助けあいジャパン

April 11, 2012

重く大きな鎧

いろいろと考えたのだけれど、結論からいえばシンプルにブログ公開する事にした。極私的な部分についてはさすがに公開できない(したくない)ので、その部分に着いては非公開(未公開)のものとして置いておく事にする。

ブログには自分以外に読んでくれている人が居る訳だから、本音で書いているとはいえそこには遠慮とかヨソイキのカッコつけとがある。全裸で路上に飛び出す人はいないだろう。僕のブログのスタンスは短パン&Tシャツの格好で寛いでいる姿か。今気付いたのだけれど、そうそう人間って本音を出せるものではないということだ。心の叫び!みたいなものって、そんなものをぶちまけられた日にはハタ迷惑だろう。そのくらい「切羽詰まった」状態におかれていても人間って(というか僕という人間は)カッコつけようとしている。

さて、身辺の整理というものは「わりとカンタンに済んでしまう」ということに気付いた一日だった。もちろん日々の柵が多数あるわけだからモロモロあるわけだけれど、自分と自分を取り巻いていた世界というものは(そう、まさに、柵:しがらみ)あっけないほどシンプルなものなのだ。かみしもがとれる、ということ。肩の荷が下りる、ということ。これまで自分があれほど苦労して、辛くてのたうち回ったり、歯を食いしばって頑張ってきた事、逆に大喝采や賞賛(ああ、アプローズ!の快感)をあびたりしたこと。あれほど拘ったり気にしてていたモロモロの事は「この期に及んでは」特別な意味を持たないものであることに気がついた。

すべてtolerateできるものなのだ。
うまくいえないけれど/
結局は「丸く収まる」ように物事はなっている。

自分は(自分では)とんでもなく重く大きな鎧をつけて闘ってきたということに気付き、それを脱いでみたらなんと心安らかなものだろうという発見。
たぶん神様がご褒美として最期(のほうに)とっておいた素晴らしい贈り物のひとつではないかと思う。

現在進行形で、頑張って苦労してのたうち回っている人には決して見えない仕組みになっているらしい。そこが面白い。
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