助けあいジャパン

March 31, 2012

気合を入れて「あぐ〜煮豚」

あづまに頼んでいた沖縄「あぐー豚」。本当のアグーはかなり希少らしい。首都圏で市場に出回っているのも珍しい。あづまでも月に2回程度しか出ないとのこと。今回はラッキーなことに事前にオーダーできた。

①今日入手できたのは、バラブロック2.5kg 沖縄の天日干し塩、胡椒を擦り込んで1時間放置。凧糸でぎっちり固めて成形。
②大きめのWokで塊を焼き始める。脂は不要で、自然に滲み出すラードで表面をからりと焦がしながら焼いて行く。
③ある程度自然のラードが出たら、弱火にして揚げる感じで脂を廻しかける。ニンニクを皮ごと放り込んで香り出しをしつつ...
④表面はきつね色、カリカリになるまで約1時間。
⑤ここで一旦、肉塊を網の上に取り出し「肉を休ませる」:約30分間。これまでの脂は全部捨てる
⑥ ⑤の間に新たにWokに刻みニンニクと米油で弱火で炒める。香りが立ってきたら。。。
⑦味醂400ml、酒100mlを投入しアルコールを飛ばすように強火 さらに醤油400mlを入れ煮詰める。
⑧長ネギ6本、ニンニク塊4個、玉葱1個入れたところに、⑤の肉塊を入れる
⑨約2時間、汁をかけながら弱火でコトコト
⑩肉塊を引き揚げ、冷ましてから冷蔵庫へ。
⑪冷蔵庫で一晩寝かせて完成。
⑫固めの半熟卵(11分半)を醤油だれで約1時間漬けて味付け卵を!



リセットに理由はいらない

年度代わりが週末という偶然。閏年の一日ということもあり、たぶん明日は神様の裁量で「今年はきっちりとリセットしなさい!」ということなんだろう。
そう考えたら、なんだかとても愉快な気分になった/w お正月のウォーキングで撮影した写真。わりと骨太の印象。




March 29, 2012

幸せなサプライズ!

「赤べこ」プロジェクトが、神奈川県立こども医療センターであり、最終日の今日の午後15年ぶりくらいに行ってきた。新しい病院になってからは初めて。旧い建物も残っていて、本当に懐かしい雰囲気に感慨に耽った。1988年にアメリカから帰ってきて1年くらい大学に居てからすぐに出張したから、このKCMCは僕の小児外科医としての基礎を育ててくれた場所なのだ。あの厳しくも充実した地獄のように忙しいシニアレジデント時代。僕らももちろん未熟で若かったし、娘たちは末娘が生まれたばかりで生活するのに必死だったころだ。今日半日だけでセンティメンタルな思い出をたくさん思い出した。今日の赤べこのことと、KCMCでの修業時代の思い出については後日書く事にしよう。書いておきたい事がいっぱいある。

そして、神様は人生に素晴らしい出会いとサプライズを用意してくれるものだ。

Tさん母娘と会場で再会したのだ。御縁があって新生児の時に僕が手術したお子さんだ。本当に小さくて弱々しかった赤ちゃんが、目の前にいる元気で美しい娘さんである事が、にわかに信じられなかった。学校を今年卒業して4月から働き始めるのだそうだ。お母さんとお話をして記憶がすぐにあの頃に瞬間移動した。そうだ!美人でシャキシャキした感じのお母さんだった。生まれてすぐに大きな手術を受ける事になった我が子のことを思うと、本当に辛かっただろうけれど彼女はスゴく気丈だったことも憶えている。その娘さんとお母さんが今日たまたまボランティアをしていて、たまたま研究日の午後が最終日と重なったことも偶然、午後に僕がお手伝いをする事が出来た事も偶然、そしてTさん母娘と再会することができることも偶然、なんという嬉しい偶然なんだろう!

新たな再会をお約束した。Thanks God! こういう素晴らしいサプライズを有り難う!

March 28, 2012

「解」∵(何故ならば...):タイトル

2009年暮れから、ずーっと気になっていた懸案事項。その一つが今日解決した。ずっと喉の奥に小骨が刺さっているような痛みを感じていたのだ。仕事を休んで、ベッドに引きこもるほどではない。そのくらいのダメージなんて(大人なら)一つや二つは誰でもあるだろう。でも、疲れが溜まって気分的にLow moodな時には、ボディーブローのように利いてくるダメージになる。大人になるということは、そんな「いろんな事を自分の人生に背負う事」なのだ。

人生の折り返し地点を過ぎた今、諦念と納得のバランスを取りながら、みんなそうやって生きているんだとしみじみ思うようになった。人生で起こる様々な事は「プラス」と「マイナス」だけで相殺し切れるものではない。そして、未知の様々な関数や変数が出てくるのがまた楽しく面白いこところなんだろう。若い頃にはまだその事を全然わかっていなかった、と思う。

自分は幸運に恵まれた時間を生きていると、今日も天に向かって感謝した。久しぶりに詩を書いた/

March 27, 2012

ディーベートは間と勢いだ

都医師会執行部と地区医師会の懇談会。フランクな雰囲気でのディスカッションとはいえ、執行部としてはある意味公式発言なのでそれなり緊張感はある。都内の病院の経営の厳しい状況と、多くの病院が倒産閉院して地域のベッドがどんどん減少しつつある現状についてスピーチをした。アタリマエの事をアタリマエに言うのは難しいことではない。でも自分なりのユニークな視点をわかりやすく話せるかどうか?これがポイントだと思う。声の大きさ、ピッチとトーン。そして「間」。3分の話を1分にできたハズだけど、まだまだ修行が足りない。70点かな。

30人くらいの人が集まり議論をするという事になると、仕切りの大事さがわかる。それなりの立場のそれなりの論客が集まっているので、単なる井戸端会議的な雑談とは違う。とはいえ、その中でも論理立てて話をすることができる人って、本当に少ない(というか、ほとんどいない)し、自分以外の人の話を正しく聞く事が出来る人っていうのはもっと少ない事に気付く。話したい事をダイレクトに言葉にできなくて不必要にウロウロするし、へんな遠慮があるのか話し切れていないもどかしさをいつも(話し終わってから)感じる。みんな人に話を聞かずに、いかに自分の話したい事だけをしゃべっているかってことだ。少なくとも建設的議論には程遠い(笑)。

子供の頃からの論理的思考とディベート&プレゼンテーションなどのコミュニケーションスキルの「訓練」の大事さ。もっと大切なのは、そのコーチの存在だろう。ディスカッションの空気とか流れとか勢いをいかに読むか?などのテクニックは、人から教えてもらうしか身に付かないものだと思う。

もう遅いか(笑)。

March 26, 2012

わさわさ月曜日

新年度に向けて〆の最終週。週末の旅から一気に怒濤の週に突入。今週はルーチン&サブルーティンでスケジュールがぎっちり詰まっている。一日中何となくワサワサした落ち着かない気分で過ごした。夜の会議を終えて、デスクでFBメッセージをみると、「西の空を見るべし!」とのこと。驚いた事に、金星、月、木星がほぼ一直線に並んで西の空に浮かんでいた。どれだけ多くの人たちが、同時に西の空を見上げているのだろう?この偶然的な共有体験こそが今の時代的。夜の予定は、ダブルブッキングになってしまい急遽変更。M先生の退官記念のパーティには失礼してしまった。明日も忙しい。

March 25, 2012

あの場所には何かがある





お彼岸の墓参りで名古屋へ。諸雑事に一区切りがつき、その報告も兼ねて行く事にした。お墓を掃除して般若心経を唱えたら、すっきりとした。墓参りというのは故人のためというより、自分の為なのだなあと、しみじみ思った。

名古屋から伊勢へ。近鉄特急って昔から大好きだ。英虞湾が母方のルーツで中学生くらいまで毎夏を伊勢志摩で過ごしたので、今でもこの路線には親密感と懐かしさがある。伊勢の駅近くのビジネスホテルに荷物を置いてから、吹上の「むら田」へ。街場のふつうの鰻屋さん。カウンターで板さんと話し込む。やはりここでも昨今の鰻騒動は大変らしい。値上げをしたとはいえ東京よりは全然安い上に美味しかった。街全体が照度が低くて暗い。いわゆる繁華街ってなく、夜は早く寝なさいって感じ(笑)。さとなお君の本で推奨の虎丸へちょっとだけ立ち寄ってからホテルに帰る事にした。早寝爆睡。

朝ご飯を食べてから外宮(豊受大神宮)へ歩く。今回はゆっくりと外宮から別宮をまわり内宮へ向かうコースとした。ここでタクシーをお願いして、別宮を案内してもらうことにした。倭姫宮、月夜見宮、月讀宮、猿田彦神社と回る。丁寧で親切な説明だった。伊勢のタクシーってみんな例外なく親切。人が少なく静かで静謐な杜をゆっくり歩いてエネルギーをもらった感じ。最後に内宮(皇大神宮)へ。元祖パワースポット。あの空間には絶対に「何か」がある。おかげ横丁の屋台で焼き牡蠣を食べたあと、「奥野家」で松坂牛のステーキ膳。その後も周辺をぶらりと散策してから帰路についた。いい週末。

March 23, 2012

ケイシー、君なら何と言うだろう?



今日、ふとした事から、2009年の1月に亡くなったケイシー・ランキンのことを想い出した。ラーメンと立ち食い蕎麦が大好きで、お茶目で皆に愛されたアメリカ人のおっさん。平和を愛し、日本と日本人を愛した。そして偉大なミュージシャンだった。

僕にとって、彼との出会いも別れも実に不思議なご縁だったと思う。
いつかライブを一緒にやろうね・・・という夢は叶わないまま、彼は逝った。

今の福島の現実。彼がもし生きていたならば、何と言うんだろう?

March 22, 2012

個のメディアの時代

今日のさとなおくんのエントリーについて。

ソーシャルメディアが「個」のメディアであることは論をまたない。『ソーシャルメディア上では、「組織」人ではなく「個」人としての発信じゃないと、信用も共感もされない。』というのは真実だと思う。肩書きや役職を元に発信しても「信頼」や「尊敬」や「共感」を得ることとても難しい。そんな「空虚な」「上から目線の」言葉には誰も耳を傾けないし、心に響かない。

今の時代、自分を「自分の言葉」で発信する事の大切さ。余談だが、昨日の高校球児の真っすぐな言葉の選手宣誓が心に響くのは、それが真実の言葉だからだ。ソーシャルな社会(ヘンな言葉だ/w)は年齢や性や職業や肩書きなどの「属性」による結びつきとは全然違う、フラットでフレキシブルな「緩やかな」繫がり。でもその根底にあるナイーヴさとか脆さとか危うさのはみんな「うすうす」気付いている。どうコントロールするかは、まだ誰にもわからない未知の領域だと思う。自分の部屋の窓のドレープを開けた状態。どれだけ、どのくらい自分を晒すべきなのか?

個人によって「モラル」とか「エチケット」とか「ルール」とかが全然違うのは当然だ。結論から言えば、僕はどんどん晒してしまえばいいと思う。だってどんなにリラックスしている状態であったとしても、だれかから窓から見られていたとしたら、自宅にいてもパンツくらいは穿いているだろう/w。覗かれるのが嫌なら、電源をオフにして窓を閉めてしまえばいいのだから。

メディア論にしても文化論にしても多層的で横断的な分析の余地が無限に広がっているんだろう。10年先、否、5年先のソーシャルの現場はどんなふうに変わっているのか?スゴく興味がある。

March 21, 2012

大舞台に立つことの勇気

ここ10年来の僕の懸案事項が、一段落して落ち着きつつある。まだまだ先は長いのだけれど、トンネルの出口が薄ぼんやりと見えてきて、これからまだ歩き続ける勇気が出てきた。つまり、そういうことなのだ、と今改めて思う。辛く厳しい道であったとしても、自分の位置さえわかれば随分救われた気持ちになる。有り難い事に、今まで積み上げてきたことで得られた社会的信用というものの大切さを痛感した午後。夜は1200m しっかりと泳いだ。

今日の選抜開会式。石巻の男の子の選手宣誓は素晴らしかった。いいぞ、若者、たいしたもんだ!彼は一生の大舞台を立派に務めたと思う。

March 20, 2012

ボランティアは楽しくなくちゃ

東北復興支援赤べこプロジェクト@東京国際フォーラム。正直に告白すると、今日はこういう展開になるなんて思っていなかった。朝の設営と開場前の準備を2−3時間お手伝いしてから、じょうじ君と有楽町〜銀座周辺を写真を撮影しながらブラブラする予定だったのだが、予想外の展開に。

朝FBを見たらみんな7時から設営している!すぐに出発する事にした。9時ころ現地到着。設営や赤べこの展示の手伝いをしているうちに、あっという間に開場/どどっとお客さんが入場してきた。その後はワークショップのお客さんの手伝いをしているうちに、昼になってしまった。じょうじ君が来てくれたのだけれど、なんだかんだで動いているうちに、これはもう途中でフケることは難しいということになった。ごめんごめんすまんすまん。今日は純粋ボランティアとして参加したのだけれど、子供達が楽しそうに一所懸命赤べこを制作している姿を見たら、疲れも吹き飛んだ。17時に終了後、片付け&撤収&梱包など。きょう一緒に動いた人たちは皆とても気持ちのいい人たちだった。ボランティアをエンジョイできたのも彼らの力が大きい。20時会場を後にした。食事に下地さん初めお世話になった多くの皆さん、あらためて有り難う!!

全然、脈略ないけれど・・・
「鉄拳振り子」
これには驚いた!シンプルな線の漫画だけでこれだけのドラマが作れるなんて!!奇跡のアートだ!!

東京国際フォーラム

今日の天井(天丼ではなく天井/w)

March 19, 2012

器量の大きなカメラ

久しぶりのスタジオ練習。5月のライブに向けてのリハ/楽しくてあっという間の時間。
新しいG1Xのテストとして撮影しまくる。一番レフとは違った質感。レンズの明るさがいい。まだシャッターのタイミングが今ひとつ掴めないけれど、画質は十分。コンパクトなんだけれど小さすぎず、しっくりと手に入る。このサイズが絶妙。200枚以上撮影した写真の殆どがゴミではあるけれど、楽しい。面白い写真もいくつか。このカメラの可能性の器量の大きさを感じる。画像処理するのが面倒くさいので、そのうちやろう。でもこの純正の加工ソフトの使い勝手はイマイチな印象。早く慣れなくちゃ。

March 18, 2012

新しい友が来たG1-X

カメラの楽しさに目覚めてしまったので、普段使いのカメラが欲しくなった。NEX-5もまだまだ十分に使いこなせていないのだけれど、もう少し小振りで持ち歩けるデジカメ(いわゆるコンデジ)があればいいな、という気持ちで有楽町のBICに向かった。憧れのFujifilmのX-pro1は今日は封印することにした。まだあのカメラを使うまでには技術が至っていないと思う。

ということで、廉価版のミラーレス一眼も魅力はあるのだけれど、いわゆるコンデジを物色、約2時間/w。最終的にPowershot 100sに決定。コンパクトでエンジンも大きく画質も最高の機種。悪くないチョイスだと思う。ところが、支払いをして外に出ても、どうもワクワク感覚がない。一旦は帰路についたのだが、地下鉄に乗ってからクールダウンしてもう一度考え直すことにした。

コンデジはi-phoneでいいではないか?
僕の力量なら、i-phoneで必要にして十分ではないか!

そうと決まったらUターンして戻る事にした。今回はレジに直行してすっきりと決定。G1-Xを買った。中途半端な一眼レフとは一線を画した潔さ!コンデジの最高峰。そうだ!僕にはこういうカメラが合っている!(と勝手に納得することにした)。ゴテゴテ重装備の一眼レフカメラは今後も買う気がないので、さしあたりミラーレス一眼のNEX-5, コンデジのG1X, 持ち歩きはi-phoneというパターンで楽しむつもり。ふふふ。

March 16, 2012

癒されたい社会

「癒されたい」気分が蔓延している社会だと思う。「癒し」がもて囃されるようになったのはここ10年くらいか?本来、癒すという言葉は自動詞で、「傷を癒す」とか「病気を癒す」という使い方をした。しかし今の時代、多くは「癒される」という受動態他動詞として使われる。それも無条件「いい意味」で使われることが多い。

癒されるのは「まず自分」で、癒されるに値するくらい自分が傷ついていることが「前提」となっている社会って、どこかヘンだと思う。本来の幸せな自分は「ここではない、どこか他の場所」にあるけれど今は仕方なくココにいる...みたいな「甘え」とも「言い訳」ともつかないような、根拠のない悲観的状況を肯定的に捉えている。人を「癒してあげたい」なら判るけど、皆が皆「癒して欲しい」って思っている状況はかなり気持ちが悪い。

そんなに安易でカンタンにに「癒されては」いけないものなのだ。碩学/鷲田清一教授が「死なないでいる理由」(角川ソフィア文庫)で指摘しているように、「癒される」ためには「癒されようのない」酷薄な事実に目を「背けないでいないといけない」(この三重否定って深い意味のある言葉だ)。つまり癒しは「自分にご褒美」的に安易に求めるものではなく、辛い体験を越えて初めて到達できる「安息の地」なのかもしれない。

震災で苦労された人たちのことを思いつつ、そんなことを考えた。

March 15, 2012

いい買い物をするならギリギリだ


今日の花。素材が美しいのだから、写真が美しいのはアタリマエだ。テクノロジーが進歩したことにより、僕らのような何もわかっていないアマチュアでも、「それなりの画質/w」の写真を撮る事が出来るようになった。でも、FB友達のSさんの花の写真を拝見すると、プロのカメラマンの凄さがわかる。全然違うのだ。プロの感性の凄さ。空間と時間。空気感、ゆらぎ、光の捉え方、陰影の妙、その瞬間を切り取るテクニック。僕のおもちゃみたいなi-phoneだってこのくらいの写真が撮影できるのだから、ちゃんとしたカメラで写真を撮れたら楽しいだろうなあ。さしあたり神保町の古本屋で情報収集してみよう。

X-Pro1欲しい(←まともな写真を撮ったこともないくせに、形から入るワタクシ/w)なあ。人生の折り返し地点をとうに過ぎちゃっている訳だから「一生もの」というか「本物」を買うとすれば今しかないと思うのだ。今使わなければ多分この先もチャンスはないのだろう。人生を豊かにするささやかな贅沢どんどん投資したいと思う。

今日は変則的なスケジュール。朝イチで施設在宅の往診、消防署産業医レクチャーを終わってから有楽町へ。お昼ご飯は万世排骨麺。午後は横浜に移動して理事会。会議が存外さらりと早く終わってしまったので、のんびりとした午後を過ごした。ジムへ寄り久しぶりに30本1500m/45分間。最後の方はさすがに必死でストローク。気持ちいい疲労感で帰宅。カラスミのパスタと新じゃが芋のポタージュ。うまし/w

March 14, 2012

「どん底の人」その後

「どん底の人」という文章を2010-9-23に書いた。華麗な閨閥の家に生まれ、サラブレッドとして育ち、東大を卒業して官僚になり、その後政治家に転身。地盤も看板もある名門の跡を継いで政治家として順風満帆だった人。「ある事件」をきっかけに「どん底」に突き落とされた。その事件はたしかに金銭スキャンダルだったけれど、マスコミは徹底的に彼を責め立て、完膚なきまでに叩き潰した。羨まれるような立場だったから、なおさら彼への責めは容赦がなかった。刑事罰が下った訳でもないのに、政治家生命だけでなく、社会的立場も抹殺されてしまった。僕が初めて彼に出会ったのは、その事件の2年くらい後の2011年。生ける屍のような彼は、華やかな世界にいた人とは思えないくらい、やつれ果てボロボロだったけれど、僕は時間が経てばこの傷も癒えて再起できるだろうと思っていた。ところが2年半ぶりにあった彼は、多少元気になってはいたものの社会復帰しているとは思えない状況だった。たぶん、もともと彼は温室育ちの繊細な人で抵抗力のない線の細い人だったんだろう。とはいえ、ここまで一人の人生を潰してしまうほどのバッシングは too muchだと思う。世間を味方に付けて、正義を振りかざすマスコミの暴力。そして彼らの冷酷な所は、旬の話題でなくなったら「ポイ」っと捨てフォローも何もしないことだ。マスコミの当事者達はこの事をどう思っているんだろう。彼の才能と能力をもってすれば、まだまだ多くのことを成し遂げる余地が日本の社会にあった筈なのに。

ところで、昨日の理事会の資料が今朝から見当たらない。会議が終わって鞄に入れた時点までは確実にあったけれど、どこかに置き忘れたのか?あまり物を置き忘れたりしないほうだと自分では思っていたけれど、そんな自信が揺らいでしまった。しかし、ヘンだなあ。たまたま昨夜は鞄の中身を入れ替えたので、自宅に置き忘れたのだろうと勝手に思っていたけれど。鞄から「落とす」ということが考え難いし(そのくらい大きい封筒)、酔っぱらっていた訳でもなく、とくに隙だらけだったというわけでもない。それに「置き忘れる」ような状況も考え難い。紛失したとしても、対外的にはあまり問題ない書類ばかりだけれど、気持ちが悪くてしかたない。

追補:3-15連絡があり、理事室の机の上に置き忘れていたとのこと。はああ、あの時書類の詰まった封筒を一旦机の上に置いたんだ!今その光景を思い出した。ああ、すっきり!

March 13, 2012

手術のない火曜日。今日の午後は、このところ溜めこんだペーパーワークや資料の整理などをサクサクと。昼休みに今度幹事をする事になった卒業30周年記念パーティの口座を作るべく、銀行へ行く事にした。うかつな事に、銀行口座は印鑑と身分証明証を持参すれば、簡単にその場でできるものだと思い込んでいたのだけれど・・・。

最近は受付する前にトリアージするオバさんがいる。

「あのう、大学の同期会の口座を作りたいんですが」
「はい、ここに必要事項を記載してお待ちください。きょうは申し込みだけ承ります。」
「えっ?口座を作るだけなんですけど・・・」

30分くらい待って受付に呼ばれた。
受付は、黒木メイサにちょっと似ていると云えなくもない(30代、キリッと系美人)の女性。

「クラス会の代表者名は貴方でよろしいですね。今日は活動内容を証明する書類はお持ちですか?」
「えっ?これからやるクラス会の口座なので、そんな書類はありませんけど。」
「はい。でも口座開設には必要事項を記入して頂く必要があります。」

けんもほろろ/w

僕は漠然と入金状況やら振込をネットバンクで出来たら楽だろうと考えていたのだが、「団体」の場合にはそれぞれが結構面倒くさい手続きらしい。

「クラス会といっているけれど、実は秘密口座で偽名で取引した裏金のマネーロンダリングに使うんです、ふふふふ」って、
その彼女に言ってみたい衝動にかられたけれど、止めておいた。

今日は書類の申し込みだけで、後日連絡があって改めてこちらから出向いて通帳をつくることになるのだそうな。全くどっちが客だかわからない/w。

画像は病院の階段の踊り場からi-phoneで撮影。今日の澄み切った青空の色を撮ってみた。夜は医師会理事会。協議事項が多く終了は21時過ぎ。

March 12, 2012

03122012

2周目だ。まだまだこれから。仲間と一緒なら歩いて行けそうだ。今度は4月に行くかな。

March 11, 2012

@14:46, 311, 2012

311。1年が経った。月並みだけれど、短いようで長い一年間だった。朝起きた時からなんとも言えない気分。浮遊感というか身の置き所が定まらない不安定な気分だった。この1年間で起こった様々な事に思いを馳せながら、過ごそうと思った。股関節の痛みもじっくりとストレッチをして眠ったら、すっきりした。まずは青山一丁目から麻布十番まで3.5kmウォーキング。ごく普通の休日の街並。そう、それでいいのだ。とっとこ歩き&つらつら考えながら、「助けあいジャパン」本部へ。

1年前には想像もしなかった多くの出会いがあった。今日は特別なイベントではなく、助けあいの仲間達と一緒にその時間を共有したかった。14:46 東北の海岸のskype画像を観ながら黙祷。いろんなことを感じて考えたし、会場の人たちともいろんなことを話したのだけれど、不思議な事に全然憶えていない。夢の中の出来事のような感じ。僕だけじゃなくて、今日会った人たちは皆、ちょっとヘンだった気がする。心ここにあらず・・・的な感覚。そんな午後。とにかく、1年はひとつの区切り。この活動はまだまだ続く。自分なりに気分をリセットできたからいいとしよう。

16時解散。もっと歩きたかったので、麻布十番から西へ歩く事にした。麻布十番、六本木、青山を通って渋谷へ、渋谷から246を進み、駒沢公園辺りで突然雨が降りだした。9.5km。
http://share.abvio.com/dcd2/5cb9/4ec8/83ec/Walkmeter-Walk-20120311-1610.kml

from Japan

March 10, 2012

中臀筋ストレッチをしよう!


昨夜は、寝返りのたびに腰から左股関節の激痛で目覚めた。左は今回はじめて。腰痛というより中臀筋が「攣る」感じで、立っていると突然痛みが来る。誰かに臀筋を掴まれているみたいな痛み。整形外科のK先生に診察してもらい腰から臀筋のあたりをぐりぐり圧されたら痛くてヒーヒー叫んでしまった(笑)。本当に飛び上がるくらい痛かった。中臀筋(下肢を側方に振り上げる)がゴリゴリに緊張していたようだ。大臀筋(後ろに蹴り上げる)の力が落ちていると、それを補完する中臀筋にテンションがかかるらしい。やはり長距離ウォーキングの後の疲労が溜まっていたんだろうな。トリッガーブロックをしてもらったら、ぼわーっと気持ちよくなり随分楽になった。夜、ネットで調べて中臀筋ストレッチをしてみたらこれが最高に痛気持ちいい。やはりストレッチは大切だと再認識。

さて、311を迎えるこの週末は気分的にlowだったので、今日の午後は気分転換にカメラを持ってふらふらと散策しつつ、明治神宮にでもお参りに行こうかな?と漠然と思っていたのだ。ところが、小雨も降っていたし、この中臀筋事件でそれも断念。映画"Time"を観に行く事にした。

アンドリュー・ニコル監督。ジャスティン・ティンバーレイクとアマンダ・セイフライドのSFアクションサスペンス。すべての人間の成長が25歳で止まり、そこから先は腕に埋め込まれた時計「ボディ・クロック」が示す余命時間だけしか生きられない。余命の限られた貧困層と、永遠の時間を持つ富裕層の格差社会。あれ〜、この設定ってどこかで読んだか観たことがあるなあ、という感じ。ある意味「古典的」ともいえるSFで、ストーリー展開としては今三。1960年代とシンクロする空間、場所、車、ファッションなど。ああ、この監督ってきっと1960年代のTVのSFドラマのファンだったんだろうなと思った。そんなこんなでこの映画は、SFともサスペンスともラブロマンスとも言えない、中途半端なストーリーなのだけれど、僕はアマンダ・セイフライドが観れただけで大満足だったな。あのマンマ・ミーア!のThank you for the Musicを歌う可憐な女の子だったんだね。

自衛隊レスペクト

CX 金曜プレステージ『自衛隊だけが撮った0311~そこにある命を救いたい~』

NHK以外の311関連の番組は出来るだけ観ないようにしていたのだけれど、この番組は観た。被災地での彼らの頑張りを実際に目の当たりにして、僕は本当に頭が下がる思いがした。震災直後からの大混乱の時期に、ミッションを自己完結で遂行できる機能をもった組織は、日本の中で唯一自衛隊だけだった。中央も自治体も警察も消防もすべて機能不全の状況で、「たより」になるのは彼らだけだったのだ。命を賭けて国と国民を守り、被災地でも黙々と汗を流す人たち。

自衛隊はやる時はやるのだ。彼らの「国民に対する」使命感と「国家に対する」忠誠心は揺るぎがない。まさにサムライ&なでしこ達。今回の自衛隊史上最大の作戦の記録は、涙なくしては観れなかった。人に自衛隊オタクといわれようが、右翼と引かれようが、僕は彼らを心より支持する。ありがとう!!心優しい益荒男(女)たち。

March 8, 2012

旅立ちの日

当直明け。夜明け前に典型的なPD。ディープなケース。僕がみているのは医学的問題という、ごく一部だけ。それでこれだけ大変なんだから、社会生活の中でどれだけの人たちが振り回されているのだろう。救急隊チームは本当に大変だったみたいだ。その苦労を労った。午後からいつもの回診。徹夜明けのテンションであいちゃん&しょうこちゃんに助けられつつ/w。画像はロビーの花。春のかほり。-phoneにて撮影。

自宅に戻り、ちょっと仮眠をとって着替えてから、看護学校の卒業謝恩会@浦和(遠い!)へ。看護学校というのは医学系学校の典型の厳しいプロ養成校。厳しい実習と試験を通り過ぎて卒業、そして国家試験を終わった彼らには前途洋々たる未来が待っている。おめでとう! 恒例のスライドで今年もちょっとウルっときた。泥のように疲れて爆睡してタクシーで帰宅。今日も濃かった一日。



March 7, 2012

愚痴の本当の意味

東京ルール当直中。釈徹宗「いきなりはじめる仏教生活」(新潮文庫)。著者は内田樹との対談が非常に面白かったこともあり、この本は以前から興味があった。しかし、この手の宗教関連本は時間的精神的な余裕が無いとちょっと辛い。ということで目次だけ読んで放置していたのだ。ところが読んでみたら巷にある仏教解説本の類とは全く趣きが違って読みやすいし、ある意味軽い。著者とは同世代的な価値観の共有感もあるし、書いてあることが解りやすく、さすが大学の先生だなという印象。この中で、いくつかインスパイアされる部分がいくつもあった。

「愚痴」というのは、「貪欲」・「しんに」(文字がない、いわゆる不寛容のこと)とともに、苦を生み出す三大原因の一つである。「愚痴」というのは本来は仏教用語で「メカニズムのわからないこと」・「仕組みのわからないこと」だという。現在の不平不満を言うこととは全然違う意味なんだ。

仏教では「理がわからないこと」で苦が発生するとすれば、本質がわかりメカニズムを理解すれば、苦しみは軽減する。いつも僕が使う暗闇のトンネルの比喩と同じか近いものの気がする。目から鱗。

人間は「愚痴」だから苦の連鎖に陥ると。ん?待てよ。

愚痴というのが「愚かで無知なこと」で、人間はみな愚痴だとすると、どうせなら「いくら考えてもわからないことに惑わされるな!」という意味にも読める。自分が勝手に作っていた「ある枠組み」を解体し、自分の「勝手な思い込み」とか「思い入れ」から解放されれば、人はどんなに楽になれるんだろう?とも読める。「どうせわかんないもんね、ウチら」って開き直ってしまうのもアリなんだろうか??

歩く禅もあるそうだ。お遍路さんとかも同じ。たしかに歩いていると一種の瞑想体験の気持ちよさと通じるものがあるもんなあ。自然に禅やってるじゃん>自分/w 当分は溜め込んだ仏教関連の本を読むつもり。


March 6, 2012

越えなければならないハードル

「屹立03062012」 今日の汐留。

午後のポート手術終了後、日テレに移動して助けあいジャパン関連の打ち合わせ。今なお被災地で苦労されている人たちに、あの映画を見せてあげたいと思う。彼らの笑顔をみたいという、実にシンプルで青臭い夢なのだけれど、それの実現に向けての越えなければならないいくつかのハードルが少しづつ見えてきた。結局はビジネスというマネーマターと、助けあいというエモーショナルマターをどうバランスを取るかという話なのだ。ミーティング終了後は、いしじゅんと加藤さんと3人でシャンファンで晩ご飯。様々な有意義なディスカッション。311一周忌と、法人としてのもろもろのタイミングを考えると、今こそ自分たちの立ち位置を見直して組織固めをする時期なんだと思う。

March 5, 2012

僕にとって今はまだその時期ではない

日本人が決して忘れる事の出来ない、東日本大震災の映像。311が近づくにつれて、テレビやネットであの日の映像が繰り返し流される。仕方ない事なのだと思う。1年を経った今、冷静な目で事実を見つめ直し、様々な角度から検証して分析をすることが大事な事だと僕も思う。でも、まだあの映像を観ると辛い。忘れたいのではない。高見の見物的な視点で観てしまう自分が嫌なのだ。

311の夜は病院に泊まり込んだ。不思議と静かな夜で、ネットの衝撃的な情報と目の前の静けさがどうしても一致しなかった。現実感のないまま、まんじりとも出来ず夜が明けた。夜明けとともにさらに甚大な被害が明らかになり、未曾有の震災の被害の深刻さに身震いがした。医師として何も出来ない忸怩たる思い。焦燥感。不安感。そして原発災害・・・あの激動の1ヶ月間。

自分的には今週は1年前のことを静かに思い出し、1周忌の喪に服すつもり。

March 4, 2012

生放送・ウォーキング・キッチンプラス

久しぶりに、FM Salusの香月よう子さんナビゲートの「ポットラック・ガーデン」の生放送。今日は本業でもなく、ミュージシャンとしてでもなく、「助けあいジャパン」のスタッフとして出演だった。事前のアンケートで準備をしていたら、いろんな事を想い出した。あの311からもう一年経ったんだ!と、感慨深い。当日の事、その後の混乱、原発災害、山田町へ初めて医療支援に行った事、助けあいジャパンのこと・・・。放送はUstreamでも流れていたそうだ。いつものように、オヤジ殺しの香月さんの軽妙なトークに乗せられて、気持ちよく話をさせていただいた。サテライトスタジオの真ん前に陣取っていた若者達に見覚えがある気がしたのだけれど、実際には全然別人だった(笑)。こんなことも、ネット繋がりのフラットな組織である「助けあいジャパン」らしい。

「汐のや」の特製醤油ラーメンでエナジーチャージをしてから、床屋さん経由で午後のウォーキングへ。今日は渋谷まで18.6km、3:15、平均10min/kmのペース。先日の山手線1周40kmを一度経験してしまうと、全然楽勝になる。経験値が上がるということはこういう事なんだね。ジムでのランのペースを考えれば、ウォークとジョグのインターヴァルで8min/kmなんて十分可能なはず。次回は、休憩をいれて2時間半を目標に渋谷までゆるゆるジョッギングしよう。

夜は自由が丘「キッチン・プラス」。久しぶりに家族5人が全員集合。すべてが美味しくて満足だったけれど、やはりここんちは、バター醤油味のチキンライスをやさしく玉子で包んだオムライスが好き。全員大満足で帰宅。

夜は「運命の人」真木よう子さんで〆。ああ、女ってコワいなあ・・・なんて、小さな声でつぶやいたりして(笑)。
ヤバいな、この涙/w

March 3, 2012

Best Supportive Careという言葉の遊び

盛りだくさん超多忙の今週もやっと週末。今日は「第24回城北緩和医療研究会」@池袋。こーめい先生が今日の世話人&モデレーター。「命をつなぐ緩和医療」とうテーマで、僕も発表とミニシンポに参加した。こじんまりした研究会でとてもいいディスカッションができたと思う。この会は昨年の3月12日に開催予定だった。ところが311の大震災で流れて約1年後の今日に再開催することになったのだ。僕も意識して去年準備したスライドをそのまま使ってプレゼンをしたのだけれど、壇上で話しながら不思議なデジャヴ感覚があった。今日の僕の話のポイントは、「Best Supportive Careという言葉の遊び」というか「胡散臭さ」。緩和医療(しかやっていない)の専門家たちは、どうも「自分たちは特殊な事をしている」という勘違いをしているのではないか?と常々思っていたので、今日はその話をした次第。

そうそう、そういえば去年の3月11日の僕らの感覚では、明日の研究会どうなるんだろう?って、けっこう暢気に構えていた。その時点で大きな災害(地震、津波、原発事故)が起こっていることはもちろん認識していたものの、まだどの程度の規模の災害が起こっているのか把握していなかったのだ。やれる筈がないのは、レトロでみれば当たり前の話なんだけれど/w。怒濤の1年が経ち、こうやって「仕切り直し」の会合ができることは幸せなことだ。製薬会社のスポンサーから予想外のギャラまで頂いたので、うちの病院から参加してくれた8人全員でディープチャイナ地帯:池袋「永利」へ。今日も美味しくがっつりと頂いた。ギャラは「あぶく銭」だ。宵越しの銭は持たねーって全員に奢ったら、値段がリーズナブルで、なんとお釣りが来てしまった。さすが「永利」!/w。タクシーで爆睡して帰宅。充実の土曜日だった。

油断大敵教会@香味屋

朝起きたときから晩ご飯を美味しく食べるためにどうしよう?と一日の食事のスケジュール(ペース配分)を考えつつ過ごした(笑) FB友達の主催する「油断大敵教会」の第2回目のオフ会。この会は昨年の311以降元気のなかった「外食産業を救済しよう!」という呼びかけに集った人たちの集まり。僕は伊藤章良さん繫がりで辿り着いた。たまにはギトギト系も思いっきり食べちまおう!という趣旨で、そうそうたるメンバーが多士済々が100人。場所は入谷の「香味屋」。下町の老舗「洋食屋」。画像のメニュー「すべて」を制覇。看板のメンチカツはもちろん、〆のハヤシライスはさすがに美味しかった。海老フライ&タルタルソースは鉄板で、牛タンコロッケ、かにクリームコロッケ、サイドのカツサンド、玉子サンドも秀逸。で、僕がきょう一番美味しく感じたのは「スパゲッティ・ナポリタン」/w 食べるのに忙しくてあまり多くの人と話せなかったけれど、知り合った人たちはそれぞれの世界で活躍している人たちばかりなので、面白い人たちが多くあっという間の2時間。さすがにお腹いっぱいで「うっぷ!」状態で帰宅。あ〜喰った喰った。

本日のメニュー。これを全部制覇

定番ハヤシライスの「海」/w

March 1, 2012

これはかっけ〜古澤剛


この乾いたグルーブ感。ステキだ。

てんこもり木曜日

2月3月というのは、年度末の予算の〆に向けて、行政関連や医師会関連の外部の会議や会合が目白押しになる。今日から3月。はっやいな〜。

今日は東京消防庁の救急相談センターの監督医の当番。救急指令センターには東京中の救急コールがかかってくる。いつも不思議に思うのは「波」だ。一本電話が鳴るとどわーっと一斉に電話がかかる。静かになる時はさーーと潮が引くように落ち着く。この寄せては返すの繰り返し。このリズムは「とても大切な(本質的な)何か」の表現形なのだと思う。誰もちゃんとした説明できないのだけれど。深い洞察と思索が必要な何かがソコにある。今日も12時まで様々な相談事にのる。昼ご飯は共栄堂のスマトラカレー(チキン)。しみじみ美味しい。午後からはいつもの施設在宅往診。ここはゆったりと流れる時間。救急センターとのギャップにちょっと戸惑いつつも、スーパーウルトラエクセレント医療秘書のあいちゃんのナビゲートで今日もサクサクと順調に往診した。いつもの研究日なら夕方は唯一の自由時間で映画に行ったりジムでいつもより強めの負荷で身体を絞ったり...なのだが、今日は病院へ。回診とペーパーワーク。さらに、夜19時から世田谷区役所で災害医療の連絡会議。長い一日、へろへろで帰宅。今日も頑張った>エラいぞオレ!

トルコ桔梗@往診先のロビー。i-phoneにて撮影。自然光での陰影を巧く捉えられた。I-phoneでもここまで撮れるのだな。。。結局、カメラのテクノロジーの進歩は行き着く所まで行ってしまったということなんだろう。素人が1分で撮影し、I-photoで2−3分で画像処理した画像がここまで美しいのだから。アマチュアでも発想と視点でもっと面白い画像が撮れるってことだ。
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