助けあいジャパン

December 9, 2013

足底ぐりぐり器具その後

2ヶ月経った。毎回毎回「イテテテ」とか「うぎゃ〜」とか叫びながら、痛さに耐えているうちに、平気になった。罰ゲームみたいに痛かったのに、今では足底のどこを刺激しても痛みに耐えられるようになった。一番の変化は、足底が柔らかくなったことだ。足底がポカポカしてきて、ストレッチもできるし気持ちいいので、当分は続けるつもり。

December 3, 2013

当世入院事情

1985年ころまで
多くの日本の病院の廊下には
薄暗い電話ボックスがあった。

公衆電話のボックスには
それぞれ思いを込めた、
大事な言葉を伝えたい
患者たちが
声を潜めて
じっと順番を待っていた

携帯電話のなかった時代
さまざまなドラマがあった

ここ数年で明らかな変化が見られる
入院中の患者のアクセスが、
ネットワークと携帯端末の進化で、
かなり自由になったのだ。
これは素晴らしいことだ

誰とでも
いつでも
どこでも
繋がる事ができる

患者が今まで以上に
外の世界と繋がっている
今まで無かった
自由度がある

従来当たり前のようにあった
入院中の孤独感や疎外感は少なくなった。

不安感の軽減に役立つだろう
また、とかく近視眼的になりがちな入院中でも、
外部の医療情報にアクセスしやすくなるもの利点だ

そういった患者、家族と
医療情報を共有するメリットは大きい

他方、入院生活での新しいエチケットも皆が認識する必要がある

1)
会話はロビーにて
キーボードも
夜間など静かな病室では気になるもの
音や光にお互い注意しましょう

2)院内施設は、電源が限らており、端末にも制限があります。
不明な際には相談ください。
それに伴って院内のルールも整備する必要があり
現在検討中です

3)プライバシー保護の観点
デジカメで容易に画像が撮れる

4)今の時代、携帯やメールでのやりとりで、
入院していても簡単にコミュニケーションが取れるので
ざっくばらんに相談したほうがいいかも

何か困ってない?
何か持って行ってあげるものは?
困っていることはない?

5)
ネットからの注文も一般的になりつつある
病院によっては事例がなく混乱することがあるので、
ルール決めが必要

6)
コンビニなどの参入
新しいサービスが出てきた

思い付くままに・・・


Easy come, easy go(乙女の祈り)歌詞プロット

easy come, easy go

幸せは、いつも
私の所を
すり抜けて
遠い所に行ってしまう

今度こそはと
思っていても
いつも
いつのまにか
知らぬ間に

待っているのに
祈っているのに
神様を信じて

いつも待っているのに
幸せは、いつも
私の所を
すり抜けてしまう

負けた時の言い訳ばかり
みんな勝った時は何も言わない
だから
私だけ不幸なのかも?って思っていた

いつも
いつのまにか
知らぬ間に

誰かが不幸になると
相対的に自分が幸せになれるものだと
思っていた

でも
あなたに出会って
そうじゃない事に気づいた
神様がくれるチャンスは
平等

可哀想なpoor girl
いつも泣いていた
同情は要らないわ
Because I am easy come, easy go./ Little high, little low.
いい時もあれば悪い時もある

Queen’s Bohemian Rhapsody
I’m just a poor boy, I need no sympathy. / Because I’m easy come, easy go. / Little high,little low

神隠し

朝、ふと気づいた
いつも使っているノートブックと
文具一式が見当たらない

お気に入りのオレンジ色(!)のバッグ

ほぼ毎日使用するもので、
部屋から動かしたとは
思えない

前日確かに別の部屋で
仕事していたけれど
さっきまでソコにあったのだ

突然無くなったのではない
絶対にあるはずなのだ
しかしそこに「ない」という厳然たる事実
あるべき所に「ない」
自分で「勘違い」してどこか仕舞い込んだのか

勘違いしたこと自体を
自覚していない
錯誤したことを認めたくない

何かの隙間に入った、とか
どこかに落ちているのか?
必死に探したが見つからない
周囲を「指差確認」したけど・・・

本当に「なかった」のだ

神隠しか??

頭の中に???が渦巻く

ところが、どうしても出てこなかったそのバッグが
朝になってみると、ふつうにカウチの上にあるではないか、

まさか時空がズレたのか?と思った。
。。。んな、わけない(笑)

結論からいえば「見えていなかった」ってことなんだろう。
今の病態で空間認識や勘違いがでることがあるのか?不明

不可思議な体験だった
やれやれ

November 30, 2013

アルバム

ずっと長い間の懸案だったアルバムの整理を開始した。
膨大な画像データが、さまざまな思い出とともにそこにある。

開始してすぐに、これがいかに大変な作業なのか判った。
今までのアルバムを整理して、裁断してダウンサイズしてから、タグを付けて
PDFファイルにしたものをデータベースにする。

今日はあの大きなアルバムをバラして
作業のスキャナーのテストをするだけで精一杯だった。

というかかなり体力の必要な事が判った。
アルバムって重いし、かさばる。
断捨離して、かなりスッキリしそうだ(現在進行形)

数年前に、僕と姉の子供の頃の写真が
母親が家の中を整理する時に出てきた。
母にとっては懐かしい写真でも僕らにとっては
特に思い入れのあるものではなかった。

自分の記憶が、そもそもない頃のことなので、
母が持っておきたいものだけで十分だった。
懐かしいという感覚は
意外なほど持てないものなのだ

結局、残されている貴重な画像を
できるだけ取り込んでおこうと
意気込んで始めたけれど、実際にはポイントとなるものを
押さえていれば、それだけで十分で、
むしろそのほうがいいのかな?と。

今回の子どもたちの写真にも同じような事がいえる。
アーカイブは必須なんだろうな
見る人のためにも

子供の頃の写真は親(あるいは爺婆)のために
撮っておくものだと再認識した。

それに、現代の子どもたちは、好むと好まざるに関わらず、生まれた時から様々なメディアで記録されているので、写真と動画や音声に関する敷居が完全になくなっている。
今後は更に進化し多様化するのだろうな〜。


宝くじ

 宝くじ
所詮、自分以外のことは「ひとごと」なのだ。
不思議なもので自分だけは「特別」だと思っている。
というか、皆そうやってバランスをとっている。

当たる可能性は冷静に考えれば限りなくゼロなのに、
「もし当たったら」と「夢を見る」
「もし当たったら、どうしよう?」と考えるのだ。
当選確率はきわめて低いことをわざと見ないようにしている

このささやかな「幸せ感覚」

10枚買って1枚あたるのが「ふつう」で10分の1 (10%) 300円 
100分の1(1%) 3000円 当たる率が100分の1

1等5億円は、たしかに一人には当たる。
しかし、その倍率は100万分の1すなわち、0.00001%

Good luck!

この「宝くじシミュレーター」の当たる確率などは以下のようになっています。 2013年の「年末ジャンボ 宝くじ」 (発売期間:2013年11月22日[金] ~ 2013年12月20日[金]、抽選日:2013年12月31日[火]) に近い感じになっていると思います。
等級当選金額当選条件当たる割合当たる確率100期待値
1等5億円組2ケタと
6ケタ
1,000万分の10.00001%50円
1等の
前後賞
1億円1等の
同組前後
500万分の10.00002%20円
1等の
組違い賞
10万円1等の
組違い
約10万分の10.00099%約1円
2等100万円組下1ケタと
6ケタを3本
100万分の3約0.000333%3円
3等3,000円各組共通
下2ケタ
100分の11%30円
4等300円各組共通
下1ケタ
10分の110%30円
特別賞5万円各組共通
下4ケタを3本
1万分の3約0.0333%15円

払戻率:約49.66333% 

November 25, 2013

りみっとさんの「ぐうたら防備録」

毎回のライブの詳細な記録を作ってくれる「りみっと」さんが、また素晴らしいレポートを作ってくれました。いつもありがとうございます!

ハックルベリーフィン1972ライブ 飛翔〜信じるものがあるのなら


http://gu-tara-bibo-roku.blogspot.jp/2013/11/1972.html

November 24, 2013

余韻に浸ってます

昨日は多くの方々にお集まり頂き、有難うございました。かぜ耕士さん初め、多くの皆さんにご来場いただき有難うございました。あれほど元気にステージに立てるとは正直思っていませんでした。まだ夢の中の出来事のようで実感が伴いません。また、多くの方々の温かい励ましの言葉を頂き、有難うございました。その場で皆さんと十分話すことも出来ず本当に本当に失礼しました。
取り急ぎ御礼まで。まだ余韻に浸ってます。

追伸:改めて書くのも照れますが、相方の篠根丈二くんとの出会いを感謝します。初めて中学1年で出会ってから、今までのことを思い出してライブ中3回泣きそうになりました。

November 21, 2013

エゴイズムについて

自分を抑えて周囲と協調することを良しとする文化がある
和を持って尊しとなす
無私
献身

私なんか
僕なんかと
自分を卑下することで
群れから外れるリスクを低くして

リスクの
傷を舐めあう
「差をつけない」
「同質性の社会」を
是とする日本

謙譲の美徳?
でも負けて言い訳をする
失敗して言い訳をする
日本人の精神性の脆弱な所と云われる

一方で

強烈な自己で自分を支える
個の力、自我の力
それがエゴイズム

つい最近まで、自己主張することを
エゴイズムとして日本では
協調性のない「悪い(とまでは言わないまでも良くない)モデル」
として存在していたのだ

でも時代は変わった
個性として伸ばす方向性に
異種を認める許容が広がった

みんな人に褒められたい
皆認められたい
注目を集めたい
誰よりも「自分」中心

ナルシストとエゴイストは同根なのだ

いい想いがしたい
特別扱いしてもらいたい
賞賛を浴びたい

賞賛を浴びている自分に
さらに高揚する
ナルシスト

自己の行動にカタルシスを感じる
ナルシストで
エゴイストの時代が
当分続くのだろう

今はそんな政治家や政治屋、評論家ばかりに目がいく。
要はバランスなんだろうけど、どうも
お行儀の悪さが目につく気がする

November 20, 2013

ad hoc な情報

大切な患者さんの情報をいかに
スムーズにシェアできるかどうか

紹介する側の情報
患者の属性
名前、性、生年月日、住所、その他の属性(紹介側の診察番号など)
主訴
既往歴
臨床経過
(箇条書きで時系列の問題リストが望ましい)
その他の情報(リファレンス、参照先)
各種の画像
各種検査のデータのサマリー

せいぜい30秒でプレゼンできる内容が望ましい。
それで大体その患者のことは把握できる。

臨床の経験値の高い人(同士)のものは簡潔で無駄がない。
未熟なものほど冗長でポイントが曖昧な事が多い。
プレゼンを見れば実力がわかる。

医療のプロとしての
的確な情報のやりとりはもちろん必須なのだが、
誰から紹介されたか?(紹介するのか?)
どんな状況で紹介されたか?
前もって伝えるべき特殊な問題はなかったのか?などの
(行間の)ad hocな情報が大切だったりする。

お互いの信頼感ある連携関係にある
医師同士は、電話一本だけで十分に
コミュニケーションがとれるはずなのだ。

あとは双方の優秀な事務方に任せればいい。
それが医療連携の理想形だと思う。

November 19, 2013

水は低い方に流れる

関西のホテルの偽装問題、誤表示(?)の問題
どう取り繕っても、許される事ではない。
信頼を受けるまでには何年何十年もかかるが、失うのは一瞬。
かなり根が深い

「ま、いっか」という甘え
皆で誤摩化せば怖くないという意識
「この程度なら」という甘え
どんどん低くなる敷居

水は低い方に流れる

日本という国の
さまざまな組織の持っていた
矜持はどこにいったのか?

一度、箍が外れてしまったシステムを
再構築する必要がある
今までの「善意」と「良識」が
アタリマエだった世界には
戻れない

今、日本でどこかの店に入って
出てきた水が汚染されているリスクはほとんどないと、
「みんな信じている」けれど、これって本当に大丈夫?

お店で出てくる水が汚染されていない保証なんてない。
世界的に見れば、自己責任が当たりまえ
日本が特別なんだろう

逆に安全がアタリマエになっている日本の「ひ弱さ」問題はないのか?
人間ってそんなに弱いものではないんだけどな。

November 18, 2013

この多忙が嬉しい

本日がDay 0で明朝6時より第20クールの予定。思えば遠くに来たもんだ。ということで、朝から東大医科研。幸いガンマナイフ後は順調とのこと。有り難い。
いつもの事だが座って待っていておしりが痛くなった。
臀筋が薄くなってるみたいだ。

終了後、一旦部屋に戻ったら、疲れが出たのか2時間近く爆睡。

午後から会合人事関連の会議、面談など
16時半より院内会議
終了後1時間、また爆睡

打ち合わせ3件
この忙しさは嬉しい忙しさだ。
緊急入院1件、予定入院1件
FBってすごい(意味不明かw)

18時半にじょうじ君&ともPが病室へ。ライブ打ち合わせ。
根津さんも合流。いつものメンバー。
18ー20時 スタジオ練習
今日が本番前の最後の練習だったが
さすがに疲れてへろへろ。
あとは本番まで自主トレ(笑)

やはり手と指が動かない
仕方がないけれど。

へとへと。でも嬉しい疲れ。
仲間の優しさに感謝

エンサイクロペディア

昭和40年頃の流行だったんだろう
オヤジと爺さんが、突然百科事典を買ってくれる、という。
エンサイクロペディア、科学大辞典、イラストレイデッドの3分冊になってたと思う。

アメリカの家庭では一家に一冊あるのが普通です。。。
これからの子供達は英語だ
英語を使いこなさなくてはいけない
各家庭に一つは百科事典があるのが常識 etc...

見栄もあっただろう
その後アメリカに行ってそれが真っ赤な嘘であることを知った。
販売員の華麗なセールストークだったのだ。

そこまで完璧に騙されたのには、
戦前の親世代の「知の欠乏」体験が大きい

「配本」(不思議な日本特有の制度だ)され、
2年位かかって我が家には立派な本が鎮座することになった。
どう考えてみても日本の居間には不釣り合いな立派な装丁
親達が読みこなせているとは到底思えない

大量に入ってきたアメリカの書物は、
僕にとって新鮮だった

アメリカの印刷の匂いが大好きだった
科学系
イラスト中心 日本にはないビジュアル
デザインと色彩を
うっとりと眺めていた
英語を読み始めるのは自然な事だった

日本特有の「配本」というシステムも大きい
雑誌の定期購読が普通だったし、
本は「つけ」で買えた
蔵書ということも
一般大衆が本を所有する意味がこの頃から変化した

その後の変化を考えると、
「本の文化」の成長した、もっともいい時期だった気がする。

November 17, 2013

暴れん将軍の思春期

FBで中学校の同期会が行われたことが書いてあった。
大盛況で皆楽しそうな様子が、FBにアップしてあった。

中学の同期会には最近はなかなか出席する機会がなく、失礼していた事も大きいのだが、今回の写真をみて驚いた。実は誰だかわからないのだ。
申し訳ないけれど、懐かしいという感情がわかないのだ。
というのは、朧げに記憶がある人がいても、誰だかわからない。
街で出会ってもたぶん誰だかわからないだろうし、
あれだけクラス会に出席する人がいても、ほとんどわからないのだ

懐かしいという感情は、後から想い出とともに
想起するものかもしれないけれど、
唖然としたのが、この時期(13歳〜15歳)の記憶があまりないのだ。
僕が特別周囲の人と付き合いが悪かった訳でもなく、むしろ社交的だったと思う。
親友のじょうじ君とは毎日犬コロみたいに遊んでいた。
いろんな事があったはずだし、写真やアルバムをみれば思いだす事も多いのだけど、
でもヴィヴィドな記憶が高校時代にくらべると極端に少ない。

そのくらい当時の僕は周りを見ていなかったってことなのか?

様々な経験を通して
自分の成長を戸惑いととともに
自覚する時期だった

毎日、わーわーきゃーきゃー走り回っていたはずだし、
勉強だって普通にしてたんだろう。
高校受験では早稲田に受かった(結局辞退して日比谷に行った)。
でも、大学で受験した事とか、発表の後に石神井公園(だっけ?)の駅にむかって歩いた事は記憶にあるけれど、誰とどこを歩いてどんな話をしたのか、その前後は全く憶えていない。つまり、当時としては「区切り」と記憶されるはずの出来事も曖昧な記憶なのだ。

なぜなんだろう?
高校になると急に鮮明になる記憶と対照的に
記憶が曖昧になっている。

あのころ何を考え
何を感じ
何をしていたんだろう?

その時期特有の
異様に過敏な暴れん坊将軍を
どう取り扱うべきか
「戸惑っていた」のは確かだけれど、
「悩んで」はいなかったな(笑)。

自尊心と劣等感

誰にでも自尊心があり、
自分が自分であり続ける為の「誇り」をもっている
生きている、生きてきた事の証

だれでも自分が一番大切
皆が自分を大切にする事は
自分以外の人をも大切にする事だ

つまり自尊心と劣等感は表裏一体なのだ

セルフイメージに
拘るのも大切な事があるが
人にどう見られていることばかり
気にするのは愚だ

今の時代、自分が常に
モニターされてていないと安心できない感覚が
あるのではないか?

ネット上の孤独感

一方でリアルの世界では
自我が若く未熟な時期には
こうあって欲しい
こんなふうに人から見られたいと
理想と現実の乖離に
悩む

傷や傷跡
障害
変形
異常 etc

先天的なもの
後天的なもの

ちんちんが大きいとか小さいとか
おっぱいの形だどうだとか
美醜の判断なんてどんどん変化するもので
普遍的価値のあるものではないことが
理解できない(でも、若いってそういう事だ)。

我々外科には様々な相談が来る。

自分が気にしているほど
他人は気にしていないし
見えていないものなのだけれど。

でも極言すれば
皆、自分以外のことなんて
実は全く関係ないって思っている

日本のチカラ

斜に構えて
皮肉に
ニヒルに
シニカルに
モノを見るひとがいる

否定、とは異なる
消極的反対?反対?
非支持

はっきりとモノをいわない
意見を「保留」している
「高みの見物」

「おとな」というのはこういうものかな?と思っていた。

「政治の世界」なんて「わからない」とか
「自分とは関係ない」とか

選挙で投票に行かずにあれこれ云うのは問題外
というより、非常識だという認識のない日本という国
平和ボケから目覚める日がくるんだろうか?

八重の桜とか見ていると、近代日本の歴史には
底辺から底上げをしてゆく社会の「向上心」や「勉強や努力を厭わない」態度がある。

社会が「健気」なのだ。
このベクトルが日本のチカラだと思う。



日本の底力

「インテリ」や「評論家」が
エラそうにしているのはどこの国も同じだ。

社会を動かしているのは、その周囲にいる
サイレントマジョリティの存在で、
その総意がコモンセンスであり「日本」なのだ。

今こそ
「普通の大人が、
「常識的な事を」
「主張し」
言葉にすることの
重要性を感じる

根底が動いている実感がある

あまりにも
行儀の悪い
連中には
ほとほと嫌気がさしている
大人達は多い

長く続いた不況
未曾有の大震災
原発問題
日本の政治の流れは
安倍で変った
この20年間」
ずっと変れなかった政治が
動いたのは事実だ

明るさの見えてこない未来に
一縷の光を点すのは
政治しかない

問題山積だけれど
立ち止まれないのだから
皆で前を向いて進むしかない

日本の底力を信じよう

October 31, 2013

ハックルベリーフィン1972(第3報)

ハックルベリーフィン1972ライブ(第3報)
飛翔〜信じるものがあるのなら


日時:2013年11月23日(勤労感謝の休日)
開場:14:00
開演:14:30

入場料:3000円(予定)Food(立食、BBQ)
アイリッシュパブ。ドリンク類はcash on deliveryです
O'Carorans オ カロランズ
http://tabelog.com/tokyo/A1317/A131703/13017692/
自由ヶ丘から徒歩7分

Location/Map
O'Carorans

出演:
ハックルベリーフィン1972

イートルーズ
岩田バンド
SSU
CC Takeda et al.

お陰様で久しぶりのライブを企画するに至り、
万感胸に迫る思いです。
全てのご縁に感謝し、
皆さんと共に、パーティライブを楽しみたいと思います。
懐かしい曲もたくさん演ります。

乞うご期待!

なお、前売り予約販売はありません
宜しくお願いします。

marc , joji


ハックルベリーフィン1972

October 30, 2013

大冒険外出の午後

ガンマナイフ手術後、お陰様で体調もよく安定した経過。先週までの19クールのテモダールも無事終了。一応、術後1ヶ月は単独外出は避けて安静にしていたけれど、今日意を決して一人で外出してみることにした。わくわく。でも情けないくらい下肢の筋力が落ちていて、ふらふらヨタヨタと歩いてる。ま、歩けるだけでよしとしよう。

さて今日のthings to do を整理する。
出発前に考えが纏まらないのでメモをする。
え〜っと、今日の一番の外出の目的は、眼鏡の修理。
それから神保町まで移動して共栄堂に行く事

ひさしぶりの大井町線で二子玉川のSCへ。壊れて変形した古いものをイワキに持っていく。古いものなのに無料でちゃんとメインテナンスしてくれるのが素晴らしい。さらに相談したら持っていった予備の眼鏡の点検もしてくれて、耳に当たって痛かった部分を直してくれた。別のお店で買ったのものなのに、かなり時間をかけて修理してもらい(しかも無料)恐縮する。さすがイワキは違う、と感心する。

二子玉川のユニクロに寄りセールのジャージを買ってから、田園都市線で神保町へ。僕のメイン路線。ホームだねえ。随分ひさしぶりの感覚。せっかく電車で移動してリバビリするなら、ホームの神保町界隈まで行きたかったのだ。いつもは何てこのないこの移動時間の長さに驚く。電車で移動するだけなのに、電車で立っているだけでこんなに体力を使うなんて。。。

地下鉄の駅はさすがに人が多くて、ど〜んと疲れた。元気な時には、人の波をひょいひょいと乗り越え流れにまかせて動き回っていたのに、今の僕にとって、動く事全てが重くなっているようだ。下肢の筋力が落ちているのを実感。今からでも動かねば、と思う。

神保町の街。中学生の頃から馴染んだこの街の空気。そこにいられることが、今しみじみ嬉しい。3時間近く街に居られた。さすがに疲れたけど自信になった。今日はわざと大回りして移動したけれど、今度はダイレクトに神保町に行ってみよう。

ということで、大好きな「共栄堂」のスマトラカレー(梅田先生はビーフ、僕はチキン)をテイクアウト。やはり美味しい。大満足でした。

October 29, 2013

昔のスパイ

僕らの世代のヒーローといえば、
映画やテレビの「スパイもの」だ。

大好きだったなあ。
大人の世界への淡い憧れ

007
ナポレオンソロ
スパイ大作戦 etc

いわゆる「アクション活劇」を
毎回わくわくしながら観ていた
終わった瞬間から次回が待ち遠しいくらいの
入れこみ方だった。
当時は他になかったし。

日本にないかっこよさ
オシャレな会話
お色気系にもドキドキした(かわいいもんだ)

我々男子は様々な技術を駆使した
「秘密兵器」が、大好きだった

時は流れて50年

今でもスパイものは、
あるにはあるけれど
似て異なるものになってる

昔だったら
鉄壁の金庫破りが定番だとすれば、
今はコンピューター上の
セキュリティの戦いなわけで。。。
昔みたいな「スパイ戦争」は
ありえない話になっている

今、僕らが日常普通に使っている
超小型のデジカメで写真を撮ったり
録画したり
ファイルのやり取りをしたり
ネット上で盗み取ってしまえばいいわけで..

あの頃夢みたいだった技術が
進んで
もうスパイが自ら写真を撮ったり
盗聴する必要なんてないんだろう。

従来の「スパイ」なんて
とうの昔に引退しているんだろう。

かつてのスパイ達は、スイスの古城あたりで
優雅にひっそりで引退していればいいけれど。。。

今の時代そんなに甘くないんだろうな。。。

October 27, 2013

後ろの正面だ〜れ??

ほとんどのPCには当たり前のように正面に向けてカメラがついている。
自分撮りが出来たり、Skypeのようにテレビ電話(古!w)的に使うわけだ。

でもふと思った

気がつかないうちに遠隔操作され
PCの前の画像や音声がどこかに盗まれる(盗撮される)危険性は
大丈夫なのかな?

反対正面からユーザーに向かう視線...???
ほとんどの人が意識しないで
PCに向かっているけれど
ターゲットにされたら
文字通り丸裸だものね

ま、普通はアホ顔でPCを観ている
自分しか写ってないはずだけど(w)

October 25, 2013

「ウェリントン通信」の頃

1993年から1994年のウェリントンでの生活の記録(自分の日記)と、Niftyserveのフォーラムの記事(Wellington通信)が整理されずにそのままになっている。というか、デジタルでバックアップしていくつかの媒体に記憶していたはずなんだけれど、結局は今となってはどこにどう記録されているのか、自分でも把握できていないという情けない状況。まあ、プリントアウトしたものがしっかり残っているだけでも、良しとしなくては..と一念発起して整理することとした。A4で300枚弱。

ということで、最近言われる「自炊」を頼んだら、当院の優秀な職員がさらさらさらっと10分くらいでやってくれた。いいスキャナーとOCRがあれば、サクサク作業ができてしまうみたいだ。これには感激した。さらに、i-phone だけでかなりの事まで出来てしまうことも知り、驚くばかり。自分ではそんなに「遅れてない」って思ってたけれど、トンデモナく遅れてるということなんだろう。

それにしてもここ20年間の加速度的な進歩と社会の変化には改めて驚く。ここで素人の僕が書くまでもないが、文章を「記憶、記録する」という機能を考えても、全然状況が変わってしまったのだ。ちょっと前まで僕らは、手書きの手紙をしたため、ワープロの便利さと美しさに驚いていたのに。

様々なアイデアや文章や画像や動画がクラウドの世界に「ある」という未だに信じられない夢のような感覚。この先、テクノロジーの進歩はまだまだ進み、確実にコミュニケーションだけでなく「生き方」に影響を与えるようになるだろう。
便利になる事はいいんだけれど、おっさん&おばさん達にはキャッチアップするのは容易ではない。

今回、過去に書いたものを読み返してみて、
ウェリントンの頃を懐かしく思いだす。
13年も時間が経つと一昔以上前の話なのだ。

まだ信じられないくらい大きな「携帯電話」を担いでいた(笑)
ネットや検索エンジンの台頭は社会を大きく変えた。
時間軸でみても社会がダイナミックに変化した時期だった。

我が人生の内で、もっとも輝いていた頃なのだと
あらためて思う。

しみじみ。

October 24, 2013

ささかま

笹かまLoveについて

「ささかま」ですから
ねりものです
「さかさま」で
撮りました(w)

ええ。ウケ狙いです

存在感のなさが自慢の
「ちくわ」と違う
充実感があるものの、
見た目が慎ましやかで
好ましい印象です

だって。。。
「かまぼ」ことの一線は
越えられない
微妙な立ち位置(w)

存在感の薄さのわりには
ちょっと自慢げな
出っ張り感覚も
見え隠れしてる

あ、そうか。
やはり自信があるんだ
上品で淡白ながら、
香りと歯ごたえも
しっかりとあるし

薩摩揚げのように
エラそうではなく
蒲鉾のように
お高く止まってない

節度があるものの
ヤル時はやる
気概がある

おそるべし、笹かま

それに今ハマっている
「笹かまぼこ」
セブンイレブンで5本入り150円(w)

山葵をつ〜っと出して
噛りつく快感
山葵を初めて知った外国人みたい

このカジュアルな味覚と食感は
スナックとしては、かなり高度なものだ。
やはり日本食って、素晴らしい。

October 23, 2013

患者さんから元気を頂く

往診に伺う。

今まで長くて複雑な経緯の患者さんに、
体調を見ながら往診に伺うことにしている。
それぞれのお宅に伺うと、さっと皆さんが
明るい表情になるのが、何より嬉しい。

医師の仕事をしていて
しみじみ良かった、と思う時間だ。

長い経過の方ばかりで
気心が知れていることもあり、
診察というより、お見舞いが目的のような
往診なのだが、
みなさん本当に喜んで頂けるのが嬉しく
医師冥利に尽きる

かつての
外科医としての激務
院長としての業務 
医師会や学会の仕事...etc
波浪と激流に揉まれるような
忙しい日々と較べると、
今は信じられないくらい
ゆっくりと流れる
穏やかな時間を過ごしている

患者さんから
僕が生きるチカラを頂いている
手を合わせさせて
感謝させて頂くのは
僕の方なのだ

この穏やかな時間に
感謝し
チカラを頂いています
9月25日のガンマナイフ手術から
今日でちょうど一ヶ月経過しました。

これも全てご縁
ありがとうございます

ハックル練習風景(2年前)




岡田先生

都立日比谷高校はかつての府立一中学校。
その昔から云わずと知れた名門で東京のナンバースクールだ。
キラ星のごとく各界で活躍した卒業生がいる。
その輝かしい歴史は、ちょうど僕らの時代に大きく変わり、
かつての栄光は「都立高校の教育制度改変」でずたずたにされ、
ボロクソにされた上でポイと捨てられ、
かろうじてプライドだけで生き残っていた。

そんなタイミングで入学した僕らは、
日比谷高校の生徒ではあったけれど、いつも「本物」とは違う
「なんちゃって日比谷高校」の生徒なのだという「後ろめたさ」が
常にどこかにあった気がする。

当時はまだ、日比谷のいわゆる「名物教師」が残っておられた。
皆さん有名な「伝説」のある歴々で、ご年齢から推察するに、
定年後の非常勤の先生が多かったのもしれない。

数学の岡田先生は真夏でも紺のスーツとガウンを着ておられた。
さすがに暑い時期にはシャツの袖を捲り上げて扇子でパタパタ煽りながら、
延々と黒板に数式を書いておられたけれど。

一見して「ただ者ではない」雰囲気と風情に、生徒達は圧倒されたものだ。

紺色の古いシボレーのセダンに乗っておられた。
ユニークで孤高、誇り高い、セレブリティの雰囲気だった。
あの品格は、今の教師には望むべくもないだろう。

先生の
「緊張して!」
「集中して!」という一喝!
背筋がピシっと伸びる。
この一言で、授業が締まる。

僕らは先生を尊敬していた。

ユニークなのは、数学の授業を数人の「グループ」で分けて
「みんなで解を見つける」方法。
最後までグループで頑張るのだ。
もっとも、出来の悪かった僕らのブループは、
「ゼロに何回かけ算してもゼロ(笑)」なんて冗談も言われた(笑)けど。

数学の出来ないグループには、
土曜午後に特別に授業をしていただいた時期もある。

先生は厳格な反面、お優しいので、
僕等のような出来の悪い生徒ほど気になったのかもしれない。

日比谷の立派な先輩達と較べれば、
サラブレッドの駿馬と使役の駄馬位の
差があったはずなのに
最後まで先生は僕らを見捨てなかった。

僕らは先生を尊敬していた。
僕が卒業してから、
文科系から医学部に志望変更した時には、
おお、そうか、そうか!と
親切に相談にのって頂いた。

その後、職員室に押し掛けて、
過去の模試の解答集の説明を
何回かご指導いただいたこともある。

あ、当時の日比谷には職員室とは別に
それぞれの教諭に研究室のような部屋があった記憶がある。
いずれにしろ、岡田先生は「師」と仰ぐにたる
「風格と品格」のある方だった

その後、何回かお会いする機会があったのに
ちゃんとご挨拶もできず長い間失礼していたが
ある時、ホテルオークラのロビーで偶然お会いしたことがある。
ご挨拶すると、元気か?と嬉しそうに笑われていたのが懐かしい。

何年か後に、同窓会(如蘭会)の雑誌で亡くなられたことを知った。
僕らが思っている以上に、いかに彼が有名な教師だったかを
その時に改めて知った次第。

岡田正先生
不肖の弟子でした
ありがとうございました

October 22, 2013

やきそば

このネーミングとパッケージのデザインは秀逸。
商品のコンセプトも一見でわかる

きのこ醤油味、く〜〜美味しそう
味わう秋限定味だって...ふむふむ。
和風のペペロンチーノっぽいのかな?
夜食に食べよう!

わくわく
期待が膨らむ

わくわくわく
きっときっと美味しいんだろうな///

わくわく、わくわく/////



と、いうことで
昨夜。。。


残念でした(涙
期待が大きかっただけに。。。
「ふつうの焼きそば」でした(w)

October 21, 2013

19クールに入ります

ガンマナイフ後のフォロー@東大医科研
再発手術後も、お陰様で副作用も特になく経過しています。
画像上も「縮小」している、とのこと。
今後も予断は許さないものの順調です。
明朝から新しいクール(19回目)の予定です。
応援ありがとうございます。
元気です  marc

天空の孤独な叫び

病に倒れ
痛みに苛まれたり
様々な苦痛に
悶え苦しむ

それが「病気」だ

不安で
虚しく
哀しく
不甲斐なく
情けなく
絶望し
行き止まり
沈んで
泣き叫んでも

この孤独感
この孤立感は
自分以外の
誰にも理解できない

自己の存在価値を
徹底的に否定されるのが
疾病なのだ

そんな状況が
自分以外にわかってもらえる
はずもないという
あたりまえの事実に
気がついた

だっていつか死んじゃうんだもの
この事実には
呵々と笑うしかないだろう

天空の孤独感の中で
絞り出すような
叫びを
じっと聴いている

何人たりとも
最期はみんな
一人で死んでいく

初めて
畏れを持って
死者の声を
聞いた気がした

October 15, 2013

写真集 by DAN巨匠

Dan君がハックルの素晴らしい写真集を作ってくれた。
感謝感激ありがとう!宝物です〜


ハックルベリーフィン1972ライブ(第1報)

ハックルベリーフィン1972、パーティライブのお知らせです。
 飛翔〜信じるものがあるのなら

日時:2013年11月23日(勤労感謝の休日)
開場:14:00
開演:14:30
入場料:3000円(予定)Food(立食、BBQ)
アイリッシュパブ。ドリンク類はcash on deliveryです
O'Carorans オ カロランズ
http://tabelog.com/tokyo/A1317/A131703/13017692/
自由ヶ丘から徒歩7分

Location/Map
O'Carorans

出演:
ハックルベリーフィン1972

イートルーズ
岩田バンド
SSU
CC Takeda et al.

お陰様で久しぶりのライブを企画するに至り、
万感胸に迫る思いです。
全てのご縁に感謝し、
皆さんと共に、パーティライブを楽しみたいと思います。
懐かしい曲もたくさん演ります。
乞うご期待!です。

marc ,  joji
ハックルベリーフィン1972

October 13, 2013

ランジェリー騒ぎ

ちょうど2年前、2011-10-4のエントリー。懐かしい(笑)

李下に冠を正すってか

昨夜、冬用に新しいスポーツ用弾性タイツ(ワコールのCW-X)が30%オフだったので迷わず「ポチ」した。僕はアマゾンとか楽天などのネット通販の送付先は、いつも職場にしている。宅急便の方が受け取りが確実だし、すぐに確認できるからだ。

ということで今朝、販売元の「アイラブ・☆ンジェリー」という会社から「注文確認メール」が届いていた。

アイラブ・ラ☆ジェリー!!」
その社名をみて絶句。

僕宛に届いた宅急便の送り主が「アイラブ・☆ンジェリー」だとすれば、マズい!じつにマズい。病院というのは3/4が女性の職場。受け取った職員から「いんちょ(僕)がエッチな下着をネット通販で買ったに違いない!」という噂が病院中に広がってしまうのに、たぶん半日はかからないだろう。「わざわざ送り先を病院にするのが怪しいし・・・」みたいな、根も葉もない巨大な尾ひれつきで・・・(爆)。

肩を震わせて大嗤いする女性スタッフの姿が目に浮かぶ。

ヤバい、実にマズい。全然やましい事はないのに、かなり真剣に悩んでしまった/w

ところが、メールの最後のほうに「※発送主名は『株式会社XXXXX』(全然違う)とし、外からは商品がわからないようにお送りいたしております..」だって。

心底ほっとした。

October 8, 2013

言い訳論

言い訳

つまらないプライドとか
たいした事のない拘りに
我々はどれだけ左右されているか

絶対こうあるべきだ とか
これが絶対に正しい
それは間違っている とか

自分を縛っているもののは
自分自身であることに気付く

思った通りにならなかった場合
(そしてこれが圧倒的に多いのだけれど)

「ま、仕方ない。残念だけれど」
と、現実を受け入れることになる

you can't have everything の真理

そうだ!
みんな何かを我慢して生きてる

だって。。。
あの時、あーだった、こーだった
実は。。。
本当は。。。
本音いえば。。。

言い訳することは
みっともなくて
出来れば避けたい事だけれど

言い訳することで
救われることもある

メメしい言い訳は
あまり聞きたくないものではあるけど
言い訳を受け入れる事で
楽になることもあるのだ

言い訳
繰り言
挫折話。。。

残念な気持ち
失敗体験
全然
恥ずかしいことじゃない
それをカミングアウトする

結果は
大成功だろうが
大失敗だろうが
実は大して違いはない

大きな流れの中で
バランスはとれている

言い訳
繰り言
挫折話。。。

明日への希望の糸口となる例は
いくつも見てきた

何でもあり(笑)
いいじゃん
OKだ!

笑い飛ばしてしまおう

October 7, 2013

蔵書印


院長室の机の中を整理していたら、
亡くなった父の蔵書印を見つけた。
僕が学生のころ父から貰ったもので、
自分で使う事なく
いつのまにか所在がわからなくなっていたものだ。

昔は本は今と違い、
「特別なもの」であり
「蔵書印」を記すことで
所有したことに特別な
気持ちをこめたのだろう

蔵書印は、当時の流行だったのかもしれない

学徒出陣、シベリア抑留、敗戦後、大学再入学、戦後の復興期。。
平和である事を、常に感謝して自分たちは贅沢せずも
子供達に教育のチャンスを与えてくれた

そのシンボルがこの蔵書印なのかもしれない

余暇には常に何か読んでいたし
全集や画集が好きで集めていた。

平和な世の中で、自由に最大限学べる環境
子供達に受け継がれるその思い、
「誇らしさ」

読書家であったけれど
家に実際に立派な書庫があったわけではないし
特別立派な図書室があったわけではない。

ひとりの読書好きの
サラリーマンであったけれど
いつか自分の書庫をもつことが
「憧れ」であり
彼の「決意」だったと思う

それがこの蔵書印なのだ

脳の声を聞く

手術や抗がん剤、放射線療法、最近ではガンマナイフ。。。
治療するという事は、脳を痛め続けることなのだ

終日眠い
いくらでも
熟睡できる
短時間だが頻回に
眠っている

脳が安静を欲しているのだろう
手術や薬剤やガンマナイフなどで
壊れた脳の修復の為に
安静にして
脳をクールダウンしてる感覚

眠いだけで不快感はまったくない
お陰様で身体的にはみんなが信じられないほど、元気。
日常生活は殆ど問題ない(と思う)

メモとして
今の時点で、defect列記してみよう

話がまとまらない
想起できない
イメージ
さっきまで考えていたことを忘れてしまう
新しい名前、約束、予定を失念する
計算能力は極端に落ちている
ディスレクシア
空間認識異常?
読めるが書けない
簡単な字が書けない
ウソ字を書く
ふらつき、ぶつける
「あれ」や「それ」ばかりの会話
堪え性がない

ま、いっか。
適当でも
生活はエンジョイできてる

できないことを探しても
出来ない事は仕方ない

逆にできることは何かと自問すれば、
まだまだ出来る事ばかりではないか

勘違いや、見当識障害は
いまのところ大丈夫だと思う

記銘力や想起力は落ちているが、
概ね記憶も保持
精神運動や情動なども
客観的に問題なさそうだ。
そんなに「へん」ではない(w)みたいだ

今のところ、の話だけれど。

自然に任せて「脳の声」を聞いている

October 6, 2013

銀パラの匂い

昭和時代の冬
僕ら世代にとって、
スキーは特別な思い入れがある

小学生の訓練としてのスキーからはじまり
スポーツからレジャーになって
バブルでピークを迎えた
今さらここに書くまでもないが、
あの時代に、我々はスキーに
どっぷりと浸かった世代(ご多分に漏れずw)だ。

明らかに奇異な現象で
都市部に住む若者があれだけ
スキーをする(した)のは
日本だけだろう

スキーは器具が必要だし
お金のかかる贅沢なスポーツなのだ

あれだけ多くの人が
ハマるなんて
絶対に仕掛けた「システム」が
居る筈なのだ

ま、それはそれとして(w)

最近妙に懐かしく思いだすのが、
昭和時代の
スキー場の様々な場面だ

非日常の世界と直結している
雪に閉ざされ隔絶した世界の
静かな時間

様々な楽しい想い出があった(遠い遠い目)

最近フラッシュバックして
異様に懐かしくなったのが、
「匂い」だった

乾燥室の独特の匂い
あの独特の雰囲気
石油ストーブの匂い
ワックスの匂い

僕は何故か「銀パラフィン」通称銀パラの
匂いが好きだった
子供の頃のスキーの楽しい想い出を
想起するのだ

温度や湿気、空気の流れや匂いは
心の奥深くで「記憶」している。
妄想「瞬間移動」してる

銀パラフェチ(w

吉田拓郎 落陽

吉田拓郎 落陽
ライブ

October 5, 2013

ライブ2013 第一報

第一報
ハックルベリーフィン1972
2013-11-23 勤労感謝の休日 午後(時間未定)
自由ヶ丘方面でパーティライブを予定しています
詳細は後日改めてご案内いたします。
日程を開けておいてくださいね。
どうぞよろしくお願いします

marc , 
Joji + proops

October 4, 2013

妄想朝食

昔から食べ物に関して欲が深いのだ
意地汚くて
食い意地が張っている

全くの美食家ではないが
手間をかけてでも
拘る事をよしとするところがある

A級で気取った高級なものは、逆に嫌い
食い意地が張ってる割にはケチだから
僕には「B級定番」がベストなのだ

一旦その店やメニュに惚れるとほとんど浮気せず
長年通い詰める傾向がある
その意味ではきわめて保守的。

さて、このところの最近はステロイドの影響で
とにかくお腹が減る
今朝も朝4時過ぎには覚醒してしまった。
空腹に耐えられなくなり5時起床。
納豆、プロテイン、生卵などのプレ朝食で
人心地ついた。

その時妄想した「理想の朝食」を記しておこうと思う

やはり定番のこしひかり
ホクホクふんわり香り高く
土鍋で炊いたご飯
しっとり輝く

これだけで2膳いけそう

味噌汁は、赤出か信州あわせ味噌 でしょう。
大きめのお椀に張った、上品なお出汁の効いた御味御汁
わかめがデフォルト
たっぷりのネギ、茄子、九条ネギがいいなあ(笑)
あ、お麩とか、お揚げもいいなあ

おおお、豆腐を忘れてた
ネギを添え、鰹節をはんなりと
お約束のたっぷりのお漬け物(胡瓜の古漬け、カブの浅漬け、柴漬け)
塩昆布のアクセント

やはり焼き物として鮭かな
香ばしくかりっと焼き上げた
白身魚なら西京焼もいいなあ
カマスやアジの干物もいい

ああ、もう箸は止まらない

そこで本命登場

納豆&生卵
http://liginc.co.jp/osora/archives/855
いい卵はたしかに美味い
ぷりぷりの健康な卵
納豆もピンキリではあるけれど
来るだけ拘りたい

最高級の生卵かけご飯は
日本の至宝の一つだと思う(ちょっとオーバー/w)

ベストパートナーは納豆
これは大きめの大豆がいいでしょう
これを、十二分にくねりくねり&こねこね

ホクホクのこれを、大きめの茶碗でわっしわっしと行きたい。
新鮮な大根おろしと、おかか、醤油も忘れずに(ふふふ)
七味か一味、和芥子、変わり種で山椒なんかも面白い

ああ、あああ、あああああ。たまらん

小鉢に載るお料理は、旅館やホテルの外食なら
いろいろあるだろうこれも
角煮や佃煮が美味しいものだ

さらに
付け合わせのベーコンエッグとか、ソーセージが
わりと好きだったりする。
目玉焼きは必須
これに醤油を垂らして///

別腹ですな(w)


ということで、
入院中にて、
とめどなく妄想していた朝のワタクシ

逢魔時

逢魔時

一瞬の間
一陣の疾風が吹いた

どこから来て
どこに行くのか

天空の
沈黙
日没に向かう
陽から陰へ
時空の動く時間

百鬼夜行が跋扈する
おっどろおどろ
どろ〜り どろり

背中を誰かが見ている
いつのまにか
不穏な物の怪たちが
草葉の陰で
蠢き(うごめき)始めた

深い谷間の逢魔が時に

October 3, 2013

山王坂を突っ走れ(歌詞プロット)

山王坂を突っ走れ
山王坂を突き抜けろ

遅刻坂脇
放った 矢は
雲の上まで 突き抜けて
どこまでも 飛んで行け

憂鬱な梅雨空は
どこかに行った

夏休み前
熱を出して
げろして 忘れた
ターゲットをget

山王坂を 駆け上がれ
山王坂を 突抜けろ
 悲恋に悶えろ
 通りすがりの
 赤阪だもの

涙の遅刻坂
MUGEN に恋して
ビブロスでフラれた

恋の花は 偏差値
 変だね
なかなか咲かない
 図書館で居眠り逃避

ハンダスの甘い罠
Cats and Dogsで
ちちくりあって
こんな日には
土砂降り 雨宿り

ミラーボールで
チークダンス
あの時代でもクラシック
(赤阪)見附の猫は
今 どこに? 消えた?

ジントニックは
桃色遊戯
キンキンに冷えてりゃ
オフリミット

(業務連絡:メモ書きかけ項目あり。じょうじ君へ)

プカプカ

明け方近くだったと思う。
リアルな夢を見た

タバコに火をつけて、深々と吸い込む
悪戯をみつからないように
上を向いて
ふ〜っと吐き出す

末梢血管がす〜っと縮むあの感じ
口腔と鼻腔に入ってゆく
紫煙の香り

おいしい!

信じられないくらい
美味しいタバコの味
陶酔感

身体が10代からの依存習慣は
止めて時間が経っても
決して忘れないものなのだろう

もちろん今さらタバコを
吸い始める気は全然ないけれど
この陶酔感は思い出して
よかった
そして
逆に「縛られたくない」とも思う

皆、それぞれの人生を
好きに生きられれば、
それで良いのだ

ああ、それにしても
リアルな夢だった(w)
久しぶりに葉巻を嗜んでみるか?(笑)

きっとまた至福の時間を味わえる筈だ
わくわく

〜〜〜〜〜
作詞作曲故、西岡恭蔵さん
『プカプカ』」。
大好きな曲だ

http://www.youtube.com/watch?v=JXWJRXKUh-Y

「遠い空から降って来るっていう/『幸せ』ってやつが/あたいにわかるまで/あたいタバコやめないわ/プカ プカ プカ プカ プカ」

高校生の頃、いつも歌っていた。名曲。

〜〜〜〜〜〜
過去エントリ
 不良長寿とフィンランド症候群
 紫煙の中にあったもの

October 2, 2013

男性のモテ期について

若いころは振られてなんぼ
よく玉砕した
すぐに女性を好きになり
振られる
その舌の根が乾かぬうちに
新しい女性を好きになる

もともとモテる方ではない
良いところまで行っても
友人以上&恋人以前まで

人一倍女性には興味があるくせに
見栄っ張りで
自意識過剰の
生意気でイヤなヤツだった

自己の持つイメージと
相手のイージする自分との落差?

くっ付いたり
はなれたり
燃え上がったり
燃え尽きたり
恥ずかしげもなく
出来るのが若さ

学生時代
独身時代

惚れっぽくて
思い込みが強かった分、
自信のなさの
裏返しだったの思う

不甲斐ない小さな自分
若気の至りとはいえ
全然懲りない
あの膨大なエネルギーは
どこにあっただろう?(爆)

結婚という
決意を通して
男として
家庭人として
やっと一人前の男になる
入り口に立った気がした

でも今、すごく正直に言うと、
一番男としてモテたのは結婚後の40-45歳位じゃないかと思う。
具体的な恋愛ではない(爆)
自慢じゃないけど、家族を抱えて僕にはそんな甲斐性はない(笑)

女性を前に、それまではオタオタしていたのに
やっと自信を持ったというか
余裕を持って、落ち着いて見る事が出来るようになる。
これが40代。男として一番輝く時期だ
多くの同輩達が同意してくれるので、ある意味真実なんだろう。

実際にその年になっても懲りずにラブアフェアに「現を抜かす」とすれば、
そいつはアホだろう。

つまり「場を得て落ち着く」わけだ。
落ち着いているからモテる。
もの欲しげじゃなくなる。

ということで、憧れていた「モテる男」に
やっとなれた時には時既に遅し(笑)
つまり少なくとも男女での「モテ期」には
この5-10 年のdiscrepancyがあるものなのだ/

October 1, 2013

残照

1)
極寒の冬(まふゆ)に生まれ
穏やかな春に目覚め
夏に成長(そだち)し
収穫(めぐみ)の秋に至る

永遠(とわ)に続くと信じていた
幸せな日々(時間)
愛おしい記憶を刻み付けた
水平線が
遠く輝いてた

まだ明るさの
残る夕暮れの中で
僕たちは次の
未来を見つめていた

僕は
 たしかに
あなたと
 ここにいた 

僕らは
 たしかに
あなたと
 そこにいた 

2)
極寒の冬(まふゆ)に抱かれ
穏やかな春に育まれ
夏に奔り
収穫(めぐみ)の秋に至る

永遠(とわ)に続くと信じていた
幸せな日々(時間)
愛おしい記憶を刻み付けた
水平線が
遠く輝いてた

些細な事に落ち込んで
前に進めなくなりそうな
時もあったけど
一所懸命生きてきた

まだ明るさの残る
夕暮れの中で
じっと見つめあっていた

善のチカラを信じよう
善のチカラを信じよう

永遠に続くと思っていた
幸せな夏の日
水平線に向かって
どこまでも

僕は
 たしかに
あなたと
 ここにいた

僕らは
 たしかに
あなたと
 そこにいた

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
プロット:(歌詞改変版)
要推敲。じょうじ君
(公開メモとして、業務連絡です ww)



10月になった

10月。一番好きな季節だ。
こんなにさわやかな秋の日には、
「自分が病気であること」を
意識しない時もある。

季節が変わったことも勿論あるが、
このところの社会全体の勢いや流れが
明らかに変っている

311以来の日本の意識の変化
社会の大きな潮流
価値観のパラダイムシフト

そしてアベノミクスだ
その意義や是非はここでは論じないが
日本の為に「変って欲しい」と思う

最近の政治にしても、あまちゃん騒ぎにしても、
式年遷宮にしても、オリンピック騒ぎにしても...
全て繋がっていることなのだ/

僕自身は
真夏の喧噪から一転して
秋から冬にかけての穏やかで
静かな時間から
状況が変わり、
一転、激動となった

東大医科研の定期MRIで再発が発見されたのが9/19 。
即翌日NTT関東病院への転院が決まって、
9/24からのガンマナイフ治療を受けることになったのだ
昨年の病気発覚からぴったり1年半経過。

今回は脳の最深部の腫瘍を
ガンマナイフで攻撃する治療だ。
超深部脳手術で
手術創がほとんど残らない

9月から10月にかけての
穏やかな空気の変化が
まるで舞台のステージが変るように
僕の周囲の風の流れと彩り
を変えたみたいだ

この夏は
あまりに僕の調子がいいので
僕自身も周囲も
「何かの間違いだった」?
「このまま治るのではないか」と
一瞬だけれども
浅い期待を抱いたのだが。。。

膠芽腫はそんなにアマイものではなかった

自分の予想を遥かに超えて
スピードで進行進展する病変
無症状で元気なだけに
ショックが大きかった

戸惑い
恐れ
悲しみ
失望

そして希望

死を身近なものとて
捉えて自分の人生を眺めてみると
様々なものが
見えてくる

悟ったようなエラそうな
ことを云っていても
いつも平穏な気持ちでいられるはずもなく
日々の生活はには、ざまざまな事があるけれど

家族と仲間に恵まれて
こうしていられるのは
「すべてのご縁」に導かれる
ものだ

つまり、なるようにしかなならない

今出来る事のベストを尽くす

それしかない

病気の自分を
「負け惜しみではなく」
有り難いことだと思う

自分がいかに小さく
儚い存在なのか
唯一無二の自分は
無限の宇宙からすれば
時空の塵にも
ならないけれど
「僕はここにいた」

ともかく、
新しいフェーズに入ったことは
確かだ

September 27, 2013

祈り 念について

昨年の不思議な経験について追補。

荏原病院で発見された膠芽腫の手術。発覚から手術まで1週間という緊急手術にも拘らず、有名人のさとなおくん達がFBなど僕の手術についてディスクローズしてくれて、
多くの人たちが手術の成功を祈ってくれた。

本当に有り難かった
僕自身は全身麻酔なので意識はないのだが、
手術が始まる少し前から不思議な感覚があった。

何と表現したらいいのだろう///
波動?
背中を押してくれる
大きな温かな掌のようなチカラ

「みんなの気持ち」
祈り;念
ベクトルとして「動きを作る」

コンサートやライブで
素晴らしいパフォーマンスと
出会った時に感じる
鳥肌が立つ「あの感じ」にも少し似ている

人と人が「共鳴」する
快感に近いか?
コーラスや
読経なども近いかもしれない

心を真っ新にして
誰かの為に念じる
メッセージを「共有する」

今回の手術(9/25)もネットでのさとなお君の呼びかけのチカラが大きい
当日の午後から感じ始め翌朝まで続いた。ありがたや、ありがたや

今回は、全身麻酔とは違い、6時間近くウツラウツラしていた。
驚いた事にFBとブログ(Sand and Gem)のアクセスが、少しづつズレていたものの、ほぼパラレルで動いていたことが興味深い

システマティックに
突き詰めて行くと、これは一種の
「宗教儀式」なんだろうけれど
僕はこの「自発的な祈り」の体験に
寛く静かに、同意したいと思う。

「人気」や「空気」には、人知の及ばない何かある。

September 26, 2013

Head Clipper:医学のチカラを信じる

昨年9月(ちょうど1年前、9-21-2012!)パーシモンホールで講演会をさせて頂いた。200人以上の方がたの出席を頂き大盛況で感激した。
http://sandgem.blogspot.jp/2012/09/blog-post_4489.html

そして1年。正直に告白すると、あの講演会以後、こんなに元気に生き永らえるとは思っていなかった。医師だからこの病気の悪性度、浸潤進行の速さについては、ある程度わかっていたつもりだったが、先がわからないのが人生なのだ。アタリマエなのだけど。

誰にでも同じように死があり。先の事は誰にもわからない。

僕が膠芽腫であってもなくても人生の様々なご縁で繋がって僕らは生きている

生きるという事に肯定的に捉え、さまざまな柵からの肩の荷が下りたことで
人生のご縁に感謝する気持ちに接する毎日。今までの日常が「あれこれと忙しかった」反動なのか、日々の生活はeneventfulに淡々と生きてきた。自分の生を愛おしく思う「ふつうの生活」。

最近は食欲がちょっと落ちたものの、元気。波がある。痛みや苦痛はほとんどない。長い患者さんのお宅に往診にいったり、外来に少しずつ出たりしていたのだが、一筋縄で行かないのがこの病気。

そして先週。病気発覚から6ヶ月の昨年9月の講演会からさらにぴったり1年が経過して、再発が発覚した。先週の医科研での月一回の定期MRIで反対側の再発病変が見つかったのだ。全く神経学的な異常がなかっただけにショックだったが、膠芽腫の再発は進展が早い。

 その日のうちに東大医科研病院から、NTT関東病院のガンマナイフのスペシャリストの赤羽先生に紹介してもらい、9/24(火曜日)に入院、手術となった。彼らの迅速な対応に感謝。professional coutesyに感謝。

 昔から脳外科医のことをスラングでHead clipperと呼ぶが、そのまんま(笑)の装置で頭部を固定する。局所麻酔と鎮痛薬でほとんど痛みもなくガンマナイフの手術は淡々と進む。まさに達人達の世界だ。

午前中から位置決めをして、午後からガンマナイフを施行。
画像はガンダムごっこをしてるコスプレおじさんではない。

痛みは全くないのだが、途中短時間の休憩を挟んで5時間以上身体を動かせないのが辛かった。目を瞑ってじっとしているしかない。修行ですな、これは。治療終了後の安心感&開放感は、筆舌尽くしがたい感じだった/

終了して病棟に戻ったら18時過ぎていた。
ふらふら。ばりばり。画像は頭部4カ所のクリップの痕。

夜いつもは爆睡する僕も、さすがに昨夜は眠りが浅かった。

ということで、今回のガンマナイフ治療はまずは大成功。
マージンの削り取りなど彼らのプロ仕事に感嘆する。
今後は脳浮腫や放射線壊死などの今後の後遺症などに注意が必要。

今後、テモダールの化学療法は継続。さらにアヴァスチンを併用開始する予定。運命の流れに任せて生きてゆくつもりです。
ベストを尽くして天命を待つ

写真のおでこのテープが手術跡。
食事は夕食から開始して、翌日歩いて帰れる。
大手術だったのにスゴい時代になったもんだ(W)
〜〜〜〜〜〜

下は昨年の講演会のスライドです。

以下も昨年のスライド

さなメモ:




この他にも多くの方々にコメントや感想、応援メッセーッジを頂いた。宝物。

〜〜〜〜〜
なお、今回の手術についても
多くの方達がFB呼びかけに反応してくれて
「祈り」「念」を送って頂きました。
今回もしっかり届きました。
本当に有り難うございました。

この不思議な波動感については
別件のエントリーにします。


September 21, 2013

朝日に向かって吠えろ!

昨年4月に脳腫瘍(膠芽腫Grade 4)が発覚。
荏原病院にて手術、放射線療法、高圧酸素療法、
化学療法(テモダール、ステロイドなど)を行い、
順調な経過で推移していましたが
先日19日、東大医科研のMRIで、
別の部位に新たな病変が発見されました。

残念ながら、膠芽腫の再発です。
急遽、来週早々に別の病院に転院することになり、
ガンマナイフ治療をすることになりました。
終了後は化学療法を追加して継続する予定です。

現在は物忘れが以前にも増してひどいのと、
多少のフラツキがある位で、お陰様で元気にしております。
ガンマナイフ後の状態がどのようなものなのか
自身で経験していないのでわかりませんが、
運を天に任せ優秀な診療スタッフを信じて
「まあ、なんとかなるでしょ」という心境です。

「あまちゃん」最終週となり
皆様ご多忙とは存じますが
9月25日(水曜日)の手術日に
『五反田方面』に皆様の「気」をお送りいただければ
幸甚に存じます。

可能な限り早くFB等でレスポンスしたいと思います。
どうぞ宜しくお願いします。

marc

写真は朝日に向かって吠える、奥沢神社の狛犬様。

September 14, 2013

SHORT HOPE & LONG PEACE

彼はいつものように
実に美味そうに
タバコの煙を吸い込んで
十分その香りを楽しんでから
ゆっくりと煙を吐き出した

紫煙の中の
密やかな自由の味
Short hope
or Long peace?
///
Long hope,
or Short peace?

せこせこするなよ
あくせくするなと
いつも決まって
斜め上を向いて
口をすぼめて
煙を吐き出す
大きな背中だった
大人の匂いがした

紫煙の中の
密やかな自由の味
Short hope
or Long peace?
///
Long hope,
or Short peace?

嘘をつくなら巧くやれ
勝てなかった勝負にも誇りを持て
いつも決まって
斜め上を向いて
口をすぼめて
煙を吐き出す
大きな背中だった
大人の匂いがした

紫煙の中の
固い男の約束
Short hope
or Long peace?
///
Long hope,
or Short peace?

^^^^^^^^^^^^^^^^^
かつては僕もヘビースモーカー。
ストイックな禁煙主義者たちに捧げる。
豆腐の角で頭をぶつけて死んても知らないからさ。


2008-11-10

SHORT HOPE

NOVEMBER 11, 2008

数年前に亡くなったCRさんは、アメリカ人のミュージシャン。最期を看取るご縁となった。日本での活動はもう20年以上でヒット曲も数々ある。彼が日本で活動を始めた初期のバンド名が、SHORT HOPEっていうことを彼のHPで知った。

SHORT HOPEって、なかなかセンスのあるタームだ

タバコのショートホープ(短い紙巻タバコのホープ)からの由来だろうけど、Hopeの形容詞に長い短い(時間的なターム)を使うと、アメリカ人の感覚からすると、侘び寂びの世界っていうか・・・「刹那」とか「涅槃」みたいな感性をイメージする

LONG PEACE ってのも、その意味では面白い。これは「極楽浄土」。

SHORT HOPE &  LONG PEACE

逆に SHORT PEACE & LONG HOPEは、さらに「禅の世界」?

ということで歌詞をインスパイアした
~~~~~~~~~~~~

徒然ブログ

2006年以来、Face Bookに拙文を書き始めて7年目になる。
はっきり言って殆どが駄文だけれど、
ニフティサーブのフォーラムの頃からだから、結構な量だ。

本当はちゃんと
推敲しておきたいのだが、
もともと人様に読ませるものとして
書いている訳でもなく
ほぼ毎日「筆の赴くまま」
書き散らかしてきた

日記的に自分のために
メモを書くというスタンスなので、
何を食べたとか、誰と会ったとか、
そんな日々の他愛ない事ばかりを書いている

習慣になっているので、自然にネタ探ししている。
書きたくて書いているくせに
ネタを探すなんて本末転倒なのだが
「FB友達」からの「いいね!」やコメントは
我々素人ブロガーにとっては、
サイトを続ける大きな励みになるものなのだ

アイデアを想起しても
ちょっとした事で、内容を忘れてしまうので
最近は少しコツを覚えて
ネタになりそうな内容のキーワードを
10本くらいストックしてくようになった。

でも昨年、脳腫瘍が発覚して死を意識して以来、
日々の生活を淡々と記録してきた、このブログの
(自分にとっての)意味を改めて感じている。

September 10, 2013

形を残せる仕事は素敵だ

2020のオリンピックが決定した。
日本人として何はともあれ「誇らしい」気持ちになる。
僕はもともと右寄りを自負しているが、
精神の根っこにあるナショナリズムを刺激される。

昨年来の20年ぶりの日本経済の「上げ潮」感覚が
オリンピックの開催地に東京となったことで
大きなトレンドに変ったことを実感している

すごいなあ
こういう変化というか
運勢というか、流れというか
人知を越えたところで
人と社会は動いてゆく

何となく良いことが
起きそうな期待感
大人も子供も
男も女も...etc

この空気=「好景気」の実態なんだろう。

今後オリンピック開催の
様々な施設や巨大な建造物
新しいビル、商業施設
交通システム...etc
がどんどん作られるだろう

僕達(男の子)は、子供の頃から
大きな建造物に対して
無条件で畏敬する傾向がある

橋や道路やビルや
あんなに大きな建造物、その部品、ネジが
人間の手で実際に作られることの
素晴らしさに
わくわく
感激するのだ

職人さんは、
「あの高層ビルのボルトは
俺が締めたんだ」という実感があるとすれば
何と素晴らしい仕事なんだろう

こういうプロの仕事(職人芸)を
僕は無条件でレスペクトするところがある

自分が創った証
自分たちが作った「実感のある仕事」が
長期間、形に残る素晴らしさ

医師には体験できない

September 5, 2013

September 3, 2013

妄想ごっこ

子供の頃
空想遊びをよくした
幼稚園に入る前だろう

自分の時間であれば
現実と空想の世界を
自由に行ったりきたりできる
だれでもそのスイッチがあったハズだ

子供の頃よく
「突然別の世界に行っちゃって、ぼ〜っとしてる」と
云われた

たぶん親や教師が心配するくらい、
本当にぼ〜っとしていたんだと思う。
(当時の写真を見ると、どれも口を半分開けてぼ〜っとしてる)

時空を超えて空想の世界に遊ぶ
その、たまらない気持ちの良さ
時間を忘れてやってた
ふと気がつくと外が真っ暗になっていて
驚いたことも何回もある

小学校低学年までは
想像の内容(コンテンツ)がある程度決まっていて
テレビ番組を観るように繰り返し繰り返し
「空想していた」空想遊びだった。

よくやったのが アニメやドラマ、
現実の世界と空想世界に遊ぶ
今考えれば、アドベンチャー系とか
少年探偵団系とか、忍者部隊「月光」系とか、
大好きだったコルベットの出てくる系とか、
男児らしい劇もあれば、はちゃめちゃな
大人のドラマもある

あれは今考えてみれば
絶対安全な場所で
自由に空想すること
夢を育むことは
子供に必須の遊びだったと思う

思春期のある時点から、
空想の興味は(かなりの部分)
異性へ興味へシフトするわけだけれど、
これは自然な事だろうな(笑)

いかに才能表現するか

どんなに優れた才能(タレント)であっても
その才能をうまく表現できなければ
活かす事が出来ない
いわゆる「宝の持ち腐れ」になってしまう

そんな例は古今東西、枚挙にいとまない。
むしろ「良い例」の方が圧倒的に少ないのではないか。
ほとんどが才能に潰されて「普通の人」になってる

運やご縁も大きいだろう

才能が開花する為には、ある種の思い込みと偶然が必要だ。
そしてその抜きん出た能力を「正しく表現するのこと」は
同じくらい大切だ。

これを誰かが指導することが大切なのではないか?
「初めの一歩」の時期には
どんな天才にも絶対に指導者が必要なのだ

才能のある人は
例外なく
ナルシストにしてエゴイストだ

労を厭わず真摯に
「道」を究める真面目さも
狂気に近い拘りや頑固さも
才能の一部だと云えるだろう。

自分を極限まで表現することを
求められる

僕のような凡人には解らない
「厳しい世界」なのだろう。

宮崎駿さんの姿を観て思った

September 2, 2013

宮崎駿さんの引退に際して

宮崎駿監督が引退を表明した。

監督としての「創造的な期間は10年しか続かない」と。

彼ほどのクリエーターであっても、10年。

重みのある言葉だ。
たしかに、どんなに偉大なクリエーターであっても
感性、技量、経験、体力、人間関係...etc すべての「総合力」が
ピークとなる時期は限られている。

また、あれだけの大作を作り上げられる人が
毎回毎作品毎に、心血を注いでいくからこそ、
もうこれ以上できないという心境になれるのだろう。

彼自身は「自分のピークは過ぎている」ことを知っていたはずだ
今回の監督の「引退宣言」は、彼なりの美学なんだと思う。
本当のプロフェッショナルは、自分の引き際を知っているものだ

宮崎駿さんは2世代上。

僕にとってその「人生の特別な10年」は、どこだったのだろう?
一番輝いていた10年がどこかにある筈だ。

偉大な先人やその道のプロと較べるものおこがましいが
大切な節目となる「10年」は
我々のような「非生産的な」市井の民にもあるはずだ。

自分の人生を振り返ってみると、
10代、20代までは早く大人になりたかった
30代には40代に憧れがあり
40代になったら50代に憧れ
心身ともに充実した50歳代になってみると、
社会的にも成熟し一番居心地が良い(←確かに、イマココにいる)

60歳代から先は未経験だからわからないけれど
この世代が中心である事は間違いない。

自分がクリエーティブな人生を送っているかどうかは
はなはだ心もとないけれど、大多数の御同輩達が
へらへらと幸せそうに笑っていられる
日本の平和な社会っていうのは
僕は「悪くない」と思うのだ。

August 30, 2013

じぇじぇじぇ叙々苑

従姉妹より差し入れお見舞い
叙々苑スペシャル だ〜〜っ!

いつもありがとう!


種市先輩の憂鬱

「携帯電話のなかった時代」という歌は、1973~1975頃のストーリーだ。
あまりにも書きたい事が多くて、未だにどう纏めるのか見えてこない。
そもそも纏まるのか?も疑問だけど(笑)。

男の子と女の子が
出会って
デートをするまでの
はっきりしない
微妙な時間

男の方がハッキリしない事が
多かった気がする
このハッキリしなくて悶々としている気持ちと
彼女のことが「スゴく好きで大事にしたい気持ち」が
渾然一体となって
心が張り裂けそうになっている

「あまちゃん」の「種市先輩」の気持ちは、
その時期を通ってきた男であれば
実に解りやすい。
解りすぎるらい解るはずだ (w)

当時は夜の公園の公衆電話から電話し
話が盛り上がったとしても、
「そこまで」で「寸止め」

なぜだったのか?
何故そんなに頑なだったのか?
未だに明確な答えがない(てか、どうでもいいこっちゃ)

そのころは、好き=したい ではなくて
discrepancyがあるわけだ。
頭の中はその事でいっぱいなのに、
実際の行動は全然違う

男ってバカだし、幼く拙くて不器用で
一所懸命で、今となっては可愛いとさえ思う。

ってことは、今の時代の(種市君とも)
考え方は基本的には変ってないってことだ。

当たり前だけど、腑に落ちた(笑)

戦いごっこ

男の子の戦いごっこについて

昔は、取っ組みあいのけんかも当たり前だったし、
ボディコンタクトの遊びが男の子の遊びの定番だった。
危なくなければ遊びじゃない、という意識さえあった(笑)

「おしくらまんじゅう」のような遊戯から
「水雷艦長」「缶蹴り」「馬跳び」などのゲームは
エネルギーの有り余った男児には定番の「遊び」だった。

怪我をするリスクがあるのは
スポーツでは当たり前なので、
最善最大の防護策をとるのは当然なのだが
怪我をするから、危ないから、
治安が悪くなったからと、
近所付き合いが希薄となって
いつのことからか
子供が外で遊ばなくなった

1975〜1980年頃が、境目か?

その頃までは
「〜ちゃん、あーそぼ」
と呼ばれたら、知らない子でも
とりあえず入れてあげる
年長の子供が仕切って
皆で遊ぶのが「全国共通」の
ルールだった

僕自身、何回も遊びに行ったところ(つまりアウェイで)
近所の子供達の仲間に入れてもらって遊んだ。
「あ〜そぼっ」と、初めて言う時の勇気、ドキドキ感。
そういう経験を通じて社会性を学ぶ

今、ふと思いだした

「あ〜と〜でっ」という断り方があった

今都合が悪いけど、今後機会があれば宜しくね、という
曖昧にして相手を慮る態度を、子供心に育んでいる
そういった伝統が日本的と云えるかもしれない。

その他、諸々の社会性や礼儀
トラブルシューティング
人間関係クレーム処理の仕方
さまざまな交渉と調整

子供同士の喧嘩に親は口を挟まないという
暗黙のルールがある

地域のしきたり 
ルールや掟

子供同士の関係
友達
兄弟姉妹
年長者
大人との関係

家庭、近所、学校、地域とだんだん世界が広がるつれて
視野が広がって、さまざまな事に興味が出てくる、その原体験。
そこでさまざまな事を学んだ

1975~1980年頃の
この子供社会の一大変化は
日本の高度成長期の社会の変化と
表裏対になっていて、
ファミコンや家庭へのインターネット普及で
拍車をかかかったのは確実だ

いつも大人も子供も
どんな事でも傍観者的で
誰でも評論家的になってしまう

痛みがわからないので
程度がわからない
自分が痛い思いや
辛い思いをしていないので
やさしくなれない

そんな情景も今はもうないんだろうな。。。と、
ノスタルジックに、古き良き時代の日本社会を
思いだす

バーチャルな体験ばかりで
リアルな体験をしていない
どこかに歪みが出て不思議ではない

だからといって
後戻りは出来ないのだけれど

August 29, 2013

王様の金庫(小説)

王様の金庫(寓話)
2007-9-25再掲載
2013-8-23 再々revised

昔々のある日の午後、王様が一番信頼できる家来達に言った。

「わしは、大切な宝物が一杯ある。我が王国の賢者達よ、その宝物をわしが安心して置いておける金庫を作って欲しい。絶対に開けられない金庫じゃ」

一番賢者アーサーが言った「恐れながら王様、{絶対に開けられない金庫}というのは矛盾しています。{王様だけが開けられる}という意味ならわかりますが。」

「うむ、なるほど。賢者アーサーの言う通りじゃ。わし以外の誰もが開けられない金庫を作って欲しい」

「御意・・・・」

賢者達は考えた。

ある天才数学者は、連続的な解答不能の問いを繰り返す迷路を考え始め、

ある天才地質学者は、世界中で一番地質の安定した場所を探して、巨大な穴を掘り始め

ある天才天文学者は、ブラックホールの向こう側にある場所をスーパーコンピューター使い計算し始め

ある天才心理学者は、万人の心の奥底にある「欲望」という名の「空洞」を世界で一番深いマリアナ海溝の底まで捜しに行き

ある天才物理学者は、素子の「ささやき」と我々の宇宙の果てにある「時間のねじれ」の違いを考え始めた

さらに、ある天才医学者は、完璧な金庫を開ける権利のある王様のための不老不死の薬を研究した。

 そして1週間後、賢者達の会議で、第一賢者のアーサー議長が言った。

 「賢者達よ、君たちの結論は出たか?」賢者全員が大笑いをした。

 「議長! 私達の求めているのは{真理}なのです。それが1週間で見つかるわけがありません!」
と、物理学者と医学者が言った。

 他の賢者達も頷いた。

 王様が聞いた。「賢者達よ、それなら、どのくらいの時間が必要なのだ?」

 一番賢者のアーサーが代表して王様に答えた。「私達にもわかりません。しかし賢者は賢者なりのベストを尽くし、年老いた{王様の生きているうち}に解を見つけるべく鋭意努力します。」

議長が言った。「賢者達よ。汝等のベストを尽くすが良い。王様は待っておられる。」

==========
賢者達は何を見つけ出した???
==========

「で、この話の教訓は?」と彼女は言った。

「何にもないさ、だたそれだけの話さ」と僕。

「えっ?そんなことないでしょう?そんな筈はないわ。だって世界中の最高峰の頭脳を持った賢者達が一所懸命考えたんでしょう?」

「そうさ、そうだよ。でも賢者達は解を見けられなかったんだ。」

「じゃあ、王様は{絶対に開けられない金庫}は得られなかったってこと?」

「そうだよ。でも、彼は意外なことに、すごく身近に「最適解」を見つけたんだ。

{絶対に開けられない金庫の鍵}を」

「絶対に開けられない金庫は、出来たのね!」

「答えはYESでもありNOでもある。{絶対に開けられない金庫}なんて、初めから世の中に存在しないのさ。でも、王様はそれを判っていて賢者に命令した。そして、彼(王様)はその鍵を見つけたのさ。」

「私には解らないわ、あなたの寓話は。起承転結の結が見えないわ。」

「どんな金庫にも鍵は開けるためにあるんだ。開けられない金庫が存在したとしたら、その金庫には鍵はないはずだ。誰にも開けられない金庫は、それ自体自己矛盾なんだ。それは紀元前1600年の殷の時代の象形文字に記されているという。つまり{真理}なわけだ。」

ということは、アーサー卿が言っていたように、王様以外には開けられない、というのが正しい?

いや違う
開けられたくない人がいるから金庫の意味があるんだ。
誰にも開けられない金庫は、誰にでも開けられる

つまりどんな複雑な金庫を作っても、鍵の意味がないことを悟り
王様は鍵を捨てたんだ。

さらに金庫だけでなく、王様は王国から全ての鍵をなくしたんだ

その結果、泥棒や盗賊や盗人や怪盗はいなくなり
王国の民は皆で富を共有して
賢者達は、さらに素晴らしい賢者達になり
国はさらに栄えて
すばらしい王国になったとさ

う〜〜ん。
ちょっと待って??
あなたの話は「出来過ぎじゃないかしら」

ははは。
さすがだ。鋭い指摘だ。

ポイントは、そこで賢者達はさらに考えたことなんだ。
人間は常に進歩し続けるために。

新たな新進気鋭の若い天才数学者は、誰にでも簡単に複雑系の解をみつけられるシークエンスを考え始め

さらに若い天才地質学者は、世界中で一番地質の不安定な場所も生活できる別の巨大な穴を掘り始め

新しい天文学者は、ブラックホールの向こう側にある場所を、別の方法で計算し始め。。。

ある心理学者は、万人の心の奥底にある「希望」という名の「空洞」を火星の底まで捜しに行き

新人の物理学者チームは、素子の「ささやき」と我々の宇宙の果てにある「時間のねじれ」の違いを検証し

医学者たちは、王様のための不老不死の薬の研究は意味のない事をはじめて議論するようになった。

王国中の皆がそう考えるようになって、
初めて国中の人々が
大人も子供も安心して、
幸せに暮らせるようになったんだ。

で、その国の名は???


to be continued
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