助けあいジャパン

August 31, 2009

漣から津波へ

今回の自民党の壊滅的大敗というものが、今更云うまでもなく「既得権益サイドの代弁者としての自民党」の自業自得な自爆によるものだけれど、それだけに歴史的な出来事であったことは確かだ。自民党に対してNOという民衆の様々なつぶやきとかため息のような、小さな漣(さざなみ)がどんどん共振して、大方の予想を遥かに越えた大きな津波になってしまった感じ。つーか、この小さな漣からとんでもなく大きな津波になってしまう過程は、ネットコミュニケーションをはじめとしたすごく現在的な流れだと思う。ただ今回は、非自民→民主党側にに振れすぎてしまって、一夜明けて皆冷静になってみて、「こりゃちょっとマズいかも・・・」と驚き戸惑って居るマスコミって感じか?

未体験ゾーンだ、いずれにしろ。

政権交代という、世界的にはごく日常茶飯事的なダイナミックスが、日本の政治シーンでは極めて珍しかったということ。そのくらい日本は「波風を立てないことを好しとする」社会だったわけだ。その文脈からはポピュリズム小泉の掲げた改革路線というものが一石を投じたことは間違いない。各論の問題は別として、総論では間違ってない方向性。

政権交代がなされた今、対抗軸のない議論は非常に危険で危なっかしい。ふさわしい力をお互い持ち、バランスをとりつつ反発し合うような、そんな緊張感から生まれる新しい価値観へ育ってゆくことを期待したいのだけれど。

21時から10本。さすがに今夜は台風ということで、ガラガラで常連ばかり。

August 30, 2009

大規模訓練と総選挙と24時間テレビ


年に1度の東京都合同総合防災訓練。調布の味の素スタジアムとその周辺の広大な空き地にて、首都圏の大規模災害を想定した自衛隊、消防、警察、レスキュー部隊、救命救助チームなどとの総合訓練。僕は医療救護センターの重傷者の初期治療チームの副責任者として走り回った。参加してくれた11チームの医療救護チームそれぞれが、すごく頑張ってくれた。200人以上の被災者役の人たちがごったがえす状況で、治療搬送の優先順位を決めるトリアージって、実際にはもの凄く大変ってことを痛感した。自衛隊のヘリや装備、スーパーレスキューの機械や訓練、かなり本気モードの訓練は迫力があった。いつか必ず起こる大規模災害のことを皆が意識し準備しつづけること、これが一番大切なんだと思う。

訓練終了後は飛田給の「大勝軒」で昼ご飯を食べてからプールに直行して、軽めの10本500mを気持ちよく伸びる。サウナでリフレッシュしてから、選挙へ。今回の総選挙の歴史的な意義っていうのは、政権交代によって今までの自民党的な価値観からのパラダイムシフトだろう。選挙に勝ってはしゃぎまわる民主党ってのは本当に観たくないんだけれど、そのくらい今の自民党が酷いってことで、まあ、しゃーないんだろうな今回は。日本が二大政党の成熟した政治シーンになるのはいつの日なんだろう。

毎年この時期にやる24時間テレビ。この臭すぎるお涙頂戴の演出っていうのが、以前は大嫌いだったんだけれど、ここ数年は(作り物の)ドラマとして結構泣ける。珍獣ハンター・イモトの頑張りに家族して涙したりして。おお、そういえば、この番組の夜の一番いい枠はイオンだった。民主党政権誕生にむけての「お涙頂戴大感動ドラマ」の演出に見えちゃうという、なんと絶妙なタイミングなんだろう。

August 29, 2009

久しぶりの打ち合わせ@神保町

ま&じで久しぶりに打ち合わせ。まず神保町「ランチョン」にて、生ビールで乾杯。この店の存在は大昔から知っていたけれど、なぜか今まで入ることがなく初めての訪問。鰊のマリネ(ドレッシングがユニーク)、名物メンチカツ(さすが、うまし!)、ランチョン特製ポテト(海老とポテトとチーズの組み合わせ)、ソーセージなど。ここで今後のハックル活動について有意義なディスカッション(笑)。

その後は神田方面に歩いて、楽器屋さんを冷やかしたりしながら神田西口へ。餃子の店で軽く飲んでから、〆は麵屋武蔵神山のラーメン。当たり前すぎる今日の結論ではあるけれど(笑)、ハックルベリー「原点回帰」ってことで、今後のライブやCD制作の計画を立てた。近いうちに立ち上げる予定の新しいユニットでも活動を含めて、今後の展開が楽しみだ。

もー、それにしても、立派なオッサンなんだから、今日も食い過ぎ&飲み過ぎに注意しましょ(爆)

August 28, 2009

1986年のメキシコで出会った巨人達

アカデミックキャリアをひた走ってアメリカに留学していた頃のこと。1986年、メキシコのプエルト・バジャルタの国際学会で初めての口演発表。その頃はわりと尖って日本を飛び出していたから、日本からの参加した教授たちには「甘く見られたくない」という意識が強かった。発表は大成功でそれなりの評価を得る事が出来た。日本語をあえて一切封印したりして(若気の至りだ>爆)突っ張っていた。

この学会でお会いしたのが、T大学のT教授、N先生(後のT大学教授)、J大学のS教授、K大学のI教授、N大学のM教授とA助教授など。彼らは既に世界レベルでのビッグネームで(手術法とか手術器械に彼らの名前がついていた位)、医者になってまだ5年目になったばかりの僕にとって、雲の上の人達だった。でも学会の日程が進むにつれて、日本を飛び出して孤軍奮闘している若いチンピラの僕のことを、彼らはとても可愛がってくれて、学会のその他の国の重鎮たちに僕を紹介してくれ、その後のアメリカでの研究生活や、ニュージーランドやイギリスでの医者として生活する助けになった基礎がこの学会で作られたといっても過言ではない。

その先生方が、学会雑誌の記事から2007年から今年にかけて、皆亡くなられたという。23年前だから、当時の彼らはまさに今の僕の年齢くらいなのだという驚き。当時の彼らは、その自信と風格があったなあ。そう考えると、いかに今の自分が未熟で落ち着きないか・・・。

合掌

August 27, 2009

ブルドーザーLove!


夏休みの刹那は遠い昔って感じ。今日は研究日ということで比較的時間に余裕があったけれど、様々な要因で9月は忙しくなることは必至の状況。プライベートでもやることがたくさんあるし、おお、遊びのほうも満載。ハックル活動も秋に向けて盛り上げていく状況だし、オーストラリアから留学生を迎えての準備もある。新型インフルエンザ関連の仕事もあるし、院内外での会合も目白押し。ふへー。ちょっと凹みつつ、燃える(しかない)わな。

画像は僕の密かな楽しみ。RCのリモコンブルドーザーで机の上を「がががあっ!」と動かして、ささやかにストレス解消。健気なブルちゃんの後姿がカワイイ(笑)。

August 26, 2009

泥舟に乗って一緒に沈もうってか?

今回の総選挙に関しては、政権交代の流れは今となっては止められないと思う。断末魔の自民党の酷さに比べれば、冷静に観ても最悪一歩手前の民主党のほうがまだ「まし」だろうという選択。民主党に明るい未来を託せるとは、全然思えないけど、少なくとも自爆自民党よりはいいかもっていう判断だな。もう社会の流れは止められない。

それにしても今回の自民党のなりふり構わぬ戦い方の見苦しさって、本当に暗澹たる思い。小泉改革という大失政でどれだけ医療の荒廃が進んだのか、現場は痛感したはずで、あれほど恨み節を言っていたのにその舌の根の乾かぬうちに、あえて泥舟(自爆党)に皆で乗って一緒に沈みましょう!てのは、節操がなさ過ぎ。

浮き世の柵(しがらみ)で、その片棒を担がざるを得ないってのが、情けないし本当にイヤだなあ・・・。少なくとも「組織票」てのは、もう止めようよ(苦笑)。。。有権者をバカにするのもたいがいにしときなさいって。蛸が自分の足を喰っているような自爆党の末期の姿。今日も多忙な一日でへろへろだったんだけれど、どっと疲れた。やれやれ。

夜は、末広町「柳鮨」で、高校の後輩&大学の同期のT君と。今夜は「さんまの炙り」が美味しかった。

August 25, 2009

怒濤の一日

夏休み明けで怒濤の一日。ま、4日間休んでいた訳だから当たり前といえば当たり前なんだけど(笑)。朝礼に引き続き会議をしたら、処理すべき案件多数が机の上。ここで凹んでも凹むだけ時間の無駄なので、プライオリティを考えつ一件ずつ処理。幸い、この休み中は大過なかったようでほっとする。困ったのが、急に今夜入った行政関連の会議。ダブルブッキングになってしまい、医師会関連の会食(Casa Girrdino) を土壇場でキャンセル(ちょとだけ残念)することになる。ま、でも正直な所、この「濃い」会食&「重め」の会合を今夜二つこなすのは物理的に不可能ではなかったにしても、かなり億劫だったのでしゃーない、と思う。

怒濤の一日で、ちょっと面白かったのは、映画の医学監修の打ち合わせ。以前やった「有頂天ホテル」や、「デスノート・ラストネーム」の関係で、現在ある有名な監督のもとで撮影中の映画の医学監修。役柄とかストーリーとか展開とかを考えて医学的に出来る限り医学的にリアルな状況を作るってのは、なかなか大変なんだけれど、ある意味凄くクリエーティブであるし楽しい作業だった。若い助監督のFさんの一所懸命さに出来るだけ応えてあげたくて、予定時間をオーバーしつつ協力。クランクアップは9月下旬、来春の公開とのこと。海外の映画祭にも出展する予定なので、精一杯頑張ってほしいな。


shon君、娘の同級生で家族付き合いをしている。KOの学生。頑張ってるね。

August 24, 2009

台湾LOVE2009(その4):最終日


ささやかな今年の引きこもり一人旅も最終日。今日もピーカンで暑い。故宮で存分に時間を過ごせたし、天気がよかったので台北の街を存分に歩き回ったし、いい時間を過ごせたと思う。故宮以外ナーンにも予定を立てず、ただひたすら思いつくままに歩き回るっていうのが一番のストレス解消。思い返せば毎年アメリカを旅していた若い頃もよく歩いてたな。

協調性がないので、お仕着せ旅行やツアーは一番苦手。糸の切れた風船状態の放浪パターンが一番自分にあっていると思う。齢50を越えて、まあ自分で言うのも何だけれど、そこそこの立場となってお金もそれなりに持ったわけだから、もっと贅沢三昧の旅をすればいいのかもしれないけど、ダメなんだな、好きじゃない。そこに「自由度」とか「放浪性」とか「無駄」とか「ささやかな冒険」とかがないとワクワクしないのだ。例えば、このさびれた汚い路地を入っていったらどんなところに出るのかな?とか、地元の人たちが食べているものをトライしたい、とか、本当にささやかな非日常的冒険なんだけどね。根っからのCityboyだから、大自然の中でのほんものの冒険は望むべくもないけど。その意味からも、限られた時間しか休みが取れない僕のプチ逃亡先として台湾っていうのは最適の場所。距離もサイズも時差もいいし、安全、食事もおいしくて安い。なんといっても老いも若きも人がいいし。ちなみに、今回の旅はマイレージをフルに使って総予算5万円でおつりがくる。国内旅行ではもっとかかるだろうな。

夏休みは熱帯の高級リゾートのプールサイドで寝転んで、キンキンに冷やしたシャンパンを飲みながらのんびりするってのも悪くないけど、まだいいわ、そのパターンは。一人じゃ楽しくないし。やっぱり愛する妻とふたりで(笑)ってパターンが王道だろうけど、ま、少なくとも今のウチのパターンではない(爆)。5人家族全員でリゾートに行って1週間過ごしたらたぶん軽自動車が一台買えるくらいのお金がかかるので却下。あとは妖艶でセクシーな若い愛人とのお忍び旅行ってのが、スケベおやじ共通の夢のパターン(笑)なんだろうけど、僕にはそんな便利な愛人もいなければお金もない甲斐性なしなので、実現不可能つーか考えるだけでも時間の無駄(爆)。

だから当分は、このパターンのプチ逃亡引きこもり一人旅を続ける事にしよう。

ということで、食って歩いて喰って歩いて・・・ばっかりだったような気もするけど、今回の台湾Love2009の総括としよう。今日は午後のフライトなのでこれから街に出て、この辺りをもう少し歩いてから、タクシーで空港に向かう予定。

August 23, 2009

台湾LOVE2009(その3):台北散策

6時過ぎに朝食。昨日と同じホテルにて豆漿、揚げパン、サラダとフルーツなど。台湾はご飯がおいしくてどうしても食べ過ぎてしまうので、カロリーを軽めにしておく。9時過ぎにプールサイドへ。今日もピーカンで日差しが強い。せっかくスイミング・プール(「水泳池」だって)があるので泳ぐ事にした。でも、その水の汚さに唖然となった。日本も昔はシーズン中は一度も水の入れ替えをしていなかったけれど、このホテルのプールもそんな感じ。日本の最近のプールは循環システムがあってどこも水質がきれいなのに慣れているせいか、泳ぎ始めて早々に「こりゃだめだ!」とあきらめて上がる事にした。いろんなものが浮いているし、何となく水が重い(笑)。こっちの人たちは全然平気だから、僕がへなちょこになっちゃてるだけなんだろうけど、日本の基準では絶対にNGだと思うな。ま、台湾のホテルのプールでいつものように泳ぐ気になった僕がいけない(笑)とあきらめ、プールサイドで昼前までは読書。正しい夏休みの過ごし方だ。

昼に中山北路をあるいてMRTの一駅先の「中山」へ。新光三越の地下のフードコートの「楊記」(記という字をつかった食べ物屋さんは多い)にて「蛤牡湯麺」。台湾でよく食べる小ぶりの牡蠣と蛤(って字だけれど、僕はアサリだと思う)の澄んだスープ麵。この海鮮コンビネーションに間違いはないでしょ。予想どおりの胃に優しい味。台北驛でMRT板南線に乗りかえて「忠孝復興」で降りて、SOGOへ。親日的な台湾では、日本のものが、それだけでブランド的な扱われ方をしている。デパートを歩くということは日本ではまずしないけれど、なかなか面白い発見多し。Sony Styleは健在。日本庭園が巨大なアトリウムにあるのがユニーク。実はあるブランドで探し物をしていたのだけれど、ここにはないことがわかり、MRTで「市政府」へ移動しTaipei101に向かう事にした。MRTの国父記念館駅には巣鴨のカレーうどん「古茶屋」の広告とか「太田胃散」の広告とかがあり、驚く。この駅で、自分の勘違いに気付いたけれど、台湾の国父は蒋介石じゃなくて孫文なんだわ。

市政府駅周辺は未来的な都市で、スケールの大きなモールとかシネコンとかが集まっている。モールをつなぐ道々に大道芸人とか屋台とかがあって楽しい。Taipei101のモールは巨大でヨーロッパや日本のブランドが軒を並べる。ブランドそのものには全く興味がない(つーかむしろ嫌っている)のだけれど、この世界的な不景気の中で結構人が入っていたのに驚いた。あ、でも多くは大陸からの旅行者みたいだ。大勢で大声を出しながら、つるんで歩いているのですぐにわかる。結局、101モールにはお目当てのBarneys New Yorkは入っていないことがわかり(インフォの若いおにーちゃん&おねーちゃんたちが、一所懸命英語でコミュニケーションをとってくれた)、仕方がないのでお店を冷やかしつつぶらぶらする。だって外は異様に暑いし(逆に中は異様に冷房が効いている)。去年も入った大型書店Page Oneにて1時間近く過ごす。日本からの雑誌や新書、解説書、旅行案内、小説など多数。日本語がそのままのものも多く、日本文化が台湾の世代を超えた人たちと密接に関わっている事がわかる。村上春樹のコーナーはここでも人気だったし、そのほか主だった日本の作家の翻訳本多数。なんだかコソバユイ感じ。その後LA Cafe(去年も行った)で一休み。ここのウェートレス達は美人ばっかし(目の保養)。「新光三越信義新天地」の巨大モールへ。このデパートのスケールは半端じゃない。信義新天地という再開発地区にかける期待を感じる。ここの地下の食料品コーナーへ。料理好きの血が騒ぐ(笑)、日本にはない香辛料やら調味料やらの数々。お土産も含めて2000NT$の買い物。日本の食材(納豆なんかもある)や調味料も充実していて、台湾の人たちがかなり日本食を作って食べているということがわかる。東方美人と高山烏龍茶の最上級を購入。そこのお店のねーちゃんがすごく親切でいろいろろ試飲させてもらった。

いったんホテルに戻ってから、士林夜市へ。ここの屋台で「スパイシー塩味の渡り蟹」、熱々の広東粥(烏賊や蝦や帆立などの海鮮、豚の肝臓、鶏肉)。オーダーして席につき、調理人が仕事をしているところをみていると決して衛生的じゃない(笑)。えええっ、!って感じのレベルなんだけれど、まあたぶん大丈夫なんだろう、人間てのはそれほどヤワじゃないし。MRTで双蓮に戻り、民生西路の「上豪牛肉麵」にて、陽気なおばちゃん達と相談して、一番人気の「蕃茄(トマト)牛肉麵」で〆。

August 22, 2009

台湾LOVE2009(その2)故宮博物院再訪

4時半にバチッと目覚める。日本時間で5時半。まったく律儀な体内リズムだ(笑)。熱いシャワーを浴びてネットを観ていたら、もう空腹感で堪らず、6時(だって日本時間では7時だ)からの朝食バイキングの一番乗り。本当は、朝食は街の屋台の豆漿(豆乳)を食べにいきたいところなのだけれど、朝のルーティンを考えると残念ながら、ちょっと躊躇しちゃうのだ。仕方なく次善の策としてホテルの朝食バイキングで豆漿と揚げパン、大量(大振りのサラダボウルで2杯)のサラダとフルーツ、ベーコンエッグとポテト、中華風の漬け物など。

さて、今日はこの旅のメインイベントの国立故宮博物院へ。朝食をゆっくり食べ終わってもまだ7時前、じっくりと下調べをすることにした。8時半出発。MRTで「士林驛」へ。そこから一般バスに乗り故宮博物院へ向かう。新装大改築したので、以前訪れた時とは全然違って建物そのものが洗練された印象。日本語のオーディオガイドを頼んで、早速一番上の階からじっくりと解説を聴きつつ展示を回る。大陸からの観光客の団体多数。一般人への渡航自由化の結果なんだろう。「一つの中国」という大陸の人たちの考え方からすれば、この故宮の財宝の所有権に関しては複雑なものが有るんだろうけど。ま、それはそれ。蛇足になるけれど、展示物は清の時代までで、現代に至るまでの中華民国と中華人民共和国の歴史については、あえて沈黙を守っている感じ。


展示は時代別になっていて石器時代から近代に至るまでの中国の歴史と文化の変遷を感じる事が出来る。日本列島の古代人たちが腰蓑付けて走り回っていた時代に、確実に「より人間らしい文明」をもって生活をしていたわけだもの。殷・周・春秋戦国と続き、秦・漢で大中華のアイデンティティを確立し、三国(漢族と満族と蒙古の戦いなんだな、結局)・南北朝を経て随・唐へ。このころから日本文化への影響がぐっと大きくなる。宋・元と拡大し明の時代に中国文化は洗練され、清朝の帝国になって爛熟する。その壮大かつ悠久の時間の流れ。中華民族の徹底的で偏執狂的な「美に対するこだわり」には本当に感嘆する。

今回は蒼穹の昴を読んでいたので、今回は特に清の時代の宝物が面白かった。最も偉大な乾隆帝の時代の宝物が印象的。とにかく圧倒的な感じ。「磁胎洋彩百禄双耳輝」:大きな壷に鹿山の様子を3Dで「球面」描いている。どこから観ても絵が連続するのがすごい。有名な翠玉白菜や肉形石、九層象牙球も、もちろんすごいんだけれど、清の時代の偏執狂的なミニチュアの世界(例えば陳祖の小舟とか翡翠の精緻なミニチュアとか)の技巧にも感動する。千字文の展示。天地玄黄・宇宙洪荒。いろんな形態や流儀の千字文があるんだな。昔から中国の絵画も好き。「清明上河圖」。20Mくらいの細長い上に延々と繊細な筆で描かれた庶民の生活。ストーリーがあるのが素晴しい。前回訪問時には、これとは違った絵巻物で、村の歴史を表した巻物が展示してあって、今回もそれが観たかった(名称失念)のだけれど、今回は見つけられず。でも有名なこの「清明上河圓」もさすがに素晴しく、このコーナーでじっくりと1時間過ごした。至福の時。


昼ご飯は本館4階にある「三希堂」(乾隆帝の書斎の名前)にて点心飲茶。このフカヒレのワンタンスープが絶品だった。フカヒレの他に貝柱、海老、タケノコ、鶏肉、金華ハムなど。濃厚にしてあっさり、でもコクと香りが素晴しい。さらに、点心の皮の柔らかさは特筆もの。画像はその絶品フカヒレワンタン入りスープ。画像をクリックすると大きくなってそのおいしさがわかるかも(笑)。その他の飲茶点心は海鮮蒸し餃子、蟹の焼売などで、凍頂烏龍茶で頂く。これでも160NT$. (500円くらい)!


「陳其寛」という建築家にして芸術家の特別展示をやっていた。その世界では有名な人なのだろうけど、まったく名前も知らず、せっかくなので入ってみたら、これがBINGO、大正解! もしかしたら、今回の故宮での最大に収穫かも。建築家であり書道家でもあり画家でもある天才。空間的な表現がすごくユニーク。「水の底の方から水面に向かって観た風景」とか、鳥肌が立った。予定調和的に自分なりに盛り上がっていた気持ちに風穴を空けた感じ、というか。早速充実しているスーヴェニアショプで、作品集とポストカードなどを買い込む。結局7時間近く故宮で過ごしたことになる。

帰路も一般バス。ところが系統が違ったのか乗ったところには戻らないで、士林の街の全然知らない場所を走っている。まあ、台北市内だしどこに連れて行かれようともタクシーさえ拾えれば何とかなるだろうと、そのままにしていたら、どんどん知らない街並みになってしまい、となりの席のおっさんに地図を見せて「わたし・にほんじん・MRT士林(しーりん)はどこですか?』と聞くと、ふふふと不敵に笑い、「そのままで大丈夫だから座ってな」みたいなニュアンスの言葉を返される。彼が地図で説明するには、このバスは故宮と士林と劍鐔を循環しているらしい、ということ。そっかそっか、MRTの劍鐔に行ければ大丈夫だと安心。その後もおっさんが何やら親しげに話しかけてくるけど、全然会話が成立せず、えへらえへらしてごまかしているうちに劍鐔に到着。おっさんとその家族も降りた。「謝謝」といって別れ、せっかくだから士林市場を覗いていくかな、と交差点を渡ろうとしたら、さっきのおっさんがすっ飛んできて「ちがうちがう、お前の乗るMRTは反対の方向だ」と教えてくれた。説明する自信はないので彼の好意を無にしないように言葉に従う事とした。こういうところが台湾の人たちのおせっかいなくらい親切な所なんだな。

ホテルに戻りシャワーを浴びてビールを飲んだら、さすがに疲れが出てちょっとだけ午睡してしまい、目覚めたらもう薄暗くなっていた。今日は長春路の「京鼎楼」へ。昼間が飲茶だったのでご飯ものが食べたく、去年食べた炒飯がおいしかったので、ホテルから至近のここんちにした。排骨玉子炒飯と海老雲呑湯、台北麦酒で400NT$.(1200円!)。安くて美味くてどーもすみませんって感じ。


帰路、街歩きで前から目をつけていた「京美健康養生廣場」に予約なして入ってみる。ちょっとドキドキ(笑)。やっぱり清潔であることと大通りに面していて、まさかぼったくることはなかろう、という感じの店を探していたのだ。日本のガイドブックに出ていないのも日本人観光客値段じゃないだろう、という予想もあって。対応してくれたのは同年代くらいのおばちゃん。片言の日本語でコースの説明。全身整体と脚底按摩90分のコース1500 NT$(4500円)。「中国古式穴位推拿按摩」だそうな。結論からいえば、すっごく良かった。日本であそこまで徹底的にマッサージしたら3倍はかかるだろう。「急所」以外(爆)の全身をくまなく、痛気持ちよく揉みほぐされ、日本ではちょっとないパターンの「痛気持ちよさ」の推拿でへろへろになってしまった。最後の方は、小柄なおばちゃんが、僕の足や腕とか背中とか肩に乗りつつ、反対の足でツボをぐぐぐぐっ、と推すので、あまりの気持ちよさに思わず唸ってしまった。終了後、お茶を頂いてそれを飲んでいたら、図表を見せながら説明してくれる。内臓は全く問題ないと、脚底(足裏)の圧痛では座骨神経と右肩甲骨の張りがあったとのこと。あなたは睡眠不足で疲れ気味だと(まあ、これは大部分の客に当てはまるだろうけど)。

実はさあ、おばちゃん「我是医師(わーしーいいし)」と言ったら、「うそー!」と笑われた。無精髭、Tシャツ、ぼろジーンズ、破れたキャップのおっさん(僕)が、それらしく見えなかったんだろうな(爆)。大満足、へろへろでホテルに帰還。

August 21, 2009

台湾LOVE2009(その1)

今年も台湾にやって来た。去年の夏休みは史上最大の超大型台風13号の直撃に遭遇して、一番の目的の故宮博物館再訪が叶わなかったので、ある意味リベンジでもある。つーか、僕はこの国が好きなのだな。去年台風の最中に台北の町を3日間歩き回って、この町に何か特別なシンパシーを感じてしまったのだ、実のところ。

6時15分、たまプラ発のリムジンで成田へ向かう。成田と羽田への直行リムジンが自宅から徒歩5分で乗れる環境に住んでいるっていうのは、最高にラッキーなことだと思う。そんな深謀遠慮でマンションを買ったわけじゃないんだけど(笑)。がらがらの高速を一路成田へ向かい、7時半には第2ターミナルへ到着。ウェブチェックインしていたので、即荷物を預けて朝食へ。ここから中華モードで「謝朋殿」で五穀粥と海老ワンタンの朝食。満足しつつ、ここからウォーミングアップ。「蒼穹の昴」を再読し、自己暗示的中国文化リタラシーを高める(本当か?>笑)。ま、でも何度読んでも面白いと感嘆する>蒼穹の昴。この小説の舞台の清時代の美術品の主なものは、破壊されたり欧米や日本に略奪されてしまっているようだ。今度、故宮博物館のサイトで確かめてみよう。日中戦争時代には疎開されていた膨大な宝物&美術品を、戦後蒋介石が北京から台北に軍艦で運び入れたことは有名な話だ。だから台湾の故宮博物館のほうが北京のそれより数段内容が上のものになっているという。ま、それはそれ。自ずとこれから目にする中国古典の美術品や宝物に思いを馳せつつ・・・。

JAL641はオンタイムで離陸。機内で映画「96時間」。舞台はパリのフランス映画。リーアム・ニーソンをはじめ登場人物がフランス語訛りの英語を話している。最愛の17歳の娘(妻が再婚して別れて暮らしている)が、パリで人身売買の組織に誘拐され、それを元CIAの秘密工作員である主人公が助けに行くという、単純明快なストーリー。無骨で強くてネヴァーギブアップの暑苦しい父親が、娘に見せる不器用なやさしさってのは、万国共通のお約束なんよだな。フライトの時間つぶしに観るならいいかな。それなりにアクションは面白かったし。やっぱりレッドクリフ2にすれば良かったかも。前述した理由で、映画まで中国古典テイストにすると、あまりにもソレっぽすぎるので自主規制したのだ(笑)。機内で食事は食べないつもりであったけれど、スタイル抜群の(たぶん)台湾美人のCAに聞かれて、思わず「親子丼ぶり」バージョンをお願いしてしまった(笑)。機内食で卵をとろとろにするのは至難の業なんだろうな。「そうめん」とともに、おいしく頂く。でも、食べておいて言うのも何だけれど、この時間の台北向けのフライトなら食事はいらないかもね。希望する人にだけ空弁みたいなものをだせば十分かも。だってほとんど沖縄行きと同じノリだもの。

定刻の12時に到着。イミグレーションが大混雑でホテル到着14時。バスが台北の街に入ると、あの古い建物と溢れる漢字のカラフルな看板をみて、わくわく感。去年と同じ「国賓飯店」にチェックイン。ここんちはJAL系列でマイルが貯まる(使える)ことと、去年泊まっているので土地勘がある。ラッキーな事にネット予約で早割にしていたことが効いたのか、メンバ−専用デスクでチェックイン出来た上に、何故か部屋をジュニアスイートに同じレート(そもそも驚くほど安い!)でアップグレードしてくれた。

広いしきれいだし良い部屋。一人引きこもるには最高の環境かも。幸先のいい旅のスタート。


昼ご飯は、ホテル近くの民生西路にある「老薫牛肉麵」にて店員のお姐さんのおすすめで「上品精緻牛肉麵」にした。あっさりした塩味の牛肉麵、お肉がとろとろで美味。後で調べてみたら、「精緻スープ」というのは牛骨でとったダシで清真(イスラム教徒)の多い中国の蘭州ではポピュラーな味付けだそうな。台湾特有のねぎと香菜と唐辛子のトッピングが絶妙だった。ここんちのは八角の臭みは皆無。210NT$ということは600円でこの国の平均からみればかなり高めではあるけれど、あれならいいでしょ。満足して外に出たらピーカン快晴&気温35度で、どっと汗が吹き出した。

部屋に戻りシャワーを浴びてからMRT淡水線で台北駅経由で板南線に乗り換えて、さらに西門で乗り換えて「中正紀念堂」へ。南門市場を冷やかすが、あの市場特有の圧倒的な物量と人の波はすごいわ。大陸からの食材が多いみたい。その後は紀念堂の巨大な広場を散策。国庫は国父である蒋介石を祀ってある場所。中国特有の色彩感覚と空間感覚、巨大な建造物。台湾は小さい国ではあるけれどあの大きさは(人種的な意味での)中国人の感性なんだろう。

17時すぎで帰宅する人たちの流れ。ものすごい数のスクーターやオートバイの集団が交差点に並ぶ。信号が青になると一斉にアクセルをふかして走るのですごい騒音(笑)。その「どわー、さあ皆行くぞー!」という勢いというか気合いが面白くて写真を撮ってしまった(笑)。そういえば去年は台風で「それどころじゃなかった」んだね。15年前に来た時にも同じだったけれど、乗っているバイクはかなり上等になった気がする。それにしても、交通事故が起こらないのが不思議なくらいの無謀な運転多し。

中山南路を北上して台北車驛へ。途中、大きな台湾大学医学部付属病院(National Taiwan University Hospital, NTUH)を通る、かつてアカデミックキャリアをひた走っていた頃、アメリカで知り合ったピッツバーグの小児外科医の馬先生と、その師匠の藩先生は今でもお元気かな?15年位の没交渉なので、コンタクトはさすがにとれないのが残念。台北車驛の南側一帯は「予備校街」で、若い学生さんが大勢。屋台やレストランも多く、あれはきっと夜食を食べるためなんだろう長い列が出来ていた。焼饅頭とかソーセージとか焼き餃子とかおいしそうだったけど、今夜はトライせず。それにしても、台湾の若者達のファッションはほとんど日本と同じじゃないかな。女の子の化粧とかフォッショッも渋谷を歩いている女の子と変わらない気がする。そのくらいリアルタイムで同じ価値観を共有しているってことなんだろう。新光三越を覗くがこれはほとんと日本のデパートと同じ。あれ、この感覚なんだろう?と思って考えてみたら、大阪でデパートに入った感じと似ている。(僕以外の)周りの人が大きな声で大阪弁話している感じ、というか。巧く説明できないけれど。ここは日系のデパートだからなのかもしれないけれど、エレベーターレディが乗っていて驚いた。

台北車驛の巨大な建物の2階にあるBreeze(微風) フードコートへ。ここは去年ブランチを食べたところで、わりと新しくきれいで機能的。「麵類達人のコーナー」とか「カレーの有名店(「横浜カレー」とかあった)のコーナー」みたいなテーマ別のコーナーがあって面白い。今夜は熟慮の末(笑)台北屋台料理のコーナーで、排骨(かりかりの衣&柔らかい豚肉!)、担仔飯(「るーろうふぁん」と同じか?台湾のお約束ご飯、満足!)、蛤仔湯(蛤の澄んだスープ、生姜の香りがいい)、湯通ししたキャベツにニンニク醤油をかけたもの(これもおいしかったな)。以上大満足の内容で、149NT$ .ええええっ! 500円くらい。


夜の街路をふらふらと歩く。本屋さんの雑誌コーナーには日本の雑誌がメインにおかれているし、CDとかDVDとかでも日本のものが多い。若い人たちが何の違和感もなく日本の文化に触れているということがよくわかる。もしかしたら、つーか、かなり確実に、僕より日本の俳優とかアーティストのことを知っているだろうし、渋谷とか原宿とか秋葉原のことも知っているんだろうな(笑)。

August 20, 2009

けんたま・つり



KFCの「ケンタ祭り」だと

twitterにも今朝書きこんだネタなんだけど、朝っぱらから、TVのCMの音声に耳を疑った(爆)
流れからいって(って、どーゆー流れ?)、「け」じゃなく「き」に聴こえるだろう、普通。

そもそも、KFCを「ケンタ」なんて略すなんて反則です(笑)。どーでもいいけど。

さあ、明日からささやかな夏休みだあ!

August 19, 2009

文字情報はストック型コミュニケーションの本道

文章などのテキスト情報は、文字と文章を人類が持って以来の進歩の過程そのものが、ストックされること想定したものであるから、フロー型のコミュニケーションに本来は「一番遠いもの」であるはずなのだ。従来の知識の源である「本」は、まさにストック型情報の象徴的存在だろう。僕が最近流行のTwitterなどのフロー型のメディア・コミュニケーションにおいて「居心地の悪さ」というか「座りの不安定さ」を感じる最大の原因は、本来ストックされるべき文字情報を「垂れ流す」という事に対する、嫌悪感や不安感にある気がする。とはいえ、これは個人の好みの問題かも。僕は「電光掲示板的な文字情報の流れ」についていく事が苦手なのだ、もともと。

あ、そうか、だから今の段階では短い文章の「つぶやき」が世の中の最小公倍数的な認識というか、許容範囲の限界ということなんだろう。

本来、フロー型のメディアコミュニケションにもっとも似合うのは、「音声」とか「動画」情報ということは自明だと思う。音声情報とか動画などの映像情報は、もともと「消えてなくなることを前提とした刹那的なもの」なのだ。技術的な問題をクリアする事は、近い将来実現可能だろうから、そこに新しいメディアが登場する余地はある。つーか、世界中の人たちがほぼリアルタイムで「音声」「画像」「文字情報」を自然に容易に日常的にアップするという世界が出来るだろう。換言すれば、まだまだ情報発信という観点からは敷居の高いYOUTUBEが過去の遺物となる世界は、すぐ近い未来にあるということなのだ。

でも、その新しい世界では、自分が遭遇した(莫大な量とスピードで流れる)情報に対して、的確に反応する瞬発力が必要ということで・・・。老眼になり動視能力の衰えつつある僕らの世代には辛いかも(笑)。

もう少し考察を続けてみよう。

August 18, 2009

性格は顔に出る

見た目っていうのはやはり大切、だと思う。とくに顔は美醜とは違った観点でその人の性格をある意味とても正直に表現している。その人の「育ち」というか、それまでの人生が「顔」に現れているというか。表情の豊かさ、姿勢の良さ、立ち振る舞いの優雅さなどは、本人が意識して変える事は可能かもしれないけれど、とっさの動きや表情に「地の姿」が出て、根本的な所は隠し通せないものだと思う。その逆もあるし。そう考えると、役者っていうのは大変な仕事だ。TVに出ている覚せい剤不法所持の元女優の画像を観ていて、そう思った。

August 17, 2009

スピードは慣れるし麻痺するなうっ、ってか

基本的には自分の書いたブログのログは書きっぱなしだけれど、たまに以前書いたログを参照するために読み返すことがある。てか、このブログ食い物の話ばっかしだわ(笑)。もともと食いしん坊ではあるんだけれど、おいしい物を食べたことを日記に記録しておこう!という意識があるんだろうな。だから、さあブログを書こうとする時に、えっと今日は何を食べたんだっけ?という所から始まっちゃう訳だ(爆)。顧みてちょっと(だけ)反省/。もう50過ぎたオッサンなんだから、世の中の為にはならないまでも、少しは自分の為になるような考察をしたいもんだと。

最近ふたたび見直されるTwitterを、さとなお君のさなメモでいうところの「フロー型」の個人発情報発信だとすれば、ブログは確かに自分とそれを読んでくれる人にとっては、今の時代のスピード感覚では「ストック型」的なニュアンスの情報発信メディアなのだと思う。ちょっと前まではブログのスピード感がそれなりに「速かった」のにね。でも、今の所、僕はそれはそれでいいのではないかと思ってる。僕自身はTwitterにまだそんなにハマってないのでエラそうなコメントや結論めいた事は言えないけれど、今までの参加した実感としてはあのゴミ情報の「垂れ流し」のスピードにはついて行けない感じ。あそこのアクティブメンバーってのは、パソコンとか携帯を24時間身に離さず生活しているとしか思えない。完全な依存症。人間スピードには慣れるし麻痺してしまうけれど、個人の扱え得る情報量というのは限られてるのだから。これからも、ぼちぼちやって行くつもり(sandangemというハンドル)。

今の所、8月30日の総選挙に関する世論形成にTwitterの「フォロー総選挙」コーナーがどの程度影響があるのかは、論文作成中の末娘さとちゃんじゃないけれど、興味あるところだ。日本の社会が経験する初めてのtwitter選挙。

August 16, 2009

ピーカン真夏日アイスハイネケン

ピーカン&ドライな真夏日。こんなふうに徹底的に暑い!感じって今年は少なかったので、朝からわくわく感覚。テラスで朝の水やりをしたら、乾いた土の表面から、晩夏のあの匂いがした。あれれ、もう今年の夏は終わっちゃうのかい?午前中は先日来の読書&勉強と来週の台湾再訪の下調べなど。最近はネットでかなりのことまで調べられるので便利。12時よりFMサルース香月さんの「サルース・ファミリーテーブル」の自分の出ているコーナー「教えて♡まーく先生」を、テラスに出て聴く。放送で自分がしゃべっているのをリアルタイムで聴くっていうのは、本当に不思議な感覚。今日は「夏バテ」について。わりと気持ちよく&さらりとおしゃべりしてた(爆)。午後はジムでガッツりと20本1000m。

帰路Dexee DinerにてIce-Coldのハイネケンの生をジョッキで2杯。くーーーーっ、たまらなくおいしい。あまりに気持ちよく、イスで微睡みそうになりながら、浅田次郎「蒼穹の昴」。台湾で再読するつもり。夜は、アボカドのポタージュ&和風サラダ&キノコ三昧のパスタを作った。わりと好評。ふふふ。

August 15, 2009

親孝行@終戦記念日

お盆モードの週末。お昼は自由が丘「ブラームス」で海老フライ&ハンバーグ・ランチという洋食屋さん定番メニュー。必要にして十分な満足。やはりここんちのドミグラスソースはうまひ。午後のジムはさすがにがらがらで、レーン独り占めで気持ちよく20本1000m。ちょっと久しぶり。フィジカルな負荷というのは、モティベーションをいつも意識していないと、自分勝手な理由(今日は混んでいる、今日はちょっと腿が張っている。。。などと)を付けて、すぐにさぼる方向に進んでしまうもんだ。年とともにさらにこの傾向が出てくるのかも。冷房の効いたリビングで午睡をとってから、夜は中華が食べたいという両親を誘い久しぶりに一緒に夕食。かなPとさとちゃんと合流して上海朝市にて。ここんちは点心と野菜がおいしい、今夜はとくに龍髭麵が美味しかった。

August 14, 2009

ピュアなソウルをクリスピーに唐揚げる夜

さて今夜は、先日あったパーティで本当に久しぶりに再会した後輩のCくんと、とよ田@自由が丘/ここんちは、ひな鶏唐揚げで有名なお店。職場から歩いて5分くらいの至近なのに、まさに「灯台下暗し」で今まで知らなかったとは。メニューは、砂肝、手羽、ももの3種類だけのシンプルな内容。で、この揚げ方が素晴らしい。カラリ&さくさく&中はジューシー。レモンと七味唐辛子のみで、あとは何も要らない。骨まで食べられるdeep fried状態でクリスピー、でも中のお肉の食感が素晴らしい!こりゃうまいわ。実はもともと砂肝はあまり好みではないのに、あの砂肝にはびっくりした。いろんなサイトで絶賛されていることが納得できる。これはリピート必至でしょう。

C君とはお互い若い頃たった3ヶ月一緒に仕事しただけなのに、その当時の色んな事がすごく印象に残っていて昨夜もいろんなエピソードや懐かしい話多数。最近の仕事の話はもちろんのこと、子育ての話とか音楽の話とか、モロモロ楽しく、かつ有意義な飲みだった。彼の素晴しいところは頭の回転のよさと話をそらさない気配り、根本にあるソウルがピュアなんだろうな(ちと褒めすぎか?<笑)。近いうちに神保町にギター(彼は大学の軽音楽部)を買いに行こうぜ!という話(笑)で〆。

August 13, 2009

プチ夏休み@研究日

研究日の午後。お盆休みモードということで半日のプチ夏休み。ひぶすま屋でお昼を食べてから、ブック・ファーストで何冊か本を買って帰宅。午後はのんびりとソファーに寝転びつつ&微睡みつつ、勉強読書。まったく別のフィールドの勉強というのはバランスをとって脳のリラクセーションにいいと思う。北上のかみさん実家に帰省してさとちゃんと僕以外は居ないので、これから数日間留守番。夕食は二人で「鮨ぎん」へ。貴重なプチ夏休み。ずーっと考えるとはなしに考え続けているけど、「青豆」さんのあの最期はイマイチ納得出来ない。少し時間が経過したら再読せねば。

August 12, 2009

もうひと頑張りだと思う、巨大空間の駅

末娘さとちゃんが「空気について」の考察の文章を書いている。ふむ、発想は良いと思う。彼女なりの動機付けも好感が持てるし、よく考えていると思う。起承転結の「起」はなんとか立ち上がりそうだ。でも、彼女の言いたい事がありすぎるみたいて、「承」と「転」がまだばらばらだ。そこが一番のキモ。もう一息だから、頑張ってね。

今日も多忙、お盆休みとはいうものの、僕らには関係なし。10月から来る予定のオーストラリア人の医学生への連絡事項のメールを送り、ジムへ直行。3日ぶりで軽めの10本のびまくって気持ちよく悶絶/す。たまプラーザ駅の仮屋根がとれた。スッゲー巨大な空間を贅沢に使っている。いいんじゃない、ユニークで。でも大きすぎてイマイチ「落ち着かない」。すぐ慣れるだろうけど。

August 11, 2009

マッドクラブLOVE


今夜は北品川の会・機動部隊(笑)5名にて、暑気払いお食事会@シンガポール・シーフード・リパブリック
今夜のメニューは、ミル貝のガーリックドレッシングしゃきしゃきサラダ、湯引きレタスのガーリック醤油ドレッシングのサラダ、香ばしいサテイ、スパイシー・ソルトのピリ辛クリスピー揚げ海老、本日のシーフードから新鮮なカサゴ丸ごと一匹蒸しシンガポール風ニョニャソース添え、メインはここんちの自慢のチリクラブとスティームドクラブ、〆はシンガポール風焼きそばとさっぱりした魚介&豆腐の土鍋スープなど。バケットと揚げパンがいい感じでソースに絡んで美味しい。バス・ペーリエールの大ピッチャー3杯、シャルドネ2本。うううむ、大満足。いつも通り、がっつりしっかりと呑みかつ食べた。僕としては、スティームクラブ&しょうが味が特に印象的だったな。

その後、テーブル席からテラスのソファーの特等席に移り(さすがケイイチローの交渉力!)、夜風に当たりながら、まったりとシンガポールの夜もどき@品川の雰囲気にて、わいわいがやがやと楽しい会話。気持ちいい風の中シガーを嗜む。ふふふ。デザートもうまひ。マレー料理ってエキゾティックなんだけれど、なんとなく懐かしい味とか香りもするし、後をひく美味しさがある。

このところ苦労なことが多く大変だったトシピロの笑顔が見られたこともよかった。たまには肩の力を抜かなくちゃ。飯や飲みはいつでもお付き合いしまっせ。

ということで、今夜はこの季節にぴったりのセレクションだったと、参加者一同、満足して解散!

August 10, 2009

お盆休みモードとはいえ

世の中は「お盆休み」的なオフ・モードらしく通勤電車も全然混んでいない。お盆と年末くらいしかない、年に何回ある心地よい人口密度って感じ。早朝に駿河湾震源で地震があり、横浜でも突き上げるような揺れのあと横揺れがあって、びっくりした。台風直撃とあいまって現地では大変だったんだろうな。昨日の海モードとはうって変わり、忙しさグレードはB+かな今日は。

August 9, 2009

シーメンズ

この夏2回目のクルージングに斎田キャプテンに連れて行ってもらった。斎田艇&高山艇の2艇出しという豪華なクルージング。今回のまーくチームは、僕、かみさん、さとちゃん、関さん、しおりちゃん、じょうじ君、根津さん、薫ちゃんが参加。熱帯低気圧(その後台風9号に変わった)接近中で、不安定な天候とうねりのことで心配していたけど、幸いそれほどの荒れもなく、最高の1日を過ごすことができた。今回も斎田君、彼の海仲間の高山さん(ナイスガイ!)&小田さん(与論出身の面白いおっさん)に「おんぶにだっこ」状態でお世話になった。海を知り尽くしたシーメン達のホスピタリティに、今回も感激。感謝感謝。

今日はシーボニアを出て三崎港経由で東京湾を横断して千葉の保田に向かった。かおるちゃんが大きな真鯛を釣りあげて皆で大賞賛。保田の「ばんや」という漁協がやっているお店で昼ご飯。新鮮な素材の直球勝負の料理を堪能した。その後は保田の浮島の海で、釣りをしたり泳いだり・・・皆それぞれがそれぞれの最高の時間を楽しんだ。その後は東京湾を横断して、油壺で彼らの海仲間のヨットとランデブーししばらく過ごしてから、相模湾で釣り&泳ぎで〆て大満足でシーボニアに帰港。海の上は時間感覚が特別で、あっという間の早回しの夢を観ている感じがする。。

これは今日の画像。楽しすぎて写真を撮るのを忘れるほど(笑)。遊びに没頭するってのは、最高のストレス解放。明日からモルジブに旅行に行くというのに、今日も僕らと遊んでもらって、斎田キャプテンの心遣いと優しさに、あらためて感謝!
大渋滞に巻き込まれつつも、たまプラに19時過ぎに到着しかみさん&さとちゃんと「壱語屋」でがっつりと焼肉を食べて帰宅。今夜は爆睡!

August 8, 2009

職務質問&持ちもの検査

このタレントに関してはぜーんぜん興味なし。でも興味を引いたのは、警察の職務質問の状況。だって、自称プロサーファー(って何だ?<爆)の旦那が、深夜の渋谷の路上で「任意に取り調べを受け所持品検査をされる」という状況そのものが、かなり怪しい。そこに、たまたま、別居中の彼女が呼ばれて立ち会うってもの不自然。任意の尿検査を拒否してその場を立ち去るってのも臭すぎる。当初マスコミは、覚せい剤所持容疑で逮捕されたプータローの旦那に、翻弄された可哀想なヒロインが失踪した」という感じの同情的な報道だったけど、結局は「のりピー逮捕」だもんな。その後は徹底的なバッシング報道になるんだろうな。

冷静に考えれば、この事件かなり奇妙ではあった。だって、ふつうの人が普通に渋谷の路上を歩いていて警察官に職務質問なんてされないし、怪しい風体の人なんてゴマンといる渋谷の路上でも、任意とはいえ持ち物検査をされることなんか、まずないもの。

ということは、警察には事前に情報が入っていて、彼らをはじめから追っていたということなんだよな。元司法警察官で麻薬取締官だったS君に今度聞いてみよっと。ショーケンをその昔しょぴーたことがある同級生。

August 6, 2009

大原麗子さん

ジムでがっつり泳いで帰宅して、ぼーっと観ていたTVで大原麗子さん逝去のニュース。独りで倒れていたのを警察に発見されたとは、なんと寂しく哀しい最期なんだろう。輝いていた現役時代との対比が痛々しい。デビュー前は、キャンティとかに屯していた「六本木野獣会」のメンバーで、一昨日書いた素子(もとこ)叔母さん(これは何か「虫の報せ」だったのかな・・・)の後輩にあたる人。たしか加賀まりこさんとか井上順さんとかもメンバー。

芝居の世界の中の彼女は、透明感がある美しさと声が素敵な女性だった。グラマラスなセクシーじゃなくて、艶っぽいセクシーさが子供心にわくわくして好きだったな。ちょっと訳ありでキツめの女性が、ふと見せる弱さ・・・みたいな役が彼女ほど似合う女優は居なかったんじゃないか。本音を出しつつタフに生きる強い女性を描くことが多い昨今のドラマじゃなくて、男に依存しつつ媚びながらもしたたかに生きる女性(世の中の男の思い描く「かわいい女」のイメージというか)がぴったしだった。「すこし愛して、なが~く愛して」というサントリーのCMが印象的。つまり彼女の輝いた時代というのは、そういう時代だったのだな。

ここ10年くらいは芸能活動をほとんどしていなかったためか、一般的な彼女のイメージというのはあの30歳くらいの時の「いい女」のイメージで止まってるんだけれど、女優としてはある意味一番幸せなことかもしれない。

大好きな女優さんだった。

大原麗子さん、享年62歳。
ご冥福をお祈りします。

えっ?わんこ?

今日のさとなおクンのさなメモには、考えさせられた。ふむふむ面白い。曰く、最近の子供たちのままごと遊びの「ダントツ大差の人気第一位は犬役」、ということ。

つまり、従来の一番人気だった「おかあさん」役以上に、「何もしない無責任な存在で皆に無条件で可愛いがられるだけ」の犬役のほうを子供が選択するという事実。ままごと遊びそのものの「仕切り役」でもあり(つまり責任がある)主役さえも、「ごっご」という仮定の「夢」に託せない子供たちが、多数派となっている未来の社会は、すごく問題なんじゃないか?

朝仕事場で、りつこせんせと、この話題で盛り上がった。

①そもそも、ままごと遊びに「犬」が登場したのはいつごろなのか?昔は、お父さん、お母さんと兄弟しかいなかったし。ああ、赤ちゃん役ってのはあったな。
②お父さん役の人気がなくなったのはたぶん70年代後半から80年代前半ではないか?これは男の家庭内地位暴落の結果であることは明らか。
③核家族、少子化という変化と、家族関係のなかでの「お母さん役」の変化。働くお母さんの激増。
④そもそも、今の子供たちって「ままごと」をするのか?
⑤それに「犬役」って何をするんだ?
⑥昔だったら、自分の子供がままごとで「犬役」だったら、親はきっとショックを受けただろうけど、今の親はどうなんだろう?
⑦それに昔の犬は外飼いが普通だった。家族の一員として認知されるような風潮は1990年代半ばからなのかもな。

などなど。社会学的にいろんな考察が出来そう。
わんわん

August 5, 2009

灯台下マジやば唐揚らしいなうっ。

「これ、マジやばいっす」 = 『これは、今まで経験したことがないくらい素晴らしい!」という意味の若者言葉。「やばい」という言葉は、どう考えても僕にとってネガなイメージなので、初めて聞いた時には「とんでもなく酷い」とか「最低」っていう意味かと思った。全く逆の意味で、どうにも座りが悪い(笑)。

それから、その「なうっ」って言葉使いも止めなさいっ、きもいってさ>自分でもそう思う(爆)

自由が丘の鶏唐揚げ「とよ田」が「まじヤバい(爆)」美味しさということで、今日偵察に行ってみたけれど、前情報通り6時の時点で待ちの行列が出来てた。さとなおくんも推奨してるお店。まったく灯台下暗しだったな。お店の場所とシステムも判ったし、14日にちょうちゃんと再訪することにした。楽しみ楽しみ。

今日はジム休館日なので、夕食後に腹筋&腹斜筋&股割 2インターバルx2セット。蒸し暑くて汗だくになる(笑)。テラスでやったんだけど他人が見たらこの汗だくおじさん何やってんだろって感じで「マジやばい」(本来の意味で>爆)光景だったんだろうな。。

やっぱりプールがいいわ。

August 4, 2009

黄色いコルベットとモスグリーンのトライアンフ



母方の叔母が、当時アメリカ大使館に勤務していたハロルドと結婚した関係で、子どもの頃からわりと英語らしきものを自然にしゃべる環境にあった。中学校で初めて英語というものを学校の教科として学んだ時に、へえー、ああ、あの言葉はそういう意味だったんだ、なんて感じたから。話すことにストレスがなかったことは、その後の学業や社会に出てからの仕事上のキャリア形成にとって役に立って、子どもの頃からいい経験をさせてもらったこと感謝してる。

1960年代の原宿は、軍属のハウスや大使館に勤務している職員の家族がたくさん住んでいて、独特の雰囲気があった。夕暮れ時になると人気の少ない表参道で、近くに住んでいたアメリカ人&日本人のガキ達と「缶蹴り」ができた時代なのだ。

週末にオリンピア・アパートメントの裏手のマンションに住んでいた彼らの家に遊びに行くと、当時憧れて観ていたアメリカのTVドラマの生活がそのまんまの現実としてあって(実際には虚構の世界だったことは1976年に初めてアメリカ本土に旅行して判る訳だけれど・・・)、本当に当時はわくわくした。冷蔵庫にぎっしり詰まっているコークとか、オーブン(彼らはストーヴと呼んでいた)で作る巨大なハム料理とか、当時は珍しかったイースターのターキーディナーのグレービーソースの美味しさに仰天したり、今はどこか判らないけど表参道の裏にある広場(公園?)でやったBBQで、ハインツのBBQソースの甘い香りに陶然となったり。ハローウィンのパーティでは、大人も子どもも無邪気に楽しんでいて、「まじめに遊ぶこと」を経験したかな(当時の日本では、「遊ぶ」ことはまだ罪悪だったと思う)。

1960年代のキティランドは、すでにハローウィンのデコレーションが飾ってあった。従姉妹が女の子(キャレン)だったためか、ハロルドは僕を息子みたいに可愛がってくれた。アメリカに帰国するたびに、日本には売ってなかったレベルというアメリカのメーカーのレーシングカーを買ってきてくれた。

彼はレストランに入ると、いつもコークを一度に2本頼んでた。当時の日本のコークは180mlだったから、巨漢の彼にとっては物足りなかったんだろう。

以前どこかに書いたけれど、オリンピアの前の並木道にいつも駐車していた、黄色いシボレー・コルベット・スティングレイと、モスグリーンのトライアンフのオープンカー。この二台が憧れの車だった。どんな人が乗っていたんだろう・・・.同じ車種の画像を探していて見つけたのが上の画像。このブルーのメタリックも人気色だったな。もしかしたら黄色でなく、この色だったかもしれない。記憶があやふや。

懐かしい記憶。その後、僕が医者になったことを、ものすごく喜んでくれた素子(もとこ)叔母さんは1988年僕らがアメリカから帰国した年に亡くなり(僕が看取った)、ハロルドは1992年、僕らがニュージーランドに住んでいた時に、フロリダの静養先で亡くなった。もう二人ともこの世に居ないんだね。従姉妹のキャレンは多分フロリダに居るとのこと。どうしているのか。。。。
今日、ふとしたことから、思い出した、懐かしい1960年代の原宿の記憶。

August 3, 2009

著作権はどうなってるんだろ?

今夜の音楽寅さん。中原中也の「汚れちまった悲しみは」、高村光太郎の「智恵子抄」、太宰治「人間失格」、与謝野晶子「乱れ髪」、芥川龍之「蜘蛛の糸」、小林多喜二「蟹工船」、樋口一葉「たけくらべ」、石川啄木「一握の砂」などに、曲をつけてる。すべての曲が桑田バージョンになっているのが凄い。これ、著作権はどうなっているんだろう?もう著作権フリーなのかな。

August 2, 2009

アクティヴ・レストの週末なうっ。

昨夜は2時過ぎまでお勉強。僕としては珍しく夜更かししてしまった。でも興味ある分野の知的空間を浮遊する至福の時。この知的好奇心があるうちは、まだまだいろんな展開の夢を見れるかな、と、ひとりごちる(笑)。

ばちっと6時に目覚めてから、例のマッサージチェアでうだうだ。ははは、休日のこんな使い方もアリだな。午前中は、午後からのFMサルースの収録のネタ調べと、さとちゃんの論文のためのディスカッションを手伝う。今週末頑張って仕上げるはずだったけど、日頃あまり体調の不調を訴えない娘なのに今日は辛そうで・・・遅々として進まず父としては・・・どうしようもない。女の子は大変だ。

午後から市ケ尾のスタジオに向かい、FMサルース「サルース・ファミリーテーブル」の「教えて♡まーく先生」コーナーの収録5回分。
香月さん&まなさんとの、楽しい雑談トークの合間に本番を収録するってノリで(笑)、さくさくと気持ちよくお話させていただきました。近いうちに納涼飲み会&食事会しましょうね>香月さん&まなさん

今日収録分の今後の放送予定は

8月16日:「夏バテと冷房病」
8月23日:お休み
8月30日:夏のスポーツと水分補給
9月6日:アクティヴ・レストとは?
9月13日:疲労物質:乳酸って何?
9月20日:アクティヴ・レスト:睡眠と栄養について

帰宅して車を戻してから、ジムへ。今日のプールは、雨の休日で皆どこにも行けないせいなのか大混雑で、5本でイヤになって上がることにして(ワガママなおっさん)サウナに直行して緩む。夜は、また昨夜の続きの勉強。この勢いで、論文一編仕上げちゃうか(爆)。

今日のタイトルの「なう」って・・・ぎゃはははは・・・←わりとハマりやすい質(たち)。

August 1, 2009

懐かしいけど、まず行かない

Asahi.comより転載:2009年8月1日22時0分

 1969〜71年に岐阜県中津川市(旧坂下町)で開かれ、「中津川フォークジャンボリー」の通称で知られるフォーク音楽の祭典が1日、当時の地元スタッフの手で同じ場所で38年ぶりに復活し、歌手も聴衆も第1回から40周年を祝う同窓会のように楽しんだ。「遠望楽観」など当時の雰囲気を再現するのぼり旗がはためく会場に、時折雨も降る中、フォーク世代の中高年を中心に1400人以上が集まった。かつての「中津川」に出演した、ガロの大野真澄、あがた森魚、なぎら健壱、五つの赤い風船、遠藤賢司らが熱唱。聴衆も歌を口ずさんだり手拍子をしたりして青春を懐かしんだ。
 「中津川」は正式には「全日本フォークジャンボリー」といい、「日本のウッドストック」とも呼ばれる。地元の青年らが手作りで69年8月に初開催。吉田拓郎や岡林信康らの伝説的な演奏を残し、71年の第3回は2万人以上を集めたが、地域による運営が難しくなり、同年を最後に途絶えていた。
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一応、僕らも「フォーク世代」。もちろん懐かしいとは思うけど、全然行きたいと思わない。前にあった嬬恋のライブが「すごくよかった」という人もいたけど、僕にはそこまでの「思い入れ」っていうのがない。何故なんだろう。今のアーティストのほうが興味あるし。今復活ライブで聴きに行きたいと思うのは、吉田拓郎くらいかな。陽水もアリスもチューリップも興味ないし。洋楽ならたくさん居るんだけれどな。
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