助けあいジャパン

April 30, 2013

斜め読みの大切さ

本来学ぶということは
自分を「高める」ためのものであり、
結果を求めず
捲まず撓まず
十分時間をかけて
じっくり取り組むべきものだ。

しかし実際の「勉強」は、
いかに集中できるかに尽きる
人間は時間が有り余るほどあっても
本来怠惰なもので、
ソレをコントロールできない

さささっとやることをやり
憶えることを憶えて
ゆっくりと休養を取った方がいい
だらだらやるのが一番効率が悪い

もっとも、
これが難しい(最近はムズイという)のだけど

当たり前のことだが
「集中」にはコツがある
時間をかければいいという訳ではない
「一番肝要なのは何か?」を見つけ出すこと。
これに尽きると思う

現場に出ると
じっくり本を読む時間の方が稀だ
速読
走り読み
分断読み
斜め読み 方法論はいろいろあるだろう。
その中でいかに効率的に情報を仕込むか?

記憶、暗記一辺倒の教育は
とうに終わったのだろうが、
それでも限られた時間のなかで
いかに効率的に情報を得るか?

これはどの世界でも同じだと思う

脳に関する研究の進歩も大きいだろう
集中しつつ、分散する、いろんな見方をする
一旦覚えたものを分解して、再構成する。
憶え方と同時に
忘れ方も大切だ

これからの人たちにはきちんと大脳生理学を学んでから
いろんな分野で勉強を進めて欲しい。
その方が、ずっと効率的だと思うから

April 29, 2013

April 28, 2013

清潔と不潔

6-17-2008 エントリー(再掲載)revised

不潔と清潔

滅菌操作とか消毒処置とか僕らの仕事では「感染症」予防のノウハウがある。今の時代になっても人間が生きていく限り、感染症との闘いが続く。

衛生観念は人によって、文化によって、国によって違う。つまり「これは不潔だ」とか「これなら清潔だ」という観念というのは、科学的根拠とは別のところで存在している。

僕らがアメリカに住んでいたとき、長女かなぴーが生まれハイハイをしだした頃、僕らは土足で歩く場所でハイハイさせたり、その床をべろべろ舐める(笑)彼女を、「うわー、だめだめっ!病気になっちゃう!」なんて言っていたけど、アメリカ人の親は全然平気。医学的に言えば確かに人間はそんなに弱くないんだけど、観念的に僕ら日本人は「ちょっとねー」って感じがある。

イギリス人の同僚と仕事場でランチ。彼女がちょっと用事があり立ち上がるときに食べていたサンドウィッチを机の上に、「そのまんま」おいたことにもショックを受けた。ニュージーランドでは、コーヒーを飲むときに同僚ドクターが白衣からボールペンを出して、クリームを入れてかき回すのにビックリした。日本じゃまずアリエナイ。

逆に、同僚と当時LAで流行りだしたお寿司屋さんに行ったとき、「ねえ、マーク、素手で握って不潔じゃないの?」なんて聞かれてビックリした。考えてみればお箸だって滅菌しているわけじゃないし、割り箸だってどれだけ汚染しているかわかったもんじゃない。ちょっと前に話題になった「賞味期限」の問題だって、かなり科学的には怪しいもんだ。

病院にはユニヴァーサルプリコーションという清潔観念があるが、国によってはかなり適当なところもあるらしい。手術器具を床に落としても「3秒以内だったらOK」(プロレスかよっ!)なんて国もあるらしい。

ちなみに日本でもやっと「清潔のイメージ(?)」である一般的な「白衣」そのものがかなり「汚い」ということが解ってきて、欧米では白衣を着ないのが一般的になってる。とくに医者のネクタイは最悪の汚染度だということも常識。白衣なしの診療は日本じゃまだ一般的ではないけれど。

東南アジアのリゾートに遊びに行った日本人観光客が、海から上がってきた捕れたてのぴちぴちした魚をお刺身にして食べる。新鮮だから大丈夫でしょって感覚。でも、下水道もない国の海は、病原菌がうじゃうじゃで汚染されているわけだ。きれいそうに見える海なんだけど。

もともと人間はそんなに弱いもんじゃない

April 27, 2013

目から鼻に抜ける人

目から鼻に抜ける
この人の回転の速さには
いつも驚かされる


柔軟性、展開力、発展性、発想力 ...etc
明らかに群を抜いている


学校で「勉強のできる」子供
「成績のいい」子供は
掃いて捨てるほどいるが、
IQ  で計れない知力といえる

その人の場合
若い頃、テストを受けると数行先まで
「既に解答が書いてあり、それを写す感覚」があったという

そうだろうな

要領がいいという以前に
「何を聞かれているのか瞬時に判ってしまう」
そして
「どう解答すればいいか、さらにはどう間違えたらいいのか」
も判ってしまう。

もしかしたら
普通の人はすべて「バカに見えてしまう」
のではないか?
世の中の流れは
止まって見えるんじゃないか?

しかしその愚は侵さない
知っている限りでほぼ100%「いい人」なのだ
少し抜けているところもあって
人間的で面白みがある

今まで出会った人の中で
絶対にスゴい
と思ったのは
3人だった

April 26, 2013

昔の常識、今非常識

医療の世界では、「昔の常識が今の非常識」なんてことは、よくある。
昔から慣習やら文化が絡み合って、なかなか複雑で混沌とした(故にファジーな)部分がある。

身体が冷えたので風邪を引いた?
腹が冷えたので下痢をした?
科学的根拠のない「日本だけの常識」だ。

これはどの国どの地域にもある
極東のお粥主義
欧米のチキンスープなど

慣習や風習が、いかに医療の世界で「常識」を形成していたかを
物語る例として、ここ15-20年で日本の創傷ケアが
劇的に変ったことがある。

日本では1990頃まで、外来とか病棟で、傷の消毒と称して
毎日!ガーゼを剥がして!交換して!いたのだ。

アメリカではすでに1950年代(朝鮮戦争前後)には
今のシステムになっていたにもかかわらず、
日本では習慣的に包交(包帯交換)をやっていた。
当時は僕も何の疑問も感じなかったのだ。

慣習(例えば清潔不潔の観念)も大きく変わった。
昔は「清潔なガーゼで傷を覆って清潔を保つ」ことが
大切なことのように考えられていた。
でも、ガーゼのスカスカの編み目からすれば
いかに意味のないことか明らかだ。

傷をよく水で洗い、創面のズレがないように、適正な圧迫をして湿潤な環境に置いておけば、ほとんどの傷はキレイに治る。つまり昔の非常識が今の常識となっている。


すぱっといく方が痛くない

点滴には
巧い(上手)、下手がある
残念ながら、厳然としてある。

若い頃は出生体重1000g切るような
小さい子供の点滴していた位だから、
下手ではないと思う。もう随分前に卒業したけど。
(NZの病棟で誰がやっても静脈ラインがうまく取れなかった新生児の静脈ラインをとって、スタッフ全員から感謝状(もちろんジョーク)をもらったことがある。

練習によりある程度上達することはある
しかし、巧い下手は器用さだけではない
「感性」なのだ

誰でも上達はするが、
初めからうまい人もいる
どんな手技にも
テクニックがあるが
経験と自信
思い切りも大切
自信がさらに自信を
呼び込む

迷いがなく
スパッと刺した方が痛くない
経験のない人は
どうしても迷いがある

不思議なもので
巧い人というのは
いつでも簡単そうにやり
下手な人は
いつでも難しそうにやる

部位、体位、血管の状態、etc
ソレを見えているかどうか?
刺す前からだいたい
「勝負がついている」
ものなのだ。

April 25, 2013

桃李抄プロット/メモランダム

JULY 12, 2010

桃李抄・後日譚(原稿: )

桃李不言下自成蹊 「桃李いわざれども、下自ら蹊を成す」
高校の漢文で習うよく使われる成句。僕もこの言葉が好きでよくこの言葉を引用する。桃や李(すもも)は自ら何も主張もせず、宣伝もせず、ただそこに在るだけなのに、その香しい香りに惹かれて人が集い、往来ができ、次第に径から蹊となり、往来から道、最後には路となる。桃李のその謙虚で自然な様、中国文化の悠久な時の流れの雄大さ、たった8文字の漢字で示される、空間的にも時間的にも深みのあるドラマ。ううむ、素晴らしい。

とまれかくまれ
今日の寓話はそこから始まる。
=========

桃李の下にできた往来から、人が人を呼び、商売が始まり経済活動の発展と拡大とともに集落ができた。一次産業の基盤が整い、さらに人が集い、二次、三次産業も成熟し、有機的な力を持った社会が形成され、コミュニティのルールや習慣風習、そして文化も生まれていった。初めは「桃李」の木立しかなかった川辺の場所。その下にできた単なる往来から、今や「社会」へどんどん発展しているのだ。

それを見ていた北の隣国の小賢しい役人が来て言った。

「桃と李だけで、何もないこの土地にこれだけの街を形成できたのは素晴らしいことだ!我々の国に、ひどく荒廃した場所がある。この素晴らしい「桃李」を持って行って移植すれば、きっと同じようにその荒廃した土地に人が戻り、新しい街に生まれ変わる事ができるだろう。ここまで街が出来上がり社会がしっかりしていれば、もうこの街には桃李は要らないだろう・・・。」

「いいえ、お役人様、それは困ります。痩せた土地しかなく天候にも恵まれないこの土地に、多くの人々が集ってくるのは、この桃李というシンボルが在るからなのです。桃李は何も言わず何もしないのですが、そこに存在することが大切なのです。」

「理のないことを言うな。そうか!お前達は我らの足許を見て吹っかけているのだな。100億元を用意した。受け取るがいい。さもなくば我らが軍を持って力づくでも持って行こうぞ。」

村人達のささやかな抵抗も空しく、桃李の木々は北の国へ略奪されて行ったとさ。
==========
ここで次の展開を考察する

①桃李を移植した北の国には予想通りの新しい街ができ、今の北京となり、桃李村はその後も発展をつづけ、後の上海というアジア最大の貿易港にまで発展したとさ。

②新しい村に移植された桃李は枯れて一つの果実さえ実らず、復興どころか寂れてさらに荒廃が進んだ。これは後に「桃李の呪い」といわれたという。さらに、桃李を略奪されシンボルを失った村人たちは、徐々に離散し、今まで積み上げてきた対外的な信用を失い、国力はさらに弱まり、結局は強国である北の隣国に吸収合併されてしまったとさ。やれやれ(笑)。

③新しい村に移植された桃李はそこそこに咲いて果実を実らせたが、以前の輝きはなくなり期待されるほどの効果はなく、以前と同じ事は起こらなかった。さらに、その下を通る旅人達は民度が低く、前の場所のように木立の下に蹊を成す以前に、その木立を切り倒してどこかに持って行ってしまったとさ。一方、100億元のキャッシュを得た桃李村の人々は、次のa) or b)の結末へ。

a) 皆で知恵を出し合いマネーゲームで勝利を収めた。その後、枯れそうになっていた桃李をたったの100元で買いとり、元の川辺に戻して余生を送らせたとさ。(救いはあるけど面白くない結末)

b)大金に目がくらみ、今までやっていた地道な仕事をせず怠けまくったので村は崩壊の一歩手前まで荒廃したとさ。(「教訓」としては一番ありえる話かもな)

別のプロットとして
④新しい場所に移植された桃李はあっという間に枯れ果ててしまったが、小賢しい役人はそれを認めようとしない。そこで別の場所から「なんちゃって桃李」を持ってくる事にして体裁を整えようとした。彼らはその効果についてはもちろん信じていなかったのだか、あーら不思議、香しい香りを放つ「なんちゃって桃李」でも十分に機能してしまったのだ。期待通りに新しい街ができて、ほくそ笑む役人達。
この愚かな役人達は「この方法で、国中の荒廃した土地に街をたくさん作ろう!」と、ありったけの国費を費やして桃や李を、国中の荒れた土地に植えたのだった。その結果...国中が桃と李のいい匂いに満たされてしまい、人々は仕事をしなくなり、怠惰で放蕩の限りを尽くす生活になり、数年もしないうちに国が滅びたとさ。(あーあ、実際にはこんな愚かな事もありえる・・・けどね。やれやれ)

April 24, 2013

とんかつ食べた元気出た(笑)

終日眠気があり、油断するとうつらうつらしている。別に苦痛はないけれど、非生産的な時間で惰眠を貪るのは、今までの日常生活のリズムからすればアリエナイことだ。

でも否定的に考えても仕方がない。
病気なんだから、出来ないことを無理することはない。
出来ることを出来るだけすればいい。
どうせなら「前向きに楽しよう」と思う。


梅田先生と、二子玉川の とんかつ「大倉」 へ。
DANCHUでも紹介記事ある名店。
肉質のしっかりしたとんかつ。
ロースかつ1000円+サイドメニューのカレー(100円!うまうま)
リーズナブルで、大満足。

これで食欲がない...なんて(大笑)
トンカツ食べて元気が出た。単純明快。

April 23, 2013

弱気な「気」は不要

昨夜ガラにもなく、ちょっと弱気なエントリーをしたら、多くの方から励ましメールやエントリーを頂きました。ご心配をお掛けしました。本当に有り難うございます。

夜、石川淳哉さん(いしじゅん)が心配して病室にお見舞いに来てくれた。そこに梅田先生も加わり、3人で22時頃まで談笑。様々なことを話して楽しいひと時だった。元気が出た。彼らの心配りに感謝!

April 22, 2013

上を向いて歩こう♬

さすがに今日は
ちょっと凹んだ

根拠はないけど
まだ
もうすこし
時間があると
思っていた

俯いていないで
上を向こう
深く息を吸って
前に進もう
ーーーーーーーーーーー
上を向いて歩こう

作詞 永六輔
作曲 中村八大

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
思い出す 春の日
ひとりぽっちの夜

上を向いて 歩こう
滲んだ 星を数えて
思い出す 夏の日
一人ぽっちの夜

幸せは 空の上に
幸せは 雲の上に


上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
泣きながら歩く
ひとりぽっちの夜

思い出す秋の日
一人ぽっちの夜

悲しみは星の影に
悲しみは月の影に

上を向いて 歩こう
涙が こぼれないように
泣きながら 歩く
一人ぽっちの夜

ひとりぽっちの夜
ひとりぽっちの夜

ーーーーーーーー
こういう時にしみじみ心に響く

April 21, 2013

日本の漫画文化の素晴らしさ

以前に欧米の病院のディクテーション文化について書いた。
もともと「記録として残す」文書は、自分でタイプするか秘書がディクテーションするしか選択肢がなかったが、近年の音声認識ソフトの発達も相俟って現場は随分変ったのだろう。

昔も今も、欧米のカルテは100%テキストデータだ。画像は添付データとして処理されるが、基本的にはテキストだ。日々のカルテ内容、手術所見、報告書、サマリーetc
彼らは院内の膨大なテキストデータを処理している。

日本の場合は、ここに手書きの「イラスト」を書くという文化がある。
これは、きわめて特殊な才能だということにみんな驚く。
日本で普通に絵を描くことが、海外では普通でないのだ。

どらえもんでも、ちびまるこちゃんでも、日本人なら普通に子供の頃から描いている漫画をみんな大絶賛する。イラストなどと言えないような僕の絵でも、手術所見などをちょっとしたイラスト付きで描くだけで、予想外に驚かれる。

日本の漫画文化の一つの大きなアドヴァンテージだと思う。

April 20, 2013

鯛めしと焼き鳥

今日、姉が買って来てくれた小田原の「鯛めし」。
最近では東京駅で買えるらしい。子供の頃から大好物なのだ。

東海道線で毎週末、湯河原の家に行く時、買ってもらった懐かしいマザーフードだ。甘めに炊いたご飯に、たっぷりのった鯛そぼろ。絶妙な甘さ。一気にわっしわっしと食べたい気持ちを、ちょっぴりクールダウンしてくれる「名物わさび漬け」も嬉しい。さらに「あさりの醤油煮とお漬け物」。これだけで完璧な駅弁パッケージ。

さらに今日は「国技館やきとり」!このデザインも懐かしいのでお見舞いに買って来たとのこと。親戚筋に、お相撲観戦に連れて行ってもらっても、大鵬戦くらいしか興味がなくて、土俵に背を向けて枡席でお弁当とおみやばかり食べていたそうな。お茶屋さんの持ってくるちょっと甘めの焼き鳥は、最高においしかった。当時から食い気優先のボクだった。

この二つ。さすが我が姉(笑)さすがのチョイスでした。ありがとう!!

April 19, 2013

男子最大の弱点について

太古の昔から言われる
男性の最大の弱点は
金的 キンタマ
である。

ここを強打すると
痛い
大の大人が本気で泣くほど
痛い
一発のタマ蹴りで形勢が逆転するほど
痛い
それも、今までの人生で経験してことがない位の
痛みなのだ

後腹膜腔へ抜ける
暗黒で
問答無用の
鋭くドス黒い鈍痛

ほとんどの場合
うっ、と悶絶して
戦いの相手に
お前それは反則だろ...と
弱々しく反論するまでもなく
その場に脆くも崩れ落ちる

う〜、思い出すだけで
ぞわっとする痛い思い出が
ボクにもある

程度の差こそあれ
男と生まれたからには
あのヤバい痛みに
悶絶した共通体験があるはずだ
(女子には絶対にわからない)

睾丸という
何と無防備で
無垢で平和な
小宇宙

平時には所在なげに
ぶらぶらしているが
非常時には一転
臨戦態勢となり
きゅーっと虚構筋、
じゃなくて
挙睾筋が、貝のごとく縮こまり
本陣睾丸を守る

睾丸とその周囲組織を
決して鍛えることは出来ないから
武術の達人をしても
逃避反射で逃れるしかない

「男子最大の弱点」と
言われる所以である

換言すれば
きんたまを握られた時点で
完全に敗北を意味する

古今東西の歴戦の勇者たちでも
きんたまは鍛えられない。
「そこ」は避ける不文律というか、
お互いのおもいやりがあるのだ
まさに武士の情 the mercy of the brave 

あ、何を書こうとするか忘れていた

誰にでも「決定的な弱点がある」という話だった。

弱点は誰にでも「例外なく」あるということ
自分と同じくらい、人にも弱点がある
それを認めて、初めてやさしく、強くなれる
あくまでも金玉は比喩として、だけど(笑)

絶品沖縄そば(ソーキそば)

沖縄にいる絵利子さんから、沖縄そばのクール宅急便が届いた。

彼女は奥沢のOGナース。病院を作り上げていった初期の頃の苦労を共にした仲間だ。結婚されて、現在はご夫婦で、大東犬の「りん」ちゃんと沖縄本島に住んでいる。

柔らかくてホロホロの骨付き豚肉!ボリューム感あり大満足だ。
お汁はかつおだし(たぶん)ですっきり。紅ショウガがいいポイント。ここにちょろっとすっぱ辛い島唐辛子をかけて頂く。「なかむらそば」製。うまうま!



April 18, 2013

Marital Statusですが、何か?

朝起きて、いつも通りFBをいじっていた。

ふと自分の属性を見ると、marital status 空欄になっている。FB上では、娘達は関連づけされているが、尚子はinactiveでほとんど使っていないので特に更新せず、そのままにしていたのだ。悪用されたりすると面倒くさいし。

すでに公開されている範囲以外は変える必要もないので、「軽い気持ち」で「婚姻中」の事実だけに変更した。

ところが!
それがタイムラインで

「本日結婚しました」

というアナウンス! になってしまった

はっ?? 唖然、呆然

その後、「おめでとう!」とか「えっ?まだ(正式に<笑)結婚してなかったの?」とか、FB、メールで、驚きと戸惑いリアクション(ほとんどがジョーク)多数。
実際には、今日午前中眠くてベッドにいたので、午後起き上がってみるまで、トンデモないことが起こっていることを知らなかったのだ。

即、訂正せねば。
ところが、これがうまくいかない。
部分的な変更がうまく出来ないのだ。
仕方がないので、その部分をすべて削除した。

やり方が判らなかった自分はさておき、説明の仕方や方法が、おっさんには不親切だと思った。常々感じてるけど、FBのサイトそのもののロジックが単純というか稚拙だと思う。今回のことについても、簡単に登録はできるものの、内容を変更するのに結構大変だったし。僕だけじゃないと思うなあ。

と、負け惜しみ。

April 17, 2013

まるちゃん

Google+をいじっていたら、懐かしい人からメールが届いた。
10年以上前のある時期、一緒に働いた女医さんだった。

長身で美人。女性の外科系医師としてのいい資質を持っていた。
患者さんに優しいし、評判もよく、一所懸命働く医師だった。
将来もキャリアをアップしてずっと働いて欲しいと思っていたら、
その後、さらっと(笑)イギリス人と結婚して、
スコットランドに移り住むことになった。
その転身のしかたがかっこ良く、彼女らしくて、すごく印象に残っている。

彼女が行ったのはイギリス東北部のある都市だった。
冬場の季節の厳しさを考えると、かなりの覚悟が必要だったはずだ。
たぶん愛する人が一緒だから頑張れたんだろう。
現地の病院のスコッツアクセントでかなり苦労したことは想像に難くない。

彼女の素晴らしいところは、
女性特有のしなやかな強さと
一度決めたら迷わず前に進める大胆なことだ。
応援しつつも、上司としては
厳しい生活が本当に大丈夫かなあ。。。と
少しは心配していた。

渡英前にC.V.作りを手伝ったこととか、
英語に関しては何度か泣かせたこともある。
今では懐かしい思い出だ。

その後のメールで、現地のライセンスをとったことを知った。
現地でものすごい努力をしたことは、僕にはよくわかる。
海外で医者をやるというのは、そういうことなのだ。
数年して帰国してから、北海道に転居した所までは知っていたけど、
最近まで、どこで何をやっているか全然知らなかった。

今回のメールで7月から、北京のアメリカ資本の病院に移ることを知った。
ますます活躍する後進の姿からは、本当に力をもらえる。

今ここで再会したのもご縁だ。
こうやって今、ソーシャルメディアの世界で、
引き合わせてくれるご縁の不思議!

April 15, 2013

蛙が怖い

今、カミングアウトしておこう。

医学部への進学が決まり、具体的に学生生活をイメージできるようになって、困ったことになった。きわめて深刻な個人的問題だけれど、絶対に克服しなくてはならない問題に直面することになったのだ。

子供の頃から、カエル(蛙)が嫌いなのだ。
否、嫌いではなく
本当に「怖い」のだ
実物はもちろん、写真や絵、置物...すべて苦手。
アニメのキャラや漫画もダメ

小さい雨蛙くらいのサイズから、
大きなウシガエルまですべてダメ。
生理的にだめ
あのヌメヌメした
存在自体がダメ

そこにいる、というだけで
足がすくんでしまう
ヤツらの方からは、とくに危害を加えられることはないし、
子供の頃、何かトラウマになるようなことがあったとも思えないが。
嫌悪する対象と云うより
恐怖そのもの

しかし
ウシカエルの解剖は
生物学実習の必須項目
逃れることはできない

実は医学部にめでたく合格したものの、「蛙が触れなくて退学した可哀想なヤツ」という汚名を着せられる恐怖を、かなり切実に感じていた。本人からしてみれば最悪のストレスだ。実習に欠席は許されない(欠席は再実習となり、その場合さらに最悪だ)。

さて、医学部初年度の生物学実習。まずシラバスが来た時にそのページをチェックした。やっぱり、ある。それも「ひとり一匹、特大のウシガエル」とのこと。

最悪だ。逃れようのない事態。

で、どうなったか? 

もう瀬戸際。

やるしかないでしょ

水槽からあげられたカエルを持った学生は、それぞれ「わーわわーきゃーきゃー」言いながらそれぞれの実習机に向かった。暴れて逃げ回るカエルを必死に固定した。(はずだ、実は頭が真っ白であまり記憶がない)。実習室内は阿鼻叫喚。

あ、そうか、蛙が苦手なのは、僕だけじゃないのだ。。。

そう考えたら、すーっと楽になった

正気に戻ったときには、四肢を固定されエーテル麻酔したウシガエルは大人しくなっていた(当たり前だ<笑)。そこからは、冷静になってテキストの細かい実習手順に沿ってて数時間の解剖をした。やれやれもう動かないはずだと油断していた時に、突然カエルが動いて肝を冷やしたくらいで(本当にチビりそうになった)、実習開始前の異様な緊張感を考えると、時間とともに冷静になって「何とかなるもんだ」と思った。否、人間追いつめられれば、何とかするもんだ。今でも時々その緊張感を思い出す。

その後も医学部の大変な実習は続く。すごく正直にカミングアウトすると、卒業まで一度も再試験なく通れたのは「あの蛙実習」を乗り越えたことが自分的には一番大きかったのだ。それと、実習の最後に献体した動物達に手を合わせる医学部のカルチャーも初体験だった。その後の医学部教育前半のハイライトの解剖学実習も含め、同期のかおるさんさんは6年間すべて隣で実習していたので、すべて見てるはず(笑)。

April 14, 2013

Clear and Present Happiness 今ここにある幸せ

快晴、強風の日曜日。気持ちのいい天候。我々の病院グループのソフトボール大会の日だ。先日画像をアップした去年も快晴だった。あの日、まさか翌日入院するとは思いもししてなかった。人生、一寸先は本当にわからないものだ。

あれからの1年を振り返ってみると、本当に様々なことがあった。でも不思議に、生々しいヴィヴィッドな感覚がなくて、現実感の乏しい早送りの画像を観ているような気がする。時間の流れと質量も全然変ったし。

いろいろあったけれど
僕はここで生きている
いつまでかわからないけれど
僕はあなたと
生きている

午前中は眠くてうつらうつらしつつ点滴。午後から自宅に帰った。
マッサージチェアでグダグダのびのび状態になって、至福の時間。
夜は、濃厚ボンゴレロッソとホタルイカのアーリオオーリオのデュアルで作った。
化学療法も12クール無事終了。

Clear and Present Happiness 
というのだな、こういうの。(Clear and Present Dangerのモジリ)

男の嫉妬について

わりと社交性はあるほうだし、人間関係で周囲とはうまく行けるほうだと自分では思っていた。でも、社会に出てみると「ウマの合わない」人ってやはりいるんだと、改めて思った。実際に若い頃は周囲への気配りが足りなくて、自分では如才なく立ち回っていたつもりでも、随分フォローしてもらっていたのだろう。もうこの歳になると、経験を通して人に合わせるっていうことは、お互いの距離感(間合い)の問題なのだと気づく。

誰にでもある、赤面してしまうような、若気の至り。若い頃の僕は本当に生意気で尖っていたと思う。色んな社会経験を通して人並みに丸くなったわけだ。幸いこれまで僕はラッキーなことに、多くの素晴らしい指導者と先輩達と出会った。そのことは、これまでこのブログで書いて来た。

逆に、自分のキャリアの中で、いつも反面教師として思い出す人がいる。
その人はとても優秀な先輩なのだが

一言で言えば、人のことを褒めない
何でも、妬む、嫉む、嫉妬するのだ。
そして、ぼやく
何回も何回も

あ〜いいよなあ、marcは
羨ましいよ
いつも感心してるよ
俺なんかさ。。。と延々続く愚痴

あれはいけない、
決して後輩に同じことをしてはいけないと思った。
男の嫉妬はどす黒くて、みっともない

April 12, 2013

逃避行動としてのぬくぬく睡眠

12クール、後半戦。食事は摂れている。むしろステロイドの影響で朝とか空腹で目覚めるほどだ。僕の場合、体調のバロメーターは何と行っても食欲。最近のクールでは制吐剤のイメンドとナゼアがとても体に合っているんだろう。

ただ、眠い。とにかくすぐに寝入ってしまうくらい眠い。
脳細胞のかなり部分が機能低下した感じ

想起する能力
集中する能力
概念を構築する能力
論理を組み立てる能力...etc ぜ〜んぜん、まるでダメ

持続的に考えることが
脳の負担になることで
自己防衛機能として
機能をブロックして
眠ってしまう

疲れてしまうので
現実逃避で寝入ってしまうのだ
午前中から点滴していると
気持ちよく
終日ぬくぬくと眠ている

ある意味、まずいな
緊張感が無さ過ぎてやばい

^^^^^^^
夕方になると少し元気が出てきた。やる気が出て、食欲が湧く。
朝から一歩も外に出ていなかったので、外出しようとしていたら来客。
Good timingで山田克彦くんがお見舞いに来てくれた。彼とは日比谷高校のクラスメイト。自由が丘でごはんを食べようということになり(僕のリクエスト)、「函館や」で塩ラーメン。その後は病室にて、四方山話。彼のいつもの「ぎゃはは笑い」で元気をもらった。ありがとうね、また来てください。

Inactive Account Manager, Google メモ

http://japan.internet.com/webtech/20130412/2.html
メモランダム 死後データの取り扱いGoogle
Inactive Account Manager

この機能を使うと、対象アカウントの管理下にあるデータを削除するか、事前に決めた宛先へ送るかといった動作を、死後に自動実行するよう指定できる。
この自動処理は、該当アカウントが使われなくなって一定期間が経過すると実行される。実行までの期間は3か月、6か月、9か月、12か月のいずれかで、ユーザーが決める。また、自動処理でデータを送れるサービス/機能は、「+1s」「Blogger」「Contact」「Circle」「Drive」「Gmail」「Google+(Profile/Page/Stream)」「Picasa Web Album」「Google Voice」「YouTube」。

=====

FEBRUARY 5, 2013

ボクの死後ブログはどうなるのか?

April 11, 2013

C.V. の大切さ

大学4年になった三女も就活の真っ最中。
ストレスもあるだろうけど、自分を見直すきっかけにもなるはずだ。
謙虚に真摯にがんばって欲しい。

さて、日本の場合、年齢、性、出身地、学歴、学力試験(偏差値)...etc の「属性」に重きが置かれる。とはいえ、ここ10年くらいでAO入試や推薦入学の枠が広がった。様々な学生が学べるのはいいことだが、まだまだ欧米に比べて受験「点数主義」が主流だ。

僕自身、過酷な試験勉強を経験してきたから、その功罪について十分理解しているつもりだ。詰め込み的な集中勉強は、世界中のどこでも行われていて、ここに決して例外はない。普通の人間は、切羽詰まらないと集中して勉強できないものだ。

要はバランスだろう。
では、欧米の医療機関の場合、その人の評価をどうするか?

基本属性(年齢、性、学歴、経歴...)
客観的評価(テストや資格試験の成績、論文、著作リスト)
主観的評価(インタビュー、エッセイ(論文)
課外活動など自己紹介
レファレンス(指導教授) 誰に推薦してもらったか?

一番大切なことは、このCarriculum Vitae (C.V.)だ。
いい内容のC.V. を得るために彼らは最大限の努力をする。
自分の実際のキャリア作りと同時に
自分のアピールする方法を学ぶ。

C.V. の内容
誰が推薦したか?(とても大切)
推薦理由の内容重視
推薦を断る場合もある
その場合、断った理由を聞かれる場合がある。

推薦することの重みと、紹介することの責任が
それぞれが担保されて、初めて成り立つシステムなのだ。
面接や入試、就職の実際の場面は、世界中そんなに違うものではない。
アメリカの映画にしばしば登場するように、まさに悲喜こもごものドラマが演じられる。

若く尖っていたころの僕が懐かしい

決められない患者たち(メモランダム)

メモランダム
「決められない患者達」
  • 作者:Jerome Groopman MD,Pamela Hartzband MD
  • 出版社:医学書院
  • 発売日: 2013-04-05
信じる者と疑う者「信じる者」は、自分が抱える問題を解決する良い方法がどこかに必ず存在する、という気持ちをもって治療法の選択にあたる。彼らは概ねはっきりした方向性を持っているのが特徴だ。一方「疑う者」は、強い懐疑主義を持って全ての治療オプションを検討する。極めてリスク忌避的であり、薬や医療処置で起こりうる副作用やその限界にも敏感である。
最大限主義者と最小限主義者ある人は自分の健康管理に関して積極的に手を打つことを求める。こういう人は「ほとんどの場合、多ければ多いほど望ましい」という信条を持つ「最大限主義者」だ。それに対して「最小限主義者」の人々は、できる限り、治療を避けようとする。どうしても治療が必要となった場合でも、少ない種類の薬を最小限の量で飲んだり、最も控えめな手術あるいは処置を受けることを選ぶ
自然志向と技術志向研究によれば、米国人の約60%がいわゆる代替医療や自然療法に頼っているという。これは「自然主義志向」、すなわち適切に環境を整えて、心と体のつながりを利用し、ハーブやビタミンなどの自然の産物を補えば、体はしばしば自力で治癒するという考えである。その対極にあるのが「技術志向」で、新しい薬や革新的な治療法を生み出す最先端の研究にこそ答えがあるという信念を指す。

April 9, 2013

夢の雫〜白雪姫プロジェクト〜

夢の雫〜白雪姫プロジェクト〜
西嶋さんの奥さんに対する深い愛情に心を打たれます。
http://dropofdreams.blog.fc2.com/blog-entry-16.html(ここには一部転載)

西嶋さんご夫婦との出会いも、不思議なご縁だ。
僕もスタッフも二人の姿から、たくさんの力を頂くことになった。

ブログは現在も好評連載中です。

April 8, 2013

366日という時間

2012-4-8  


2012-4-8  あの日観た空

てか、LTEって何よ

諸般の事情でi-Phone 5に変更することした。キャリアをSoftbank+E-Mobileから、Au一社にした(戻した)のだ。ところが、様々な変更がうまくいかない。しっくりこないのだ。Wi-Fiの接続が不安定で一回切れるとなかなか繋がらない。この新しい機種にすればテダリングすることで快適&便利になるハズだったんだけどなあ・・・。

さらにいろいろ弄っているうちに、さらに泥沼(どつぼ)にハマってしまった。
集中力がないので「ま、いっか」ばっかりで、先に進まない。
次々に設定した(ハズ)の暗証番号も、間違えて入力したみたいだ(老眼には辛い。後で大きくする方法に気づいた)。

現在は院長室からこーめい先生のWi-Fi経由で接続中。
そもそもLTEって何なのさ。WiFi との違いが解ってない。
(という位の理解しかしていません)。
困ったな。
説明が判りにくすぎじゃね。ふん。

といいうことで、問題解決までメールの返信できるかどうか判りません。
ご迷惑をおかけしますが、よろしく寛容のほど
-------------

ということで、四苦八苦したけれど、何とか解決しました。ご心配おかけしました。
いつもそうなのだけれど問題となっていたのは、些細なことみたいだ。
それにしても、マニュアルが判りにくいよ。ぷんぷん。

April 7, 2013

人気って

街を観ていると、風水とか方角とか、
その法則性がまんざらウソとは言い切れないことに気づく。
つまり風水なら風水なりの理論がありそうなのだ。

一見便利で、きれいな店舗なのに
なぜかそこでは商売が繁盛しない場所がある。

すぐ隣が盛業中でも
その店だけがエアポケットのように
短期間しか「もたなくて」、すぐに閉店の憂き目にあう。

何となく人の流れに逆らって存在してるみたいで、
客としても、なんとも居心地が悪い。

それも1回や2回ではない。
その店舗(場所)は、人が代わっても
同じようにうまくいかないことが多い。

だいたいどの街でも、地元の人たちには共通の認識があるのだ。
あの場所では商売はうまく行かないという「気」だ。
(あえて、みんな何も言わないけれど)

逆に場所やレイアウトではほとんど違いがないのに
人が常に注目して集まってくる場所もある。
昔ながらの神社とかお寺とか
最近言われるパワースポットと関係しているのかもしれない。

方位と言っても、海外の都市はどうなるんだよ?とか、
南半球に住んでいたことがある僕らはどう考える?とか、
つっこみどころ満載ではあるけれど、たしかに面白い。
その昔は地球の裏側で生活することなどは、想定外だっだはずだし。

いわゆる「人気」とは何だろう?
人の「気」を集めるパワー
人知を越えたところに、何か真実があるかもしれない。

中国4000年の歴史を考えると、
あの国が共産党一党独裁とはいえ、
風水を政治のシステムに
組み込んでない筈ないと思う。

あ、別に異論はありません!(どうぞご自由に)

April 6, 2013

畏友いしじゅん

2013多摩川 桜と蕎麦の会

 僕はこのおっさんが大好きなのだ。もしかして、いや、かなりの確実に「惚れている」と言ってもいい。石川淳哉、いしじゅん。まだ出会ってからまる2年しか経っていないのに、長年の付き合いみたいな気がする。

311の数日後の大混乱期、さとなお君繋がりで彼と出会った。その夜、RTで「あなたは誰ですか?」と彼からメールが来たのだ。自分に何が出来るか判らなかったが、とにかく自分も行動したかった。すぐに返信したことを憶えている。不思議な出会いだった。これもご縁だろう。

日本中から馳せ参じたそれぞれの「プロ」たちが、自主的にスキルを共有して「被災地のために」様々なプロジェクトを有機的に展開してゆくという、今まで観たことがない新しい動き。さらにトップダウンでもボトムアップでもなく、フラットで緩やかな繋がりで進んでいく。。。それが「助けあいジャパン」だった。

その後、彼は麻布十番の自分のオフィスを提供し、若者の先頭に立ってぐいぐいと話を進めた。助けあいジャパンのco-founderであり、現場での切り込み隊長(ごめん)が、いしじゅんなのだ。我が家の有季子も紗仁子も、学生と社会人が被災地を訪れて語り合うというツアー(この発想が素晴らしい!)に参加して、彼の熱い思いに触れて感激し多くのものを学んだ。

豪快にみえて実に繊細。用意周到にして大胆不敵。神出鬼没。それでいてセンスがよくて世の中の流れの嗅覚に秀でている。まさに畏友だ。今日は彼のお宅で毎年恒例の「多摩川、桜と蕎麦の会」。出席者は100人以上? 彼と奥さんのちえこさんの器の大きさ。絶品の蕎麦、柚木きりを堪能した。

今年、こうやって元気に参加できるとは思っていなかっただけに、いしじゅんも僕も感無量。お互い、言葉にしなくてもわかる。

April 5, 2013

Withhold or withdraw

終末期における方針が議論されるようになって久しい。

元気で自立していた人が歳をとって「ぴんぴんころり」と死ぬ事を望んだり、悪性腫瘍の終末期でも穏やかな眠りにつくようにフェードアウトすることを理想とすることは、僕も出来れば素晴らしいと思う。

不自然な(過度な)延命を望まない人が、その自分の「意志」を自ら元気なうちに明らかしておくことは大切なことだと思う。そしてそれが未来の高齢化社会の日本のスタンダードになる日が来ると思う。

しかしながら、そこで問題になるのは生死の瀬戸際のある患者さん(とその家族)が、追い詰められた状況で限られた情報しかない場合、どんな判断をするか?ということだ。それが昨今話題になっている「生前の意志」のことで、けっして単純に白黒はっきりと決められることではない。一般に考えられているように、単純に気管挿管するとかしないとかの単純な話ではないのだ。

救命が難しくなった時に、問題となるのは、
  Withdraw 能動的(積極的な)撤退をするか?
  Withhold 現状維持:新たなことは何もしないか?
という二極の議論となる。

欧米では現場ではその判断をしばしば求められる。
日本の場合には、ほとんどが後者が選択され、実際には前者を選択することは殆ど無い。
というか、そこまではっきりした判断を個々のケースに求められたら、ほぼ100%のケースは積極的な新たな治療はしない(つまりwithhold)、という話になる。

例えば、肺炎を起こした場合、何もしないとはいうものの、本当に薬剤は投与しないのか?最小限の補液をすれば多少の全身状態の改善が期待できる場合、どうするか?…何を基準にどう判断するのか?個々のケースで判断することになる。

その文脈でいえば、本人の意志をしっかり担保した上で、日本でもwithdrawが行われる日が近いのかもしれない。刻々と動く患者の病態は、経時的な流れで総合的に判断するべきだ。そして忘れてはいけないのは僕らが経験するような「奇跡的なこと」を、現場では時々経験することだ。だからいかにスムーズにタッチダウンするかも含めて、常に希望は捨ててはいけない。

=====
FBでお知り合いになった升野龍男さんが、「彫り師になった看護師」の話を紹介していて、心底驚いた。2013年4月1日のその記事曰く、自分の意志とはかけ離れて延命治療がされる可能性がある救急の現場では、「蘇生無用」である旨を自分の身体の分かりやすい場所に彫っておくべきだ…というものだった。外科医として救急の現場に居た者として、これには考えこんでしまった。

Disclosureの方法、法的な問題、緊急時の現場の対応、Good Sanaritan Law 等の様々な問題がある…と考えていて、はたと気づいた。これってエイプリルフール?!
もしそうだとしたら、ヒューモアというよりかなりセンスの悪いジョークだと思った。負け惜しみだけど。

人生はバランスが取れている

自分が超不幸(だと思っている)人もいれば、
自分を超幸せ(だと思っている)人もいる

僕らごく普通の人、ordinary peopleは
そこそこのプラスとマイナスのバランスの間で
一喜一憂しながら人生を送っている。

ギャンブルで派手に勝っているように見えても
結局は勝ち抜けはできないのだ

勝った分だけ
負けるように
カードは配られる

どんなに幸せそうに見えても
みんな心の何処かに
不安のない人なんていない

ーーーー
基本的にケチだから、ギャンブルに興味はない。もともと興味が無いので、面倒くさくて競輪競馬パチンコの類は興味が無い。胴元にテラ銭払うのがもったいないし、勝てばニコニコするんだろうけれど、きっと負ければすごい不機嫌になるのが自分でもわかるのだ。ほんと嫌な奴だな(笑)。今はせいぜい年に数回のジャンボで運だめししてる。

矛盾するけど、Casinoは大好き。あの非日常的な綺羅びやかな雰囲気が好きなのだ。もっともハマるほどいつも軍資金があるわけじゃないので、小さく長く遊べるようにするセコい賭けだけど。ラスベガスは学生時代も含めれば10回以上行ってると思う。NZではオークランド、オーストラリアではゴールドコーストも行った。シドニーのカジノでは豪100ドルから初めてアレヨアレヨという間に5000ドルも勝ってしまい、往復の旅費、宿泊費、おみやげ代が一切出して釣りが来た。これが生涯最高の勝ちか。というか、この程度(笑)が僕の実力、というか器量なんだろう。


April 4, 2013

砂と宝石 Sand & Gem

2006年からやっているこのブログ Sand and Gem (さん・だんぢめ)。
2007年からは、ほぼ毎日こんな駄文を書き続けてきたことになる。子供の頃から、熱しやすく冷めやすい三日坊主だった僕としては、2215エントリー(昨日分まで)って、たいしたもんだと思う(自画自賛>笑)。

何か特別な事を書こうと思ったのではなく、あくまでも自分の日々の生活を書き留めておこうという軽い気持ちだったから今まで続いたんだろう。毎日寝る前にチビチビと焼酎を舐めつつ15分くらいで書いてきた。友人でもありファンでもある佐藤尚之(さとなお)さんとか、蟇田よしあきさんに日々Inspireされてここまで来た感じだ。昨年病気に倒れてからは、ちょっと意識して色んなことを書くようにしている。

さて、現時点で今後のブログの動向についての記事が出ていた。

徳力基彦さんのブログ
http://blogos.com/article/59408/

池田紀行(イケダノリユキ)さんのブログ

たしかにブログというものは「四の五の言わずに書いてなんぼ」だ。それは真実だなあ。

引用して、もう少しツッコミたい部分とか確認したいことがあるけれど、一人のユーザーの立場からみると、双方の論説は解りやすく納得のいく部分が多かった。とくにこの図の棲み分けに関しては勉強になった。

April 3, 2013

男はつらいぜ

女性は強い。
生物学的にしぶとく強い。
ご高齢になればなるほどはっきりしてくる事実がある。

女性は男性と比べて適応力や順応性が断然優れている。
男性の場合、若い時は体力も活動性もあり、
威張っていたとしても
歳をとり身体的に衰えてくると、完全に逆転する。

いわゆる老人ホームで楽しそうにしているのは
ほぼ100%女性だ
女性は楽しそうに周囲とおしゃべりしたり
施設内の活動で幸せを見つけられる
社会性と適応力、つまり「幸せになる底力」がある

男性はみんな不機嫌そうに
壁に向かって何かブツブツ言っている
現役時代に何をしていたかとか
社会的にエラかったとか金持ちだったとか
今の自分には全く関係ないのに
その呪縛から逃れられないことが多い

幸せそうに笑っているのは圧倒的に女性
爺さんが縮んでいき、婆ちゃんは元気になっていくのだ。
これは日本だけでなく世界中の真実だ

男はつらいよ、純情篇(笑)

April 2, 2013

ランデブー rendez-vous って死語?

i-Phone5 にして、まだ慣れていない。LTEの設定のせいなのか接続が不安定。原因があるはずだけれど、集中力がないので「ま、いっか」の繰り返しで日々過ごしている。使えているんで、ま、いっか(笑)。

それにしても、携帯にしてもメールにしても様々な「繋がる」ことが可能となったことから、逆に「繋がってないと不安」という新たな不安に僕らは苛まれている。ほんの少し連絡がとれなくなるだけで、社会からの疎外感や孤独感を感じてしまう。

個々のリアルな関係性は疎になっているのに、流れるコミュニケーションの質も量もスピード感も明らかに変わった。身体と感性の方がテクノロジーに追いついてない。僕らは今までになかったストレスに晒されているのだ。

僕らの世代でさえそうなのだから、その上の世代からしてみると大きな壁があるんだろう。まさにデジタルデヴァイドなのかもしれない。

さて、東横線のホームが大改装して新しくなった。そのプラットフォームに、甘酸っぱい思い出がある僕らオジサン、オバサン世代は多いと思う。すごくベタな言い方をすれば、渋谷〜原宿周辺は僕らの青春の現場そのものだった。

その昔、1970年代の少年少女たち…

♫ 凍えるような 風のなかで
   コインを握りしめて
  夜の街を
   ひとり走った
  あの頃 切ない夜

 初めて出会った時の
  お互いの気持ちを
 僕は忘れたくなくて
  自分勝手な思い込みだとは思いたくないから
 声を聞いて 眠りたかった
(携帯電話のなかった時代 Huckleberry Finn, 1972)

まずデートそのものをする事自体が大変だった。まず彼女の家の電話番号を入手することから始まる。電話が掛かったとしても、だいたい初めに出るのはその家のお母さんで、爽やかで真面目ないい印象を持ってもらう必要がある。それが第一関門(笑)。うまく彼女に電話に出てもらいデートの約束をするまでが第二関門ということになる。

僕らの場合には渋谷〜原宿周辺で悲喜こもごものドラマがあった。もちろん日本中で同じようなことが起こっていたんだろう。

何時にどこで会いましょう、というのが普通の約束で、少なくともその10分前までにその場所に到着しているのが当たり前(の常識)だった。だから約束の時間に遅れる場合に様々なドラマが生まれる余地があった。たまたま待っていた場所がちょっとずれていたり、言葉のスレ違いで場所とか時間とかで誤解を生じたり…だから男も女もドキドキしながら約束の時間にランデヴーの場所に向かった。

携帯電話やメールがないので自分の状況を知らせる術がない。つまり外出したら出会うまでは待ち続けるか歩き続けるしか(あとは諦めるか)しか方法がなかったのだ。

その場所で会えなかった場合、もしかしたら何か相手にあった(事故とか?)のではないか?とか。変わって突然会いたくなくなったんじゃないか?とか…それぞれが(相手を思って)様々なことを考えるわけだ。どうしたのかな〜なんて、街には人待ち顔で立っている若者(男も女も)が駅にはたくさんいた気がする。ある意味、のどかな時代だったのかもしれない。

相手を思う気持ちは同じでも、かんたんに個対個で繋がってしまう今の時代の若者たちは可哀想だなんて負け惜しみを言ってるオジサン達である。

これ最高!

http://youtu.be/zMqapGVnhQg



細かすぎて伝わらないモノマネ


April 1, 2013

不良長寿レクチャー(最高に面白い!)

明快で痛快な論理!順天堂大学奥村康教授
愛煙家通信
http://aienka.jp/articles/003/

不良長寿とフィンランド症候群

酒を飲まなくなって久しい。不思議なもので、あれほど「嫌いじゃなかったw」お酒も、止めてしまうと特に飲みたくもないもんだ。僕ぐらいの習慣飲酒であれば特に禁断症状がでるわけでもない。

たばこも止めて久しい。初めは口寂しい感じだったけど、今はぜんぜん平気。タバコの匂いや香り、雰囲気が大好きだったけれど、所詮人生を賭けるほどでもあるまいし、その程度だったのだ。COPDになってゼイゼイと苦しむことを考えれば、止めることはなーんてこともない。どれだけの時間とお金を使ったのか?振り返ってみて、ちょっと勿体無いことをしたなあと思う。つまり、人生を賭けるほどのものではない。

健康で元気なこと。
well being
wellness
調子がいいこと

元気で長生き出来ることは素晴らしいことだ。

でもね・・・
さはさりながら・・・

僕はいつも、このメキシコの漁師の話を思い出してしまう。

メキシコの漁師の話
http://longtailworld.blogspot.jp/2009/04/enough.html?spref=fb

自分の人生をエンジョイすることが一番素敵で大切なこと。
当たり前だけど、自分の人生は自分のものなのだ。

だから、不健康が必ずしも悪いとは誰が言えるのか?
多少寿命が伸びたからって、so, what?
何のための:健康?
それがどうしたの?

公衆衛生学的にpolitically right が
倫理的に正しいとはいえない。
僕にはどうしてもメキシコの漁師のほうが幸せそうにみえるのだ。

不良長寿…なんと素晴らしい言葉!
それを笑い飛ばせるほど、
みんなが人生をエンジョイできるような
「成熟した」社会になればいいのだけれど。

数年前に聞いた事がある、フィンランド症候群について

尊敬する神津仁先生のFB
2013-4-1 (April foolではありません(笑
「フィンランド症候群」
順天堂大学医学部長の奥村庚先生が、こんな話をしていましたね。副題は、馬鹿な免疫、利口な免疫、でした。
「フィンランドは社会保障のたいへん進んだところで、定年退職後の年金で十分生活出来るということで、アルコール中毒の人も多く、成人高齢者の健康管理があまり良くない国だそうです。そこで、フィンランドの厚生省が、体の健康管理がいかに大事かということを示すため、ある種の統計学的な実験を実際に人を使って行った研究がいられています。会社のレベル、会社での地位、課長とか係長とかのレベルや生活環境もほぼ同一に合わせて、確か40歳から45歳ぐらいの人を600人ずつの2グループに分けたのです。
 ひとくちにいえば1つはまじめなグループ。このグループは、タバコは吸わない、酒はほどほど、3ヶ月に1回から半年に1回必ず医者に観てもらってチェックを受ける。厳重に管理された600人です。もう1つの600人は不良グループで、酒はジャンジャン飲む、タバコもばかばか吸う、医者には絶対行かない、と。この2群を10年間フォローしました。そして、いかに健康管理が大事かということを国民に知らせようとして15年経って蓋を開けてみた。
 蓋を開けてみますと、まじめなグループの600人の方が圧倒的に亡くなった方が多い。不良グループの方が少ないのです。これを発表してしまいますと、この国はますますデタラメになるから、伏せて押さえてしまおうという厚生省の画策だったわけです。
 しかし、それをオーガナイズしていた大学の先生が、結果を国民に知らせて、なぜこっちがたくさん死んだのか、その原因を調べた方がもっとためになるということで発表してしまった。それがフィンランド症候群と言われている話です。
 なぜまじめなグループが死んだのかということに関して、2つのことが推察されています。1つは、コレステロールを厳重に管理し過ぎたのではないか。もう1つは、健康管理で、ある意味で縛った生活をしますと、精神的なストレスが溜まって体の免疫が弱くなり、それで早く死んだのではないか、と。
 つまり、免疫のことコレステロールのことが推測されているわけです。その当時は、そうしたこともあるだろうということだったんですけれども、今、その推察はまんざら間違ってはいなくて、やっぱりそうではないかという証拠がだんだん揃ってきております。
 ある程度不良タイプの人なら友人も多く、遊びも上手でストレスの発散の仕方を知っているわけです。ストレスは皆ありますから、その発散の仕方をしっている人というのはだいたいNK活性が高いとも考えられます」
これを「不良長寿」と、言います。

朝日新聞天声人語1994年7月23日 にも同様の記事あり
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