助けあいジャパン

September 30, 2011

「清く正しく美しく」だけじゃないとすれば(メモ)

世の中のほとんどの物事は、人々の「善意」と「信頼」のもとで、スムーズに流れている。つまり、なんだかんだ言いながらも我々は正義を信じられる公平で公明正大な世の中に生きていて、これは素晴らしいことだ。そういう「正・善」の生活のなかで、人生っていろいろな小さな悩みや様々な辛い事があったとしても、「そんなに悪いもんじゃない」って皆思っている(と思う)。でも99.9%がそうだとしても、0.1%くらいの確率(もしかしたらもっと少ないだろう)で、人間の持つ「悪意」とか「裏切り」のような「邪」によって「最悪最低の出来事」も起こるのも事実。

大人になると、だれもがその事実(世の中は清く正しい論理で動いているけれど、とんでもなく邪悪な事も実は密やかに起こっていて我々の生活をいつ脅かすのか判らないというコワさ)を知ってしまう。皆が争うことなく、健康に豊かに、自然の中で生きていく事が出来れば、法律や掟や決まり事はいらない。たぶん「習慣」とか「風習」という「文化」だけで皆は幸せに生きていけるはずだ。極めてプリミティヴな「ユートピア」思想。でも、それはもちろん幻想で、をの社会の空間軸と時間軸の中で、不可抗力の「トンでもない事」(例えば今年の311の大震災)が起きてしまうし、予想もしなかった人間の邪悪な行動が社会を脅かすことになる。とすれば、やむを得ず「決め事」をするしかないし、社会の「罪と罰」と定義してそれを執行する組織も作る事になる。だからこそ政治というシステムも必要になるのだな。日々見聞きする辛い事件や出来事を知り痛感する。

えーーっと、何を書こうとしたのかオチを忘れてしまった/w。 

ということで、メモランダム。

今夜はかみさん&ゆっつんと神保町「くろぶたきよし」。ここんちの薩摩六白黒豚しゃぶしゃぶは大満足のヤバい味だ。クセになる。

September 29, 2011

東北復興支援「赤べこプロジェクト展」@横浜赤れんが倉庫






第2回東北復興支援「赤べこプロジェクト」に行ってきた。CM音楽で有名なミュージシャンであるJames Shimojiさん達が主催するワークショップ。当代一流のアーティストが福島の「赤べこ」に様々なアートワークをして展示する。ユーモアもあるし、制作したアーティストたちの温かい支援の気持ちを感じる作品群。みんなやさしく可愛い♡

会場で主催者のJames Shimojiさんとお会いして、お話した。いろんなご縁があってびっくりした。こども病院のロビーとかで展示して子供達やご家族に観てもらいたいね!という話になった。微力ながら努力してみるつもり。また、復興支援ボランティア団体Plus Neoの中津川さんにもご紹介頂いた。彼らは被災地に中古の軽自動車を贈る活動をしている。今日は些少ながら寄付をさせていただいて、「復興2号」の右後ろのボディの部分に、ささやかなペインティングをさせてもらった。

画像はコニーアイランドみたいな「夕日に照らされる赤れんが倉庫」と、横浜港の「赤べこ雲」。

September 28, 2011

クロネコヤマトは日本の至宝

職場の事務スタッフとの会食会。上半期が安全に順調に運営できたのは、病院という組織の中でまさに「縁の下の力持ち」として頑張ってくれている彼らの力が大きい。いんちょがたいした事ない分、うちの職場はその頼りがいのないトップを支えるべく素晴らしい(お世辞では決してなく)人材が(どこからともなく<笑)集まってくれる。僕は、日々これは本当に有り難い事だと思っているのだ。今夜はその彼らの頑張りに対する慰労と、今後のあり方についてのディスカッション。先日知って感激した糸井重里さんの「ほぼ日新聞」のヤマト運輸の木川眞社長とのインタビュー記事を紹介して、僕らの目指すところを伝えるべくスピーチをした。どれだけ伝わったかはわからないけれど、何かを感じてくれれば有り難いと思う。「器の大きい」組織というものの姿を常に職員皆がイメージしていくことの大切さ。

September 27, 2011

1グラム1円理論だと

首の後ろに脂肪がついて実にみっともない状況になっていることに、自分の写っている写真で気付いた。自分じゃ見えないのだ。やばい、みっともない。自分の年齢とライフスタイルを考慮して1ヶ月で1kg落とすことにした。目標は半年後、2012年3月11日の震災1周年に63kgにすること。医学的には全然無理のない楽勝パターンの減量なんだけれど、実際に達成するにはそれなりの努力が必要だろうな。先日のパーティで会った某男性雑誌のMさんみたいな、白シャツの似合う細マッチョを目指して頑張ろう・・・って、何を企んでいるんだ(爆)。

そんなこんなで僕の文章や講演や講義でのネタもとの「社会実情データ図録」をつらつら眺めていたら、「食品別のグラム単価とカロリー比較」の図表を見つけた。この発想がすごい。

グラム当たりの単価が高い食品は、牛肉が274円と最も高く、これに、魚(たい)、チーズ、豚肉と続いている。カロリー単価の方を見てみると、最も安い食品は、食用油、次に砂糖、それから小麦粉、スパゲッティ、米という順になる。つまり、ざっくり言えば美味しいものはグラム当たり単価が高く、カロリー当たりの単価が高いものは「コレがなくくては」という脇役的な食材が多い。トマトやぶどうといった青果物はカロリー単価は肉以上となっているのが証左。肉類はグラム単価は高いがカロリーも高いので、カロリー単価は、むしろ魚介類の方が高いことになっている。

1グラム1円理論は非常にユニークな発想だ。「統計データは面白い」本川裕著

September 26, 2011

秋の夜長について

いつも5時過ぎに目が覚める。これは季節に関わらずいつも同じ時刻。今の季節 5:00amは、朝というより夜の延長だ。先週まではあんなに暑い日々が続き「夏の残照」に焦がれていたのに、台風一過から妙に秋が深まった感じがする。お彼岸はほぼ昼と夜の時間が同じ訳だが、今週に入り急速に夜の時間が長くなったと体感する。

今朝、FBでいつも朝の清々しい空の写真を投稿する人が居て、彼女が「秋の夜長ですね」というコメントを書いていた。そうか!彼女の言う通り。夜がはじめるのも早いけれど夜明けが遅くなり、朝が始めるが遅くなるのが秋なのだね。

僕は今の今まで「秋の夜長」というのは、「秋は日が沈むのも早くなり夜が長く、いろいろとやる事があるので夜が長い」という意味だと勝手に解釈していた。こういう誤解というか自分勝手な解釈ってこの歳になっても結構発見がある。おもしろい。


September 25, 2011

懸案事項②終了、チーボ再訪

友人とプライベートでやっている会社の決算月で、毎年この時期になると請求書やら支払い帳簿やら領収書の整理などの慣れない経理処理を自分ですることになる。この一年分の書類作業をする(コンスタントにやっていれば随分楽だろうに!)のは、かなりのストレスなので、毎年8月後半から延ばし延ばしにしてしまう。以前書いた懸案事項その②がコレだ。

さすがに今週末はデッドライン。一昨日から三女さとちゃんをバイトで雇って、なんとか今日仕上げる事が出来た。やれやれ。今はもう本業(医師)のほうが忙しすぎて、研究日に医療系コンサルなんかはやる時間も余裕もないので、この会社を維持する経済的なメリットは全然ないんだけれど、設立してから15年になるし、こうなったらある意味惰性で進めていくしかないのかな、と。医者を引退したら、この冬眠しているみたいな会社を最活性化してもいいし・・・なんて考えたりして。S公認会計士、わがままなクライアントで申し訳ありません。宜しくお願いします。

もっとも、今まで現役引退なんて具体的に考えていなかったけれど、来年の誕生日の55歳を目前にしてそんなことを漠然と考え始めている自分に逆に驚いた。医師に定年はないけれど、組織には定年があるので、僕もこの先10年くらいからの生活設計をしなくてはいけないのだと今さらながら気付いたのだ。極言すれば、どうやってこれからの人生を楽しむか?ってことだろうし。10年ちょっと先の未来、どこで、何をするか(したいのか)?流れの中でどう舵取りするのかは、すべて自分にかかっている。

夕方からは11月27日予定のライブのチケット作りなど。今年のライブは原宿クロコダイルという老舗ライブハウス。恒例の秋のメインイベントの準備に10月11月は忙しい。

夜は、かみさん、かなP、ゆっつんと4人で自由が丘「トラットリア・チーボ」へ。先週の水曜に行って大感激したので今度は家族で、僕は中3日でリピートになってしまった(笑)。今日も大満足!特に今日は、蝦夷鮑のパスタ!!鮑肝のソースがヤバい味!当分ハマりそうな雰囲気。週に2回行ったら、身体的にも家計的にもかなり厳しいよな(笑)。

September 24, 2011

空を見上げて写真を撮ろう

FBでコンスタントに風景の写真を投稿する人がいて、日本中の季節の移ろいを知る事ができるのは素晴らしい。朝の散歩の写真を毎日投稿する人が何人かいるので、毎朝以前やっていた「ズームイン!朝」的な感覚でその画像を観る事も出来る。朝の空の写真は、眺めているだけで元気が出る。今のデジカメは空の写真はだれでも比較的簡単にキレイに撮れるので、僕もわりと空の写真は撮るようにしている。今の空の状況は瞬間瞬間で唯一無二のもので、一生同じ空を見る事はない。

空を観るということは顔を上に向けるということだから精神衛生上もいい習慣といえる。人間は地面に近いところにいるので、水平方向は比較的見ているけれど上下垂直方向の視野はあまり広くないものなのだ。とくにLow moodの時、人は俯いていて空を見上げる事はしないし、上下を意識していないと一日のうち「空を一度も見上げずに」生活することもある。心理学的には「上を向いて歩こう」って意味あるわけだ。「あの雲の上には絶対に神様がいるに違いない」という、子供の頃から誰もが持っている自然に対するシンプルで真摯なイメージを確認することもできるし。

ネットを通して、様々な素晴らしい夕焼けや月の画像(中には本当に作品として素晴らしいものもある)と出会う機会が増えてきた。「今この時を共有している」というほのぼのとした「つながり感覚」。デジタル的な「掬水月在手」。その感覚は一昔前であれば「バーチャルな連帯感」みたいな接頭修飾句をつけて語られていたけれど、むしろ今の時代ではそれが当たり前すぎて、現実の(リアルの)方の人間関係の大切さを逆に強調されたりする。このバーチャルな繋がり感覚が当たり前という状況では、人と人との距離感は「感性」とか「視点」とか「考え方」などを「いかに共有できるか?」ということが大切になってくるわけだ。それをどうやって人に知らせていくか(アウトプットするか)が、さらに大切なことになるわけで、結局は教育論になってしまうのかも。

画像はi-phoneで撮ったジムの帰り道の夕焼け。空が高くもう完全に秋の空/太陽が沈む直前で、低い空にある黒い雲が揺らいでいた。ここからがつるべ落とし。逢魔が時。

September 23, 2011

辻厚成アトリエ30周年記念パーティ・ライブ

巨匠陶芸家・辻厚成先生の世田谷にあるアトリエ30周年の記念パーティにお招き頂き、アコースティックライブ。


セットリスト




 Part 1
①携帯電話のなかった時代
②雨の日とパンプス
③日曜日の午後の雨
④猫目地蔵
⑤流れ星

Part 2

⑥Bésame mucho ベサメ・ムーチョ
⑦小春日和
⑧月光恋歌
⑨California Dreaming



encore
⑩夏の終わりに








September 22, 2011

NZでは食器洗いはススがない。

ちょっと前になるけれど、電車の中で隣に坐った女の子の会話。一人の子がニュージーランドの家庭でホームステイしたらしい。僕的にも懐かしい話題だった。ホームステイ先の食事の後の食器洗いをするのはお約束。そこで彼女はびっくりしたのだと。

ホームパーティの時には、食器洗いは男の仕事。大体のNZの家庭の台所のシンクは2槽になっていて、その一方にはトンでもなく熱いお湯(とても手が入れられない)を入れる。そのために大きな温水器がキッチンにあるくらいだ。そこにまず食器を落とし込む。彼らは、外でやるBBQの時にもこの方法はよく使う。脂っこい料理の多い欧米では非常に有効で、食器の表面から油脂を洗い流す効果がある。その熱湯に約10分間くらいソークしておいてから、次に栓を抜いて、洗剤(昔は石鹸だったらしい)をつけた泡だらけのスポンジで食器をこすり洗いをする。その作業をシンクに並んで、男同士の話をしながら流れ作業で行うわけだ。

で、次のステップとして日本では流水で洗剤を洗い流す(リンスする)のだけれど、彼らはリンスしないで、泡だらけの食器をどんどん並べて水気を落とし、そのまま順番に布(あまりキレイじゃない使い古しの布!)で拭いていく。僕も初めのうちはそのお宅特別な流儀なんだろうなと思っていたのだけれど、実はこれが一般的で家庭でも職場でも学校でも同じことをしている。日本人の感覚では食器に付いた洗剤を口にするようで身体に悪そう!(という特に根拠のナイ気持ち悪さ)があるのだが、全然平気。もともとはイギリスの習慣らしいので、たぶんキーウィーだけでなくオージーでも一緒なんだろう。昨年イギリス人の家庭にホームステイしていた我が家の末娘さとちゃんも随分驚いたみたいだ。

ディッシュウォッシャーの場合には、くだんの熱湯ソークのあとにディッシュウォッシャーに放り込むだけだけれど、NZではかなり立派なお宅(のキッチン)でもディッスウォッシャーがあるのは稀で、多くのお宅で手洗いをしていた印象がある。これは多分、家庭で代々伝わる旧い食器を日常的に大切に使っているので手洗いしかできないんだろう。とはいえ、我が家がNZで生活していたのは15年以上前だから事情は変わっているんだろうね、今は。

電車の女の子の場合にはホストファミリーに「そんなに気になるのなら、あなたの好きにすれば」って言われて滞在中はすべて彼女が食器洗いをすことになった、というエピソード話だった。以前にココでも書いた事があるけれど、清潔と不潔の感覚と生活習慣というのは、国によってずいぶん違う。

September 21, 2011

すごいぞ台風・うまいぞチーボ

超大型台風が日本列島直撃。午後から往診に出たら、車から往診宅までの短い距離でもずぶ濡れになってしまった。さすがに午後の外来はがらがら。東急全線や山手線が止まってしまい、職員も大混乱だった。台風一過の夜は嘘みたいに穏やかな空。

夜は日大の外科の教授になったK先生のお祝いの席@トラットリア・チーボ。ココんちはいしじゅんさんのイチオシの店で、以前何回か家族で行くべくトライしたものの週末の夜で予約がとれずにその度に断念していたのだ。今回は約1ヶ月前の予約。ところがこの大型台風の混乱でスタートが遅れてしまった。でもこの店のホスピタリティと心遣いは素晴らしく、いいお祝いの会食になった。K先生の穏やかな人柄で教室の飛躍は間違いないな、と確信。今後ともどうぞよろしく。


さすが超人気店。すごくバランスの取れたおいしさ。茄子のパスタとポルティーニ茸のラグーのパスタ共に絶品。メインのポークのグリルの火入れがまた素晴らしかった。お肉の焦げ具合も絶妙だし、玉葱のグリルの香ばしさがまた素晴らしかった。そして値段もリーズナブル。本当にいい店だなあ。大満足ごはんだった。

September 20, 2011

在宅ケアを語る会講演

連休明けは、怒濤の緊急入院が多数あり、ER状態だった。夜は世田谷区の地域医療の会合で「東日本大震災と医療支援」についての講演。4月ー5月に現地の医療支援に行って何回か講演をしていたので、そのノリで7月にこの会合での講演のオファーがあった時に、気軽に安請け負いしてしまったのだ。当時はスライドもそのままでいいと思ったし。ところがこの3ヶ月で当然ながら現地の医療介護福祉領域での変化があって、それをフォローするのが大変なことに気がついた。僕が直接コミットした頃とはかなり事情が変わっているのだ。プレゼンのスライドはこーめい先生に借用したものも使ってほとんどが新たに作り直し。「知ったかぶり」をしても仕方ないので、自分の出来る範囲での考えを話す事にした。開き直りというか(笑)。スライド完成は本番直前。さはさりながら(僕は役不足だっただろうけれど)、今夜は皆熱心な聴衆で、いいディスカッションが出来たと思う。助けあいジャパンの広報も出来たし。スタッフ一同&聴衆の皆さん、有り難うございました。

September 19, 2011

いーむん☆うのゆーらい♡(2本/w)

今度の金曜のライブのリハ打ち合わせ@さくちゃん隠れ家さくら。今回のライブはアコースティック(アンプラグド)バージョン。リハということでPAも出して音出ししたら、これが絶妙に気持ちのいいセッティングで、練習後のセッションでは、みんなα波に漂った。茫洋陶然。

 ともPのアコースティックベース(最高のピックアップが付いて素敵!)が倒れてしまいフローリングの床が傷ついてしまい、とほほの大混乱の中で僕が偶然見つけてしまった「物体」。さくちゃんの対処の仕方がきっかけになり、その物体の由来についての推理で爆笑会話。やっぱりアレは・・・でしょ(笑)。でも事件性はないので通報はしないつもり(爆)。いやー、盛り上がったな。


晩ご飯は、Y君の友達の一平君のお店、イタリアンDa Peti 美味い料理とワインでおっさんたちは気持ちよくべろべろ状態で屋外のテラスに出て、目の前の夜の公園に降る雨を眺めつつ、シガーを嗜む至福の時間。もう秋の風が吹き始めていた。

September 18, 2011

Desperateな人々

残暑とはいえピーカンで気持ちのいい一日。昼前に有明のイベントまでかみさんと友達3人を車で送る。時間的に十分な余裕をもって出た筈なのに、渋滞にハマってしまった。連休中日の行楽日和の首都高はただでさえ渋滞するのに、さらに事故2件が重なり1時間半近くかかって現地到着。ぎりぎりセーフで間に合ってその意味ではラッキーだった。こういう場合、自分達も渋滞の一因になっているにも拘らず、みんな自分以外の原因を呪ったりするんだよな。人間は本来自分勝手なものなのだ。でも日本人はその感情を出すにしてもすごくマイルドだと思う。諦めるのも早いし、その感情表現も実に淡白だ。

そんなことを感じたのは、朝から本当は決算関係の仕事を仕上げなければならないのに、現実逃避して、Desperate Housewivesの続きを2話分観てしまったからか(笑)。このドラマの登場人物たちは皆、「普通の生活」を営んでいるのに、とんでもない秘密や個人的な深い事情を持っていて、それが複雑に絡み合っている。その設定に視聴者はハマる。ドラマだからもちろんデフォルメされているとはいえ、僕らの目から見れば登場人物はみんな「自分勝手に感情をむき出しにしながら」生きているように見える。僕がアメリカで生活していた頃(20年以上前だけれど)の周囲にいたアメリカ人達(当然ながら医療関係が多かった)より、さらにエキセントリックというか「わがまま」になっている気がする。僕の思い過ごしなのかな?従前からのアメリカ人の「個人主義」とは違った形の、何か漠然とした不安感や怒りがベースにあるのかもしれない。それがタイトルのDesperateという形容詞になるのだおるけれど。まあ、この20年で日本も日本人もずいぶん変化した訳だから、アメリカも変わって当然なんだろうなという気もするけれど。もう少し考察の余地あり。そういえばアメリカのメインランドにはもう10年行っていない。


有明からの帰路、病院に寄り化膿性扁桃腺炎で入院していたかなPの退院ピックアップ。晩ご飯は玲舫さんのブログを参考にして青椒肉絲(画像)とアサリとニンニクのスープ(壱語屋風)。うまし。

決算関係の書類整理は明日までずれ込まないように頑張らねば・・・今夜中に仕上げられるか?
明日の休日は金曜のライブにむけたハックル練習の予定。

September 17, 2011

ラッセルの幸福論を憶い出した午後

世の中は3連休らしい。僕らの仕事はカレンダー通りで今日は半ドン。お隣の「やぶ茂」さんで昼ご飯を食べてから、午後はオフィスに籠って、しこしこと8月上旬から溜まりに溜まったペーパーワークをする事にした。先送り&「何とかなるでしょ」的逃避行動で無理矢理無視していたけれど、さすがに切羽詰まってきた。懸案が4つあって、一番気の重かった懸案事項①から開始。これがやってみたら1時間くらいで存外すんなりと終わってしまい、拍子抜け。なーんだ、そんなに大変じゃなかったんだ。次に懸案事項③へ。20日夜の講演の準備とスライド作りなど。プレゼンの準備そのものは嫌いじゃないので大変ではあるけれど苦痛ではない。とかくこういうスライドに凝りすぎてしまう傾向のある自分を抑えて2時間。今回はこーめい先生のスライドをシェアさせてもらってずいぶん楽をさせてもらった。

高校の英語のリーダーテキストだった。この中で今でも憶えているフレーズがある。印象に残っているのは、この知の巨人でさえコトナカレる時があるのだということ。
曰く「悩んだり行き詰まったらそのまま放っておけばいい。そうすると脳は自然に解決方法を自分で捜して結論を導き出すようになっているのだ。愚者は悩み、賢者は眠る」。

まあ、僕みたいな愚者はひどく悩みつつも「しかたなく眠っちゃえ!」って日和見するのだけれど。結果はそんなに違わないよな。

この連休中に、懸案事項②(これが一番時間と手間がかかりそうだ)と④を仕上げてしまわなくては。放っておいて期限ギリギリに超集中してやる。全然進歩してないじゃん(笑)。

夜は入院中のかなPのお見舞いに来たかみさん&ゆっつんと奥沢Gotham Cafeで軽めに夕食。ここんちは大竹まことさんの双子のお兄さんのお店。パスタとピッザ、ベジのスープが美味しかった。

September 16, 2011

男は褒めて育てろ

男は単純だ。

女子供が喜ぶ顔が観たくて(そのために)一所懸命頑張るようにDNAがプログラムされている。古今東西その真理は変わらない。男性優位社会なんて威張っていても、そもそもその男を生んだ母親がいるわけで、男は女の許に生まれ育てられる。つまり父親なんてものは、自分のDNAを紡いでくれた妻や子供のための「消耗品的道具」でしかないといえる。身も蓋もない言い方をすれば、自分を育ててくれた子宮とおっぱいにはどんなに威張ってる男も絶対に敵わないものなのだ。過去の歴史で男性優位社会なんていっても、結局はそれを裏でコントロールしていた女達がいたわけで、これは抗いようもない真理なのだ。
あ、妻と姑の問題ってのは、この辺りに根本的な原因があるのだな。

で、女が幸せになるためには「いい伴侶」との出会いは非常に大切なことは自明。しかしココで云う「いい伴侶」というのは二人で暮らし始めてた最初の時から居るもんじゃなく、「女が育てる」ものなのだ。「初めからその男がいい伴侶である」と思ったとすればそれはその女の勘違い以外の何物でもない。男と女は初めから「全く違う見方をする」という「立ち位置」に立たないとうまくいく訳がない。

男も女もその意味では対等なのだけれど。

で、本題に入る。
我が娘たちよ、これは憶えておいて欲しい。

「自分が幸せになりたかったら、一緒に暮らす男を褒めて育てろ」

生活の中で、たとえ男がとんちんかんなことを云ったりやったりしたとしても、バカみたいに子供っぽいワガママや理不尽なことを要求したとしても(男とはそういうものなのだ)、なだめすかして、いい所を見つけ、やった事に感激し、感謝し、それを褒め続ける。そう、日々褒め続けるのだ。そうすると単純な男は自然に「さらにいい伴侶」になろうと一所懸命頑張って、その女性を愛し続けるだろう。

しかしこれが「言うが易し」で、実際にはなかなか難しい。多くの女は男のお母さんになってしまうのだ。つまり口うるさく男を「指導」しようとする。「うるせー!」と母親には突っ張る男達。そうなるとどんどんグレてしまうのが単純な脳構造を持っている男なのだ。

換言すれば、褒めておだてて育てるだけの器量がその女にあるかないか?が女の幸せを決めるともいえる。「あげまん」かどうかは、持って生まれたその女の素質(運命)ともいえるし。逆に男が幸せになるためにはどうしたらいいか?についての考察は後日別項に書く事にししよう。

あっ、エラそうなことを書いているけれど、我が家は全然だめです。理想と現実の乖離が大きい。僕がどうして上述した真理を究めたか?について考えてくれれば自明でしょ(笑)

以上、結婚披露宴のスピーチ(例)

September 15, 2011

てんやわんや明け

昨夜はてんやわんやの東京ルール当直だった。一晩で救急車が何台来たんだろう。まさにER野戦病院状態。で、午前0時過ぎに、少しヒマな時間が出来た時にオフィスに戻ってそのまま休めば良かったのに、HULUでアメリカのテレビドラマ「Desperate Housewives」の続きを観始めてしまったら、結局2話分を観てしまい(自業自得だ)夜更かし。本当にアメリカの連続TVドラマというのは、とことんハマるように作ってある。この単純そうに見えて複雑に絡み合うドラマの伏線って、本当に悔しいくらいに巧妙なんだな。「そのドラマの世界」中毒にさせてしまうテクニック。そんな制作者の意図通りにはまってしまう僕ってなんと単純なエンドユーザーなんだろうね(笑)。3時過ぎからウトウトしていたら、また未明の救急搬送。6時過ぎから1時間くらい診察台のベッドで横になった。朝の忙しい回診の後、産業医レクチャーと施設在宅往診をしてから、午後は2週間ぶりのプール。休養で右肩の痛みは少し和らいだみたい。久しぶりに抑えぎみに10本500m。アクティブレスト。

September 14, 2011

初恋の人ってか?

朝いちでじょうじ君からメール。曰く、僕がある人のFBのウォールに書き込んだコメントと同じウォールに、彼の初恋の人(と同じ氏名)の女性のコメントが乗っているらしい。わりと珍しいその名前には僕も聞き覚えがある。その人のプロフィールに行ってみると小さな写真。うーーむ年格好は判断するのが難しい。顔もよくわからない(笑)。僕としては親友の初恋の人だとしたら「この御縁、一言物申しあげたい」わけだ。思い余って(笑)、下記のメールを出した。
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◎八◎子様

唐突なメール失礼します。
大変不躾ながら、貴方は▲区立××小学校の卒業生の方でしょうか?
僕の友達が、貴方の▲田さんのFBウォールへのコメントを見て
「もしかしたらボクの知っている人と同姓同名?」とメールをくれました。

間違っていたらごめんなさい。本当に怪しいメールで申し訳ありません。
彼の「初恋の人」とのことなので ←さらに怪しいですね/w。
でも本当です。間違っていたらご返事無用です。
無視&削除していただいて結構です。

失礼しました
まーく
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かなり怪しいメールなので返信の確率は50%以下だな、と思っていたら夕方返信あり!

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まーく様

残念ですが、人違いです。私は既婚者でして夫の姓を名乗っています。悪しからず失礼申し上げます。


ちゃんちゃん、残念でしたあ(笑)
こんなこともあるよね。

September 13, 2011

会議の出来ない人たち

地区医師会の理事になってから5期目、1期2年だから、早いもので9年目になる。開設当初は地元医師会から目の敵にされて、何かとイジメられた日々が嘘のようだ。あの頃の苦労があって「今」がある。当時から毎日毎日、地道に、真面目に、真摯に頑張って、少しずつ周囲の患者さんや医療機関の信頼を得るようになるまで3年が必要だった。その意味から「石の上にも3年」という言葉は真実だ。

その後、初めは雑用から始まり今は理事会のメンバーに名を連ねることになった。有り難い事だ。今は亡きF先輩に引き立ててもらいながら、少しずつ状況や周囲の見る目が変わってきたという事も大きいし、この14年間で医療を取り巻く環境が大きく変わったという事もある。さらに医師会の世代交代も大きい。

とはいえ、まだまだ旧態依然とした慣習やしきたりの残っているのも医師会。今日の理事会などはその最たるもので、非常に非効率的な会議をしている。発言者の準備不足が明らかだし、プレゼンの基本的なテクニックがなっていない人もいる。単なる「口べた」ならまだ許せるけれど、論点の整理が自分で出来ていないのに会議で議論しようとする事が間違っているのに自分で気付いていない。さらに感情的な思いつきの意見しか言えない人が議論をかき回すし、司会者が仕切れていないので、会議というよりは雑談会に近くなっている。多数決ではなく「全員一致」が原則というのもイライラする原因。19時半に開始した会議が21時半になってもぐだぐだやっているので、いらいらと頭に来てしまった。ふつうに仕切れば30分で余裕で終わるだろうに。よっぽど「ちゃぶ台返し」しちまおうかと思ったけれど、踏み止まった(笑)。しゃーない時もある。

September 12, 2011

感謝感謝の食事会:第一弾

昨日が学会で休みなしでそのまま今週に突入してしまった感じ。いつもの月曜日の忙しさでバタバタ。それにしても今日も暑い一日だった。夜は、看護部の面々と食事会@セルリアンの四川料理「陳」。無事に上半期を乗り切れたのは看護部初めスタッフの頑張りによるところが大きい。今夜は日頃の彼女たちの努力への感謝を込めて、食事会となった。それにしてもうちの病院、院長はたいしたことないのに、集まってくれたスタッフが本当に素晴らしいのは有り難い事だと思う。さらに、その素晴らしいスタッフが教育している若い人材も素晴らしいのが自慢だ。おいしい料理を頂きながら、わいわいがやがやと楽しいひと時。陳健一の弟子の料理長、菰田さんも挨拶に来てくれた。昨日は料理人仲間(パティシエの鎧塚さんとともに)被災地に炊き出しに行っていたとの事。超一流の料理人達の炊き出しを、被災地の人たちもよろこんだだろうね。ご苦労様です。ほろ酔い気分で田園都市線に乗ったらラッキーな事にすぐに坐れて、うつらうつらしていたら、乗り越す寸前に目覚めて「うわーっ」とか叫んで、バタバタと電車を降りた。モロ酔っ払いおやじの図(笑)。今週は連日連夜「夜のお仕事」の予定。ジムに行く時間も作れそうにないし、台湾以来美食続きで、本気にダイエットしないとマズい。実にマズい。美味しかったけれどマズイ(笑)。

September 11, 2011

10年/6ヶ月が経った

911から10年。あの日僕は娘たちの塾の迎えの車の中でぼーとしながらリアルタイムでテレビを観ていた。この10年間の時間の流れは濃密で、今思い返してみると自分の人生の中でもかなり大切な時期であったことがわかる。そして311からの6ヶ月については、前に書いた。現在進行形。共に一区切りではある。

朝から有楽町の国際フォーラムで職場関連の学会。講演は清水国明さん。大変申し訳ないけれど、講演のタイトルとマスコミから伝え聞く情報で僕が勝手に感じていた彼のキャラに対する先入観で、実はあまり期待していなかったのだ。しかしこれは僕の完全な間違いで、なかなか素晴らしい講演だった。ユーモアの落としどころもさすがにプロだったし、彼の人生に関する考え方に共感を持った。がんの手術の後に人生を考え直している最中に、東日本大震災がおこり、今彼の出来る範囲で一所懸命ボランティアをしている姿は素晴らしい。被災地の小さな子供に「何が欲しいの?」と聞いた時に「モノはいいから、おかあちゃんを捜して欲しい」と言われたことが、彼のすべてのモティベーションの基本になっていると話した時に、前から3列目で聞いていたので彼が感極まって涙が出ていたのを観てしまった。チャラチャラしたわがままオヤジなのかと思っていたけれど、実はスジの通ったおっさんだったことをしって良かった。昼ご飯は万世麺店にひさしぶりに行って(昔と変わった事はさておき、それなりに美味しく食べた)から、午後のセッションは立場上、演題の評価委員の仕事。

帰路、BICに立ち寄って、i-phone関連のアクセサリーを買ってから、かみさんと昨日見に行った冷蔵庫のコーナーへ。当然ながら10年前のものに較べると機能も全然良くなっているしエコで地球に優しい。独立した部屋が高機能で瞬間冷凍とか浄水製氷機能とかもあるし、広い冷凍庫とか野菜室も高機能。料理好きの血が騒ぐ(笑)。冷蔵庫というのは毎年秋に年度の新製品が出るらしくて、今の時期はどのメーカーも在庫処分の大セールになるとのこと。ちょっと前まで20万くらいで売っていたものが今の季節は45%オフで売っている。さらに「休日特別セール」とか「限定5台」とかの言葉に僕もかみさんも弱いんだよなあ(笑)。さらにいろんなオマケ(台所用品)の他に、何と今日は特産品のギフト券も付いけてくれるというので、今日も勢いで買ってしまった。昨年から、掃除機、洗濯機、電話、プリンターとモロモロの家電を買い替えまくっている感じだけれど、そんな時期なのかも。ちょっと楽しみ。夕方は神保町にて4冊入手。三省堂地下の放心亭で一人ビールでクールダウンして帰った。充実の日曜。来週もめちゃめちゃタイトなスケジュール。

September 10, 2011

日輪の遺産

知り合いの方が入院していて、今日の昼にかみさんがお見舞いに来たので、自由が丘のY沢川でランチ。僕は鰻重、かみさんは鰻茶漬け(これも美味だったとのこと)。新鮮な烏賊ソーメンとか、いつもの絶品かぶのお漬け物とか、オーナーが午前中に収穫してきた葡萄とかをサービスして頂き、逆に恐縮してしまった。ごちそうさまでした。

天気のいい土曜の午後、久しぶりに一緒に映画を観ようと言う事になった。なかなか観に行くチャンスがなかった「日輪の遺産」角川映画(浅田次郎さん原作)。グランベリーモールが18時過ぎからしかなかったので、有楽町の角川の直営シネマ館(BICの8階)に行く事にした。時間つぶしにBICでエコの冷蔵庫(今のはもう10年以上使っていて多少ガタがきている)を物色してから、映画館へ。50歳過ぎのカップルだと一人1000円。なんだか得した気分だね/w

「日輪の遺産」。この小説は浅田次郎さん本人にとって、出版社から初めて自由に「何でも書いていい」と言われて書いた小説なんだそうな。初期の頃の浅田次郎作品の中でも僕は好きな小説で、今回映画化されたのを知って、再度小説を読み返してみて、公開を楽しみに待っていたのだ。舞台は太平洋戦争末期、終戦前の5日間のドラマと、それ以後の人たちの話。昔からあるM資金の話を小説的に膨らませて、とても緻密な調査と資料をもとにした時代考察もあって、素晴らしい作品だと思う。

あの時代を必死に生きた人たち、そして死んだ人たち、生き延びた人たちのストーリーが織りなされる。小説の方が時間軸の動かし方が多層的で、稀代のストーリーテラーである浅田さんの力量に僕ら読者は気持ちよくドラマの世界に浸らせ翻弄してくれるのだけれど、この映画はまた別の意味でストーリーを再構成していて、その世界に入り込むことができる。ただなあ、結末がちょっとだけ冗長で説明臭かったかもしれない。ネタばれしてしまうのであまり書かないけれど、小説を読んでいないと、はへっ?という部分もある。

とはいえ、後半30分くらいは僕もかみさんも涙がじゅわっと流れっぱなし。何と言うんだろう、悲しいというよりもの哀しいのだ。日本の将来を託された若者達、あの厳しい時代に翻弄された健気で可憐な少女達、何より「秘密」を抱えながら生き抜いてきた人たちの姿。胸が詰まる。そうか、今書きながら気がついたけれど、あの戦後復興期の親世代の姿とダブって涙が出たんだ。日本人である事の矜持を感じられたというか。震災復興の今年の公開というのも、何か意味があるのかもしれない。すごい悲劇ではあるのだけれど、救いのある結末。ちがうな、救いようもない悲劇なんだけれど、穏やかな気分で結末を知る展開。この辺が監督の力量なんだろう。爽やかな気分で映画館を出た。

映画終了後は、かみさんと二人で久しぶりに銀ブラ(死語<笑)。昼ご飯にあんなに炭水化物を摂ったのに、なぜかパエリアが食べたいというかみさんのリクエストに応えて、銀座びいどろへ。魚介のカルパッチョ、サラダ、ガスパッチョ、マッシュルームのニンニクオーブン焼き、定番のパエリアなど。ここんちのパエリアの香ばしさは素晴らしっ。

September 9, 2011

CCタケダ迎撃飲み会

9月9日。「救急の日」だからという訳ではないだろうけれど、午前の外来は非常に忙しかった。緊急入院3件。昼ご飯を15分で食べて、午後も手術や回診、面談や溜まったペーパーワークなどでバタバタのうちに5時。5時半から地域の救急業務連絡会議の講演会に出席してから神保町へ。福岡からCCタケダが上京しているので、仲間が「迎撃飲み会」をすることになったのだ。神保町の「くろぶたきよし」の豚しゃぶ。大隅半島の特別に飼育した黒豚三清屋の六白黒豚」が絶品だった。焼酎「黒霧島」が美味しい。

こうやって皆が彼に会いに集まってくるのは、タケダの人徳なんだろうな。みんな若い頃からツルんでいた気のおけない仲間たちなので、会えば一瞬で昔と同じ雰囲気に戻れる。本当に楽しい時間だった。諸々今週末までに仕上げなければならない仕事があるので、二次会に流れる彼らと別れ、今夜は珍しく早めに帰宅することにした。タケダ、今度は福岡で飲もうね。さて仕事仕事。

おお、大事な事を忘れていた。上妻先生から教えてもらった、今日午後の驚愕のニュースとその後のマスコミ対応について。誰を信じれば良いのだろうと、暗澹たる思いで凹んだ。

September 8, 2011

朝からハゲネタ

朝のテレビは昔からNTVをつける事にしている。別に特にNTVが好きな訳ではないのだけれど、「ズームイン朝」の時代から観ていて、今Zipという番組になってる。そのZIPネタで

世界の男性薄毛ランキングの第1位はチェコ。以下、スペイン、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカと続くとのこと。日本は14位でアジアでは一番上なんだそうな。
これってある意味、僕らの世代の「肉食度」ランキングともいえるかも(笑)。僕もしっかりと貢献してます。

てなことをFBに書き込んだ。FBとかメールとかで結構な反応あり。

ハゲネタっていうのは自虐的な感じなんだけれど、50歳過ぎたらぜーんぜん平気。この歳になって、自分の人生に対して、、まあそれほどのもんではないけれど、「ある程度の自信」がついたってこともあるのかもしれないけれど。

30代で薄くなり出した頃は実は少しは気にしていたんだけど、今はむしろハゲを誇りたいくらいだ。男性ホルモン優位のシンボルとして「僕はギトギトの男だもんね、肉食系だもんね、女性大好きだもんね!」という、開き直りに近い感覚と言うか(笑)。かつて「ロマンスグレー」などと呼ばれた(けっ!)去勢系病弱男子とは一線を画して、欧米の鋭角的にかっこ良く禿げたスケベジジイになりたいもんだって、自分的には常々思ってるわけだ。ま、どーでもいいけど。

ということで、今夜、今年のライブ会場が決定。11月最終日曜日の午後、場所は原宿クロコダイル。詳細は近日中にアップする予定。




September 7, 2011

誰が最初にパンツを脱ぐか?

9月に入り夏休み体制が終わったせいでもないだろうが、午前中の外来はテンヤワンヤ状態だった。昼ご飯はさらりと軽めに済ませてから往診へ。この忙しい中、なぜに「往診」という時間と手間のかかる仕事にこだわるのかと言えば、好きだからだと思う。というか、医師になろうと思った18歳の頃から、自分が医師になった時の漠然としたイメージの一つに往診があった。30年以上経って自分が「そこ」にいる不思議をいつも感じる。在宅診療が最近の日本の医療の「トレンド」ではあるけれど、ピンからキリまで有象無象が跋扈するへんな世界になってしまっているのが実情。実は在宅医療は非常に繊細な医療サービスなのに。ま、イロイロと云いたい事はあるけれど、ここではそれは書かない事にしよう。自分としては「人のフリ見て我がフリなんとやら・・・」ということで、今日も3人の患者さんのお宅へうかがった。

夜はこーめい先生と遠山さんと、ネットIT談義をするべく自由が丘「蔭山樓」にて食事会。フカヒレで有名なヌーベル・シノアのお店。まあ先週末の台北からの中華料理リテラシーは高まってる訳で・・・今日も堪能した。大満足の「日本ならでは」の繊細で美味しい中華料理だった。個人的にはもっと「泥臭く」てもいいかな。今夜の話題は、震災関連の話とともに、未来のネット社会における個人情報はどうなるか?について。「誰もがGoogleだけは敵に回したくない状況」とは具体的にはどういうことなんだろう、という話題。逆に言えば、彼等のトンデモなくすごいのは世界中の誰もを「味方に付ける」仕組みを作り上げたことだろう、という結論になった。結局僕らは皆好むと好まざるに関わらず、パンツの中まで世界中に曝け出してしまっているということなのだ。

そういう状況では「隠す」より「いかに巧く露出する」か?のほうが重要だと思う。

今思い出して自分なりに考えてみると、どうせ曝け出すなら「木の葉を隠すなら森に隠せ The best place to hide a leaf is in a forest.」「本を隠すなら図書館に隠せ」というコトじゃないか。これからの時代に、付加価値をさらに付け加えるならば、検索や分類やカテゴライズのための「タグ付けを極力つけるな」あるいは「タグが付いてしまうならば出来るだけ解り難くしろ」ということだろう。そっか、こういうビジネスもあるな。「解りにくく曝け出す」ソリューションということか。

閑話休題。
画像は、新しいトヨタ&スバルのスポーツカー。ちょっとぐぐっと来る(爆)。


September 6, 2011

夏休み明けの朝

充実の週末旅行が夢の中の出来事のような感じ。5時過ぎに不思議な胸騒ぎがして一旦目が醒めたのだけれど、うつらうつらしてしまい6時過ぎに起床して事情が解った。5時半すぎに病院からの緊急電話があったのを、書斎に携帯電話を置いたままで気がつかなかったのだ。K先生の父上が5時半過ぎに穏やかに大往生されたとのこと。まさに虫の報せ。2年半のおつきあいで、まるで僕が夏休み明けで戻ってくるのを待ってくれたみたいだった。朝、K先生からも有り難い感謝の言葉を僕とスタッフにいただいた。

休み明けで病棟の仕事や、ペーパーワークなど溜め込んだ仕事多数。やはり週末を挟んで5日間が限度みたいだ。皆がバックアップしてくれて幸い何事もなかったようでよかった。ありがたいことだ。

午後から手術で天ぷらそばの昼ご飯を食べて、オフィスのデスクで目を瞑っていたら20分くらい眠ってしまったみたい。夏休みでリフレッシュして疲れが出るといのはヘンな話なんだけれど、体調は悪くないもののやはり身体的には疲労があるのかもね。気持ちのいい疲労なのだけれど。午後の手術は粛々とスムーズに終了し、その後はオフィスで残ったペーパーワークなど。さあ、忙しい日常が再開した。毎年9月くらいから時間の流れが加速する。今年は311以降の時間の流れが特別だから、この先どんな展開になるのか全く予測不能だ。

こーめい先生からHuluというサイトを教えてもらった。いつでもどこでもいくらでも映画とかテレビ番組を観ることが出来るという、究極のオンデマンドのシステム。今月はキャンペーンで無料、来月からは毎月定額で1500円足らずというのが信じられない!これが一般的になるのは時間の問題だろう。ということは、映画館で映画を観るということは、音響や3Dなどの特殊な「体験」のための映画鑑賞だろうし、ロードショウとかの意味も変わってくるわけだ。良い作品を作れれば息の長いものになるだろうし、駄作は使い捨て的に扱われるのだろう。今のようにTSUTAYAでDVDやBDを借りるということの意味は殆どなくなってしまうことになる。TSUTAYAは昔の氷屋さんとか牛乳屋さんのように将来なくなってしまう業種になるのだろうか?

今夜はお試しのつもりでいろいろと観ているうちに、早速アメリカのテレビドラマ「Desperate Housewives」のシリーズ1の第1話を観てしまった。初っ端から嵌るハマる(笑)。やばいっ、面白過ぎる!週末だけのお楽しみにしなくては(笑)。

これからサッカー日本男子、ウズベキスタン戦。アウェイの難敵。撃破してくれることを祈りつつこれから観戦の予定。

September 5, 2011

台北旅情 Day4

今回の台北散策旅行も最終日。6時過ぎに起床し7時前からいつもの散歩に出発。気持ちのいい朝だ。今日は平日なので台北の朝の通勤通学の慌ただしい時間。交差点から一斉にバイクですっ飛んで行く老若男女たち。確かに日本と較べると「若い人口」が確実に多い印象だ。国としてもまだまだ「伸びしろ」がある気がする。中山北路を南下して市民大道を越えて台大醫院の中山南路へ。アメリカ時代に仲良くなった洪先生やロウ先生が居る筈。お元気だろうか?日本に帰国してさらにニュージーランドに引っ越しているうちに没交渉になってしまい、今回も連絡できず。この辺りは学校があるんだろう、7時過ぎですでに多くの学生さんたちが通学中。朝ご飯をコンビニや屋台で食べたりしている。日本の学生は二極化しているのに対して、「学びに対する真面目なひたむきさ」みたいなものを感じる。あくまでも見た目だけの印象だけれど。予備校や補習校の数も多いし、私学では大学進学の実績を示している学生募集の広告も多い。また、親が通学で送ってきているケースも多いみたいだ。小学校くらいの子供の手を引いて学校まで通学してくる親も多し。これも日本ではあまり見かけない。

中正紀念堂の広場を突っ切って、MRT中正紀念堂駅からホテルにもどり朝食ブッフェへ。散歩後なので美味しく頂く。部屋に戻りパッキングをしてからチェックアウト。今回のこのホテルは大正解だった。アクセスがいいことと、中山北路という場所も便利。改装したあとでアメニティも素晴らしい。さらにこじんまりとした規模もいい。次回も是非このホテルにしようと思った。

荷物を預けて龍山寺駅へ移動。お寺はそれなりの規模なのだけれど、このエリアは建物も古く、そこにいる人達の年齢層は圧倒的に高い。浮浪者や何をしているのか解らないような虚ろな目をした人たちがたくさんいるエリア。ただ、全然危険な感じがしないのは台北の台北たる所以。建物もたぶん戦後すぐ(あるいは戦前か?)のもので街並は古色蒼然としている。何を売っているのか不明(拾ってきた携帯電話とかガラクタみたいな装飾品)な路上の露天商。昨日の市政府周辺の信義エリアと同じ都市とは思えない感じ。この混然一体さが台湾なのだ。和平西路を北上しMRT西門へ。途中、屋台の「胡椒餅」を食べた。ただ、以前食べた胡椒餅とは全然違っていて、肉野菜炒めの揚げ饅頭みたいな代物だった。大失敗。ま、話のタネだけれど。


個人の町工場みたいなエリアの路地を通りつつ西門へ向かう。西門は台北の渋谷センター街みたいな場所で、たぶん休日とか夜はまったく違った顔の街になるんだろう。古い台北の繁華街の雰囲気が残っている。ちょろっと西門を散策してから台北駅に戻り、昼ご飯はこの旅行で〆の排骨麺を頂く。

一旦ホテルに戻り、預けてあった荷物をピックアップしてからタクシーで台北松山国際空港へ。市中にあり150元の距離は便利だ。桃園と較べるとあっけないくらい便利。ただ、設備的には小規模でまだまだ発展途上で、たぶんこの先もっと便利になるんだろうな。15時半のフライトは快適で一眠りしているうちに無事到着。初めて海外から到着した羽田の国際線ターミナルも素晴らしい。センスが良い建物。節電で照明を絞った感じがすごくいい。帰路のバスの中で街を眺めていたら、日本の素晴らしさというか国力の大きさというかを再確認した。

ということで今回の台湾台北紀行は、美味しいものをたくさん食べたし、台北中を歩き回ったし、いい路地裏写真を多数撮影することができたと思う。やっぱりこの国が好きだ。もう次に行くことを考えている。今回は一緒に行ったのが気心の知れた幼馴染みのじょうじ君だったし、お互い気を使わないでエンジョイできたと思う。撮影した400枚ほどの画像の整理と、今回の旅の総括は後日のお楽しみということで〆。いい夏休みを取れた事に感謝。

台湾旅情 Day3

5時半起床。熱いシャワーで目を醒ました。Royal Taipeiは快適なホテルだ。朝の気持ちのいい光を浴びながら、南京西路を西に向かい、重慶北路とぶつかった所で北に向かい、寧夏路夜市(といっても朝だから閑散としている)をぶらぶら。路地裏が面白いので猫目地蔵を探しつつ(笑)紆余曲折ウォーキング。


寧夏路を北上して錦西路を東に向かうと、なんだか人通りが多くなってきて、雙連朝市へ入ってしまった。

今日もいい天気。MRTで淡水へ向かうことにした。3年前に淡水に来た時は台風でどこも見られなかったのだ。日曜日の今日のこの市場はアジアの熱気そのもの。狭い路地裏にひしめく人いきれ。この熱気は久しく日本では感じたことがない。二昔前の御徒町に似ているかも。


お肉屋さんはその場で捌いた豚肉や鶏肉を売っているし、魚屋さんはそのまんまの魚を売っている。当たり前なんだけれど、ひ弱になってしまった日本人にはある意味衝撃的な市場。台湾の人たちの日常に入り込んじゃった感じ、というか。路地裏のわんこも気合が入っている。

淡水を散策して、アイスティーを飲みながら、海辺の屋台やお土産物屋さんを冷やかして(指圧棒とか不気味なお菓子を買った<笑)昼ごはんを食べるところを探す。やはりシーフードでしょ、ということでお店を探すが・・・これが難しい。結局決めかねて中正路に戻り、それらしいお店「義裕排骨」に入ることにした。これが大正解。店のオッサンに「お前たちは兄弟か?」「んなわけないじゃん(爆)」。ここんちの排骨麺は絶品だった。炒めたニンニクの香ばしいトッピングが素晴らしかった。じょうじ君の頼んだルウロウファンも美味しかったみたいだ。淡水名物のエビ煎を買った。

ホテルに帰って、台湾麦酒をそれぞれ2缶飲んでから、MRT市政府駅へ。新光三越の巨大なモールを散策してから、美人のウェートレスがいることで有名なLA Cafeへ。ここでハイネケンを飲みながらまったりと過ごした。今回撮影した美人の画像については別項でまとめよう(笑)。

その後はお約束の台北101へ。ブランド物に興味のないおっさんたちは「けっ!」とか言いながら一回り。新光三越の巨大なフードコートに度肝を抜かれたり、地下食料品街で食材やら調味料を買ったり、おみやげを買ったり。

晩ご飯は、林森北路の好小子海鮮へ。蟹、蝦、浅蜊、空芯菜、ハタハタの蒸しものなど、絶品海鮮をたらふく食べ、麦酒を飲んで、ひとり1000元。やっす!

帰路、昨日の足裏マッサージへ。今夜のマッサージは昨日より痛かったけれど、今日も気持ちよかった。一日中歩きまわったので、その分効く感じだ。これは癖になる。

台北って若い人ばかり。おっさんたちの世代の人が少ない気がする。国の勢いなのかもしれない。その辺りについても考察しよう。

September 4, 2011

台湾旅情Day2



5時半起床。おっさんたちの朝は早い。熱いシャワーを浴びて6時半に朝の散歩に出かける。中山北路から路地を歩いて林森公園へ。不思議な体操(いわゆる太極拳ではなく、NHKのお子様向け体操のような踊り)をしている一団。結構な年齢の人たち多し。この公園には明石総督の墓が移されている。公園を一周してから林森北路を北上。画像はそこで出会った猫ちゃん。さらにそれを撮影するじょうじ君(爆)。夜の街、林森北路は、朝まで働いていた夜のお姐さん達多し。「細身だけれどおっぱいが大きい」娘が多いだの、背が高くて脚の真っ直ぐなスタイルのいい娘がいるだの、朝の散歩にはソグワしくない爆笑おやじ会話をしつつ、民生東路一段を越え錦州街を通って中山北路に出て一周した。

朝食はRoyal Taipei自慢のビュッフェ。朝からがっつりといただく。美味しかった。一休みをしてから故宮博物院へ。僕にとって世界一好きな博物館で、大英博物館よりもスミソニアンよりも好き。今回で4回目とはいえ、どっぷりと浸かって4時間。
ランチは三季堂で絶品「海鮮雲呑スープ」と点心を食べた。このスープは絶品だ。雰囲気も最高。

その後は、MRT士林駅から復興忠孝駅へ移動してSOGOのフードコーナーへ。料理好きの血が騒ぐ場所。各種調味料などとおみやげを購入する。

5時過ぎにホテルに帰り屋上のプールへ。水質も環境も前に泊まった台北のホテルとは大違いで素晴らしかった。独り占め状態で気持よく泳いだ。屋上っていうのも気持ちいい。明日も泳ごうっと。

シャワーを浴びてからある意味今日のメインイベントのマッサージへ。夏威夷養生行館へ。
足裏30分間、全身マッサージ70分の100分で、痛気持ちいい悶絶極楽の世界に逝ってしまい時間空間感覚をなくした。なんと1300元(4000円弱)。日本だったら確実に3倍はするだろうな。僕をマッサージしてくれたのはオーナーの李秀珍さんというおばちゃんで、ホテルの帰ってから情報誌やサイトをみたら出ているような有名人だった。それにしてもあの仙腸関節の圧し方は素晴らしい。思わず(誇張ではなく)「うううっぐぐぐ!♡」と声を上げてしまった(笑)。隣のじょうじ君はマッサージ初体験だったらしく、その感動体験については控えめだった(のも笑えた)。
晩ご飯は、小籠包で有名な京鼎楼へ。浅蜊の醤油漬け、空芯菜の炒め物、小籠湯包(これが有名)、蝦炒飯など。ビールを3本飲んでひとり1500円。

このコスパは台北♡。

September 2, 2011

台湾旅情Day1

2009年以来の台湾。親日的なこの国の人たちは、今回の大震災に際して本当に親身になって心配してくれたという。精神の根っこの部分ですごく親密なものを感じるのだ。ということで、2年ぶりの台湾。今年は相方のじょうじ君との珍道中。ははは、楽しみだ。

5時前に目が覚めてしまい、わくわく気分でたまプラーザ駅へ。たまプラからは成田も羽田も直行リムジンが出ていて便利。6時発のリムジンで一路成田へ。高速はがらがらで、ウツラウツラしているうちに、1時間ちょっとで成田で到着してしまった。第一ターミナルに行ってしまったじょうじ君(笑)と8時半すぎに会いチェックイン。成田で台北市内のWifiをするためのギアを入手して(考えてみればここ2−3年のすごい進歩だ)、搭乗。大型台風接近中で危惧していたけれど、全然問題なく離陸。機内では早速ビールで乾杯。空腹を感じつつも、機内ではおつまみ程度で我慢した。フライトは台風を避けて岡山広島周りで九州をかすって南下して台北桃園国際空港に10分遅れで無事到着。バスで中山北路のNikko Royal Taipei Hotelへチェックイン。バスの運ちゃんは台湾語で一回しかコールしないので勘で降りるしかない(笑)。このホテルは前の旅行の時に大規模リニューアル工事中だったけれど、今回入ってみて、その近代的な内装にびっくり満足。おっさん二人が3泊するには、もったいないくらい(笑)おしゃれな部屋。中山北路はなんとなく大阪の御堂筋に似ている、いつも思うけれど。荷物を置いてからさっそくMNT中山駅へ。ふふふ、この雰囲気なのだ。すごく好き。超近代的なビルとレトロクラシックな旧い建物が同居する街並。混沌としていて親密で汗臭くって濃厚な空気がある。中山から台北汽車駅へ移動して、この巨大な駅の微風台北車驛で、今回の旅行で初めての食事。じょうじ君は蘭州紅油牛肉麺(細麺)140元、僕はオックステール麺180元。前者はピリ辛、後者は塩味のあっさりした味。
その後は台大医院を通り中正紀念堂へ。ここから永康街に向かって歩いたつもりだったけれど到着できず、結局MNTで台電大楼駅へ移動することに。行き当たりばったりの旅の面白さ。台湾師範大学周辺の雑踏を散策。
若い人が多い。このエリアは前の旅行の時に早朝に歩いたのだけれど、金曜夕方の雑踏は全然違う。裏原宿みたいな感じ。この「怪しさ」が台北なのだな。写真を撮りまくった。じょうじ君の念願のSDカードをゲットしてからMRTで士林へ。

  このケイオス。夜店の雑踏を散策してから士林夜市美食廣場へ。ここで蟹の炒め物、蝦の揚げ物、海鮮炒麺、海鮮粥 などを堪能した。

MRT劍潭で下車してふらりふらりと中山北路を散策しつつホテルに戻った。

September 1, 2011

夏休み前日、バタバタと動き回った一日

7時半から研修医を同行して消防庁救急相談センター。今日は9月1日ということで大規模災害訓練。東京全体で10分間信号停止訓練があったとのこと。今年は311という事もあって全国的に大規模な訓練だったみたいだ。首都圏直下型、東海沖、南海トラフの群発連続地震が起きる確率は今後30年間で70%以上といわれているらしい。自分の残りの人生でこの大惨事と遭遇する事が「たぶんあるのだろうな」という予感が、311を経験した事でリアルに想像できる。ううーーむ。とはいえ、今日の相談センターはなぜか非常に静かな一日だった。

研修医君と共栄堂のスマトラカレー(うまし!)を食べてから、用賀へ移動していつもの施設在宅往診へ。夜は日赤医療センターで「東京ルール」の会議に出席してタクシーで爆睡しているうちに帰宅。明日から夏休みだ、ふふふ。台風がちょっと心配だけれど、テイクオフは問題なさそう(希望的観測)。
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