助けあいジャパン

December 31, 2008

大晦日!2008



大晦日とはいえ、救急輪番でばったばたと忙しい一日。インフルエンザが大流行の兆し。皆様ご用心あれ。

それにしても、今年もローラーコースター一周って感じで大晦日だ。時の速さに驚くのはいつものことなんだけど、それにしてもなぁ・・・。たぶん、かなりラッキーな流れの中で人生の一番いい時期を過ごしているのだろう。ありがたや、ありがたや。この先の人生、現役の間はこんな感じでどんどん加速度的に進んでいくんだろうか。うん、たぶんそうなんだろう。だからこそ、後悔の無い生き方をしたいと思う。このありがたい人生を、存分に楽しまなくちゃって思う。

今年の大晦日は静か。長女&二女はかみさんの岩手の実家へ。21時に図書館で勉強していた三女さとちゃんを迎えに行く。今年最後の夜にも、たくさんの受験生が図書館に居た。大晦日の夜まで頑張っている受験生の皆に、笑える春が来るといいね。自分を信じて頑張れば頑張っただけのことを神様は与えてくれるはずだ。

紅白を観ながら遅めの夕食を3人で。ある方から「砂かけ活きフグ」(もちろん猛毒のある部分はきれいに取り除いてある)を頂いたので(びっくりした!)急遽、お刺身&河豚鍋。調理済みのふぐ刺し&鍋は頂いたことがあるけど、一尾そのまんまというのは初めてで、それを捌くのにかみさんが四苦八苦していた。さらに、岩手から送ってもらった大きな活き鮑のお刺身&雲丹の貝焼きという、絶品悶絶の逸品だらけ(爆)の豪華な夕食で今年を〆る。

2009年に向けて、心新たに。

December 30, 2008

プレ大晦日

2008年が過ぎようとしている。今日のお昼でオフィシャルな職場の今年の仕事納め。もっとも、明日が救急輪番のため、仕事なんだけど。予想通りというか想定内というか、それなりの忙しさの中で、自分なりに精一杯進んだ一年だったかな。達成感充実感は点数を付けるべきではないのかもしれないけど、自分的には75点くらいかな。ハックル活動も、忙しい日常からの一種の清涼剤というか、安定剤というか、もはや無くてはならない自分の「場」ではある。今年は、バンドの楽しさを再確認したな。ライブメンバーと演奏する、新しい曲作りにも来年はトライしてみたい。一方で、創作活動そのものは、イマイチの年だったかも。日々の忙しさに感けて、思いついたプロットを熟成する時間が全然作れなかったみたい。ふっと思いついて、あっ、ダメダメ、その先の展開が続かない!っていう瞬間が何回かあった。逃した魚は大きい(笑)。ま、でもそのうちに。

ということで、2009年に向けていろいろと考えてる。

December 29, 2008

夢の映像に関する不思議な体験

夢の中の「映像」イメージというのは「観る」という感覚とはちょっと異なっていて、「感じている」あるいはもっと言えば「見ているイメージ」を感じているワケだ、ふつう。自分の意思通りにストーリーが展開することは殆どない。というか・・・意思どおりにならない様にストーリーが展開して現実の生活とのバランスを脳がとっているのだろう。深層心理学的な知識が貧弱なので、うまく表現できないけど。

今朝、僕はすごく不思議な体験をした。目覚めているのは自覚していたんだけど、目を開けていない。まぶたの奥というか、目の前の映画のスクリーン(のようなもの)を観ている。「あ、目覚めている、でも、この映像はたぶん夢なんだ」とかなりはっきりと自覚している。つまり、かなり明瞭に「目覚めている」のだ。

そのスクリーンでは、左から右へいろんな映像(動画)の枠が順繰りにコマ送り(と表現するしかないんだけれど)で流れてゆく。顔のわからない男(ここでも、あ、これは夢なんだから知らない人の顔がわからない、と自分は自覚している)だったり、怖い顔をした人(この人は知っている)だったり・・・知っている場所の映像だったり、なつかしい場所の風景だったりする。まるで、人工的なテレビやヴィデオの映像なのだ。今でもすごく不思議なんだけど、「観ている」のだ。だから、「この感じはヘンだ。夢とは違う」って思っている自分。そして、目を開けたらきっと終わっちゃうから、このまま観続けようって思っていると、その通りに映像がすすむ。色もたぶんついていたと思う(その辺は画像が鮮明なのに記憶にない)。音声はなく無音。それから、ストーリーがない。これも実に不思議。

そして、たぶんすこし眠ってしまったんだと思う。でも、これもすごく不思議なんだけど、いつもすぐに忘れてしまう夢とは違って、目覚めた時点でその体験を鮮明に憶えているのだ。だからこうして書いている。でも、どんな画像をどんな内容で観たのか・・・はオボロゲにしか憶えていない。その意味では「夢」なんだけど。

追加しておくと、覚醒しているときにある映像イメージを頭に思い浮かべたときには、そんなに鮮明に「観える」わけではない。「わかる」し「感じている」けど、「見えている」あるいは「観えている」のとは全然違うわけだ。だけど、この体験では僕は確かにその映像イメージを「観ていた」のだ。それも覚醒した意識をもって。

たまに観ることがある(というか憶えている)ストーリのある鮮明な夢とも違うし。

うーーむ。不思議だ。海馬のいたづらなのか?

December 28, 2008

FMサルース生出演

今年最後のFMサルース「ファミリー・テーブル」、香月よう子さんの番組に御呼ばれ出演。いつも思うけど、ラジオというメディアっていうのは僕らの世代にとって特別な思い入れのあるものなんだよね。今年もFMサルースには何回か出させていただいたし、FM世田谷の神さんの番組にも出させていただいた。

今年最後の番組ということで、ハックルの3大ニュースなど。詳細はハックルブログにて。楽しいトークをさせていただく。いつもながらの香月さんとDのまなさんの鮮やかなプロフェッショナルの手際の良さに感服。放送終了後はモンスーンカフェで、さまざまな話題で盛り上がってこれまた楽しい飲み会だった。

December 27, 2008

2008年最終週末

今年最後の週末。午前中の仕事を終わり八沢川で遅めの鰻重の昼食。定番の美味しさ。鰻重もいろいろあるけど慣れ親しんだ味は安心する。肝吸いとは別にサービスで頂く、柚子胡椒の入ったお吸い物も好きなんだ、ここんちのは。

夕方からジムへ。予想通りガラガラのプールで、20分のウォーキングの後、汗ばむくらいストレッチをしてから、みっちりと20本1000M気持ちよく伸びまくる。ジャクージ&サウナでまったりする。帰宅して冷たいビールを飲んだら、さすがに眠くなってソファで1時間午睡してしまった。至福の時。

毎年この時期にIさんが山形牛の素晴しいお肉を送ってくださる。普通買えないような「三角」とか「みすじ」。今回は、ロインの塊があったので、シンプルに塩胡椒だけで、「マイ鉄板」で焼くことにした。
大満足! 

しかし、鰻重食べて、エクササイズで絞り、ステーキをガッツリ食べてるアンビバレントな僕って・・・どうよ(爆)。ま、今日は自分へのご褒美ということでいいことにしよ、っと(笑)。

December 26, 2008

年末モード

クリスマスを過ぎると急に年末モードが加速する感じだ。いつもそのばたばたの中で、その年の出来事を振り返る余裕もなくお正月に突入することになる。官庁や会社は今日仕事納めなんだろうけど、今年の僕の仕事収めは大晦日ということになりそう。

元旦というのは、日本の社会の場合一番のリセットの機会。今年あったあれやこれやをリセットして、また新しいクールを開始するってことになる。そのワクワク感。

December 25, 2008

クリスマス・くすりいります?

去年、「局所的」にしかウケなかったネタ。そんな感じで忙しい年末なのですね、我々の業界は(笑)。
研究日の今日の午後はU先生のバックアップで、久しぶりの有料老人ホームの回診。有能な医療秘書のSさんのヘルプで(お世辞でなく)さくさくと気持ちよく仕事させていただく。また行きますね、機会があれば。

その後、Mクリニックの夜間診療をしてから、帰路「今日も気持ちよく泳ぐぞお!」と気負ってジムに向かったら、休館日だって。やれやれ。仕方ないので腹筋をして寝ることにしよ。

December 24, 2008

イヴ 2008

クリスチャンではないので、別に特別クリスマスを祝う気にはならないんだけど、この季節のなんとなくウキウキと華やいだ街の雰囲気は、嫌いじゃない。基本的には仏教徒だもんね。ただ、やっぱり不況なんだろうね、イマイチ世の中の元気がない気がする。

めちゃ忙しかった仕事の帰りにジムに寄ってまったり。イブとはいえ、エクササイズおじさん&おばさんには関係ない(笑)、イベントもあって結構混んでいた。仮装イベント多数。僕は、今日もしっかりと20本1000m泳いだ。一年52週。休館日もあるから50週として、週平均2.5日は行っているはずだから、一年で130日くらいだろう。一回に1000m-300mとして平均は400m位とすれば、年間50,000m!えええっ!一年で50km以上も泳いでいるってことになるのだな!!継続は力。

December 23, 2008

ちょっと風邪気味

なーんとなく身体がダルくて不調。忙しいのと、このところ飲み会が続いているということもあり、疲労がたまっているんだろう。土曜日夜は医局の忘年会@オークラから駒込のさくちゃん宅にて音楽療法の忘年会の連荘でハジケてしまい、日曜日は腑抜けへろへろ状態だったんだ。そして夜放送があって、なんとなく緊張感がある日曜日、次いで連休の谷間の怒涛の忙しさの月曜日。夜は、職場の忘年会。素晴しいスタッフに恵まれている幸せを感じつつ・・・さすがに2次会は失礼して帰宅することにした。

ぽわーんとした休日。

December 21, 2008

出演後

NHKスペシャルの出演。放送直後からさまざまな方から「観ましたよ」の連絡があった。テレビの影響力というのは想像以上のものがあるんだな。正直びっくりした。編集作業によって、あの会場の熱い議論というものがブチブチにカットされてしまい小奇麗に纏められてしまうのは、ある意味仕方がないことなんだろうけど、ま、でもちょっとだけでも自分の発言したことがオンエアされてよかったわ。それにしても、僕っていつもあんな不機嫌な顔してんだろうか(笑)。

December 20, 2008

スペシャル、ってか!

某国営放送のスペシャル番組に出演することになって、その後それを知ったいろんな人から連絡を頂く。なんだか落ち着かない。でもね、まあ、スペシャル番組とはいうものの、たぶん尺が長すぎて収録6時間を2時間に編集するわけだから、僕の発言なんてせいぜい数十秒くらいのもんなんだろう。でも、目一杯緊張気味の顔で、偉そうに話す自分の姿が総合テレビから流れちゃうことを想像するだけで背筋が凍る(笑)感覚。反面、なんだかコワイモノミタサ的な不思議な感覚も同居していたりしてね。

明晩、21日21時からのNH★スペシャル「医療再建」です。

December 18, 2008

MRちゃん

若い頃の恋は成就しない。もちろん「すべて」とはいえないけど、「ほとんど」がそうだ。思い返してみればいろんな出会いがあって、惚れっぽい僕は女の子にすぐ惚れてしまい(笑)、付き合うまでもなくフラれたこともあったし(つまり撃沈ってやつだ)、時には相思相愛というか(書いてみると気恥ずかしいもんだな、はは)付き合っているという状態になったことも、多少はある。でも、むしろそれは稀なほうで、勝率でいえば(で喩えることが正しいのか間違っているのかは別の問題だけど)、よくて2割。2勝8敗くらいのモンだったと思う。

社会に出てオトナになってからの恋愛っていうのは、これはまたちょっと別で、いろんな要素が絡んでくる。つまり、結婚に至るまでの道筋っていうのは、恋愛というふわふわした「感情」だけじゃ全然間が持たない、というか責任がもてないアヤフヤなものだけじゃ進まなくて、うまく表現できないけれど男も女も、それなりの覚悟をもって臨むことになる。つまり、単なる恋愛が「個人的なもの」であるとすれば、結婚は「社会的なもの」なわけだ。

換言すれば、若い頃の無責任で自分勝手な恋愛っていうのは、若い人の特権というか、その後の人生の糧となるような貴重な経験だと思うわけだ。フラレまくりの若い頃に、得たものは多い。本当に多くのことを彼女たちから学んだ。男友達の何千倍の影響を受けたと思う(爆)。少なくとも僕はそうだ。

さて本題。自分のその後の人生に影響を与えた女性、第一位は、ダントツでMRちゃんだと思う。どうも若かりし頃の僕とご縁のある女性の多くがMちゃん(4人<爆)なので、友人読者各位に誤解を与えないためにMRちゃんとしておこう(爆)。研究日の今日、時間つぶしに本屋さんに入ったら、ある本の共著者に同名の名前を発見して、30年以上前のことを思い出したのだ。

浪人時代、MRちゃんと出会わなかったら、僕は医者になっていなかった。医学部を受験する気にもならなかっただろう。たぶんそのまま文科系の大学に進み、社会科学系の学問を勉強して何らかの職を得ているはずだ。彼女とは2ヶ月くらいしか付き合っていないし、厳密に言えば、付き合う前にさらりと劇的にフラれた。一緒に図書館に行っておしゃべりしただけだ。手さえ握ってない(と思う<爆)。へなちょこなくせに、自己満足ナルシストで、議論好きな鼻持ちならない18歳の僕は、それで目が醒めた。

彼女はそんなにドラマティックな言葉を放ったわけじゃない(でも、ここで書くのは止めておく)し、たぶん絶対に意識していった言葉ではなかったんだろうけど、原宿の竹下口の公衆電話ボックスの中で僕はしゃがみこんでしまったのだ。そのくらい、前頭葉を直撃した。若い男にとって女の子の言葉の影響力は大きい。僕はその後ハッチャキになって勉強したのだ。

若い頃の恋愛は成就しない。でもそこで得られた果実は将来大きな意味を持つ。MRちゃんとは、そこで別れて以来全然会っていない。その翌年春に電話でしゃべってからの彼女がどのような人生をその後歩んだのかは全然知らないし、今敢えて知りたいとも思わないけど、感謝してます、本当。

若い頃の恋愛をなめちゃいかんぜよ、心して一所懸命やんなさいね>ウチの3人娘たち。何気ない言葉が男の人生かえちゃうんだから(爆)。

December 17, 2008

耐久性について

この春買ったお気に入りのMERRELLのトレッキングシューズをヘビーローテーションで履いていたら、靴底の踵の部分がかなり傷んできた。半年間ほぼ毎日履いていたワケだから仕方ない気もする。僕の性格は気に入ったら日常的にトコトン使い倒すほうだけれど、ちょっと早い気もする。この靴はエアクッションがすごく気持ちいいのでお気に入りだったんだけど、靴底をよく観てみると堅いラバーと柔らかいラバーが組み合わせてあって、柔らかいほうのラバーが痛んでる。靴の上のほうはまだまだしっかりしているのになぁ・・・。靴底だけ換えるのは難しいだろうから、近いうちに新しいのを買わなくちゃ。

それで思ったのは、下着パンツの耐久性。パンツはたぶん10枚くらいのローテーションなのだよね。365日でもちろん毎日換えるから(爆)、1枚のパンツが年間40回弱の交換。毎回洗濯して乾燥機で乾かして、穿き続けているのに、ヘタってこないパンツってスゴイなぁ。どれもいつ新品にしたのか忘れちゃうくらい前のものなんだよな。たぶん、よほどのことがない限り数年はモツんじゃないか?だから、クローゼットの棚にある数十枚(たぶん)の「昔ローテーションに入っていたけど、最近は全然最近穿いていないパンツ」の再登場の機会は、ほとんどゼロに近いってことになる。勝負パンツがあるわけでもないし(笑)、つまり捨てちゃっていいんだな。

耐久性という意味では、えらいぞ>パンツ(ってか?>爆)

〆のご飯最高!

昨夜は、医師会の移動理事会@「魚こばやし」。地元の人たちで日頃は賑わう九品仏の有名なお店。ここを貸し切って、忘年会だった。お刺身も焼きも揚げも、素材の素晴しさを最大限活かしているのが(僕でも)わかる技ありの料理。でっかいアワビのバターソテーも素晴しかったし、大きな伊勢海老をパスンと二つに割りシンプルに焼いてあるのもよかったな。ホヤのわたの塩辛で「黒龍しずく」(絶品大吟醸)を頂いたら、ふへへ、もう最高だったな。〆の米飯がお米そのものも焚き方も香りも甘さも食感も・・・最高に美味しくて、伊勢海老の味噌汁とお新香で大満足アゲイン!って感じ(笑)。こりゃ、この〆のご飯食べるためだけに来てもいいわ。http://r.tabelog.com/tokyo/A1317/A131715/13024583/dtlrvwlst/

最近の仕事関連の忘年会では、ピカ一の満足感。かなり飲み過ぎてしまったけど(爆)。某都知事やら有名俳優が絶賛するだけのことはあるわ。ふふふ、次にやる「北品川の会」候補だな。

December 15, 2008

今年の3大ニュース

師走。そんな時期なんだね。今度の28日にFMサルースの番組に生出演のお呼ばれがあり、その番組のお題が「今年のハックルの3大ニュースは?」というもの。

そうやって改めて考えてみると、2008年という年もあっという間・・・とはいえ、いろんなことがあった年ではあるな。しみじみ。新春の黒崎の鼻BBQから始まり、浅草のバンドセッションやらおやじバンドフェスティバル、都立高校の授業ライブなんてのもあった。おお、そういえばGWにはテント遊び@NBCもしたな。FM放送への生出演もいくつか。それから4枚目のCDが完成して、10月は名古屋和合ライブ、11月は赤坂Grafitiでのライブ。

プライベートでは、お蔭様で大過なくって感じかな。創作活動はイマイチ。本業が忙しすぎて、その余裕があまり作れなかった。でもいくつかプロットが閃いたので、そのうちいくつかは形に出来そうな予感。遅い夏休みの台湾引きこもり旅行も楽しんだし、学会出席のため訪れた沖縄はすごくインプレッシヴだったな。そうそう、先日のNHKスペシャルもいい経験になったと思う。

ふむ、結構頑張ってるじゃん>自分(爆)

December 14, 2008

ぽわーんと緩める

8時くらいまでベッドで二度寝三度寝。昨夜ちょっと飲みすぎたみたいで軽い二日酔い状態だったので、午前のジムは断念。副都心線で池袋へ。電車に揺られながら感じる、この「ぽわーん感覚」はライブの後の虚脱感に近いものがある。今日は「ライブ反省会」ということでハックルおやじと愉快な仲間達忘年会なのだ。

ディープな中華料理の店の集まる北池袋。先日じょうじ君と入って感激した「永利」。中国東北地方の店。いつものメンバー(関さんは用事があって欠席)で、わいわいがやがやと食事。ライブバージョンだけでなくて今後は定期的な練習をしつつ、新しい曲を作っていきましょう、という話がまとまる。全く同感。

さて今日のメニュー。ジャガイモの辛味炒め、豚耳ピリ辛炒めの前菜、から始まり、お気に入りの蝦の山椒塩炒めと続き、青菜と椎茸炒め、黒酢酢豚、麻婆豆腐、甘味噌豚細切りのクレープ包みで盛り上がって、トマトと卵のスープで一休み、蒸しパンのあとは、アサリと青菜(万能葱だった)の炒麺と海鮮粥で〆。くーっ、食べまくり2時間半。全員大満足で、一人2500円しないんだもん。このコストパフォーマンスには感激する。すごいぞ、ディープチャイナ@北池袋

2時過ぎに解散してから、たまプラへ戻り、ジムで軽く泳いで、なぜかがらがらのサウナでまったりする。こんな日曜日には、なーんにもしないで緩むのが一番なのだね。

December 13, 2008

熱いディスカッション6時間@NHK

NHKスペシャル、「医療・再建(仮題)」(←「・」は検索エンジン回避のため)に出演してきた。ま、本業のほうで一般メディアに出ることはあまりないし、国営放送のスペシャル番組ということで、オファーがあったときに、ちょっとミーハー気分がなかったとはいえない(笑)んだけど、テーマが医療崩壊の原因の一つである「医師(・)偏在」ということで、民間中小病院の院長という立場で出演することになった。

出演が近づくにつれて、忙しい診療の合間に、うううむ、うううーーーむと考えるものの、具体的な解決策を思いつくはずもなく、今日になってしまったのだ。

放送センターの建物って昔のままなんだね。13時にNHK放送センターに入り打ち合わせ室へ。そこで他の出演者と名刺交換など。論客揃い。1階のスタジオに入り着席する。我々は4人パネリストと司会のテーブルの後ろに座る、という見覚えのあるあのセットだ。ディレクターから、司会の紹介と今日の段取り&注意事項など。アナウンサーの高橋美鈴さんって、古き良き時代のNHK的アナウンサーという印象。聡明かつ美人かつ有能で謙虚な感じ(最高ではないか!>笑)。

ま、冗談はさておき、どんどん収録は進む。テーマは医療崩壊。「医師偏在」(必要なときに必要なところに医師が居ない)、診療科格差、昼夜偏在(救急医療の問題)、新臨床研修制度、開業医と勤務医の役割分担、などなど、VTRを途中で3回くらい入れながら、テーマごとにディスカッションしてゆく。基本的には、挙手で発言するわけだけれど、そこは論客揃いで、しゃべりたい人たちばかりなので、司会はなかなか大変そうだった。結局、何回かは発言できたけれど・・・ううむ、やはり緊張しているんだろうな、あとで「ああ言えば良かった」とか「こんなことを発言するべきだった」とか、後悔しきり。ま、無事終わったし、後悔してもしゃーないけど。たぶん編集で、ちらっとしか出ないだろうな、あるいは「背景」のみか?(爆)。個人的にはあの番組に参加できたということでエンジョイしたから「よし」としよう。とてもいい経験になったと素直に思う。

ただ、番組のテーマが大きすぎるので、話がぐるぐると同じところを回っている感じで、この長大なディスカッションを予定を2時間くらいオーヴァーして20時まで、途中2回の10分休憩を挟み延々6時間(!)。でも、そこは天下の国営放送の報道局、かっちりと自分達の方針で編集構成するんだろうな。固い椅子に座っているのでお尻は痛くなるし、テーマ自体が重く複雑でいろいろと考え続けているのと、その間自分の発言をするタイミングを計っている状況で、へろへろになったけど、楽しかった。

December 12, 2008

立候補のご予定は?

超多忙の外来と午後の手術の合間に、担当の方から携帯で明日の収録について打ち合わせの連絡。僕は出演する人たちのOne of themに過ぎないんだけれど(笑)、結構確認事項や打ち合わせることがあるみたいだ。いろんな立場の30人くらいでディスカッションするので、前もってそれぞれの意見と立場を明らかにしておく必要があるらしい。まったくご苦労なことです。

で、最後に。

「ええっと、これは最後の質問なんですが、先生は今後6ヶ月以内に選挙に立候補なさる予定はありますか?」

「はぁ??、えええっ??」

「あのう、これは出演される皆さんにお聞きする質問でして・・・」

「いえ、全然、その予定はありません。ははは」

「了解しました。それでは宜しく」

・・・だと。ふうん、そういうもんなんだねェ。勉強になった。

December 11, 2008

ブルーのシャツにストライプのタイ

某国営放送から、土曜日の収録のレジュメと連絡事項のメールがあった。準備らしい準備は特にしていないけれど・・・

「服装について」という項目:
・・・とくに指定はございません。ただし、テレビの性質上「青系の色」と「ストライプ」は避けていただけると助かります。青は透き通ってしまい、その部分が「透明人間」のいようになってしまいます。ストライプは画面上、チカチカ見える可能性があります。・・・

えええっ!知らなかった。ふーーん、そうなんだぁ。

実は当日着ていこうを思っていたのは、まさに薄いブルーで細いストライプの入ったシャツと、ストライプのタイにしようと思ってたんだ。
チラチラの透明人間にならなくて良かった(爆)。
さて、どーなることか。

忘年会その2

昨夜は、奥沢のフレンチ、ル・ブイヨンにて部会の忘年会。地区医師会というのは一番小さな単位なのだけれど、このお互いの顔の見える部会組織からはじまり、地域医師会>都医師会>日本医師会とピラミッドが構成されている。職業集団としての意見をまとめる団体でもあるし、地域の個人商店会的な意味合いもあるし、互助会的な役目もある。地域ではわりと泥臭い地道な仕事もやっているワケだけれど、一般の人からみると、どうも誤解をされやすい団体で、あまりいいイメージがないのが残念なんだよな。

昨夜は、大先輩の大御所から開業ほやほやの若手までの10名足らずの会。中堅である僕らの世代の層が薄い。というか僕らの世代の人たちは居ることは居るんだけれど、ああいう「暑苦しい」(笑)会には出てこないんだよな。まさにsilent majorityなのですね。それがすごく残念ではある。まあ、理事を受けるまで僕も同類だったんだけど。ワインで酔っぱらって相当言いたいことを言って(笑)、千鳥足で帰宅す。

December 9, 2008

NHK・プロフェッショナル仕事の流儀

さとなおさんのサイトで知った岩田守弘さんをフォーカスした番組。この番組、以前からわりと観ている。プロジェクトXの臭さがないのか好感が持てる。その道のプロ・天才を身近に感じることが出来る構成。今夜の岩田さんのも良かったな。バレエという僕の知らない世界だけど、厳しいプロの世界なんだね。

ところであるご縁に驚いた。以前から拝診しているTYさんというバレエ教師の方と、今日話していて、たまたま今日の岩田さんの番組の話題になったのだ。彼女は70歳代(もうすぐ80歳!)、とはいえ矍鑠とした綺麗な女性で、現在も以前彼女のお弟子さんだった熊◎哲◎さん(彼も世界的なバレエダンサーだ!)のバレエ学校で現役で教えている人。

その昔ある有名バレエ教室で子供時代の岩田さんを教えていたんだそうな。だから、今回の来日公演ももちろん知っていたけどTVのことは知らなかったみたい。素晴しい笑顔で、目を細めておられた。番組を教えてあげた僕もうれしくなった。

プロとして、その道への思い入れ dedicationが、別れ目なんだと思う。メンタルな強さがなくちゃ、プロとしては絶対に大成しないんだと思った。

多くの若い人たちがこの番組を観て、明日へ向かう勇気をもらえたらいいな。

December 8, 2008

バンジー

12月に入り、さらに夜明けが遅くなるにつれて目覚める時間が遅くなってきた。夏は5時少し前だったけれど今は6時近くまで眠っている。自然のバイオリズムなんだろう。目が醒めてからうつらうつらしている時間によく夢を見る。ほとんどは目覚めた瞬間にわすれちゃうんだけど、今朝見た夢はヘンな夢。

ニュージーランドのタウポ湖近くのバンジージャンプ場。でも家の近くの設定らしい。緑が深い。水面はかなり下にあり、飛び降り台までのつり橋を渡ることになる。横風を感じつつ揺れるつり橋を渡る。なぜか全編英語(のつもりで日本語<笑)で独り言を言っている。この辺りで「なーんかヘン」って夢の中で思っている自分。

さて、突然飛び降りる。宙を浮きまっさかさまに落ち・・・そうになるところで完全に目覚めた。
これは夢なのだという状況を把握するまでに、少し時間がかかった。気持ちいい目覚めではあったけど(笑)。

December 7, 2008

忘年会

昨夜はオークラの桃花林で医師会関係の忘年会。今年の仕事がらみの忘年会第一号だ。今年も何だかんだで公私を含めると11回(そのうち3日はダブルブッキング<笑)ある。セーブしつつ夜のお仕事をしなくちゃいけない季節だ。

今朝は10時間睡眠。・・・ったく子供みたいに惰眠を貪った(笑)。ベッドの中で、今年も早いなぁ・・・としみじみ思う。今のところ特別よくも悪くもない年だったのかな。僕にとっては「大殺界」の年だったらしいけど、これが「最悪」なら「最高」ってのはどんなに素晴しいことがあるんだろう・・・なんてね(爆)。

昼前に床屋さんへ。「あれっ?早いですね、2週間くらいじゃない。どうしたんですか?」と店主。「ふふふ、秘密」。がっつり刈り上げてもらう。午後はB.B.に行き、靴とジャケット、シャツ&タイなどをオトナ買いする。買い物という行為そのものは、昔は嫌いじゃなかったんだけど、この歳になると面倒くさい。自分と感性の合ったスタイリストがいてくれたら、お金渡してすべてお任せっていうのがいいんだけどなぁ。

December 6, 2008

大樹はいつまでも大樹であれ

95歳。今朝主治医が心配して救急車で入院となった。ご自分では満足に声が出ないので筆談でコミュニケーションをとる。達筆で書かれた文字。「俺は病人じゃない。お前達(息子さんご夫婦)は、俺をこんなところ(つまり僕の病院だ)に入れるのか。俺は家に帰る。」と。

医学的には問題だらけのご老人なんだけれど、精神の幹はしっかりとしている。すごい人だ、と思う。東大法学部を出て、精一杯頑張って今の日本の社会を築き上げてきた「自負」がある。僕みたいな、へなちょこ医者なんて鼻にもかけない。

息子さんとお話する。彼の意思を尊重しましょう、と。彼の気持ちと医学的な判断の折衷案で、この週末は(彼としては不本意ながら)点滴をしましょうということになった。

大正、昭和、平成を生き抜いてきた人の言葉の重み。

December 5, 2008

勉強しなくちゃ

本業のほうで、次の週末にあるTV番組の収録を、ある意味気楽に受けてしまったのだけれど、ちょっと後悔・・・というか当惑している。今の自分の立場と視点で参加するべく、その討論番組に呼ばれたわけだから「日頃僕が考えていることをそのまんま」に話せばいい・・・と気楽にオファーを受けてしまったのだ。正直、ミーハー的な気持ちがなかったとはいえない(笑)。でもテーマが大きすぎて、どう自分の中でその複雑な問題を整理して自分なりの解決策を考えていくのか、そしてそれを人に解ってもらえるように伝えるか?ということを考え始めると、結構悩んでいる。

悩んでいるというか・・・そう、困惑している。僕はその番組に出演するOne of Themに過ぎないのだけれどね。

国営放送だから、あんまりラディカルで自分勝手なことは言えないし、かといってあんまりアホみたいなことも言いたくないし(爆)なぁ。この週末に、少し勉強して自分なりの準備をしなくては。今更プレッシャー感じるガラでもないけど(笑)。

ああ、この前のライブの時間が遠い昔の夢のことのような気がする。

December 4, 2008

酒肴道場

って本をBOOK FIRSTで買った。もともと料理本って好きなのだ。この本は、R25というフリーペーパーが原本らしいけど、写真やレシピを眺めながらいろいろとイメージするのが楽しい。料理っていうのはクリエーティヴな「段取り」遊びだと思う。

December 3, 2008

師走

医師が走るってか(笑)、今月は。忙しい・・・。ライブの時間が夢の中のことのような気がする。

昔からだけど、こんな忙しい時ほど小説が読みたくなる。板橋のケアハウスにいる両親を見舞った帰路、地下鉄で読書。書き留めておきたい浅田次郎さんの短編の中の「聖夜の肖像」。上質な映画を見終わったときのような感じがした。このおっさんの小説は傑作と駄作の差が大きいんだけど、やっぱりすごいわ。僕が今更いうまでもないことだけど(笑)。

December 2, 2008

ドラマ的展開

今日の救急搬送のケース。自殺企図の薬物中毒の30歳の女性の治療をしていたら救急隊から連絡。「あのう、もう一人いるのですが・・・先ほど搬送した方のご主人です」と。「えええっ!どうなっているんだ!」

どんな展開なのかわからなくも、僕らスタッフは、まずその女性の救命に全力を尽くす。
大丈夫、彼女は助かる。そうこうしているうちに、運ばれてきた男性は、意識混濁しつつも何とか話せるようだ。その話を聞いて驚愕した。

うつ病で精神科に通院中だった奥さんから、「これから死ぬ」と朝仕事場に電話。びっくりした彼は自宅に向かったとのこと。帰ってみるとアルコールとともに睡眠薬やら安定剤が大量に散乱していたらしい。すでに意識朦朧の彼女に、ものすごく腹を立てた彼。まだ3歳の子供がいるのだ。「お前のやっていることは、どれだけ周りの人を悲しませるのか、お前に思い知らせてやる!」と衝動的に彼も薬を飲み込んだらしい。

オイオイ、それで本当に自分が死んじゃったらどうするのさ。どうにも理解しづらい修羅場。心中じゃないし、後追い自殺っていうわけでもない。その後判明した事実はさらに複雑で、ドラマや小説のフィクションのような「現実」の話だった。

幸い二人とも救命できたけれど、これから先は、僕らの医療の限界領域を遥かに超えている。

December 1, 2008

HKさん

今日は女性小説家として、今ある意味では一番旬のHKさんと会った。厳密にいうと、彼女がHKさんということは最初は気付かなかったのだが(本名で会っているから)、ふとしたきっかけから気付いた。昨年彼女の小説を2冊読んでいるのだよね。不思議な感覚の小説。女性なのになんで男の本音というか本性をそんなにうまく表現できるんだろう?と思ったのですごく印象的だったのだ。実際の彼女はほぼ同世代。ジョギングしたりエアロビしたり泳いだり、かなり本格的に肉体を鍛えてるのが、その作風と一致しない感じがしてちょっと意外だった。そういえばムカラミハルキさんもかなりのアスリートだったな。

B☆竹ライブvol.2 いとしのジャメラ@赤坂Grafiti

昨日(11月30日)は、恒例の秋の自主ライブ。素晴しい時間を皆で共有したことの喜び。

音楽の神様が居るとすれば、確実に僕らに微笑んでくれた一日だった。

↑↑って、ちょっとクサイ表現だとは思うんだけれど、僕は打ち上げからの帰り道の地下鉄の中で、本当にそう思ってしまった瞬間、鼻の後ろのほうが痛酸っぱくなって、不覚にも涙が出そうになった。

昨日のいろんな場面、出会った人たち、話したこと、感じたこと・・・etcを反芻して、なんと表現したらいいのかわからないんだけれど、仕事をしていた時間以外は(アタリマエだ<爆)、この心地いい「腑抜けふにゃふにゃ」虚脱心理状態だった。いつものことだけど、この状態は2-3日は続く。もう少し余韻に浸っていいかな?いいよな(笑)。

November 28, 2008

D-35

Martinはアコースティックギターの最高峰で、この会社のギターが今でもアコギの基本形であることは論を待たない。ギターを弾き始めた頃から、Martinのギターは僕らの憧れの的で、当時は買えるべくもないそのギターの姿を楽器屋さんで眺めつつ、「どんな音がするんだろう?」と涎を流さんばかりに眺めてた。1970年代のカワセ楽器のショウウィンドウの中のD-45なんか、もう「本物の宝物」を眺めるみたいだった。当時は日本に4本しかない、加藤和彦さん、ガロの二人のほかには「その一本」しかなかった。本当に美しかったなぁ。

僕のギター遍歴についてはハックルのブログに書いたけれど、社会に出て自分である程度稼げるようになってからも、音楽から遠ざかっていたこともあり自分のマーティンを所有するまでの「縁」がなかった。アメリカで生活していたときに、従兄弟のBFのD-18を1年くらい預かっていた時期はあったけれど、彼らがその後別れることになり、彼女に返した。アメリカ生活はあまりに忙しく過酷で、実はそのギターはあまり弾いていないのだ。

時は流れて、ハックルの活動再開。Ovation(今のまーく1号)のギターでレコーディングもライブもしていたのだけれど、2005年の正月に出会ったのが今のHD-28VC(ヴィンテージ・カスタム)。これは一目惚れという感じで衝動買い。今のまーく3号で、僕の一番のお気に入り。楽器との出会いは本当に縁なんだよね。かなり弾き込んだので、去年のライブから使い始めて、あさってのライブでもメインの楽器で使う予定。

で、今日ミュージシャンのCRさんの1970年代のヴィンテージのD-35をちょっとだけ弾かせてもらった(というか実際にはちょっとだけ爪弾いただけだけど)。乾いた(本当に乾いた!)コシのある音だった。ボディが響きまくる感じ。いいギターというのは持っただけでわかるものなのだ。高校時代使っていたヤマキのD-35のレプリカを思い出したけれど、まったく別物だったな(アタリマエだけれど<笑)。あれは凄かった。ああいう楽器もあるんだな。今度じっくり弾かせてもらおう。

November 27, 2008

凹んでいる君へのメッセージ

人生なかなか自分の思い通りにはコトは進まないもの。つーか、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんのころから死ぬまでの人生の中で、自分の願いどおりに進むほうが実は少ないってことをさまざまな経験を通して学ぶことになる。

じゃ、どうするか?っていうのが分かれ道になる。
自分の夢を諦めて投げてしまうのか、それとも必死にそれに立ち向かうのか?

"The Brick Wall" let us show our dedication.

努力して頑張った人、夢を叶えた人の言葉に君は何を感じるかな?

君のbrick wallは、目の前にある。
Good Luck!

November 26, 2008

ぐきっ!やべっ!

週に3回はジムで泳ぐことにして1年半。スイミングはケガが少ないし運動負荷の調節がしやすいので、今だにハマッてるのは、しばしばこのブログでも書いているところ。今夜もいつも通り8時過ぎから泳いでいたら、リターンのひねりの時に、急に左肩にぐきっっと違和感。

三角筋の外側周囲と、尺骨神経側の手に軽く痺れを伴ったずーんとした鈍く放散する痛みがある。やべっ、以前やった肩関節周囲炎(50肩)の再発か!あるいは頚椎か?

泳ぎ始める前のストレッチの時にいつもの違う肩の張りを感じていたのに、気にしないで泳ぎ始めてしまったのが問題だった、と反省。すぐにプールを上がってストレッチしたら、少しずつ和らいできてホッとしたけど、このまま痺れがあったら今度のライブはヤバかったかも。

若い頃と違い、ストレッチは大切なんだね。自分の身体の声を聞くことが大切だ。今日は反省。明日までアイシングしておこう。やれやれ。今週はスイミングは封印しよ。

November 25, 2008

私の愛(情)が足りなかったのでしょうか?

娘さんがリストカットを繰り返しているという男性。彼自身の健康状態に不安があって診察を何回かしているうちに、心の問題が隠れている気がしてそれとなく話を向けると、家庭にストレスがあるということを明かしてくれた。彼なりに精一杯その娘さん(と奥さん)を愛していたのに・・・という気持ち、現実とのズレ、いろんな不幸な出来事が降りかかり・・・彼は自責の念に駆られていたのだ。それを悩んでいる。

いいえ、そんなことはありませんよ と安易に答えられるはずもなく、まずは彼の言葉を傾聴するしかない。

でも、たぶん、違う。注ぐべき愛情が多いとか少ないとか、計れるものじゃないだろう。あえて言ってしまえば、その尺度を問題にすること自体が問題になるのかもしれないのだけれど。

医療の現場では、出来ることと出来ないことがあるのだ。別の言い方をすれば、それ以上は踏み込めない領域が厳然としてある。ここから先は、哲学とか宗教の領域。たぶん。

November 24, 2008

ライブ前の高揚感

昨夜は「結団式」パーティで、ワイン&焼酎でシタタカに酔っ払ってしまい、何故かJR田町から(爆)タクシーにて帰宅した。8時過ぎに爆睡してすっきり起床。冬場になって徐々に睡眠時間が永くなってる。朝のルーティンの後にジムへ行き10本500m&サウナでリフレッシュする。

昨夜、関さんから聞いた「絶品蝦そば」の印象が強し。プールから上がって「あーハラ減った、蝦そば食べたいっ!」。神保町に行き、「上海朝市」にて海鮮そば&蝦シューマイ。ふふふ、期待通りで大満足。

1時から巣鴨WRSにて今度のライブのアコースティック・パートの練習3時間。昨日の影響でメンバーは明らかに二日酔い状態(爆)だったね。だんだんイメージが固まる。

その後「さくら」戻り、打ち合わせをしてから僕は帰路につく。涼子せんせが参加してその後は音楽療法の音源をレコーディング。

夕食はちょっと手抜きして、パスタ・ボロネーズ。うまし(笑)。

November 23, 2008

勤労感謝に感謝する

勤労感謝の日。明日は振り替え休日なので連休。ふむ、この時期の連休はありがたい。六本木ヒルズでのイベントに出るつもりだったけれど、僕の大勘違いで行くべきだったのは昨日だった!やっちまったぁ(笑)。ま、しゃあないな、ということで朝からうだうだと。

それにしても現在のTVっていうのは面白くない。日曜午前の番組だから、平日に較べればまだマシなのかもしれないけど、それにしてもレベルが低い、つーか底が浅いものばかり。番組そのものが面白くないっていうこともあるんだけど、TVの情報提供の方法としての地位が相対的に下がっているってことなんだろうけどな。なーんにもしない休日の午前としては、不平不満を言うほどのことでもないけど。

これからジムでちょっと泳いでから、買い物に出かけて夜は練習の予定。

November 22, 2008

猫目地蔵@路地裏

今日は巣鴨WRSにてバンド練習。楽しかったな。バンドの気持ちよさはハマるね。
終了後、ま&じで駒込のチャイナへ。駒込B級の素晴しさで大満足で帰路についた。

で、帰りの電車の中で出来た詩。ナンセンスで悲しいチャイナ。
言葉遊びでイメージが溢れ出す(笑)
===========================

猫目地蔵の 路地裏の
ふくろう印の チャイニーズ
紫色の ランプの奥に
鶏がらだしの 湯気で麺(ミュエン)

猫目地蔵の 路地裏の
行き着く先は 袋小路(ふくろこじ)
掠れ声の ウェイトレス
ああ悶絶の ルーローファン

るーるー ふぁいふぁい ちゃんくる びーいい
るる・なー ふぁいちゃい たんじる びーいい
あっ、たらら 鎖骨は 痛いの? 愛 チャイナ

猫目地蔵の 路地裏は
悲しい女の 吹き溜まり
最終列車の 着くころは
小龍包で 湯気が勃つ(たつ)

猫目地蔵の 路地裏の
駒込チャイナで 紹興酒 
千鳥足なら 生姜が辛い
吐息混じりで イメチェンすれば?

るーるー ふぁいふぁい ちゃんくる びーいい
るる・なー ふぁいちゃい たんじる びーいい
あっ、たらら 鎖骨は 痛いの? 今 再見(サイチェン)

猫目地蔵の 路地裏の
ふくろう印の チャイニーズ
紫色の ランプの奥に
白湯(パイタン)スープで 湯気がたつ

猫目地蔵の 路地裏の
行き着く先は 袋小路(ふくろこじ)
掠れ声の ウェイトレス
ああ感激の チャーシュ麺 

るーるー ふぁいふぁい ちゃんくる びーいい
るる・なー ふぁいちゃい たんじる びーいい
あっ、たらら お尻は 痛いの? 明日(あす) 再見(サイチェン)

November 21, 2008

Carol Kingのコメント

17年ぶりのソロライブで来日中のCarol King。昨夜仕事帰りの車の中で聴いていたクリスタル・ケイのJ-Waveの番組で、インタビューを受けていた。

曲を作るコツってあるんですか?

そのまま感じたものを自分の言葉で表現すればいいの。あとからいくらでも修正はできるから

あまりにもアタリマエの言葉に、逆に驚いた。
たしかにYou've Gatta Friend なんて、そのまんまの歌詞だもんな。

でもね、彼女のすごいところは、それまで誰も言葉にしなかった「そのまんま」を歌詞にしたこと、なのだ。

ライブ行きたいな・・・でも時間が作れるか???

ローラーコースター的な一日

年に数回あるかないかの怒涛の一日だった。肉体的にも精神的にも疲弊したけど、昨夜深夜から始まったバタバタは何とか落ち着いた。

同時多発的に起こるさまざまな問題のプライオリティを瞬時に判断し、「動く」。若い頃とは違って多少のフットワークの衰えはあるのかもしれないけど、経験でカヴァーして(いるつもり、だ)、なんとか落ち着いた。

特定の神様は信じていないけど・・・

Thanks, God!ってタクシーの中から、霞ヶ関のビルの谷間の天を仰ぐ。

November 20, 2008

Southbound Train

Crosby & Nashのこの曲は実はかなりメッセージ性の高い曲なんだよね。たしか高校1年にCCタケダから、LPレコードを借りて初めて聴いたと思う。で、すぐに気に入って自分のLPが欲しくなり買いに行ったんだ。僕らは発表されていた当時にリアルタイムでは聴いていなかったんだけど、当時の時間軸からいえば、まあ許容範囲の「流行」ではあった。

この曲を聴くと何故か赤坂の僕らのたまり場の喫茶店を思い出す。まあ、長い時間ぐだぐだとコーヒーを飲みながら皆で話していたもんだ(笑)。何を話していたのか。でも、あの時間は決して無為なものじゃなくて、それなりの意味を持っていたと思う。大袈裟に言えば、その後の人生の背骨になった、というか。

ところで、その音源が見つからない。困った(^_^;)

November 19, 2008

麻生の本音

「社会常識欠けた医者多い」=麻生首相が発言、すぐに陳謝
 麻生太郎首相は19日、首相官邸で開かれた全国知事会議で、地方の医師不足問題に関連して「社会的常識がかなり欠落している人(医者)が多い。とにかくものすごく価値判断が違う」などと述べた。首相はその後、記者団に「まともな医者が不快な思いをしたというのであれば申し訳ない」と陳謝したが、医師の資質を批判したとも受け取れる発言で、今後波紋を呼びそうだ。
 同会議で首相は、「地方病院での医者の確保は、自分で病院経営しているから言うわけじゃないが大変だ」と強調。その上で、「小児科、婦人科が猛烈に問題だ。急患が多いところは皆、(医師の)人がいなくなる」「これだけ(医師不足が)激しくなってくれば、責任は医者の(方にある)話じゃないか」と述べ、産婦人科に対する診療報酬加算などの対応が不十分との認識を示した。
 問題の発言は、医師の多くが産婦人科などでの過重な勤務を敬遠して開業医に流れる現状に、知事側が懸念を示したのに対して飛び出した。首相は同日夜、記者団に「医者は友達にもいっぱいいるが、おれと波長が合わねえのが多い」としながらも、「そういう(社会常識の欠落という)意味では全くない」と釈明した。(2008/11/19-21:17)

やれやれ、マンガ麻生君は「爆弾」を踏んでしまったな。所詮その程度の人なんだわ。この発言は医師として看過できない。それを選ばせてしまったのは我々自民党員なんだから、笑える。これで医師会の総選挙に対する考え方が変わっただろう。

文壇ずらり

仕事関係で紹介があり、近くにお住まいのMTさんとお話する機会があった。この人の作品は大学時代から今までにずいぶん読んだものだ。かなり広いジャンルで多くの作品を発表している方で、文壇の大御所。緻密な調査と秀逸なプロットで、かつ文章が小気味よくテンポがいいので、読み始めたら引き込まれてしまう小説が多数。こんな機会のあるのも、今の仕事のご縁だなぁ・・・と感激する。ひとしきり話をしてから、僕が彼の作品のファンである話を、恐る恐るすると、嬉しそうに笑われた。

面談を終わり、その後ばたばたと仕事をしていたら、夕方部屋に本が二冊届いていた。ご本人が自ら受付まで届けていただいたとのこと。直筆の揮毫がある最近の作品で、感激&恐縮することしきり。早速お礼の手紙をしたためるが、そんな文壇の大御所に、僕の下手な字でつたない礼状を出すのはちょっとプレッシャーだった(笑)。ま、気持ちだからいいか(笑)、ご容赦を。

一つは幕末の歴史物の短編小説集、もう一つは彼の得意とするゴルフ関連のエッセイ集なのだが、それを読んでいたら、彼の交友関係があまりに凄くて、さらにさらにぶっ飛んでしまった。

井上靖、丹羽文雄、川口正太郎、源氏鶏太、中野好夫、柴田錬三郎、水上勉、秋山庄太郎、渡辺淳一、城山三郎、藤子不二雄A、五木寛之、半村良・・・etc。キラ星のごとく文壇クラシックのスター達が登場する。

この2冊、じっくりと読ませていただこうと思う。ありがたや、ありがたや。

November 18, 2008

又☆衛

僕の住んでいるたまプラーザというのは、食べ物屋さんの激戦区。不思議なもので、流行る店の場所というのは同じ地域でも決まっているんだよな。風水かな?<全然信じてないけど(笑)。

で、ココはいい場所って僕が思っていたところに、三崎漁港直送の「たまプラの魚屋」というコンセプトで「又☆衛」というお店が今月オープンした。チェーン店的なアプローチだしあんまり期待はしていなかったんだけど、オープン当初から連日すごく人が入っているので、今日ジムの帰り道に軽く一杯のつもりで初めて寄ってみた。

なめろう、生牡蠣、かますの塩焼き、海鮮丼、潮汁、ビール&焼酎各一杯で3000円ちょっと!直送とはいえ大丈夫か?というようなビックリの値段。で、十分おいしいの。サービスもいいし、こりゃー客が入るはずだわな。うれしい発見。

November 17, 2008

はぁ&ふぅ

昨日は、隠れ家「さくら」で今度のライブのアコースティック・パートの練習。昼ごはんはメンバー持ち寄りで、じょうじ君の「ポルティーニ茸のピラフにぎり」、かおる姫の「鶏肉のトマト煮」、根津さん持参の絶品「だし巻き卵焼き」、さくちゃんのサラダと、僕の「季節のキノコ&牡蠣のポタージュ」、神戸の「牛肉コロッケ」・・・で、ご飯。どれもおいしかったね。ビール&ワインで大満足。

練習はいつものヘッドフォン・バー状態にて。ライブ初の曲の練習など(お楽しみに!)。17時前に根津さんとかおる姫は夜にライブがあるとのことで退出。はっくるオヤジたちの〆は、さくちゃんが入手した今年フライングのボジョレーを開けて、葉巻を嗜みつつ、最終的にはへべれけに酔う(笑)。18時過ぎに、さくらを後にして、ま&じで、千石ラーメン>ノーマンの店に行き解散。反対方向の電車に乗ってしまい、さらに乗り換えてから三田まで乗り過ごしてしまい(爆)、結局帰宅は22時過ぎ。何やってるんだか(笑)。まあ、でもライブ前のいつもの週末でいいストレス発散にはなった。

今日月曜日は、ルーティン&サブルーティンがばったばたで大忙し。夜は本部にて理事会。自分の中で熟考しつつ立ち上げたいプランを考え抱えつつ帰宅する。いろいろ書き止めておきたいことはあるけど、もう少し時間をかける必要があるな。でも糸口は見えた感じがした。はぁ&ふぅ・・・。

November 16, 2008

爆睡10時間

午後の残り番を終えてジムへ直行。土曜日の午後なのでプールは少し混んでいて20本泳ぐはずだったけど10本500mで断念する。途中で止まるとペースが乱れてしまうのだ。となりのプールをみると逆にガラガラなので水中ウォーキングをすることにする。今までウォーキングに全然興味が湧かなかったんだけど(大体やっているのはご高齢のメンバーばかりなので)、やってみると結構いい運動負荷になる。大股で上半身を捻りながら進むとそれなりに楽しいし気持ちいい(笑)。約20分間歩いて上がりサウナでまったり。今週は濃密スケジュールだったので、ストレス発散。

ちびちびと飲みながら、昨夜クラッシュした自宅PCの復旧作業をして、PCはなんとか立ち上がるようになった。しかし再クラッシュするのは時間の問題だろう。やれやれ。長女のPCも壊れているし、近いうちに2台マックを買わなければ。

そうこうしているうちに、23時には目が開けていられない位に眠くなり、前のめりに爆睡。9時にすっきりと目覚め起床。なんと10時間眠ってしまった!子供かよ>自分(爆)。でも、長時間眠れるっていのは身体的にも精神的にも若い証拠ではある。

今日の午後は、「さくら」で練習の予定。

November 15, 2008

crash!

家のPCのHDが昨日の朝クラッシュしてしまった。かみさん&3人娘が音楽や画像をダウンロードしまくっていたので、ヤバイなぁ・・・と思いつつ、家族共有のPCをそのまんまにしていたツケってこと。反省(涙)。

後悔先に立たずってことです。ここ3年くらいでネットの環境が激変しているのに、安物買いした自宅のPCスペックが追いついていなかった・・・。幸い、外付けHDに結構ファイルをバックアップしていたので被害は最小限ではあるけど、それでもなぁ・・・。

ふう、やっと週末

昨夜はある会合で寿司の名店Kへ。

お寿司そのものは、もちろん嫌いではないけど、刺身というものがそんなに好きなわけじゃないのだ。その辺りが自分の舌を鍛えた百戦錬磨のさとなお君とはちがうんだね。回転寿司だって十分おいしいって感じてしまうから。子供の頃、近海もののマグロを食べ過ぎたのかもしれないけど(笑)。

本来は、美味しいところをちょっとだけ食べられれば満足なんだけど、昨夜は刺身のほかにも、蟹とか(また蟹!)、ふぐのから揚げとか、白子のバターソテー+鮨メシなど・・・とともに、珍味やら小品やら。too muchで、最後の握りが出る頃には、いい加減酔っ払ってるし(久保田の万寿で)お腹一杯。鮨割烹っていつもこのパターンなんだよな。

もちろんそれぞれが美味しいんだけど、僕には食べ方が合わないというか、もったいないというか。ま、自腹では行かないパターンかも。

僕は所詮、B級グルメが好きなのかも。

November 14, 2008

Brick Walls

研究日。ばたばたに更に輪をかけて、さらにばたばたのスケジュールが乗っかってしまった(笑)。でも、まあ、粛々とこなして行くしかない。しゅくしゅく。

昼は新宿西口の万世で「ダブル排骨ラーメン、青ネギのせ、大盛り」をガッツリと頂く。いつものお約束の満足ランチ。これがあるから頑張れる(笑)。途中のドトールに立ち寄って、忘れていたもう一つの機関誌の新年号の御挨拶原稿をPDAで書く。やれやれ(笑)。

今年は、ランディパウシュの最後の授業の言葉、"Brick walls let us show our dedication"のdedicationについて書いてみた。それにしてもこの言葉、未だにうまく日本語訳できないんだけど、深みのある言葉だ。Brick wallが主語になっていることと、その主語が複数形で対象となる目的語もus, ourと複数人称になっていることが、意味深い。

November 12, 2008

かに!

ばったばったのスケジュール。午後からはT看護学校で90分2コマ、180分間しゃべくりまくる(笑)。さすがに少し声が枯れた。埼京線のなかで爆睡した。

関西のある方から「活き蟹@冷蔵」を頂いて、かみさんが昼間に茹でておいてくれたその蟹を堪能する。
単に茹で上げた蟹を、酢醤油、ワサビ醤油、塩コショウ、マヨネーズで食べるのが最高ではあるけど、昨日は、ちょっと閃いて「松葉蟹とアボカドとエリンギのサラダ」をトライする。いいマリアージュ。ニンニクで香り付けして日本酒でフランベしたエリンギのしゃきしゃき感と、熟して濃厚な味のアボカドに、新鮮な蟹の剥き身が合って、うまし。

坂道

ルーティン&サブルーティン入り乱れての超多忙なスケジュール。朝から夜までばたばたと走り回りつつ。なんだか、まだまだ続く坂道を駆け上がっているような感じ。でも、この感じ嫌いじゃない。貧乏性。

November 11, 2008

SHORT HOPE

CRさんは、アメリカ人のミュージシャン。日本での活動はもう20年以上でヒット曲も数々ある。最近、ご縁があってしばしば話す機会がある。彼が日本で活動を始めた初期のバンド名が、SHORT HOPEっていうことを彼のHPで知った。

SHORT HOPEって、なかなかセンスのあるタームだと思う。

もちろん、タバコのショートホープ(短い紙巻タバコのホープ)からの由来だろうけど、英語的にはすごく面白いんだよな。Hopeの形容詞に長い短い(時間的なターム)を使うと、アメリカ人の感覚からすると、侘び寂びの世界っていうか・・・「刹那」とか「涅槃」みたいな感性をイメージするのかも。

LONG PEACE ってのも、その意味では面白い。これは「極楽浄土」だよな。

SHORT HOPE & LONG PEACEかぁ・・・日本のタバコの世界ってのは深いな(笑)

おおっ、逆に、SHORT PEACE & LONG HOPE なんて、さらに「禅の世界」じゃん(笑)
↑↑この言葉の遊び、詩のイメージが湧く。

November 10, 2008

シューカツ

石田衣良の「シューカツ」を読んだ。就職活動というものが僕もかみさんも経験がないし、資格職を目指す長女もたぶん「いわゆる就職活動」はしないで社会に出る。ということで、M大学に行っている次女ゆっつんの参考になるかな、という軽い感じで読み始めたんだけど、面白かったな。石田衣良という作家の軽さっていうのがいい意味で発揮された感じで、妙に清々しい読了感。主人公の千晴という女の子を自然に応援したくなる絶妙な設定で、この作家の隙を見せつつ緻密に考えたプロットにはまる。

ゆっつんのシューカツは来春からはじまるけど、不況の影響でかなり厳しい状況なんだろうな。親としては悔いのないように頑張って欲しいんだけどね。

November 9, 2008

WRSにてバンド練習

ドラムスの根津さん、ベースの関さんと、パーカスのかおる姫を加えて「愉快な仲間達」バンドのスタジオ練習。浅草ライブ以来でちょっと久しぶり。リズムセクションがしっかりすると楽曲の背骨が安定してきまる感じで、気持ちいい。はじめはバラバラだった感じが徐々にグルーヴがあってくる快感なのだ。

今回のライブも楽しみ。

November 8, 2008

長い言い訳

自慢じゃないけど(アタリマエのことだけど<笑)、今まで原稿の締め切りを守らなかったことはありませんっ!・・・が、差し当たり明後日締め切りの原稿があるわけで、今回はちょっと辛い感じで先週くらいから一応考えているけど、真剣な割にはイマイチ考えがまとまらない・・・、というか、沖縄行ってたんですよ、本業ですけど、すごく正直に云えば、その「きっと書けないだろうな」状態を楽しんで・・・、じゃないな、楽しんではいないけど、そんな時もあるさという達観諦念・・・というイメージの中で遊んでいるってわかります?、わかりませんよね(笑)、明後日の昼までに入稿しないとかなりヤバイっていうのは理解しているつもりなんですけど、でもね、まあいいじゃない、今リラックスしてみません?そうそう、ふーって息を吐いて・・・ですね、一昨日の秋空を観ていて、ま、いいか、そのうちに書けるでしょという気持ちに僕はなって、今に至っているワケですけれど・・・「遊んでいる」って、違いますね、なんてこと云うんでしょうねあなたにとってはってことですけど、結構辛いんですよ僕も、ただやらなければならない仕事を放って置いているわけじゃないですから、ちゃんと自分なりにストーリーを整理して考えてみようとは思っているんですけど、あ、でも、これって御社から原稿を依頼していただいたことを、決して軽く見ているわけじゃないんですよ、僕はいつでも真剣、でも、だから、というか、ナンと云うか、そうですね、小学生の夏休みの8月28日くらいになって絵日記の構成が全然完成していない感じなんですけど、今夜中に書き始められるハズ、って感じでわかります?・・・よね、わからない?でしょうかね、ええ、おまえの気持ちはぜーんぜん解らないけど事情は理解はしたので、四の五の言わず早く書けっていうことは、僕も感じているわけで、もうちょっとだけ時間をもらえれば、完璧に仕上げられるはず・・・かどうかは解らないけど、形には出来る自信はあるわけで、へえ、そうそう、あなたの出身の北海道って夏休みが早く終わっちゃうんですか、名寄ってすごく寒いですもんね、ウニがおいしそうですけど、差し当たり文章は完成していないって状況で、すでに書こうと思うことが決まっているはずで、夏休みが短いかわりに冬休みが長い北海道の小学生で喩えれば・・・って、別に喩える必要はないですからね、今更だけど、まあ大勢に影響はないわけで、ははは、今日は8月20日くらいの感じという言い方は、あなたの言う通りですから、今年の夏みたいに刹那的な東京の暑さって逆に堪えたですよね、ここ数年続いてますけど、そんな訳で、もうちょっと待ってくれますか?待てない、ですか。

はい、これから書きます。今、書ける気がしてきましたから・・・。

↑↑フィクションです。ごめんね、Fさん(爆)。

November 7, 2008

実るほど頭を垂れる稲穂かな

今夜の会合。N先生と隣の席となった。現在、A病院の院長で外科医としての大先輩。親子ほど年の差がある。元東大教授で東大の病院長を経て神奈川がんセンター総長を歴任した、まあ言って見れば我々の業界では雲上のスターみたいな人。でも、この人そんな華麗な経歴を全然感じさせない人柄なのだ。

1986年、僕がアメリカ留学時代にメキシコの学会(プエルト・ヴァジャルタ)でLA小児病院から論文を発表したときに向こうで初めてお会いした。当時N先生は東大の教授になったばかり。怖いもの知らずだったあの頃の僕はパーティの席上で、「先生、東大の教授の給料っていくらくらいなんですか?」などと酔っ払って聞いて、日本から来ていたお連れのドクター達の度肝を抜いた(爆)。「ええと、手取りで35万くらいです。ははは」とN教授。「えええっ、ウソでしょ!」なんてね。飾り気のない彼の人柄は当時から有名だったけれど、日本の医局からスピンアウトしているチンピラの僕の(本当に)不躾な質問にも正直に答えてくれたことに、当時は相当感激したのだった。今思い出してみると、赤面ものなんだけれど。

その後も、学会でお会いすると僕のことを思い出してくれていて、懇意にしていただいた。時は流れて、またご縁があって、彼が世田谷のA病院の院長になられることになり、ここ数年はしばしばお会いする機会を得ることになったわけだ。

今日は隣の席ということでお話をした。あれだけの経歴の人なのに、今でも本当に気さくで素晴しい方だ。偉ぶったところは全然なく謙虚だし、ユーモアもあるし、もう70歳を過ぎているのにとにかく発想が自由。東大の元教授(しかもそのトップの病院長だった)というのに、ご自分の解らないことは素直に質問して、イヤミなところが全然ない。

本当に育ちのよさと本当の頭の良さ、なんだろうな。
すごい人だと思う。

November 6, 2008

NHKの目線

民主党オバマの大統領決定。220年のアメリカの歴史の中で、やっと実現したアフリカ系大統領。アメリカの大統領選挙というのは、候補の論点を明確にするのがいいね。白人&黒人のハーフで、白人のシングルマザーに育てられた少年が、ハワイ>インドネシア>ハーバード大学に進み政治の世界に入って、アメリカ合衆国の大統領にまで上り詰めてゆくストーリーは感動的だ。ミッチェルという黒人初のファーストレディも、シカゴの平均的な黒人の中流家庭からプリンストン>ハーバードに進学した弁護士で、ウルトラすごい人らしい。社会が病んでいて経済的にも厳しい状況の今の(というか今後の)アメリカであっても、そういうアメリカンドリームが政治の世界にまだあるというのが、すばらしい。どこぞの国みたいに世襲二世議員ばかりっていうのは気持ち悪いし、日本の選挙のウェットさは世界基準からみて異常だと思う。世の中の政治への関心の低さ、つーか政治への醒めた見方。これもかなりやばい状況だと思う。

小浜市のはしゃぎぶりなんかは、正直ハズカシイ。

それにしても、NHKのキャスターの目線は異様。正面を向いて話しているんだけど、カメラは斜めから撮っている。あれはナンなんだろう??なんかヘンだぞ。新しいNHKの方針なのか?世界中どこのニュース番組のキャスターでもアンカーでも、「あっち」の方向を向いて話す人なんて観たことないぞ。ま、どーでもいいことなんだけど(笑)、気になる。

November 5, 2008

迷惑猫女

コレも忘れないうちに書き留めておかねば。「迷惑猫女」の話。

ペットを連れて公共交通機関に乗れるようになったのも、ここ最近の話。結構なことだとは思う。でもね・・・、少しは(つーか、だからこそ)周囲に気を使うべきだと思うわけ。

遭遇したのはガテン系女子のけなげな仕事ぶりに感激しつつのったリムジンバス。僕の隣に座ったのが20台後半くらいの女性。手荷物用のペットケージを持ってきた。先に座っている僕に一瞥をくれてから、何も言わずどかんと座る。その態度自体にむっとしていたら、そのケージを自分のひざの上に。

一言くらいあってしかるべきだろう。でも、ま、しゃーないか、と思った僕。チラッと覗くとペルシアンの仔猫みたいだ。飼い主の態度は最低だけど、仔猫は事実「か、かわいい・・・」、悔しいけど(笑)。

でも、飼い主の態度は「私の猫ちゃん、かわいいでしょ、あなたが我慢するのはアタリマエ」というムカつく態度。むぐぐ、その態度はないでしょ。さらに、そのケージの中のバカ猫が、みゃーみゃーとうるさい。実にうるさい。乗っていた1時間、ずっと僕の隣(膝元)で啼きっぱなし。はじめは、しゃーないと思っていた僕もさすがに最後のほうは勘弁してよーって感じ。

さらに、クサイ。猫を飼っている人からすればアタリマエなんだろうけど、あのペット用の消臭剤。安物のトイレ消臭剤の匂いなの。くせーぞ、でも窓も開けられない。席が空いていれば、移動できるだろうけど通路側に陣取った勘違いバカ女は動こうともしない!バカ猫の鳴き声&消臭剤の匂い&「かわいい私の猫ちゃんに文句ある?」という高ピーな迷惑女の態度に、楽しかった沖縄旅行の余韻に浸っていた僕は、キレそうになった。

自分のペットに関して盲目なバカ飼い主には、それ専用のバスを用意すべきだと思うぞ。仮に、普通の公共交通機関を使わしてあげるとしても、ペットと飼い主の躾が出来ていない場合には10倍くらいの罰金を取ってしかるべきだと思う。

こういう正論をいうと、ペットに冷たいとか動物愛護の観点から反対意見をいう人がいるけどね。けっ!

ガテン系女子

忘れないうちに書き留めておこう。今回の沖縄旅行からの帰り道、羽田空港のバス乗り場で遭遇した女の子。

日本でガテン系(肉体労働系)の仕事に女性がわりに進出するようになって10年くらい経つだろうか。以前からあるのはタクシードライバーやバスのドライバーだけど、最近ではトラックや配送のドライバーにもちらほら女性がいるようになった。アメリカではもう30年以上前から当たり前ではあったけれどね。日本では珍しい。

で、一昨日羽田空港で遭遇したのは、リムジンバスの乗降客の案内係。一人で案内をしてチケットを捌きつつ、客の重いトランクやバッグをバスの下のトランクルームに運び入れる仕事。20歳くらいの小柄な女の子。つなぎの服を着て汗だくで頑張っている。「えっ?こんな華奢でかわいい女の子が!」という驚き。若い男の子でも結構肉体的にには辛い仕事だろうに・・・。

ドラマを想像してしまった。

考えすぎなんだろうけどね(笑)。

November 4, 2008

小◎哲◎逮捕

なんだか悲しい事件。「転落」とか「天国と地獄」的な扱いで、今回のことをマスコミは「ざまーみろ」的目線で報道するんだろうな。世間は、自分達とは較べられないほどとんがった人(アーティストやスポーツマンや大金持ちなど)が転落するのが嬉しくてたまらない、という態度をとる。悲しいひがみ根性。

彼はアーティストとしての才能は素晴しいものだったし、プロデューサーとしての力量はあったことは確かだと思う。もちろん、ピーク時には年間収入が30億だとか、資産が100億円を超えたとか、時代の寵児としての相応の扱いを受けていたわけだ。その収入で贅沢三昧しても誰も何も文句をいう筋合いじゃない。僕はいいと思うのだ。

ただ、やはりアーティストであってビジネスマンじゃなかった。脇をしっかりと固める番頭さんが居なかった、あるいは、居たとしてもレベルが低いスタッフで、むしるだけむしりとって去っていったってことだと思う。アレだけの資産があっても事業が失敗して資金がショートしだしたら、転がる石のように落ちるという結末は決まっているもの。詐欺事件はもちろん刑事罰を受けるべきだけれども、罪を償ってから復活できることを祈るばかりだ。

November 3, 2008

沖縄総括

今回の沖縄行きの総括。

①子供時代から僕が引きずってきた沖縄に対するイメージ。基本的には僕は人より「右寄り」の考えだから、沖縄の人たちの背負っている悲しい歴史に対しての「後ろめたさ」や「申し訳なさ」みたいなものを、どう自分で消化するのかわからないでいたのだ。沖縄に遊びに行く周囲の人たちからすれば、何をこだわっているの?って感じだったのだけれど、僕としてはこの歳になるまで踏ん切りがつかなかったのだ。今回(遊びじゃなくて)仕事で沖縄を訪れることになって、そのわだかまりを払拭するいい機会だったと思う。

②ひめゆりの平和記念館で思ったことは、悲しい時代に翻弄された人たちの事を僕は忘れない、と再確認したこと。写真を拝見しても本当にあどけない女の子達(家の3人娘より若いのだ!)の辛い体験を風化させてはいけないと。そして、ひめゆりは悲劇のごく一部に過ぎないことも忘れちゃいけない。

③僕が想像していた以上に今は「観光リソースの豊富な沖縄」だったこと。これは僕の全くの不勉強だったな。リゾートの質も十分国際水準なのですね(値段も<笑)。

④本土以上にアメリカに近いのは当たり前か。でも地勢のいい場所である全島面積の30%がアメリカ軍の基地ないしはリザーヴになっているのを実感した。

⑤植物相が沖縄特有。どこか懐かしいニュージーランドのブッシュを思わせる。機会があればトレッキングをしてみたい。季節的に今回は海では泳がなかったけど、もちろんこれは問題なく次回行かねば。

⑧食事は予想通り。いわゆる沖縄料理は僕の好みではない(嫌いじゃないけど、それ以上でもそれ以下でもない)けど、お肉はおいしい。アグー豚、やんばる鶏、石垣牛。アメリカ人相手のオージービーフやアンガスビーフのステーキ屋も多い。沖縄>肉というイメージは固まった。その逆に海鮮物は興味がわかず(笑)。

⑨ハワイに似ている。美人が多い。特有の言い回し。

タクシーの運転手さんの話では、ゴールデンウィーク前と9月後半から10月はじめがお勧めだそうだ。

沖縄4日目

学会もなく、完全オフ。昨夜の燕郷房の海老のspicy saltは最高だったな。海老がでかいの(笑)、さすが沖縄。その後はW君とぷらぷらと国際通りへ。あのストリートの熱気というのは、ある意味観光客向けなんだろうけど、まさにアジアの市場の匂いがする。濃いめの美人が多いよね、とW君と話しつつ土産物屋などをうろつく。ぼくは基本的には「どこに行ってきました!」的な、お土産文化というものは好きじゃなくて、いわゆる付き合い程度のものしか買わない主義だけど、あの手この手での物欲刺激商魂はすげーな。見ていて面白いけど、買わないんだけどさ(笑)。

その後W君とパブのような店に入り、泡盛で〆のお酒。後輩であるW君も、もう40半ば。某病院で外科部長として第一線で活躍中。もともと目先が利いて器用な人(いい意味で)だから、今の立場での活躍は確信してたけれど頼もしい限り。ひさしぶりの飲み(つーか彼と差しでゆっくり飲んだのは初めてなんじゃないか?)で、四方山話。うん、外科医のピークは40歳代なのだよ。アドミとしての仕事の難しさなどイロイロと話して気持ちよくホテルに帰還した。

今日はゆーくりと寝て(3度寝した>笑)、いつものがっつり朝食のあとはテラスで読書。これからチェックアウトして空港に向かい、沖縄そばを食べてから搭乗するつもり。

沖縄3日目

6時に起床して首里周辺の散歩。がっつり朝食の後に学会へ。今日に午前のセッションで仕事は終わり。今回の学会は専門医の単位取得の意味もあったけれど、最近の外科の進歩についてブラッシュアップするには最適な学会だった。来てよかった。

さて、その後はどうしても行きたかった「ひめゆり」へ。今まで沖縄に僕が遊びに来る事ができなかった理由は、沖縄の背負って来た歴史があまりに自分の中で重すぎてちゃらちゃらと遊びに来る事がためらわれた、ということなのだ。どうしてそこまで拘るのかは自分でもわからないんだけれど、今回仕事で沖縄に来るにあたって、そろそろその呪縛解いておいてもいいいかな、と思ったのだ。

ひめゆりの記念館。泣けた。その感想については改めて書きたい。でも、今回、本当に行けてよかった。自分の中で禊が終わった感じ。

その後は国道331を進んで平和記念公園へ。ものすごいスコールに遭遇。この辺りは本当にのんびししていている。シーサイドカフェという店に立寄ってオリオンビールを飲みつつ、まったりと海を眺める。直前のスコールがウソのような天気。


知念岬へ向かい、あざまサンビーチへ。僕らからしてみれば十分暖かくて泳げる気候なのに11月から3月までは遊泳禁止だって。ちょっと、残念。その後はすぐ近くの琉球の聖地である斎場御嶽(せーふぁーうたき)を散策してから331号をぐるりと一周して西原をかすめて、普天間を越えて嘉手納ベースを横切って美浜アメリカンビレッジへ。沖縄ロコの食べるような店でタコオムライス。これが存外おいしかった(笑)。I君は今晩帰るので、お約束の国際通りを散策してお土産さがし。第一牧志公設市場で「アグー豚」を品定めして、周辺をぷらぷら。アジアの市場の匂いがした。もっとも観光客相手がほとんどなのだろうけど。いったんホテルに戻り一休みしてから、夜は後輩のW君とふたりで、リツコせんせに教えてもらった「燕郷房」という中華のお店。ここは素晴しい!安くておいしかった。

沖縄って美人が多い。濃いんだけど今の時代の美人でしょうね。あー帰りたくねー(爆)

November 1, 2008

沖縄2日目


昨夜遅く到着したので実質1日目@沖縄。ホテルはJAL日航那覇でちょっと古いけど、この値段(この季節なら)及第点。首里城近くの高台にあって那覇市内にはアクセスがいい。いつものように朝5時半すぎに目覚めてからちょとウトウトして7時ちょっと前に朝ビュッフェへ。ホテルの朝ご飯って、何故こんなにおいしいんだろうね(笑)。沖縄特有の食材の和食の朝食をがっつりと頂き大満足。朝からチャンプルーってものいい。海藻系と漬け物系が意外においしいし。

同行のI君とともに、8時前に出発し沖縄自動車道を北上。レンタカーをしたトヨタのマークXって、知らなかったけど素晴しい車だな。売れていないのが残念なほどのパーフォマンス。沖縄特有の植物相の生態系が楽しい。人跡未踏っぽい森林がニュージーランドのブッシュととても似ていて「懐かしい」感じ。住居や建物も沖縄特有の雰囲気。低層で古びたコンクリートと特有の色彩、屋根の形にどれも特徴がある。クラシックな住居って意外にこじんまりしていて屋根が低く平屋。これは台風の通り道だからなのかな。許田の終点で高速を降りてサミットをやったブセナリゾートの入り口をかすめて58号線を今度は南下して、学会のある「かゆりしリゾート」へ。東シナ海を臨む海岸線が美しい。

かゆりしリゾートもなかなか快適で学会をするにはいいロケーションだ。施設は古びているもののリフォームやリニューアルをしていて快適。学会は午前のセッションを聞いてから、昼は少し抜け出すことにする。58号線から84号線の別名「本部(もとぶ)そば街道」へ。この辺りには沖縄そばのお店が点在していて楽しめるらしい。悩んだあげく、正統派沖縄そばの本部町の「きしもと食堂」へ向かう事にする。ここんちの灰汁を練り込んだ沖縄そばは濃いめの鰹だしがおいしかった。大満足@600円。やんばるの森のトレッキングも興味があったけれど時間の関係で断念、449号線を北上し「沖縄美ら海水族館」へ。ここの「黒潮の海」海水槽は「お約束」なんだけど、期待に違わず納得&大満足の水族館だった。

その後、午後のセッションに戻り後輩のW君の発表を聴いてから会場を後にした。秋期シンポジウムということで、総会とは違ったこじんまりした集まりではあるが、テーマの小児外科の鏡視下手術のトピックスにフォーカスされているので面白い。会長講演は、故郷を離れて「錦を飾った」彼の感動的なエピソードが最後に紹介されて、感動的だった。まじめに実直に真摯な態度で研究をすすめる...ということが昨今は軽んじられているんじゃないか?と思ったりして。爺くさいけど。きわめて当たり前の努力をすることの大切さをもっと日本の若い世代に語っていいと思った。その意味で、彼の考案した手術法に彼の名前を冠することに異議なし!です、僕は。

リゾート自体が東シナ海に向いて西向きに建っていて夕陽がきれい。高速道路を快適に南下するが首里城あたりで渋滞。じつは10月24日から11月3日まで「首里城祭」の真っ最中なのですね。人でも多いし交通規制があるらしい。渋滞を避けてホテルに戻ってからW君も合流し那覇の繁華街で夕食を食べる事に。

乗ったタクシーのドライバーのアドヴァイスで「鉄板焼ステーキレストラン美ら球」へ。石垣牛、アグー豚、伊勢海老の鉄板焼。本土からすれば信じられない値段だな。味も満足。洗練されてはいないけど「そんなの関係ねー!」って感じ(笑)の料理で、おっさん達3人はがっつり食べて、麦酒&泡盛で結構酔っぱらった。ふらりひらりに千鳥足で国際通りへ。観光地化された通りとはいえ、ここの熱気はすごいな。「首里天楼」にて、さらに2杯泡盛古酒を頂き、今夜の〆をしてホテルに帰った。

深いぞ、沖縄。

沖縄に到着

おっとっと、なかなかインターネットにアクセスできなくて、もう昨日になってしまった...けど、沖縄に来ています。

10月最終日の今日は出発直前までばったばたと忙しくて、夜間診療の途中から後輩のドクターにバックアップしてもらい、羽田に向かい最終便に飛び乗って23時ちょい前に那覇に到着。レンタカーをピックアップして日航那覇ホテルに到着@24時。

沖縄は初めて。今回は学会ということで初めて訪れる事になった。いろんな意味で凄くこだわりがあって、心情的に今まで遊びでは訪れる事が出来なかった場所。ま、そろそろいいかな。これから3日間仕事の合間に探訪してみるつもり。

October 31, 2008

ハローウィン

アメリカに住んでいた時に毎年ぶっ飛んだのはハローウィン。
徹底的にやるからね、彼らは。日本人の僕らはどうしてもあそこまで徹してバカなことができない。

1986年のハローウィンの日、僕はワシントンである学会に発表のために家族(当時はかみさんと赤ちゃんだったかなPの3人だ)と空港へ。そこで遭遇したのは巨大な「バナナ」男。彼も同じ飛行機に乗ったんだけど、機内は爆笑の嵐。通常の座席では天井に届いちゃって座れない(爆)。それをクルーが工夫して座席を移動したりして、彼はLAからDCまでの5時間、斜めになってた(爆)。そこまでしないよな、普通は。

懐かしいなあ。あの夜僕らはホテルでモハメッドアリと偶然遭遇してかなPは彼に抱っこされて誘拐されそうになったんだ。

October 30, 2008

研究してないけど研究日

研究日。とはいえ、忙しいんだけどね、実際には。自分の自由になる時間がウィークデイに少しでもあるだけで救われる一日。研究日という「慣習」が今に至るまで我々の業界に根付いているのは、そんな意味なんだろうな。

夜は1年半ぶりに開催されたSさん主催のパーティへ。Sさんは旧知のKさんの紹介で知り合った人だんだけど、同じ年ということもあり意気投合、去年のハックルのライブにも顔を出してくれたんだよね。このところ彼主催のパーティのご案内がなくて気になっていたんだけど、お元気そうで何よりでした。今夜も60人くらいの人たちが集まっていた。Sさんのワイナリーのワインと食事を楽しむ会でよくある異業種交流の会とはちょっと雰囲気が違うのがいい。これからもどうぞよろしく>皆さん。

明日から沖縄の学会ということで、その準備もあり、新しいCDとライブのご案内を渡して途中で退出。今度一緒にライブやろうね>Sさん。クラプトンの渋いカヴァー聴きたいし。

お仕事は何ですか?

仕事は何ですか?ご職業は何をしていらっしゃいますか? 英語だとぶしつけな表現なら what are you? (おまえは何者だ?<爆)ですね。

僕らは、診察して問診する時に初診の場合には必ず聞く質問。通常は、問診アンケートの「職業欄」に書いてもらうんだけれど、多いのは「会社員」とか「公務員」とか書くことが多い。「自営業」とか「会社役員」とか書く人もいる。なかには「自由業」と書く人もいるし(どんな仕事なんだろう)、若い人の中には「フリーター」って書く輩もいる(おいおい<笑)。歌手って書いたり、書道家ってかいたり、アーティストって自分で書く人も多い。何を書いているか知らないけど「文筆家」なんて人もいる。ひとそれぞれ。

なかには、「無職」って書いてあるご老人でも、某超一流企業の元重役だったり、元裁判官だったりするから、人は見た目ではわからない(笑)。

通常はカルテの後ろにある保険証のコピーをみると所属する健康保険組合がわかるので、「自己申告」プラス「保険証の情報」で想像するわけだ。でもね、↑の質問をすると、すごく多くの人は「ええ、ふつうのサラリーマンです」って答えるのだよね。「はあ。。。」意味不明。逆に「ふつうじゃないサラリーマン」って、どんな人たちなんだ?。。。これは冗談だけど。

僕らが知りたいのは医学的な見地からの「どんな種類の仕事で日常はどんな環境で仕事をしているのか?」ということなんだよね。税務調査じゃないんだからさ、職種を言ってもらってもねェ(笑)。
で、デスクワークが多いですか?とかパソコンを扱う仕事ですか?とか少しずつ具体的な質問に入っていくことになる、ふつうはね。

まれに仕事を聞かれて怒り出す(というか不機嫌になる)人もいるので、困ることもある。何でかよくわからないんだけど、プライバシーの問題に過敏になっている人もいるからね。

October 29, 2008

波波、そして波

ルーティン&サブルーティンで多忙な日々が続く。最近のテンション、高いな、いろんな意味で(笑)。僕らの仕事というのは、あんまり世の中の景気には左右されない訳ではあるけど、やはり忙しさに「波」はある。これから年末にかけてひと波あるんだろうな。頑張らねば。

さて、以前医学監修でお手伝いした映画「デスノート」(この映画は結構ヒットして、エンドロールに僕の名前が載っている)つながりで、現在撮影中の映画のお手伝いをすることになった。人気作家の原作だし、結構話題になるであろう作品みたいで、ちょっと楽しみ。主演は・・・お楽しみ、ということにしておこう。公開は来年春かな。

October 28, 2008

秋の朝

秋だ。誰がなんと言おうと秋(笑)。まだ半袖を着ているけど、さすがにジャケットを着てないと、少し肌寒い季節になった。この感じ、悪くない。特に朝は。

8月はじっとり感、9月のゆらゆら感、10月のさらさら感。
11月は内面に心が向かう時期ではある。

書き留めておきたいことが、いくつかあるんだけど時間がないな。

October 27, 2008

どこに消えたのか?

不穏な雰囲気だった世界経済の状況。アメリカのサブプライム問題から、あれよあれよという間に世界同時株安、円高。20何年ぶりの株価まで下がっちゃったみたいだ。マスコミの情報曰くこの騒ぎでとんでもない額のお金が「吹っ飛んだ」とのこと。株をやっていた人には深刻な状況なんだろう。

でも、この「吹っ飛んだ天文学的な量のお金」というもの、これが僕にはどうしても理解できない。売る人がいて買う人がいるから「ものの値段」が決まるんだよね。つまり値段がつくということはその分の売買のプラスとマイナスのバランスがとれていて、売却益は「どこかに在る」はずなんだけどなぁ。誰に聞いてみても納得できる説明を出来る人が居ない、僕の周辺には(笑)。

僕らの業界(医療)は、その辺の世の中の常識に疎いのかもしれないな。

October 26, 2008

名古屋ライブ

ハックルブログにも書いたので詳細についてはここには書かないけれど、最高に楽しい週末だった。Hさんご夫妻の人徳というか懐の深さに感じ入ったな。ライブ会場の素晴しい環境、ホスピタリティ、素晴しい食事&お酒、出席されている人たちも皆さん素敵な方々で、楽しい時間を共有させていただいた。

まさに「ご縁」の話なのだよね。

October 24, 2008

ジュースの素

明日夜は名古屋ライブ。名古屋というのは、僕にとって縁の深い場所。伊勢から出てきて彼の地で商売をやっていたご先祖様のルーツということで、八事霊園に墓もある。本当に不思議なご縁でのライブなのだね、明日は。わくわく。

さて、名古屋というと僕はなぜか1960年代の人気テレビ番組の「てなもんや三度笠」のイメージなのだ。関西発のドラマというのは東京育ちの僕にとってものすごく印象深かったということと、この番組を名古屋の母方の実家にいるときに良く観ていたということもあるんだろう。「渡辺のジュースの素」とか「前田製菓のクラッカー」のCMが鮮明に記憶に残っている。ググってみたら、こんなの↓↓があって大感激した。

演じているのがエノケンだそうな。


で、1960年代の飲み物といえば、僕は「春日井のジュースの素」だったわけ。親に怒られつつも隠れて飲んだ禁断の味(爆)。春日井>名古屋の近郊ってイメージだったんだけど、コレも調べてみると名古屋の会社で春日井さんという方のファミリービジネスみたいだ。ふーん。

何故か、僕の記憶の深いところには、「名古屋>てなもんや>CM>渡辺ジュースの素>春日井シトロンソーダ」とむすびついているのだった。当時僕は4-5歳のはずで、三つ子の魂。。。ってわけだ。

October 23, 2008

8割

いつもだったら全然気にならないような「些細なこと」がすごく気になる日がある。今日はそんな日。体調も悪くないし、特に気になるようなバッドニューズがあったわけでもないんだけど。敢えて原因を探せば、2-3あるかな・・・未解決の懸案事項が。でもな、そんなのいつものことであって、最近どうのこうの、という訳でもない。

ただ、朝から寝覚めが悪いっていうか、通勤のほぼ満員電車の中で「あ、オレ今日すっげー苛立ってる。機嫌が悪い」って自覚した。バイオリズムの底なんだろうね。自分のセンサーが微妙に不安定でぼんやりしていて曇りガラスのように視界不良な感じ。

こんなときは、諦めて8割くらいで流していくのがよろしい。
Take it easy!>おれ

October 22, 2008

犬笛の行方

昨日「波長」という言葉を使ったけど、もう少し考えを進めると、そのプロットの意図するところはちょっと違う気がしてきた。
でも、特定の波長を持った「それ」が科学的に解明されたと仮定すると、おもしろい展開が考えられる。フィクション的には、ってことだけど。
生物学的な意味での「個体の群」の成り立ちのなかで、非言語コミュニケーションはその全体の行動性を規定するほど大きなもので・・・なんて、大層なモノ申すわけじゃないんだけどね(笑)。

今夜は中2日ぶりのジム。21時過ぎて、がらがらだったこともあり、久しぶりに20本1000mかっちりと気持ちよく泳いだ。

October 21, 2008

「不思議な波長を持った人の物語」

というプロット。
昨夜考えた流れだと長編になっちゃうので、オムニバス風の短編集で書いてみようと思う。
時間がないんだけど、そんな時に限って浮かんじゃうんだよな、プロット。

October 20, 2008

Nose of Black Cliff

Huckleberry Finn 1972の4枚目のCD、Nose of Black Cliffのプレスが完成。Nose of Black Cliff は、僕らの聖地三浦半島の「黒崎の鼻」のこと。ほぼ2年ぶりのこのCDについては、正直いつの間にか出来ちゃった(笑)って感じなのですね、僕としては。さあCD音源を作るぞ!とか、ウケを意識した曲作りをするとか、レコーディングを頑張ったっていう感じは全然なくて、ね。ま、いいんじゃないかな、こういう作り方のCDがあっても。

以下、ライナーズ・ノート

①夏の終わりに
かぜさん繋がりで出会った「むつらばし」さんのブログの文章から僕がインスピレーションを貰って作った詞。彼女は友達の誕生プレゼントを贈ったわくわく感のある夕方に、遭遇した夕立の気持ちよさを詩に書いたみたいだけど、僕は勝手に彼女のお孫さんのスバル君の1歳の誕生日の話だと思い込んで歌詞にして出来ちゃった曲。気持ちのいいオープンチューニングで最近のライブの〆の曲です。

②振り向いた場面:
大学1年ころ書いた曲。じょうじ君が言うまで全く作ったことさえ忘れていた曲なんだけど、何十年ぶりに歌ってみたら新鮮な感じがして、そのままレコーディングしてCDに収録することになった曲。最後のフレーズで「ん?」と感じてくれたらうれしい「仕掛け」があります(笑)。

③涙の桜貝:
レコードになった「流れ星」のB面に収録されていた曲。そのころのマネージャーをしてくれていた荒木君の彼女(筒井さん)が書いた歌詞にじょうじ君が曲をつけた「あの時代のフォークソング」。CDではさくちゃんが歌ってます(CDデビュー<笑)。

④誓い
じょうじ作詞作曲。この曲はハックル再活動前のじょうじ君ソロ活動の時代の曲。歌の「世界」があって、その情景が浮かぶいい曲だと思います。結婚式場のCMソングに、いかがでしょうかぁ?

⑤丘の上で想うこと
この曲のクレジットでは作詞がじょうじ君になっているけど、高校1年の時に僕がノートに書いた詩から一緒に作った歌詞。ノートに書いたイラスト(丘の上でひざ小僧を抱えて海を見ている)を憶えている。一人称が「わたし」だったり「ぼく」だったりするのはご愛嬌なんだけど、Fool on the Hillを意識して、あの頃精一杯作った歌。スリーフィンガーのお約束アレンジでリメイクした作品。

⑥ともしび
この歳になると伝えたいメッセージというものがある。手のひらの上にある幸せ、それを大切にすること。だれにでもあるTOMOSHIBIを忘れずに!というメッセージソング。

⑦春爛漫
2007年春。大阪の学会からの帰り道、家の近くの桜並木を歩きながらイメージが湧いて書いた詩。桜の薄紅色のトンネルの中で、とてもやさしい穏やかな気持ちになって作った曲。

⑧流れ星2004
この音源は、じょうじ君のソロ作品。30年を経て、進化した流れ星。

⑨サンタモニカに降る雨は
今となってみると、恥ずかしくて鳥肌もののタイトル(爆)。1985年に僕がアメリカに旅立つ直前にGuildのギターをじょうじ君に預けた。そのギターケースの中に、僕が書きなぐっていた詩がいくつか入っていて、それに曲を付けてもらった…という、古くて新しい曲。雨が珍しいカリフォルニアの1982年の春の情景。

⑩Nose of Black Cliff
CDタイトル曲。原詩は2006年に書いたんだけど、聖地「黒崎の鼻」は描きたいイメージがありすぎて(笑)、原詩自体はすごく散漫だったんだけど、曲になって「落ち着いた」って感じ。軽くて気持ちのいい曲に仕上がりました。

October 19, 2008

運動会&スタジオリハ

秋晴れの気持ちのいい天気。5時半に起床して運動会の会場へ。3000人規模の運動会はいつもながら壮観。わが病院は、他のメガ規模の病院から較べればこじんまりとした陣容で(というか少数精鋭で<コレ本当!)ベストを尽くしてくれたと思うな。いいスタッフに恵まれて、いつもながら感謝感激。いんちょはたいしたことないのにスタッフは素晴しい(笑)。

2時過ぎに終了してからじょうじ君をピックアップしてからさくちゃん&かおる姫と合流し、巣鴨WRSにてリハ2時間。あっという間に2時間経ってしまった。ま、来週のライブが楽しみだ。

夜は帰ってから家族で「げた屋」へ。ここんちの洛中(京都風)うどん料理は素晴しい!しっぽくうどん&ハーフの絶品親子丼で満足。

けっこうへろへろになった一日。

October 18, 2008

1975年秋

午後から医師会の研修会。担当理事という事で司会進行役。とはいっても今日は自分が何かプレゼンする訳じゃなく、完璧に裏方なので気分的にはらくちん(笑)。とはいえ、13時から19時まで拘束されちょっと疲れた。帰路、さとちゃんと待ち合わせで夕食。「野の葡萄」という自然食品系ビュッフェスタイルのお店。家庭風お総菜的なビュッフェ。まあ、素材は安心で、可もなく不可もなく、まずくもなく、そこそこおいしい。かといって満足感がないわけじゃなく。。。ひとり2000円でこれだけ食べられればねって感じでしょうか。つまり、そんな感じ。結構家族連れでにぎわっていた。僕とさとちゃんはふたりで、ひたすら、ばくばく食べて退散(笑)。夜はリベンジマッチの準備。うううむ、今回はなかなか難しいんだろうなあ。でもベストを尽くして悔いを残さないことが大切だよ、うん。

自分の現役時代の受験勉強のころってもっとのんびりしていた気がするけど...どうだったんだろう?
いや違うな、娘達との比較の問題じゃないわ(爆)、僕の現役時代は、受験に対する真剣さは皆無で、全然勉強していなかった。

携帯電話のなかった時代の話

October 17, 2008

今朝観た夢

ライブの夢なんだけど、ステージが何故か砂浜で周りが防風林で囲まれている(笑)。裸足でステージに立っているので砂浜の感覚が鮮明にある。「なんかちょっといつものちがうなー」なんて照れ笑いをしつつ。照明は「タイマツ」(ハワイアンのライブみたいだ<爆)。暗い砂浜の向こう正面には、もうたくさんのお客さんが入っていて砂浜に座って「はやくやれー!」なんて好意的なヤジを貰っているんだけど、結構セッティングに時間がかかっているみたい。で、「ちょっと待っててねー。ああ、その前に僕らの近況を話しますね。新しいCDが・・・」なんて勝手に仕切ろうとする僕。へんだなー?セッティングがいつもとちがうなー?でもなんとかなるかなー?という不安感と期待感の入り混じった感情。

そうこうしているうちに、ライブ開始準備OKなんだけど・・・カポを砂浜に落としたらしい。しかも足元が砂浜で暗くて、落としたカポを足で探ろうとするんだけど・・・見つからない!あらら、どーしよ!って思った瞬間に目覚めた。足元の砂浜の感触がリアルだったな(爆)。

今週末はイベントてんこ盛り。

October 16, 2008

桃栗3年柿8年

桃や栗は3年、柿にいたっては苗付けをしてから8年経たないと実を収穫できない・・・ってことを子供の頃、祖祖父の「鹿之助じいさん」(母親の母方のほうの爺さん、つまり僕は曾孫だ)から初めて聴いたのは、湯河原の家の廊下だった。彼は早朝に仏壇に向かう朝のお勤めを済ませると、朝ごはんの支度ができるまで廊下でお茶を飲みながら、曾孫の僕にいろんな話をしてくれた。たしか彼が亡くなったのが小学2年生の冬だから、僕が憶えているのはたぶん幼稚園くらいから小学校1年くらいまでことなんだろう。で、桃栗の話をなぜ鮮明に憶えているかというと、その時「ええっ!そんなに長い時間が必要なんだ!」と感じたからだ。3年とか8年とか、その頃の僕にとっては「体感して想像することのできないくらい絶望的に長い時間」に感じたわけだ。

この歳になると3年なんて「すぐ」だし、8年だって「ちょっと」って感じだもんな。
同じ言葉でも感じる長さが違うのだ。

僕は鹿之助じいさんの隣に座って「朝のお勤め」をするのが何故か大好きで、小学校に入る前には般若心経を暗記(今でも唱えられるけど意味は解ってない<爆)してた。へんな小学生だった。

October 15, 2008

ホームでドロー

サッカーWカップアジア最終予選ウズベキスタン戦@埼玉スタジアム。
うううむ、イマイチだなあ。日本代表。
チームの選手はそれぞれ必死に頑張っているのに、選手の意識がチーム全体として勝負へのベクトルに向かっていない、そんなふがいなさを感じていたら、結局ドローだもんなぁ・・・。日本はもっと泥臭い試合をしたほうがいいんじゃないか?最後の10分くらいだったと思う、いい感じは。ホームでのドローは負けだよな。

ああ、道遠し・・・。

October 14, 2008

だのになぜ

休日明けで月曜日みたいな火曜日。今週もてんこ盛りスケジュール。なーんか眠い。すっごく眠い。季節的な変動もあるんだろうけど、十分な睡眠をとってるし、朝すぱっと目覚めているにもかかわらず、眠い。今日も
夜の会議をしながら、ふーっって意識が飛びそうになった←集中力の問題なのかもしれないけど(笑)。体調そのものは悪くないし、食欲もあるし、全然問題はないんだけど。
帰路ジムに寄り軽めに泳いで帰る。泳ぎながら眠りそうに(マジで)になったのは初めてだ。

ところで、昨日はスタジオ練習。名古屋ライブに向けて昔の懐かしい曲の練習をしていて、その帰り道にふと「若者たち」の歌のフレーズが出てきた。あの時代のキャンプの歌の定番のひとつ。

君の行く道は 果てしなく遠い
「だのに、なぜ」歯を食いしばり
君は行くのか そんなにしてまで

「だのに」って何だぁ???・・・爆  僕が想像するに「ん・だのに」じゃないかと思う。
「それなのに」では歌がのらなかったんだろうけど、訛る(?)ことは普通はないけどな。
あの時代にはあったのかもしれないけど。

いづれにしろ、1960年代の歌詞っていうのは、まず「重い」、それから「頑張りは美徳」「明日は明るい未来がある(はず)」というコモンセンスが作り手にも受け手にもあるということがわかる感じ。

つらつら

October 13, 2008

G00gleのスゴさ

このブログはG00gle(←わざ)のサーバに存在しているわけだけど、驚かされる(感動する)ことが多い。スケールが大きいし発想がスゴイ、スゴスギル!

今更わざわざ書くまでもないんだけど、Youtubeの発想もスゴイし、鮮明な衛星写真で地図を作るとか、世界中のStreetを画像で記録するとかの発想にも、僕もぶっ飛んだ。一番すごいのは、ネット上で流れている言葉を全て(!)コンピューターに入れてしまい、高度な検索機能を作れば・・・という彼らの基本的な発想だと思う。みんなソコまでは気づくんだろうけど、それに伴う膨大な労力と作業の複雑さで「でも実現はムリだろうな・・・」って思うことを、やってしまう!ってことなんだ。そのカルチャーに敬意を表するしかない。脱帽だわ。

先日g-mailのアドレスを作って、たまたまログオフせずに更新作業をした(らしい)。らしい、というのは自分では全然意識していないから。しかし、シームレスに管理者画面に入れちゃっているってコトからすると、作業をしている僕を認識しているってことなんだと思う。彼らはメールアドレスで個人を特定していて(考えてみればきわめて真っ当でアタリマエのことなんだけど)、ネット上のいろんなサービスを統合する方向性なのである意味自然なんだけど。でもさーちょっとコワい気もするけどね。

October 12, 2008

Mark Ashton

以前ここのブログにも書いたことがあるイギリス人の友人の医師Mark Ashtonから連絡があった。

彼は2000年に縁があって(本当に不思議なネット上の偶然なんだけど)、僕の病院で2ヶ月間実習をした。海外(イギリス、カナダ、香港)の医学部学生の臨床実習を受け入れいるようになるきっかけになった人。その後は7人もうちの病院で実習して皆それぞれの国で医師として頑張っている。

彼は真面目で一所懸命に日本の医療現場に慣れようとしたし、特有の人懐っこいキャラでスタッフ皆に可愛がられた。UKに帰国して同級生の幼馴染の医学生と結婚することになり、2003年には僕をその結婚式に招待してくれ、次女ゆっつんとイギリス旅行をしたのだった。

今はシェフィールドで開業医をしている彼からは、時々近況報告のメールが来るのだが・・・
昨日届いたHPメールには驚いた。

http://www.justgiving.com/baldydoc

よくできたスパムメールではないかと疑ったのだが、どうも真実らしい。2009年のロンドンマラソンのチャリティーに半身麻痺になってしまった1歳のEleanorちゃんのために頑張って出場するらしい。

Good luck!, Mark!

ひらめけ!

「夢にときめけ、明日に煌めけ」ドラマ「ルーキーズ」のキーワードだそうな、さとちゃん曰く。

↑↑だから、「ひらめけ!」という言葉は、「アリ」なんだと。

「ときめいた」り、「きらめいた」り」するのは、自分の意思とは超越したところで起こる訳で、だからこそ、その結果として「わくわく」する訳だ。だから、「ときめいて欲しい」とか「きらめいて欲しい」という場合に、命令形(?)はそぐわないんじゃないか??

同様に「ひらめけ!」というのもヘンだと思うのだ。

何かアイデアを閃くのは、意識的じゃなく起こるから「ひらめき」というのだから、命令形自体が自己矛盾なのだ。僕の考えがオカシイのか???

なーんて思いつつググってみたら。。。「明日ひらめけ!」なんて漫画があるのですね。やれやれ(笑)。

October 11, 2008

あげまん・さげまん論(その1)

その女と一緒にいることで、自然に男の運が向いてきて、出世したり商売がうまくいったり・・・と、様々ないいことが起こるようになる、そんな女を「あげまん」という。

うーん、確かに居るな。一発逆転まではいかないまでも、付き合ったり結婚したりしてから、男のほうの運勢が変わったというか、どんどんいい感じの風が吹いて幸運を呼び込んだ人って。「逆・玉の輿」っていうのはお金の問題が大きく全然別な話で、このあげまんのケースには、それまでの苦労が報われた、とか、急に商売がうまく行った、とかの上昇気流話。

一般的には、しっかり者でよく気がついて男をたてる女(従来の、男に従順でしとやかな・・・という意味じゃなくて、なんだけど)、それも美人のイメージなんだけど、必ずしもそうとはいえない(笑)気がする。でも、あげまんに共通するのは、ポジティブなオーラ(以下、あげまんオーラ)があることじゃないかな。

大部分(99.999%)のふつうの男女は普通の生活をしている一方で・・・、

その逆の「さげまん」っていう女もいる、確かに。彼女らの発するネガティブなオーラ(以下、さげまんオーラ)で、悲惨なことになってしまった男女の例だって、いくつか挙げられるし(あげまん例よりむしろ多いかもしれない)。一般に云われているように、「悪女」って感じでも、「薄幸の女」って感じでもない感じがするけど、さげまんグループをカテゴライズするには、もう少し経験と観察と考察が必要だ(笑)。

当然ながら、男で「あげちん」「さげちん」はあるのか?という話になるわけだけど、これはもちろん「ある」わけですね。こっちのほうはメジャーな話として今更言うまでもないコトなわけ。歴史という時間軸で観れば、つい最近まで男社会だったわけだから、これは古今東西語りつくされた感さえある。社会学的にジェンダー論で括ってしまうと、この話題はかなり女性差別的な考え方として問題視されちゃうかもしれないけど、それはさておき(さておかないかな?)、なかなか複雑で深い意味合いを持っていそうな話だと思う。

その問題意識を持ちつつ、つらつらと考えを進めていくと・・・

今日唐突に閃き、思ったのは、「あげまんには無意識の自覚(つまり天性のもの)があり、さげまんは意識的な無自覚(後天的な資質)がある」ということなのだ、一言で言えば。

以下、その2へ続く・・・(か?)

October 10, 2008

ああ、なるほど!そういうコトだったんだ

子供の頃不思議だったり納得できなかったことが、齢50すぎて(まあ、自他共に認めるようなオトナになると)「ああ、なるほど!」と、ふと腑に落ちるというか突然「わかった」りする。それは、論理的な流れの落としどころが見つかる(理解する)というより、もっと感覚的な意味合いの「座りのよさを感じる」(納得する)場合のほうが多い気がする。

世の中には様々な「約束ごと」や「理(ことわり)」があって、「常識」というか「安定的で平和的な価値観」を形成しているわけだけれど、その中には若い時には「わからない」ことや「認めたくない」ことや「できれば避けたい」ことも多くあるのだね。で、そのすべてに「留保なしで納得」するほど、老成はしていない(全然!<笑)つもりだけど、上述したような発見は、わりとしばしばあるな、最近。

分別臭いオトナにはなりたくないんだけど、自分より若い世代に伝えておかなくちゃいけないことっていうのがあるのは事実なのだ。でも、説教&教訓&自慢話オヤジにだけはならないように注意しよ(爆)。

October 9, 2008

北品川の会2008

昨夜は、神田駿河台の川菜館にて「北品川の会」2008。この会は、僕と高校のクラスメートで今は弁護士をやっているT君が、彼のクライアントであるそのお店に行ったのが食事会の始まり。食通の間では謎のトンカツ屋という評判だった店で、初めて行った時にそのパフォーマンスの高さにびっくりした僕は、是非この驚きを友人たちと共有したいっ!ということで、第一回目を開催。これが2006年。その後回数を重ねるごとに参加してくれる人の輪が広がり、今回は19名と大盛況だった。ありがたや ありがたや。

幼稚園、小学校(!)から現在までのつながりの人たちが集まって、がっつり喰ってしっかり飲む会、というのが唯一の決まりといえば決まり。はじめの乾杯はあるけど、あとは勝手に飲んで食べて話す。昨夜も、おいしく&楽しいごはんだった。Thank you, one & all!

香水魚(沸騰魚)や涼衣白肉もおいしかったけど、僕が昨夜一番おいしいと思ったのは、ピリ辛の豆料理だったな。あれでご飯いくらでも食べられそう。昨夜は、いつもの牛肉水煮が出なかったのが残念だったけど、ま、でも、すべておいしかった。

次は来春かな。

October 7, 2008

いつも通りに

朝、いつもの電車でいつもの駅に着き、いつもの店でいつものパストラミ・サンドを温めてもらい、いつも通りにオフィスについて仕事場で、朝のルーティンから仕事始動。ルーティン&サブルーティンのバランスをとりながら一日を終えて、いつも通りに帰路ジムに寄り、軽めに10本500m泳いで帰宅。

実は昨夜ちょっと凹んでいた事があったんだけど、いつも通りにコトが進むことで救われたな、今日は。

October 6, 2008

読めなきゃ書けないというのは真理だと思う

携帯とかメールでのコミュニケーションが、安易とは言わないけど、それが普通のコミュニケーション手段である若い人にとって、文字(テキスト)情報をまとめる、つまり文章を書く(あるいはタイピングする)という作業ははかなり苦手なもののようだ。その昔、僕らの世代にも当時の大人たちは「最近の若いもんは言葉を知らない」と苦言を呈されたものだけれど、それでも今の時代の若者達に比べればマシかもしれない。

僕らの世代は基本的にアナログ活字世代ではあるけど、その上の世代がデジタル化の社会的な波に乗り遅れまいと必死になっているのを横目で見ながら、比較的容易にコンピューターを使い出した。別の言い方をすれば、パーソナルコンピューターの黎明期の進化とともに自分達も変化(「進化」なのかどうかはわからないけど)してきた一番先頭の第一世代なわけだ。

僕自身、初めて自分のPCを持ったのは1981年。NECの8シリーズでBASIC(ああ、懐かしい!)。それから9シリーズでシンプルなゲームで遊んだり、ワープロ専用機からPCでの文書作成に移行したのが1985年頃かな。アメリカの大学で使っていたのはL-DOSというOSで、それからMS-DOSが普及して、IBMのPCがどんどん研究所に入ってきて(ボスの話だと彼らはタダで全米の主だった研究機関にマシンを配っていた)。。。1988年に帰国してからはMACへ改宗。日本語と英語を行き来するのにはMACしかなかったし、あのころから一歩も二歩も進んでいてオシャレだった。ニュージーランドから帰国した1995年頃から、急速にインターネットが普及し。。。。って書き出したら、ココから先は本当にキリがないけど、要するに社会の変化とともに自分達の生活がアナログからデジタルに激変した瞬間を体験しているワケだ。

で、何を書きたいのかというと、その後の世代にとって「この変化」を理解するのはかなり難しいのだろうな、ということ。彼らの世代が本を読まなくなったというより、それより面白くて容易に様々なイメージができる、いろんなメディアが発達しすぎている、ということなのかも知れないけど。読まなくなった彼らは、結果として、書けなくなった、というのはごく自然の帰結なんだろう。

でもさ、いくらデジタルの時代になったとはいえ、人間の脳機能というのは変らないわけだし、結局は言語テキストを介してコミュニケーションが基本なのだから、やっぱり人間は「本を読まなくちゃいけない」と思うんだ。アタリマエのことなんだけど。それもディスプレイを通してではなく、本のページを繰りながら、というプロセスが大切なんだよ。

読めなければ書けないというのは真理だと思う。
なんて秋の夜長につらつら

October 5, 2008

FMサルース


さとちゃんのAO二次試験面接の日で朝からちょっと落ち着かない(^_^;)。娘の受験でこんなに気になったのははじめてかも。上の二人は一般入試なので、今回はちょっと事情が違うもんね。かみさんと二人で、元気に出て行くのを送り出す。I will keep my fingers cross!

さて、今日はFMサルースにお邪魔する日。昼前にじょうじ君と待ち合わせてモンスーンカフェへ。気持ちのいいいつものテラスでコロナビール(それぞれ3本)&エスニック料理。今後のライブについての打ち合わせ。13時すぎからスタジオに向かい、いつものように香月さんののりのり軽妙トークに乗せられて(笑)、ふたりで気持ちよくおしゃべりをさせていただく。僕らの世代にとってラジオというのは特に思い入れのあるメディアで、自分が生放送でこんなに気軽におしゃべりしているなんて、昔からしてみれば「夢みたい」な状況なんだね。ありがたや ありがたや(笑)。今年は今までに4回も機会があったし。


放送終了後は、じょうじ君はライブへ向かい、僕はジムへ直行して一汗流してから自宅へ。面接から帰ってきたさとちゃんを迎える。彼女としては想定外の質問が多くイマイチのパフォーマンスだったようで、不安だらけ(笑)。ま、そんなもんだよ、ベストを尽くしたのならそれでいいじゃん。夜は外食するつもりだったけど、近場にして彼女のリクエストでTo the Herb Gardenへ。

October 4, 2008

スタジオ練習&昔の湘南のイメージ

午後はじょうじくんと神保町で待ち合わせて、先日行った「神田餃子館」で遅めの昼ごはん。餃子とレバニラをおつまみにビールを飲みつつ打ち合わせ。餃子はもちろんおいしかったけど、〆で食べた「蝦ワンタン麺」は予想以上のおいしさだった。僕らは本当にこういうB級が大好き(笑)。

その後、スタジオにて10月後半にある名古屋遠征の練習。今回はオリジナルのほかに、1960年代の懐メロのリクエストがあったので、その練習。ふふふ、いい感じ。僕は何故かあの時代の音楽を「聴く」と湘南をイメージする。当時大学生だった叔父さん(オフクロの弟)の運転する日野コンテッサ(なんと彼は当時ラジオ番組のくじで当たった!)でよくドライブした週末の湘南(茅ヶ崎辺り)の風景とラジオから聴こえる音楽。

ああ、あの頃の「ホテルパシフィック」って素敵だったな。外からその姿が見えるだけでワクワクしたし、中のプールサイドのレストランは僕の夢の世界だった。

October 3, 2008

季節的変動

食物が少なくなる冬に向けて体力を蓄積するべく、秋は食欲が増し体内脂肪を蓄積するため、結果として体重が増える。これは自然な反応ではある。カロリーのインテイクとアウトプットのバランスだから、同じ運動負荷だと太っちゃうんだろう。スポーツクラブにある精確な体重計でほぼ毎日チェックしているけど、真夏に較べると2Kgは増えてる。去年のデータと比較してみると、去年も増えてはいるものの1Kgくらいだから、今年はちょっと多すぎるかも。2kgとして14000Kcal減量する必要があってことだ。ふむふむ。

October 2, 2008

さすがのさっちゃん>さなメモ:その2

さとなおくんから、驚きの内容メール2通。ネットの世界が出現してから、僕らの生活(つまりそれぞれの人生)の中で、従来は起こりえなかった(起こったとしても小説や映画などのフィクションの世界の話だ!)さまざまな人との出会いや別れのシチュエーションが起こっているんだね。

時間軸とか空間軸を超越したベクトルで、縁というものがあるんだな・・・しみじみ。

しぐさ@ローカルルール

今日は研究日。消防署の人たちへのレクチャーを終わって移動中の駅にて・・・

若い女性が、知り合いの女性を見つけて、「きゃー!さやかー(名前)!ひっさしぶりー!!」なんて叫んでた。その彼女、自分の胸の前で手を振って「小さくバイバイ」しながら、駆け寄っていく・・・ よくある風景だ。

ぼーっとその姿を眺めていたワケだけど、あれって絶対に男はやらない「しぐさ(仕草)」だよな。考えてみると、ウチの女性陣(かみさん&3人娘)も、よくやってますね、友達と会った時とかに「胸の前で小さくバイバイ」。「こんにちは!」の仕草なんだろうか?「ごきげんよう!」の仕草かな?、皇室なんかだと。出会ったときに小さくバイバイ。。。なんじゃソレ??僕の知る限りでは、日本以外の女性が、日常でそれをやっているのは観たことがない。欧米だと、HUGだろう。

一方、女性はまずやらないのは、誰かと出会ったときに「小さく片手をあげて」、ヨッ!とかオッス!とかチーッす!とかいう、アレだね。あれは日本の男特有の仕草だと思う。

なんだか深い文化的な意味があるのかな??

October 1, 2008

さなメモ

今日から10月。はっやいな。朝の通勤時に並木道を歩いていたら、ジャケットの襟元に感じる風に、本物の秋の気配を感じた。ここからはさらに時の流れの速さが加速するんだよね、いつも。今年の秋も公私共にイベントてんこ盛りです。楽しみ楽しみ。超多忙の午前外来、サブルーティンで走り回った午後。夜はジムで軽めの10本500mで上がる。体重コントロールはもともと自由自在にできる性質(たち)なんだけど、今回は台湾以来増えた体重がなかなか戻らない。もう暴飲暴食する歳じゃない。

さとなおくんのサイト「さなメモ」のファンなんだけど、ここのサイトのことを書いてくれた影響で、今日は訪れてくれた人がたくさんいるみたいです。昔(1970年代)のハックルベリーフィンの活動を知っている人もいれば、知らない人もいるんでしょうね。それにしてもネットの世界の影響力っていうのはすごいもんだ。

はじめまして…の方、これも何かのご縁、今後ともどうそよろしゅう(^_^)

September 30, 2008

今日悩んでいる人へのメッセージ

その1:さとちゃん。想定外の合格で二次試験対策に悩んでいる。ま、でもさ、自分の実力以上のことは出せないんだし今更じたばたしても仕方ない訳で・・・今までやってきたことを素直に面接のときに出せるような努力をすればいいんじゃないかな。プレゼンについても、未熟に大人びた(背伸びをした)プレゼンに見飽きた僕ら大人達からすれば、真摯に一所懸命やっているプレゼンのほうが印象がいいんだし。

その2:超多忙、今まさに旬で大活躍の業界の友人。このところ胸の痛みがあるというので心配してメール。診察でもその後の検査でも、全然異常なし。むしろ6月くらいのほうがデータが悪いくらい。大丈夫、僕が保障します>もっと仕事していいよ(爆)。でもくれぐれも無理はしないこと、いつでも相談は乗るからね。

その3:腰痛で昨年暮れに手術したスタッフが僕のオフィスに直接相談に来た。仕事に復帰したら再発。大学病院の主治医からは再手術の可能性を伝えられて凹んでる。なんで自分だけこんな目に遭うの?二回目の手術で本当に良くなれるの?セカンドオピニオンを聞くことの遠慮・・・など、相談を受ける。ナースという医療のプロである自分と患者としての自分。冷静に見つめられることは素晴しいところだと思う。遠慮することはないので、とことん納得するまで情報収拾して納得いくまで説明を受けてから大切なことは決定するべきじゃないかな。院長として、外科医として26年の経験の医師として、できる限りの力になることを約束する。

その4:21時過ぎ、医師会理事会の最中の電話。昨年結婚した従兄弟から。関西にいる奥さんの父親が、いわゆる「難病」といわれて悩んでいる、とのこと。関西の大学病院からの情報提供を送ってもらうと、確かにかなり厳しい状況。現代医学はまだまだわからないことだらけで、完璧ではない、残念ながら。でも、それをどう受けとめるか?というのがポイントだと思う。その領域の専門家との相談の道筋をたててみることにする。奥さんにくれぐれもよろしく。

そんな一日。

台風15号

2週間前に行っていた台湾で、今度は台風15号がすごいことになったいるらしい。朝のニュースで台北の街頭で女の子が強い風に吹き飛ばされているところ(!)を写してた。13号よりすごい風みたい。あの13号の雨もすごかったけど、今度の15号は雨も風もそれ以上だって。うううむ、僕の想像を超える・・・

September 29, 2008

あっぱれDipity!

さとちゃんのAO入試の二次面接の準備をアシストするべく、最新のコミュニケーションツールを検索していろいろと試してみた。いやー、本当に勉強不足だったな。つーか、ほんの半年くらいでものすごく進歩してしまい、ちょっと前の常識が通用しない世界なんだね、本当に。

今回のキーワードは、自分史。さまざまなブログやSNSの新しい仕組みを見に行く。日本のものでは、Life pediaかな。でも海外のものは、もう一歩進んでいる。

最終的にDipityというサイトにたどり着く。これは僕とさとちゃんが考えていたものに実に近いことをしているので、驚く。早速お試し版を試してみた。うううむ、さすがGoogleだな。ただ唸るばかり・・・
やっぱり世の中同じようなことを考える人がいるんだね・・・と(笑)。でも、ポイントは「この次」なんだよね、たぶん。

お試し版は↓↓↓ 
http://www.dipity.com/user/marcmatsumura/timeline/personal
このサイトに鞍替えしちゃうかな(笑)。それにしても勉強になった。

おおっと、もう9月29日だわ。紗仁子18歳のバースデイおめでとう!!大変なバースデイ・イヴ(^_^;)

September 28, 2008

学会>書店めぐり>プレゼン準備

仕事関連の学会に出席してから、神保町の三省堂にて本探し。ネット関連、メディア関連のビジネス書や新書、大学生・一般向けの教科書などで、基礎資料とネタ探し。日頃、あまり読まない方面の本なんだけど、百花繚乱というか、すごい数のさまざまな内容のものがあるんだね。探し出し始めたら僕の知的好奇心のセンサーがエンハンスされてしまい(笑)、あれもこれも読みたくなってしまって、結局関係ない本も含めて8冊買ってしまった。

帰宅してから、来週末の二次面接のさとちゃんのプレゼン準備。なかなか大変だけど、親として協力できるのはアドヴァイスすることと、面接官の視点で問題を指摘することくらいなので、ここで一緒に頑張ってあげなくてはいけない。

September 27, 2008

池袋Deep China Town

今日は午後から職場関係の研究会。早いものでもう第15回なんだな。今日も症例検討会のパート1の司会を担当した。仲間内のリラックスした研究会とはいえ、なかなかレベルの高い内容で刺激を受ける。

途中で退出して、池袋へ向かう。10月11月のライブなどの打ち合わせ(この週末にやっておかないと間に合わないのだ)を兼ねて、じょうじ君と池袋北口のディープな地域(北口)の中国人街にある中華料理屋さんにて夕食。

いやー、面白かった&おいしかった!あのディープなエリアの今後が楽しみというか(笑)。詳細はハックルのブログに書きます。

明日も学会&さとちゃんのAO入試の二次試験対策で忙しくなりそうな週末。

生まれや育ちのよさ

麻生太郎が総理大臣になり、彼の人となりが色んな形でマスコミに紹介されるわけだけれど、どれも彼の生まれと育ちのよさについて、否定的な(否定的とは言わないまでも、少なくとも好意的とはいえない)表現をして、「所詮お坊ちゃまだから・・・」的に茶化している。それが僕は気持ち悪い、つーか、フェアじゃないなあって思う。

本当に生まれの良い人は、その育ちのよさを自慢する愚を冒すほど愚かじゃない、と思うし、生まれながらに厳しい境遇だった人で、本当の意味で成功した人生を送った人は、そのハンディキャップ(?)を卑下するほど愚かではない、と思うわけだ。

でも似非「育ちのいい人」とか似非「成り上がりの人」っていうのがほとんどなんだな、実際には。
だから、世間一般のウケを常に意識せざる得ないマスコミの論調としては、前者をこき下ろし後者に味方する、ということでバランスを取ろうとして世間に媚を売る訳だ。

でもどんな人生にでも、チャンスは均等に与えられていると思うし、それ(メリットもデメリットも含めて、ディーラーから初めに配られたカード)をどう利用するか?というのが勝負の分かれ目なんだと思う。その意味では、生まれはプラスだけじゃなくてマイナスのハンディキャップになりうるんじゃないかな?と思う。

麻生さんを例にとって言えば、僕はマスコミがなんと言おうと、「それがどーしたの?」って、胸を張っていればいいと思う。

September 25, 2008

背筋の伸びている女性

個人的な好みの問題ではなく(笑)、最近(ここ数年来)僕が考察していることで「古今東西の歴史をみると、(じつは弱そうに見えて、ピシッと)背筋の伸びている女性が社会を変えてきた」というテーマがあるんですね。仮説を立てた時から、ひとときも揺らぐことなく、現在では確信に近いな(笑)。しかし、現在の日本社会を見渡してみて、この背筋の伸びている女性(以下、背筋女)っていうのが、少なくなっているんじゃないかと危惧するわけだ。男はいいのだ、この際。何故ならば「背筋女」がしっかりしていれば、(村上龍の言葉でいえば)消耗品である男なんかいくらでも代替がきくんだから(笑)。背筋女のそれに比べれば、男の果たしてきた役割なんか、へ、みたいなもんなんだな。

ま、そのうちにどこかでもう少しまとめて書いてみたいとはおもっているんだけど。

↑↑ そんなことをつらつらと考えていた研究日。
夏にいろいろとアドヴァイスしたり文献を一緒に探したりディスカッションして準備した三女さとちゃんのAO入試の一次試験の発表が、さきほどインターネットであって・・・通過!だって。トライしてみるもんだな・・・よかったね。さとちゃん。

September 24, 2008

スターの食事

先日このブログでも「スターの休日」について書いたけど、今日は「スターの食事」について(笑)思い出したネタがあるので書いておこう。

小学生のころ読んだ雑誌(たぶん「明星」だと思います)で、当時の大スター小林旭さんのロケ現場だったか舞台の楽屋のレポートがあって、「スターの食事」というコーナーで彼の楽屋での食事が紹介されていた。

彼曰く、「僕はいつも中華屋さんのメニューを{全部}頼んで、「一口ずつ」食べるんだ。たとえば、餃子一個、肉団子一個、野菜炒め一口、やきそば一口・・・みたいにね。」と。写真付で「これがアキラ流」とか書いてあって(爆)、この記事を読んだ少年の僕はぶっ飛んだわけです。「すっ、すごいっ!やっぱりスターは考えることが違う。それにしても、出前を持ってくる中華屋さんも迷惑だろうだし、もったいないなぁ・・・」と(爆)。なぜかその後ずーっと僕の記憶に残っていて、「小林旭=出前全部オーダー」というイメージがインプットされてしまった。そのくらい「衝撃的な記事」だったんでしょうね、当時の僕にとっては。

Time goes by...それから数十年経って

数年前、たまたま小林旭さんと何回かお話する機会があって、直接ご本人に聞きいてみました。
「あのう・・・数十年前、僕は雑誌で読んだんですが・・・本当ですか?その話(笑)」って。もちろん言外に「そんなワケないですよね」っていう確認の意味をこめて。

ご本人と奥様は大笑い。「ははは。まんざらウソでもないけど、当時だって「全部もってこい!」なんてやりませんよ、さすがに」ですって(笑)。まあ、雑誌っていうのは勝手に書いちゃうんでねぇ・・・なんてフォローもしていたけど。

やっぱ、本当だったんだぁ!この話っていうのは、その後の「小林旭伝説」のひとつになっているらしい。もしかしたら、アキラならやるかも・・・って思わせるキャラだったんだろうな、当時は。

September 23, 2008

秋分の日

2008年秋分の日。あああぁ、早いなぁ今年も。快晴で気持ちのいい気候。火曜日の休日っていうのはなんだか得した気がする。午前中に済ませなくちゃいけない仕事&用事をさささっと済ませて、11時半から1時間ジムへ。休日なのに今日は何故かプールがガラガラで気持ちよく20本1000mを伸びまくる。サウナ&水風呂でリフレッシュしてからグランベリーモールへ。

「Garlic Jo」でジャンバラヤ&ビール。ふふふ。運動後の身体に染み渡る。その後はシネマコンプレックスで映画「二十世紀少年」。日頃はほとんど漫画をみない僕だけど、この漫画は単行本を持ってる。世代的にも僕らの世代で懐かしさもある。浦沢直樹の原作ストーリーは大人の鑑賞に堪える深さがあるし。やっぱ、この人は天才。ある意味、荒唐無稽なストーリーが映画化されるとどうなるのかな・・・と思って観始めたんだけど、わりと原作に忠実というか、それなりに楽しめる作りになっていた。余談だけど最近のシネマコンプレックスって椅子がいいし広いし、本当快適だな。

夜ご飯はOutbackステーキハウスのスペアリブ。今日消費したカロリー以上に食べすぎ!(笑)

September 21, 2008

大爆笑!サラリーマンNEO@NHK

いやー、NHKもやるもんだ!
大爆笑&感激してしまったのでブログに記しておこう。

この番組、今まで僕が知らなかっただけなのかもしれないけど、もっと注目浴びてもいいよね。
http://www.nhk.or.jp/neo/index.html
サラリーマン体操というのが、圧巻でした。
美人の女優さんに、アホな体操させちゃうNHKを見直した(笑)

その昔の「ゲバゲバ90分」的なノリが懐かしいし、イギリスの国営放送BBCだって「モンティ・パイソン」やっているんだもんね。NHK頑張れっ!って気になる番組。

スターの休日

休日。9時間睡眠をしてもまだ眠い感じ(笑)。午前中は原稿書きやら、溜まったデスクワークをしてから、床屋さん>ジム>食事(青葉台の「新宿すずや」で、おろしロースかつ定食)>買い物>帰宅してもう一度お風呂に入って>昼寝。。。といった、ふつーの休日で充電。

小学生高学年だったと思うんだけど、「スターの休日」のような番組があって、ある日の内容がすごく記憶に残っている。その回のスターは、黒澤年男さん。今は役者というよりバラエティのタレントって感じの人だけど、当時は東宝のニューフェースで売り出し中で、若大将シリーズで人気抜群だった加山雄三の「後釜」的な立ち位置だったと思う。あの時代、ああいう「濃い」感じの男が人気だったんだろうな。その番組で、彼の休日の一日を追うわけだけど。。。それが今思い返してみても爆笑もの。

まず早朝は乗馬。ただ何故かウェスタン調というか、カウボーイみたいな格好でやる訳だ。子供心に「ん?スターっていうのは、普通の乗馬のときにもカッコつけなくちゃいけないんだな。。。」と思った。次に彼が行くのは、クレイ射撃。黄色のレイバンのサングラスをかけた姿は珍しかったので印象的。乗馬とかクレイ射撃とか、今でもだけど当時はもっと珍しいスポーツ。ふつーはやらねーぞ(笑)。「さすがスターだな、でもわざわざ休日まで、ソンナコトしなくちゃいけなくてタイヘンだなぁ・・・」って観ながら思った。そして次に彼は、ジムに行くわけ。自慢のスポーツカーに乗って。今みたいにスポーツクラブが一般的じゃない時代なんだけど、YMCAみたいな体育館に行って鏡の前でダンベルとか持ち上げたり(胸毛見せながら<笑)腹筋したりしてから、サウナに入って・・・最後に焼肉を食べながらビールを飲む姿で番組のエンディングへ。「これが最高です」なんてね(爆)。

乗馬>クレイ射撃>ジム>サウナ>焼肉 それも外車のスポーツカーに乗って(ぎゃはははは!濃い!、濃すぎるぞ!)。子供心に「これはテレビでかなり脚色していてウソなんだろうけど、スターっていうのはすごいなぁ・・・」って思ったな(笑)。一般の視聴者とスターとの生活に「かなりの距離感」があったのだね、あの時代。だから記憶に残っているんだろうけど。

September 20, 2008

秋のイベント打ち合わせ@神保町

今日の午後は秋のイベント打ち合わせ、ということで、ま&じ@神保町。いつものパターン。4枚目のCDのジャケットを多少修正して最終版を決定し、秋のライブまでに仕上がりそうです。今回のCDのタイトルはNose of Black Cliff(黒崎の鼻)。思い入れのあるハックルおやじの聖地ですね。昔(高校時代)の曲からタイトル曲まで含めた新しい曲までを収録してあります。自分達でいうのもなんだけど、わりとコンパクトにまとまっているんじゃないかな。乞うご期待、です。

今年の秋も10月5日のFMサルース生出演、名古屋ライブ遠征、11月の自主ライブと・・・公私ともに忙しくなりそう。わくわく。

September 18, 2008

おちゃ

もともとお茶は好き。冷たい緑茶は一日2本1Lは飲むし、リラックスタイムのお茶はTwiningの中国茶ブレンドのLady Greyがお気に入り。今回の台湾旅行では、有名な「凍頂烏龍茶」「鉄観音茶」「東方美人」を買って帰ってきた。茶器は「陶伯坊」の「同心杯組」という一人用マグカップみたいな茶器を買ってみた。

これがいいんだな。烏龍茶は二番目煎じがおいしい・・・。軽いアロマの香りがいいし、仄かな甘みがおいしい。調べてみたら、東方美人(白毫烏龍)っていうのは、お茶の若芽につくウンカの唾液が醗酵過程で作用してあの独特の甘さが生まれるんだそうな。何回も淹れていろいろと味と香りが楽しめるっていうのも面白い。

大量に買ってきたから、当分は楽しめそうな感じだな。

台風13号

先週末の台湾旅行中、しっかりと「お相手」した台風13号。向こうでは「亀速進」なんて表現してたくらいゆっくりと千鳥足みたいにふらりふらりと北上している。別に僕を追いかけてきたわけじゃないんだろうけど(笑)。

ということで、勢力を盛り返した13号くん、この週末に日本列島をかすめて北上するらしい。西日本ではもう豪雨が始まっているみたい。関東地方に来るのがこの週末ということで、同じ台風に別の場所で2度も遭遇するなんてそんなにあるこっちゃない(笑)。

September 17, 2008

今夜は北京ダック

このところ中華づいていたワケだけど(笑)、さらにもう一件!

今日外来で、先週手術をした中国人のコックさんから頂き物をした。「僕が作ったものですけど、よろしかったらどうぞ・・・ほんの気持ちです」と、手作りの北京ダック!せっかく作ってきていただいた好意に甘えることにする。Hさん&奥様、感激・謝謝!

さて、帰宅してパッキングを開けてみると、北京ダック、巻皮、3種類のタレ(甜面醤、辛味噌、甘酢だれ)、きゅうり、長葱、北京ダックの皮を取った後の鴨肉の塊(一羽分の鴨鶏がら&鴨肉)が、それぞれ分けられて綺麗にパッキングされて入っている。さっそく頂いてみると・・・お・い・し・い <<<- v(^__^)v  3種類のタレもそれぞれおいしいの。中華レストランのコースなんかでは、各自1-2個っていうのが普通だけど、今日は大満足な量だったし。

食べ終わってからは、鶏スープ作りを開始。生姜、ニンニク、玉ねぎ、長葱とともにグツグツ煮込んでます、今。ふふふ、これも楽しみ。このスープで台湾で味わったお粥を作ってみようっと。

最近は喰いものの話題ばっかだな(爆)。

September 16, 2008

12食連続中華@台湾

この週末の台湾旅行中の食事を想い出してみると、金曜日にJALに乗ったときから月曜日の夜に帰宅するまで連続12食、オヤツや夜食を含めて「すべて中華」だった。これは記録。でも、すごく自然だったし僕的には全然辛くはなかったな。これ、日本食は別として、中華だから可能だったんだと思う。イタリアンやフレンチだったら、かなり辛いはず。ああ、おいしい旅だったな。また行きたい、近いうちに。

さあて、休み明け。懸案の仕事山積。ぐわんばらねばっ!・・・ということで、仕事の帰りにジムへ。5日ぶりだったので軽めに10本500mの後、サウナでまったり。63kg>絞らねばっ。

September 15, 2008

台湾ひきこもり一人旅:最終日

6時起床。今回の巨大台風のニュースばかり。橋が崩れて車が落ちちゃったり、地盤が緩んでビルが傾いちゃったり、街の中に「滝」ができちゃったり…すごいことになっている。今朝も結構な雨。ただ風はそれほどじゃないみたいだ。昨夜コンシェルジュに聞いて7時半にタクシーを頼んでおいたので、それまで烏龍茶を飲みながらのんびりする。すんなり&ニッコリ(安っ!)チェックアウトして車に乗り込む。

このタクシードライバーのオニイチャン。雨の中を大爆走する。高速の路肩を100kmくらいのスピードでずーーっと進んで、車線変更を繰り返しながらバスやトレーラーの合間をすり抜けて突っ切って行く。それも、初めから到着までずーっと無線でしゃべり続けているため、片手はマイク片手でハンドルというスタイル(笑)。桃園に近づくとかなり雨足が強くなりほとんど前が見られないくらいの強さなのに、構わず進むドライバー。僕もさすがに後部座席でシートベルトを締めた。所要時間45分で到着。さすがに早いわ(爆)。

空港は大混雑。中国人って大声だと思う。だから公共の場所で集団になると、かなりウルサイ。JALのカウンターも大混雑で長い列。成田ではウェブチェックインだったので、すごくすんなりと済んだチェックインもここでは従来のカウンターでの業務なので遅々として進まない。結局9時過ぎ、になる。実は空港で朝ごはんを食べるつもりで朝ごはん抜きにしていたのだけど、ちょっと時間的に厳しいので断念。出国手続き後、免税品のお土産店を冷やかしてから早々に搭乗しちゃうことにする。今回はネット予約で2階席。2階は落ち着くんだけど今回は満席だったので、逆に1階より狭い。ま、しょうがない。インディジョーンズを観ているうちにあっという間に成田到着。

ということで、今年の夏休み引きこもり旅行は無事終了。史上最大級という台風直撃というハプニングで故宮に行けなかったのが残念だったけど、それはそれで得がたい経験だったし、街歩きは十分できたし、おいしいB級中華も堪能したし、悶絶マッサージで骨抜きになったし・・・ま、いい休みでした。3冊持っていった小説は全く読まず、せっかくプールのあるホテルを選んだのに全然泳げず。帰宅して体重計に乗ったらなんと64Kgを超えていた。やべっ!

台湾引きこもり一人旅:第3日(その3)



15時過ぎ、小腹が空いてB2のフードコートに戻り「安南」という店で「蝦仁但仔麵」を食べる(60NT$=240円だぜ!)。サイズもおやつに丁度いいし、ぷりぷり海老と甘辛い豚肉そぼろもおいしい。ねぎと香菜(パクチー)も絶妙で大満足する。それにしてもこの時間でもすごい人。いろんな中華があるのと、それに比べてイタリアンとかフレンチは皆無。中華7、日本(日式)2、その他1という比率か。

5時過ぎに、さすがに疲れてMRTでホテルに戻る。東京で言えば渋谷と池袋と浅草と上野を歩き回ったみたいなもんだ(笑)。中山地下街を歩いていたら、ちょっとした広場があり、鏡を前にしてヒップホップのダンスをしている若者達(ローティーンの高校生くらいだ)が数チーム。体育会系のダンスで女の子と男の子が仲良く練習している。そのグループの中で一番巧いダンスをしている女の子3人組のダンスをしばし見物。皆汗だくで一所懸命練習しているんだね。ホテルの部屋に18時過ぎに戻り、シャワーを浴びて小1時間うとうとする。


さて、今回は雨ということもあり夜市にまだ行っていない。やはり台北に来たからには夜市に行かねば!ということで、「士林夜市」へ向かうことにする。MRTで劍鐔(チェンタン)へ向う。もう完全にMRTは使いこなせるようになった。

士林夜市。まず熱気と匂いに圧倒された。これはアジアの匂いだわ。呼び込みのおじさんやおばさんをいなしながら(笑)、店を物色。どれもおいしそう(笑)

おいしいお粥を今回食べていないのを思い出し、「広東粥」のお店に入る。鶏肉、烏賊、蝦、貝柱と卵のお粥。揚げパンが入っているんだけど、しかしっ!、熱い。熱すぎて下唇をヤケドしてしまった(涙)。しかし一日中、中華を食べていた胃にはやさしいゴハンだった。その後は、排骨と腸詰めを齧りながら、雑貨を扱うお店を冷やかしたりして、MRTでホテルに帰還。帰路、コンビニに寄りお土産を買う。街を歩き回ったわりには、全然買い物していないので。結構面白い買い物。

明日は10時のフライトで帰国の予定。

台湾引きこもり一人旅:第3日(その2)

その後、道を隔てた新しいSOGO忠孝復興店へ移動。ここはブランドショップが多し。ブランドは全然興味がないのでパス。わざわざ台北でヨーロッパのブランドを買うことないもんな(笑)。差し当たりここでもB2のフードコートへ。ここにも「鼎泰豊」があり、厨房がオープンになっている。お兄ちゃんたちがすごいスピードで小龍包を作っているので、写真を撮る。

さすが人気店。面白かったのはB3の食料品コーナー。かなり充実した内容の食材多し。日本製品がかなり多くこの内容だったらほとんとの日本の食材が揃っていると思う。また魚のコーナーには中嶋水産が入っていて、さばの干物(日本花飛干)、ほっけ(日本花魚)、鯛(加納って書いてあった)、はた(石斑)などを売っている。肉も安い。調味料もいろいろあって料理好きの血が騒いだ(笑)。おみやげ用に烏龍茶なとを購入する。ここの7階には吹き抜けがあって日本庭園がある。その前で一休みしてから自分用の茶器を購入した。これが今回の旅の唯一の自分のための買い物。

次にPAGEOME(漢字は失念)という大きな書店へ。僕は外国に旅をする時には、その街の書店に入る事にしている。その街の知的な傾向が一番わかるから。この書店も興味深かった。文学のベストセラーは「最後的演講The last lecture」だった。日本の作家のコーナーもすごく大きい。面白いのは日本の本のテキストの部分をそのまま中国語に翻訳して売っていること。日本の雑誌(特に女性誌はほとんどあるんじゃないかな?)も人気がある。「おたく」系の本、例えばフィギュアとかガンダムの模型とか車とかの本も多数。あまり詳しくないけど漫画(コミックス)に関しても、かなりのスペースがあってたくさんの人が立ち読みしていた。ポニョとかも大きなコーナー。すごく面白かったのは旅行本のコーナーで日本のガイドブックが多数。「東京/攻略:食玩買...」とか。内容がまたおもしろい。本当かどうかわからないけど木村拓哉が行っている美容室(本当かよ!)とか、池袋のお好み焼き屋とか秋葉原のメイド喫茶とか原宿のブティックの歩き方とかが紹介されている。かなりディープな内容(爆)。僕が台湾に来るのにいろんなガイドブックを参考にしているのと全く同じなんだよね。微笑ましいというかなんというか。この書店で2時間近く過ごしてしまった。「Nippon Blue日本藍」なんてブランドもあった。日本資本のデパートだからってわけじゃないと思うけど、Sony Styleというコーナーが秀逸。Apple Storeみたいな感じ。SonyのブランドイメージはPanasonicや Hitachiや Toshibaと比べると3歩くらい先を行っていると感じた。

このSOGOはこの国の中で「日本的おしゃれ」スタイルの最先端をいっているんだろうな。日本人として「誇らしい」というか「こそばゆい」というか、不思議な感覚。フランス人やイタリア人が日本の社会で感じる「こそばゆさ」ってこんな感じなんだろう。それにしてもこの国は「親日的」だと思う。かたくなに反日教育を未だにやっている国とは違う。特に若い人が日本文化に対してレスペクトしているのがわかる。どうせだったら台湾は中国(大陸)との複雑な関係を打ち切ってしまって、日本とがっちり組んでしまえば面白いのに...なんて、勝手に妄想したりして。政治的というより心情的にもっと結びついちゃえばいい。その文脈で話を進めると、その昔の「大東亜文化圏」という発想はすごく面白いわけだ。つーか、もう文化的には「極東アジア」文化圏を作っているわけだから。

台湾引きこもり一人旅:第3日(その1)

台湾3日目

5時過ぎ(日本時間で6時)に目覚めたけど、昨夜の悶絶骨抜きマッサージ(笑)とワイン(結局1本空けてしまった)で、まだ眠い感じでベッドでウトウトする。7時起床。外は軽めの雨。熱いシャワーを浴びてから明園西餐ガーデンに朝食ブッフェへ。念願の中華粥の朝食。日本でも同じだけど旅行先の朝ご飯ってなんでこんなにおいしいんだろ。大満足で部屋に戻り今日の作戦を立てる。電話でコンシェルジュに聞いてみたら、やっぱり台風で故宮博物院は臨時休業だって。山の中にあるもんな、今回の旅の目的の一つだったけど仕方ない。こうなったら台北の街のB級グルメを楽しむことにする。

10時すぎに中山北路を南下して新光三越へ。11時開店ということで、開店前に店員さんを集めて朝礼をしていた。中国語で皆で「いらっしゃいませ歓迎光臨!」とかやっていて面白い!立ち止まってその様子を観ていたら、店員さんに変な顔されてしまった。ごめんね(笑)。その後は承徳路をさらに南下する。この辺りは築ウン十年は経っている今にも崩れそうなビル(でも現役)が多い。大通りを一本入ると新旧混在、廃墟一歩手前くらいの古さ。でも趣きはある。

11時に台北車驛に到着。すっげー巨大な建物に驚く。巨大吹き抜けがある。台湾はかなりこじんまりした国なのに、建造物はやたら巨大。中国人の感性なんだろうな。2階にある微風(Breeze)フードコートを覗く事にする。ガイドブックではあまり紹介されていない新しいフードコートだけど、きれいだし機能的だ。テーマ別になっていて観ていて飽きない。さぬきうどんとか大戸屋とかカプリチョーザもある(笑)。スターバックスでカフェラテ(那堤:これでラテと読むらしい)で一休み。コーヒーを飲みながらガイドブックを読んでいたら、突然40歳位の上品な女性に英語で「もしかしてマーク?」。これには驚いた。単なる人違いなんだけど、あまりにも偶然の一致。「!!!、??? わたし にほんじん かんこうきゃく、たぶんwrong person you expect!」

駅前にある竹光三越を散策。レイアウトも雰囲気も日本のデパートそのまんま。おみやげを探してみるがどれも日本で買えるものばかりみたいなもので何も買わず。その後はMRTで「忠孝敦化」へ。この辺りはおしゃれな店が多いとのこと。それとだらだらと降る雨の中の街歩きは面倒なので地下街のあるこの街に行ってみることにしたのだ。「東區地下街」。期待に反してがらーんとしている。例によってキッチュでチープな、何を売っているのかよくわからない店多数。面白いのはギャラリーを併設していることで、ホームレスのおじさん達も居る。「忠孝復興」驛まで歩いて行き、太平洋そごう(SOGO)へ。ここは台北一番の売り上げを誇るデパートとのこと。B1のフードコートに入り「福建麵」という店でランチセット(130NTG$つまり500円くらい)。魯肉飯、空菜炒、蠣仔煎(カースジェエン:台湾の小ぶりの蠣入りのオムレツ)魚丸湯(魚のつみれの入っているあっさりスープ)。すごいボリュームだ。

座る席がなくて一人でうろうろしていたら、4人掛の席が空いている。そこに座っていた若い男女のカップルと目が合ったので「そこあいてます?」と日本語で聞いたら「どうぞどうぞ、すわってください」と日本語で返答。礼儀正しい人たちだった。「精緻昆布鍋」というのがあって、これはどうも「しゃぶしゃぶ」のことらしい。お寿司もあってこれも人が入っていた。東急ハンズがあって「推薦人気商品」コーナーがある。日本語の広告がそのまま使われているのが面白い。感覚的には日本で英語のコマーシャルを流している感じか?日本のものが「何となくおしゃれ」なイメージであることがわかる。

映画の広告:「興狗狗的10的約定」 犬との10の約束。これが台湾では大ヒットみたいだ。

September 14, 2008

台湾引きこもり一人旅:第2日(その3)

あれこれ書いているうちに、その3になっちゃった。おお、そういえば日本の映画もいくつかやっていたな。「ALWAYS幸福的三丁目」とか。

さて、シネマコンプレックスのコスプレ美人ウェイトレスに別れを告げ(何もしてません<爆注)、暴風雨の中、ただひたすら巨大ビルの軒下のアーケードをたどりつつMRT市政府駅へ戻る。板南線を西に向かって「台北駅(車驛)」で下車。というのはガイドブックによるとこの辺りには地下街があるらしい。台風でも地下街は大丈夫だろう、という淡い期待。

正解でした。そんなに規模は大きくないんだけど雑然とした地下街はこんな天気でも元気に営業中。衣料品、薬局、CD店、下着屋、Tシャツ屋、ゲームセンター、飲食店が渾然雑然となっている。扱っている商品はどれも、キッチュでチープな中華的な「あの感じ」のものばかりで、面白いけどちょっと買う気にはならない...、観るのは面白いけど。アメ横と浅草仲見世と歌舞伎町を足してよく混ぜて、横浜中華街のスパイスを効かせて再構成した感じかな。飲食店も、麺や粥や点心やお菓子のファストフードの他に、訳の分からない焼き肉屋(蛙専門店なんかもある<うげっ)、おもしろいのは回転寿司とか日式ラーメンとか定食屋(とんかつとか天ぷらとか)もある。ということで、地下街の中の匂いが凄い。醤油よニンニクとネギと仄かに八角の混ざった匂いというのか。日本の地下街とか繁華街にも特有の匂いがあるんだろうけど、僕らには当たり前すぎてあまり感じないんだろうな。でも、これは「濃い」。この「濃さ」っていうのがこの国の特徴の一つだと思う。

MRT淡水線に乗り換えてホテルに17時ころ戻る。シャワーでリフレッシュしてから、今回の旅の目的の一つの台湾マッサージに行く事にする。いろいろあるみたいだけど、結局一番規模が大きくて有名(そう)な「嘉門世家理容名店」に行くことにする。電話で予約するとホテルまで迎えに来てくれるとのこと。17時半の約束時間を20分すぎにピックアップしてもらい、地下の店内に。志村けんをはじめとして日本の芸能人の写真が一杯。客のほとんどは日本人の男女。やり手ババアみたいな女性にメニューを見せてもらい、「全身マッサージ(90分)」と「足裏マッサージ」のオプションを付けてもらう。で、20歳代のスタイルのいい美人(75点くらいか<笑)のマッサージ師(「嬢」と書くべきなんだろうか、こういう場合<笑)に案内されたマッサージ部屋は、個室で実にアヤシい雰囲気。薄暗い室内には床屋さんの椅子を巨大にしたみたいなベッドのような椅子。「パンツ以外はすべて脱いで着替えてください」と言われる。そのベッドに横になると柔らかい布団をかけてくれて温かいタオルを頭とか首とか肩にあててくれる。き、気持ちいい。ポイントを初めから衝いてくるな。頭から顔、首、肩とクリームを塗りながらのマッサージは痛&気持ちよくて、うとうとするほど。後半からうつ伏せになり、そこに彼女がのってくれるんだけど、これが噂通りで力加減が絶妙で気持ちいい。1時間くらい揉まれまくっている所に、足裏マッサージのおばちゃん登場。先ほどからのマッサージ嬢&新登場の足裏おばちゃんの二人の同時攻撃。もう骨抜き状態のへろへろ。これで2000NT$(約8000円)なら、安いでしょ。ホテルに戻り、ホテル内の四川料理「川菜廟(字がちょっと違う)」で酸辛湯麺&麦酒。中華料理リテラシーの高まっているので(笑)、これは60点だったな。

September 13, 2008

台湾引きこもり一人旅:第2日(その2)

この台風を「辛楽克」と呼ぶらしい。さかんにTVニュースで言っている。アメリカのハリケーンみたいに毎回ネーミングするんだろうか?その辺はわからない。それにしても外は凄い事になっている。部屋に戻ってからCNNのアジア版をチェックしてみると、かなり悲観的な予報(爆)。ま、楽しみにしていた故宮博物院が閉館になったので、こうなったら今日は出来る限り台北の街を歩き回ってみる事にする。

11時、先ほど買った「雨カッパ」で完全装備して外に出る。ビルの軒下がアーケード状になっているのが助かるけど、かなりの風雨で1ブロック行くだけでぐしゃぐしゃ(笑)。でも、こんな経験できないぞ、東京じゃ。そのビル軒下で信号が変わるのを待つ間、となりのおっさんと目が合った。大声の日本語で「このタイフーン、凄いね!」とウィンクしながら言ったら、どういうわけか通じたみたいで、笑顔。僕も大爆笑。こっちの人も笑っちゃうくらいの台風なんだわ。共有体験。

MRT(Mass Rapid Transit)の中山駅にたどり着いてみたら、「新光三越」は臨時休業。おっとっと、台風でデパートとかも休んじゃう訳ね、この国は。ふつう休まないだろ(苦笑)、おみやげを買おうと思っていたんだけど、これも断念。ま、博物館を休んじゃう国だもんな...と毒づきつつ、周辺を徘徊する。お昼は、「京鼎楼」の小龍包。二子玉川SCにも入っている超有名店「鼎泰豊」も有名だけど、そこで修行した人が2002年に独立して出来た店。あっさり&こくのあるスープがたっぷり入った小龍包を刻み生姜&酢醤油でいただく。蝦仁蛋炒飯もあっさりシンプルでおいしかった。麦酒も入れて400NT$、やっぱり安いな。

林森北路を南に進んで、さとなお君推奨の「林森公園」を横切る。この公園、天気がよかったら気持ちいいんだろうな。明石元二郎(大正7(1918)年に台湾に赴任した第7代総督。日露戦争において機密工作によりロシア革命を支援し、日本の勝利に大き く貢献した蔭の立役者)のお墓がひっそりとあって、びっくりする。あの「明石大尉」だとは。日露戦争の時にヨーロッパでスパイをしていた軍人(昔の少年向け歴史小説のヒーローだ)が、晩年は台湾の総督になっていたんだね。

MRTは快適。センスもデザインも乗客のマナーも日本の数段上。トークンも使いやすいしおしゃれ。プラットフォーム(月台)が広くて気持ちいいし、線路も広軌なので車内も広々している。旅行者でも十分使いこなせるのがうれし。Taipei Main Station(台北車驛)で板南線に乗り換えて、台北101のショッピングモールを目指す。さすがに101くらいの施設なら、この天気でもやっているだろ、という淡い期待で。MRT板南線「市政府」で下車。地上に上がってみると、やはりすごい風雨。動きがとれない人たちで大混乱している。タクシーを止めて101へ向かうが...入り口でガードマンのおっさんに止められて「今日は臨時休業なんだよね、ごめんね!」だと!妙に愛想のよかったタクシー運転手のにいちゃんも「あれー、知らなかったなあ...台風で休業だって」と。絶対に知っていたはずなんだよな、載せる時から。仕方ないので、英語で「もとの場所に戻る」ように話すが、「僕、英語わかりませーん!」と周辺を走り回るだけ。70NTドルのはずがどんどん跳ね上がるメーター。それを観て、キレた!出来る限りドスの効いた大声で「テメー、なめんなよ!すぐ止めろ、ここで!」と日本語で怒鳴る。日本じゃ絶対やらないんだけど、旅行者(みえみえ)であるボクをカモにしたことに本気で怒ったのだ。(何故か)携帯で話しつつへらへら笑いながら、奴は車を停めた。メーターは110NTドル。120NTドルを叩き付けて外に出た。スッゲー腹が立った。こんなタクシーがあるんだな、この台北でも。Good guys & bad guys.

ところが降りた所がどこなのかわからない。台北101の巨大ビルディングを目印に工事中ビル現場を進むと、突然巨大なシネマコンプレックス「台北信義威秀影城」が出現。台風で他に遊びにいけない人たちで溢れている。若者のファッションは日本と全く同じだな。それにしても「信義新都心」と呼ばれるこの周辺は、道幅も広いしそれぞれの施設が未来的。異様にでかい信義三越のコンプレックスが3つだか4つだかあって、ブランドショップ軒を並べている。歩いているとどこの国にいるのか、わからなくなる(笑)。とはいえ、この台風ですべて閉鎖。ま、仕方ないでしょ、って位の風雨なんだけど。一休みするため、その巨大シネマコンプレックスの中にある LA Cafeという店に入る。お店の女の子が皆すばらしく可愛くてスタイルがいい。おしゃれな地区のおしゃれなお店なのですね。あとはコスプレなんだろうか?、超ミニのセーラー服でちょっと驚く。すべて英語でオーダーしてMRTの駅までの行き方を聞いたら、完璧な英語の対応。窓から見える巨大な101に、叩き付けるような雨(というか、本当に水塊って感じなんだ)。

台湾引きこもり一人旅:第2日

台湾引きこもり一人旅:2日目

5時に目覚める。日本時間で6時だからけっこうゆっくり眠ったことになる。6時ころまでまだ外暗い。熱めのシャワーを浴びて、部屋の中国茶を飲みながら、だんだん夜が開けてくる街をぼーっと眺める、ああ、夏休みって感じの時間。中山北路ってなんとなく大阪の御堂筋に似ている。

史上最大級の台風(こっちの言葉だと風ヘンに小さく台って書くみたいだ)。外は雨が降ったりやんだり。さすがに風は強そう。TVでは「陣風9級」とか言っているけど、たぶん「かなり強い」ってことなんだろうな。朝食のビュッフェに6時半に下に降りたら、客は誰もいなくて僕だけ。面白いのは、ビュッフェなんだけど卵料理とベーコンかハム、コーヒーがテーブルに出てくる。お粥の中華の朝食を期待していたけど、五穀粥はいまいち。炒飯が軽めでおいしかった。日本人観光客のために日本食らしきもの(納豆とか海苔とか)があったので味見したけれど味噌汁は×でした。ということで、洋食&中華のダブル朝食をがっつりと食べて(朝から食べ過ぎ<笑)、8階の部屋に戻る。

今日は故宮博物院に行く予定だったけど、台風ということで一抹に不安があったのでコンシェルジェに電話で問い合わせると。。。がーん、やっぱり今日は臨時休業だって。外を見ると雨は降っていないし、博物館は雨は関係ないじゃん、と言っても仕方ない。気を取り直して周辺を散策してみる事にする。

中山北路は大きな通りで、街路樹がある。傘をさすほどじゃない雨だったんだけど、時折ものすごい雨粒が落ちてくる。風も同じ。静かだと思っていると突然荒れ狂う。こんな感じなのかね、こちらの台風は。考えてみると日本に来るのはこの台風がもっと成長した(熟したというか老成した?)ものだから、違うのかも。ビルの軒下がアーケード状になっているので傘をさす必要がなく助かる。それにしても全然人が歩いていない。早朝&台風&週末だからね。

30分くらい歩き回って大体の土地勘をつかんだと思ったら、今度はかなり強烈な雨と風。持って来た折りたたみ傘では意味をなさないので断念。アーケードで雨宿りしていたら、60歳代くらいのおばちゃんが出て来て、中国語で「あんた、傘持ってないんだったらコレ使いな!」って意味だと思うんだけど、大きな傘を持って大声の中国語で言われた。「わたしにほんじん、ちゅうごくご、わかりません。でもコレ(傘を指差して)あります。謝謝!」と言ったら、わかったみたい。親切な人だ。その後もどんどん雨風は強くなるので、こっちの人たちのまねをしてビニールの雨具(カッパですね、いわゆる)をコンビニで購入する。これは正解。それにしてもコンビニが多い。セブンとかミニストップなど日本資本のものが多数。中はほとんど日本と一緒なんだけど、商品が面白いなあ。台湾バージョンの日本製品が一杯ある。

デパートもまだ開いていないし、さすがにこれ以上歩く事は無理と判断して、10時にホテルにいったん退却。

台湾引きこもり一人旅:第一日

さて、ここからが今回の旅の記録。

ネット予約した席は3席を独占できるいい席。エコノミーだから狭いけど、ま、しゃあない。タダだもん(笑)。JALの機内食のビビンパ丼(親子丼とのチョイス)は、なかなかおいしかった。ビジネスの中途半端に気どったコースもどきより、ずっといい(負け惜しみ<笑)。機内ではビールとワインを飲みながら、話題の映画Sex And The Cityを観る。オリジナルはTVシリーズだったな、確か。NYの女性4人組の話。ずっと、40歳くらいの女性達の話だと思って観ていたんだけど、途中から、彼女達の設定が50歳ちょい手前ということがわかり、びっくりする。同世代じゃん。アメリカの同世代の女性はあんなおっちょこちょいで落ち着いてないのか?ちょっと疑問。華やかなNYのキャリアウーマン(はは、死語か)の世界が描かれているんだけど、セックスに対して前向き(笑)というか貪欲というか。その他にも生活に関して(たぶん)女性の本音ってこんな感じなんだろうなって思わせるリアルな会話が面白かった。アメリカ版「幸せ探し」ストーリー。それにしても出ている女性みんなが、楽しそうにしているわりには幸せそうじゃないっていうのも、アメリカ的ではあった。何回か、ぎゃはは笑いをしてしまった。余談だけど、日本語吹き替えは最悪で、あれならやらないほうがずっといい。1分で呆れて本編へもどる。ストーリー自体は単純でお約束的なんだけど、realistic romanticist(現実的なロマンティシスト)とromantic realist(ロマンティックな現実主義者)の話なのだね、結局。もちろん前者が男、後者が女なんだけど。うん、この映画は劇場に行って観るほどじゃないけどDVDでレンタルする価値はあるかな。

あっという間の3時間で、次に選んだインディージョーンズの途中で、台湾桃園国際機場(空港)に到着。本当に近い。
前に来たのがたぶん1990年ころで、考えてみれば20年近く経っている。当たり前だけど、あのころの空港とは全然ちがって近代的な空港。なんとなく欧米の空港より日本の空港のデザインに(すごく)似ている。台北行きのリムジンバスで市内へ向かう。やはり台風直撃の影響で凄い豪雨で高速道路も大渋滞。こっちの人は車内で携帯で電話するのに声が大きい。それを何人か同時にやるとかなりうるさいんだけど、皆全然平気(笑)。バスの車内からぼーっと外を眺める。こっちの集合住宅ってカーテンをあまりしないみたいで、外から家の中の様子が結構見える。家族団らんでご飯を食べていたり、テレビを観ているひとがいたり。外から見られることにぜんぜん気にしていないみたい。ちょっと不思議。ふつうの集合住宅は、蛍光灯の白色光がほとんどなんだけど、中には真っ赤とか真紫の部屋が時々混在していたりして、あれはいったい何なんだろう?ふつうの家のひとつの部屋としては用途が不明でアヤシすぎるんだけど(爆)。

約1時間で台北市内へ。ふふふ、これこれ、この雑然としたなんとなく懐かしい街路と古臭い建物&超近代的な建物。溢れる中国語満載の看板。広告も面白い。中国語しか話さないドライバーが怒鳴って停留所の名前を叫ぶ(それも一回だけ)ので、もらった路線図を確かめながら、道が「中山北路」に入った事を確かめてから、勘をたよりに降りたらドンピシャリ。国賓大飯店Ambassador Hotelが道路を隔てて真正面だった。ネットでは賛否あって悩んだけど、JAL系列でマイルがたまるのと交通の便がいいので選んだのだ。改装中とはいえ、なかなか快適ないい部屋。

熱めのシャワーを浴びて冷蔵庫の麦酒を飲んでリフレッシュ。21時すぎて小腹も空いたし、晩ご飯はどうしようかな...と考えつつガイドブックを眺める。が、外は雨なのでこれから店を探して食べにいくのも億劫になり、ホテル内の「阿眉快餐廊」へ。
今回の台湾初ご飯。メニューを観て即決。「拝骨麺!ぱいくおーみゅえん!」。これが大正解だった。からりと揚げたての排骨(端のほうに骨が付いている)が別のお皿に載って来て、麺のほうは澄んだスープでさらりと炒めた野菜がのっている。排骨をおつまみに台湾麦酒を飲み、後半は麺にのせ、がっつりと食べ大満足。こういう食べ方もアリだな。

その後、ホテルのバーへ向かいモレンジー10年を2杯。お店の人が気を使ってくれたのか、壁面大画面テレビのチャンネルを変えてくれてNHKのニュース。台北市内はほとんどCATVでNHKを初めとした日本のテレビは普通に観られるんだそうな。外国なのに外国じゃない不思議な空間で酔っぱらっているオレって...ちょっと奇妙な感覚を抱えつつ部屋に戻り気持ちよく爆睡。

September 12, 2008

成田から

今日は早めに仕事を開始。回診>外来と怒涛のように進む。外来には新患も多かった。ただでさえ忙しいところに緊急入院2件。どちらのケースも以前僕が診ていた方なので、受け持ち。入院のオーダーとか説明とか...息つく暇なく、成田エクスプレスに文字通り飛び乗って、今成田のYahoo Cafeからアクセス。出国手続きを済ませた後のロビーにこんな便利なのがあるんだね。すべて無料でいくらでも使用できる。暇つぶしには最適だな。

ということで、台湾へ。天気がちょっと心配っす。

September 11, 2008

夏休み前夜

夏休み前ばたばた状態続行中。夕方から明大前のクリニックで仕事しつつ、明日からの台湾の情報収集。ここ3年くらい夏休み一人旅をしている。日頃忙しくてストレスフルな生活をしているので、意識的に非日常に「引きこもって」みたくなるのだ、年に一度くらい。今年は台湾へ一人旅。故宮を再訪することと、台北の街を歩き回ること、ただそれだけの旅。台風の季節でこの週末はあまり天気がよくないみたいだけど、どんなハプニングが待っているのやら、楽しみだ。現地の天候やらイベントやら、在台湾の日本人からの情報やら、ネットってのは便利だね、ちょっと前まではこんなことは不可能だったわけだから。チケットもネットでチェックインまでできるし、ホテルも簡単に予約できる。今回はマイレージを使ってかなり安く(ほとんどタダで)行けるってのもうれしい。

ということで、明日午後から夏休み。現地からアクセスできれば更新します。

September 10, 2008

中国語(北京語)特訓中

りん、いー、あー、さん、すー、うー、りょう、ちー、ぱー、ちゅう、すう、ぱい、ちぇん、わん
0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、100、1000、10000

数字が基本。あとはお店での会話かな。中国語は漢字だから、その意味からは親しみやすいんだけどバリエーションが予想以上にあるので、基本形を覚える。筆談も可能だし(笑)。

昔から語学習得力は結構あるほうだと思うんだけどな。音とアクセントで憶えちゃうのは得意。メキシコに行ったときには、同僚の(当時はLAに居た)メキシコ人から出発前2週間集中特訓を受けて、結構話せるようになって現地で通じて嬉しかった。すぐ忘れるんだけどね。付け焼刃的耳学問(笑)。

でも、悲しいかな、若い頃と違い記憶力が落ちていて、すぐ忘れちゃうんだよな。やれやれ。

September 9, 2008

タイプ2の忙しさ

忙しさの種類にはいくつかあって、ある一定時間のうちに同じ種類の物事が立て込んでいる状態と、全く別の種類の出来事が立て続けに起こっている状態がある。大きく分けて。ま、その両方ってこともあるから、大別すれば3種類か。今日の状態は、まさに2番目の忙しさの典型。

まず回診>ついて恒例の職場での朝礼でスピーチ>打ち合わせ>弁護士さんとミーティング。ここまでで9時半。それから喪服に着替えて信濃町へ。一昨日亡くなった伯父の告別式へ。御無沙汰している父方の親戚筋に挨拶をしてから、再び職場へ戻り、やりかけの仕事と回診を終了。ここまでで12時半。

15分で食事を済ませてから、面会1件と、午後の手術の患者さんの家族(中国人)と話。13時半から医師会へ行き会議の議長。ちょっと紛糾するも議論を進めてなんとか話をまとめる。予定時間を15分オヴァーし、あせりつつ病院へ戻り手術室へ直行する。約1時間の手術も無事終わり、15時半今日はじめて自分のデスクへ座る。メールのチェックと会議資料の整理などのデスクワークをしているうちに、もう5時半。夕方の回診を済ませて今デスクに戻ったところ。あと30分したら、もう一度医師会館へ戻り、19時半から理事会の予定。

夏休み前のばったばた(笑)。ま、忙しいの嫌いじゃないんだけどさ。さすがに多少疲れを感じて、これからの夜の会議がちょっと憂鬱。

September 8, 2008

医師と歯科医

今夜は、懸案の新型インフルエンザ関連の行政の会議。医師会の担当理事として出席してきた。問題山積であることは出席者全員の共通の認識なんだけれど、議論を積み重ねつつプラクティカルなものとするべく頭をひねる。お役人がいて、救急消防、警察、我々医者がいて、そのほかにも薬剤師、歯科医、獣医、住民代表などそれぞれの立場の人たちが意見をいう。懸案事項を確認し今日は9時過ぎに解散。とにかく大変な仕事山積み。

会議が終了して医師仲間と雑談していると、歯科医のメンバーが「ボクはこの議論自体が無意味なんだと思う。なぜなら、プレ・パンデミックワクチンそのものが・・・」と解りきった「医学的には解っていない」ことを言う。「ん?だーかーらー・・・我々は集まって話し合っているのだ!」と呆れてしまった。

もともと医師と歯科医の間には大きくて深い溝がある。病気に対する考え方というかスタンスが全く違う人達なんだよな、と腹が立つやらがっくりするやら。自分達の都合のいいときには「僕ら同じ医療従事者ですし・・・」みたいなこというくせに、自分達の都合の悪いときには、劣等感(?)みたいなものをチラつかせて「所詮我々は歯科医ですし素人ですから・・・」みたいな逃げを打つ。ま、皆が皆そんなヤツばかりじゃないんだけど。多いな、やっぱり。

「せんせ、そりゃーないんじゃないの?その高みの見物的な目線、はっきり言ってムカつきます。」とはっきり言ってやったら、ビビッてた。彼としては我々が同調するものと思い込んでいたみたい。喧嘩する価値もないわな。けっ!

September 7, 2008

音楽には力がある

今日は知的障害のある子供達のための音楽療法の発表会@北越谷の手伝いに行ってきた。子供達ひとりひとりが、一所懸命になって音楽をすごく楽しんでいる。その姿は眩しかったし、聴いているほうも力を貰った感じ。

打ち上げの後、東武>半蔵門線>田園都市線と乗り継いで帰る予定だったけど、ものすごい雷雨で電車が止まってしまい涼子先生と立ち往生してしまった。結局、東横線で日吉>グリーンラインであざみ野と周り、帰宅。

September 6, 2008

明石蛸の頭

土曜日。遅めの昼ごはんは、八沢川へ。ここんちはいわゆる鰻割烹のお店。ときどきムショウに食べたくなる。今日も店主が出て来てくれて、サービスで明石蛸の頭の刺身を出してくれた。ポン酢にあさつきをたっぷりと入れていただく。店主いわく「頭っていうのは刺身であまり出さないところなんだけど、おいしいでしょ」と。うむ、たしかにビールとの相性は最高でおいしかった。いつもありがとうございます>Sさん。

夜はさくら@駒込にて、明日の音楽療法発表会の打ち合わせ。ボクらの練習はせず(笑)。音楽療法の先生達も参加して、じょうじプロデュースの「鶏鍋」。これもおいしかったな。

怒涛の一日

おっとっと、「今日中」に書き込もうと思っていたけど、「明日」になってしまった。僕としては極端に夜更かし。

一年に何回かある「怒涛のような一日」だった。外来中に予定外の緊急入院やら、どうしても断れない依頼診察やらがあり、ばたばた状態が最高潮のときに、病棟で受け持ち患者さんの急変があり、ER状態。同時に3つ以上の事をこなさねばならなかった。冷めて伸びきった天南蛮そばを10分ですすって(涙)、午後も事後処理でばたばたしつつ、午後6時からは三軒茶屋の救急医学の講演会へ。今週は恒例の「救急週間」。医師会の担当理事として出席しなくてはならない。今年入職した4人の若手スタッフを連れて出席する。なかなかいい講演会だった。その後は懇親会に出てから、打ち上げ的に彼らを飲みに連れて行く。娘と同じかちょっと若い彼女達、それぞれがなかなか夢があって楽しい会話。僕もインスパイアされた。世代的なギャップでちと疲れたけど(笑)。

それにしてもお疲れ様だったな、今日一日>自分(<よしよし)

September 4, 2008

サブルーティン

5時過ぎに起床して締め切り間近の原稿書き。わりとさらりと仕上げる。眠かったけど(笑)。書き始める前に、頭の中で何回か書いちゃう(笑)というのがいいみたいなんだけど、これは本業のスケジュール次第。書き上げてから最低2-3日は放って置いて熟成させて赤を入れないとダメなんだよな。いつもそれがデキナイので、活字になってからイラつくことになる。ちょっと反省、というか学んだ(今更、なんだけど<笑)。

朝からバタバタ。今日は消防署の産業医レクチャーがあるので、もともと時間が限られているところにサブルーティンが2件あった。忙しい日というのはそんなもん。11時から救急&消防隊員さんに「サプリメントと健康被害」についてと「メタボ対策について」のレクチャー。午後は万世でご飯を食べてから明大前のクリニックで仕事。ルーティンの仕事はいつも通りなんだけど今日は緊急連絡やらなんやらでサブルーティンに翻弄された日。帰り道に、軽めに10本で〆。

眠いのだ、ただひたすら

諸般の事情で(笑)つーか、まあ理由ははっきりしているんだけど(爆)、とにかくひたすら一日中眠い。
まあ、副作用の一種なんだけど。夜の睡眠時間もばっちり取っているし、午睡だって10分くらいはとってはいるけど、電車の移動中とかデスクでちょっとボーってしていると、ふっと眠ってしまいそうになる。疑似ナルコレプシー状態。体調は万全で所期の目的は、順調に進行中。

September 3, 2008

働いて遊び、遊んで働く

超多忙な外来、13時過ぎに終了。昼の回診の後、15分で昼ごはん。オフィスに戻り、約10分間目をつぶって「眠る」。この10-15分間の「昼寝」って、本当の睡眠をしている訳じゃないんだけど、効果的なリラクセーションなんだよね。午後からは、面談1件と消防署の定期監査に立ち会う。帰路、20時すぎから10本500mで〆。いい感じ。
9月はこれからも忙しいんだけど、来週の夏休みを楽しみに(ふふふ)、頑張らねば。夜、医局のI君から連絡があり、11月の沖縄の学会の予約について調整。仕事とはいえコレも楽しみなんだけど。

September 2, 2008

福田首相辞任

就任当初は、安倍首相ドタキャン辞任の後始末で、火中の栗を拾うのに適した実務的な人に見えたし、話していることは冗長ながらもまっとうで真面目に見えたんだ、この人。で、彼のもともとのキャラが、大多数の一般大衆に好かれるタイプのものでなくて、人気の出ないことは彼自身が一番良く知っていたので、こつこつ仕事をしようとした、と思う。国民に迎合した小泉や安倍とははじめからスタンスは違ったことはたしか。でも、衆参ねじれ国会とか与党内のまとまりのなさとか様々な不祥事とかという不運があった(どんな政権にもある)にしても、それを総合的にマネージする力量がなかったってことが、「致命的」だった。

ま、でもそれを選んじゃった、というか選ばせちゃったのは我々国民だもんなぁ・・・

福田さんは、辞める理由、政権を維持できない理由、政策が反映できない・・・デキナイ理由ばかり説明していた。彼がどんなに言葉を尽くして説明しようとしても、自分の非力を曝け出して政権を放り投げた、としか見えないのだ。それなりの同情すべき隠された理由はあるのかもしれないけど、日本の政治の顔なんだから言い訳をしちゃいけない。プロは言い訳をしちゃダメなのだ、どんなことがあっても。

言葉の端々に「鴻鵠(こうこく)の志、燕雀(えんじゃく)いずくんぞ知らん也!」って感じがする。
僕ら政治家の、鴻鵠(おおとり)の志の高さとその苦労は、あめーら民衆(燕や雀)には解らないんだよ! ってニュアンスというか。ま、これも原稿を書いた奴がいるとすれば、大衆をなめている、つーかセンスがなさすぎ。ある意味では、自民政権の苦境を大逆転する大チャンスだったのかもしれないのに。スピーチひとつで世の中が変った例は、政治の世界では枚挙いとまないのだから。

程度の低いマスコミも問題。日本を代表する大新聞社の記者でさえあの程度の質問しか出来ないんだから。もっとも自民だけじゃなくて与党公明党は問題外だし、野党民主党は自民党以下で、2大政党制度なんて夢のまた夢なんだけど。やれやれ。

それにしても昨夜から今朝ー本日にかけての海外のメディアの反応は冷たかった。それが日本の政治に対する正直な評価なんだな。情けないというか、なんというか。こんな感じだからみんな政治に白けてしまうんだよな。悪循環なんだけど。

September 1, 2008

サル放し飼い

東京・神田にもサル出没=ビル屋上で発見、逃走(9月1日20時24分配信 時事通信)

 1日午後1時50分ごろ、東京都千代田区神田小川町のビル屋上で、サルが出没したと119番があった。警視庁神田署員が駆け付けたところ、周辺でサルを発見。署員らが捕獲しようとしたが逃げ出し、見失った。(後略)
=======================
↑↑ このおサルさん、先週渋谷とか原宿に出没したおサルだよな。個人的には、そのまま「放し飼い」にしていると面白いと思っているんだけどなぁ。

てなことを考えていたら、福田首相が辞意表明だと、21時半から会見。
んんんっ?今のタイミングかよ!全然解らないな。

ひさしぶりハックル活動

朝6時すぎから領収書やら請求書やの仕分け整理と計算。年に一度のことなんだけど、コレが大変。毎年後悔して、ああ次年度からは毎月すこしづつやろうっ!て思うんだけど、これが出来ないんだよな。はは。リビングの床に大量の書類を広げて仕分け作業をしていたら、さすがに腰が痛くなってしまった。

10時過ぎに一区切りつけて、さくら@駒込へ。途中、浪漫亭横浜のひれかつサンドを買う。ひさしぶりのハックル活動の打ち合わせとその後はいつものWRSにてスタジオ練習3時間。今回は、障害のある子供たちの発表会に参加する、というイベント(さくちゃんの専門)なので、勝手がいつものライブとは少し違う。僕らも楽しめればいいね。

その後は、またさくらに帰ってきて打ち合わせ&ビール&葉巻(笑)。今後の予定の打ち合わせやスケジュール調整など。じょうじ君が新しいCDのサンプル盤を作ってきてくれた。今回のCDは、結構まとまりのあるCDだと思う。リリースは10月かな。

結構いい気持ちになって17時過ぎに解散。その後、ま&じの二人は大塚へ向かい、串焼き屋さんで飲んでから、巣鴨(千石)のらーめん屋さんで〆。結構酔っ払ってしまい、へろへろで帰宅。かみさん&娘たちに呆れられながら、21時すぎには前のめりに爆睡。

典型的はっくる活動の一日(笑)。

August 30, 2008

同じ電車に乗っている

今週は不安定な天気に翻弄された一週間。まだまだ続く感じ。この時期はふつうは「台風」の季節なんだけどな。日本はもはや亜熱帯気候に入ったってことを認識しなくちゃいけない。風土気候が変われば、当然だけど、世の中の「習慣」とか「常識」とか、もっといえば「文化」だって変わってくるはずだ。

天気というのは、皆が同時に(日常的に)体験することだから、それによる(日常的な)「変化」は当事者達があまり認識することができないうちに変わってゆく。少しずつ、確実に。同じ乗っている電車の乗客が、同じ車窓の風景を観ていたとしても、それによる微妙な車内の変化に気がつかない・・・みたいな。乗っている乗客は電車の本当の速度(の変化)がわからない・・・みたいな。うまく言葉にできないけど・・・。

何がどう変わるか?・・・かなり考察の余地あり、だな。

さて、来週末の「発表会」の準備で、明日は久しぶりにハックル活動@スタジオ練習。さあ、それまでに書類の整理をしなくっちゃ。早く寝よっっと(おいおい)。

August 29, 2008

さんだーぼると

このところの日本の気候は、やはりおかしいぞ。昨夜と今夜の雷雨。昼間のピーカンと蒸し暑さ。夜はうって変わって局地的で激しすぎる雷雨。大気が不安定といっても、ここまでドラスティックに変化して、ある意味ドラマティックな展開の気候は、日本の本来の気候にはなかった気がする。ジムからの帰り道、放電しまくる雷雲と、地響きのような雷鳴、降るというよりは落ちてくる雨。

Thursday, September 06, 2007 約1年前に書いた詩

Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw

僕らの信じてきた
すべてを 
天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して


自然っていうのは 
言葉を 失うくらい
すごいね
僕らのささやかな日々の
希望や哀しみさえ
笑い飛ばして 

Typhoon
Typhoon
Say, soon
what you saw

僕らの信じてきた
すべてを 天上の世界に 向けて
巻き上げる 風と
猛り狂ったように
落ちてくる RAIN に託して

ロンドン、1973 (続き)

昨日のIさん御夫婦との再会。どうして35年ぶりにお会いしたIさんに気付いたのか?なぜ僕の記憶の底の(本当に)深いところにあるセンサーが感じたのか?ということが不思議でならなかっのだ。その後、いろんなことを思い出していたら、ある「場面」がフラッシュバックした。

Iさんは当時45歳くらいで今の僕より若かったわけだ。僕のオヤジの会社の同期のバリバリのモーレツ日本人サラリーマン。当時はまだ成田は開港していなくて、羽田が唯一の国際空港の時代。日本の国力は大きくはなかったし、インターネットで情報が飛び交っていたわけでもない。イギリスは、今では考えられないくらい遠い国だった。1970年代の日本の高度成長期に日本企業が世界中に羽ばたいたわけだけれど、その尖兵として彼と彼の一家は地ロンドン駐在員として頑張っていたわけだ。S銀行だって日本では大きい銀行ではあったけれど世界の中ではまだちっぽけな会社だったんだろう。仕事でも生活でも今とは違って、たぶんかなりご苦労されたんだろうと思う。そんな時代に高校生が海外に行くなんていうのはまだまだ珍しかった。

お宅でたんまりと日本食を御馳走になり、居間で談笑している時にIさんが言った。

「高校生で、たいしたもんだ。君達にはもっともっと勉強して体を鍛えて、頑張って欲しい。これからの時代は、今まで以上に世界で活躍する日本人が増えなくてはいけない。期待しているからね・・・」と。すごく真剣な顔で真っ直ぐにお話になった。

当時の僕は、それを素直に受け取ったように記憶している。記憶の襞のどこかに染み込んだんだろうと思う。大の大人が、こんな未熟者の自分にむけて真っ向勝負のメッセージを送ってくれた、ということに素直に感動したんだと思う。そして、イギリスへ行ったことは、その後の僕のキャリアにすごく影響があった。英語はその後も一所懸命勉強したし、大学時代はほぼ毎年アメリカに放浪旅行をしたし、医者になってからはアメリカやニュージーランドで生活もしたし、今でもイギリスの医学部学生の研修を受け入れたりしているのも、原点はココにあったんだと思う。

その言葉の場面のの記憶が、今に至るまでずーーーーっとどこかに残っていて、昨日の再会で気付くことに繋がったんだと思う。

August 28, 2008

ロンドン、1973年

研究日。午後から友人のU先生のバックアップで世田谷の有料老人ホームで往診。何回か伺ったので顔見知りになったおじいちゃん&おばあちゃんの健康チェック。人生の大先輩達の生き様。医師をいう仕事をしていると、どんな人生であってもプラスとマイナスのバランスというものは、最終的にはとれているのだ、という事実を直視することになる。年老いてしまえば、生まれや生い立ちや職業や家族環境や社会的な地位とか・・・全然関係ないってことなんだな。人生ってナンなんだろう・・・諸行無常。僕は肯定的な楽観論をとるな。みーんな年老いてしまえば、子供に戻ってしまう。というか、人生の初めと終わりの「子供のような状態」というのが「素」であって、その中間は「泡沫の夢」ということなのか?

さて、その往診を終わり、Sさんの車で送ってもらいMクリニックへ。Sさんは有能で素晴しい医療事務の女性。今回のバックアップ往診が快適に進められたのも彼女の力があったから。気配りが素晴しい。是非ウチの病院へ来て欲しい(笑)。諸般の事情で今回でバックアップは終わり、ということでSさん&スタッフにお別れをいう。またどこかでお会いしましょう!と。

さて5時過ぎから、U先生のMクリニックの予約の患者さんの診察開始。3人目の患者さんの名前になんとなく聞き覚えがある。でも姓も名も珍しいものではなく、普通に診察を開始した。このところ熱のある80歳の男性。病気で片麻痺があり今は車椅子。こちらの話すことは理解できるが、ご自分でお話はできない。付き添いの奥様にお話を聞き、通常の診察を進めて、診断し処方をコンピューターに入力・・・していたら、ふと思い出した。本当になんの脈絡もなく、ロンドンのマーブルアーチにあったIさんの自宅のリビングの情景・・・

「あのう・・・もしかして、以前ロンドンに住んでいらっしゃったことはありませんか?」
「ええ(当惑気味・・・、どうして!」と奥様
「もしかしてS銀行のロンドン支店長だったIさん?・・・ですよね!!」
「はい・・・!」

高校2年のとき、英国のケンブリッジに夏季留学していた際、オヤジの同期だったIさんのお宅にお邪魔して食事をご馳走になったのだ。

その後はいろんなことを想い出して、懐かしい会話。ケンブリッジの食事に飽きて日本食が食べたくて週末にロンドンに遊びに行った帰りにマーブルアーチのお宅にお邪魔してとんかつとか刺身とかお米のご飯とか、奥様が驚くくらい友達と食べたんだ。じょうじ君やさくちゃんがいたかどうかは憶えていないんだな。たしかモリタとかキイチローがいたと思うんだけど。

その後、ロンドンに遊びに行ったときにSOHOの中華料理のお店に連れて行っていただき、ご家族と食事をした。3つくらい歳下の女の子とその下の男の子がいたことを想い出した。テニスが上手でかわいい女の子だった。お二人ともお元気とのこと。SOHOからマーブルアーチのお宅に戻り、ケンブリッジに帰る電車に乗るべくキングスクロス駅に戻るのに、車で送るというIさんご一家の申し出をお断りして、終発間近のバス停まで走っていった!ことも奥様はしっかり憶えていて・・・その情景をくっきりと思い出した。

ああっ!それにしてもこんな再会ってあるんだな。人生って本当に面白い!「縁が疎」ということもあるって話をちょっと前に書いたところだったんだけど、それも不思議。やはり人と人とは「縁」なんだね。

神様の存在を感じた。

August 27, 2008

出発前の楽しみ

今回の台湾行きの一番の理由は、故宮博物館を再訪してじっくりと中国美術の至宝を眺めること。スミソニアンや大英博物館も行ったけれど、あの規模はすごいわ。今回はそれから、台北の街を歩いて、B級グルメを堪能することも目的。前回は学会で発表もあったので、街歩きをゆっくりする余裕もなかったし。ネットで調べたら、ふふふ、イロイロとあるのだね。一人旅だから宴席はないし、気楽にB級を楽しみたい。
ネットの時代になって、現地のリアルタイムの情報を得ることができるのも助かる。出発前の楽しみ。

おいしいもの

昨夜は医師会関連の会食で、仁松庵へ。こじんまりとセンスの良い隠れ家風のお店で、懐石料理で有名。僕の仕事場から至近にあるものの、なかなか行く機会がない。最近ではランチもやっているらしいけど。昨夜は、ふぐや松茸やすっぽんなどの豪勢な食材が多数出た。季節外れ、じゃないな、「季節外し」のふぐや松茸ってきっとすごく高いんだろうなぁ。もちろん、どれも素晴しく手が込んでいて、とてもおいしいんだけど、食べ終わっての満足感がイマイチ。たぶん自分の舌が肥えていないから、その良さが解らないんだろう。御馳走になっておいしいものたくさん食べてこんなこというのも何なんだけど、自腹では行かないだろうな(笑)。シャルドネのボトルでかなり酔っ払って、会長の車に乗せてもらい(会長の自宅も同じ、たまプラなのだ)帰宅。

August 26, 2008

縁が疎

仕事とかプライベートとかで、ある一定期間わりと親しくなって関わりのあった人と、ぷっつりと連絡が途絶えてしまうことっていうことが、ある。べつに喧嘩別れしたわけでもなく、自然になんとなく縁が離れてしまうことだ。年賀状の付き合いでとかで「繋がっている」人たちもいるけど、それよりもっと「縁が疎」というか、今どこで何をやっているのかさえ、わからない人っていうのもけっこういる。ま、どうしても連絡をとる必要があれば調べりゃわかるけど、それほどのモンでもないっていう微妙な距離感なんだけど。

人の縁というのは、不思議なもんだ。

August 24, 2008

ビーフ・シュニッツェル

午後から雨の日曜。このところウィークデイが超多忙なので、緩めるための休日。
もともと日曜日の雨は嫌いじゃない>「日曜日の午後の雨」(笑)

6時過ぎに起き出して、午前中は本を読んだり男子マラソンを観たり・・・して、うだうだ。10時過ぎからジムに行き軽めに10本500m。力をいかに抜いて伸びるか?ということだけを意識して泳ぐ。いい感じ。昼ごはんは永坂更科へ。ビールを飲みながらかき揚げ天ざるをすする。

隣に座った親子4人連れ。完璧な日本語とドイツ語の会話なので、聞くとはなしに耳に入ってくる。チラッと観ると、お父さんはドイツ人、お母さんが日本人、娘さん(すごい美人。たぶん高校生くらいか?)と男の子(中学生くらいか?)。ドイツ語の会話の部分はわからないんだけど、日本語の会話ではお父さんが、娘と息子のそれぞれの意見を聞いている感じ。お母さんも時々口を挟む。子供達がすごくしっかりと自分の意見を言っているのが印象的。新学期からの学校の話題とか友達の話とか。ごく普通の家庭の会話なんだけど、お父さんとお母さんの会話(日本語)の端々に、ティーンェジャーの子供達への信頼感がある感じがして、いいファミリーだなぁと思った。

プライベートで友人とやっている会社の決算が今月末なので、今日の午後は領収書の仕分けやら計算やらをやらなくちゃいけなかったんだけど、どうも気分が乗らなくて、終日うだうだ(爆)。ま、来週末にやればいいか・・・と完全に現実逃避(笑)。今日は休日に徹してしまおう!ということで、夕食作りをする。

ビーフ・シュニッツェル。Iさんから頂いた、山形牛特級のロインの塊(1kg)。そのままでも素晴しいステーキになる素材なんだけど、今日は久しぶりにチャレンジすることにした。これって家族の大好物なんだけど作るのにものすごく手間がかかるのですね。でも、こんな休日にはいいリフレッシュになる。

①自然解凍していた肉の塊を厚さ2cmくらいに切る。
②ただひたすら、肉叩き器でたたいて厚さ2-3mmまで伸ばす。7枚作成。
③シノアを使って、パン粉(200g)をできるだけ細かく擂る。 
④「チーズ王国」で調達したパルミジャーノ・レジャーノ50gをチーズ擂り器で擂ってパン粉と混ぜる。

この②-④の工程でゆうに1時間はかかる。

⑤お肉に胡椒とガーリックパウダーをすりこんでから、塩(今日はクレージーソルト&赤穂の塩をパラリ)ぱらり。その後パン粉&チーズ粉をパラパラとふりかけ、形を整えてから1cm間隔の「マス目」を包丁の裏でつける。
⑥溶き卵をつけてから本格的にパン粉&チーズ粉をかけてから・・・
⑦フライパンで、オリーブオイル&バター(ちょっと多め)の中に、マス目面を下にしてドボン。揚げるというより焼く感じがポイントだと思う。
⑧裏返して1分くらい。いい色になったら上げてキッチンペーパーの上で「休ませ」て完成。

ライム(レモンより僕は好き)を絞って、何もかけずに食べます。
今夜のもおいしかった!まあ、素材が最高なんだけけどね(笑)。今度は叩かずに、ステーキのままで関西風で「ビーフカツレツ」風に作ってみようかな。

August 23, 2008

LUMIX FX500

ブログに画像をもっと載せたいということと、台湾旅行の画像を残しておきたい。ということで、今日は午後から新しいデジカメを買いにBICへ。昨夜リサーチして、PanasonicのFX35(旧機種)があればいいなということで行ってみたけど、やはりもう売っていないのね。ネットなら買えるかも知れないけどそのリスクはかけたくない・・・ということで、RICHOのR8とPanasonicのFX500で迷った。店員さんは親切で僕の難しい質問に適切に応えてくれた。致命的だったのはRICHO同梱ソフトがマックに対応していないことで、これじゃダメだわってことで、FX500に決定。

今遊んでいるけど、最近のデジカメの進歩ってすごいな!ぶるぶる振りながら撮影してもぶれないし、顔を認識するソフトも入っている。使いこなせないくらいの機能があるんだね。まあ、この値段なら大満足。

その後4階に行き、今度買うマックの情報収集。そろそろヤバクなってきた今のオフィスのPCをVISTAにする気はないし、今のファイルやオフィスの環境がマックでスムーズに行くできそうなので。今日は販促のセール中で、メモリーは安いしソフトもほとんどタダみたいな売り方をしていて、自宅用に買ってしまおうかなと、真剣に悩んでしまった。

August 22, 2008

からすみパスタ

真夏のピークがすでに過ぎて秋の気配がするっていうのは、気温だけのことじゃなくて、徐々に短くなる日照時間の影響かもしれない。真夏は5時過ぎに一旦目が醒めていたのが徐々に遅くなっている。夜明けの時間もずいぶん遅くなった。夕方はもう6時すぎにはだんだん暗くなり始めている。

今夜は何故かジムのプールが空いていて、レーン独り占め。いい感じで泳いで帰宅して、からすみパスタ。予習しないで感覚勝負で作ってみたら・・・ふふふ、絶品満足の出来で皆に好評だった。

August 21, 2008

祝金メダル!女子ソフト

ウチのグループ(TMG)が女子ソフトの一部リーグのチームを持っていることもあり、女子ソフトは身近なスポーツ。今回のオリンピックで女子ソフトがなくなることもあり、ぜひとも悲願の金メダルを、って思ってた。昨日のオーストラリア戦の頑張りはすごかったけど、昨日頑張った上野投手が今日も先発するって、常識的にはアリエナイだろ。彼女達の精神力に期待するしかないじゃないか!

今夜の決勝の相手のアメリカには惜しいところまでいくものの、このところ勝っていなかった。6回裏の満塁のピンチを乗り切った辺りから、きっと最後には厳しいんだろうなって思いながらドキドキ観戦していたら・・・、やってくれました!!

素晴しい!!最後まで自分達を信じて頑張る、彼女達の精神力!
やっぱり、日本は女子なのだな。なでしこJAPANもよくやったと思うし。

お疲れ様。月並みだけど、感動をありがとう!

August 20, 2008

厳しい世界

さとなお君が、副業のお金の話を書いていた。全くその通りなんだよね。物を作り出すこと(たとえば文章や写真や音楽・・・)を生業としていくことについては、古今東西ものすごく厳しい、というか(お金という観点で見れば)とても効率の悪いことになっている。その意味では、副業が一番いいのだ。

それぞれの世界のプロとして、それなりの名声とそれに伴う経済的対価を得るためには、飛びぬけた才能と運が必要なんだよね。一流といわれる人でも、かなり厳しいという事実。それも、人生の「ある期間」で輝いたとしても、それを継続させていくのは至難のことなのだ。どんな巨匠でも、輝いているのはせいぜい5年くらいだろう。その遺産で食っていけるだけのものを創り出せれば、超ラッキー。宝くじに当たるくらい(いや、それ以下の)確率だろう。

その厳しさというものを、どれだけの人がわかっているんだろう?自分の好きなことだけで食っていけるということ、それ自体が一番大変なこと(ほとんど不可能)ということと同義なんだけど。

クリエーターに対して、それなりの対価を払うことは大切なことなんだけど、その閾値を下げてしまうと、レベルを下げてしまうことは明らかだ。一番の問題は受け入れる業界の悪しき風習で、ちょっと世の中に受けると極端に態度や待遇が変わってしまうことなんだろうな。でも、これもこの歳になると解るけど(笑)。勘違いするやつばかりで、努力もせずに「一発逆転狙い」ばかりの世の中になったら、それはそれで最悪だと思う。

August 19, 2008

デスクの上の山

今日の午後は予定手術もなく、自分のオフィスに貯まりに貯まった(いや、溜めに溜め込んだ、だな<笑)「読んでおきたい」文献やら、自分の勉強のために集めた資料の山を整理することにした。軽い気持ちで1-2時間で終わるかなと始めたのだが・・・、結局は断続的に7時間くらいかかってしまった。

自分のために勉強するためのまとまった時間を持てるというのは、忙しい臨床の場ではなかなかできない。その意味では、今日は集中する時間が作れてラッキー。音楽とは別の形でのリフレッシュ、というかリファインかな。勉強しなくちゃいけないことは、まだまだあるってことが、よくわかった。

じゃあ、毎日少しづつでも勉強すれば?ってことになるんだけど、これができないのだね、昔から。日頃はへらへら遊んでいて、いざっていう時に、ガぁぁぁ!って集中して勝負するっていうパターンなんだ、僕は。若い頃は、それが美学だと信じてた。自慢にならないけど(笑)。この歳になると、亀さん型努力のほうが数段すごいことなんだって思うんだけど。

心地よい疲労感でジムへ寄り、昨日と同じ20本1000mをしっかりとこなす。ジムを出たらまだ暑いんだけど、仄かに秋の匂いがした。

August 18, 2008

月曜日の朝には

日曜日の夜のさざえさんの時間になると憂鬱になる症候群:新型うつ病だってさ。
仕事場では鬱々していて、プライベートでは元気になる。
これって、やっぱりオカシイ。

だって、それは普通の反応だろう。僕自身、週末を十分休んだとしても月曜日の朝には道を歩きながら、ああ、また忙しい日々が始まっちゃったなぁ・・・やれやれって気持ちになる。

それを「病気」にしちゃったら、だめだよ。みんなそうやって生きているんだから。

August 17, 2008

雨の日曜日。ちょっと秋の気配がした。

今日は暑くない。しのぎやすい気候の朝。昨夜のオリンピックの野球韓国戦はもやもやが残ってしまったな。サッカーにしろバレーにしろ卓球にしろ、かの国との試合はいつも接戦になるんだけど、最後の最後に何故か日本が負けちゃうパターンが多い。精神力の差なのか、戦う前から向うに微妙なハンディキャップがあるみたいな感じ。なんなんだろう。ぶつぶつ。

今日もさとちゃんの文章作り。いろいろと考察しているうちにどんどん話が広がってしまい、論理の収拾がつかなくなり、7時から午後3時すぎまで彼女と勉強。うううむ、テーマがない論文っていうのは難しい。つーか、テーマを決めることが難しい。たったの2000字で一つの仮説を立てて自論を組み立ててゆき結論まで到達する。しかも、彼女の言葉で。採点する立場の先生達はたぶん僕と同年代の人たちなので、あえて採点者を意識して文章にアドヴァイスする。、「ココはそーじゃないんだよなぁ」とか「そこは自分でもうちょっと考えなよ」とか、口に出かかるんだけど、そこをぐっと抑えて(笑)。

出来上がった文章は、結局あれだけディスカッションしたのに、わりと可もなく不可もない文章になってしまい、「他の受験生と差別化する」という二人の戦略だけが空しく響く(爆)。ま、そんなもんなの。がっかりしないで、最終原稿を清書しなさい>さとちゃん。

これから泳ぎに行くつもり。

August 16, 2008

中秋節だってさ。

ネットで台湾旅行のフライトとホテルの予約をした。往復のフライトの座席の指定とかホテルの部屋のプランとかもネットで簡単にできてしまう。消費者(旅行者)にとっては便利な時代になったもんだ。僕が大学時代にアメリカを放浪旅行していた頃と較べると隔世の感がある。長女かなぴーが大学の休みごとにいろんなところに、いとも簡単に旅行できるのもネットの恩恵が大きいだろうと思う。

台湾に旅行することを先日ブログに書いたら、今年の「中秋節」は9月14日でばっちり重なっているとのこと。どっひゃーと驚き、いろいろと検索。中秋節の期間は、日本で言えば正月の三賀日のようにお店が休みになるみたいだ。台湾中家族が集まって満月を観ながらBBQをする日らしい。月餅が有名なんだね。ま、でも今更予定は変更できないし、それはそれで面白そうではある。一番の目的の故宮博物館が休館じゃないことは確認したし(笑)。

August 15, 2008

胸を張って帰ってくればいい

北京オリンピック柔道,鈴木 桂治の負け方。

彼は、自分を悲しみ、恥じ、情けなく、畳に突っ伏してしばらく動かないでいた。

柔道はスポーツで、勝負は冷酷だ。君は自分のために戦い、そして敗れた。
2敗して心が折れてしまった。
その事実は受け入れるしかない。

勝負のその日に向けて、心身ともにピークに立ち上げてゆくということ。
アスリートなら誰でも知っている。それは容易なことではない。

日本中から期待され、マスコミは成果を煽り・・・、その中で自分を鼓舞して、何ヶ月もかけて鍛え上げた肉体を休め、そして高めてゆく、というプロセス。

仕方ない、よ。勝ち負けはこだわるべきだけれど、今までの努力が否定されるものではない。
やることはやったんだから。
胸を張って帰ってくればいい、と思う。

昔の銀座線

確か銀座線は日本最古の地下鉄で、僕が高校の頃まではかなり古い車両(それでも何回かはリニューアルしているんだろうけど)をガタガタいわせながら走っていた。箱型の黄色い車両だ。高校当時は赤坂見附から、銀座や有楽町方面、あるいは渋谷方面に行く場合によく乗った。冷房がなくて夏は窓を開けっぱなしだったな、当時は。

あの当時の銀座線は、電気の接触が悪いせいか駅区間を走りながら必ず何回か車内が暗くなった。だいたい1-2秒くらい暗くなって、非常灯が光る。で、僕ら悪ガキたちは、突然暗くなる車内で「へんな顔」をするという遊びをよくやった。中には反応が鈍い奴がいて、明るくなってもヘンな顔のまま(爆)の奴がいたりして、みんなで大爆笑する・・・っていうのがお約束のパターンだった。

いつの間にか車内の停電っていうのはなくなっちゃったな。しみじみ。

August 14, 2008

2:8の割合

昨夜は、自由が丘「漱石」にて納涼会。K先生の父上は88歳になられる現在もお元気。彼は日本医師会の重鎮で、かつて武見太郎さんの懐刀だった人。引退された今も、鋭い眼光と話の冴えはさすが。

そこで彼が言った言葉:どんな集団・組織でも2割の「バカな人」と8割の「バカじゃない人」がいる。

ここで彼の言う「バカな人」というのは、自分のことをさておき、組織のために何かをやるための志を持っている(そういう立場にされられる)人という意味で、悪い意味じゃない。まず100人いたとして、組織を動かすのは20人。その20人のなかで、「さらにバカな人」の割合も2割。つまり4人だ。そして、「一番バカな人」が1人。それがその組織のリーダーだと。

さまざまな権力闘争やら派閥抗争の修羅場を潜り抜けてきた彼の言葉だから、真実だと思う。

August 12, 2008

夏休みはどーするか?

多くの会社がお盆休みのためか、電車はがらがら。やっぱり日本の夏休みのゴールデンタイムはお盆なんだね。町中がなーんとなくのんびりしている感じ。

今年の夏休みは9月の連休絡みで取れればなぁ・・・と今日の午後の手術を終わってからつらつらと。やはり自分のためのインプットは意識してやらないといけない。一昨年は伊勢&高野山、去年は北海道へ一人旅してリラックスした。

マイレージでタダで行ける台湾か韓国にするか?一人旅なら台湾だろう。韓国は仲間とわいわい行きたい感じだし。15年前に学会で訪れた台湾で、大感激した故宮博物館を再訪したいな。あとは、あの活気ある街を歩いて屋台B級グルメを楽しんだり、台湾風の足裏マッサージなど。

作戦を立ててみよう。台湾が難しければ、国内引きこもり旅(笑)、それはソレで楽しそう。

August 11, 2008

アスリート

金メダルを期待されていて、その期待通りに金メダルを獲る事の凄さ。

スポーツは、さまざまな不確定な要素を身体的なゲームやレースを通して競うもの。もって生まれた才能や素質と技術を極限まで高めていく努力によって、その不確実性の確率をあげていく。それがトップになるためには必須なんだろう。精神力の強さやしなやかも、身体能力と同じくらい(場合によってはそれ以上)に大切で、打たれ強さ」や「自己実現のための思いの強さ」が、最後に勝負の分かれ目になるんだろう。したたかな思考力と思考プロセスの柔軟性。

そのひたむきな姿を観て僕らは感激するのだ。

「運も実力のうち」とよく言われるが、オリンピックのアスリート達を見ていて、真実だと思う。スポーツの神様の存在を信じる気になるドラマが多数。

August 10, 2008

ディスカッション

昨夜はかみさん&さとちゃんと、洛中おうどん「げた屋」へ。かみさんは以前から知っていたらしいけど、僕は初めて。川崎の辺鄙な場所(失礼!)にある、真っ向勝負の関西風(京風)のうどん屋さんって感じなんだけど、絶品てんぷらうどん&親子丼。しっぽくうどんもおいしかった。期待以上の満足感。

帰宅してから、さとちゃんのAO入試の文章作成をサポートするべく、彼女とインターネットを検索したりディスカッションしたり・・・で深夜まで。「現代のメディアの情報洪水が自分達に与えた影響の大きさ」、「情報リテラシーの鍛え方」、「統計資料の収集と分析」、「ブログの新しい展開についての、自分の仮説」などなど。ま、門外漢ではあるけど、親としてできることは、論旨のまとめ方とか、論理の展開の仕方とかのアドヴァイスをすることくらいなんだけど。まあ、娘と大真面目な議論をする機会というのもそんなにないだろうから、楽しみつつ(笑)。

ま、でもAO入試って一般入試と同じかそれ以上に難しい(倍率は5-10倍)かも。ま、さとちゃんも「ダメもと」で受験するわけだが、準備した作業はきっと将来役に立つハズなので、落ちてもがっかりしないで欲しいんだけど。

August 9, 2008

北京オリンピック開催

中国の国家体制に対するイメージが悪すぎて、今回のオリンピックに対してはわりと冷ややかに見ていたんだけど、昨夜の開会セレモニーにはぶっ飛んだ。すごいわ、あの開会セレモニーは。中国的スケールの大きさと、きめの細かい演出。このためにかなりの期間ものすごい多くの人たちが専従して練習したんだろうな。中華文化のナルシチズムの胡散臭さと、国家の威信を賭けた大勝負っていうイタさも感じたけど・・・、でもあれならOKでしょうね。大成功だと思う。

August 8, 2008

FM世田谷

たぶん今年一番の酷暑の一日。午前の忙しい外来を終わってから10分で昼ご飯を済ませて、三軒茶屋のキャロット・タワーへ。今日は先日のFMサルースGood TimeつながりでFM世田谷の番組にお呼ばれ出演。

神太郎さんの番組「金曜瓦版」の「せたがやじーん」というコーナー。神太郎さんといえば、ラジオ界の大御所。そういえばラジオを聴いていた昔、よく聴いた番組のDJをやっていた人だ。Dの奥延さんに紹介されスタジオへ入る。今日発令された光化学スモッグの話から、ニッポン放送の「たむたむたいむ」「かぜ耕武士」さんの話へ。

さすがプロのナレーターの神さん。四方山話をしつつしっかりと進行をチェックして、僕をリラックスさせながら、気持ちよく話をさせていただいた。ハックルの成り立ちから活動休止までの話。あのころの時代の話から「流れ星」。その後の、アメリカからニュージーランドでの仕事の話から、活動再開するまでの話。活動再開からの音楽活動について・・・と30分間、あっという間。気持ちよく話をさせていただいた。さすがプロだなぁ。勉強になった。最後は「携帯電話のなかった時代」をかけて頂き、あの時代の話をひとしきりして・・・スタジオを後にした。

まさに「神マジック」(爆)。

ありがとうございました>神さん&奥延Dさん。

August 7, 2008

エロ可愛くねーよ、ぜんぜん(-_-;)

これだけ暑いと、さすがに薄着になる・・・というのはわかる。でもさ、最近の若い女性の格好ってちょっといきすぎじゃないかい?って思った。今日ぶっ飛んだのは、ゆるゆるホットパンツ&背中からTバックパンツ丸見えの女の子。もちろん、おじさんも一人の男としてドキッとしたけど、それは男として「見えちゃって嬉しい(爆)」という気持ちより、「おいおい、ねえーちゃん、(頭は<笑)大丈夫かい?」って心配の気持ちのほうが強かった。まあ、しっかりと見ちゃってから異議を唱えるってのはフェアじゃないかもしれないけどさ(笑)。外国だったら、道端で立ってる商売のお姉さまたちって思われても仕方ない格好なんだもん。

「エロ可愛い」というのは、自分を切り売りする芸能界での概念としてはアリだろうけど、一般人が日常のファッションとして取り入れるのは、ちょっとなーって思うわけだ。さらに言っちゃうと、スタイルが良くて美しい立ち振る舞いができる人なら、一般人でもまだ許せるかもしれないけど、今日のねーちゃんは、はっきり言って、美しくなかった。ま、容姿に自信がないのでインパクトで勝負ってことなのかもしれないけどさ(笑)。自分を知らなさすぎ、というか無防備すぎて、イタイ。

とはいえ、明治時代の人からみれば、着物から洋装に変わったときのインパクトだってすごいものだったんだろうし、ミニスカートが流行しだした1960年代の大人たちだって、あれこれ言ったはずだし・・・、まあ分別ある大人ってのは、いつの時代にも同じようなことを思うのかもしれないけどね。

えっ?おめーに言われたくない?

はいはい(爆)

August 6, 2008

熱いっ!

日本は亜熱帯の国だという認識をもったほうが正解だという、さとなおくんの主張に賛成だ。昨日のゲリラ的集中豪雨なんて、本物のスコールだもんね。それにしても、暑い。朝から30度。でも夏休み期間で学生が少ないせいもあるけど、電車は空いていて気持ちいい。

外来>入院2件>手術とフル回転して、6時半から都庁で会議。新型インフルエンザ対策について。今回は行政としてもかなり本気でリスクマネージメントをするつもりみたいだ。それにしても、いざ事が起こってしまったら(それもかなり高い確率で近い将来起こる)、世の中は大混乱するだろう。東京都内で人口の30%が罹患して、一日3万人の入院治療が必要となり、死亡率は5%という予測。地震のような巨大災害も恐ろしいけど、未知のウィルス感染の大流行も大変な事態になる。自然災害と違うのは、医療チームの力で被害を軽減しうる可能性があるということ。

うううむ。担当理事としての仕事の重さ。

August 5, 2008

「ねんきん特別便」が届いた

問題山積の年金問題。社会保険庁のずさんな運営についてマスコミの報道で聞いてはいて、かみさんと「ウチはどうなっているのかねぇ・・・?」とちょっと心配をしていたんだ。僕らの場合には、たぶんかなり複雑だから(笑)。ということで、「ねんきん特別便」が届くのを待っていたら、今日届いた。

かみさんと記録をみて愕然。平成9年から現在に至るまでの記録しか書いてない!つまり職歴11年(爆)のペーペーと同じしか年金を払っていないことになってる。んなワケないでしょうが!
なはは、と力なく笑うしかない。税金の支払い記録を見ればわかるだろーが>社会保険庁

僕らの時代の医者っていうのは、多くの場合大学を卒業してからどこかの医局に「入局」して、数年間は無給の待遇が普通。その後、関連病院に出張になって初めて給料らしきものをもらうのが普通だった。その無給時代でも保険証は持っていたから、大学の職員扱いだったんだろうけど、年金に関しては全くノーケア(だったんだと思う、詳細は不明)。さらに複雑なのは、出張病院や医局の入職と退職を繰り返すこと。僕の場合、出張病院1年、神奈川県(KCMC)の職員4年、さらにアメリカに3年、ニュージーランドに1年ちょっと行っていることで、その合間に日本の大学の職員としての身分のない(つまり日本では「無職」という)期間が混在していること。その当時のことは記録がないのでわからない。

で、エクセルで職歴をまとめていたら、大学卒業後いかに僕(と、かみさん)が流転放浪してきたか・・・に今更ながら驚いてしまった。結婚して24年間で海外への往復2回の引越しを含めて11回も引っ越している!(爆)。若い頃は、怖いもの知らずだったんだね。自分を高めていけば何とかなるハズって信じていた。最終的に日本で医者を続けることにして、今の職場に落ち着いて11年。今までで一番長いんだね。なんだか感無量。

ということで、資料を集めて(結構面倒くさい作業みたいだ)社保事務所に行かなくては・・・やれやれ。

August 4, 2008

濃縮ジュース

ふとしたことで、「嫌な気分の濃縮ジュース」を飲み込んだような気持ちになることがある。

唐突に何の脈絡もなく、「ぎゃ!」って叫びたくなるような、辛かったり、恥ずかしかったり、後悔したり・・・した体験を想い出して、その「嫌な感じ」を追体験するわけだ。

酷暑の今日、つかの間の昼休みの休息時間に、ソレが突然やってきて、「うっげー・・・」ってもがいて、飲み込んだ。その後口の悪さったらない。苦くて嫌な香りがして気持ちの悪い食感で・・・15分くらい続いて、ふーっとどっかに行った。こういうことが起こるのは、えてして万事快調なときが多いから、反作用としてのネガティブな心の振れなんだろう。。今日のソレは、今日の暑さで想起されたんだろう、ちょっとした去年の夏のいやーな体験。

歳をとるにしたがって、それをどうやり過ごすのかを学んだ、と思う。大人になるってことは、そういうことなんだ。

今夜は1週間ぶりにジムで泳いだ。まだ少し足が痛みつつ、軽めに300m&サウナ、でリフレッシュ。

August 3, 2008

アルファ波@休日

5時半過ぎに目が醒めたんだけど、今日はもう一度目が醒めるまで眠っていよう!と、窓を開け放してベッドへ戻る。このところ忙しかったから意識して身体を休めようと。で、i-podを聴きながら覚醒と睡眠のハザマの心地よい時間を浮遊する。窓から入る夏の空気の匂いの中でまどろむシアワセ。8時まで。

かみさんは、ジムへ、かなPはシンガポール経由でカンボジア(ええっ!カンボジア!!)に旅行中、ゆっつんはサークル、さとちゃんは塾・・・ということで、のんびりとひとりの休日午後(ふふふ)。

足はほとんど完治しているけど、大事をとって今日は泳がないことにした。黒龍で早めの昼ご飯を食べてから、有燐堂で立ち読み。台湾のガイドブックと、小説2冊。北川歩実の「もう一人の私」と重松清の「みぞれ」。ドトールでコーヒーを飲みながらのんびりする。ふむふむ、台湾での夏休み引きこもり旅もいいな。行けるとすれば9月の連休絡めて3泊か?仕事のスケジュール調整が必要なんだけど。

午後からリビングにHDレコーダーを出して久しぶりに一人レコーディング遊びをする。昨日買った新しいHPも試したかったし。こんなにじっくりとマニュアルを読んだのは、実は初めてかも(笑)。買ってはみたものの、なんとなく億劫で使いこなしていなかったんだよね。勿体無い話。ええっ!こんなこともできるんだ!ほほぅ、こんな便利な機能があるんだ!と今更ながら驚く。結局4時間も遊んでしまった。これはハマるよな。酒も飲まずにコーラだけで、ひとりアルファ波出しまくり(爆)。以前から寸止めしていたRolandのシンセ買っちゃいたくなった。シークエンス2つを作った。

夜は帰ってきた家族と「鮨ぎん」へ。

リフレッシュできたし、8月もがんばろっ!

August 2, 2008

Headphoneを買った


午前中は緊急入院2件でばたばた超多忙だったけど、この週末はひさしぶりに特別な予定のない週末。午後から有楽町に向かい、久しぶりに万世の「肉味噌排骨ラーメン、青ねぎ入り、大盛り」をガッツりと食べる。その後、BICのP館に。自宅のPC用のヘッドフォンが壊れたので新しいもの探していたのだ。P館は取り扱いの機種も多いし、ヘッドフォンの試聴ができるので。

1Fの携帯電話のコーナーは、I-phone人気でごった返していた。僕の近いところで既に5人くらいが買っているけど、みんな「満足!」と口では言っているけど、実際にはまだまだ問題あるみたい。僕の廻りにはまだWifiの環境だってそんなにない訳だし。僕も自宅のPCやプライベートではマックに戻しているので気になってはいるんだけど。ま、差し当たり携帯電話はau、携帯端末はe-mobileで十分だわ。日本のユーザーの意見が十分浸透してからの次世代のI-phoneに期待しましょう(笑)。あと2年だね。でも、マックは日本のメーカーにないおしゃれな遊びがあって、やっぱり素晴しい(ちょっとやっぱり羨ましい)。

さて、お目当ての2階へ。

実はノイズ・キャンセリングのヘッドフォンを買おうと思っていたんだけど、考えてみれば僕はノイズ・キャンセリング機能を必要としないのだよね。レコーディングの時に使用するとしても、雑音(周りの騒音)が聴こえなければスタジオ・モニターの意味がない!ということに気がついたわけ(笑)。スタジオ録音じゃないわけだし。なはは。

で、すべてのHPを試聴をしました。そこで自分の耳の力に自信喪失した。5000円くらいのものでも結構いい音(心地いい音)に聴こえる。もちろん、高いものは、しっかりした作りや音の奥行きみたいなものがあり、全然違うんだけど。じゃあ5000円と10000円、10000円と20000円、それ以上のもの(今日試聴した一番高いものは5万円)を比較すると・・・全然自信がなくなってしまう。「中低音の厚みの表現は類を見ない」とか「DJに最適のクイックな反応」とか「クラシックの重厚なサウンドに対応」とか、「世界最高レベルの・・」とか言われてもわかんないわけ、実感として(笑)。今回のものは、僕が日常的に使用するものなので、その意味からも結構悩んでしまった。

試聴していると、確かにメーカーによって特徴はあるみたい。でも、たぶん値段とメーカー(ブランド)の情報がなければ、僕は決められないんだよね。その位、自分の耳に自信がなくなった。だって、5万円のものも5000円のものも、「それなりにいいじゃん」って感覚なんだもん(爆)。高いもののほうが「いい音がするはず」というのは幻想なんだけどね。インピーダンスが高けりゃいいってもんでもないし(笑)<そこに目が行くっていうのも情けないんだけど。結論から言えば、Audio-TechnicaとSonyのものが僕の耳に合っている(つまりマスター・テクニシャンの耳の好みと合っている)みたいだった。

で、1時間以上迷った挙句、自分的には「音の輪郭がしっかりしている」ような感じのしたSONYのMDR-7506に決定。15800円(笑)。で、今聴いているけど・・・結構いいっす。さすが「世界の名器」。

その後、オーディオのコーナーでスピーカーの試聴もしたけど、これも深い世界で解らんのよね。さくちゃんのタンノイのシステムの素晴しさは解るんだけど、じゃあ、どこが別のシステムとどう違うのかと問われれば答えられない。B&Wのシステムとジムランのシステムを聴いても、日本のDenonのシステムでも・・・僕はそれなりに満足しちゃうんだな。「臨場感」って一言で言っても、本物のライブの音を知らなければ話にならない訳で、建物の構造から考えなくちゃいけない世界なわけでしょ。音場とか空間認知の微妙な感覚は、僕には備わってないんだな。オーディオの世界は深い。深すぎるぞ!別の意味では、狭い、狭すぎるぞ!

でも、値段が高けりゃ良いってもんでもないことだけは解った。いつになるかわからないけど、今度家のリビングのオーディオシステムを組むときには、自分の耳だけでは自信が持てないので、プロに頼もうっと。

ボラれたりして(爆)。

August 1, 2008

表現力

心の中のあるものを形にすることの楽しさ、というのは誰にでもある。自分をどう表現するか?いかに人に伝えるか?ということ。プリミティヴな意味の「表現力」というのはもって生まれたものなんだと思う。もちろん、子供の頃からの体験とか教育が基盤にあるんだけど。テクニカルな意味で「教育」や「訓練」や「練習」は必須なんだと思う。

本を読まなくては文章を書けるはずがないし、日本語で文章を書くためにはその言語の勉強も(たとえば漢字を覚えるとか、文法を習うとか、古典を学ぶとか)が必要。だから義務教育は大切なんだよ、たぶん。この年になって痛感するけど。

教育で大切なことは、自分をどう表現したら一番いいのか?を何回も何回も繰り返して体験させることなんだと思う。たとえば、その人(子供)が視覚的な感性が鋭いんだとしたら、絵画でも画像(写真)でも動画でも表現する方法を自由に与えてあげて、思いっきり表現させてあげる。別にプロになって、その道で生活する必要はないわけで(プロになるのは、全く別の問題だ)、その「感性」の根っこの部分が決まるのは、たぶん10代の初期までなんだと思う。

孫に期待するか(爆)。

July 31, 2008

プチ夏休み

期せずして、諸般の事情から今日の研究日の午後はフリーになり、プチ夏休み気分(^_^)。とはいえ、突然なので何もプランニングしていない。ま、どこへ行って何をするでもなく平日の午後を過ごすことになった。

昼ごはんは、自由が丘「ひぶすま屋」で、ラーメン&小チャーハンセット。ここんちのラーメンは東京風醤油ラーメンで、わりと好み。固めの細めんに基本形醤油だしが良く絡みおいしいんだよね。近くなのになかなか行けないので、プチ夏休みの午後にはいいチョイスだった。本屋さんBook Firstで本を物色して小説を2冊。読む時間がないのに、このところ本ばっかり買ってるな(笑)。

本屋さんの旅行本コーナーを見ていて、唐突にパスポートが切れていることに気付き、パスポートの申請に行くことにする。あざみ野の横浜市行政サービスカウンターに行き戸籍抄本を入手してから、地下鉄で関内のパスポートセンターへ。平日午後なのに結構混んでいて、小1時間かかってしまった。でも、平日に出歩くことはなかなかできないので正解だったな。その後、山下公園周辺を痛む足を引きずりつつ散策。お約束の「横浜」がそこにあって、それなりにリラックスできる雰囲気。

ふと気がつけばもう午後5時。「てっしょう」に寄ってちょっと飲もうかなと思ったけど、結局時間が中途半端(まだ開いていない!)なので、たまプラに戻り、ジムのサウナでマッタリすることにする。足の痛みもありまだ泳ぐのは無謀だもんな。サウナ&水風呂を1時間かけて3回。くーっ気持ちいい!足の痛みもずいぶん楽になった感じ。

からからドライ状態で、たまプラの東急SCの3階のテラスにこの季節オープンしているビアガーデンKeel's Barに直行して、キンキンに冷えたBassのペール・エールを喉に流し込む。最高っ!おっさん一人でビアガーデンっていうのも、じみじみ寂しい感じだけど(爆)。

July 30, 2008

I know of him (her),

今日、ちょっとしたシステム・トラブルがあり、仕事場のサーバーで、僕の「アドレス帳」の更新をすることになった。763人アドレス。自動的にインポートされた仕事関係のアドレスがほとんどなんだけど。顔を想い出せるのは、せいぜい100人ってところか。多くの人が「あれ?この人誰だっけ・・・ ?」

「顔の見える関係」の人というのは、そんなに多くはないんだという事実。仕事上の繋がりはもちろん大事だけど、その人の「人となり」を知っていて、自信を持って他人に推薦や紹介できる人って、そんなに多くは居ないもんなんだな。

July 29, 2008

墓碑Epitaphについての考察

墓碑Epitaphは、人が亡くなった時に、家族か友人が故人を偲んで書き記すものだ。古代の墓から出土したものにその時代の為政者の業績を記す墓碑があるように、古来から人間の営みのひとつとして自然なことだったんだろう。もちろん近代になって現代の形式の墓地のシステムが出来上がると、一般人であっても墓碑を作ることが可能になった。これは故人のためというより、主には遺された者たちのためのものであり、オフィシャルな(対社会的な意味での)グリーフGrief行為ともいえる。

以前、「物理的メモリーの中の人生」という文章をここにも書いた。
http://sandgem.blogspot.com/2008/03/blog-post_10.html

生まれてから死ぬまでの「人生」の記憶を、文章や画像や動画や音声のメモリーとして残したとしたら、これを誰がどう使うか?ということについて考察すると・・・っていうことだ。

前のログではSF的な短編ストーリーが浮かんだ訳だけど、以前から僕は「墓碑」として使えるんじゃないかと思っていた。「故人に関する遺された者からの言葉」を石に刻んだものだとすれば、僕の考えているものは、そのイメージから離れていて、適切なタームがない。「墓碑」とか「墓地」とか、どうしてもネガティブなイメージ。ま、ネガティブと言い切れないまでも、少なくとも明るいイメージではないし。

適切なタームを見つけなくては。

ITの進歩に伴い、物理メモリーの個人情報は飛躍的に増え続けている。たとえば、ブログはそもそも書いている本人のためでもあるけど、これはやはり社会にオープンな情報であるから、従来の日記とは違う。人の目を意識したものにならざる得ない。つまり人生の中で出会ってきた体験は、脳の中の記憶に記録されるけど(記憶)、そこにはある種の「フィルター」を通ったものだけが残される。人は都合の悪い記憶より都合のいい記憶のほうが優位に記録されるプログラムがあって、これは基本的な自己防御・生存本能だろう。だから、「物理的メモリーの中の人生」では、「消せない記録」と「消えない記憶」の葛藤がプロットになっているわけだ。

では「未来の墓碑」を作るとすればどんなものになるのだろう?

墓碑は、その人の人生の最高のサマリーであるべきだ。アーカイブのようなものも必要だろう。遺された家族や友人達にとって使いやすい機能があることが必要だし、不特定多数の人たちからのアクササビリティも担保されなくてはならないだろう。インターネット上で、世界中の人たちの「共同墓地」がある、というイメージ。

「最後の授業」のランディ・パウシェ教授が7月25日に膵臓がんの合併症で亡くなったそうだ。彼にとってあの授業は立派な「墓碑」となった、と思う。
There was an error in this gadget