様々な意見はあると思うが、
僕は結論を急いで
悲観的になることはない
と思う

青い、かもしれない

しかし あの現実

311を実感した我々の世代の
僕は日本社会の底力を
信じたいと思う

我々にはそういうDNAが
脈々と受け継がれている
日本という社会の質の高さと成熟性
そして臨機応変な可能性に
未来を託したい

政治家、官僚、研究者など、
社会システムのデザイナーたちが
悲観的になってはいけない。
未来への道は
立ち止まってはいけない
待ったなしなのだから

May 14, 2013

なくてはならぬモノとは

今月中に病院の別棟の改装を行う予定で、院長室のものを整理することになった。いわゆる「身辺の整理」というモノですね。あ、違うか(w)。以前からわりとモノは貯め込まない主義で、ばっさばっさと断捨離してきたつもりだけれど、トンデモナイ。いざ整理してみると、いかに自分が柵(しがらみ)に縛られて、様々な事を貯め込んで来たかがわかる。仕事上の自分が関与して来た委員会や医師会関連の資料などは、ある程度は仕方ないとしても(それでも方法はいくらでもある)、毎月送られてくる様々な雑誌や書籍、資料などが溜まっている。

ということで、来月の引っ越しを期に断捨離!することにした
ちぎっては投げ
ばっさばっさと

今回も
迷ったら捨てる
捨てない理由がなければ捨てる
後悔はしない
という方針

く〜気持ちいい!
この感覚、精神衛生上
とてもよろしい

結果、今日だけで院長室のかなりのものがなくなった。

つまり
これらのものは、ほとんどすべてが
「もしかしたらこの資料将来使うかもしれない」とか
「以前学会や研究会で発表した論文やスライド資料」などで
実際にはそれがなくても困らないものばかりだった
ということなのだ

自宅の中の様々な物
(履かない靴とか着ない服とか)
と同じ

逆に今まで使っていなかったものが
こんなにあったのか?
という発見
今の時代
大きな本棚なんか要らないし
いくらでも必要な情報は検索できるので
テキストでも画像でも
かなりのダウンサイズが可能だ

本当に無くちゃ困るようなものは
(あるとすれば、思い出と)
i-phoneだけなのかもしれない。

久しぶりに汗をかいてヘトヘトになった。
いいエクササイズ。
最後の方はヒザが笑った(笑)壮快だ!
(力仕事を手伝ってくれたN君ありがとう)

喰わず嫌い選手権について

とんねるずの「喰わず嫌い選手権(だっけ?)」
割と好きな番組だ。有名人が、二組の対になって4試合する

食べられなくて(つまり食わず嫌い)が
見つかってしまうと負け。
「参りました」となる。

くだらないっていえば下らないけど、
日本ならではの食事への拘りもあるし
対戦者同士の駆け引きの妙も面白い

タレントやスポーツ選手が
意外な好き嫌いがあったり
とんでもない偏食だったり
わりと人間観察という意味でも
面白い

そうそう、この食べず嫌いの番組に出てくる「あれは食べられない」という食材の多くは、いわゆる「酒の肴」であることが多い。子供の口には合わなくて、一回食べてそれ以後は「食べず嫌い」になってしまったものも多い。

反対に、子供の頃、一度も美味しいと思った事もないのに、
ある時点から突然美味しさのセンサーが目覚めてしまい、しみじみ美味しいと感じる食材がある。その味覚のブレークスルーを多くの人は体験するだろう。

このわた
うに
なまこ
かき
あなご。。。

基本的にはお酒の肴。幾らでも例を挙げられる(笑)。
子供にはわからない(美味しい)世界があることを、小さい頃から大人は話しておくべきかもしれない。

May 13, 2013

もう少し此処に居なさい

先日やったMRIの結果をディスカッションするため東大医科研へ。4月のものが「やや大きくなっている」所見があった。それをフォローする意味で、3週間インターバルで5月(先週)MRI(再検査)をやったのだ。さらに大きくなっていれば次の治療(ウィルス療法)に進む可能性があった。

結論から言えば、びっくり。周辺画像も含め、腫瘍が画像上「小さくなっている」「少なくとも大きくなっている部分はなかった!とのこと。Good news! 前回の「大きくなっているかも?」から、今回の「少し小さくなっている...」という所見の違いを見せてもらった。

とーしろではないので、画像の変化に一喜一憂するつもりは全然ないが、素直に安堵。有り難い。この病態で「大きな変化がない」こと自体が、いかに幸せな事か感じ入る。アリエナイ幸せ。気分を仕切り直してみたくなった。少し身体を動かしてみたい。歩くか。

いずれにしろ、お前はまだもう少し此処に居なさい、という事なんだろう。

厳父慈母について

母の日のエントリーを書いておいたつもりだったが、中途半端になっていた。

今日久しぶりに母親に電話した。若い頃から何回か大病をしているにも拘らず、身体の芯がしっかりしているんだろう、むしろ僕より元気(笑)。頭も僕以上にクリア。さすが我が母。これからも元気でいてください。

12日、FMサルースの放送(サイマル)で、香月さんたちの話していた内容は100%納得&同意できるものだった。要はいつも僕も書いたり話したりしていることで、子供のことを「認めよう」「褒めよう」ということですね。ミミタコですが今こそ日本中の大人達が声を大にして言うべきだと思う。とくに家庭内で母親が褒め上手であることの大切さ。

ごく普通であった「ボクにとっては偉大なる我が母」だって、実際にはお尻を叩く体罰や、感情的な対応もあった。いっぱい褒めてくれたけれど、全然完璧じゃなかった。でもみんなそんなものなのだ。大人も子供もみんな必死で子育てしてる。そして、そこに真実がある気がする。

さて、母の日。
母は偉大だ
生物学的に言えば
男性はあきらかにオマケみたいなものだ
どんなに威張っているヤツでも
母親のおっぱいの
無条件の優しさには敵わない

母親と違って
父親になった現実感や
肌感覚の親子の情のようなものは
後になってじんわり感じるものなのだ

子供は本当に可愛い
時に憎らしいことをやらかしたり
トンでもなく手がかかったり
言う事を聞かなかったり
お金もかかるけど

自分の半分のDNAが
この世に存在していることだけでも
素晴らしい事だ

古今東西どんな社会でも
ちゃんとした社会は
間違いなく女性がしっかりとしていた
換言すれば
母達が日本を作って来たのだ

日本だけじゃなくて、
その辺りが(社会の多様性?)
ちょっと怪しくなって来て
皆が不安に感じかけている気はするが

昔はどこにでもいた
先生やお偉いさん、
憧れの人、先輩。。。
目指すモデルがあった

自分が親にしてもらったことを
考えれば、その半分もしてあげていない気がする
厳父慈母 慈父厳母 には
ほど遠い(笑)
みんな「友達」親子になってる

逆にその視点で見てみれば
いかに自分たちの世代が恵まれて
育ったのかよくわかる。
Thanks, mom!

May 12, 2013

神業オーダー取り

目黒とんき。有名店。このところ化学療法とステロイドの影響でいつも以上にお腹が減る。食欲がなくなるのではない。逆に亢進するのだ。ということで、本当に久しぶりに再訪。日曜の夜、お店は超人気大盛況でごった返していた。

ここんちは、いつも&誰もが感心するように一切予約は取らない。さらに入り口で人数とオーダーを伝えるだけなのだ。順番に座って待つわけではない。大きなお店なのにメモを取る訳でもない。すべてアトランダムで板場さん(何人もいる)が記憶、それを統合する大将がいて、それぞれのお客が、どこに座っていて、何をオーダーしているのかを、皆しっかりと見ていて、把握している。テキパキと動いて気持ちがいい。いつも不思議なのは、この複雑なオーダーをどうやって憶えていか?ってことだ。オーダーを間違えていたとか、トラブルとかを見た事がない。このオペレーション、すごいこった。

それはさておき、久しぶりのクリスピーなロースかつはやっぱりココでしか食べられない。ふふふ、でした。
本日で無事テモダールの第13クール終了。明日受診予定。


May 11, 2013

じぇじぇじぇ

というフレーズがおじさん達も含めて巷に溢れてる(笑)
NHK朝のテレビ「あまちゃん」
http://www1.nhk.or.jp/amachan/

病院での朝はテレビがお約束で、前々回シリーズの「うめちゃん先生」堀北真希は安定した人気だった(彼女が気に入らない男はいないだろう)。前回の「純と愛」は、NHK大阪制作。これは始まってすぐに観なくなった。朝のシリーズはシリアスな話はだめだ。一日がスタートから暗くなってしまう。僕らとーしろでもコリャいかんって思った。一生懸命演じていた役者さんが可哀想。名前もうる覚え(ごめんね)。
 
テレビよりキャプチャー(直接撮影)

主役の能年玲奈は、僕ら世代からすると娘以下の世代。だってお母さん役がキョンキョンだもん。可愛いし快活で爽やか。朝は彼女みたいな元気になるキャラを観たい。脇を固めるキャスティングもいいし、展開も心地よい。回を重ねるごとに面白くなる。さすがクドカンさん。第1回目のオープニングの音楽と映像だけで、今回は面白いだろうとその違いを確信させた。初めから空気が違ってた。これが、じぇじぇじぇ!の顔。

May 10, 2013

松竹梅+one

怪しい会合をしているように見えるおじさん達(松竹梅+one)
@状元楼(自由が丘)
午後のんびりしていたら突然電話があり、九州の竹田君が上京中で服部君とともにお見舞いに来てくれるとのこと。梅田せんせとも合流して急遽食事会になった。竹田とともに梅田先生、松村の3人で「松竹梅」で目出たい(笑)。気の置けない仲間。竹田とは別れがたく、その後部屋で23時頃まで話す。ありがとうね、竹田!感謝してます/

金曜昼はみんな大好き鉄板カレー!

本日の院内食。当院自慢のカレー♡
 美味しい!これからも頑張ってね。

May 9, 2013

スパゲッティバジリコ懐かしい!

白金台Roro
http://tabelog.com/tokyo/A1316/A131602/13013198/

白金台に住んでいる姉から教えてもらったお店。何とも懐かしい雰囲気の60~70年代の喫茶店そのまま。その店の周囲だけ時間が止まったかのような佇まい。

今日オーダーしたのは「バジリコ」。
タマネギとニンニクを塩こしょう醤油味で炒めてあって、軟らか太麺が「焼うどん」みたいに香ばしい。アサリの缶詰が入っているけど、いわゆるボンゴーレじゃない。たぶん昆布茶が入ってる。飽きない、そして癖になりそうな味。レモンをちょっと絞ってもおいしそうだけど、その素振りも見せずに、どっちゃり粉チーズとタバスコをかけて食べた。
ウチらこの道うん十年の喫茶店だもんね、という挟持が感じられる(褒め過ぎか(笑)

この昭和な空気に一気に持ってかれました。
このバジリコ(とお店の人がいう)焼きスパゲッティ、たしかに美味しい。

ポークジンジャー、オムライス、ナポリタンもまずはチェックしましょう。これまでは東大医科研の学食(カレーがおいしい)で食事していたけれど、今後の楽しみが増えた。

いい店教えてもらったな。それにしてもさすが我が姉、ディープなお店を知ってる(笑)

Tyrrell's Chips, なつかし!

絶食空腹妄想中

今も昔もうまく発音できず。
chips of the day !(笑)

今日はMRI

今日は3週間前に予定したshort intervalのMRI (判る人には判るだろう)
Good news ? or bad news?
 
ただ不思議な位に冷静。
医師という職業のある意味辛いところだ。

テクノロジーの進歩に自らの身体感覚が付いていってない感じ。
再び3.0テスラのMRI
今まで見えなかったところが観られる
新たな知見?
反面、見えなくても良かったものが
見えてしまうコワさ
否、コワいもの見たさ、かな?

科学の冷徹な目と
生命に対する畏怖は
相対するものではない

「あなたもぼくもここで生きている」

高いところから
俯瞰するかどうかは
視点の違いだけで
同じものなのだ

判っちゃいるけど
あの狭くて暗くて煩い  
棺桶みたいな中に30分間
動かないでいるのは
楽なものではない

ああ、お腹が減った(笑)

May 8, 2013

ジェリコ(JERICHO) 赤ワインとチーズとバゲット

その昔、大好きだったアメリカのテレビドラマがあった。
JERICHO「ジェリコ」戦争ものでヨーロッパ戦線の話。
http://teleplay.seesaa.net/article/1288354.html

1966年にCBSから放映され、日本では1967年にテレビ朝日系で全16話が放映された60分の戦争スパイアクションドラマとのこと。毎回放送を楽しみにしていたのを憶えている。
以下、サイトより部分引用:



第二次大戦下のヨーロッパ戦線を舞台に、連合軍最高司令部に属する米英仏の3人の情報将校がドイツ軍後方に潜入し、諜報活動や破壊工作に活躍する物語で、チームのリーダー=フランク・シェパード(ドン・フランクス)はアメリカ空軍大尉で破壊工作のベテラン、ガストン・アンドレ(マリノ・マッセ)は自由フランス空軍中尉で武器のエキスパートで女好き、ニック・ゲージ(ジョン・レイトン)は貴族出身ながら元サーカスの芸人で敵地潜入が得意。毎回、彼らによる危険任務(レーダー基地の破壊や要人救出など)が派手なアクションと共に描かれる。

今考えてみると、占領軍政策の一環としての宣伝的な意味合いもあったんだろう。
日本の愛国少年にとっては複雑な心境だ。実際に一切日本は出てこない

前フリが長くなった
今でも印象的なシーンがある

米英仏の連合軍スパイとレジスタンスが、隠れ家で食事する場面があった。
戦場の近くの納屋の暗く埃っぽい地下室で、
パンパンと手で埃を払って、
カチカチに固いパンとチーズを頬ばりながら、
ぐびっとワインを飲む。

大人ってワイルドだ!
あの当時、子供心にどんな味がするんだろう?って思った
わくわくするような冒険心と想像力

10歳のボクに想像できたのは、せいぜい
葡萄酒(だと信じていた)「赤玉ポートワイン」と、
雪印の6Pチーズと、
フランスパン(と当時は呼んでた)くらいだった。

冷たく石みたいに固いパン
ナイフでこそぎ落として食べるチーズ
味も香りもないワイン

ぜんぜん美味しそうじゃないじゃん(笑)

食事がおいしい訳がないけれど、
きっと子供には判らない大人の味がするんだろうと思った
トンデモナく「かっこいいなあ」と思った。

こういう「大人に対する無条件のレスペクト」
悔しかったら早く大人になりなさい、という態度は
大人(の男)になる過程で
「悪くない」と思うのだ

さすがNHK! バリバラ

NHKのバリバラ 遅ればせながら日本でも出て来た。素晴らしい企画だ。
http://www.nhk.or.jp/baribara/
お涙頂戴ではなく、ど根性物語でもない、個々の真実。
障害は辛いけど、それを笑い飛ばしちゃう姿から、皆で勇気をシェアする

こういうのがシステムに進化して社会を変えるはず

May 7, 2013

中目黒の塩ラーメンにアフリカの風を感じた(うそ)

梅田先生と、今日はあっさりしたラーメンを食べたいですね、ということに。
以前から中目黒の「荻窪春木屋の支店」のすぐ近くに人気店があるとの情報。
昨日とはうって変って、寒風吹きすさぶ中、中目黒へ。

ラーメンAFURI
http://tabelog.com/tokyo/A1317/A131701/13129706/

それにしても中目ってここ10年で変った。
店内はキレイで女性客多し。あと仕事帰りの女性一人客率も高い感じ。
店員さんも女性が多い。テキパキと仕事をこなしてる。
どーでもいいけど、これは特徴ではある(笑)。

駅前のラーメン屋というイメージから脱皮したかったんだろう。
それにしても、いつからこんなオシャレな街になったの?中目黒。

さて、ここんちは、塩ラーメンがイチオシということでオーダー。
透明なスープ、あっさりめの魚介+鶏。おいしい。
極細めんは本来の好みではないけれど、これはこれでアリでしょう。
とろとろチャーシューは美味&好み。
チャーシューの他には、デフォルトで1/2ゆで卵
若竹のシナチクと水菜のトッピング

「柚風味」で、これは有楽町の「ひょっとこ」に
とてもよく似ている。っていうか、お手本にしてるでしょう/
有楽町の本家は、狭くていつも混んでいるので、
このアクセスの良さと、真夜中もやっているのが素晴らしい。

中目黒の塩ラーメンにアフリカの風を感じた...のは、
「その名前だけ」(笑)でした。
柚塩ラーメン、淡麗スープ
850円 総合点83点 ちゃんちゃん

May 6, 2013

やせ我慢の美学

GW4連休で一時退院扱いにしてもらって、自宅でのんびり過ごした。
快晴。一人でぶらりと駅周辺へ散歩に出た。
最高に気持ちのいい風が、たまプラーザの並木道を通り過ぎる。
緑の中で深呼吸。
そうそう、この感じ。このワクワク感はひさしぶりだ。

病気をする前、週3ー4回のスウィミングとともに、
一昨年くらいからかなり意識してパワーウォーキングをしてた。
昨年には山手線一周とか平気でやっていたんだけど、もう今は昔の話だ。
筋肉はつけるのは大変だけれど、落ちるのはあっという間なのだと
我が身を観て痛感する。

気持ちよく歩き始めてはみたものの、すぐに足が悲鳴を上げた。
頭では判っているけれど、身体が付いていっていない。
体幹がしっかりしていないから姿勢が不安定でぐらぐらするし、
四肢の筋力(特に大腿四頭筋)が落ちている。
すぐに足底(踵)と前脛骨部が痛くなった。
一言でいえば高齢者の歩き方みたいだ。
以前は早足で一緒に歩く人に嫌がれた程だったが、
今はふらふらしながら、えっちらおっちら超低速で坂道を歩く。

判ってはいたけれど、
ちょっとショックだった。

周囲の人たちは(家族も含めて)日常生活で
割と元気にしているボクを観ているので
判らないのだろうな

あえて人に伝えて
心配をかけるより
何も話さない方がいい
やせ我慢の美学(笑)

May 2, 2013

将来のDNAたちへ

駄文だらけのこのブログ
もともと大仰な事を書こうとした訳ではなく(エラそうだけど)
日々の自分の記録として書き初めた。

だから、何をやったとか、何を食べたとかがほとんどで
取るに足らない個人的な内容ばかりを
ほぼ毎日、基本的には寝る前の15-30分位で書いてきた。

そのうち日々の記録の他に自分の人生の記録を
何らかの形で残しておきたくなったことと
考えた事や伝えたい事もまとめておきたくなった。

昨年春、病気が発覚して
死を身近なものと意識した事も大きい

最近ブログを書きながら意識しているのは
「将来読むことになるかもしれない自分の子孫」
孫、ひ孫。。。etcの世代のことだ。

人生のtips
人生には知っていた方が知らないよりずっといいことがある
知っておいてもらいたい、伝えたい、伝承したいことがある
人生のエスプリ、レシピ、state of art...etc

自分の世代を含めて
実体験の記憶があるのは
せいぜい5世代くらいか

今の僕には、直接伝えられる可能性は
ほとんどないけれど
自分なりの「何か」を遺しておきたいのだ。

「未来のDNAたち」は
メッセージを
いつどんな受け取り方をするのだろう?

未来の世界で
自分のDNA達が
自由に世界中
動き回っている姿を
想像するのは楽しい

May 1, 2013

人生の方舟

人は皆
自分のささやかな人生の
ステージに浮かべた方舟

運命や運勢は
厳然として存在し
すべては天命に従って
流れていく

うまく行くときは
何をやってもうまくいく
逆に
何をやっても
うまくいかない時もある

順風満帆と波浪難破は紙一重であり
大成功も大失敗も実はあまり差はない
1枚のコインの表と裏なのだ

残念ながら
真摯な努力が
いつも報われるとは
限らない
ただ
はっきりしているのは
一所懸命になれなれば
けっして成功はないことだ

逆説的だけれど、
だからこそ
辛くても頑張れる

運命をギャンブルしても
必ず損をする仕掛けになっている
神様でも仏様でもいいけれど
胴元は必ず勝つようになっているのだ

昨今の世の中
地道な努力を軽視して
皆が一攫千金を
狙っているように見えるのは
老い先短い、僕の僻(ひがみ)なのか(笑)

真面目な人間が馬鹿を見る世の中は良くない
太古の昔から、この不公平をなくすために人間は
多くの犠牲を払い厳しい戦いを経てきたのだ。
ここで僕がエラそうに書くまでもなく

最近涙腺が緩くなってしまい
「頑張る若者」の姿を観るだけで
泣けてくるんだなあ。。。しみじみ
がんばれ!若いの!!
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