助けあいジャパン

March 31, 2010

桜の咲く頃には

このところの寒さが緩んだ朝。家の前の桜並木が五分から七分咲き。まだ堅くて張りのある薄紅色の花びらと開花直前の蕾。満開というピークに向かう花々のベクトルが収束してゆく。この時期特有の「気」が充満している感じがする。テラスのチューリップの蕾もぐっと膨らんで、その時を待っている。うううむ、今年も春本番・直前。

午後からネット関連のコンテンツのインタビュー1件。インタビュアーの方の質問に答えつつ、自分の歩んできた道を振り返ることが出来たような気がする。ただ、ちょっとエラそーな事を話しちゃったかも(笑)。その後、回診と面談2件をしてから、病棟の「成果報告会」。組織の中で目標を作り計画するということは定期的&日常的に行っているけれど、それを検証しその成果を発表するということを「自主的に」行ってくれたことに感激した。その直前のインタビューの時にも話したのだけれど、僕は本当にスタッフに恵まれているのだ。5本250m。

March 30, 2010

嗚呼、最終回

「華麗なる遺産」ついに最終回。録画をしていたものをじっくりと鑑賞。あーあ、終わっちゃった(涙)。帰宅後の楽しみがひとつ減った。それにしても、僕が韓流ドラマにハマるとはな(笑)。ソウル遠征との関係でタイミングもぴったりだったからかもしれない。でもやはりヒロインの、コ・ウンソンの魅力が一番大きいと思うけど。ドラマの作り方が実にうまくて筋書きが想像できちゃうんだけれど、ハマってしまうようなプロットが鏤められている。ちょっと前の韓流ドラマの「臭さ」はかなり薄まっていると思う。

このドラマの底流にあるのは「親子愛」。今の日本の感覚からすれば、異様に密接な家族内の結びつきは、儒教的な上下関係と相まって、ともすればドロドロになりがちな人間関係の「愛憎劇」になるのだけれど、このドラマはアメリカンコメディー的になっていて、たぶんかなり現代風に薄めてあるんだろう。それでも、今の日本社会と比べれば、韓国社会の「濃さ」は全然違う。

習慣とか挨拶、お辞儀、仕草などは、すごく共通点がある気がした。でも、今の日本の若者と比べれば彼らのほうが数段礼儀正しいと思う。1970年代の日本にはまだあった目上に対する「礼儀」とか「心遣い」があって、その意味でも「妙に懐かしい」感じ。それと、彼らの上昇志向とか向上心、海外へのあこがれの強さなども70年代の日本的なんだ。この辺りが、僕がこのドラマに親密感を感じるところ。もちろんドラマだから、現代の韓国人の「憧れている生活」の方向にデフォルメしてあって、彼らの「夢」が垣間見えるのだろうけど。

ドラマの恋愛はとことんプラトニックで、せいぜい手をつないで歩いてキスするのが最大の盛り上がり場だったりするんだけど、この「原理主義的」ともいえるくらいストイックな倫理観ってのは、僕らの世代のオッサン&オバチャンにとっては「胸きゅん」なわけだ。その意味で、もう日本では「死語」ともいえる(笑)「処女性」とか「貞操観念」みたいなモラルが、まだ生きている(価値を持っている)社会なのかもしれない。ちなみに、「草食系男子」は出てこなかった。そんなこんなで、久しぶりに実に楽しく脚本にハメられ、演技にハマったドラマ。あー面白かった。

March 29, 2010

たまころがし画像

レゴで作った「玉ころがし」機の動画。ちょっとした工場みたいだ。これはスゴい!素晴らしい!作者に敬意を表します。
欲しいな、コレ。でもハマりそうでコワい(笑)まさに「おとなのおもちゃ」

僕の「はたらく自動車」フェチについては、これとかこれに書いてます。最近では、こんなことも(笑)。

March 28, 2010

予想外急展開の日曜日

6時過ぎに緊急連絡があり、かみさんの友達でもあるRさんが危篤状態。かみさんと車で職場に向かう。最近の状態から予想はしていたけれど、これほど早いとは思っていなかったので、驚きつつ。彼女らしいスマートで穏やかな最期だった。悲しみの極致にあるはずなのに、ご両親から感謝の言葉を頂いて恐縮する。

11時過ぎ、泣いて凹んでいるより彼女の供養になるのだから行けるなら行ったほうがいいよ・・・と、有明のイベントの仕事のあるかみさんを車で送る。その後、お台場のビーチに面した路上に駐車してぼーーっと一休み(30分間くらい眠ったみたいだ)。今更今日予定していた自宅の大掃除ができるはずもなく(そんな気分にもならないし)、当初は欠席予定だったハックル活動@さくらに参加する事にした。

じょうじくんをピックアップして、さくちゃんと合流。駒込の「満☆圓」でランチ。仲間と話しているうちにブルーな気分が少しずつ晴れてきた。その後は「さくら」でひさしぶりのハックル活動。僕は車なのでアルコールは全然飲んでいないんだけど、十分酔っぱらったみたいなノリで大爆笑しつつ癒された。夕方、ともPがちょっとだけ参加して、久しぶりに4人集合。その後そろそろ解散しようか・・・ということになり、さくちゃんの思いつきで染井温泉「さくら」へ行く事に。これも予想外の展開だったけれど、温泉に浸かりながらローラーコースターみたいな一日を振り返りつつ、いい感じでまったりとした。

解散後は、本日開通した大橋ジャンクションを通って帰宅。夕食は家族で「麓」にて。〆の「しらすと新生姜の炊き込みご飯」が絶品。

こんな日もある。

March 27, 2010

すごいぞ、『はやぶさ』

いいなあ、こういう研究プロジェクトっていうのは。日本の底力なんだと思う。そうそう、「かぐや」もエラかったな。

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惑星探査機「はやぶさ」、6月帰還にめど 軌道入り確認(2010年3月27日21時19分)

 2005年に地球から約3億キロ離れた小惑星イトカワに着陸し、地球への帰還を目指して飛行を続けている小惑星探査機「はやぶさ」が27日、地球に接近する軌道に入り、今年6月の帰還にめどが立った。燃料漏れやエンジンの故障などを乗り越え、計画から3年遅れで帰還する。イトカワを離れ、帰途についたはやぶさは昨年11月にエンジンが故障。帰還が危ぶまれたが、四つあるエンジンのうち、生き残った2基を組み合わせて飛行を続けていた。今後さらに軌道を微調整しながら地球に近づき、小惑星の砂が入った可能性のあるカプセルを豪州の砂漠に投下する予定だ。(中略)はやぶさは03年5月、世界で初めて小惑星の砂を持ち帰るのを目標に鹿児島・内之浦からM5ロケットで打ち上げられた。
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人知れず、日夜頑張った研究者たちの努力に敬意を表したい、と思う。

さあて、どこから始めっかな

この週末は、拙宅の大掃除&大整理第一回目の予定。長女かなPが就職し、次女ゆっつんは就活&ゼミ卒論、三女さーちゃんは大学入学ということで、彼らの部屋の整理、クローゼットと納戸の整理、廊下に積み上げられた彼らのモロモロのモノの整理、クロークルームのスペース作り、などなど。近い将来リフォームするとして、この辺で不要なものを棄てない事には、次に進めない!ということになったのだ。この家に引っ越して来てから8年が過ぎて、当時小学4年、6年、中学2年だった彼らの子育ては「ほぼ終了」。社会に出てからは独立してもらい長々とパラサイトさせる気は、僕もかみさんも全然ないので、順調にいけばあと5年もすればこの4LDKの間取りは要らなくなるわけだ。住みやすいし環境もいいので、引っ越す気はない。大規模にリフォームをすれば、すっきりして面白い空間にすることができるだろう、ちょっと楽しみ。でも現実的な問題として、当面快適に過ごすための大掃除は必要なわけで・・・。今日の午後は書斎周りを整理するハズだったのに、キッチンの整理を初めてしまいガスコンロをきれいにし始めたら、止められなくなってしまった。磨くの好きなんだ、実は。

March 26, 2010

あげまん論(その2)

最近我が家がハマっている韓流α「華麗なる遺産」も、そろそろエンディング。昼間放映なので、夜帰宅してから録画を観るのが楽しみ。あと2回で終わってしまうのが残念だ。いいドラマっていうのは、「えーーーもう終わっちゃうの!もっと続いてほしい!」って思うものだけれど、コレもその一つ。登場人物の設定もキャラも絶妙だし、ストーリー自体はある意味正統派でクラシックなんだけれど、絡み合った伏線と複雑な人間関係が実に面白い。韓国特有の血族内の関係の濃さとか熱さも興味深いし、なんといってもヒロインのコ・ウンソン(ハン・ヒョギョ)という女の子のキャラは魅力的だ。息子の嫁に是非って感じ(・・・いないけど>笑)の、僕の考える典型的な「あげまん」。彼女とソヌ・ファン(イ・スンギ)の関係、それをとりまくスンミとジュンセたちとの関係。これも、じつにクラシカルで切ない恋愛なんだな。

このドラマを観ながら「異性を見る目」ということについて考えた。つまり自分のパートナーを(それが妥当かどうか)評価する「目」とは何か?ってこと。顔かたちやスタイルなどの外見が好きだとか、その人の雰囲気や考え方が好きだとか、恋愛ってのはふつう自分勝手な「思い込み」から始まる。当事者同士が気づかないうちに、引かれ合うきっかけとなる「何か」が、どんな恋愛のストーリーでもあって、徐々に心が向き合って行く。そのプロセスの中で、それぞれ「相手をもっと知りたい」とか「自分を理解してほしい」ということなってきて、そこに様々な(悲喜こもごもな)ドラマが生まれるわけだ。なーんてわかったようなこと爺くさく書いちゃっているけど(爆)。ところが、そんな燃えるような恋愛であったとしても、それが長期的に持続する保証なんて全然ない。もちろん「太く短く」が「細く長く」よりエラい(笑)っていう意味では全くないんだけど、前者のほうがドラマチックであることは確かだ。とにかく、長い短い関係なく恋愛というものは不確定で不安定なもので、しかるに、古今東西「結婚」という社会的システムを人類は作ってきたわけだ。

相手(異性)を見る目がないと、人生とんでもないことになるのも古今東西変わらない真実。若くて未熟な人間が、同じく若く未熟な相手の「将来性」をどう見極めるか?。結論から言えば予測するのは「かなり難しい」(笑)。自分のことだってわからないのに人のことをわかる訳がない。もちろんいろんな人生経験をすればある程度「見る目」は養えるとしても、絶対確実なものじゃない。この韓流ドラマの、どうしてもファンを諦めきれない女の子スンミとか、完璧にいい人なのにウンソンにふられちゃう男ジュンセ。苦悩する彼らに「見る目」っていうのが、あるのかないのか、僕は判断できないわ。まあ惚れた腫れたに理屈はない、と言ってしまえばそれまでなんだけど。

それでも親としては、うちの娘達に是非とも「見る目を養ってほしい」とは願うわけだ。25年間も、かみさんと僕は夫婦なわけだけれど、これまでなんとか続いて来れたのはお互い「見る目があった」というより、「運が良かった」ということなのだろう(爆)。つまり「持って生まれた運」みたいもののほうが大きいものなんだろうな。今回の韓流ドラマを観ながら、あげまん論についてはもう少し考察を進めよう。

「あげまんには無意識の自覚(つまり天性のもの)があり、さげまんは意識的な無自覚(後天的な資質)がある」

March 25, 2010

水と戯れる人たち

研究日。早めに終わった往診で夜の会合まで時間があったので、ジムで泳ぐ事にした。午後4時台のジムやプール利用している人たちって、はっきり言って、元気なじいさん&ばあさんが大部分。平均年齢は65歳ちょい上くらいだろうか?定年引退した年齢層もかなり居る。いわゆる団塊の世代。夕方からのメンバーとは全く違う雰囲気で、同じ施設なのにリハビリ施設みたいな雰囲気がして、ちょっと驚いた。確かにニーズはあるんだろう。就労年齢の現役世代は、普通は平日昼間にジム行ける事はないからね。プールでは、夜のガッツリ系のスイマーは皆無で、のーんびりゆったりしたペースで泳ぐ(水と戯れる>笑)人たちばかりだった。それはそれでいいんだけれど、彼らの困るのは25M泳ぐ毎にレーンの中でおしゃべりに興じてしまう事(笑)。そんな雰囲気の中、僕は高速レーンで今日はひさしぶりに20本1000m泳いだ。夜は職場の懇親会&懇談会@状元楼、自由が丘。いろいろインスパイアされた。議論をする場として有意義な会だったと思う。次年度は定期的会合としよう。

March 24, 2010

特殊な言葉を話すヘンな人たち

連日の夜の会議。今夜は6月にある医療フォーラムの打合せ。医師会主催の一般市民向けの医療フォーラムで、身近な医学的な話題をテーマとして講演&シンポジウム形式のパネルディスカッションをする。僕もパネラーとして救急医療について話す予定。今回のメインテーマは決まっているのだけれど、各演題のタイトルをどうするか?について話し合う。つくづく思ったのは、医療関係の人間が集まって話す場での言葉というのは、非常に特殊で一般では通用しないか、誤解されるか、誤用されるリスクの高い特殊な言葉であるということ。たとえば、一般に使われる「おなかが痛い」という表現は、医学用語の「腹痛」とはイコールではないのだ。場合によっては、しくしく痛い、のたうちまわるように痛い、下痢をする、膨満感がある・・・など多様な意味を含んでいる。だから、たかが演題のタイトルひとつでも、なかなか決まらない(笑)。最終的には非常にシンプルな線でまとまったけれど。我々医者っていうのは、本当に特殊な言葉を話すヘンな人たちなのだ。反省自戒。

March 23, 2010

砂時計と『側隠の情』


年度末ということで、今週は毎晩仕事関係の会合が続く。今週も夜は泳ぎに行けそうもない。体重コントロールも元の木阿弥にならないように注意しなくては。若い頃は体重は自由自在に増減できたのに、年齢とともに簡単じゃなくなってきた。これは体内の代謝速度が遅くなっているからだという科学的エヴィデンスがあって、生物学者の説明ではそのまま「体内時計」と関係しているそうな。さもありなん。

同じ時間軸を通り過ぎても、代謝の早い子供は長く感じて代謝の遅いおっさんは短く感じる。時間軸の目盛りが前者は細かく後者(つまり僕)は粗いから。別の喩えをすれば、子供の砂時計の穴は大きくてどばどばと砂が落ちていく大きな砂時計なのに、歳をとるに従って砂時計の穴が小さくなってしまうので、ちょろちょろとしか砂が落ちない(爆)。だから落ちた砂を比べてみれば、その差は自明だ。
ついこの間、年が明けたと思ったのに、あれやこれやしているうちに、もう桜が開花しているもの。

今日の録画の「華麗なる遺産」(面白くて家中がハマっている>笑)で、突然おばあさんがいった台詞に『(主人公のヒロイン)コ・ウンソンには「側隠の情」がある』。「側隠の情」って、唐突に出てきたので、あれれっ?どこかで見た事があるタームだな・・・と思って調べてみたら、藤原正彦さんの「国家の品格」だった。

========(以下引用)
武士道には、慈愛、誠実、正義や勇気、名誉や卑怯を憎む心などが盛り込まれているが、中核をなすのが「側隠の情」だ。つまり、弱者、敗者、虐げられた者への思いやりであり、共感と涙である。
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ふむむ、韓国でも日本でも根本的な儒教的倫理観は同じで、共通の価値観があるんだと思う。でも一般受けするドラマの台詞として、日本では表立って出てくる事はないよなあ。そのくらい現代日本では廃れてしまってる価値観かも。目からウロコ。

March 22, 2010

サクラサク春分の日


ゆっつんの就活で、会社によってはWinでないとアクセス後の試験が受けられない(!)企業があって、やむなくParallelsとWin7を入手するべく、朝イチで新横浜のBICへ。久しぶりに新横浜に行ったけれど、あまりにも変わっていてびっくりした。もろもろの疑問も店員さんが的確に答えてくれて、無事購入。これからはBIC新横浜にしよう。

11時にたまプラにてじょうじ君と待ち合わせして、スーパー銭湯「ゆけむりの里」へ。久しぶりに「おっさん達の正しい休日の過ごし方」を実践しましょう!ということになったのだ。休日なのにわりと空いていて、快晴の爽やかな春の風の中、いつものように気持ちよく露天風呂で、うだうだ&まったりと過ごす。水風呂で〆。計量ではめでたく64kg(笑)。750円でこれだけ心身ともにリセットできれば安いもんだ。

二人とも喉の乾きを極限ににまで高めつつ車のサンルーフを開けっ放しにして走り「黒龍」へ。この状態でのビールが最高なんだよね。くーー堪りません。今日は、餃子、海老焼売、雲白肉(薄切り茹で豚・ニンニクたれ)、キクラゲたまご炒め、〆は「サンマー麵」。大満足。5月のライブの打ち合わせとスケジューリング、GWのNBCはどうするか?ハックルライブ@福岡?週末韓国ツアー(笑)?などなど、すっかりご無沙汰のハックル活動について打ち合わせた。今、2−3あるシークエンスはもうちょっとで完成できるので、僕としてはどこか(白浜のスタジオ?)に籠って音源を録りたいなあ、なんて思った。

下は今日の大爆笑画面。ともP@お茶目(爆)

March 21, 2010

座って半畳、寝て一畳

お彼岸。いい天気の中、車で移動。都内の渋滞に巻き込まれて、片道2時間以上かかったけれど、サンルーフを開けっ放しで丁度いい気持ちのいい気候。その後、オフクロの見舞いと引っ越しの手伝いなど。たまには親孝行せねば。子供の頃の通信簿、ノート、賞状、名簿、雑誌などの、ほとんどがどうでもいいものなんだけれど、今まで彼女が棄てるに棄てられなかったものが入った段ボール。今回できるだけ整理しておこうということになった。オヤジが収集した絵画で遺っているものとか、長いこと使っていなかった食器などをいくつか持って帰る事にした。

人生で本当に必要なもの、身の回りに置いておきたいものは、実に「こじんまり」としたものなのだ。どんなにお金があってもの凄い豪邸に住んだとしても、贅沢三昧をしたとしても、逆にもの凄い貧困に喘いだ生活をしたとしても、墓場まで持って行けるモノなんて何もない。さはさりとて、さりながら・・・結局年老いた時には、人は皆所詮は「座って半畳、寝て一畳」なのだ。ということは、限られた人生の時間の中で僕らは目一杯生きている事を楽しまなくてはいけないってコトで、他に何を求めようというのか?「享楽的に」「刹那的に」という意味じゃなくて、一所懸命人生を楽しむべき。そんなこんなで、感慨深く、夕方帰途についた。

帰宅してから、ぼーーっとネットを観ていたら、Good News2件。
ふっふっふっ・・・今年は去年と違い15日に確定申告の税金還付満額振込みがあった!
さらに、嬉しいニュース!
グリーンジャンボ宝くじ(第577回)10枚(3,000円)買っていたら、 50,300円当選!
買った事をすっかり忘れていたけど3月12日に抽選があったみたいだ。久しぶりの当選だ。わーいわーい。

↑↑ ってなことで単純に喜んでるようでは、まだまだ修行が足りないってことですね?神様&仏様(笑)。

夜はかみさん&ゆっつんと3人で「鮨ぎん」。うまし。

March 20, 2010

半袖・時間軸・アジアの味覚・自衛隊・出世

初夏のような爽やかな気候。午後のプールからの帰り道、強い南風の中、ジャケットを脱いで半袖で歩いて本当に気持ちよかった。今週は6本300m、10本500m2セット。計1300m。

先週末の韓国遠征が遠い昔のことみたいだ。国内旅行みたいに「眼鏡を買いに行く」とか「タッハンマリを食べに行く」とかの、特定の目的があれば一泊旅行だって十分家族で楽しめる場所だよねってかみさんと話す。この妙に「懐かしい感覚」とか「安心感」っていうのが、日韓台アジアの親密さなんだ(中国は別>笑)。また行っちゃおうかな。

夜は自然にアジア風にしよう!ということになり、「ぷりぷり海老マヨ」「ホタル烏賊とセロリのピリ辛炒め」「干しタラのスープにんにく風味」を作る。娘達は皆それぞれバイトやデートや就活で外出中なので、かみさんと二人で食べる。だんだんとこの先、こういう二人の夕食って多くなるんだろうな。夕食後、無印良品で買った「壁掛けのコート掛け」の取り付け@玄関廊下。我が家の自力リフォーム第一弾(笑)。

夜テレビで、航空自衛隊「救援隊」の訓練生の卒業式シーン。人知れず日夜想像を絶する鍛錬をして、目標に向かって健気に努力する若者達。こういう地道な「無我夢中で一所懸命になること」が卑下されたり、バカにされたりする最近の日本の社会の風潮っていうのはイカン!って思う訳だ。泣けた。

ゆっつんのBFから聞いたGood News! おめでとうCCタケダ!
お祝いに福岡ライブやっちゃおうか?

March 19, 2010

春の嵐が来るらしい

おっとっと、録画した今日の「華麗なる遺産」を観ていたら更新するタイミングを逸するところだった(笑)。韓国遠征以来、ちょっと夜更かしパターンになってる。逆に夜明けがどんどん早くなってきているので、朝の目覚めはすっきりと早くなりつつあるけれど。早く本来のパターンに戻さねば。家のマンションの隣接する私道の白モクレンが満開。彼岸を過ぎれば春本番。家のささやかなテラスの球根では、水仙がいっせいに花開いている。チューリップはもう少し。家の前の桜並木の桜の蕾がどんどん膨らんできている。

今年はオヤジが亡くなってから初のお彼岸。週末日曜日は「春の嵐」らしい。

March 18, 2010

韓流ドラマの溜め息

韓国旅行に行ってきたからというわけではないんだけれど、最近我が家は韓流ドラマ「華麗なる遺産」にハマっている。韓国では視聴率45%を越えたとか。ストーリー自体は典型的な遺産相続ドラマなのだけれど、そこに張りめぐらされた伏線と複雑な人間関係が、「どろどろ&熱く」て実に面白い。かの国の親子、友人、先輩後輩、上司部下の上下関係とか、それも日本とは違っていて興味深い。お辞儀の仕方とか生活習慣なんかは非常に日本との共通点があるし、親近感も感じる。それと、HDの撮りだめして連続して観ているせいかもしれないけれど、このドラマの登場人物ってやたらと「ため息」をつくことが多い気がする。演出の関係なのかそのくらい韓国では当たり前のことなのか(笑)。健気で活発なヒロイン、コ・ウンソン役のハン・ヒョジュがキュート。

March 17, 2010

IPサイマル・ラジオの世界

今日は、ルーティンで忙しい水曜日。サブルーティンでも午後からいろんな人とのアポイントがあってバタバタ。夕方から災害医療に関する行政関連の会議で21時まで。行政を中心とした「縁の下の力持ち」的な地味な仕事だけれど、誰かがやらなければ具体的に話が進まないのだ。僕らの世代が、今こそやるべき仕事だと思う。「その日」は必ずやってくるのだから。

一昨日知った、IPサイマルラジオの試験放送。もともとPCの作業とラジオの相性はいいとは思っていたけれど、ごく自然に楽しめる環境。さすがに仕事場でラジオを聴きながら仕事する事はないんだろうけど、緊急時とか災害時に情報収拾するには便利かも。ホリエモンvsニッポン放送の攻防の時に、盛んに言っていた「ネットの旧マスメディアの融合」の一例がこれなんだ。8月末までの試験放送が、今後どのように発展して行くのかが楽しみだし興味ある。ハックルブログでじょうじ君が書いていた事に全く同感なんだけれど、僕も昔ラジオを楽しんだ世代がこれを契機にラジオを聴く楽しさを思い出して回帰していけばいいと思った。リアルタイムの音声を聴きながらネットでのテキストファイルや画像や動画が観られれば、これは新しいアウトプットになりうる可能性がある。おもしろ!

March 16, 2010

10夜連続・外ご飯・リバウンド

週末の韓国遠征から一夜明けて、いつもの日常にすっと戻る。通勤の電車でリフレッシュできた事を自覚する。何がどうなった、ということでなく、さりげなくごく自然に。いつもの違った空気を吸って何かを感じる事が、とかく視野狭窄になりがちだった疲れた自分を解放して、癒してくれる。自己治癒能力を引き出すというか。日曜日を入れて3日間の不在の間、御蔭様で大過なく、支えてくれた人たちに感謝。とはいえ、たった3日間なのにデスクの上は処理すべき案件や書類が山積み。粛々とそれをこなした一日。

夜は医師会の合同部会で中華。先週の月曜日(3/8)から今まで、夕食はうちご飯を食べてない。明日も会合なので連続10夜ということになる。ということは、泳いでいないし、2月中にせっかく65kgまで絞ったのに、これは確実にリバウンドしてるな(笑)。

March 15, 2010

ソウル最終日


ソウル最終日。8時すぎにゆっくり起床。昨夜は、悶絶美味のサムギョプサルの余韻に浸りつつJDをちびちびと飲んでいて、また夜更かし。僕以外は爆睡状態(笑)。しとしと雨。でも春の雨で冷たくはない。。韓国のテレビは日本の番組とスゴく似ている。つーか、あれはパクリだな、ほとんど。そういえば、つい最近まで日本車を閉め出していた(関税をかけてほとんど禁輸にしてた)韓国では、HyundaiとかKiaとかの国産車がほとんどで、そのデザインはほとんど日本のパクリ。性能のことがわからないんだけれど、どれも日本車をデフォルメしているようで、ハングル的で「それなりにカッコいい」のが面白い。乗った感じは懐かしいアメ車感覚もある。足回りは彼らの好みなんだろう。でも、町中のLexusとかNissanの本物は「高級車」として、それなりに存在感あり。やはり判る人には判るんだろう。
 そんなこんなをつらつらと考えつつ、熱めのシャワーを浴びてから、ぼーっと窓から見える南山を眺める。いい時間が流れている。当初の予定では新羅ホテルの有名なPark Viewの朝食ビュッフェのつもりだったけれど、次回のお楽しみにすることにして、10時半過ぎにチェックアウトして、明洞に向かう事にしてコンシェルジェへ。

今日の担当は昨日の美人(知的チェ・ジウ>笑)ではなく、また別のタイプの美人。たぶんアメリカ人とのハーフだろう。ユーニス(Eunice)さん。彼女は英語が堪能でスムーズにコミュニケーションができる。僕がリクエストしたのは、①ラッゲージを空港出発の時間まで新羅に預かってもらい、②ここから明洞のおいしい韓流ブランチを食べる場所に行くタクシーを手配してもらい、③その後に、別のタクシーに荷物をピックアップしてもらってから、④我々を明洞のどこかで乗せてもらい、⑤韓国の人たちの普通に行くスーパーマーケットに寄って、空港に時間通りに到着する、こと。このワガママなリクエスト(笑)に、彼女は的確に応えてくれた!素晴らしい。



今日のブランチは、明洞の裏道にある「全州中央会館」にて、本場の石焼ビビンパとチジミ。石焼ビビンパの本場は全州ということらしい。昼前というのに大混雑。おばちゃん達がてきぱきと仕切っている。僕の頼んだ「生鮑石焼ビビンパ」はこちらの値段としては高め(18000ウォン)だけれど、鮑は新鮮で、身だけでなく肝がいい味だった。こんなのもあるんだな。かなPの頼んだユッケビビンパも、ゆっつんの頼んだ全州ビビンパもおいしかった。チジミは緑豆のシンプルな味でいくらでも食べられる感じ。キムチもナムルも好きなだけ持ってきてくれるのが嬉しい。モヤシのスープも熱々のビビンパの口直しに最適。この国の食に関しては全面的に賛成&大満足の旅だった。

その後は2時間、明洞を散策&ショッピングしてから、ロッテホテルへ。ユーニスの手配通りにタクシーが来てくれるのか一抹の不安があったけれど、リクエスト通りに「模範タクシー」のキムさんと「ピアノの前」で出会えた。予定通りにキムさんと空港に向かい、巨大スーパーマーケット(ほとんど人がいない!)に寄って、手分けして大量のお土産を20分間で速攻(笑)で買ってから、仁川国際空港へ。韓国人の(日本の地方都市とほとんと同じだ!)日常生活を垣間みた感じ。商品の表示がすべてハングルなので「勘」で買うしかないんだけど、「何となくわかる」のが面白い。

仁川(INCHONN)国際空港は素晴らしい設備。ここでもロスタイムで一点入れられちゃった感じ。スムーズなチェックインとその後の時間の過ごし方に関する設備に関しては、成田は完敗だ。JALのフライトは松花堂弁当も含めて満足できるレベルだった。JALはこの調子で頑張ってね、応援するから。旅の余韻に浸りながら、映画「2012」を夢中になって観ているうちに成田に到着。

最後のアクシデントは駐車していた我車のバッテリー上がり(爆)。かなPのI-podが付けっぱなしになっていた事が原因で、上がってしまったんだろう。駐車場管理の人たちにとっては日常茶飯事らしい。予想していた以上に簡単にバッテリーチャージャーを借りる事が出来て事なきを得た。有り難い。すいすいと高速道路を走り帰還。

ソウルの激辛うま紀行(2日目)



初日、夜更かししていたため、目覚めたのが7時すぎ。うつらうつら&うだうだと休日の朝。同室のゆっつんが昨夜遅くまでPCで就活の書類作りをしていたので、僕とかみさんは寝不足気味。さらにかなPが体調悪し、ということで、急ぐ旅でもないし、朝はのんびりすることにした。当初の予定では、朝早く起きて周辺を探索して、ソルロンタンの朝食をとるつもりではあったのだけど。これは中止して、10時すぎにソウルの中心的繁華街の明洞(ミョンドン)へ向かう。

まずロッテデパート@明洞へ。ここんちは、さすがに日本からの旅行者のツボを抑えている感じ(笑)。ブランドもの&免税店には目もくれず(つーか、娘達は虎視眈々ではあったけれど、無視を決めこみ>笑)、一直線に地下の食品部門へ。清潔で近代的。日本のデパ地下より、洗練されている感じがした。様々な食材や調味料が面白くて、料理好きの血が騒ぎ(笑)存分に楽しんだ。あそこなら2−3時間はすぐに過ごせちゃうな。そこのフードコートで、アワビのお粥、韓国風ののり巻きなど、各自好きなものを買ってきて朝食。安いし味もいいし、リーズナブルなブランチだった。僕のアワビお粥はコクがあるのにほんのりとやさしい塩味。これについてくるキムチとチャンジャをいれて食べた。いい感じ。チャンジャってこんなにおいしかったのか。白飯だけじゃないんだね、合うのは。

次に今回の旅の目的の一つである眼鏡作りのために、人気のDOT Opticalへ。韓国の眼鏡作りには定評があって、その日のうちに作ってしまうので有名。欧米のブランドものはもともと安い(というか日本が高すぎる)し、韓国オリジナルのデザインも面白い。今回は、僕のプライベート用の眼鏡(軽くてカジュアルな韓国製)と、老眼になって遠近両用のかみさんのブランド眼鏡作り。日本語も通じるしサービスも良くてデザインも抱負、さらに値段が安い(だいたい2/3)。いいこと尽くめだった。かなPの眼鏡(ブランドもの)も作りたいという希望は却下。自分で稼いでから買いなさい(笑)。

その後は明洞散策。化粧品、衣類、下着類、靴、バッグなどなど、歩き回る女性陣の後をついて歩く。人が多いなあと思っていたけど、実は序の口で、その後の人出はその時点で想像だにしていなかったんだけれど。それにしても女性というのはどうしてあんなに、あれやこれや迷って歩くことができるんだ?僕はもう1時間くらいでへとへとなのに全然平気で「わ、これ安い!」「あ、これカワイイ!」と、お花畑を飛び回る放し飼い蝶々状態。途中から雨がパラついてきてドーナッツ屋さんで一休みしてから、またショッピング(といっても、ほとんど買わないんだけど)。午後からの人ごみと熱気は、上野と歌舞伎町と渋谷と銀座を一緒にした感じだ。僕的には苦手な状況だけど、我慢しつつ蝶々たちの保護者を務める。店員さんの勧誘意欲は熱い(笑)。よっぽど日本人観光客はお金を使うんだろうな。ま、でも確かに安い。かつては安かろう悪かろうだった韓国の製品も、デザインが奇抜で洗練されていて製品の安心感も高まっている。

遅めの昼ご飯は、有名な「明洞餃子」にて、水餃子と韓国風うどん「カルクッス」。水餃子はオリジナルのニンニク&ネギ&小唐辛子のニョクナムが気に入った。カルクッスはスープがちょっと独特(たぶん牛骨)だった。韓国は薬味がいろいろとあって、自分で好みの味にするのが楽しい。その後、かみさん&かなPチームとゆっつん、さとちゃん&僕チームに分かれて、行動。僕らチームは本格的に降り始めた雨をもろともせずに、ディープな明洞をさらに探索することに。たしかに刺激的で面白い街だけど、日本人のおっさんにとっては、1時間も散策すればいいかなって感じ。ホテルには7時すぎに帰還。僕はもうへろへろなのに、ゆっつんはホテルのビジネスセンターへ行き、ある企業の就活試験。最近ではPCで好きな時に自分で試験を受けることが出来るんだね。へーー。

夜は9時すぎに夕食へ。韓国通にいわせると、韓国の焼き肉ならぜひとも豚肉を!という。牛肉は日本のほうがおいしいみたい。ということで、「サムギョプサル」(豚バラ肉のBBQ)。ホテルのコンシェルジュ(美人!、スタイルも良くて知性的なチェ・ジウって感じ)が親切に教えてくれた店へ。「ホーバケシッタン」。新羅ホテルからタクシーで5分くらいのところ。きれいだし地元の人たちでにぎわっているお店。見た目格闘技系の店員さんもすごく親切でいろいろと教えてくれてサービスもいい。いわゆるバラ肉の厚切り、しゃぶしゃぶみたいに薄く切ったものもおいしい。サンチュやエゴマに巻いて、ごま油で焼いたにんにく、キムチ(大根や白菜)を加えて、そこにニョクナムを乗せて食べる。さらに全部で3500円!大満足!ここんちも素晴らしい!持参した最新の日本のガイドブック3冊には出ていない、もしかしたら穴場かも。ただ、すべてハングル表記の名刺しかないので正確な場所がわからない。要チェック。

その後は、東大門のアパレル関係の問屋街へ。約1/3の値段の革製品を娘&かみさんに購入。驚いたことに、この問屋街は夜の20時くらいに開いて翌朝の5時くらいまでがビジネスアワー。どうしてそんなことになっているのかは理解不能だけれど、深夜でもものすごい人と活気。世界中どこを探しても、日曜の深夜にこれほど人が動き回っている街はソウルくらいしかないんじゃないか?彼らの生活ってどうなっているんだろう?韓国人は寝ないのか?(笑)。基礎代謝が2割くらい高くて、体温も1度くらい高い熱い血が流れている感じ。この熱さについては、もう少し考察してみよう。まだまだ成長段階で元気な「のびしろ」のある韓国と、成熟してある意味疲弊している日本という国を、対比せざる得ないと思った。こんなに近い国なのに全然知らなかったことも多い。ハングルだらけの街。というか漢字を捨て去ってしまった韓国人のメンタリティっていうのも興味がある。ハングル>英語>漢字>観光客むけに日本語って印象。
The Red Hot City, Seoul. 謎多し。

March 14, 2010

韓国ソウルは寒くて熱い


初めての韓国。今回はかなPの国家試験終了(たぶん合格)、ゆっつんの就活ちょっと一息、さーちゃんの大学合格&帰国お祝いということで、この時期しか皆で動くことはなかなか困難なので、たまったマイレージでえいっ!と来てしまった。計画を立てた昨年12月初めの予想とは全然違い、僕もかみさんもオヤジが亡くなって以来プライベートでも何かと忙しく、さらに3月ってのはもともと仕事でも忙しい(それを忘れていた>笑)のだけれど。みんな最初は、「えーーー韓国?」と反対意見多数(笑)。というのは、あまりにも身近になっていて「いつでも自分で行けそう」って感覚があったのだね。「沖縄にしようよ」とか、「もう少しマイレージをためてハワイにしよう」とか、「私だけニューヨークに行かせて」とか、勝手なことを言っていたけれど、そこは家長(なのか?本当に>笑)の僕の専権事項ということで、最後はちゃぶ台をひっくり返して「えいっ!」と決定したのだった(うそ)。実際にはみんな忙しすぎて、先々週くらいまで、韓国に行くこと自体を忘れ去られていたくらい。

さて、1時間遅れで出発したJAL。2時間半のフライトは国内線のノリで、国内と同じマイレージ。機中の食事はいわゆる空弁(この程度のフライトならサービスとしては要らないと思う。空弁はそれなりに美味しかったけど希望者だけで十分)うつらうつらしたり、韓国の旅行ガイドやら韓国語のイメージトレーニングをしているうちに到着。仁川(いんちょん)国際空港は素晴らしく近代的できれいかつ機能的な空港だった。もうしょっぱなから負けてるぞ、ニッポン(笑)。なんだかゲーム開始早々に速攻でゴールを決められた感じ。

仁川からソウルに向かうのは、「模範タクシー」と呼ばれるちょっと高めだけれどちゃんとしたタクシーにした。大人5人の移動だからバスより安い。95000ウォン(9000円)。これも安い!高速道路は片側4車線、車はKIAのワゴン車、おっさんドライバーは巡航速度120−140kmで飛ばす飛ばす(笑)。市内の名物渋滞を抜けて約1時間で新羅ホテルへ。ソウルの街はさすが首都、近代的な部分と猥雑な部分が混在している。道は広く車はびゅんびゅん。かなりワイルドな人たちだ(笑)。歩いている人も多い。看板はハングルだらけで漢字がほとんと書いていないので、ちょっと観ても何の店なのか判らない。その意味では、台湾(台北)の親密さとは違う独自の雰囲気がある。機内でソウルのだいたいの地図は頭に入れていたつもりだったけれど、距離感が全然違った。とくに地名がハングルと英語表記なのですぐにはわからないのが不便。

新羅ホテルはソウルの老舗で格式もあり、リニューアルしてからは評判もいい、ということで楽天で予約。どうせフライトがタダなので、ホテルくらいは贅沢したいという多数意見(笑)に従う。設備と機能に皆満足。一頃のウォン安(1000ウォン=70円台)ほどではないけれど、今のレート(1000ウォン=90円)でも日本より安い。

タクシーで東大門に向かい、かみさんの仕事場のドクター(女医)に教えてもらった「タッハンマリ」通りのお店へ。かなりディープな路地裏(判り辛い)に人で溢れている。この辺りもハングルしか表記がないので店名が判らないけれど、「ウォンジョッタ」という店に入ることにした。週末の20時の大混雑の店内、活気と熱気が溢れかえっている。うーーん、日本にはないな、あの「熱さ」。案内されて靴を脱いで上がる座敷は、他の韓国の人たちと相席。座ると何も聞かれずに、どーんと大きな鍋がおかれ(メニューはタッハンマリのみ)、若鶏が丸ごと二羽どーんと入っている。結論から先に書けば「ほぼ最高&大満足☆☆☆☆」。

タッハンマリ(若鶏丸ごと水鍋)は、タッ=鶏 ハンマリ=一匹 という意味らしい。シンプルにネギだけが入っている鶏スープは優しい味(画像参照)で、時間とともに刻々変化してゆく。10分くらいぐつぐつしたら、店員さんがはさみでバラバラに切り分ける。これを、コチュジャン(いろんなものが入っている)、醤油、刻みにんにく(ものすごい量!)、酢、洋からし、などと自分の好みでタレをつけて食す。これが最高!ある程度食べてから、キムチ(冷蔵庫に入っているのをセルフサービスで勝手に好きなだけ取って食べるシステム)を入れ、トッポギ(餅)を入れて食べる。日本の水炊きとは似て異なる鍋なのだ。食に関してはもともと韓国料理は好きな方向性だけれど、これほど初球からど真ん中勝負で来るとはね。まいりました(笑)。

大満足&ニンニク臭満載の一家5人は、ソウル名物の朝までやっている東大門周辺のショッピングビルへ。ものすごい人ごみ。週末の夜ということもあるんだろうけど。日本だったら消防法で絶対に引っかかるであろう狭い通路にぎっしり並んだ衣料品の店。まあアメ横とか御徒町の雰囲気そのまんま。とにかく安い。偽ブランドも多い。店の人の勧誘がうるさくて僕的にはNG(苦手)だったので、早々退散して周囲を散策してたけど、女性陣はそれなりに楽しかったみたい。24時すぎに帰還。タクシーにボラレタ。行きは5000ウォン(400円)だったのに20000ウォン(1800円)。日本の感覚でOKって言った僕が悪い(とほほ)。熱いぜ、ソウル。

March 13, 2010

ソウル行き

貯まったJALのマイレージをこの際使っちまおう!ということで、一家で韓国に行くことにした。現在成田空港のYahoo Cafeでアクセス中。たまプラから一家でリムジンバス移動となると、楽だけど往復で3万!ということで空港まで運転してパーキングにすることにした。6500円。でもこれが大誤算で高速が大渋滞で2時間半もかかってしまった。ま、ただチケットなので乗り遅れたら笑い話。イライラしつつなんとか浦安くらいから渋滞を抜けて間に合ってチェックイン。ところが、フライトそのものが1時間遅れ、ということで、ここでブログ書いている。なんだか先の珍道中が思いやられる(笑)。ゆっつんは隣で就職活動をしてる。さてそろそろ搭乗するかな

March 12, 2010

充実的疲労感、そして旅準備。

朝から、ばったばたの一日。金曜日の普通に忙しいルーティンにさらに突発的なサブルーティンがてんこもりだった。昼ご飯は15分で休みなしで銀行へ走り明日からの準備をしつつ・・・午後の手術に集中してから、回診。明日から3日間不在にするのでその間の諸事調整など。それにしてもこんな忙しい真っ最中の週末に旅をする事になるなんて、計画した昨年の12月初めには思ってみなかったんだもの。いかに年末から現在進行形で怒濤の日々ということだったか?という事なんだね。

ま、さりとてされどさりながら。ここらでリラックスして緩めてもバチはあたらないだろう(笑)。

今夜は、昨年から僕が世話人を務めている会合の仕切り@渋谷セルリアンの陳。この会はVIPが多いので世話人としてはある意味、気を使う。講演(好評だった!)に引き続き、会議(議題多くちょっと紛糾しかけたものの、なんとかまとめた!)の後、21時半すぎまで懇親食事会。

家のスタッフ達に随分助けられた。ちょっと自画自賛的ではあるけれど、いい会合とすることができた!満足しつつ帰路、空を向いて感謝の言葉をつぶやいた。さああて、このクソ忙しい日々からリフレッシュするべく、明日から3日間旅に出る。ぐふふ、楽しみ。

March 11, 2010

いい店みっけ@神保町

研究日午後、3回目の往診。徐々に慣れてきて自分のペースができつつある。先週も感じたけれど、いつもの忙しい外来のペースとは違いゆったりゆっくりとした時間が流れている。ある意味新鮮な感覚。

夜は久しぶりに、じょうじ君と食事@青蓮@神保町。ここんちは、神保町の路地裏でじょうじ君が発見して入ってみた店。これはアタリだった。味も満足、それに値段がリーズナブルで安い。こぎれいだし、サービスもいい。一人3000円でリュリが3品ついて飲み放題。ひさしぶりに楽しく食事。大爆笑(「入ってません!」ネタ)して、千鳥足で帰宅。

March 10, 2010

自虐的報道


「日本人の悲観中毒を治そう」(竹中正治氏)という、今朝読んだ日経ビジネスOn Lineの記事。まったく同感。日本人(というか日本のマスコミ)って、世界の各国(欧米各国はもとより、最近ではとくにアジア諸国)と比較して、その数字を必要以上に悲観的に読みとり報道するという、自虐的な傾向がある。僕も常々思っていたけれど、この記事で溜飲を下げた感じ。

以下、部分引用=======

「GDP(国内総生産)規模で中国に追い抜かれ、世界第3位に転落する」
「バブル崩壊の1990年以降、日本経済は成長が止まり、一方で世界は日本以外すべてが成長」
こうした「事実」に基づいて語られる日本経済悲観論にうんざりしているのは私ばかりではあるまい。こうした「事実」は嘘ではないが、問題はそこから抽出される含意にある。(中略)

「危機感駆動型ニッポンの危機!?」で指摘した通り、今の日本の危機感の横溢は、それをバネに局面を打開し、変革を実現するというよりも、むしろ自己暗示的な自縛や閉塞を生んでしまっていると思えて仕方がない。(中略)

 例えば、あなたは年間所得1000万円から1100万円に増える生活と、年間所得100万円から200万円に増える生活を比べて、どちらを選ぶだろうか。私だったら間違いなく前者を選ぶ。過去10年間の日本と中国のGDPの変化が意味していることは、大雑把にはこういうことだ。もっと正確に言うと、2000〜09年の期間で日本人の1人当たりGDPは2万5334ドルから7483ドル増えて3万2817ドルになった(増加率29.5%)。一方で中国人の1人当たりGDPは2377ドルから4169ドル増えて6546ドル(増加率175%)になった(いずれも購買力換算ベース、出所:IMF World Economic Outlook Data Base, October 2009)。

 もちろん、中国では急激に所得格差が広がっているので、金持ちも大勢生まれているから平均値で比較できない面もある。だからと言って、日本も同様に格差拡大で金持ちを生み出したいとは普通の人は思わないだろう。(後略)

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ふむ、なるほど。
結局は政治マターということなのだ。

March 9, 2010

大改装計画

かみさんが嘆いている。娘達は家事を全然しないし(たしかに!>怒)、家の中はぐちゃぐちゃ。私はお手伝いさんじゃないっ!(ごもっともです)。たしかに家中モノが溢れている。使える収納スペースが限られているし、リビングにはモノが溢れ掃除もできない、ぐちゃぐちゃの僕の書斎(Den)はリビングと繋がっているので、みっともなくて(全く、ごもっとも。反論できない>笑)お客様も呼べない!(たしかに!)。家には女性4人いて、衣類や靴で我が家の収納スペースでは限界だ。今の季節の玄関なんて4人分のブーツや靴で足の踏み場もない状態。

すべて、彼女の言う通り。この4LDKの家に引っ越してきた8年前とは状況も変化しているし、たしかに、我が家のインテリアの大改装をする時期が来ているかもしれない。必要のないもの(これがかなりのスペースを占めている)を大処分して整理すれば、新たなスペースが生まれるだろう。多くのモノを放り込み放しのクローゼット(怖くて全然開けていない>笑)や、納戸(さらに開けていない>爆)、玄関外のクロークルーム(引っ越し以来、あんまり開けていないかも)も整理すれば、さらにかなりのスペースが生まれる余地がある。ちょっとした引っ越しくらいの労力が必要だろうけど、この春、始動することにした。つーか、我が家の今の状況を考えると、しなくてはいけない状態なのかもしれない。だな。この春はプチ引っ越し、しよう。

March 8, 2010

Danger past, God forgotten

浦和(遠いっ!>笑)にて、講師をやっている看護学校の謝恩会。このところ毎年出席しているけれど、若い人たちの旅立ちの姿っていうのは、しみじみいいもんだ。DVDで紹介された、彼らの厳しい実習や辛い試験を乗り越えてきた姿は、(お約束なんだけれど)やっぱり感動的だ。その初々しいその真摯な思いを忘れないで頑張って欲しい。もう彼らの親の世代なので、娘&息子の卒業式に出席している感じなのだね(笑)。ふと、リチャードギアの「愛と青春の旅立ち」の卒業式のシーン(対立していた鬼教官に敬礼するシーン)を思い出したりして。あと、最近の卒業式&謝恩会は「仰げば尊し」じゃなくて、J-popなのだね(笑)。

Danger past, God forgotten
移動の車中で読んでいた週刊文春のアストラ・ゼネカのメッセージ広告。へーーー。ふむふむ、なるほどね。不勉強にして知らなかった。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とか「困った時の神頼み」のニュアンスか?

ちょっと調べてみたら、以下のものがあった
類句: 
The river past and God forgotten.
(川を越えたら神様を忘れる)
Benefits are soon forgotten. 
(してもらったことはすぐに忘れられる)
Eaten bread is forgotten.
(食べてしまったパンは忘れてしまう)
Benefits please, like flowers, while they are fresh. 
(利益は花のように新鮮なときだけ喜ばせる)
Once on shore, we pray no more.  
(陸地に着いたらもう祈らない)
Vows made in storms are forgotten in calms. 
(嵐のときの誓いは平静なときに忘れられる)

March 7, 2010

Show me your best luck!

我が家の次女ゆっつんは就活中。就職超氷河期ということらしい。いろんな企業のOBを訪問して話を聞きに行ったり、セミナーや説明会に出席したり、連日忙しそうにしている。企業の求職の情報収集はもちろん、エントリーのアプリケーションフォームや連絡も、最近ではほとんどはネットで行われるんだね。へーー。まあアタリマエといえば当たり前なのだけれど。

彼女がこのところ、毎晩遅くまで取り組んでいるのが、エントリーシート(ESというそうな)の質問や課題に対する文章作り。いわく「あなたが大学時代取り組んだことは何ですか?」とか「我が社で貴方は何をしたいですか?」とか、「貴方の長所と短所は?」とか。

まあ採用する責任者トップが僕の世代(だいたい部長&役員一歩手前クラス)だろうから、彼らの意図みたいなものは判る気がする。でも二十歳を過ぎたばかりの若者達にとって、ESに書く程度の内容っていうのは、そんなに差が出来る訳ないってことも、実は判っているハズなんだ。学生時代クラブ活動で頑張りましたっていっても、運動部なら誰もが知っているタイトルを取るくらいじゃなければ、タカが知れているし、アルバイトを頑張りました、なんていうのは当たり前のことで目にも留まらないだろう。さらに、自己アピールに関しては「学生時代サハラ砂漠を徒歩で横断しました」とか、「アラブの王族とは幼なじみの友達です」とかのレベルじゃなければ(笑)、無視されるだろう。海外の留学に関しても今時は珍しくもないし箔付けにもならない。ウソを書く学生がいたとしても即座にバレる。

つまり学生がウリと思っていることと、企業サイドの注目することの目線の違いがある気がする。人気企業は何千人も申し込むから、採用担当者の「目に留まる」程度に目立つ必要があるけれど、それ以上でもそれ以下でもないと思うのだ。じゃ、その裏の意図っていうのは何かというと、我が社はちゃんと志願者に向き合ってますというポーズ。さらに、本当に採用したい人材を探すための面接の前の「足切り」目的だろう。もちろん、ゆっつんが頑張っているのを否定しているのではなく、むしろ応援しているのではあるけれどES程度で悩むくらいなら、その企業とは縁がないのかもしれないので、すぱっと頭を切り替えて面接の練習でもしたほうがいいかもね(笑)。ま、Show me your best! さらに、昨日・今日と試験を受けている長女かなP。彼女の場合には勉強の成果がそのまま出るので Good Luck to you!

つまり、Show us your best luck! 二人まとめて。

昨夜は久しぶりに夜中の緊急コールで2時過ぎに病院へ。帰宅は5時すぎ。目が冴えてしまい起きていたら、昼夜逆転気味。来週はイベントてんこもり、週末はちょい遠出で忙しそうなので英気を養わねば。

March 6, 2010

なりませぬ!って何故言えなかったのか?

内親王・愛子ちゃんが「登校したくない」と言った(らしい)ことについて、大の大人がマスコミも巻き込んで、何やってんだろう!小学校低学年の女の子がたまたま体調不良で学校を休んだ。体調が戻っても「学校に行きたくない・・・」と言ったとして、その理由のひとつが「乱暴な行動をする男の子に会いたくない」だったとしても、よくあることだ。それを公にする事自体がオカシイ。オカシイという判断ができず公表した侍医、それに反応して調査して記者会見まで開いた学校と宮内庁、それを真に受けたマスコミ、すべてNGだと思う。右寄りの産經新聞でさえ、記者会見の内容に踊らされた記事だった。朝日に至っては何をか言わんや、だ(笑)。この後のワイドショーの反応や、夕刊紙とか女性週刊誌の記事のタイトルと内容は、読まなくてもわかる(苦笑)。

「学校に行きたくない(涙)」という小学生の女の子の言葉に、「それじゃ、無理せずに学校を休みなさい」と言った取り巻きが居たとしたら、それも間違っている。過保護すぎるんじゃないか?すぐに学校を休ませる親が、ほんとうに多くなっている風潮も関係あるのか?昨年の秋ころから前触れや兆候はあったみたいなのに、周囲がそれに対応できなかったのが問題だろう。

「何を言っているのですか!皇室で生まれた貴方がこれから経験するストレスと、克服するべき悩みからすれば、そんなことは取るに足らないことです。学校を休むのは現実から逃げる事です!」って、教え諭す人は居なかったんだろうか。それで、泣く泣く登校した彼女の立場を、陰から最大限サポートしてあげる大人は、もちろん必要だろうけど。それが帝王学というものなんじゃないかな?

今回のことを公表する事が、どんな波紋を呼ぶのか?について、取り巻き連中が理解していないはずなない。穿った見方をすれば恣意的な悪意があるんじゃないか?とも思える。以前から一般庶民に流布している彼女に対するさまざまなネガティブな噂を、このエピソードが後押ししてしまい、「あーやっぱりね」という印象を持ってしまうかもしれないではないか。彼女の立場を考えれば、むしろ秘密裏に粛々と(彼女だけでなく)彼女と学校の子供達のダメージを最小限とするべく、大人達が守ってあげなくてはいけないことなのに。

今回のことでG習院のブランドイメージの低下は避けられないだろう。ちなみにA篠宮の悠仁ちゃんは、お茶の幼稚園に通う事になったそうな。僕の後輩じゃん(笑)。

校歌にあるように、磨かずば玉も鏡も「なりませぬ」なのだ。
「殿下、それはなりませぬ!」って、教育できるスタッフはいるのかな?(爆)。

March 5, 2010

God News & Bad News

Good Newsだけを伝えるのであれば全然悩む余地はないのは当たり前だけど、Good News とBad Newsがあって、それを人に伝えるとき、Bad Newsのほうに重点がある場合がほとんどだ。コミュニケーションのテクニックとしてだけでなく、双方の心理的緩衝作用を期待して。

医者は、しばしば患者とその家族にBad Newsを伝えなくてはならない。ある意味それが仕事だ。医者になって25年以上経つのに、今でもいつでも、気が重くなる時だ。欧米の卒前&卒後医学教育の中では、コミュニケーション論の講義と実習が必須になっている。日本ではやっと最近になって、欧米の医学教育を実際に経験した僕らの世代のチューターが、その重要性を主張してアンダー(卒前)の医学教育システムとして組み込まれるようになってきた。でも、机上の教育だけで解決するわけもなく、個人の試行錯誤を通しては人は成長するのであるけれど。

僕はBad Newsほうから伝えることにしている。出来うる限り正直に真摯に伝えること。これが一番大切だと思う。そしてGood Newsについても、それと同じくらいかそれ以上の熱意と心配りをしつつ伝えなくてはならない。Bad Newsを「ごまかす」ためではない。受け止め人にとって、いかに前向きにそのBad Newsを受け止められるか?というきっかけになれば・・・と。今日も気の重いICだった。僕なりにベストを尽くして伝えたつもりだけれど。

夜は、医師会の定時総会。執行部理事として出席。ああ、もう一年経つのだなあ。しみじみ/

March 4, 2010

ささやかなタイムフレーム

先週から行き始めた施設の2回目の往診。研究日の午後はお年寄りとの会話を楽しみながら仕事をすることにした。日頃の病院での忙しい一般診療とは違った、穏やかな時間が流れている。自分としてはまだシステムに慣れていないので多少ギコチナイところがあるけれど、今後、自分のやり方が出来上がっていけばもっと上手くできるようになるだろう。

ここ数年の研究日午後は、昼から午後3時くらいまでの時間には、日頃行けなかったり出来ない平日昼間の「外での仕事&雑用」をする時間にしていたけれど、これからはちょっとパターンを変えなくては。これまでの、ささやかな楽しみだった「平日昼間の昼ご飯」とか、「時間調整のための喫茶店での読書」とか、「本屋とか家電量販店とかデパートでの徘徊散歩」とかは、ちょっと難しいかも。

しかし、今度のパターンでの最大のメリットは、以前より早く上がることができること。従来の帰宅時間は直帰しても21時だったけれど、これからは直帰すれば17時には家に帰る事が出来る。これは大きい。早めに家に帰って自宅の書斎に籠ってもいいし、外に出てもいいし・・・。ぐふふふ。平日の夕方に、自分のための「まとまった時間」が作れる。これは貴重かも。今日は2時間ジムでがっつりとマシンと泳ぎ。来週はどーすっかな(笑)。

March 3, 2010

五味君の通夜

先日亡くなった医局の1年後輩のお通夜。慶應の工学部から医学部に入学し直したので僕より2つ上で享年55歳。ラガーで体力もあるし、愉快で豪放な性格で誰からも好かれる人柄。医師としての技量はもちろん信頼できるものだったし、何より患者とその家族に優しい熱血漢だった。

若い時の厳しい修行時代の日々には、四六時中一緒に苦労した。僕が医局の1年上ということで、お互いいろいろと助け合ったのも今はいい思い出だ。オフの夜には一緒によく遊んだ。僕のアメリカ時代には、メキシコの学会に一緒に行ったし、LAの拙宅に遊びにきてくれた。勤務する病院に訪れてくれて、当時よちよち歩きのかなPを、すごく可愛がってくれた。僕が帰国してからは、彼がエジプトの病院で講義するための英語のスライドや原稿は僕が書いてあげたし、中国での講演と講義の原稿も手伝ってあげたら、トンでもない高価な紹興酒(あくまでも本人談だけど>笑)をお土産に買ってきてくれた(実はつい最近開けてみた、虫の報せだったのかもしれない)。

3年前に癌を自分で発見。その時点でかなり進行したものだったので、自分で予後については理解していたと思う。医師が病気になると、ある意味残酷だ、しかし、治療について自分として悔いのない選択をして天命を待ちつつ、死ぬまでの準備を十分にすることが出来るのかもしれない。初期の化学療法は非常に有効で、プロである僕らも「もしかしてあれば彼独特のキツいジョークだったんじゃないか?」なんて、本気で思うほどだったのに。その後、何回かの危機を乗り越えて3年。

たまに学会やパーティなどの会合とかで彼と会うと、えへへへと笑いながら「まだなんとか生きています」なんて言っていた彼の姿。その時の表情と彼の気持ち(辛かったんだろうな・・・)が憶い出されて、今夜お焼香しながら胸が張り裂けそうになった。でも、僕は泣かなかった。彼はそのすべてを医師として判って、最期まで立派に病気に向かい合い生き抜いたのだから。立派だよ、ごみちゃん

お焼香を終わり奥さん(大恋愛の末、ご両親の反対を押し切って結婚した)にご挨拶をしてから、まだ小6の双子の男の子(結婚10年くらいでやっと出来たお子さんなのだ)に、「君たちのお父さんは素晴らしい外科医だったんだよ」と伝えた。二人とも泣きながら、しっかりと僕の目を見てうなずいてくれた。

御清めの席を辞して帰ろうとしたら、ロビーで彼と僕が若い頃に、一緒に苦労して治療したA.M.ちゃんとお母さんに呼び止められた。彼の訃報を聞き,通夜に駆けつけたとの事。本当に久しぶりの再会だった。重い病気を背負って生まれてきた赤ちゃんだった彼女は、新生児の時から何回かの手術が必要だった。当時は小さな赤ちゃんだった彼女も、今は23歳の美しい女性に成長して、ある病院で管理栄養士として頑張っているとのこと。その姿を観て感無量になった。亡くなった彼がくれた素晴らしい再会のプレゼントだった。

おつかれさま、もう十分頑張ったから、ゆっくり休んでください
まだ当分は僕はこっちで、君の分まで頑張らせてもらうつもりだけど、どうか見守っていてください
そのうちそっちに行ったら、また前のように、とことん飲もうね!
そっちのいい店探しておいてください!

ごみちゃん、君の事は忘れない
合掌

March 2, 2010

心のキャパシティ

「人間の心(気持ち)のキャパシティ(容積)」というのは、どうやら決まっているものらしい。

うれしい、楽しい、哀しい、ツライ、心配だ、面白い、愛している、好きだ、嫌いだ、欲しい、欲しくない、憎い、残念だ、気持ちいい、気持ち悪い・・・様々なサイズの「質量をもった感情という塊(カタマリ)」を、人は皆その「心の袋」(暫定的仮称)みたいなものの中に持っていて、その限られたキャパの中で、「右往左往」しつつ生きているのではないか?と思うのだ。

これらの、ごろごろ&どろどろ&ふわふわした・・・色んな質量の「塊s」(複数形)の出し入れが、自由自在にコントロールできるのは(つまり「悟りを開いた状態?」は)、常人ではアリエナイ。だって、過酷な修行を修めて悟りを開いて空を飛べるようになっても、つい女に見とれて川に墜落して、さらにその女とヤッてしまう久米仙人みたいなこともあるんだから(爆)。つまり、我々は皆悩み、様々な感情に翻弄されながら日々を送っている。いい意味でも悪い意味でも。

悩んだり考え込んだりしている事があったとしたら、その人の「心の袋」(ふたたび暫定的仮称)は今、その重い塊(カタマリ)で一杯になってしまっていて、その他の塊sの入る隙間がない。でも、そのちょっと前まで悩んだり心配していた別の事については、いつのまにか「どーでもいいこと」になってしまっている。

つまり、今のカタマリは、時間が経てば必ず、別のカタマリに取って代わられる運命にあるということなのだ。

そのくらい「心のキャパ」は限られたもので、我々の感情というものは揺れ動くものなのだ。脳には必要にして十分な柔軟性と可塑性があって、無意識的に優先順位をつけて処理してくれるということなのだろう。医学的には脳の基本的な防衛反応とも云える。別の観点からは「今、この瞬間を大切に」という、普遍的な「宗教的真理」に繋がるのかもしれない。

マスコミで指摘されるように、僕も「心が病んでいる人」が最近では確実に増えている気がする。これを「ストレスフルな社会の病理」として捉えられることが一般的で、ある意味正しいとは思う。でも、もっとシンプルな別のロジックがあっていいような気がするのだ。ポジティブ&楽観的&陽転思考などのセミナーやら啓発本やらが、いつの時代にも巷には蔓延していて、つまりそれだけニーズがあるということだけれど、僕は違うと思う。それほどノー天気なことじゃないはずなんだ。

このブログでも書いているように、このところ僕も個人的な問題&課題山積で、さてどーすっかなー?といろいろと思い悩んでいることがある。まあ、些細な事と言えば些細なことなのだけれど、自分的にはそれなりに悩んでいるつもり。でもその観点から言えば、その厄介な塊は、今たまたま僕の心のなかにあるだけで、好むと好まざるに関わらず、そのうちいつのまにか別の塊が入ってきて、なんとかなっちゃうんだろうな。そう思ったら、ある意味スゴく楽になった。

やっぱり仏教の本を読んで勉強してみよう。

March 1, 2010

結果オーライで本当によかった

行政の新型インフルエンザ対策関連の委員になっていることで会議へ。本年度期末の会議で今回の新型インフル騒ぎについて、その渦中にいた我々医療従事者、保健所、消防救急関係者、警察、住民代表の人たち・・・の現場の声をまとめるという討議。

まあ、昨年4月のメキシコの流行から日本での流行、その収束までさまざまなことがあった。ま、対策委員としても、現場の当事者としても、今回は本当にラッキーだったなと思う。というのは、今回のインフルエンザが非常に特殊で、日本とその周辺の国々の場合にはある程度の年齢以上の人たちにはどうやら交差免疫が既にあって感染する事が稀だったことで、逆に免疫のない子供達への感染力が強かったにもかかわらず(現在までに小児の95%がすでに罹っていると推計されている)に、彼らの症状が軽かったことだ。致死率の高いウィルスだったらと考えるとぞっとする。結果オーライで本当によかった。

その意味では、将来起こるかもしれない鳥インフルエンザ(H5N1)の流行対策のいいシミュレーションになったと思う。とはいえ、ストーリーの結末を知ってからそのプロセスの問題点について云々するのはフェアではないのかもしれないけれど、日本の行政当局の対応が諸外国とは異なっていた事は確かだった。協力なリーダーシップでトップダウンというのは、この国ではあまり好まれないのだけれど、それをしないとたぶん限られた医療資源を最大限活用することはできないと思う。2時間がっつりと議論してへろへろで帰宅@22時。
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