助けあいジャパン

December 31, 2010

爆笑ファンタCM(総集編)

おまけ

ネットで検索していたら、偶然見つけた爆笑画像。2010年は笑いで〆られた。


テレビをあまり観ないので知らなかったわ。これは傑作だ!ドラゴンと黒ひげ先生が秀逸、最後の校長も好きなネタ。

2011年に向けて、再起動ボタンを圧そう

昨日から僕以外の家族は東北のかみさんの実家へ。僕も今年は可能であれば、むこうで年越しをする予定だったけれど、直前まで未定だった。結局「朝から大雪だし、まあムリしなくてもいいんじゃない・・・」ってことになり、僕は自宅にてのんびり過ごすことになった。久しぶりの雪の東北のお正月を楽しみにしていたのだけれど、仕方ない。オヤジが亡くなって一人になったオフクロのこともあるし、1泊だと忙しないし。

そもそも今年の年末年始は「ちょっと長めの週末」くらいの期間しかない。でも、ちょっと集中してモノゴトを進めた(仕事じゃなくて趣味の世界だけれど)かったので、その意味からは最適の環境ではある。ふふふ。ゆっくり休んでじっくり取り組もう。午前中は書斎の整理やら掃除やら。急遽こちらにいる事になったので、全然準備していなかった「おせちモドキ」を一応用意するべく、午後から昼ご飯を兼ねて買い物へ。すごい人出だった。日本の社会にとってお正月三が日の「新年を迎える」というイベントは、4月1日とともに大きな社会的「リセット」機能がある。この「社会的盛り上がり感」は日本特有だと思う。活気づいて華やいだ街から僕も元気を貰った感じ。ラッキーな事に「あずま」で特選黒毛和牛のテールが入手できたので、年末年始恒例のテールスープを今年も2日がかりで作る事にした。

それにしても2010年、早かったな。
毎年毎年、この時期には同じ事を書いているけれど、ローラーコースターで1周回って戻ってきた感じがする。やれやれと溜め息ついてしまう事が多かった年だった。さはさりながら・・・最良のこともなかったし最悪のこともなかったということは「そんなに悪くはなかった」ということで、今年を〆ることにしよう。大殺界(だっけな?)も抜けるし(笑←信じている)明日からの新しい年に僕も想いを馳せながら・・・再起動ボタンを圧そう。せーの「りーーせっっと!」。

さあて、2011年何をするかな。今度の誕生日で54歳(ええっ?)。折り返し地点もとうに過ぎている訳だから、もっともっと人生を楽しまなければいけないと思うのだ。自分にとって大切な事をより大事にして、どうしたら自分の人生をより楽しめるのかについて常に意識して生活して行きたい。アレもしたいし、コレもやりたいし・・・まだ人生に対するスケベ心まんまんの体力と気力もある(十分でないのはお金だけ)。とまれかくまれ、2011年が楽しみだ。

このブログを読んで下さった方々、本年もいろいろとお世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願いします。

December 30, 2010

ん?今朝のニュース

その1:母なのか父なのか、それとも?

英歌手エルトン・ジョン(Sir Elton John)と同性婚のパートナーであるデヴィッド・ファーニッシュ(David Furnish)が、代理母の出産した男の子の両親となった。 カリフォルニア州現地時間25日に生まれた男の子には、ザカリー・ジャクソン・リーボン・ファーニッシュ・ジョン(Zachary Jackson Levon Furnish-John)君という名前がつけられた。体重は3.6キロだという。(以下略)

このニュースを初めて読んだ時にその意味がわからず、かなり困惑した(笑)。それにしても僕の頭では理解不能な親子関係だな。この子の生物学的母親はだれなの?それにしてもこの子はどういう育ち方するんだろうか?ストレイトには育たない気がする。


その2:自衛官かいちん事件
46歳自衛官 ドライブスルーで自身の下半身露出
 ファストフード店のドライブスルーで女性店員に下半身を見せたとして、埼玉県警川越署は29日、公然わいせつ容疑で、陸上自衛隊朝霞駐屯地(東京都練馬区)所属の陸曹長***容疑者(46)=同県志木市=を現行犯逮捕した。容疑を認め、「女性店員の驚く顔を見たかった。趣味のラジコンをしにいく途中だった」と供述している。(以下略)

まったく、とほほの46歳。自衛官なら「かいちん」しなくちゃいけないのはもっと別のものがあるでしょ(笑)。このニュースを読んだ時には、「ドライブスルーでどうやってやるのか」全く映像的に想像できなかった(爆)。さらに、供述が理解不能。「女性の驚く顔」に興奮することと(わからん!)と、その次に続く「趣味のラジコン」がどうしても繋がらない(笑)。変態にはいろんな人がいて面白い。

December 29, 2010

パンドラの箱

29日水曜日。多くの会社が昨日御用納めをした関係で、朝はガラガラの通勤電車。午前中は朝8時からの会議に引き続き、外来は嵐の忙しさだった。げろぴーが年齢を問わず、相変わらす大流行していて予想通り。ところが、午後はぱたっと客足(笑)が途絶えた。きっと一般的に、病院はもう休みモードに入ったと勘違いしているのかも。僕らは明日の午前までで通常診療が終了とはいえ、病気や怪我に年末年始はナイから、救急指定の僕らには関係なく24時間365日で動いている。もちろん、年末年始はいいリセット期間ではあるのだけれど。

そんなこんなで、午後ちょっと時間ができたので、ちょっと手狭になった自分のオフィスの本棚とファイルボックスを整理し始めたら、ド壺にハマってしまった。まさに「パンドラの箱」を開けてしまったみたい(笑)。院内院外問わず、いろんな書類やらファイルを詰め込んでいたので、いつかやろうと思いつつ、ここ5年くらいは整理していなかったのだ。まあ出てくる出てくる大量の書類やらパンフレットやら原稿やら・・・。ばっさばっさと捨てまくりシュレッダーしまくり、約3時間で段ボール4箱分。これでやっと半分かな。結局はテンポラリーな保存期間を過ぎれば、「その時重要だと思ったもの」の大部分は「捨てられる」ってことなんだよな。わかっちゃいるんだけれど「堆積」するさまざまなモノ。結局途半ばで今日の作業は断念した。夜は家族で品川のシンガポール・シーフード・リパブリックにてマッドクラブ三昧。今夜はチリクラブとホットスパイシーガーリック。ちょっと殻の処理があって食べ難いのが難点だけれど、味は後者が好きかな。

December 28, 2010

爽快工房「とろべー」


かみさんが見つけてきて、最近僕がハマっている「とろべー」。これが美味しい。食べ始めたら「止められない止まらない」状態になってしまう(笑)。子供の頃から「甘いお菓子」は特に苦手。子供の頃から、おやつはお煎餅とかポテトチップスとか「しょっぱい」系をちょっとだけ食べるのが好き。この「とろべー」が秀逸なのは、昆布の薄さと軟らかさ。極薄い塩味と上品な旨味。ああ、おやつでもおつまみでも最高。へえ、爽快工房「上田昆布」って広島の会社なんだね。絶賛!

在留邦人113万人

尊敬する成毛眞さんのブログを読んでいて興味深い記述があった。忘れないうちに記録しておこう。彼のブログのある記事(彼の今年のベスト本)についてツイッターでつぶやいたそうな。ちなみに、彼くらいになると3万1000人のフォロワーがいるとのこと。ツイッター投稿後の自分のブログ(日本語で書いている)へのアクセス解析をしてみると・・・という話。

①自分のアウトプットに対してどのくらいのレスポンスがあるのかを、冷静に分析するという彼の姿勢
②つまり、自分のアウトプットに対する責任感
③解析したデータの読み方、考え方

これは素晴らしい。いい勉強になった。

ちなみに、その分析の中で以下の記述が興味深かった

===(以下、部分引用)
外国からのアクセス総数は156人であり、全体の3.9%である。いっぽうで、日本の人口は1億2700万人、外務省統計では在留邦人は113万人である。つまり海外に住む日本人はわずか0.09%でしかない。つまり、在留邦人は国内にすむ日本人の40倍近く、ボクのツイッタを読み、ブログの記事に関心を持ったことになる。もちろん時差によるアクセス数の偏りもあるだろう。しかし、海外にこそ日本人の知的フロンティアがあるのかもしれないのだ。

この「在留邦人113万人」という数字と「海外にこそ知的フロンティアがあるかも」という言葉が印象的。

December 27, 2010

圏外孤独とな(笑)

バナーで見つけたGoo辞書編集部の「日新語月歩」というサイト。中高生の間で使われる新語の解説をしている。ふむふむ、割と深いのもあって面白い。

以下、メモとして===

【養殖天然】ようしょくてんねん
本当の天然ではなく、おもに男子からの注目(人気)を集めるため、わざと天然らしく振る舞うこと。また、そういう人。『あいつ絶対、養殖天然だよ』。

【圏外孤独】けんがいこどく
旅先などで自分の携帯電話が圏外になってしまい、メールも電話も不通になり孤独に陥ること。『山小屋では圏外孤独になりがちだ』。

【鮭る】しゃける
①自分の実家に帰る。『明日から一週間、鮭るから』。
[語源]自分が生まれた川に帰る鮭の姿から。
②(街などで)人の流れに逆らい進む。『今朝、電車で鮭った』。
[語源]産卵期の鮭が川を遡上することから。

【ホス毛】ホスげ
前髪を長くたらし、目と目の間に先端がくるように固めた、ホスト特有の髪型。
『最近はホス毛の中学生が増えている』。

いらしけい【いらし系】
無意識の言動により、周囲の人をいらつかせてしまう人。
[反]癒やし系

【モスキーボイス】もすきーぼいす
蚊の鳴くような、よく聞こえない声のこと。『緊張のあまりモスキーボイスになってしまった』。

【彦姫】ひこひめ
天の川をはさんで年に一度しか会えないという、彦星と織姫のような恋愛。遠距離恋愛。『もういい加減、彦姫には疲れたの』。

【世話肉】せわにく
自分が食べようと思って、丹誠込めて焼いた焼き肉。
『父さん、それ僕の世話肉だよっ!』。

December 26, 2010

フィギュアスケートのおもひで

今日の昼はじょうじ君と打ち合わせ昼ご飯@キッチンジロー。カキフライ&スタミナ焼定食。学生街の定食屋、さすがのコストパフォーマンス。うまし。彼の遭遇している「謎の事件」について、ふたりで推理をして約2時間。いずれにしろ早急に解決するといいね。新年早々の練習で、セットリストはその時に決める事になり、実際のハックル打ち合わせは5分くらいか(笑)。おお、そういえば、今日弾いた新しいシリーズのマーティンのギターは素晴らしかった。やっぱり定番の安定感。先日のTAKAMINEとは違った老舗の良さがある。こうなったら両方買っちゃうか(笑)。

解散後、ジムで軽めに6本300m流して、サウナでまったり。年末の日曜日の今日は異様に混んでいた。ゲストみたいな人も多かったし。じょうじ君から貰った先日のライブの動画を編集したDVD。帰宅してから観てみたら・・・うぎゃーーー。やっぱりライブの映像はダメだわ。とても自分ではハズカシくて観てられない。やっぱり自意識過剰か。僕ってすごく揺れているのね(爆)。夜は「ザーサイ・トマト・レタス鍋」。干しえびの出汁、豚ばら肉の脂の甘さがおいしい。〆は中華麺(喜多方の坂内の麺)。

かみさんと娘達がフィギャスケートを観戦するのが大好きで、今夜も日本選手権をテレビで観ていた(のを横目で僕は観た)。日本のフィギュアのレベルって、今現在世界最強なんじゃないかな。男子はどーでもいいけれど(興味ない)、女子のレベルと選手層の厚さはスゴい。売り出し中の村上佳菜子ちゃんはまだ16歳。この子には華がある。将来が楽しみな選手。今季絶不調だった浅田真央ちゃんの復活、プレッシャーの中での安藤美姫ちゃんの美しい完璧な演技。それぞれにドラマがあった。

華やかなスポーツだけれど、身体的にはかなりキツいんだろう。本番に力を出し切る精神力も大切。体力とテクニックはもちろんのこと「美しく」なければいけない。まず、そこに一つのフィルターというかハードルがある。どんなにテクニックがあって素晴らしい演技をしたとしても、スタイルが悪くて「ぶ☆」だったら、絶対に勝てないものなあ(笑)。その昔の日本の女子フィギュアの選手は、ロシアとかアメリカとかカナダの選手とまず「そこ」で完全に勝負にならなかった。時代とともに日本人の体型が変わったって事だろう・・・女も男も。それから、興味深いのは、選手ひとりひとりの雰囲気というか「オーラ」みたいなものがあるかどうか?その辺も「勝負」の要素になるのだね。これはそれぞれが持って生まれたものだろう。ふむふむ。

実を言うと、僕が小学校低学年のころフィギュアスケートを習わされていた。というのは、フィギュアスケートが好きだった母親の影響で姉が習っていたのだ。コーチは都筑さん(その道では有名な人)。知り合いから紹介されて池袋のリンクに通っていた。姉はけっこう筋が良かったというか、巧くて10歳くらいまでやっていたと思う。僕もオマケみたいに習っていた(だから結構今でも滑れる)わけだ。長く日本の男子チャンピオンだった佐野稔は僕の2つ上で「兄弟子」(笑)。彼は当時、毎週山梨からお父さんとリンクに通っていた。そのくらいやらないと一流にはなりえない世界。朝学校に行く前に練習、帰ってからまた練習というのは、ウチの姉にとってはどだいムリな話で、さらに上を目指すにはその実力が足りないということを、彼女も親も悟って辞める事にしたのだろう。お金も随分かかった筈だし。

December 25, 2010

コラアゲンはいごうまん@すべらない話

 5年前、かぜさんの番組の収録で初めて会った時のことを憶い出した。汗だくでひたむきに語る芸人。必死さだけがちょっとイタくて、笑う以前にキツかった。話は面白いし奥行きもある。でもスゴく荒削りでじょうじくんと「これじゃ、ちょっと難しいかも。芸能人オーラが全くないし。でもいい奴だよね、コラアゲンはいごうまん・・・」

その後彼は「僕の細道」で日本を4巡した。アルバイトをし自腹で旅をしつつ様々な体験をして、彼なりの話のスタイルを作っていった。小さな喫茶店、彼を応援する人の自宅の居間、自衛隊の駐屯地、寂しい旅館の宴会場・・・。苦しくて涙した日もあっただろう、自虐ネタをしつつ、現実の自分の不運を恨んだ時もきっとあったと思う。でも彼はそれを続けた。ピン芸人としてのプライドだと思う。その笑いに対するひたむきな彼の姿を観ている人は観ている。

年末の週末ゴールデンタイムに出ている彼の姿を観て、僕は涙が出た。あそこまで辿り着くためにどれだけ彼が苦労し、人知れず涙を流したのか知っているから。ワハハ本舗の柴田さんの「学芸会に出る子供を観ているみたいな気分」っていうコメントは、そのまんま僕の気持ちだった。

満を持した「ヌーディストの話」と「永ちゃんのネタ」は、大成功だった。知っているネタなのに笑った。泣きながら笑った。番組中、贔屓目じゃなくて一番おもしろくて光っていたと思う。松本人志にもいぢられたし、鶴太郎、かたせ梨乃、篠原全日本柔道監督にも「一番面白かった」とコメントを貰ったし、本当にによかったね、コラアゲン。来年はブレーク必至だね。楽しみ楽しみ。

上の画像は巨匠DANの撮った画像。コラアゲンの一所懸命さを表している。いい写真だなあ。

December 24, 2010

2010イヴ

年末の休日明けの一日。さすがに今日は予想通りの忙しさでバタバタだった。昼ごはんは、こーめい先生が自宅から持ってきた渾身の「カレー」をごちそうになった。先日の「海自レシピ『お艦の味』」の本を教えてあげたら、彼のカレー魂が盛り上がったそうな(笑)。本格的なビーフカレーで、その素晴らしい出来映えに驚きつつ、がっつりと頂いた。香ばしいカレーの香り、グレービー&ドミグラスの深み、マンゴーチャツネの甘み、ガラムマサラの香り、ホクホクした食べごたえのあるすね肉がゴロゴロと入っていて、これも大満足。サフランライスとの相性も素晴らしかった。これは家庭で作ったカレーのレベルじゃないわ、お世辞じゃなくて。隔週で金曜のお昼ご飯は、海軍カレーの習慣をまねて、こーめいカレーの日にしましょー(笑)。

仏教徒なのでクリスマスは特別な日ではないけれど、やはり何となく華やいだ気分になるイヴの夜。日本では1980年ころからだろうか?クリスマス・イヴは恋人と過ごす夜っていうのが一般的になっているけれど、海外ではクリスマスは家族と過ごすのが一般的。その意味では日本の「お盆」に近い感じだな。今年のお盆はキミと過ごしたい!なんて言ったら、まず100%引くだろうな(爆)。エラそうな事を言っても、僕も若い頃はしっかりと世の中に踊らされて、クリスチャンでもないのに付き合っていた彼女(クリスチャンだった)と教会にミサに行ったりして、盛り上がったりしたもんだ。あーハズカシい。子供達の小さかった頃には、サンタさんを信じていた彼女たちのために夢を壊さないように努力したりしたりして。その意味からは、クリスマスって懐かしくも温かい思い出の宝庫だね。

今夜のイヴは、かみさん&ゆっつんと、鮨屋へ。えっ、イブに鮨?(笑)。ま、もういいでしょ。

December 23, 2010

未熟なのか無粋なのか無節操なのか

最近さかんに報道される若手の歌舞伎役者の酔態事件とか、昨日からテレビでさかんにやっているいい歳こいた大人の男女(この人たちの顔は見た事あるけれど、どの人が何者なのかはわからない・・・というその程度の人たち)の不倫騒動など。日本の「マスコミ」の未熟さ、見苦しさ、品位のなさと、節度のなさ・・・全くイヤになってしまう。ここ10年で確実にヒドくなった気がする。

欧米だったらタブロイド紙、日本だったらスポーツ新聞の記事、低俗な女性雑誌のゴシップ記事になる程度の「ニュース」に、公器を使って「報道」する価値はあるのか?

ないでしょ。全然(笑)。

他に伝えるべき事は山ほどあるはずなのに、一般大衆の衆目を集める(のか?本当に。それも疑問だ)情報だけを「垂れ流す」だけの彼らの姿勢についての反省はみたことがない。ということは、今後も続くんだろうな。歌舞伎役者の事件だったら、こんなことがあったという客観的な報道だけで十分で、それを延々と「引っ張る」だけの社会的な意義はない。自宅前に陣取る制作会社の取材陣ってパパラッチそのもの。今回のアラフィフ男女の痴話騒ぎだって、偽善的な立場にたったマスコミが当事者達の「不幸」を面白おかしく報じるだけの意味しかないのだから、良識がある会社なら「黙殺」するくらいの品位があっていい。マスコミだけの責任じゃなくて、そんなクズみたいなニュースを面白がっている受け手のほうの責任も大きい。まあ、日本の首相クラスのスキャンダルだったら、わからないわけではないけど、今回のはあまりにもマイナーすぎる。かっこ悪すぎ。井戸端会議(死語!)的な噂話レベルだもの。

イタリアのベルルスコーニ首相くらいのレベルののスキャンダルだったら、まあアリかな(笑)。あっけらかんとしているし。ちょっと調べてみると世界中に流れる報道にはいろんなのがある。こんなのとか、こんなのとか。ここまでヤンチャだったら、呆れた国民の政権支持率50%ってのもわかる気がする。てか、イタリアだもんな。日本ではアリエナイ。

December 22, 2010

2010年という年

2010年もあと10日足らずでおしまい。思い返してみると、今年は溜め息ばかりついていたような気がする(笑)。最高にいいことも最悪に悪い事も起こらなかったけれど、僕はlow moodのまま突っ走った一年だったかも。桜が咲く頃までは、昨年末のバタバタから続く、落ち着かない気持ちで過ごした。諸事雑事が多かった春。仏教について改めて考えいくつかの本と出会った。春から初夏にかけてはなんとなく地に足がつかず、日々の忙しさに埋没した。宇宙と自分について考えた。「はやぶさ」に思いを馳せた。そして猛暑の夏には、もしかしたら将来に花開くかもしれない「種子」を見つけた。花開くのは数年先かもしれないし、そのまま乾涸びてしまうかもしれないけれど(笑)。秋の風を味わう暇(いとま)もなく11月。友達と素晴らしい時間を共有したライブ。そのままの勢いで12月に入り、あれよあれよという間に今に至る。

特別新しいことをしたわけでもなく、大事な決定をしたわけでもなく、粛々淡々と泡沫(うたかた)の日々を過ごした。ま、これが大殺界の年の「正しい過ごし方」なのかも。占いは全然信じないけれど、運命と(自分なりの)運勢は信じている。その意味では、大過なく過ぎ去ろうとする今年に感謝している。

さあ明日は忙しい12月の貴重な旧慈雨、じゃなくて休日。のんびりと年賀状を完成して、大掃除をして・・・来る年の準備をしよう。
おっ、↑↑「旧慈雨」ってターム、ミスタイプだったけれど、イメージがわく言葉だな。

December 21, 2010

壺中庵


医師会の移動理事会。この会は毎年、この時期に忘年会の会食を兼ねて開催される。もう理事として4期8年も仕事をしている。早いもんだと、会長としみじみ。時間的にもかなり束縛されるので、そろそろお役御免にしてもらいたいけれど、今の立場上なかなか辞められないだろうな・・・当分は。理事をする前までは、医師会という権威主義的な組織に対して冷ややかな態度をとっていたけれど、実際の医師会の仕事を始めて考えを変えた。そのほとんどのものは、泥臭くて地味なボランティアみたいな仕事で、設立の基本にある「世のため人のため」という公益性を維持するために僕らが頑張っているわけだ。ここまで足を突っ込んだら、まあ、あともう少し頑張るしかないのかなと思う。

とまれかくまれ、この移動理事会は日頃プライベートでは(高すぎて)まず行かない名店に行く。今日は白金の八芳園の料亭「壺中庵」
画像は今日のメニュー。

先付けから始まり、タラバ蟹や雲丹、河豚刺し、和牛網焼、松葉蟹の焼き物とコレデモカ!と進み、満を持してメインは雪見鍋。この雪見鍋は豆乳仕立てで、氷見鰤のしゃぶ。この寒鰤の薄いしゃぶしゃぶは上品な脂が乗っていて、さすが。さらに、鰤のつみれは絶品。〆はこの鰤のだし汁を使ったベトナム麺フォー(えっ?というオドロキ。これも美味しかった)と、ふっくらご飯。日本酒は日頃あまり飲まないけれど、今日の料理にはやっぱり日本酒でしょう!ということで、日本酒に詳しいK先生の意見で様々な銘酒を頂いた。どれも、んめー♡!その中でも、「黒龍」の大吟醸。これには参りました。

どれも最高に美味しかったし、大満足&ほろ酔い気分で帰宅した。

でもね、やはり貧乏性の僕はプライベートでは行かないだろう。あの値段だったら僕は美味しいB級中華に20回行くかも(笑)。ごちそうになっておいて失礼だとは思うけど。

December 20, 2010

じゅるじゅるの一日

昨日の日曜日は朝からなーんとなく怠くて風邪気味だったので、ルーティンの休日の泳ぎにも行かず、一日中ソファでだらだらと昼寝>読書>昼寝の繰り返しで休養した。いくらでも眠れる感じ。デスク周りと本棚と廊下の暮れの大掃除「第一弾」をする予定だったけれど、パスすることしした。こういう区切りというか自分なりの儀式というか「禊」みたいなものは、体調充実の時にしよう。さとなおくんが偶然、彼のブログで書いていたけれど、「捨」のダウンサイズすることで区切りをつけることは大切だと思う。自分にとって必要なものを見極め、不要な物は捨て去ることで、本当に大切な物が見えてくる。人生はいつか来る大切な日のためにあるのではなく、いかに日常の時間を豊かに過ごす事が出来るかが大切なのだという、彼の意見に僕も激しく同意する。僕も実は来るべき新しい年に向けて、この暮れはキレイさっぱりと身の回りを整理整頓しよう!と思っていたのだ。一年を通して貯め込んだ様々な「ネガティブな気」は今年中に処理してしまおう。

今朝からひどい鼻づまりでティッシュ2箱使ってしまった。鼻のかみすぎで、がびがび&ひりひり状態(涙)。熱もないし元気なのに、とにかくジュルジュル鼻水&涙目で辛くて仕方がなかった。マスクで顔を被い涙目で診察していたら患者は「引く」よなあ。心配かけてすんませんでした。

夜はジムに寄らず直帰してゆっくりめの半身浴&がっつりご飯。夜は「中原の虹」第2巻を読みながら、満州の広大な大地に思いを馳せる。「満州馬賊」に対して今まで僕が持っていたイメージって、野卑で低俗なアウトロー達っていうものだったのだけれど、任侠の義族&愛国者という一面もあるのだね。壮大な時間軸の中で、浅田マジックが実に魅力的な人物像を紡いでいく。ううう、いいなあ、当分はこの世界に浸っていたい(笑)。

この満州の地で、亡くなったオヤジはどんな青春時代を送ったんだろう? 日本人としてアウエーの地、平壌で生まれた彼が18歳の時、大学に入学するべく初めてさらにアウエーである満州の地を踏んだ時、どんな気持ちだったんだろう?たぶん溢れる希望と夢を胸に長春の街に降り立ったと思う。そして、そのころの長春の街はどんな街だったんだろう? 彼の学んだ建国大学っていうのは、どんな学校だったんだろうか。Wikiを読むと民族共存を理想とした壮大な実験としての帝国大学だったみたいだ。建学の基となった石原莞爾の「アジア大学」構想は日本帝国主義の唯我独尊的な面ははあるけれど、壮大でユニークななものだったことは確かだ。石原莞爾という天才については、いろんな著作があるみたいだけれど、まずは福田和也の本を読んでようと思う。ちなみに、Wikiによると今年2010年6月に「最後の同窓会」が開かれたとのこと。一つの時代の終わりの象徴かもしれない。

December 19, 2010

サザエさんの話

日曜夜はやっぱり「サザエさん」だな。ネットで見つけた爆笑画像。たしかに似てる(笑)。世田谷・桜新町のサザエさん一家みたいな家族は、今はもう少ないんだろう。大家族で濃い近所付き合いがあって、波平さんもマスオさんもいわゆる「昭和のサラリーマン」で明るい未来を信じていられた。専業主婦のフネさんとサザエさんも、つつましくも安定した幸せの中で生活している。子供達は外で遊び宿題をして、おとーさんたちは帰り道に一杯やってほろ酔い加減で帰宅し、皆で一緒に食卓を囲み、テレビを一緒に見て、早く寝る。40年前までは普通にあった日本の典型的な家族の姿っていつのまにか過去のものになっている。ちなみに、世界中で人気のある日本アニメも「サザエさん」だけは人気がない、というか日本文化や習慣があまり理解されないみたいだ。ま、そうだろうな。

December 18, 2010

鎚くじらのタン&ユニクロの奇跡の軌跡。

土曜日午後。鰻割烹の自由が丘「八沢川」にて昼ご飯。誰でも「鰻はここんちが最高!」っていう鰻屋さんがある。僕の場合、石切橋の「はし本」、本郷の「石橋亭」、最近では上野毛の「神田きくかわ」。でも職場の近くで時々通っているうちに、八沢川の鰻重が定番になった。タレがキリッとしていて「だら甘くない」のが好き。その鰻重が出る前にサーブされる「柚子胡椒味の鰻の蒸し汁のお吸い物」を頂いていたら(後で出る「きも吸い」とは別)、佐々木オーナーから「鎚クジラ」の「タン」の2枚の薄切りをサービスされた。この店は、鰻だけでなく割烹料理でもオーナーのこだわりがあって時々美味しいものを出してくれるのだ。彼曰く、あまり普通では食べられない「珍味」だそうな。これを料理するのに3日かかるらしい。へーーっと、酢橘を絞って頂くとトロリと一瞬で蕩けた。すげーなコレ。薄い塩味で風味は確かに「鯨」なんだけれど、これはその「タン」。今まで口にした事がない肉の食感だった。こんな「脂」があるんだ。一緒にサービスで饗された「カブのお漬け物」にはいつも感激する。絶妙な塩加減の「甘さ」が素晴らしい。鯨>かぶ>鯨>かぶのローテーションがエンドレスになりそうだった。鰻重はもちろん美味しく頂いて大満足のランチ。

帰路、ヒートテックのシャツと靴下を購入するべく青葉台のユニクロへ。週末のセールで大混雑(だって安いんだもん)。ユニクロが出始めの頃には、世の中の多くの人にとって「どうせこの値段なんだから品質の悪い安物なんだろう」という偏見があった。でもその時期に大ヒットしたフリースの品質の良さと値段のギャップには皆驚嘆した。「へー。わりといいじゃん」。その後様々な大失敗と大成功の波を経て、柳内さんの非凡な経営戦略で今やユニクロは大企業となった。その奇跡の成功への軌跡を僕らは消費の当事者として体験した。

ユニクロの現時点での僕の印象:
①他の商品とは頭一つ抜けるくらいの圧倒的な高品質の商品、コストパフォーマンスの良さ。顧客のほとんどが「満足」して買い物をしている、という事実。
②ちょっと前までは「ユニクロを着ている」>「安い買い物」>ファッションをケチっている>「ちょっとハズカシい」というブランドイメージがあった。皆一家で同じ物を着てたり(笑)。
③今やユニクロのブランドは、従来の「ブランドの付加価値だけに頼っている老舗ブランド」とは、「一線」を画している。これは世界のファッション界の潮流なんだろう。老舗ブランドの「実のないもの」は淘汰される時代になった。今の時代、わざわざそんな商品に多額のお金を払うのは、劣等感に塗れた成金ばかりだろう。
④今日、店内を回っていて、店を訪れた誰もが「おっ、これいいなあ、買おう!」って思う高品質の商品を周到なマーケティングをもとに多層的に配置しているのに驚いた。この厚みは、かなりの進化だと思う。まとめ買いしたくなるラインナップと商品配置。

車を買う事を考えた時に、もうフェラーリは要らない(少なくとも僕は、だけれど<笑)。リーズナブルな性能と価格のトヨタに乗ったほうがずっとかっこいいい時代になっている。フェラーリが本当にに好きならば、そしてそれに見合う対価を払えるならば、好きにすればいいと思う。これは芸術の領域であり、「趣味の世界」だから、その判断が正しいとか間違っているとか、他人がどうこう言うのはフェアじゃないよね。好きにすればいい。でも日常生活する中で、そのブランドにしか作れないもの以外は、ユニクロ的商品で必要にして十分なものが手に入る。つまり、従来とは逆で「こんなに安いのに、素晴らしい品質である事がわかっている、という事がカッコいい」というイメージだよね。これは、ただ単に消費者が賢くなったってことじゃなくて、そういう方向に世の中を変えた企業サイドの努力の結果なんだろう。やっぱ、すげーな/

そんなこんなでユニクロってすげーすげーと呟きつつ、帰路ジムへ。ちょっと風邪気味だったので軽めに10本500Mを流す。

December 17, 2010

物語的には調和した似非ケイオスの中で

今夜は職場の忘年会。毎年思うけれど今年も早かったなあ。大過なく健全経営できたことはスタッフ一同の個々の努力の賜物だ。ありがたや、ありがたや。今夜の会場はちょっと動きづらい構造で、皆と話しづらかったのが難点だったけれど、事前の準備や進行を仕切って頑張ってくれたスタッフのおかげで、楽しい時間だった。来年も頑張ろーね。痛飲してべろべろに酔っぱらって中央林間の終点まで行ってしまい、逆の上りの終電で途中で降ろされてしまい、エラい目にあった去年の忘年会の轍を踏まず(笑)、抑えめで飲んで、一次会で帰路についた。付き合い悪くてゴメン。

さて、金曜日夜の渋谷は今年の忘年会のピークなんだろう。今夜もスゴい人出。ハチ公前のオープン交差点では一度の青信号で移動するのは2000人とか以前どこかで読んだことがある。様々な状況にあるその2000人が、ワサワサとそれぞれの目的地を目指してアトランダムに渡ってる状況って改めて考えてみると、すごいことだ。交差点だけでなく周辺のペーブメントも人だらけ・・・ってことは、今夜の渋谷のあの辺りにざっと見積もっても1ー2万人は屯していたんだろう。すげーすげーとか思いながらほろ酔い気分で歩く。何がどうスゴいかはあとで考察するとしても、今夜はただ「すげー」って思った(笑)。やっぱり、あの「圧倒的に平和でぬくぬくと生温い安心感」のある空間ってのは、世界中の都市のなかですごく特別だと思った。大きな危険や想定外の物事が起こる筈のないくらい調和のとれた「似非ケイオス」のメタファーとしての渋谷の交差点。僕らは先人達の必死に築き上げた平和という虚構にぬくぬくと埋没して生きている。いい意味でも悪い意味でも。

帰宅してから、気になって軽めに検索してみたら、こんなのとか、こんな研究を見つけた。膨大な社会学や心理学の研究対象としては文系理系問わず興味深い空間なのだろうな。素人の僕でもすぐに2−3の考察文は書けそうだ。

でも、どうして今夜そんなことを考えたかというと、近々書き始めようとしている文章のある場面のテーマが、「ケイオスの中の孤独」なので。プロットを書きながら考えを進めよう。

December 16, 2010

クリスピーな忘年会

浅田次郎「中原の虹」にハマっている。「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」からじっと続編を読みたいのを我慢して文庫化されるのを待っていたのだ。正月休みにじっくりと読もうと思っていたんだけれど、先日「マンチュリアン・レポート」を読んでいたら辛抱堪らなくなり読み始めてしまった。満州という場所は亡くなったオヤジが青春時代を送った(彼は満州建国大学の出身だ)場所で、行った事はないけれど子供の頃から親近感とある種の思い入れのある場所として感じていた。あと3巻。早く読み切ってしまいたいような、じっくりと味わって読みたいような「この感じ」ってちょっと久しぶり。また故宮博物院を訪れたくなった。

夜はプチ忘年会@自由が丘「とよ田」。絶品の雛鳥唐揚げ。彼らは自分の娘みたいな年代なんだけれど(僕は彼らの親とほとんど同じ世代)、しっかりした自分の考え方を持って自立してるよなあ。立派なもんだ。僕としては精神年齢は35歳くらいで止まっているつもりなので話していてあまり歳の差の違和感は感じないのだけれど、彼らからすれば確実に僕は「オッサン」なんだろうなあ(爆)。楽しい飲み会だった。あいちゃん、しずかちゃん、しょうこちゃん、ありがとう!

帰宅したら、FMサルースのまなさんからこんなサイトを教えてもらった。James Taylorのギターレッスン。彼のやさしさとかナイーヴな感性とかを感じられる画像。いるんだよなあ・・・アメリカにはこういうやさしくてちょっと理屈っぽくて「自分のこだわり」のあるカッコいいオッサンが。この路線もいいなあ、65歳くらいになったら、僕も目指すかな?(笑)

December 15, 2010

海自ごはんLOVE


アマゾンから届いた「海自レシピ お艦(かん)の味」(小学館)。ぐふふふ、この本は面白い。船に一度乗ったら陸に上がるまで、厳しい毎日の兵隊さんたちにとって、食事は唯一の癒しであり最大の楽しみだろう。海軍の伝統で明治の時代から食事に関してはこだわりがあったそうな。今でも海上自衛隊のすべての艦艇には、それぞれ専属の料理担当の自衛官が乗っていて、明治の時代から引き継いだ伝統をもとに、彼らが開発した独自のレシピで進化した「門外不出」のもの(曰く、国防機密<笑)らしい。それも艦艇ごと、給養員長(現場のチーフ)毎に独自のレシピがあるのが面白い。艦艇内の狭い保管庫にある限られた材料で、大食漢の自衛官達の満足する料理を、一日ひとり1000円(!)でいかに美味しくつくるか?という工夫って、僕の想像を越えたご苦労があるんだろう。以前読んだ「南極料理人」の西村淳さんの本に一脈通じるものがある。

「海軍カレー」(すべての艦艇で毎週金曜日の昼ご飯はカレー)で有名なカレーは彼らの一番のこだわりメニューで、本書では1/3はそのレシピについて書いてある。どれも「むふふ、うまそー、これは作ってみたい!」と思わせるものばかりで、その写真をみているだけで楽しい。さらにその艦艇の写真とスペックも載っていて、これも「働く自動車」とか「働く船」の大好きな僕の好みなのだ。子供の頃に無中になった「図鑑」の楽しさなんだな。

この本はB級料理好きにはタマラナイおすすめ本、☆☆☆☆。

December 14, 2010

ストーリーを語れる人

今の立場上、壇上に立ってスピーチをすることが少なくない。オフィシャルな場での挨拶だったり、学会や研究会での講演だったり、学生への講義だったり、毎週の職場の朝礼だったり。最近では毎週のラジオの番組のコーナーもある。決して人前で話す事が「得意」なわけじゃないのだ。場慣れというのか、昔からあまりアガるということはないけれど、やはり緊張してしまい、内容的には自分で「まあ、うまくいったな」と思うことは十に一つだ。いつも「ああ、もっと巧く話せたハズなのになあ・・・」と後悔とも反省ともつかない忸怩たる気持ちになる。その昔、先輩達がいとも簡単に上手なスピーチするのを「すごいなー!」と羨望の眼差しでみていた。それに比べれば、僕の話なんて取るに足らない「時間の無駄」みたいな気がする。ブログやHPでの独り言や日記だって、自分の書いている内容を考えればどーでもいいことを書きなぐっているだけだし。

こんな話を人にすると、皆信じられない顔をする。もちろんお世辞もあるんだろうけれど、いつも自信満々で余裕で話をしているように見えるらしい。トンでもない!自分的には、全然本当に話したい内容のフォーカスからズレているし、ロジックも話し方も選んだ言葉も全然「ダメ」なのだな。結局、自意識過剰なのだと思う(笑)。正直なところ、どの場でも僕の話なんて、誰もろくすっぽ話を聴いていないんだから(笑)もっと気楽にやればいいのだけれど、「人によく思われたい」とか欲が出るのだろう。この歳になっても。修行が足りない。

で、今日昼休みにふと考えた。僕が好きなスピーカーにしてもブロガーにしても小説家にしても評論家にしても、上手に「自分の意見を語れる」人たちの共通点は、その時間内で「自分(なり)のストーリー(ノンフィクションでもフィクションでも)を構築できる」人なのだ。もちろん、スピーチであれは、声質とか、話す言葉とか、語るスピードとか、間とかの「語りのテクニック」も大切だろうし、書き物であれば、論理のシークエンスの巧みさとか、紡く言葉(単語)の的確さとか、比喩の上手さとかのテクニックも重要だろうけれど、本質的なところは同じだと思う。

ストーリーを自分なりに構築して、いかに人の心に届けられるか?という事じゃないかと思う。ストーリーのないスピーチは面白くないし、文章でも僕がシンパシーを感じるものには、必ず語る人独自の「ストーリー」と「世界」があるのだ。小説はいわずもがな。蛇足だけれど、いいスピーカーって人の見えない所で地道な「努力(原稿の推敲と練習)」をしてるものなんだね。自然に見えるスピーチほど、練習しているみたいだ(例:Steve Jobs)。僕自身、これはうまくいったなというスピーチは、例外なく十分時間をかけて練習している。そうそう、それをしないのが一番も問題なんだ。今、気づいた(笑)

December 13, 2010

休み明け&週明け、げろげろ超多忙の一日

先週後半は法事で休んでいたので、デスクの上にはカルテと書類と郵便物、FAXの山で「てんこ盛り状態」(笑)。さらに巷は「げろぴー」胃腸炎の大流行ということで、月曜日の外来はてんやわんやで13時過ぎまで。救急車の対応とかで昼ご飯は15分でかっこむ。14時から面会、その後、病棟回診などなど。オフィスに戻りメールへの返信やらてんこもり書類の処理やら・・・であっという間に一日が過ぎた。夜は行政関係の研究会&忘年会。関連領域のお役人との懇親会。いろいろキツい事を言われる立場だけれど、彼ら行政も限られた予算の中で精一杯頑張っていることがよくわかって有意義な会。今週は会合が連日続く。

僕ら「北品川の会」のメンバーである伊藤章良さんの「東京100年レストラン」がアマゾンから届いていた。(後で味わって読みたいので)ぱらぱらと読んでみると、伊藤さんの食に対する真摯な態度にはもちろん感嘆するだけでなく、軽妙な文章の行間に彼の思い入れのあるお店に対するレスペクトとシンパシーが鏤められている。この本は決して薄っぺらいレストランガイドではない。じっくり楽しみたい本。

December 12, 2010

安息日曜日

名古屋行きから一夜明けて、今日は完全休養日とした。午前中はテラスの手入れやらメールの返事など。気持ちのいい天気の下、テラスに出てみたら、早咲きクロッカスの芽が出ていた。へー、来春に向けて粛々と始動している自然のすごさ&したたかさ。ふと浮かんだ(・・・というのはウソだな、前から漠然と考えていた)プロットを、先日買った新しいMOLESKINEに書き留めた。その後はデパート外商で法事の諸雑事など。

昼ご飯は「汐そば屋」の特製醤油ラーメン。ここんちはもちろん塩ラーメンがウリなんだけれど、実はこの特製醤油ラーメンが僕は一番美味しいと思う。魚介系プラス鶏ガラの澄んだスープ。秀逸なのはちょっと固めに茹でた中太麺と焦がし醤油の調和。ここんちの麺は絶妙にシコってうまい。さらに炙りチャーシュー(ちょっと厚みが薄いのが残念)、たっぷりの葱(あわせ葱)、定番メンマ(味がしっかりついている)、固めの半熟たまご、のり、が載っていて、最後に魚粉がぱらりとかけて出てくる。懐かしくて新しい「現在の醤油ラーメン」って感じ。当分はハマりそうなラーメンだと思う。開店前は期待していたのに、本家の味とは全く違って、がっかりだったモールの「KJR軒」とは大違いだわ。

有燐堂で小説と新書を7冊買ってから、ジムで今日は黙々と20本1000m。久しぶりなので、ちょっとへばってしまい途中何回か休んだけれど、最後は意地で泳ぎ抜いた。ちょっとした達成感(笑)。その後は気持ちよくジャクージとサウナで伸びた。夜は年賀状のデザインなどを家族でディスカッション。それなりに色々あった今年も、暮れに向けて師走り出した感じ。今週は忘年会の嵐の週だ。

December 11, 2010

50年前の写真

オヤジの一周忌。親戚一同が名古屋に集まり、粛々と滞りなく法要と納骨。快晴で12月とは思えないくらいの暖かい陽射しの下、1年の喪が明けて「神妙にしてニコニコ顔」での法要は、自分でいうのもヘンではあるけれど心のこもったいい法要だったと思う。御様(おっさま)の読経もよかったし般若心経を一緒に唱えられたし。よかったね、オヤジ。

中華料理で御清め&偲ぶ会。精進料理で鯱張って(しゃちほこばって:名古屋だから>笑)湿っぽく御清めの会をするのでなく、皆でわいわいと中華を食べた方が故人のためにもいいと思って名古屋の叔父にリクエスト。日頃ご無沙汰している親戚とはこんな機会がなければ、なかなかゆっくりと話が出来ないし。一ひねりあるユニークな中華で美味しかった。人気店らしい。

オフクロが曾爺さんの葬式の時の集合写真(湯河原の屋敷の大広間で撮影したもの)を持って来ていて大いに盛り上がる。当時は写真屋さんが来て結婚式みたいな記念撮影を仏前でやったものだそうな。その写真は僕は今回初めてみたけれど、たしかに親戚一同が一堂に会している。昭和38年。懐かしい顔多数。50年前の写真とは思えないくらい鮮明でいい保存状態のモノクロ写真。若く凛々しいオヤジが喪主(彼は養子であるオフクロの婿で「義理の長男」ということになる)で、中央に坐っていてその膝の上に5歳の僕(曾孫なんだけれど、跡取り孫)がいる。当たり前だけれどオフクロも若い(31歳)し、爺さん&婆さんはじめ親戚一同若くて大爆笑。「時代」がそのまま撮影されている。さすがに50年経てば既に没している人たちも多くいるけれど、今ここにいる人たちの50年前の「そのとき」。その中で「この人はいったい誰だ?」みたいな話題(その後、没交渉になっている親戚や遠い親戚で今はおつきあいのない人など)や、「あの当時はこんなことがあった」みたいな話題は尽きない。簡単に個人で画像や音声が記録できる今の時代と違って、50年前のこの写真は1枚でものすごく多くを語ってくれる貴重な画像。この機会に、こんなサプライズ写真を持って来たオフクロの機転、ナイスでした(笑)。

そんなこんなで、故人を偲びつつ(これもヘンな話だけれど)楽しいひと時。僕もずっと何かつかえていたものが腑に落ちて、この年内に一区切り付ける事が出来てよかった。

December 10, 2010

こてこて名古屋泊


親戚もいるし墓もあるということで名古屋には親近感がある。我が家のルーツはもともと三重県の伊勢志摩のほうで、大昔は紀伊半島の英虞湾あたりを根城にした「海賊」(水軍)だったらしい(笑)。ご先祖さまは結構悪い事やってたのかも。僕の曾爺さんの代で名古屋に出て来て商売を始めた関係で名古屋の八事に立派なお墓がある。しかし、次の爺さん(婆さんの婿養子)の代の昭和30年代には商売をたたんで東京に出て来たので、僕の母親もその婿養子である亡父も名古屋に住んだ事はないのだ。本来であれば、先代の時点でお墓を東京に移しておくべきだったわけではあるけれど、それをしなかった関係で子供の頃からいつも「法事は名古屋」ということになっていた。実は、オヤジが亡くなった事で、お墓を移すいい機会なのかなと考えた時期もあったのだ。しかし僕の想像していた以上に「墓を動かす」ということは大変なことで、結局、雑司ヶ谷に一時的に安置していたお骨を今回の一周忌を期に八事に納骨することにした。年が明ける前にすっきりしたかったし。

ということで、名古屋。明日のための書類上の手続きなどを済ませて午後から栄周辺を散策。遅めの昼ご飯は、やっぱりきしめんでしょ、ということで、宮きしめん竹三郎。あの、お土産でいつも買ってる「宮きしめん」のお店なんだろうな。あっさり味の「親子とじ(コーチンと卵)きしめん」もおいしかったし、「味噌煮込み」も美味しかった。赤味噌は子供の頃から慣れ親しんでいるので好き。おしゃれなショッピングモールは日本中どこの都市も同じだね。こちらに来る車中で「日本三大「ぶ☆」都市」が名古屋、仙台と、あとどこだっけ?なんて話題で盛り上がってたので、それとなく僕は観察していたのだけれど、とんでもない!あれはまったくのデマで、美しい女性もふつうに多し(って、アタリマエだ>笑)。

夜ご飯はマリオットの宿泊組と合流して、名古屋っぽいものを、ということで味噌カツ「矢場とん」。皆あまりおなか減っていなかったのに、オーダーしたものが出て来たらしっかりガッツリと食べちゃった(笑)。しっかりと美味しかった。このコテコテの「濃さ」が名古屋!チェーン店ということで、どこかで見たなこの看板・・・銀座4丁目の新しい三越の近くにあったな、たしか。東京で受けるかどうかは未知数だけど、僕としては半年に一度くらいは食べたくなる味かも。

December 9, 2010

オヤジとの会話

明朝早くに、おやじの一周忌に名古屋に向かう。もうあれから1年なのか。

時の流れの速さに驚くのはいつもの事だけれど、この1年間の時の流れは本当に早かったと思う。ここで告白するけれど、おやじのことを思い出さない日(朝)はなかった。そのくらい彼をレスペクトしていたし、彼が僕にくれたものを思い感謝する日々だった。彼は僕のヒーローだった。

去年の12月。自由が丘で友人と飲んでいたら、おふくろから電話があった。ただ事ではない雰囲気。でも医師としての僕はその時、「ああ、その時が来たな」と、すごく冷静に思った。彼の大動脈瘤が破裂するリスクがあることは、半年以上前に判っていた。彼の考えていた通りの死に方だった。

その半年くらい前の彼との会話。
「おやじ。医者としての意見を言うけれど、おなかの大きな動脈が腫れていて、このままでは1年以内に破裂する可能性があると思う。手術するか?手術すれば今後5年は生き延びる可能性は高まる。でも手術しても後遺症で苦しむリスクもある。どうする?その道の権威は知り合いだから紹介できるけど。もしおやじはが望むならすぐ連絡するぜ。」

僕は彼の答えは判っていた。彼は何も言わなかった。ただ笑って言った。
「雨が来そうだ。早く帰れ。なおこさんと仲良くしているか。子供達は元気か? 四の五の言わずに、早く行け!」

医師としていろんな人生の最期を看取って来た経験からいって、これ以上幸せな死に方はないだろうという位の、穏やかで静かで苦痛のない人生の幕の引き方。あっぱれな死に際だった。

親父と息子は何も話さなくてもわかるのだ。

December 8, 2010

爆笑!生放送



ぎゃはははは。放送事故って、当事者からすればトンでもない状況なんだろうけど、僕ら視聴者からすれば大爆笑もんだ。ま、人間なんてそんなものだ。ミスをしない人なんて居ないわけだから。かつては放送して巷に流れてしまえばそれで終わりで、担当者は始末書か、最悪クビになる処分で事態収拾を図って〆ることができたのに、今の時代エンドレスで世界中にYoutubeに流れてしまうんだものね。その意味では厳しい時代。

December 7, 2010

Fastingは最高の前菜だ


2年毎の胃腸のチェックアップを同期のK君にやってもらうべく、昨夜は錦糸町の東武ホテルレバンドに宿泊して、胃腸のリセット。友人のS君と同宿。業界のトップランナーで忙しい彼も50歳ということで、今回は一緒にチェックアップをしてもらうことにしたのだ。お互い胃腸を酷使してるもんねえ(笑)。ということで、それぞれの部屋に分かれて、20時ころからマグコールP、22時からラキソベロン&プルセニド。いつものことだけれど速攻で効果が現れトイレとの往復が始まった。やれればいいなと思っていた原稿書きは早々に断念し、浅田次郎の新刊「マンチュリアン・レポート」を読み始めるが、集中力がなくて何回も読み直さないと筋が追えない(笑)。彼の一連の清朝末期から満州国建国までのシリーズのなかではちょっと異質な小説で、張作霖爆殺事件のミステリー。さすが浅田次郎、稀代のストーリーテラー。おろしろい!が、集中できない!というジレンマに悩みつつ往復を繰り返す。昨夜はわりと早く眠って6時過ぎに一旦起床。ルーティンのストレッチなど。7時過ぎ、明るくなったら窓から建設中のスカイツリーが目の前に見えた。8時から本番の経口腸管洗浄薬を開始。前処置の前処置を終了しているので、半分くらいで十分効果があったけれど、ダメ押しで最後2Lまで飲み干す。11時のチェックアウトまでは断続的にトイレ行きを繰り返し消化管は完全に空っぽのfasting状態になる。不思議に空腹感はなく、ぼわーっとした感じ。ロビーでS君と何をするでもなく(おっさん二人で酒もお茶も飲めず食事もできないとすれば何もやることなんてナイ>笑)おしゃべりしながら、ぼーーーーっと時間を潰し、小岩のKクリニックへ。クリニック到着後は「まな板の上の鯉」あるいは「ドンナ・ドンナの牛」状態で検査を受けた。さすがのK君の超絶内視鏡テクニックと鎮静剤の影響で全く苦痛なく爆睡しているうちにすべて終了。僕もS君も日頃の行いが悪いわりには(笑)、異常なし!ということで嬉々としてクリニックを後にした。よかったよかった。

さて、せっかく胃腸をリセットしたんだから、お腹の負担にならない回復食として何か美味しいものを食べよう!ということになっり、S君のおすすめで「新ばし しみづ」に鮨を軽くつまみに行く事になった。鮨グルメのS君の推奨だけあって、美味しく頂く。ネタの仕事は流石だし、酢が利いていて小気味いいシャリが口の中で美味しくばらける感じが素晴らしい。アルコール抜きでのFastingからの生還(笑)回復食としては、最高のチョイスだったかも。

さあ、レストアできたし、気持ちもリフレッシュしたし、明日からまた頑張ろう!

December 6, 2010

胃腸をリセット中

明日の内視鏡検査の前処置。朝のいつものV8のあとは、低残渣食で胃腸をリセットするべく、ゼリー食と素うどんのみ。食いしん坊の日常から離れて、たまにはストイックに胃腸を休めることにした。医学的にもFasting(絶食)の効能は明らかだ。傷ついて獲物が捕れなくなった動物達は、何も食べずにじっとしている。絶食は自然回復力を高める。明日の夜まで休息して、最高に美味しいご飯を食べよう(って、やっぱり食いしん坊>笑)。

December 5, 2010

12月のまったり日曜日

FMサルース「おしえてまーく先生」の収録。年末から年始の番組。アルコール消毒について(笑)、マイコプラズマ肺炎について、百日咳について、自転車の事故、雪見鍋、などの話題。いつものようにまなさんの仕切りで香月さんと楽しいトークをさせて頂いた。新春番組での「新年のご挨拶」で、今年の抱負として「今年は書き散らかしている文章を整理してまとまった文章にしたい」と話す。あ、そうだったんだ(笑)。しゃべりだしたら勝手にそんなこと話していた。たぶん僕の潜在意識にあったんだろうな。

午後から神保町でじょうじ君と昼飯打ち合わせ。その後は楽器屋さんをひやかしてギターをみる。ともPが先日買ったタカミネのHawaiian Koaのギターの鳴りが素晴らしくて新しいライブ用のギター欲しくなったのだ。タカミネは輪郭のはっきりした野太い生音がいいし、作りもしっかりしているし、定評のあるピックアップが使いやすそう。500シリーズのいいデザインのものと出会ったら、決まりでしょう(笑)。来年の楽しみにしておこう。その後は、いつものムームー・ダイナーにて来年の計画などをつらつらと話し合う。差し当たりスタジオ合宿@白浜を計画するかな。ハックル仲間で週末台湾遠征なんかも実現したいし。楽しみ楽しみ。帰路、軽めに5本250m。明日から2日間Fastingで胃腸をリセットする予定。

December 4, 2010

ひさしぶりの「ろっぽんじ」

六本木ヒルズ52階のMado Loungeにて知り合いの会社の設立10周年パーティ。彼らの立ち上げの時の苦労から知っているので感慨ひとしお。楽しいパーティだった。やはり社長のOK女史の器量なんだろう。彼女がマッキンゼイ時代からお付き合い頂いているけれど、(ハーヴァードのMBAまで究めているくらいの)賢い彼女の一番の武器は「ブレない信念」だと思う。時々危なっかしいなあと思わせる「隙」も彼女のキャラでうまくバランスしている。でも何より彼女がスゴいのはそれを自分で十分知っていることだろう。10数年前に初めて会った時、この人は美しい女性ではあるけれど、なんとなく「大阪のおっさん」的は人だな・・・って思った(笑)のは当たっていた。誤解のないように書いておけば、これは起業して成功する女性の大切な資質だと思う。褒め言葉です。単に美しく賢い女性(大好き!>笑)は巷にたくさんいるけれど、彼女は図抜けた「資質」を持っているということ。たいしたもんだ。

それにしてもクリスマスデコレーションで彩られた華やかな六本木ヒルズ。その昔六本木で遊んでいたのに、今はこんなイベントがなければ足は向かない場所。あのちょっと薄っぺらいキラビやかさはハズカシくて、用事がなければ僕ら東京ロコは、まず行かない場所なんだよなあ(笑)。Roppongi ろっぽんじ(笑)。

December 3, 2010

Ordinary People Under the Sky

今朝起床してぼーーっとしていたら、閃光&雷鳴。北の国が核兵器を打ち込んだのか!と一瞬焦ってしまった。天気予報をチェックしていなくて、こんな悪天候になるなんて知らなかったから(笑)。6時過ぎでも真っ暗で、もの凄い勢いで雨粒が落ちてくる。歩くのは断念して、はやぶさ号で出発。豪雨で環八が川みたいになっていた。低地では池みたいに冠水していて、停車したらエンストしそうでかなりヒヤヒヤしつつ職場到着。午後からは強い南風が吹いていて初夏みたいな天候にあっけにとられた。朝の激しい雨は夢の世界のことみたい。遅めの昼休みで目を瞑っていたら、上空30mくらいの超低空から俯瞰しているイメージが出て来て、5分間くらいそのイメージの中で遊んだ。夕方からは強風で雲が吹き飛ばされて、ほのかに暗くなった空は快晴。帰路の車内から家に電話して、夜は家族で汐見台のイタリアンFesta Piazzaへ。家庭的で安心できる味&リーズナブルな値段。駐車場から観た空が透き通っていて、星がきれいな夜だった。こんな空の下、僕らordinary peopleは「この日の記憶」を刻んでる。

♪♪ Ordinary People by John Legend

December 2, 2010

おやじの記憶

昨年暮れに急逝したオヤジの一周忌の準備をしているせいか、最近オヤジのことをふと思い出すことが多い。彼との関わりや会話、彼の生き様が自分にいかに影響を与えたのかを、今更ながら痛感している。たぶん3歳くらいの記憶から始まり、死んだ朝の事まで、息子として本当に些細なエピソード(ばかり)を憶えているものだ。

それは、ある夜のお風呂の場面だったり、オヤジに初めて殴られた日曜日の朝の事だったり、オヤジが酔っぱらって帰って来た夜のことだったり、初めてオヤジに腕相撲で勝ちそうになりわざと負けた日の事だったり、初めてのゴルフコースで「大人のルール」を教えてもらった事とか、受験することを秘密にしていて医学部に合格したことを伝えたら、驚きつつスゴく喜んでくれた日のこととか・・・。彼の晩年のことを思い出すと胸が痛い。死んでからわかるオヤジの有り難さ。オヤジとムスコというのは、面と向かってはなんだか照れくさくて本音は出せないものなんだけれど、今「有り難うございました」と。

生きている時に親孝行っていうのは出来なかったので、こうやって思い出す事が最大の供養なのかもしれない。

December 1, 2010

仏縁

「東○ルール」という、区西南部救急医療システムの当番日9:00 - 明朝9:00の24時間は「問答無用」で救急受け入れをする日。このルール、夜が本番なので現在当直中。今のところ「ルール事例」はないけれど、ふつうに忙しい当直。CPA一件、緊急入院2件。やはり僕のKarmaなのか(笑)。今はちょっと一休み時間。
さあ、朝まで粛々と頑張ろうね!>スタッフ&自分。

そうそう、今日名古屋のHさんからメールがあった。彼は高校時代の友達のMちゃんの義兄さん。すごく魅力的な方だ。Mちゃん姉妹のお父上(つまり彼にとっては義父さん)を、高校時代から30年以上経て、僕が拝診することになったというのも奇遇のご縁。その後、名古屋の彼の立派な山荘でライブパーティをやらせていただこともある。名古屋といえばいつも、ふと彼のことを思い出しつつ、このところご無沙汰していたのは僕の方だ。ところが、来週名古屋でオヤジの一周忌&納骨をすることになり、そんなこんな段取りを考えている最中に彼からメールを頂いたのでびっくりした。さらに、その添付された文章がHさんの父上の話。昔の人は品格とこだわりをもって立派だったという素晴らしい話なのだ。このタイミングで「名古屋>八事(彼のお宅は昭和区ですぐ近く)>父の話」と繋がって・・・やっぱり「仏縁」ってあるんだな、とつくづく思ったりした。

November 30, 2010

ごめんなさい、お許しくださいお代官様!

今日のiGoogle星占い(水瓶座):
「期待していた臨時収入が、もらえなくなってしまうかも。すぐに次のチャンスはやってくるので、ポジティブ思考を忘れない・・・」だって。

これがある意味、当たっていた(泣笑)。

今日帰宅したら、税務署から親展で僕宛の「分厚い封書」がある。「あれれ?先日決算を済ませた会社名じゃないし、個人の確定申告の時期じゃないし・・・なんだろ???」とドキドキで開封してみたら、「修正申告しなさい!、めっ!」とのこと。今春の確定申告でかみさんの収入を過小申告してしまい、配偶者控除が自動的に入っていたみたい。ここ数年はネットでの確定申告をしていて、数字をそのまま入れると自動計算して申告用紙が印字されるので、それを申告していたのだ。毎年、結構な額が還付されるので、その意味ではその数字をそのまんま信じていた(信じていたかった>笑)んだけれど、それが間違ってしまったみたい。

ほっ、本当です、お代官様!、誓って「わざと」じゃないんです。
かみさんの雑収入の単純な計算ミスなんでしゅ。ごまかすつもりなんて全然ないんでごぜーーます。どうか、お赦しくだせー。明日早速、修正申告と年貢を納めることにします・・・うるうると反省。

でもさあ、よく見てるなあ>税務署の人。次の年度になっちゃう前に、前年度の見直しをしてるんだね。まあ、今春の還付額を考えれば仕方ないし、たいした額ではないんだけれど。潔く修正申告と還付金の一部返納をしよう。配偶者控除がなくなるという次回の税制改定のシミュレーションだと思うことにしてね。さらに今後「目をつけられちゃう」ほうがコワいし。

で、今日の占い通り「期待していた臨時収入(既に貰っている)が減った」のは当たってた。でも後半「すぐに次のチャンスがやってくる」というのを、信じよう。てか、それしかないでしょ(涙)。世界中の水瓶座の人たちに同じ事が・・・起こっているワケはないんだけどな(爆)。

November 29, 2010

『2度寝注意報発令中!』と、すもう系芸人「あかつ」


NHK教育テレビの「Eテレ0655」。天下のNHKが、こんな番組を朝っぱらから、やっちまうという素晴らしさ。

おっ、制作はNHKエデュケーショナルなのだね。この人たちはシャレが判っている。サラリーマンNeoにも爆笑したけれど、この「抜けかた」は絶妙。BBCのモンティ・パイソンが「鋭角的でシニカルな笑い」を追求していたとすれば、我がNHKは「脱力系のほのぼの笑い」を究めていくのかも。やはり日英の国民性の違いなんだろう。肉食系と草食系、狩猟民族と農耕民族。

「おれ、ねこ」も好きだけれど、この「二度寝注意報発令中」もいいなあ。
これは『忘れもの撲滅委員会』の続編なんだな、ふむふむ。

今夜の「すますま」。横目で観ていたら「すもう系芸人、あかつ」に大爆笑。これは面白い!オスカープロモーションかよ(爆)。

November 28, 2010

人を見る目を養う「場」としての学校

学生時代に出会った友達というのは、生涯の宝物だと思う。「いい学校」「いい教育」というものは極言すれば、良き師と出会い、佳き友と出会うこと、即ちいい出会いをする可能性が高い「場」なのだ。偏差値が高いからいい学校というわけではないし、難しい試験を課しているからいい教育を提供できる訳でもない。そんなことは当たり前なんだけれど。まあ、やさぐれた学校よりは有名校とか人気のある歴史と校風のしっかりした学校のほうが、結果的に偏差値が高くなっている。これは「いい場」に当たる確率の問題なわけだ。

そしてその「場」で「人を見る目を養うこと」、これがキモなんじゃないかと思う。学校における学生の本分は学業を修めて体を鍛えて「将来の自分のために投資する」ことだけれど、その時には大部分の当事者達(子供達)には、「その大切さ」はわからないものなのだ。もちろん当時の僕もわかっていなかった。でも、それと同じくらいかそれ以上に、自分と違ういろんなキャラクターの友達と出会って刺激しあいながら高めていける「場」であることが大切なのだと思う。

そして、ソレ故に教育にはお金がかかる。長い時間が必要だから。我が家の子育てをほぼ終わってみて振り返るとスゴい金額だ。でも親から子供にできる最大限のギフトは、その「いい教育の機会」を出来る限り与える事だろう。というか、それしかないわな。振り返ってみて僕は本当に恵まれていたと、つくづく思う。親に感謝しなければいけないと、この歳になって思ったりして。「勉強しろ」とか「いい学校に行け」とは、ただの一度も言われた事はなかったけれど、彼らにうまく誘導されたのかな(爆)。その意味からも感謝している。

午後からは巣鴨のイタリアンにて先週のライブの打ち上げ。仲間と楽しい時間。夜はかみさんの誕生日で雪見鍋。今シーズン初か。

いるんだね世界中で、ハックル仲間



こんな画像もあるんだね。これはストックホルムからの画像。言葉は判らないけれど、わりと同じ路線だったりして(爆)。韓国やスウェーデン、台湾、面白いね、世界は。30年の時を越えて。今の時代ならではの発見だ。

November 27, 2010

野菜たっぷりチキンスープカレー(まーくのレシピ・シリーズ2)

まーくのレシピシリーズ。一昨日の「海老のクミンシード炒め」のレシピが局所的に好評だったので、図に乗って第二弾(笑)。
これは娘達、特に今一人暮らしをしているかなPへのメッセージ。

========
たまにスゴく食べたくなるスープカレーのキモは、「ご飯が進むあっさりしているけれどコクのあるスープ」だと思う。スープとして単独で美味しくなければ意味がない。だからこれはインド料理ではなく、エスニック風だけど完全に現代の日本独自のメニューだ。

今日使ったのは、「ベル食品」のスープカレーのペースト。ハウスの「匠」も悪くないけれど、味を微調整するにはこっちの方がいい。仕上げ用のスパイスは隣。ここんちは鎌倉にあるお店みたい。


この他、カレー作りの定番のスパイス陣。コリアンダー、クミン、クミンシード、ガラムマサラ。あとはニンニク、生姜は必須です。



これも必須のル・クルーゼ。僕は煮込む料理はほとんどに使用する。24cmと30cmが僕の鍋。


さて下ごしらえ。
レシピはその日の気分でテキトウ。玉葱1個みじん切り、クミンシードをパラパラ&パラリ程度。人参1本みじん切り、ニンニク1/2個みじん切り、セロリ1/2くらい。これをオリーブオイル大さじ2杯、超弱火で炒める。ここは手を抜かず30分間くらい。ある程度炒めたら、バター1片、生姜ペーストを加える。野菜がくたくたになっていい匂いがしてくるまで炒める。となりのレンジで、今日はちょっと一手間かけて、①オクラとレンコンを素揚げしたもの、②さらに赤ピーマンを千切りにして準備しておく。


さらに別のフライパンで鶏もも肉を細かく切ったもの200gを強火で炒める。白ワインでフランベ。皮がカリカリになるくらい焦げる寸前がおいしい。それをル・クルーゼに投入。ガラムマサラやコリアンダー、シナモン、クミンパウダーなどテキトウにパラパラと加えて・・・熱湯800mlをじゅわーーーー。ここで定番、丸長の「鶏ガラだしのパウダー」を大さじ1杯。


後は1時間超弱火でコトコト煮て、最後の最後にカレーペーストを味をみて加える。灰汁をとらないこと、これがインド料理では大切なんだとニュージーランド時代の同僚のインド人医師が教えてくれて以来、それを守っている。本当かどうか判らないけど、インド料理の混沌とした雑味はたぶんそれが理由なんだろうな。これまでの失敗はペーストを多く入れすぎる事だった。最後に入れるスープカレーのペーストは少なめで十分。というかこれを入れる前の時点で十分美味しいスープになってないと失敗する。今日は小さじ2杯程度。

さらに味をみつつ、S&Bのカレーパウダーをパラパラ。これは香り付け。さらに「焦がしニンニク醤油」(隠し味)を作って、ちょろと加え、最後に①、②も投入。一煮立ちして完成! スープカレーにはチャツネの類いは僕は入れない。レンコンとオクラの素揚げのしゃきしゃきした食感がおいしかった。次は、ポテトチップスを使ってみるかな。

November 26, 2010

ハードボイルドな仕事なのだ


えええっ!、そりゃーないでしょ!という話。

どんな社会的関係であっても、程度の差はあるものの「信頼」のもとに成り立っている。というか、信頼関係があって始めて契約が成り立つ。もちろん僕らの仕事でも例外でない。でも、たまにそれを勘違いする人たちが居る。お互いが「約束を守る」という大前提のルールのもとに成り立っているのに、一方的なワガママで振り回す。なぜならば「自分達は弱者である」ので、相対的強者である僕らの方はそのワガママに従うのが「当たり前だ」というのだ。

何度も約束(その時には一見「誠心誠意」約束するのだが・・・)を破ってしまう自分の非を認めず、「その理由」ばかりを主張しまくしたてる。まだ「勘違い」しているなら許すというか、それに気付かないフリをして無視する余地もあるのだが、あまりにも確信犯的なんだもの・・・。確信犯的な契約違反と債務不履行を、刑法では「詐欺」という。PDの典型。やれやれ。

僕はまだいい。それなりの修羅場の経験があるから、彼らを可哀想だと思う余裕がある。でもそれに振り回される経験の浅いスタッフの苦労が気の毒だ。

フィリップ・マーロウじゃないけれど、
タフでなければやってられないし、優しくなければ生きて行けない
If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive. 
ハードボイルドの世界。

November 25, 2010

海老のクミンシード炒め(まーくのテキトウお料理レシピ)

①車エビ(今日使ったのはホワイトタイガー10尾)の下ごしらえ。背わたをとってキッチンペーパーで水気をとり、クミンシードパウダー、花椒塩、胡椒、ガーリックパウダー(画像)をパラリ。少なめでいいみたい。数分落ち着かせてからボウルに投入。


②ボウルに片栗粉大さじてんこ盛り2杯と卵白(一個分)を加え、さらにナンプラー小さじ2杯、紹興酒小さじ1杯、韓国で購入した「秘伝・黒ごま油」をちょろっとを足して、もみもみするとこんな感じ。









③最近、多用しているのは桃屋の「きざみニンニク」。これが便利だし隠し味が絶妙。となりは昨日台湾から帰って来たこーめい先生にお願いして買って来て頂いた「寧記」のChili Shrimp Sauce。激烈な辛さなので、小さじ1/4で十分。それを今日初めて使うので「試し舐め」したら、マジで舌が痺れた。すげーぞ、コレ(笑)。いろんな料理に応用できそう。





④炒めに入る。きざみにんにく(大さじ2杯)、台湾みやげの激烈唐辛子(小さじ1/4杯)、クミンシード(パラパラ程度)をサラダオイル(大さじ3杯)で炒める。極弱火から始めて、香りが立って来たら中火に。











⑤炒めはこんな感じ。ココからは強火にして・・・香りがたってきたら、ボウルから海老を1尾ずつ丁寧に投入。焦って一気に入れるとコロモが付きすぎて油っぽくなるので注意。


⑥蓋をして煽る。画像は僕のお気に入りのフライパン蓋。かわいいでしょ。












⑦このくらいになったら、仕上げは強火で煽りまくる。ううーーんいい香りがしてきた♡








⑧キッチンペーパーに海老を上げて油を落として(これをしないと油っぽくなる)、盛りつけ。カリカリのニンニクをパラパラして完成。僕的にはさらに刻んだ香菜をパラパラするのが好きなんだけれど、うちの家族が香菜キライなので今日はなし。

エスニックの香ばしい、カラリ炒めのぷりぷり海老!熱々にレモンを絞って・・・うまいっすよ!

今日の星占い

僕のiGoogleに星占いのコーナーがあって、今日の水瓶座の運勢:
「運気は好調です。早目に仕事が片付きそう。気ままに散歩をしたり、買い物に出かけたりして、好きな時間を過ごしましょう。」
だったそうな。星占いは昔凝ったけど、今は全然信じていないんだけれど(笑)。

早朝の会議から始まり午前中はばたばたしたものの、午後からの往診、たまプラーザの保育園のかわいい子供達(天使だ!)の健康診断を終了したら、なんとまだ16時半。一緒に手伝ってくれたかみさんとKrispy Kreme Doughnutsでコーヒーを飲んで17 時過ぎ。うわー、こんな時間があるなんて信じられない!ということで、今日はジムで久しぶりに20本1000mを泳いだ。さすがに久しぶりだったのでちょっと疲れて、250mずつ一息いれて40分間しっかりと伸びて気持ちよかった。サウナ>水風呂でぼーーとする。つい先日のことなのにライブのことがスゴく昔の記憶のような気がして不思議だった。19 時過ぎに帰宅して、ムショウに料理がしたくなり今夜はゆっつんのリクエストで「海老のクミンシード炒め」と「オイスター・チャウダー」を作った。

占い、当たってるじゃん(笑)

November 24, 2010

最近気になるちょっとヘンなこと

一ヶ月くらい前に気付いたこと。手をつないで駅に向かう通勤時間の男女。それもティーンエージャーじゃない。30代、多分40代のカップル。新婚なのか?ちがうな、たぶん。映画のシーンに出てくるような美男美女じゃなくて、ごく普通の男女。おっさん&おばさんと言ってもいいくらいの人たち。そんなシーンは日本では今まであまりなかったシーンだと思うのだ。初めて見た時に「うーーーーん」と唸った(笑)。朝の忙しい通勤時間、いい歳こいた「健康そうな」男と女が手をつないで通勤する姿。一組じゃない、何組もいる。たまプラーザだけじゃなくて、自由が丘では50歳代とおぼしきおっさんと30歳代(たぶん)の女性のカップルもいた。あ、これは「特殊な事情」がありそうだけど。でもなんか不自然に感じた。

もちろん、彼らに異議を唱えるつもりは全然ない。いいのだ、好きにすれば。でもね、腕を組んで歩くというなら、まだ判る。「手をつないで歩く」というのに僕は「違和感」を感じるのだ。結婚26年になる僕とうちのかみさんは、たぶん20年は二人で手をつないで歩いた記憶はない(笑)。手をつないだとしても間に子供達がいた。今だったらお互い「やーだ!(爆」」って思うだろう。第一、歩き難いしハズカシいじゃん(笑)。爺さん&ばあさんのカップルがお互い寄り添って労りながら手つなぎで朝の散歩をしているのは、全然許せるんだけどな。画像的には。でも、手つなぎ通勤のあの「違和感」は何なんだろう。男の僕の「勝手な思い込み」なんだろうか?繰り返すけれど、彼らを批判する気は全然なく、ただ違和感を感じるだけなのだけれど。

考察:
①(人の目を気にせず)手をつないで自分たちだけの世界に浸れるのは、「若くて未熟で、そこに儚い夢のあるカップルである」ハズだという、僕の思い込み。人生好きに生きればいい訳だから、とやかく言う事ではない。正論。
②たとえ歩き難くても、恥ずかしくても、相手が望むなら(本当か?)やってあげるのが優しさだと思い込んでいる人が居るのか/
③彼らに「なにか特殊な事情がある」のか?そう考えないと不自然。
④ただ単に、惰性の行動?そんなに難しく考える僕がオカシイのか(笑)。

どーなんだろうな。どーでもいいけど(笑)
気になるなあ。

November 23, 2010

すごい女性の話

大正の初めの頃に生まれた彼女が、昭和初期の第二次世界大戦前に、日本の女学校を卒業してからアメリカ東海岸の名門女子大Seven SistersのWellesley Collegeに入学したことはもの凄いことだ。もちろん日本人で初めての学生。彼女の実家はS学園(ちなみに、じょうじ君はそこの大学の卒業生)を創立した一族で、たぶん大富豪だったんだろう。明治生まれの彼女の母親は誇り高く、大変厳しい方だったという。そりゃそうだ、今の時代で喩えれば、月にある名門女子大に娘を入学させるくらいの肝っ玉と財力があるわけだから。今でもWellesleyは知る人ぞ知る名門女子大で、アメリカの女性エリートのトップの人たちが行く学校。Wellsleyの卒業生はHarverdやMITやYaleなどにほぼ無条件で入れる資格がある。かのヒラリー・クリントンも卒業生の一人。彼女は日本の同窓会(皆スゴい女性達なんだろうな)の名誉会長なんだそうな。

昭和初期に海を渡った彼女は、文化や習慣の違いや人種差別などのもの凄いストレスの中で頑張ったんだと思う。今の時代の甘ちょろい留学とは全然違う厳しい生活だったんだろう。その後の第二次世界大戦、戦後の混乱の中で生き抜き、平成、そして人生の黄昏。波瀾万丈の生涯。彼女の人生で小説が書けそうだ。

その彼女HMさんが、今朝眠るように静かに息を引き取った。享年95歳。僕はその人生の最期のほんのわずかな時間(半年くらい)しか彼女と会えなかったけれど、背筋が伸びて、心の芯の通ったチャーミングな方だった。ああいう人をホンモノのプライドと品格のある女性というんだろう。そんな素晴らしい方とお会いできた事を感謝しつつ、心をこめてお別れをした。

合掌

ライブ後の放心状態(笑)


今回のライブの会場は昨年と同じ渋谷J-Pop Cafe。ここんちはサイズ的にも最適だし使いやすくて、とても良心的。狙っていた11月最終週の日曜日が先約で埋まっていたために、今年は一週前倒しになった。全体練習の回数がこれまでより少なめだったけれど、本番前までには何となくまとまって来た感じで当日を迎えた。ライブ後というのは、不思議な疲労感と達成感と幸福感が漂っていて、なんともいえないぼわっとした「放心状態」が数日続く。実はステージの上で起こったことは実はいつもあんまり憶えていないものなのだ。そのときの気持ちとか雰囲気は憶えているんだけれど、何をしゃべったか?とか全然憶えてない(笑)。

13時過ぎに渋谷に到着して会場へ。フロアマネージャーの佐野さんと打ち合わせしつつ駒込組のワゴンタクシーを待つ間に、2階の楽器屋さんで時間を潰した。2時半頃ハックルチームとSSUチームが会場に到着。徐々に人が集まって来て雰囲気が盛り上がってくる。リハーサルの時間が好きだ。今回のPA担当のスタッフは女性でなかなかキメの細かいいい仕事をしてくれました>有り難う!コラアゲンも到着し打ち合わせをしていたら、あっという間に開場の時間。たくさんのお客さんが入ってきて会場が一気に華やかになる。このライブ前の緊張感とわくわく感が好きだ。

まず僕らのアコースティックバージョン。最初からトチッた(笑)けど、まあご愛嬌。この一曲で凄くリラックスできた気がする。ライブの雰囲気は一気に30年前になってた。流れ星を演奏しながらとなりのじょうじ君が涙で詰まりそうになっているのをチラ見した瞬間、僕にも伝染ってしまい鼻の奥が痛くなった(爆)。

次はSunmarine Sandwich Unit(SSU)。 星くりさんつながりの駒東のバンドで、初めはかなり緊張していたみたいだけれどだんだん本領を発揮して来た感じ。高校時代の文化祭のノリっていうか、あの懐かしくも温かい雰囲気がするオヤジ達(笑)。初めてのライブとしてはとてもまとまっていたしいいパフォーマンスだったと思う。またやろーね。

彼らがはけてから、コラアゲンはいごうまんの登場。かぜさんにもステージに上がってもらい話してもらったら、これがまんま生DJで、あの時代の深夜放送を生で聴いているみたいな感じがした。コラアゲンにツカミでいじられ、彼の僕らに対する温かい思いやりを感じてちょっとほろっとした。彼の爆裂スタンダップ話術は本当にこのところどんどん進化している感じがする。会場は爆笑の嵐で盛り上げてくれた。さらに高い所を目指して頑張って欲しいな、つくづく。

休憩を挟んでバンドバージョン。CCタケダのパートも前日初めて合わせた割には呼吸もぴったりでうまくいった。またやろーね>タケダ。そこからエンディングまでの時間は、冷静なんだけれど「夢の世界」みたいで、今思い出そうとしてもふわふわした記憶しかない。最後のDowntown Downを演奏しながら、今日何度目かの涙が出そうに(実際には出ない<笑)なった。大げさなようだけれど、そしてこれからも人生は粛々と続くんだけれど、僕もじょうじ君も本当に幸せものだと思って、神様に感謝した。本当に多くの皆さんが来場してくれて有り難かった。あまり皆とお話できなかったことはちょっと心残り。

ライブ撤収後は、タクシー分乗で「さくら」に戻り、皆でプチ打ち上げの乾杯!この至福の時間をありがとう!

November 22, 2010

B☆竹ライブ vol.4 

ライブの打ち上げから今帰宅。心地よい疲労感と達成感。素晴らしい仲間と会場に来てくれた多くの人たちに感謝。神様ありがとう!日付は変っちゃたけれど、詳細は明日にして今夜のうちに更新しておこう。気持ちよく爆睡しよっ(笑)。


以下、本日のライブのセットリスト===
B☆ライブ, vol4 (11-21-2010 J-POP CAFÉ)

17:00 アコースティック・パート 
① 小春日和
② 日曜日の午後の雨
③ ふたり
④ 風になりたい
⑤ 涙のさくら貝
⑥ 流れ星

17:30 – 18:00 Submarine Sandwich Unit
1.旅
2.古ぼけた教室
3.Life-君といた季節-
4.美しい世界
5.宝島の地図

18:00 – 18:40 コラアゲンはいごうまん ライブ!

18:40 – 19:00 休憩

19:00- バンド・パート
⑦ 夏の終わりに
⑧ California Dreaming

CCタケダ紹介
⑨ 雨を見たかい?
⑩ You’ve Gotta Friend

⑪ 雨の日とパンプス
⑫ 月光恋歌
⑬ TOMOSHIBI
⑭ 猫目地蔵
⑮ 未来への伝言

⑯ 携帯電話のなかった時代
⑰ Downtown Down

お疲れさまでした!

November 20, 2010

ライブ前日

午後5時からライブ前日のリハーサル@巣鴨ホワイトロードスタジオ。プロだとライブのリハーサルを僕らの何倍も時間をかけて決め事をしっかり確認するんだろうけれど、日々忙しい僕らはライブ前にせいぜい4−5回の練習でまとめあげる事になる。それでも今までのライブセットの経験から、多少の調整をすればなんとか形になるようになって来た。今日は、九州からCCタケダも上京し初練習参加で明日本番・・・の割には形になってるのは自主練習の賜物でしょう。バンドとしてのグルーブ感も出て来たし、どんどん進化している実感があるのが嬉しいな。ま、明日は2時間のステージをとにかく演っている僕らが楽しむ事が一番で、本番で間違えちゃってもお愛嬌ということで許してもらおう(笑)。初参加のSSUにも楽しんでもらえればいいな。コラアゲンとのライブ初コラボもすごく楽しみだ。

4時間の練習を終え、一人で車で高速道路を走っていたら、溜池のあたりで急に高校ー浪人時代の自分の感覚に飛んだ。あの頃、いつもつるんでいた仲間達と30数年の時間を経て、こうやってライブを演っていられる。そして、それを聴きに来てくれる人たちがいるという幸せ。ありがたやありがたや。さあ、明日は楽しもうね。

November 19, 2010

未来への伝言(CD)ライナーズ・ノート原稿

2年ぶりの新しいCDアルバム「未来への伝言」、全9曲。5枚目のアルバムです。

①たんぽぽ
今年の夏頃書いた、ま&じのコンビの曲です。「春の嵐」の続編的な曲で、家族の愛がテーマ。あるストーリーから浮かんだ「応援歌」。この歳になると人生についてしみじみ考えることがあります。どんな人生でもいい事&悪い事ってバランスが取れているんじゃないか?って思います。出来上がった詩の内容が重いのであまり暗くなりすぎないようにね・・・と僕としては珍しく注文をつけて出来上がった曲は、3拍子のほのぼのとした曲になりました。

③CALIFORNIA DREAMING
このAMシークエンスは以前から書きたかったもので、ま&じで作詞&作曲しました。1970年代の西海岸サウンドを意識して、もちろんタイトルにあるようにMAMAS&PAPASへのトリビュートの曲。「あのころの僕達」というテーマは、書いていくうちに「幼い恋」の話になりました。ある意味では「携帯電話のなかった時代」のアンサーソングかもしれません。

⑧猫目地蔵
駒込の裏路地にあるB級中華料理のお店で、ま&じでショウガ入り紹興酒を飲んでいたら突然閃いたイメージで、さささっと書き上げた詩に曲を付けました。台北の裏路地の寂れた「食堂」に屯す人たちの哀しいロックンロール。Em/A7 のシークエンスは凄く自然にでてきました。完成した曲は、なぜか奥村チヨの「最終列車」のトリビュートになってしまった(笑)。「るーるー、ふぁいふぁん・・・」の意味は秘密の言葉遊び(笑)。ライブでみんなが一緒になって歌うと楽しいんだけどな。Downtown Down 的な「黒ハックル」曲です。

⑨未来への伝言
タイトル曲。この曲は実は僕(ま)が書いたいくつかの原詩を組み合わせてじょうじ君が作った曲。詩ではそれぞれの別の場面のイメージなんだけれど、曲になって全く別の世界が出来上がった感じがしました。この感覚は、長年一緒に歌作りをしてきた、ま&じの世界に特有のものだと思います。

②海岸通り
④PROFILE
⑤あの日のサンバ
⑥Seaside Story
⑦残されたもの
の5曲は、しのねじょうじの作詞作曲。まさに「じょうじワールド」です。彼の音楽性の素晴らしさを改めて僕が書くのはこっぱずかしいのだけれど、透明感のあるサウンドは彼特有のものであると思います。厚みのあるアレンジも、このCDアルバムである意味「完成型」に近づいたんではないか?と思ったりして。欲を言えばキリがないけど。

この5枚目のアルバムは、Time Frame >Sand & Gem>Downtown Down> Nose of Black Cliff と進んで来た僕らの軌跡の「一区切り」となるものだと思います。今からいうのもなんだけど、そろそろベストアルバムも作りたいし、シンプルな構成のライブレコーディングのアルバムも作りたい等々、考え始めたりして(笑)。

November 18, 2010

1歳から99歳まで

研究日。早々に病棟回診を済ませて、消防署@用賀出張所の産業医レクチャー。今日も消防署の人たちは熱心に話を聞いてくれた。マッチョな人たちだ(笑)。昼ご飯は用賀のBussiness Squareの若鯱にてカレーうどんセット。ミニ味噌かつ丼は余分だった>反省(笑)。午後からはいつもの施設在宅往診。「スーパー医療秘書」愛ちゃんのヘルプで、さくさくと回診。彼女の気配りは素晴らしい。僕が話した事の凄く些細なニュアンスもしっかりと電子カルテに記載してくれるので助かる。最高齢は99歳の爺様。若い頃、江田島(海軍兵学校)で鍛えられた身体は頑丈だ。いつまでもお元気で!

15時にS君にピックアップしてもらい港北「センター南」の保育園へ。半年毎の子供達の検診。かわいい子供達の話をしたら、是非私も行ってみたい!と、かみさんも参加。みんな可愛かったなあ・・・。子供達のエネルギーから、元「気」を貰った感じ。

ということで、今日は1歳の赤ちゃんから99歳の爺様まで診察させて頂いた。これは類い稀なことだと思う。子供達の検診終了後、僕はそのまま保育園の隣のシネマ・コンプレックスへ。にこにこ顔のかみさんは次の仕事のスタジオへ移動。

映画「SP野望編」。大好きな「真木よう子」さんが観たくてこの映画に行く事にした。ああ、やっぱりいいなあ、真木よう子・・・と惚れ惚れとするが、映画自体は「はへ?何これ???」という脚本構成。すごく中途半端なストーリーには、ちょっとがっかり。でも好きな女優さんが観られただけでヨシとしよう、今日は。映画版の前編的なわくわく感がちょっと足りなかったし、さらに言えば、もうちょっと色気があってもいいんじゃない・・・って思った(笑)。ストーリー的には説明不足で、敵と味方がよくわからないし、監督が何を描こうとしているのか見えない作品。大甘採点で「☆1/2☆」でしょう。

November 17, 2010

やばっ、左手首がイタい



素晴らしいなあ。夢が広がる映像だ。川口教授によれば「夢を越えたもの」。僕がこの快挙に一番感激するのは、想像を絶する距離(だって太陽までの距離の倍先にある「イトカワ」なんて見えないぞ<笑)で、様々なトラブルを抱えた「はやぶさ」を信じて支え続けた人たちの7年間(準備期間を入れればその倍はかかっているだろう)。その地道で諦めない科学者達の真摯な努力の日々。絶望的な気持ちになったことだって数えきれないほどあったはずなんだ。もちろんそれに応えた「はやぶさ」くんも素晴らしいんだけれど、彼ら科学者のプロ精神があったこそ。それに心から敬意を表するな。日本の誇る技術力だ。K国とかC国とかが今のところ逆立ちしても出来ない事だ。

今朝の起床時から左手関節の痛みがある。どうも腱鞘炎らしい。週末のライブ前までには治さねば。がちがちに固定したら少し楽になった。

November 16, 2010

すごいぞ!はやぶさ!!

今日の嬉しいニュース。Jaxa

=======(以下引用)
2010年11月16日 更新
はやぶさカプセル内の微粒子が小惑星イトカワ由来のものと判明
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、はやぶさ搭載の帰還カプセルにより持ち帰られた微粒子をSEM(走査型電子顕微鏡)にて観察および分析した結果、1,500個程度の微粒子を岩石質と同定いたしました。更にその分析結果を検討したところ、微粒子の鉱物の成分比率が隕石の特徴と一致し、地球上の岩石と合わないことから、そのほぼ全てが地球外物質であり、小惑星イトカワ由来であると判断するに至りました。
採集された微粒子のほとんどは、サイズが10ミクロン以下の極微粒子であるため取扱技術について特別なスキルと技術が必要な状況です。JAXAは、初期分析(より詳細な分析)のために必要な取扱技術と関連装置の準備を進めています。
=======

もっともっと世界に誇っていい快挙だ。想像を絶する苦難を乗り越えて地球に帰還して燃え尽きた「はやぶさ」。それを地道に支え続けた研究者たちの努力に心から敬意を表したい。

November 15, 2010

I'm on the way!

ニュージーランド時代のボス、(恐妻家の)ケヴィンが、帰り際にいつも奥さんのキャロルに電話して「今から帰るよ!」という時にいう言葉。今日イギリスのサイトを見ていて、おおっ!て懐かしく思い出した。"I'm"のところにアクセントがあってゆっくり強調する(笑)。初めてケヴィンの言葉を聞いた時に、「まだ」職場にいるわけだから「もう」帰り道の運転中だよって、ちょっとサバをよんで奥さんに連絡してるのかな?って思っていた。僕なら、I'm leaving! とか ready to go home, now! とかかみさんに言っちゃうけど、それでは「含み」がなさ過ぎるわけで、ちょっとニュアンスが違っていたかもしれないって今日気付いた。つまり、ケヴィンの言いたかった事は、I'm on the way back home to see you, very soon! って事なんだね。自分でトラッキングしている訳だ。彼らの感覚では、当然その後に、I love you!が続くわけで、日本人の男は恥ずかしくて言えないぜ。今彼の言葉の意図することが判った(おそっ!)

ちなみに、SSさんのロンドン公演も大成功だったみたいだ。よかったよかった♡(←ファン心理)。

November 14, 2010

学ぶ姿勢と社会の階層化

内田樹さんのHP(11-10-2010)、階層化する社会について 
うううむ、と唸った。まったく同感。「自分らしく生きる」とか「自分探し」とか、ぬくぬくと耳に心地よいフレーズに、日本社会は毒されてすぎているんじゃないか?って僕も思っていたから。

以下、メモとして引用。
===========
「まわりの他人の動作の模倣を繰り返すことによって、子どもは自分の脳神経回路を、まわりの人間(大人と子ども)の脳神経回路と同様にすることによって、自己を形成してゆく。すなわち、まわりの他人の心を部分的に模倣して組み合わせることで、自分の心を作っていくのである。」(『日本人の脳に主語はいらない』、2008)
思考も感情も私たちは外界から「学習」するのである。
外界を遮断して、自分の内側をじっと覗き込んでいるうちに自生してくるような思考や感情などというものは存在しない。ところが、「自分らしさ」イデオロギーはこれとまったく逆転した人間観に基づいている。

問題は「私がすでに潜勢的に所有しているもの」を現勢化するための「チャンス」(しかるべき地位や年収、しかるべき敬意や配慮)が(誰かがそれを不当に占有しているために)まだ「私」に分配されていないことに尽くされる。
そのようにして、「自分らしさ」「自分探し」イデオロギーは「無権利者が占有している資源はほんらいの所有権者たる『私』に戻されねばならない」という「政治的に正しい」社会的格差解消論に結びつくことになる。

それは、「自分らしさ」を追求している人間は、「学ぶ」ことができないからである。
「学ぶ」という行為は次のような単純なセンテンスに還元される。
「私には知らないこと、できないことがあります」
「教えてください」
「お願いします」
これだけ。
これが「学び」のマジックワードである。
これが言えない人間は永遠に学び始めることができない。
けれども、「自分らしさ」イデオロギーはこの言葉を禁句にする。
「自分らしさ」を追求する人間が前提にしているのは「私には知らないこと、できないことはない」だからである。

「私には学ぶべきことはない」と宣言してしまったものは、まさにその宣言によって社会の流動性を停止させ、社会の階層化と、階層下位への位置づけをすすんで受け入れることになる。
==========

冒頭に書いてあるように、内田さんは「上から目線で、学ばないものを叱咤している」わけでは決してない。社会階層の下位にあるものを正当化するイデオロギーの危険性について危惧しているのだ。

国民全員が「学ぶ」ことで、よりよい生活を目指すハングリーな社会(たとえば明治から昭和高度成長期までの日本)には、活力と未来があった。これからの日本は、階層化がさらに進むのだろうな。内田さんは「階層化」という言葉を使っているけれど、まさに「格差」のことだ。自分探しに奔走し、一発逆転みたいな夢(それも自分の努力とは無縁の宝くじが当たる的な夢)を見続ける幼児的なコドモ大人ばかりの国に将来はない。

一方、昔も今もたぶん将来も「超格差社会」の中国の知識エリート達の記事(Newsweek 11-12-2010)「中国エリートは欧米を目指さない」も興味深かった。別の意味でギラギラしているエリート達。この記事の論点は、中国のエリート達は欧米なんでメじゃないってくらい自信をつけているってことなんだけれど、このスケールで自分の将来の夢を描ける学生が日本に何人くらいいるのか?は心もとない。

November 13, 2010

親目線でうるうるした

今日の結婚披露宴は、とても温かく和やかな雰囲気でとても良かった。今日のカップルは二人とも職場の同僚で、彼らの人柄がよくわかっているだけに、すごく微笑ましく楽しんだ。お約束の「これまでの人生」スライドや、「親御さんへの手紙」では、やっぱりウルルとしてしまう。この歳になると、彼らの親と同じ世代で、もう完全に親目線で鼻の奥がツーンとなってしまった(笑)。それにしても最近の披露宴ってよく出来ていると思う。(無駄とまではいわないけれど)以前の形式的で儀式的なものは極力排除しつつ、抑えるポイントはしっかり抑えてあって、すごくよく出来たイベントになっていたな。ひろし&ちづる、末永くお幸せに!今日は運転していたので披露宴でアルコールはなしで素面だったので、帰宅してからお酒をちびちびと飲みつつバレーボール女子。すごいね。いつのまにこんなに強くなったんだろう。大したもんだ!

November 12, 2010

結婚披露宴のスピーチ(原稿)

この週末は職場の若いカップルの結婚披露宴がある。職場で出会った二人が結婚し、新しい家庭を築くということは本当に素晴らしい事だと思う。僕は何にもやってないけれど(笑)、彼らの人生の出会いの場を作ったことに関しては、喜びとともにある意味責任を感じる。二人ともバランスの取れた素晴らしい人柄で、誰がみても素晴らしいカップルなのだ。きっと素晴らしい家庭を築くだろう。それを確信しているものの、僕の立場上希望に燃えるこの若いふたりへのお祝いの言葉をスピーチするということで、ちょっと辛口のメッセージを伝えることにしよう。

男と女は「まったく違った感性と価値観」で生きている。だから同じものを観て同じ言葉を聞いたとしても、感じ方が全然違うのだ。惚れたはれたの恋愛の時間には、相手の事を必死に判ろうとするし、結婚した当初はすべての物事を一心同体で進められるはずだという「幻想」を信じているかもしれない。でも、そこがそもそもマチガイではないか?と思う。

恋愛は「個人的なもの」で、結婚は「社会的なもの」なのだ。

男と女では、同じものを観たり聞いたりしても「まったく感じ方が違う」。「まったく違う生き物なのだ」という所からスタートすることが大切なんじゃないかと思う。共同生活をする上で、さまざまな価値観を共有するのは大切だ。でも、本当に「価値観を共有」できているかどうかは実は大いに疑問で、お互い「その違いを判り合おうとする」の努力をすることで「なんとかうまくいくもの」なのだと思う。

(男も女も、お互い)理解不能の火星人(でも土星人でもいいけど)と一緒に、この先何十年も一緒に生きて行くことが「結婚生活」であるのだということを、早い段階で知っていた方がいい。幸せの絶頂に居る二人には酷な言葉かもしれないけれど。

僕とかみさんは結婚してから、そのことをお互い理解するのに10年はかかった(笑)。理解した筈でも26年経ったいまでも日常生活の中で時々喧嘩するのだから・・・でもそんなものです、結婚って。不完全で未熟な若い男と女が一緒に暮らすんだもの、いろんなことがあって当たり前だと思う。たぶん、自分たちを育ててくれた両親も、その両親を育ててくれた爺さん&婆さんも、その爺さん&婆さんを育ててくれたくれた、ひい爺さんん&ひい婆さんも、そんな教訓を得て子育てをしていたのだと思う。男女の違いを判った上て、お互いを思いやる心があるかどうか?それが(エラそうな事を言えば)結婚生活なのではないか?と思う。

だ・か・ら・・・こそ、今日結婚した若い二人は、ご両親に出来る限りの親孝行はしなくてはいけないのだ!

そんな話をしようと思う。

November 11, 2010

泳ぐ時間が作れない

前回ログの後がまた「濃い」一夜だった当直明け。仮眠を断続でうつらうつらと3時間くらい。何故か東京ビッグサイト前の広場で大洪水に遭遇している夢を観ているところで目が覚めた。狭くて堅いマットの簡易ベッドで寝ているので、目覚めた時の感覚はアウトドアのキャンプ場で寝袋に包まって起きた朝みたいで体中バリバリ。やっぱり50歳過ぎてからはこういうワイルドな睡眠だと厳しいものがある。若い頃は「いつでもどこでも誰とでも(笑)」しっかりと寝れたんだけどな。毎回書いているけど。それにしても昨夜は「濃い」夜だった。

身体的には疲労感があるものの、妙にハイテンションでルーティンをこなした一日。午後の電車では爆睡しつつ移動。夜は一周忌の準備など。さすがに今週は忙しくて、夜の泳ぐ時間が作れない。残念。

振り回す人たち

おっと、更新する暇もなくこの時間になってしまった。原稿書きをしたり溜まったデスクワークや書類の整理をしつつ、月一回のTルール当番日で当直中。さっきまではTルール事例ではないけれど、PDの女性の振り回し症状に対応してこの時間。あのキャラでは大変だろうな・・・と彼女の周囲の人たちに同情しつつ。今は渋谷方面からの次のケースの救急隊の到着待ち。比較的静かに始まった今夜の当直も、長い夜になりそう。がんばれ>オレ

November 9, 2010

SSさんのこと

アーティストとして心からレスペクトしているその人が目の前に居て、ふつうに話しているのがすごく不思議な感覚だった。彼は天才だと思う。あんな素晴らしい歌を作る繊細な人だけに、今日は細心の注意を払いつつ手術をした。この週末の海外ツアーを前にして万全の体勢で望みたいという、彼の希望に最大限応えるのが、大ファンでもあり主治医としての僕のプロとしての仕事。彼くらいのアーティストになると、自分の責任で行う仕事(works:作品)が周囲の人たちに及ぼす影響が大きいだろうし、かなりのプレッシャーなんだと思う。だって日本代表だもの。今度のロンドン公演が、去年以上にいいパフォーマンスになりますように!来年はツアードクターとして自腹で帯同しまっせ(笑)。

November 8, 2010

タッハンマリ!


今晩は、CK新社(カルヴァン・クラインではない)のSさんとI書院の美人編集者Sさんと先日の講演会の「ご苦労様会&反省会」(笑)。今年3月、韓国で僕がハマったタッハンマリのお店(ハンマリ屋)にて。平日夜の汐留(浜松町)のビルの一階。でもお店はガラガラで、コレで大丈夫かいな?と、ちと不安になったものの、タッハンマリそのものは、本場のものにかなり近い感じ。韓国人のウェイトレスさんが、真っ赤な唐辛子タデギに酢と韓国醤油を1:2で入れて混ぜ合わせる方法を教えてくれた。ふむふむ。たしか本場では擦りニンニクも入れたと思うけれど、今夜は断念。翌日があるものね。韓国ではとなりの韓国人カップルのやっているのを見よう見まねだった。これにマスタードを入れると味が変って面白い。はふはふっと美味しく頂く。この他、ケジャンの唐揚げ、ポッサムキムチ、ナムルなどどれも美味しかった。タッハンマリは鍋の味が変化するのが面白い。最後は酸っぱめのキムチを投入して中華麺を投入して〆。ビールからマッコリへ進み、3人で結構がっつりと飲んだ。今回の講演に際していろいろと資料や情報を頂いたS女史とは、ひさしぶりだったけれど、相変わらず話好きの聞き上手だなあ。おっさんたち(僕とSさん)の反応を瞬時に読み取り、時に鋭く時にやんわりとリターンを返して去なす(爆)。頭の回転が抜群の女性だと思った。話題は多岐に渡り楽しい夜だった。

November 7, 2010

音楽三昧日曜日

車で移動してじょうじ君をピックアップしてから、昼過ぎにさくちゃん別邸の駒込「さくら」へ。昼ご飯に駒込の蕎麦屋さんで「鴨せいろ」。お汁の味はまずまずの美味しさで山椒の香りがユニーク。ここんちの蕎麦は手繰り難いのがちょっと残念だった。

さて今日はまずアコースティックのパートの練習。もう本番まではアコ−スティックのパートの打ち合わせはない(と思う>笑)。これは「ちょちょちょんちょい」と1時間くらいで「ま、いいでしょ」という感じで練習終了。ウン十年一緒に演ってきたま&じの「あ・うん」の呼吸というか(実際にはギターを弾く指が痛くなるので、この先の練習を考えるとそれ以上は弾けない>笑)、決め事さえ決まれば、お互いの呼吸を感じていればライブでの演奏は出来ると思う。

その後、14時半くらいから3時間、じ&さの二人で休みなしでぶっ続けでさくちゃんのキーボードの特訓。僕は途中でヘッドフォンで聴きつつソファに横になっていたら・・・ZZZっと気持ちよくお昼寝してしまった。今回さくちゃんはキーボードのデビューなので、すごく頑張ってたと思う。彼らの集中力に感嘆しつつ、僕は寝ていたんだけど(笑)。

スタジオに移動してから、巣鴨の「あきば」という天丼屋さんで晩ご飯。エビ天3本+松茸天ぷら+玉葱天ぷらが入って650円は凄い。追加の浅蜊のおみそ汁80円(えええっ!)をオッサン達は当然「追加」して十分美味しく頂く。デフレの徒花だろうけど、リーズナブルなお店。18時から21時までWRSスタジオで今日の練習本番。ともP&ネヅッチと合流して、バンド練習開始。グルーブをびんびんと(笑)感じつつ、あっという間の3時間だった。僕的にはギターの弦は切れるし、チューナーの電池は切れるし散々だったけれど、濃い練習で今回のライブのイメージが湧いた感じ。音楽三昧の日曜日。道路はガラガラで板橋から横浜たまプラーザまで25分。22時帰宅。

November 6, 2010

鋭角的な禿げになりたい


医学的に男は母方の爺さん形質の多くを継ぐことが多い。たしかに自分の引き継いだ形質を考えると、母方の爺さんの形質は濃いと思った。体型、性質、声、やっている事がすごく似ているのだ。男性ホルモンが過多なのか(笑)。子供の頃から、カツラとか、2:8分けとか、すだれ禿げみたいなみっともない姿にだけはなるまいと思っていた。どうせなら潔く禿げる方が絶対いいって思ったのは40歳過ぎた頃だ(自分にまだ自信がなかったんだろう、30歳代の時には、やっぱりヤだった)。45歳くらいからは潔くハゲるために、さらに短髪にした。「鋭角的な」禿げがカッコいい。鋭角的な禿げの例として(世間でよく言われる)のは①ショーンコネリー(画像)、②スティーブン・ジョブズ、日本人なら③渡辺謙かな。逆に「鈍角的(というより非鋭角的)」禿げの典型は「波平」さん。僕は、ちょっと油断するとあっち方面にいってしまいそうだ。50歳すぎてからの髭に関しては、ある時点から「べつにこんな感じでもいいじゃん」って思ったのがきっかけ。もともと髭はコクないし、欧米人みないなかっこいい髭ではない事は自分でも意識しているけれど、世の中的には「一見無精髭」のイチローの影響が大きいかな。でもこの髭って、けっこう手間がかかって剃ってしまった方が全然楽なんだけれど。

ジャパニーズアメリカン第4話。

November 5, 2010

激動期にたまたま居合わせた僕ら

今夜は、僕が世話人をしている世田谷区病院院長会の総会&講演会。C央公論新社の雑誌編集局長をしている関知良さんに、「電子書籍」についての講演会をお願いした。今黎明期から一気に普及してきた電子書籍。その出現は、15世紀にヨハネス・グーテンベルグが発明した活版印刷が書籍に与えた影響と、同等かそれ以上のインパクトを21世紀の我々の生活に与えるか?というプロローグから、現在の出版の置かれている状況とこの秋から本格的に販売される新しいデヴァイスの情報などなど、豊富な実例と実物を見せながら現状のわかりやすい説明。さらに、医療の世界の情報収集の方法論と、これから起こりうる変化の話、ネットの話、クラウド・コンピューティングの実例や、使えるアプリケーションのリスト等々、60分間で盛りだくさんの話。会場の劣悪なネット環境にも関わらず臨機応変な対応といい、わかりやすい関さんのプレゼンを聞きながらさすがだなあ!と感嘆感激した。難しいことを判りやすく話すということは難しい。その後の懇親会でも会員からの質問やコメントがあって、会話も盛り上がった。いい講師をお呼びしていい話が聴けて、さらにいい質疑応答があると、世話人としては鼻が高い(笑)です。やはり持つべきものはいい友。解散後関さんとお疲れ〆の一杯ということで、三軒茶屋でふらっと入った Go's Bar という店もなかなかいい雰囲気だった。お疲れさまでした。

November 4, 2010

ドラマの匂い

休日明けの研究日。今日は7時半からお堀端の東京消防庁の本庁で救急相談センターの相談医の当番。2ヶ月に一度のお務め。守秘義務があるのでここには書けないけれど、平日の午前とはいえ4時間の勤務中東京中から本当に様々な相談があった。これが夜間&休日だったらさらに大変なんだろう。救急の最前線ではいろんなドラマが起こっている。

昼食は神保町の共栄スマトラカレー。ここんちの黒いチキンカレーには焙煎したコーヒー豆が入っているという噂(笑)なんだけれど、真相は不明。でも好きだなあ・・・この微かに苦みのあるカレー。突然食べたくなる味。今日も堪能した。

午後からはいつもの往診へ。今日はインフルエンザワクチン接種でちょっとばたばた。それを終わって15時半。今日も観たかった映画の時間に微妙に合わず断念して、いつもの床屋さんでがっつりと「刈って」もらった。今日は床屋さんで思いついた「鋭角的なハゲでありたい」(笑)というテーマで書こうを思ったけれど、もう少し考察して書こう。その後はジムで20本1000m。ちょっと久しぶりの20本だったので後半ちょっとバテた。サボり出すと簡単に楽な方向に進んでしまうんだなと反省。新年に向けてちょっと絞るか(笑)。

ジャパニーズアメリカン第2話。古き良き時代のTBSのドラマの雰囲気がある。この臭さは懐かしい(キライじゃない)。プロデューサーは誰だろう?と思ったら、あららら 橋田壽賀子 ドラマだったのね。なるへそ。

November 3, 2010

ライブに向けて練習開始!

スコーンと晴れた爽やかな朝。テラスでクロッカスとチューリップの球根を植えた。眠っているみたいな球根の中に、春になってきれいな花を咲かすエネルギーが詰まっている。その後はオヤジの一周忌の準備など。いろいろとやり始めてみるとこれが結構大変なことだということに気付いた。考えてみれば去年の今頃にはオヤジが暮れに急逝するなんて想像だにしなかったわけだから、なんだか不思議な気持ちになった。人生の折り返し地点を過ぎて、自分の生き様だけでなく死に方についても考えるようになった。オヤジの死に方はアッパレで、見事な幕の引き方だった。あんな幸せな死に方が出来るのは、本当に希有なことなのだと思う。

午後からは久しぶりにスタジオ練習。これからライブ本番に向けて集中的にリハーサルをする予定。今日は新曲を中心に練習した。後半からグルーブ感が出て来て、すごく楽しく演奏していいα波が出たな。練習後は、ま&じ&とで「でかんしょ」>「やきそばーHIT」と移動して反省会(笑)。帰宅してからJapanese Americanという連続ドラマ。アメリカ時代には日系アメリカ人のドクターがたくさんいて、彼らの先祖の一世と二世の苦労は実際に聞いていたから、見入ってしまった。草彅剛はこういう役はぴったりだと思う。アメリカに嫁いで来た写真花嫁役のイモトがいい感じ。

November 2, 2010

ブログという独り言

今日は2−3年毎にある都の医療監査。病院全体のスタッフの周到な準備で無事終了した。ご苦労さまでした>スタッフ。

このささやかな僕のブログ。2006年5月から書き始めてもう4年半。最近の毎日のダイレクトヒット数は200前後になった。僕のどーでもいい独り言を読んでくれる人が、こんなに居るってことは有り難い事だと思う。自分のための日記とはいうものの、そんなに無責任にヘンな事は書けないし(結構ツッコミのメールや、間違いを指摘して頂くメールが届く)やはり頭のどこかに読んでくれる人を意識しつつ書いている。

忙しい日常生活の中で「記録に残しておくべき」面白い出来事なんてそんなにないのに、よく毎日書くネタがありますね・・・と言われることもある。そう、日々の生活はある意味淡々としたもので、人様に伝えるべきメッセージが毎日そんなにあるわけじゃない(笑)。でも、毎日書き続けていたら、ある時点から気付いた事がある。それは、毎日ブログで自分の感じたことを気ままに綴っていると、自然に自分の感性が高められるということだ。特に意識しないでいても、夜のブログを書く頃になると自然に「何か」を書いている自分。全然苦痛ではなく、毎日のルーティンに組み込まれた行為としてブログがある。大体15分間くらいで書いている駄文だけれど、それをアウトプットし続けていると、自然にインプットの機会が増えていくことは実感している。その意味では10年以上毎日の更新を続けている、さとなお君はすごいと思う。

明日はスタジオでライブ練習。ちょっとバンド練習は久しぶりで、楽しみ。

November 1, 2010

Inspiration & impression

11月。早いなあ、今年も。この時期から年末にかけての忙しさでさらに時の流れが加速する。

ちょっと肌寒くなるこの季節は、一年のうちで一番好きな季節だ。感性が研ぎすまされ、思索する季節でもある。街を歩いていて、ふとあるイメージが浮かんだり、メロディーが聴こえたりする。その感覚(ふうっと、突然どこかに浮遊する感覚)を掴まえて、「その世界」に存分に浸って楽しみたいんだけれど、これが難しい。意識していないと、そのイメージがふと現れ、瞬間的に消えてしまうのだ。きっと、創作することを仕事としている人たちは、「その感覚」を毎日必死に追ってるんだろうなって思う。仕事だったら、これは辛い。

閑話休題。

昨日FMサルースのスタジオで番組の収録の合間の雑談で、香月さんとまなさんと「性格って本当に顔に出るよね」っていう話になった。毎日人と会って話す仕事を30年近くやっていると、会った瞬間にその人の顔を見て「性格」とか「人柄」とか、その人の発散している「気」とかを無意識的に「感じる」ようになる。インタビュアーとして多くの人と接している香月さんも同じ印象みたい。いいのは、①性格のいい美人>②性格のいいブス(醜男)>③性格の悪い美人>④性格の悪いブスの順だよね、って話になった(笑)。たぶん心理学的には、無意識的な防御反応なんだろう。世の中はたぶん②と③がほとんどなんだろうけれど。

October 31, 2010

収録>神保町界隈>セットリスト&特訓>〆うどん

FMサルース「教えてまーく先生」収録。以下は放送予定。

11月14日放送:「今年のインフルエンザ」
11月21日放送:「注射、点滴。注射好きな日本人」
11月28日放送:まーくの今月のこだわりの逸品:「日本手拭い」
12月5日放送:「薬の服用について」
12月12日放送:「健康診断の大切さ」

いつものように気持ちよくサクサクと収録終了。5本録るのに1時間ちょっと。生放送本番前だというのに、香月よう子さん&ディレクターのまなさんのさすがのプロの仕事でした。

13時にじょうじ君と神保町で待ち合わせ。今回のライブのセットリストの打ち合わせ。今日は偶然(とはいうものの、ここ3年は毎年来ている)、毎年恒例の神保町ブックフェスティバルでごったがえしていて、凄い人出だった。これだけの人が本に群がる国って、世界中で日本が一番じゃないか?もちろん、電子書籍もテキストデータの器としては利便性もあるし悪くはないけれど、僕はこれからもやっぱり本を買い続けるだろうなって思った。あっちこっち行ったり来たりしながらページを捲ったり、アンダーラインを付けたり、ページの端の折ったりして読み込んで行く読書の楽しみ。自分の本棚に大切にしまっておくものとしての本は、大げさに言えば人生の糧だから。今日は、真木よう子さんの絶版写真集を捜したけれど見つけられず断念(涙)。

神保町の裏手にあるタイ料理の店。ランチセットはバランスが取れていて予想以上に美味しかった。僕は豚挽肉とミント&チリの炒め物(アメリカ時代によく食べた)&ライス、じょうじ君はタイ・カレーの定食。ビールで盛り上がったオッサン達は(よせばいいのに>笑)テーブルに置いてあった強烈な唐辛子パウダーを追加投入して、「はふっ、はふっ」と言いながら食べる。強烈凶暴な辛さに汗が吹き出した。エイジアン・エスニックな料理が食べたくなる日には思い出していいお店だと思う。

その後、屋台のインド料理の店でタンドリー・チキン串焼きを楽しみつつ、「33」というベトナム・ビール。いいんじゃない?>神保町ブックフェスティバル。

お腹のいっぱいになったオッサン達はタリーズに移動して、今回のライブのセットリストの検討。僕の持って来た「たたき台」を基にして、あれこれとシミュレーションをする。僕にしてもじょうじ君にしても、これまでのライブ経験から「ココをこうすればこんな雰囲気になって、アレをこうすればこんな感じで進むはず・・・」というイメージをそれぞれ持っている訳で、ディスカッションしながらそれぞれのイメージを落とし込みつつ纏めて行く。その後は「さくら」へ移動し、さくちゃんのキーボード特訓。ふむふむ、今回のライブはちょっと今までと違う厚みのある音楽になるかも。練習に没頭する、じ&さを横目に、僕は17時過ぎに退散することにした。

晩ご飯は最近ハマっている「讃岐うどん」まーくスペシャル。すだちの香りと青ネギ&生姜&茗荷の香りがマッチして上品に出来た「肉うどん」。かまぼこと油揚げ投入のタイミングと切り三ッ葉の香りがポイントか。自味自賛(笑) 晩ご飯が饂飩っていままでは想像できなかったけれど、いいんじゃない、この歳になると(笑)。

October 30, 2010

さとちゃんのi-phone

今回の季節外れの台風は、「へなちょこ」みたい。もう11月になろうとしているのに、台風が来るなんて、やっぱり異常気象なんだろう。台風接近中だと、子供の頃からわくわくしていたものだ。この台風の中、午後からさとちゃんのi-phoneを買いに行くことにした。

彼女の行っているKO大学のキャンパスはWIFI環境が整っていて、学生は皆、PCとi-phoneを駆使しているらしい。まあ、そんな時代なのだろう。講義やゼミでノートをとるという作業はなくて、講義の資料もすべてPCにアップされるんだそうな。じゃあ講義中何をしているかと言えば、講師とのディスカッションが中心らしい。へえー、じゃあ寝ている学生なんていないんでしょ?と問うと、「そんなわけないじゃん。寝ている人は寝ているよ」と(当たり前かも>笑)。講師の力量が問われる時代に、やっとなったのか?日本も。

スマートフォンが当たり前の彼らの世代には、汗を流して勉強するという「ひたむきさ」は軽んじられて、いかに効率的に情報を得るか?というリテラシーばかりが問われる事になるのかもしれない。先日のコメントと矛盾はしないと思う。要領よくいかに自分の情報リテラシーを高めて行くか?というポイントは今も昔も変わらない。ということで、彼女に新しいi-phoneを買い、さらにSony Plazaでi-phoneのための様々な小物を買わされたのだけれど。

夜は久しぶりに10本500m。かみさんがハローウィンのイベントなので、夕ご飯は僕が作ることに。晩ご飯は突然食べたくなった木耳入り「茶碗蒸し」&しゃきしゃき野菜たっぷりの「青椒肉絲」。湯通しはごく短めに、にんにくの炒めは香りが立った瞬間で上げて、オイスターソースの流し込みに一ひねり工夫して・・・うまし。

October 29, 2010

師匠と弟子の会話(プロット)

達人の師匠とその弟子の師範代との会話

「うううむ、我が弟子よ!お前は、独り立ちする日が来た。」
「しかし私にはまだ奥義を極めた自信がありません。」
「うむ、よく言った。お前の言うように修行に終わりはない。私も実はまだ修行の身なのだ。」
「えええっ、師匠も奥義の何たるかを、わかっていなかったのですか?」
「ん?」
「私が入門する時、師匠はおっしゃいました。ワシはすべてを極めたと。」
「それは、まあ言葉のアヤじゃ。実は何もわかってなかったのだ。」
「へっ?それではあの言葉はウソだったと。」
「分っていないということが判ってなかったのだ、あの時は。奥義というのは、永遠に判らないから奥義なのだ」
「そんなーーー。師匠の厳しい修行を耐えてきたのは、いつかは極める奥義と、その先達である師匠を信じていたからです。」

「そこまで言うなら、ここで一度マジに闘ってみようか?」
「はあ。でも師匠。ここでワタクシが勝っちゃってもカドが立つし、師匠が勝っちゃったら私の独立の話も、たち消えに・・・」

「そ、だな。それも面白いじゃないか。そもそも自信がないと言い始めたのはお前じゃないか」
「むん、でも全然面白くないっす。師匠のうそつき!」
「あっ、今ウソつきって言ったな。この恩知らずめ!やっぱりお前の独立はやめることにしよう」
「そんなーー。でも師匠、マジに闘ったら、たぶん私が勝っちゃうかも。体力もあるし技術も師匠のお墨付きをもらったし」
「勘違いするなよ馬鹿弟子」
「えええっ、師匠。これは予定調和のお約束の話じゃないのですか??馬鹿弟子はないじゃないの(涙)、さっきまで褒めていたのに」

「ふふふ、甘いな・・・今、気が変わった」
「むむむむむむ、この殺気」

「むっん!」
「はっ!」

闘いが始まりそうになったその瞬間・・・

「プッ」
師匠が放屁した。

次の瞬間、弟子はその場に崩れ落ちた。
「まっ、参りました!」
「かかかかかかかっ、喝!」と師匠。
「さすが師匠。ワタクシはまだまだです。これからもあなたについて行きます!」

「うむ、そだな(笑)」
==============

勝手にしてなさい!>武闘派ゲームの師弟関係(例として)。

October 28, 2010

Eat, Pray, Love

ジュリア・ロバーツ "Eat, Pray, Love"
『食べて、祈って、恋をして』(邦題)

研究日の午後、冷たい雨が降っていたので往診先から「スーパー医療秘書のあいちゃん」に車に乗っけてもらい(感謝!)用賀駅へ。南町田のグランベリーモールで今日はふらりと映画を観たくなった。平日の午後の映画鑑賞って、すごくいい気分転換になるという経験則。実は、"Knight & Day"を観たかったのだが、到着時間の関係で断念。セカンドベストということで、この映画を観る事にした。

それでも開始までに1時間半近くあるので、アウトレットモールをふらふらする。平日、雨ということでかなり閑散閑古鳥。今買いたいものも特にないので、本屋さんで時間を潰してからOutback Steak Houseに入って、早めの夕食(遅めのおやつ)にした。ここんちの好物のベイビー・リブ&ビール。がらがらの店内で古めのアメリカンロックを聴きながら、ぼけーっとスポーツ番組を観ていたら、意識は瞬間的にNYのスポーツバーに飛んだ。OSHはオーストラリアのチェーン店なのだけれどね(笑)。こういうさりげない非日常の時空感が僕を生返らせてくれる。たった1時間でアメリカまで飛べるんだから単純なヤツだ>自分(笑)。

さて、この映画。一言で言えば「女性の自分探しの旅」ストーリー。アメリカ人、女性、40歳代、子供なし、都会暮らしのキャリア、という設定。特別で特殊な事情や設定があるわけもないし、大恋愛とか大失恋とか複雑な恋の駆け引き的なプロットとか、もちろん冒険活劇とか、ふつうの映画的な盛り上がる要素が全然ない不思議な映画。でも、それが制作者の意図するところで、多分この映画を観た女性達は等身大の自分とリズ(ジュリア・ロバーツ)を重ね易いだろう。そんな彼女が、NY>イタリア>インド>バリと旅する。それぞれの場所が美しく描かれていて、おおっ、これは次にどう展開するのだろう?と期待していると、あまりに当たり前の結末なので、「はへっ?、あーそーなの、んじゃ次の場所で何があるのかな・・・?」と観続けているうちに、終わっちゃった(笑)。その意味では空想的(夢想的)現実主義的な映画かな。ってことは、そのまんま女性的視点ってことなわけで、この映画は完全に女性向けに作られていることがわかる。だから、男性が観るとかなりいらいらする。自由と自立を求めているフリをしながら、結局は現実から逃げちゃっていて、そのくせキレイ事ばかりを言ってるワガママな女性。だから、彼女の別れた夫、その後の若い役者のボーイフレンド、インドで出会ったジェームステイラーみたいたオッサン、そしてバリで出会ったブラジル人のオッサンなど、出会った男全員が皆彼女のことが「好き」なのに「イライラさせ」られる。僕はそれぞれのキャラクターに「同感!そーだそーだ」って応援したくなったくらい。だって、みんないいヤツなんだもん(笑)。逆に言えば、女性はあんないい奴ら「全員」に「同時に」ちやほやと愛されたいわけね(笑)。やっぱり男の方が本質的にロマンティシストなんだろうな。大女優ジュリア・ロバーツだから許されるストーリーかも。主人公が美しすぎたら、きっと女性からも男性からも反感を買ってしまうだろう。この微妙なバランスがポイント。さらに書いちゃえば、このストーリーの中で彼女が様々な教訓を得ていくのだけれど、それが「説教臭い」のがヤだった。っと、ここまでを読んでみて悪評ばかり書いているようだけれど、それなりに面白かったし楽しんだのも事実。決してカネ返せっていうような粗雑な映画じゃなかったことは書いておこう。画像も美しかったし。おお、そういえば挿入歌にNeil Youngの"Heart of Gold"があって、これが画像とばっちり合っていて良かった。わりと甘い評価で☆☆


これがライブ映像では一番好きだな。

帰路、ちょっと軽めに6本300m。

October 27, 2010

わしのまたのたまのしわ

今日大爆笑した今日のTwitter回文ネタ(ぎゃははは!)

①イタリアでもホモでありたい
②わしの股の玉のしわ

凄いな、コレ(爆)

ネットで調べてみると結構笑えるネタがあった。
③「お疲れカツオ」 「夜ワカメ変わるよ」
④たまにガニマタ
⑤リモコンてんこもり
⑥「住まいが近いな。都内か?違います。」
⑦阪神は だめだよだめだ  阪神は
⑧新年だ 今朝のこの酒 断念し

今日はちょっと真面目な医学ネタを書こうと思って、マックに向かったけれど、この回文ネタで腰砕け(爆)。
回文の作り方 http://www.nobi.or.jp/i/kotoba/kaibun/howto.html

October 26, 2010

日本人の好きな食べ物


社会実情データ図録より引用。

このデータはNHKのアンケート調査。1983年と2007年を比べて日本人の好きな食べ物を比較している。「鮨」「刺身」が好きという傾向は変わっていない反面、「すき焼き&しゃぶしゃぶ」「うどん・きしめん」「天ぷら」「漬け物」の人気凋落が面白い。「ラーメン」「焼き魚」「カレーライス」「日本蕎麦」のポイントは逆に上昇。なーるほどね。四半世紀で確かに(自分も含めて)日本人の嗜好は変わったと思う。

あれだけギトギトの料理が好きだったのに、シンプルな「焼き魚定食」みたいな食事が最高に美味しい。あっ、これは単に僕が年を取ったって事か(笑)。

October 25, 2010

いかに要領よく立ち回るか?という技量を試される

今日の帰路の大井町線。たまたま前の座席が空いて座ったら、その隣に座った男性の様子がちょっと変わっている。なにやらブツブツと独語を言いながら必死の形相で、英語で書いてある問題集らしき小冊子を読んでいる。気になったので、それとはなしに傍目で観てみると、accountingとかP/L ratioとかのタームがある。アメリカのCPA(公認会計士)のMC試験問題みたいだ。最近わりと若いビジネスマンに流行っている資格で、英語さえ普通にできれば、専門学校とか通信教育でとる事ができるらしい。僕の知り合いにも若いころ取得してる人が何人かいる。その男性が、「あっ!」とか「うっ!」とか、あまりにも芝居がかっている動作をする(笑)ので、僕を含めた周囲の乗客達ははっきりいって「引いていた」けど、本人は本気だったみたいだ。穿った見方をすれば自己満足のパフォーマンスかも。確かにあんな感じの芝居がかった動作って普通の感性のある人間なら恥ずかしいもの。

「石に齧りつく程の」熱意を持って勉強することは、素晴らしい事だ。決して否定はしない。資格試験といわれるものにパスするためには、どんな資格であってもそれ相応の時間と集中した「頑張り」が必須で、だからこその「国家資格」なのだ。日頃はちゃらちゃらと遊び回っていたこの僕だって、若い頃の試験前には、必死に勉強したもんだ。過酷な医学部の卒業試験&医師国家試験と、アメリカのECFMGとVQEを取得するまでの勉強は、あの時期でなくては出来ないくらいの「ひたむきな時間」だったと思う。今となっては懐かしい日々だ(遠い目<笑)。そのくらい辛かったから、もう絶対にあの時期には戻りたくない、と思う。でもね、今日のあまりにも必死な彼の姿を観て、僕はちょっと「違和感」を感じた。電車で必死にならなくちゃいけない位だったら、逆にちょっとヤバいかも。集中するポイントがずれているんじゃないか?実際に、いつ勉強してんの?というヤツほど成績が良かったし、ガリ勉タイプのヤツか落ちてしまうというパラドックスもあった。自慢じゃないけれど、日頃から必死に勉強している学生よりは、僕は試験の成績順位は悪くはなかった。医学部のクラスでは平均かそれ以下の脳力だと思うけれど(爆)。それを言うとかみさんは「あなたって真面目に勉強している学生を小馬鹿にして、本当にサイテーにヤなヤツね!」って言う。ま、その通りかもしれない(爆)。でもね、国家試験では馬鹿正直に勉強していた学生が何人か脱落し、逆にふらりふらりひらひらと要領よく勉強した連中は一人も落ちなかった。そんなものなのだ。

その自分の経験を通して「いかに要領よく集中するか?」が僕は一番大切なんだと思う。医学部の学生だけでなく、たぶん法律を学ぶ学生も会計学を学ぶ学生も同じだと思う。明日の朝の試験時間までにこの分厚い本の内容を憶えるにはどうしたらいいか?という「切羽詰まった時の学びのノウハウ」をどの時点で、いかに習熟するか?。それができないヤツはどんどん脱落して行く厳しいプロの世界なのだ。資格をとった後の方が、実はさらに過酷な勉強が待っているのだから、考えてみればその能力や技量を試験で問うのは「当たり前」のことなのだけれど。

大学受験のための「受験勉強の功罪」がディスカッションされて久しいし、その反動としての「ゆとり教育」もあるわけだけれど、僕は若い人に「高い(けれども越えられない事はない位の)ハードル」をどんどん課して、それをパスさせることはいいことだと思う。その経験を通してその「要領よく効率的に学ぶ」極意を経験させ、その後の自信につなげる事は大賛成だ。頑張りすぎずに、スマートに学べ!>若者達

October 24, 2010

ともP、ギターを買う

昨日は、医師会の研修会の仕切りで6時間。へとへとになったけれど、無事終了。かみさんはイベントで大阪、ゆっつんは長崎へ旅行、さーちゃんは大学の友達と遊びに行っていて、一人ごはんということで、「蘇州林」の「皿うどん」にした。ここんちの極細麺は独特の食感で美味しい。九州物産展があると、必ず買い置きすることにしている。今度はネットでまとめ買いをしよう。

このところ、ぐっと涼しくなった朝。テラスを掃除して、来春のチューリップの球根を植える準備など。あの夏の猛暑の記憶が遠い昔のことのようだ。人間っていうのは現金なもので、「あぢー、早く涼しくならないかな・・・」とか言っていたくせに、この季節になると夏の暑さが妙に恋しくなったりする。クローゼットも衣替えをした。

昼前に神保町にて、ともP&じょうじと集合。今日はともP念願のギター探しが目的。ギターを買うということは、ほとんど「恋人捜し」みたいなものだと思う。出会いというか縁というか。これまでの僕の拙い経験からいえば、ブランドやら素材やらナンダカンダ蘊蓄をいうよりも、第一印象が一番大切だと思う。音とか鳴りはもちろんだけれど、自分のイメージするデザイン(いわゆる、「自分の好み」)、持った感じ(抱き心地というか>笑)、弾きやすさ(会話の楽しさ)など。値段ももちろん大切な要素だけれど、上を見ればキリがない世界。それに、高ければいいもの、という訳ではない。ギターって「弾いてなんぼ」の世界なのだから。

いろいろ回った上で、TAKAMINEのHawaiian Koa(動画はYoutubeより)の美しいギターと出会った。ギター棚の一番下の目立たない所にひっそりとそのギターはあった。中音のしっかりとした輪郭の音は、生音でも十分なヴォリュームが出るし、真空管(!)の高性能ピックアップがついている。とてもバランスのいいギター。Hawaiian Koaの木目と色も美しい。弾きこんでいけばどんどん美しくいい音の鳴るギターでしょう。その後もいくつかの店で別のギターを見たけれど、今日観た中では、ダントツであのギターが最高だった。

僕もTAKAMINEの新しいギターを欲しくなったな。

さらに今日は、さくちゃんからリクエストがあった「さくら」常備のギターも購入。このギターも「掘り出し物」だと思う。アメリカのデザイナーで韓国の会社が作るインドネシア製のギター(なんなんだ>笑)だけれど、軽めのキラビやかな鳴りの美しいクラフトのギター。コストパフォーマンスが一番良かった。クセもあまりないし、皆でぽろりんと弾くには最高のギターだと思う。
ということで、今日はいい買い物ができて、よかったよかった...と大満足でMumu Diner(3年前にライブをやった)で、ビールで乾杯。

October 22, 2010

初めっから羽田にすれば良かったじゃん。

空港って子供の頃から好きだった。その昔、遠い外国に行くゲートウェイとしての空港は、「晴れの日」の舞台だった。このブログでも何回か書いた事があるけれど、1963年にオヤジがアメリカに行く時は一族郎党大変な騒ぎだった。親戚一同が集まって、羽田空港のロビーで見送ったものだ。たぶんせいぜい1ヶ月くらいの会社から派遣されるアメリカ一周の旅行だったはずだけれど、大人達の興奮は子供心に鮮明に憶えている。日本を出て「海外に行く」という事自体が、当時の日本人にとって非日常的なことだった。その舞台が羽田。出発ロビーの赤絨毯は「夢の国」への入り口だった。

時は流れて、1974年。高校生だった僕ら(僕、じょうじ、さく、DAN)は夏期の短期留学のためにイギリスに旅立った。その時もまだ成田は開港していなくて、羽田の赤絨毯から出発した。僕らにとって初めての海外旅行だ。大学に入ってからの毎年のアメリカ放浪旅行の2回目までは確か成田から旅立ったんだ。1976年くらいまでだったか。その後の海外旅行は当然ながら成田から。一度だけ台湾の学会に出席する時に成田からチャーター機で出発した事があったかな。いずれにしろ今となっては、羽田は「懐かしい過去の思い出の場所」だった。

成田の新国際空港が稼働するまでには、大変な産みの苦しみがあった。当時まだ子供だった僕らも知っている「成田闘争」は、社会主義&共産主義の政党(注:今の民主党の連中の多くが支持をした)の支持する当時の社会運動のシンボルだった。彼らの主張では、帝国主義的な国の横暴で、清く正しく生きている農民達の先祖代々の土地を取り上げるのはケシカラン!というものだった。単純なストーリーとしては、どう考えても農民に大義があるように見える「論理」に酔う左翼達。つまり農民たちが自分たちの土地を強制収容されるのを(心情的な拘りから)拒否して(それは十分理解できる)、それに過激派が乗っかって階級闘争に仕立て上げたわけだ。そこで彼らの「利害が一致」した。そこに、差し当たって「弱者に見える方」に味方することを是とするマスコミが、(よせばいいのに<笑)援護した(特にA新聞系)。滑走路を妨害する鉄塔を立てたり、むりやり農地を作ったりして、自分たちの権利をごり押しする連中とそれを援護する「えせ良心的な」マスコミ。これがいわゆる「三里塚闘争」の実体だろう。

たぶん当時の新聞記事をレビューすれば、担当した記者達(ほとんどがすでに引退しているハズ)は大赤面するはずだ。1980年代になって急に彼らの活動が萎縮するのは(自分たちも含めて<爆)多くの国民が成田を利用して海外旅行をすることになって、成田の「農民の正義のために」という彼らの立ち位置がなくなってしまったからだろう。

小説の結末を読んでから、そのプロットを非難するのはフェアじゃないとしても、あの大騒ぎは何だったんだろう?って思う。
子供心に傍から観ていても、どう考えても虚しいものだったと思うのだ。時は流れて・・・昨日羽田の新しい新東京国際空港がオープンした。素晴らしい施設だ。誰がどう考えても、成田より羽田の方が利便性も安全性も高いだろうし、将来性も高い。

では、なぜ30年前に初めから成田の沖合を埋め立てて新しい空港を作ろう!というプランが具体化しなかったんだろう。わざわざ不便な成田に新しい空港を作ることにしたのか?という説得力とか妥当性がみえてこないのだ。うがった見方をすれば、当時の日本社会は「対立の構図」が必要だったのかもしれない。社会の不満のガス抜きとしての成田闘争。初めから羽田という計画だったら、それもないわけだから。そこまで政治家が読んでいたとすれば・・・、まあ、それはナイか。

October 21, 2010

かっこいいジジイ達

余韻に浸っている。
素晴らしいパフォーマンスだった。こーめい先生のお知り合いの杉原淳さんの主催するライブ、Autumn Jazz Concert "Jazz Station" @ Harmony Square(中野坂上)。

杉原淳さんは、日本JAZZの大御所のテナー・サックス。その昔、大橋巨泉とサラブレッズで「11PM」のエンディングにサックスを演奏していた、あの人だ。74歳の今でも現役。五十嵐明要(アルト・サックス)、原田忠幸(バリトン・サックス)、本田富士旺(ピアノ)、ジャンボ小野(ベース)、木村由紀夫(ドラムス)、そしてゲストに紗野葉子(ボーカル)。Moonlight Serenade, Stardust, Fly Me To The Moon, When You Wish Upon A Starなどなど、Jazzのスタンダードを飄々と演奏する。かっこ良かったなあ。

PAの質も高く、鳴りが素晴らしかった。サックスの音があんなに艶かしく豊かな音であることは初めて知った。サックスそのものの音、奏者の息使い、それらと共鳴する残像音が、僕の耳では3層構造に聴こえる。豊かで厚みのある音像。本当に人の歌声みたいだ。楽器から音が出てるというより、身体全体から音が響いているというか。

ピアノの緩急自在の響き。本田さんのプレイはさりげなく、そして熱い。小野さんのベースは世界でも何台しかない希少な楽器で、その響きは今まで聴いた事のない重みのある音だった。弓を使った超低音も初めての体感音。木村さんのファンキーなリズムは「これがJazz!」という絶妙な間のとり方!まさにグルーブを奏でる。

すっげーわ、このジジイ達。目を瞑って聴いていたら何回か「あっちの世界」に往ってしまった(笑)。
そのくらいα波を誘導する心地よい世界だった。まさに幾多の修羅場を生き残ってきたプロの音楽だった。
あんなかっこいいジジイになれたらいいなあ(遠い目)。

帰路、久しぶりに西新宿の「三富(みとみ)」(ケイイチローから教えてもらった実に怪しい焼肉屋)にて、舌鼓を打つ。ぽーーーん(笑)。ここも「ただモンじゃない」雰囲気満載。
西新宿の裏道のマンションの駐車場の裏が入り口。怪しい・・・実に怪しい場所にある(笑)。
でもしっかりと、うまし。

October 20, 2010

「政治主導」という耳に心地よい「幻想」

「正しい選挙」で選ばれた選良である政治家が、国家権力を行使して予算を牛耳り、社会システムを改革し、行政の舵取りをして行く。民主自由主義世界に生きる我々民衆の耳には心地よい響きだ。でも、1990年代から盛んに叫ばれるこの「政治主導」というのは、少なくとも今の日本においては「幻想」なんじゃないかと思う。残念だけど。どうもアメリカでもイギリスでもドイツやフランスを初めとしたヨーロッパ諸国でも、今同じようなことが起こっているらしい。

成長路線を突っ走っていた1960ー1970年代の日本には、世界一と言われた優秀な官僚とそれを支えるシステムがあった。もちろん当時でも問題はいっぱいあったのだけれど。そしてバブルの崩壊というパラダイムシフトで我々はその旧来のシステムを「否定」せざる得なくなり、今に至っている。いわゆる「官僚イジメ」だ。政治家もマスコミも世論も、一斉に官僚(とくに天下り)を攻撃するようになった。なぜなら、彼ら官僚は「公僕」なので「真っ向から反論」できないので「標的」「餌食」にしやすいのだ。

考察の論点としてのメモを記しておく。

①政治のアンチテーゼとしての官僚、という図式は本当に正しいのか?
②いわゆる民主主義国家の「選挙」制度は、本当に公正で効率的な意思決定制度なのか?
③共産党独裁の非民主主義国家の中国の経済成長のシステムは、新しい形の「官僚主導」システムなのか?
④その本質と、将来の危うさは?共産主義独裁国家は超格差社会で維持できるのか?
⑤ITの進歩は、ポピュリズム政治を助長し、正しい政治を変質させてはいないか?
⑥最近、政治主導という言葉に惑わされ、新しい「衆愚政治」が台頭していないか?
⑦ぶっちゃけた話、成熟した社会の、自由で知的に洗練された人たちが選んだ「ホンモノの政治家」なんて、本当はどこにもいないってこと?

⑧だとすれば、僕ら凡人が選べる道は二つ。
 ①騙されてみるふりをして、政治家をコントロールする。
 ②保守回帰を進めて、旧来の官僚主導システムの優位性を主張する政治へとシフトする。

ああ、ココまで考察の論点を書き出してみたら、やっぱりこの問題も本質は「教育」の問題なんだって気がついた。

Kahn Academy

ちょっと前の週刊文春の書評欄で紹介されていた「ウェブで学ぶ:オープンエデュケーションと知の革命」の中で、ふと気になった記述、
Kahn Academy を見に行ってみたら、面白くて解りやすくて、ちょっとハマってしまった。Salman Kahnという人のわかりやすい英語の授業が、素朴な手書き風の黒板を使って行われる模様をYoutubeで公開しているのだ。目を輝かせて授業を聞いている子供たちの姿が目に浮かぶかのようだ。

The Khan Academy is a not-for-profit 501(c)(3) with the mission of providing a world-class education to anyone, anywhere.
We are complementing Salman's ever-growing library with user-paced exercises--developed as an open source project--allowing the Khan Academy to become the free classroom for the World.

上のミッションに書いてあるように、世界中の誰でも何処でも、パソコンさえあればWorld Classの教育を受ける事が出来るということだ。途上国にお金を使って何千台のパソコンを寄付することだけではダメで、このようなコンテンツを自由に観られる環境を整備しないと、意味を持ってこないわけだ。この書評でも書いているように、こういったオープンソースの素晴らしい教育コンテンツが存在するというのは、Kahnさんという天才的な教育者がいて、その、ある意味「個人的な狂気」のようなものがないと、話が始まりはしないだろうし、その先に進まない、ってことなんだろう。

October 19, 2010

すっげーなあ、LCC

ふえー、凄いなLLC(Low-Cost Carrier: 格安航空会社)。今テレビ朝日でやっている韓国のLLCのレポート。めちゃめちゃ安い。地点Aから地点Bまで移動するることに割り切って、短距離であれは快適性をちょっとだけ我慢すれば、これは悪くないチョイスではある。

たしかに、成田から台北に移動する3時間に食事はいらないし(欲しければ空弁を買えばいい)、ましてや国内線であれば、きれいなねーちゃんたち(CA)が必要以上に「かしずくような」サービスなんて全然要らない。安全に移動できればそれで十分なわけだ。今までの大手の航空会社の価格と仰々しいサービスって何だったんだろう、って思ってしまう。そういえば、1980年代から飛行機をバスみたいに使っていたアメリカやヨーロッパの国内線があったな。当時僕も使ったアメリカのSouthwest航空。ぼろぼろの飛行機だった(笑)。それでも、当時でもここまで割り切った合理的経営はしていなかったんだろう。経済状況の変化とか、ITの進歩とか、顧客(それもアジアの大きなマスとしての消費者)の価値観の変化とかを考えると、歴史は巡り巡ってココに戻って来た、ということなんだろうか?

僕はまだLCCは使わないかな・・・今の所。でも、コレまでのビジネスモデルを変える可能性は大いにある。ちょっと興味深い。

October 18, 2010

宇宙にむけて



ITメディア・オルタナティブで紹介されてた動画。市井の人たちがこういうことをやれてそれを世界中に発信できる、という素晴らしさ!
こういうのがいい教育。いい親子だな。

October 17, 2010

すごいぜっ、みんな!祝・優勝

毎年恒例の職場の大運動会。グループ全体の運動会なので、参加人数は2000人を超える規模。もともと若い人が多い職場なのでそのエネルギーがすごい。女性も多いので華やかだし。休日に集まって大真面目に運動会をやるっていうのは、今年初参加のこーめい先生がいみじくも指摘していたように、「すごく昭和時代的」なんだけれど、そのアナログ的な「一所懸命さ」とか「チームワーク」とかが、すごくプリミティブな意味で我々の職種とマッチしていると思う。今年で48回目ということで、それも凄い事だ。48年間やり続ける事。それが非凡なんだと思う。毎年1ヶ月くらい前から、それぞれの施設毎に忙しい日々の仕事の後に、準備や練習をしてこの日を迎える。きっと誰もが初めは「やだなー」とか「メンドクサイなー」とか思っているんだと思う。でもそれでも皆で力を合わせて「頑張る」ことの大切さ。

今日は参加した職員の頑張りで、初っ端からぐんぐん得点を延ばし最終競技の前にブロック優勝を早々と決めるという大健闘。僕らの施設は規模も小さく、参加する職員は一人で何役も兼ねていることが多いし、一人が手を抜けば、即それが悪い結果に繋がる位の土壇場なのに、皆本当に良く頑張ってくれた。最後の講評でも言ったけれど、ウチの病院は、いんちょ(僕)は大した事ないけれど集まってくれたスタッフは皆本当に素晴らしい人たちばかりで、彼らの頑張りを今日は改めて「誇り」に思った。すごいぜっ、みんな!最後に万歳三唱して気持ちよく〆。明日は打ち上げ祝勝会の予定。

October 16, 2010

あのころの僕達:California Dreaming

今度のアルバムで、僕のイチオシは{California Dreaming}だ。僕らが随分前から書きたかったAMのシークエンンスがあって、思い入れが大きかっただけになかなか歌詞が書けなかったのだ。イメージとしては、1970年代のアメリカ西海岸。AMERIKAみたいな乾いたサウンドで、哀しい恋の歌を書きたかった。

でも、逆にその世界が好きなだけにいろんなイメージがわいてきてしまい、自分の立ち位置がはっきりしなくて書き上げられなかった。でも「その頃の切ない空気」は、僕らの世代は共有できると思うのだ。
詩を書き始めた当初は、渋谷をたむろしていた「僕ら」の他愛ない日常話だったんだけれど、じょうじ君がCalifornia Dreamingというキーワ−ドを出したとたんに、「僕ら」というのが、当時の「ボクと彼女」の話に自然になっていた。悩みつつ書いた原詩に、じょうじ君が懐かしいメロディラインを乗せてくれ、その曲想で歌いながら歌詞を二人で考えて、出来上がったのが今の曲だ。その瞬間、僕の中に「この歌の世界」が出現して歌詞は完成した。。

California Dreaming
_______________

1)
あの頃の僕たちは なぜ生まれてきたのか
わからないまま はしゃぎまわっていた

あのころの僕たちは やるせない想いを
持て余していた 泣きだしそうな気持ちで

粉雪 舞い散る 真冬の坂道 
僕らが口ずさんだ
California Dreaming
まだ見ぬ世界に 夢を馳せ 憧れた
町並みを歩いた ただ 君を憶い

2)
あの頃の僕たちは 時間を忘れ見つめ合う
そんな言葉をさがす 幼い恋だった

あの頃の僕たちは 知らぬ間に傷つき
出逢った街で 後ろ姿を見送る

粉雪 舞い散る 真冬の坂道 
僕らが口ずさんた
California Dreaming
まだ見ぬ世界に 夢を馳せ 憧れ
まるで未来が 僕らのために


3)
あの頃の僕たちは 時間を忘れ見つめ合う
そんな言葉をさがす 幼い恋だった

あの頃の僕たちは 知らぬ間に傷つき
出逢った街で
 はしゃぎまわっていた
  泣きそうな気持ちで
    幼い恋だった

October 15, 2010

Submarine Sandwich Unitさんと打ち合わせ


自由が丘「とよ田」にて、今度のライブの「たいバン」のSabmarine Sandwich Unit (SSU)さんたちと初顔合わせ&打ち合わせ。彼らは星くりさん繫がりで知り合ったユニット。駒場東邦のクラスメートだそうな。「あの時代の空気」を共有していることで、今夜初顔合わせとはいえ旧知の友達と会った感じ。たぶんじょうじ君も同じ感想だったと思う。僕の一方的な印象から言えば、典型的な「駒東の元少年達」って感じか。今は3人ともしっかり「おっさん」なんだけれど(笑)。ということで、打ち合わせしつつ今度のライブがすごく楽しみになった。頂いた彼らのアルバム(画像)を聴いていると、あの時代の空気がある。Logic StudioとかGarageBandの新しめのシークエンスを使いながら、歌っている歌はあの時代の歌っていうのが面白い。

今度のライブのテーマは、「爆笑学園祭」ということで・・・(爆)

October 14, 2010

文壇パーティ

中央公論新社主催の「中央公論文芸賞」「谷崎潤一郎賞」贈呈式&祝賀パーティ@東京會舘。前者は「真昼なのに蒼い部屋」江國香織さん、後者は「ピストルズ」阿部和重さん。ともPの御配慮で昨年から僕は出席させていただいている。いわゆる「文壇」の人たちのパーティは、雰囲気は、僕らの業界の立食パーティとは全然違って、実に新鮮。今日も憧れの浅田次郎さんとは接近遭遇するもお話できず(ファン心理>赤面)、遠くから「熱い憧れの視線」を送る(笑)。今日は入り口近くの隅っこで若い人たちを囲んで随分熱心にお話しておられた。阿川泰子さんと昨年の受賞者の村山由佳さんとお話する機会があった。村山由佳さんって、ふふふっと不敵に笑うお姿が妖艶(笑)。僕は彼女の「声」が好きだな。去年も感じたけれど。ある意味、ごくふつうの人に見えるんだけれど、あの小説「ダブル.ファンタジー」(ふふふ)を書き上げた人ということで、たぶん心の奥底には鋭い刃と熱いパッションをもった人なんだろう。本当、お話できて光栄でした。さすがの東京會舘、食事も美味しく頂いた。ともPありがとうございました! その後はじょうじくん、さくちゃんと銀座に流れ、KYUさんの店へ。途中、福岡から東京出張しているCCも合流して、いつものように大盛り上がりで〆。やっぱり持つべきものは友達だ!という夜。

October 13, 2010

真剣勝負の講義の成果

午後から看護学校の講義。
ナースの卵達は凄く真剣だ。こっちもマジになる。今日の90分間の講義中、80人の聴衆を絶対寝かせるもんか!って、学生と討論しつつ熱く語った。自分は学生時代講義が苦手で、面白くないとすぐ寝たくせに(爆)。

たぶんこの講義のやり方は、1985ー1988年のアメリカ時代に学んだ気がする。当時僕が在籍していたUSCの講義は、どの講師も凄く熱っぽかった。話の途中でも疑問があれば学生や研修医はどんどん質問するし、講師もどんどん聴衆に質問する。一コマ50分間のカンファレンスを終わると、その後10分間は虚脱状態になるくらいのテンション。あの時代、若かったから突然の質問やコメントを英語ですることが出来た(コワいもの知らず)けれど、今だったら対応できないかも。でも、僕は確実に、この厳しい環境で鍛えられたのだと思う。とっさの判断を求められた時のアドリブの大切さ。そしてそのコワさ。医師としてその「反射神経」だけでなく、「瞬発力」と「気配り」が大切なことを学んだ。

1988年の年末に日本に帰って来てから、大学で講師になり日本の医学生にアメリカ式PBL(Problem-Based Leaning)の臨床教育をやったのは、僕がたぶん日本で一番早かったはずだ。ま、それはそれとして、今日の第二学科の学生さんは准看護婦の資格がすでにあって臨床経験があり、その後に正看護婦になるべく学校に来ているというモチベーションが初めから高い。今日の学生さん達はヘロヘロになったかもしれないけれど、一人も寝てなかったと思う。講義を終わり質問やコメントを言いにくる学生さん達がいるところをみれば、まあ頑張ってよかったかな、と。最後のセルフアセスメントテストから試験問題を出すので勉強しておいてね、試験は要領です(笑)。

帰路は埼京線の人身事故で1時間待ちぼうけ。2時間以上かかって帰宅。帰路ジムに寄り久しぶりに10本500m。

October 12, 2010

ブラウザ栄華盛衰

先月から、職場のマックのブラウザをSafariからGoogleChromeに変更している。ページからページへの移動の速さが体感できるし、検索や学習機能も充実。さすがGoogle特有の賢さというか、きめの細かさがあって割と使いやすい。同時に開いた画面をあっちこっちに動かして文章を作るスタイルの僕にはちょっと不満があるけど、それ以外は特に不満もなく自然にSafariから移行できた。自宅のマックも含めて今後はChromeを使っていくつもり。

先日のAlternative Blogの記事によると、アメリカではChromeがすでにトップシェアなんだそうな。2000年からの10年のブラウザとしての不動のトップで世界中の猫も杓子も使っていた(笑)定番Internet Explorer(IE)は、すでにアメリカでは廃れていて、Chrome(34%)>Firefox(30%)>Safari(21%)>IE(12%)と現在第4位にまで凋落しているとのこと。このIT世界の栄華盛衰は凄まじいなあ・・・と感嘆する。つまり逆に言えば、今天下を穫ろうとしているChromeだって、数年先には全く新しい技術に取って代わられちゃうんだろう。そのくらい技術革新のスピードが速いし、それに対応するのはスゴく困難ということだろう。

昔のように、ある人気商品が長い期間「価値」をもって市場に受け入れられていた時代には、その「商品」を通して「会社のブランド」が成熟成長していくものだったけれど、未来の市場で商品(製品)の評価が高まるまでの悠長な熟成期間を持つなんてことは出来ない。つまり、製品の評価が定まった頃には次の新しい技術を持った製品が出てくるのだ。ということは、「新しい価値のあるものを作り出せるポテンシャルがあるかどうか?」という「未来投資」的な価値の有無で会社のブランドが決まってくるような気がする。

その意味でも今から近未来はGoogleが熱い。

熱いと言えばやはりサッカー日韓戦。ありゃハンドじゃん。あのPKが決まると勝ってただろうけれど、僕としては韓国をぼこぼこにして勝たなければ納得はできない。アウェイで勝てなければ本当に実力がついたとは云えない。一所懸命やった選手達には厳しいかもしれないけれど、そのくらいの気持ちがなくては世界では戦えない。でも、今日の日本代表は悪くなかった。ザック・ジャパンの成長をこのまま楽しみに見守りたい。

October 11, 2010

ぬくぬくしながら考えたこと

前から完全オフにしようと思っていた休日。からーんと晴れた気持ちのいい天気。朝、窓から差し込む太陽の優しい光の中で微睡みつつ、ぬくぬくする。午前中はPCに向かってモロモロをこなしたり、テラスの掃除をしたり、デスク周りを整理したり。時間に追われずに過ごす幸せ。僕らは日常生活の中でいつも忙しく、時間に追われて動いている。それが当たり前になっているけれど、自分のペースを取り戻す時間は絶対に必要なんだと、テラスに座って明るく温かい光の中でぼーーーーっとしながら考えた。

この季節、この天気、去年の同じ頃に同じことを書いているけれど、こんな気持ちのいい日は一年に何回かしかない。

日々生きてゆくことは、様々な柵(しがらみ)とか、悩みとか、迷いとかを引きづり、ミットモなく時間に追われて過ごしてゆくことなのかもしれない。けれど、それをばっさりと断ち切った生活ってどんなものなんだろう?出家したり解脱したりする人ってどんな感じなんだろう?って妄想した。

妄想①
職場を退職。大した資産はないけれど、すべて清算してバランスすれば多少のプラスになるだろう。呆然とするかみさんを前に「ごめん、考えるところがあって出家することにした。これから山寺に籠る」と言い残して立ち去る。

妄想②
「今朝起きたら天命を聴いた。僕は来週からチベットの無医村に行くことにする。」呆然とする職場の仲間達。唖然とするかみさん。それを振り切りチベット行きのチケットを握りしめる僕。

妄想③
「これからは死ぬまで好き勝手に生きることにする。」と宣言。退職して離婚してすべての資産を清算してメールも携帯も解約して、名前も捨ててホームレスになる。

出来ねーだろうなあ(笑)と思いつつそんなこんなの妄想をして、ぬくぬくと「今の自分の幸せ」を感じるってのは、小市民的な僕の休日(笑)。

午後はちょっと職場に顔を出してからジムに寄り、軽く6本(300m)で上がる。昼が重めだったので、夜は軽めに「さぬき麵業」製の「かしわ&椎茸うどん」。大好評。

October 10, 2010

FMサルース新番組「ポットラック・ガーデン」

11時過ぎに集合。SCの讃岐うどんで腹ごしらえしつつ打ち合わせ。爆らは中学生の頃からラジオが大好きだった。その頃の僕らの夢は生放送のスタジオでDJすること。DJごっこなんていって、カセットデッキで自分たちの番組を作ったりして(笑)。でも、夢見ていたら実現するものなんだね、人生というものは。

数日前にオープンした、たまプラのモールは初めての週末ということで多くの人出だった。新しいスタジオでの生放送。Ustreamのライブ放映もあったそうで、それを観ていたともPから電話があった(爆)。

まずじょうじ君のコーナー

流れ星
砂に消えた涙(ミーナ)
十二月の雨(荒井由美)
雨の鎌倉

続いて僕のコーナー

携帯電話のなかった時代
You've gatta friend (James Tayler)
Take It Easy (Eagles)
カリフォルニア・ドリーミング

気持ちよく放送を楽しませて頂きました。有り難うございました>香月さん&まなさん

生放送終了後に市ケ尾のスタジオに戻り「教えてまーく先生」の収録。これも楽しく収録。
夜はかみさんと「鮨佐藤」。ここんちはどれも美味しいのだけれど、今夜は松茸の土瓶蒸し、〆さばの炙り、ヤバい美味しさ。絶品悶絶/

October 9, 2010

渋滞にはまった土曜日&ライブ練習初回

午後から車で移動。連休&雨ということで渋滞にハマってしまい、じょうじ君&ともPさんをピックアップするのに横浜の自宅から2時間かかってしまった。最近は車の運転を日常的にしなくなっているので、渋滞自体がストレス。イライラしてしまって身体に良くない(笑)。でも楽器と機材を持って電車を使って雨の中を移動するのもストレスだもんなあ、仕方ない。19時から浅草の研修センターにて、今回最初のリハ練習。根津さん、かおる姫も参加して新曲のの初練習を中心に行う。猫目地蔵はファンキーな感じが少し出てきたし、California Dreamingはこれからのライブのコアになる曲かも。バーミアンで反省会&食事をして解散。明日はFMのサテライトスタジオから生放送。わくわく/

October 8, 2010

虎幻庭

今日も超多忙な一日。外来>回診>外出>緊急手術と動き回った後、虎幻庭 にて会食。北品川分会。世田谷弦巻の閑静な住宅地の中にあるとは思えない別世界。広い敷地にある大きなお屋敷をリフォームしてある。会食をした虎幻庭のほかにもお好み焼き(もんじゃ焼き)とスウィーツのコッテージの別棟が敷地内にある(デザイン的には一寸違和感がある)。虎幻庭は和系ステーキ鉄板焼きキュイジーン。「うかい亭」ともちょっと違う家庭的な親密感がある。スタッフの対応もなかなかよろしい。刺身系、ステーキ系、〆のガーリックライス。いわゆるコース料理とはちょっと違った出方で戸惑いあり(笑)。キンキンに冷えたシャルドネが良く合ってそれなりに美味しく頂いた。でも、盛り上がった会話が一番美味しかったかな。

October 7, 2010

んな訳なかった・・・今日の僕

今夜はヒマだ楽勝だ!なんて言いつつ、Twitter で知ったYoutube動画に「むふふ♡」と感動しつつ、午前1時すぎにオフィスの簡易ベッドに横になってうとうと。2時過ぎに病棟から容態悪化のコールで起こされた。その後バタバタと動き回ってなんとか落ち着いたのが4時前。再びベッドに横になったら、今度は別件で呼び出しがあり、モロモロの仕事をこなして、とうとう朝の5時に。いつも目が覚める時間になってしまった。若い頃は夜には自信があって2−3日まともに寝なくても全然平気だったし、「いつでも、どこでも、誰とでも(笑)」寝られたのに、50歳過ぎたら妙に神経が昂ってしまい全然眠れず・・・7時半。午前中のルーティンはいつも通り。疲れきっているのに神経が妙に昂っている。午後から緊急手術ということになりスケジュール調整など。こんな時にかぎってモロモロの雑事があってあっという間に午前の仕事終了。12時半にいつもの施設往診に外出して、15時から緊急手術に戻る。手術も無事終了。夜の回診の後、19時からの会議に向かう。往路の電車&タクシーで15分くらい惰眠を貪り体力回復(わりと単純>笑)して、2時間の会議。さすがに広尾からはタクシーで帰宅することにした。爆睡。結局「超濃厚の一日」になってしまった。やっぱり「ツく」のだな僕。

たまプラのモールが今日グランドオープニング。その件については、後日書くことにして、今日はもう寝よっと。今週末までこの超過密スケジュールが続く。

October 6, 2010

今のところ不気味に静かな夜

当直中。月一回の病院泊まりの夜。僕は若い頃から「ツく」ので有名。「ツく」というのは我々の業界言葉で、その人が当番の時には何故か急患とか緊急手術とかの患者さんが多いという意味で「あの人の当直の夜はツく」みたいな使い方をする。ちなみに、欧米の病院で同じ意味で使われるのはKarma(カルマ)。He has Karma.(彼はツく)みたいに使われる。仏教用語のKarma(「業」)がなぜ使われるのかは不明だけれどわりと一般的に病院内では使われる言葉。

救急の医療現場っていうのが不思議なもので、たぶんこれは古今東西同じなんだけれど、一旦波が来ると同じような波が文字通り「波状攻撃」的にやってくるものだ。逆に静かなときは静か。東京都内の119番を一手に引き受けて対応している消防庁の救急指令センターにいると、担当者が電話で対応するとデスクの上のランプが点くので発生状況が判るのだが、ぴたっとある時間センター内が静かになるときがある反面、次の瞬間から突然がんがん電話がかかって来たりする。つまり東京都内の様々な緊急事態も均一に起こる訳でなく、その発生には波があるということ。科学的には確率論では説明できない不思議な現象だと思う。その意味では確かにKarmaだ。

とまれかくまれ、先月は超忙しくてヘロヘロになってしまい翌週にまで影響があったくらいなのに、今夜は異様に静かだ。
今のところ、だけれど。

October 5, 2010

コラアゲンはいごうまん

はっきり言って「売れていない芸人」。もしかしたら憶え難い芸名が問題かも(笑)。僕らハックルが彼と出逢ったのは2005年。かぜ耕士さんのFMさがみの番組の収録の赤坂のスタジオだった。当代一流のワハハ本舗の芸人さんなのに、当時はぜーんぜんオーラがないのに唖然とした。話は面白いのに全然「芸人オーラ」がない(笑)。本当に大丈夫かいな・・・というのが僕らの初対面での正直な感想。でも、狭いスタジオで汗びっしょりになりながら語る彼の姿は、妙に瞳に焼き付いた。その時、僕は「何か」を感じたのかもしれない。彼の一所懸命「何かを伝えようとする」ひたむきさが僕らの心の琴線に触れた。

彼のメインテーマは「僕の細道」。日本中を自腹で歩き、その土地の話題を取材して語るという苦行を、今年で5巡もしている。決して楽な仕事ではなかったと思う。ナイーヴな彼の性格を思うと、その旅の途中で「もう辞めたい」とか、その日のライブで最悪に滑ってしまって、どんより落ち込んで泣きたくなる夜もあったハズなのだ。でも彼は歩き続けて今に至っている。先日の凱旋公演ライブ(日暮里)の姿を観ていて、彼の成長と芸の進歩を感じて、僕は泣きそうになった。そのくらい彼は「ひたむき」なのだ。今時珍しい。彼の旅先でのエピソードは、わははと笑いホロリとさせられるネタが満載。これは本当に素晴らしいことだと思う。最近のテレビ向けの瞬間芸的な笑いではないけれど、彼の真髄は「そこ」にあるんじゃないかと思う。デジタルコンテンツの内容が勝負の「今の時代」になって、彼の活躍の場が広がることを信じたい。たぶん来年からブレークするだろう(して欲しい>笑)。

僕らは、いつか売れる日を信じて(筋金入りで)頑張っている彼を、これからも応援するし、本当に頑張って欲しいと思う。今度のライブ(11月21日)でのコラボが楽しみ。

October 4, 2010

ふつうのカレー&スターの恋人

帰り道、突然、本当に唐突に晩ご飯に「ごく普通の家カレー」が食べたくなった。もちろんカレーはもともと好きだけれど、大好物で毎日食べたいというほどでもない。まあ、大体が今日みたいに突然食べたくなる(笑)。で、外食のカレー(例えば「サックス」のカレーとか神保町の「共栄堂の」スマトラカレーとか・・・)はそれなりに十分に美味しいんだけれど、今日食べたくなったのは「ごく普通の家カレー」。それも、どうしても食べたくなった。

料理に関しては食いしん坊で凝り性だから、自宅で自分で作る時にも手を掛けすぎてしまう傾向がある。試行錯誤を経て到達した自分なりのカレーは自信作ではある。いつもは、クミンシードを炒めて、ニンニクをちょっと焦がしてから玉葱と生姜をじっくりと炒めて、ピーマンとセロリを投入、ドライジンジャーとコリアンダーとをぱらぱら・・・してから、ぐつぐつ。別フライパンでニンニクとチリで骨付チキンをカリカリに炒めてル・クルーゼに投入して、ガラムマサラをぱらり。3時間くらいコトコトと煮込んでから塩胡椒で味を整えて、カレー粉を投入しさらに1時間。最後にチャツネと醤油で味を整えて一煮立ちしたら完成。

でも、今日の衝動的な食欲は「普通のカレー」。月曜日はかみさんが仕事なので自分で作るしかない。メールしたら「いいよ。どうぞお好きに(笑)」とのこと。ジムにも寄らず東急SCに直行して「ハウス・ジャワカレー(中辛)」を購入。このカレールー失敗したらがっかりするだろうなって、なんだかドキドキした。で、玉葱と人参とにんにくしか入っていないビーフカレーを作成。1時間弱で出来てしまうのだね。甘めのらっきょ漬けを乗せちゃったりして、それなりに美味しく大満足。かみさん曰く、いつもの凝り過ぎ自作カレーと比べて、全然遜色ないって。僕もそう思う(笑)。

夜はブルーレイにかみさんが録画していた「スターの恋人」チェ・ジウって美しくて魅力的だなあ。また韓流ドラマにハマりそうでコワい(笑)。

October 3, 2010

FMサルース新番組「ポットラック・ガーデン」

今日からのFMサルース新番組「ポットラック・ガーデン」の生放送。新番組ということもあり、今日はゲストがたくさん。香月さんもまなさんも、いつも以上に忙しそうに大奮闘。でもそんな忙しさの中で、放送の合間にゲストと会話してリラックスさせる心配りをもしつつ、生放送をしていくというのは素晴らしい。まさにプロの仕事。今日の「教えてまーく先生」のコーナーは新番組ということで、あらためて自己紹介などなど。来週は新しくオープンするたまプラーザのイッツコムのサテライトスタジオから生放送の予定。Ustreamの放送もあるみたいだ。来週の10月10日 14:00 - 15:00のMusic from Potluck Gardenという番組には、僕とじょうじ君が出演してハックルベリーの音源も紹介して頂く予定。オープン後最初の週末なので、けっこう人出もあるだろうし、新しいサテライトスタジオからの公開生放送ってちょっと楽しみ。

October 2, 2010

Messege In A Bottle


午後はじょうじ君と神保町。秋のハックル活動のモロモロを打ち合わせる。いつものように「神田餃子館」>「ランチョン」という流れ。今度のCDとライブとその構成などなど、暮れに向けていろいろと忙しくなりそう。ワインで今年初のカキフライが美味しかった。

夜はかみさんが借りていたレンタルDVD、"Messege In A Bottle" 。Nicholas Sparksの小説は全米でベストセラーになった作品。1999年の作品だけど公開当時は全然知らなかったのが不思議。あ、でもな、このテの作品というのは今の時代わりとさらりと流れてしまうんだろうな。ストーリーは、静かできれいで抑えてあって、美しい海岸線でおこる大人の恋は哀しく切ない。泣かせのポイントが鏤められている。それにまんまとハマってしまった。たぶん女性の観客にはタマラナく切ない気持ちにさせるだろうし、男性の観客にはふかーい「ため息」をつかせるだろう。しみじみ心に沁みてくるストーリー。映像も美しい。「失った愛する人を思い続ける男」ケヴィン・コスナーと「知的で仕事は出来るんだけれど、寂しいシングルマザー」ロビン・ライト・ペンの大人の恋。美しい女優さん(ショーン・ペンと2010年8月に離婚したばかりで、Pennの芸名は今は取っている。「フォレストガンプ」に出ていた)。男が(たぶん女性の理想とするように)男らしく、女が(たぶん感情移入できるように魅力的で)女らしい。そして男女ともフリーな大人で「不倫ドロドロ劇」とは一線を画している。その辺も大多数の保守的な「ふつうのアメリカ人」や「ふつうの日本人」にとって、共感を持って受け入れられる設定。

で、この二人、なかなかシない。盛り上がって、盛り下がって、また盛り上がって・・・心のこもった熱いキスはするけど、なかなかヤラない(笑)。この展開が「大人」な訳で、特に女性ウケするところなんだろうな、たぶん。描き方によっては、かなりギトギトの脂っこい作品になっちゃうのに、この映画は切なく爽やかな感じがするのは、そんな展開だからだろう。
観始めた当初からなんとなく悲劇的な結末は想像できる(少なくともハッピーエンドにはならないだろう、という気にさせる)んだけれど、そこに至るまでのストーリーの伏線が「きれい」なのだ。分析的にクールに書いちゃえば(僕の悪い癖だけど>笑)。「海岸」「船」「港」「コンパス」ともちろん「手紙」のアナログなものが、センチメンタルなストーリーのメタファーになってる。父親役のポール・ニューマンのジジイの演技が渋い。野卑で温かいオヤジを素晴らしい演技で見せてくれる。彼の台詞もいい。映画の中でその存在自体がadmireされる希有な俳優。そういえば公開当時はそれが一番話題になってたかもしれない。

ということで、こういう拾い物みたいな素晴らしい映画作品ってまだまだあるんだろうな。恥ずかしげもなく、3回泣いた。最後の手紙のシーンは「滝泣き」。☆☆☆☆

October 1, 2010

気がつけば10月

えええっ、もう今年も10月になってしまった。つい先日までの暑い夏の日は随分昔の出来事みたいだ。2010年という年は僕にとって記憶に残る年になるだろう。何か特別いいことがあった訳でもなく、特別悪いことがあった訳でもないんだけれど、いろんな「区切り」があった年だったと思う。毎年この時期になると、その年の残りの日々と来るべき新しい年、2011年に思いを馳せるようになる。今年やり残したことをやり遂げて、来年やるべきことを考える時期。がんばれ!>自分

今夜は「助手さん会」。職場の看護助手さん達と毎年一回食事会をする。彼女達の目線は病院の中で一番患者さんとその家族に近いと思う。それと、いつも思うんだけれど、ウチの病院はいんちょ(笑)は大したことないけれど、本当に素晴らしいスタッフが集まってきてくれている。有り難がたいと感謝。

September 30, 2010

B☆竹ライブ,VOL.4

Huckleberry Finn 1972 presents

B☆竹ライブ, vol.,2010

“Cool&Crispyな猫目地蔵が呟く「未来への伝言」
      ハンダスの猫は今どこに?”

ハックルベリーフィン1972、恒例の秋のライブ・パーティです。
晩秋の日曜日の午後の公園通り裏のライブハウスで、ハックル・ワールドに浸ってみませんか?あの時代(ころ)のお友達とお誘い合わせの上、是非お越し下さい!

日時:2010年11月21日(日曜日)
開場:16:30
開演:17:00

出演:
Huckleberry Finn 1972 & the Happy Troops
Submarine Sandwich Unit 
コラアゲンはいごうまん(ワハハ本舗):友情出演

場所:J-Pop Cafe: http://www.j-popcafe.com/
入場料:3000円 (自由席。飲み放題!)

入場整理券: huckle.live@gmail.com までメールにてお申し込みください。
①お名前(ハンドルネーム可)②人数 ③ご連絡先(携帯番号など)

後日メールにて「入場整理券」をお送りします。人数分をプリントアウトして当日お持ちください。
なお、この入場整理券はお席を保証するものではありません。当日はお早めの入場をお勧めします。

September 29, 2010

我が家の子育てが終了した日

末娘さとちゃんの20歳バースデー。3人娘全員が成人したということで、我が家の「子育て」が無事終了、といういことになる。ぱちぱちぱち(笑)。

うううむ、かなPが生まれた1985年10月から今日まで25年間、永かったようで短かったようで。まあ、子育てしながら、自分たちも成長してきたみたいなところがあって、感慨ひとしお。まずは3人ともこれまで大きなアクシデントにも見舞われず、グレる事なく、それぞれがそれなりにすくすくと大きくなってくれたことに感謝。3人とも社会に出て一人で生きて行けるだけの最低限の「力」は得てくれたようだし、生物学的に言えば、自分たちのDNAを次世代に伝えるという使命は果たしたということ。こっから先は本人の考え方と努力でいくらでも人生は変るだろう。自分を信じて真摯に生きて行く事ができれば、未来は明るいはず。

これからはアドヴァイスはするけれど、口は出さない。大学を卒業するまでは学費は出すけれど、これは「貸し」にしとくからね(笑)。

September 28, 2010

上を向いて歩こう、若者達よ。

何が日本の若者を俯かせるのか?伊東乾 (日経ビジネス ONLINE)

日本の未来を託すのは若者たちだ。誰が何と言おうと次世代が輝いていない国は、滅びて行く。僕らの世代が育った時代には、まだ日本に十分な「伸びしろ」があって、個人も仲間も会社も地域も、すべてのユニットが「日々頑張れば」、確実に「今日より明るく素晴らしい明日が来るであろう」と信じていられた。

でも、いつのまにか、たぶん1990年くらいを境に、日本は成熟から爛熟そして変性・腐敗の過程に入ってしまった気がする。信じたくないけれど、残念ながら実感として感じる。熱い気持ちと勢いが「正しく」、静かで落ち着いた社会が「間違っている」というわけではない。でもどっちがその中の人間にとって素晴らしいか?は自明だろう。だから、貧しくも自分のために努力して勉強してキャリアを積んでいくことが「アタリマエ」のアルゼンチンの話は、正直羨ましいと思った。日本の大学大学院制度の問題点については、全く同感。一応、非常勤ながら大学の教員の一人として。

実際に、日本の若者達の格差は僕らの世代の想像を遥かに越えるくらい大きくなっている。「優れた」「秀でた」一握りの人材の下に、「ふつう」の大きなマスがあってこの人たちはある意味「諦めちゃっている」(これが凄く問題)、その下には「さらに諦めちゃって自信を喪失した」底辺の膨大なマスがある(社会の不安定要素としてさらに問題)。富士山的な裾野の広がりの社会というか。

未来にむけて日本復活はあるのか? たぶん従前の日本の勢いをとる戻すのは難しいだろう。
でも、だからといって手をこまねいているわけにはいかない。やはり一にも二にも最大のプライオリティは「教育」だと思う。
僕らの世代の責任は重大だよなあ・・・

September 27, 2010

理解と納得のギャップ

ぐっと涼しくなった朝の通勤。月曜日のオフィスでの朝イチの電話に衝撃を受けた。うううむと絶句。28年間医者をやっていても、まだまだ自分の未熟さを痛感する時がある。医者として今までベストを尽くしたのか?コミュニケ−ションを本当に巧くとれていたのか?理解すること(してもらうこと)と納得すること(してもらうこと)のギャップ。さらに人の感情の機微。一日中、その難しさを自問しつつ、忸怩たる思いで過ごした。医者ということだけでなく、人間としてまだ未熟だと反省。そんな日に限って超多忙モードで、サブルーティンと緊急事態ばかりで夜まで。へろへろで帰宅。

September 26, 2010

童話「ごんぎつね」

昨日気になっていた山崎ナオコーラのエッセイの中の話で、「伝わらない」というドラマについて。「ごんぎつね」のこともちょっと書いてあって、どんな話だったっけなーと調べてみた。
===========
ごんぎつね (新美南吉の作品)(サイトより一部引用)

中山の近くの山中に「ごんぎつね」という狐がいた。ごんはひとりぼっちだったが、畑を掘り散らかしたり、つるしてあるとうがらしをむしりとったりと、たいそういたずら好きな狐だった。
ある日、ごんは川で網をはって魚をとっている兵十を見かけ、こっそり魚籠に入れてある魚を逃がしはじめる。
最後にうなぎを逃がそうとした所で兵十に見つかり、首にまきつけたまま逃げ出した。

十日ほどたって、兵十の母親が死んだ事を知ったごんは、一人ぼっちになってしまった兵十に自分と同じ憐れみを持つと同時に、兵十の母親はきっと最後にうなぎを食べたかったに違いないとと思い、自分のしたいたずらを後悔する。

その後ごんは山の中でとれた栗やキノコをこっそり兵十の家に届け始めた。兵十は誰がくれたのかむろん分からない。
いつも届けられる栗やキノコは神様がくれたと思いはじめた兵十にごんは少し不満を感じたりもしたが、ごんはいつものように栗を届けに行った。しかし、ごんがこっそり入ってきた事に気付いた兵十に火縄銃で撃たれてしまう。ごんを撃って近づいた兵十は土間に置かれた栗に気付きびっくりする。

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」

ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずいた。兵十は火縄銃をばたりととり落した。青い煙が、まだ筒口から細く出ていた。
===========

哀しい話。幼稚園だったか小学校低学年だったか、初めて読んだ時には泣いたな。たしか教科書に載っていたのだ。
子供心にすごく切ない気持ちになったのを憶えている。
「ごんぎつね」っていえば、学芸会の定番のお話で、その劇を観ても泣きそうになったんだ。泣いているのを友達に気付かれないようにするのに苦労したこととかも憶えている。ああ、懐かしい。
There was an error in this gadget