助けあいジャパン

September 28, 2006

六星占術 by 細木数子

僕は昔から、占いって割と好き。でも、矛盾しているんだけどぜーんぜん信じていない。一応、科学者ですから(笑)、長年培われてきた文化としての統計学的なところが面白いって思ってる。

高校生、大学生くらいの頃は、雑誌に出ている星占いなんて結構読んでたね、四柱推命なんかも興味持ったし。占いは遊びとして、良いことが書いてあれば信じる、っていうスタンス。若い頃は、占いなんて非科学的さ、なんて思っていても、書いてあることに結構影響受けたりしたなあ(笑)、多分自分にいろんな意味で自信がなかったんだと思う。それ以上でもそれ以下でもなくて、社会に出てからは全く興味がなかったりした。

さて、本日ひょんなことから細木数子さんの占い本、買ってみました。薄っぺらいんだけど560円もするの(笑)。それにしてもこの人「ズバリ言うわよっ」なんて言ってTVのゴールデンタイムを張っちゃうくらいだから、人気あるんですね。結構言っていることはマトモなんですよね。ある意味で非常に保守的。娘たちに聞かせたいようなことをすんなりと言っちゃたりしてる。

で、この本では冒頭で要約すると以下のようなことを書いている。

「占いは非科学的である。しかし自然、運命、人生なんてものは、もともと非科学的なのである。たとえば1を3で割ってみなさい。0.333333...で割り切れないでしょ。でも手を使って3分の1には簡単にできるでしょ、ほうら、科学的じゃないから真実ではない、っていうのは詭弁なの」

ふむふむ、なんて多くの人を納得させられるような文章だ。でもさ、この主張の非論理的な部分は、やんわりと実に巧妙に隠しているんだよね。でも当の本人はたぶん悪気はないんだろうな、非論理的なことを言って人を騙そうなんて思ってもいないんだろうな。心底信じているんでしょうね。そこが、彼女の、そして六星占術が人気のある所以かもしれない。とんでもなく尊大な態度で、はっきりモノを言っちゃうのが、ある意味面白い、というか天晴れな人だ。

さて、僕は「水星人(ー)」なんだそうな。書棚の前で、自分の星はどれだろう、なんて本持って考え込んだりして、ちょっとマヌケで恥ずかしかったです。生まれながらの運勢として、家庭運:あまり良くない、結婚運:あまりよくない、恋愛運:あまりよくない、そうな(笑)<=自分ではわりといい線いっていると思うんだけどな(爆)。セックス運:抜群(絶倫)だと!(大爆!)、金運/財運:6つの星のうち最高。ぜーんぜん当たってないじゃん。。。ってそれなりに面白いんだよね。また、同じ星でも、プラスとマイナスがあって生まれ年で違う。運勢が丸々1年ずれているみたいだ。

今年の後半から来年にかけての運勢が書いてあるんだけど、金運、仕事運、家庭運などは最高に良いみたいで、そのいい部分だけは信じよう!と思ったのでした(笑)

それにしても、本当に久しぶりに占い関連の本を読んだ。

September 20, 2006

失うもの、喪うもの

外来でのUさんと会話。結腸癌の手術をして早いもので6年目になる僕の患者さんだ。

「鬱、というわけじゃないんでしょうが、最近気分が塞いでしまうことがあります。この歳になってもメランコリーな気分になるものなんですね。」

「はい。」

「歳をとるというのは、哀しいことです。先生はまだお若いから、わからないでしょうが。こういう気持ちは・・・」
「・・・はい。でもUさん、僕にも少しはわかる気もします。今年で僕は50歳になります。」

「そうですか。ええ、そうかもしれませんね・・・。私も、あなたの歳頃には、毎日毎日必死で仕事をしていましたな。」

「はい。」

「この歳になると、毎日毎日{失うもの}や{喪うもの}ばかりなのです。」

「失う(喪う)もの、ばかりですか・・・。」

「病気の妻(彼の妻も末期ガンなのだ)を、喪う日のことを考えますと、真夜中に気が狂いそうになるほど寂しい気がします・・・例えが悪いかもしれませんが、二人で若い頃買った瀬戸物が、突然一昨日割れたりするし。先生もご存知でしょう、12年一緒に過ごしたロンが、私たちの犬ですが、先月死にましたし・・・。学生時代の友人達の便りは、ご家族からの死亡通知ばかり。生き残っている自分達が、逆に特別な存在みたいで・・・」

「でも、失う(喪う)ものばかりではないでしょう?日々の生活では{いろんなこと}があるし。ああ、そういえば、末の息子さんのお子さんもこの春に生まれたし、お孫さんの成長は見ていてうれしいものでしょう。」

「ええ、もちろんです。でも私たちの日々の生活は、単純で淡々としたもので、先生のおっしゃるような{いろんなこと}っていうのは、そんなに多くはないんですよ。私と妻にとっては、残された、限られた人生の時間の中で、圧倒的に失うモノのほうが多いんです。」

「(頷きつつ)でも・・・」

「でもね、先生。こんな気持ちのよい秋を感じるに日は、少しは私も{救われた気持ち}にもなります。人間ってのは単純なものですね(微笑)」

「はい。」

「人生はね・・・冬に始まり秋に終わるんだそうです。中国の古典ですが・・・。」

「収穫の秋っていう意味ですね?高校の漢文の先生から聞いたことがあります。」

「はい、冬を背負った秋は、本当に悲しくて、寂しくて、切ない・・・です。でも人生の終着駅というもんは、そんなものなんでしょうね。最後に{すべて}を失って、たった一人のマッサラの自分に戻り・・・。それを神様は(Uさんと奥さんは敬虔なクリスチャンなのだ)、生きながらえる人間達に、実り(収穫:ハーベスト)を与えてくださる。」

「Uさん。今考えたのですが・・・、あなたから見れば、こんな若造の言うことに気を悪くなさったらごめんなさい。逆に、{人生の中で失われないもの}って、あるんでしょうか?」

「は?どういう意味ですか?」

「僕は仏教徒です。特定の宗派ではありませんが。実は先日、夏休みを頂いて、高野山に行ってきました。奥の院に向かう森の中の、巨大な墓地の中で思ったんです。太く・短く生きた武将達や、歴史上の偉人達、大金持ち、軍人達、若き英霊達、その他の多くの、名もなき(僕みたいな)普通の人生を生きた人たち・・・そんな、いろんな人たちの墓と向かい合って、人生は終わってみれば、皆同じなんだ、ただ土に還るだけなんだ、と(いい言葉が見つからないんですが)僕はすごく{安心}したのです。」

「(はい)」と、静かにうなずくUさん。

「で、そう思ったら、なんだか吹っ切れた気がしたんです。実は、ここ2-3年、僕もずいぶん悩んでいて、折り返し地点は過ぎている自分の残りの人生をどうやって全うするべきか、って考える時がありました。{鬱}っていうほどはっきりしたものではないのですが、焦燥感とか不安感を感じることがありました。」

無言で僕を見つめるUさん。

「色即是空」っていうのは、厳然とした、決して動くことのない真理です。諦念ではなくて・・・、どんな人も生きている限り、いつかは真正面から向かい合わなくてはならない、ものなのでしょう。宇宙の存在の中では、泡沫のような人の人生なのですから・・・青臭いかもしれませんが、雨の高野山を歩いていて、僕は確かにそう感じました。うまく言葉に出来ないのですが。」

「いい夏休みでしたね、先生」

「はい」

「私も先生の話を伺って、高野山をまた訪れたくなりました。前に旅行したのは60年前ですか・・・学徒出陣で一足先に逝った親友の墓があるのです。」

「そうだったんですか。Uさん・・・」

「こんな爺の話を真剣に聞いていただいて、ありがとうございました。」

「とんでもない、Uさん。僕こそ偉そうなことを言って失礼しました。それでは、来月お会いしましょう。お大事に・・・」

微笑してUさんは席を立った。

救われたのは、実はこの僕だった。

そんな秋。

September 18, 2006

Downtown Down

昨日は、スタジオで新曲「だうんたうん・だうん」の歌入れレコーディング。この曲の原詩は、都会の乾いた空間で漂う泡沫(つまり僕ら)の、不安感・怒り・哀しみ・諦めみたいなものを、笑い飛ばしちゃう、っていうイメージ。そこから(ビジネス街(仕事場)=猥雑な「イロマチ」)、飛び出そう!っていうフレーズは、じょーじ君が追加したものですが、これでこの詩が「歌」になったのでした。このプロセスが面白いのですね。タイトルのDowntown Downってのは、特に意味のない言葉の遊び。

さて出来上がった曲は、アコースティック・ロックという感じで、僕は大変気に入ってます。イーグルスのGET IT OVERのイメージに重なるかな。今度のライブでもやる予定です。乞うご期待!

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だうん・たうん・だうん

1)
アナログ列車に 飛び乗り
 都会のビジネス街(イロマチ)飛び出そう
夢の跡(あと)には 底知れぬ
 欲望が 渦巻いて いるから
DOWN TOWN DOWN
DOWN TOWN DOWN

くどき文句の破片(かけら)を
 今さら飾り立てても
話を聞くよな フリするなら
 気の利いた「さよなら」するさ
DOWN TOWN DOWN
 DOWN TOWN DOWN

*(さび)
空しい言葉の 意味(ひとつ)さえ 
今さら 並べたてても 
仕方(しよう)が ないだろう
涙を流すよな 時間があるなら
気の利いた 台詞(せりふ)でも 
ひねればいいさ

2)
歯の浮くよな お世辞こいて
 ゴタク並べるのは むなしいさ
デジタルなんかじゃ 伝わんない
 イチ・ゼロだけじゃ つまらない  

DOWN TOWN DOWN
DOWN TOWN DOWN

あなたまかせの 泡沫(うたかた)に
 恋の恨みを 重ねても
ウソで固めて 厚化粧 
笑い飛ばせよ ビジネス街(イロマチ)に

DOWN TOWN DOWN
DOWN TOWN DOWN

*(さび)
言葉たらずの コドモオトナが 
リクツ言うのは 恥ずかしいだろ 
涙を流すよな  時間が  あるなら
気の利いた 台詞(せりふ)でも ひねればいいさ


DOWN TOWN DOWN
DOWN TOWN DOWN

September 17, 2006

SONY MDR-EX90SL




本日午後は研究会、その帰路に寄ったBICカメラ渋谷店で衝動買いしてしまいました。だって音質が全然違うんだもの、別のインナー型のヘッドフォンと。今まではSHUREの独壇場だったインナー型ですが、スタジオモニターとしても使用できそう!

くふふ、明日のレコーディングに使っちゃおう!

September 15, 2006

秋の味覚


丹波の松茸を頂いた。正統派の「丹波の松茸」。さすがに香りが素晴らしい!早速、今晩は「土瓶蒸し」にして頂きました。おいしかった!くうーー、明日は松茸ご飯かな。

September 11, 2006

夏休み一人旅(その4:総括)

test comment をいじっていたら、本文が消えてしまった。まったくトホホです。

夏休み一人旅(その3)

9月10日(日曜日)。いつもの習慣で6時には目覚める。熱いシャワーを浴びてから朝食バイキング。なんで宿泊した次の朝の朝食ってのはこんなにおいしいんだろうな。和食バイキングでガッツリ食べる。

さて、昨日は熊野行きを断念したので、セカンドベストとして考えていた世界遺産「高野山」に行ってみることにした。ホテル周辺を散策しつつ京都駅に向かう。京都発10時の阪急特急で大阪梅田へ。関西は私鉄のネットワークがしっかりしていて、便利だ。1時間ほどで大阪に到着。地下鉄で「なんば」へ。「なんば」南海電車高野線で高野山に向かう。まったく準備していなかったので、次の電車まで1時間あるので、コーヒーを飲みつつパソコンで検索。インターネットつなげればいくらで情報が収拾できるので本当に便利。マックを持ってきて良かった!

さて、12時発。急行で橋本へ、そこで高野線に乗り換える。南海電車の走っている大阪郊外というのは本当にのどかなんだね。走り出してすぐに「ど」がつくような田舎の風景になる。奈良県に入り、和歌山県へ。森の緑がどんどん深くなる。橋本を過ぎてからは鈍行のいわゆる森林鉄道のような線路になる。どんどん山の中に入ってゆく。吉野杉の素晴らしい景色。今回の旅のハイライトだった。あまり期待していなかっただけに、感激ひとしお。深い緑のなか、かなりの急坂のカーブを回りながら列車は高野山に向かう。途中の鄙びた駅もいい雰囲気だ。俗界から神聖な霊界に入っていく感覚。それにしても1500年以上前に入山した時は、本当に霊界だったんだろうな、この森は。この山全体が世界遺産になっているのがわかる。この山は何か普通の山と違う「神聖なもの」を持っているのだ。

極楽橋が終点。駅以外何にもない。そこからケーブルカーに乗り、高野山駅へ。そこからバスで「奥の院」へ。弘法大師の祭ってある真言密教の聖地だ。高野山にはたくさんのお寺があり修行僧も1000人くらいいるらしい。途中ちょっとした集落があり、観光地的なみやげ物屋さんもあるが、全体的には落ち着いた雰囲気。奥の院の食堂で昼ごはん。関西風うどん、うまし。やっぱり、うどんは関西だな。

奥の院へ続く参道にはいろんな歴史的な人物の墓地。墓誌を読みながら約1時間歩く。苔生した杉木立の中に入ると、別世界。歴史の重みというんだろうか、一つ一つの墓が何かを語っている気がする。もしかしたらこれだけの墓を見たのは初めてじゃないだろうか。ご夫婦で医学教育のために献体なさったという墓誌のあるお墓があった。墓誌を拝見して合掌。どんどん奥に進み、奥の院に到着。祈祷の最中で有難く読経を頂く。本堂に響き渡る坊さん達の読経は迫力がある。不思議なハーモニーを聞いていると、僕までアルファ波が出るようだ。

一の橋までの墓地の路をさらに歩き、メインストリートに出る。このころから雨が降り始める。あっという間に土砂降りになる。傘を持って歩く意味がないほどの土砂降り。気持ちいい。本山の金剛峰寺に到着し、お参り。これは真言宗の総本山だから見ないわけには行かないんだけど、残念ながら改装中。ずぶ濡れだし、本堂の中に入るのは断念し、金剛力士像をみるのもそこそこに帰路に着くことにする。帰りのバスが1時間1本。バスを待つ間、仏具のお店に入る。マイ数珠を持ってないので、こんなときにでも買ってみようかと思うが、いいものはさすがに高いので、見るだけにする。

バス>高野山駅>極楽橋>なんばと、今度は特急の指定席に乗り大阪に戻る。今日の宿泊は心斎橋のホテル日航大阪。JALのマイレージがあってほとんどタダで泊まれるのだ。僕の大阪の常宿。結構歩いたのでヘロヘロになってホテル着6時。雨と汗でべとべとの服を脱ぎ捨て、シャワーに直行。さっぱりしてからインターネットで心斎橋周辺のお店を物色。実は鶴橋で焼肉を食べようかとも思ったのだが、ちょっと億劫になった。だってせっかく心斎橋にいるんだもの、東京なら渋谷と銀座を一緒にしたようなところのホテルに泊まっているのだから、わざわざあの猥雑な鶴橋に行って焼肉を食べることもない。一人じゃつまらないし。

ということで、鉄板焼きステーキハウス「一期一会」に決定し予約。この店は心斎橋の中心から少し離れた路地裏みたいなところにあるんだけど、良かった。サーロインの鉄板焼のコースをオーダー。これが正解、大満足!、ビール2杯、カルベネソーヴィニオン2杯。肉質も良かったけど、焼きも良いし、最後の野菜たっぷりの焼きパスタがおいしかった!

お腹も満足したし、ほろ酔い気分で心斎橋を歩く。コじゃれたお店や、よさそうな小料理屋、しゃれたバーもあるが、さすがに一見で一人では入りづらい。しゃあない、ホテルで飲みなおしか・・・と思って歩いていたら心斎橋のアーケードでストリートライブをやっている二人組。「トランク」という若者二人。アコギ1本と二人の歌。一言で言えば絶唱系のミスチルもどき、なんだけど、ふと立ち止まって聴きだしたら、結構いい歌なんだ、これが。インディーズで2枚CD出していて、関西中心としたライブ活動をやってるみたい。最前列で聴いていたのだが、だんだん女の子が集まってきて、最終的には100人くらい集客してた。さすが関西、MCも漫才的でノリが良いし、ライブ慣れしている感じ。プロデュースがよければメージャー可能かもしれないけどな。頑張ってね>若者って感じで、ライブを終了した彼らに声を掛け、CDを買った。

11時過ぎに部屋に戻り、ウィスキーをちびちび。テレビで「男たちの大和」の映画を見る。ちょっと説明不足の感のある話。映像は迫力があったな。楡周平の新しい小説「フェイク」を読んで就寝。アレだけ移動して動き回ったのに精神が妙に昂ぶって眠くならない。結局2時過ぎに就寝。

夏休み一人旅(その2)

伊勢市に向かうタクシーの運転手さんがこれまた親切なおじさん。お客さん、紀伊半島の南端のほうに行くのはいいけど、熊野のほうはあまり薦めないよ、特に計画なく歩くところじゃないし、第一この天気がどうなるか・・・。ううむ確かに。彼は伊勢市駅前にあるJTBまで行ってくれることになった。

あのう、これから南紀白浜に行って泊まりたいんですけど。。。と係の女の子に聞く。えっ、これからですか?と驚いた様子。もしこれから行くとすれば、近鉄で名古屋方面までもどり、多気でJR乗換えて紀勢本線。あら、でもムリだわ、これからじゃ、と彼女。え?だってまだ午後3時だよ、と僕。紀勢本線はこちらからだと昼前に出ないと難しいし、第一当日予約の一人旅を受け入れる旅館はないでしょう・・・と。いわゆるビジネスホテルはないし、一泊二食が基本の旅館ばかりだと。はほへ?そうなんだぁ。伊勢志摩、二見、鳥羽の観光地にしても一人旅は難しいでしょう、今からでは、との返事。

じゃあどうしよう?近鉄特急で奈良に行ってみようかな?と言うと、ええ?奈良ですか・・・と、彼女。奈良って観光地という勝手なイメージがあったのだが、ビジネスホテルは皆無、観光ホテルも少ないんだと。ううむ、確かに京都に泊まったほうが便利そうだ。奈良に泊まって斑鳩の里の散策、なんていうのもイメージしていた僕は、またがっくり。

じゃ、京都にしょう!さっきまで熊野とか白浜とか、はたまた奈良とかいって彼女に散々コンピューターを操作してもらっていたので、キョトンとした表情の彼女。近鉄特急で京都はダイレクトにココからいけるでしょう?ええ、まあ。じゃ京都のホテルを予約して、と僕。唖然とする彼女にお願いする僕。デイパックを背負って無精ひげ、古びたキャップ、ぼろのシーンズのこのおじさんは何を考えているんでしょって感じ(笑)。結局、一泊朝食付き1万円の河原町のビジネスホテルの予約が取れた。

京都行きの近鉄特急は、僕のほかに2-3組くらいしか乗っていない。がーらがら。列車は伊勢、奈良の深い緑の中を快調に進む。外の風景を眺めているうちに、どうやらウトウトしたようだ。5時半に京都到着。

雨も上がっているし、京都駅から河原町・五条のホテルまで歩くことにする。30分間の散策。ホテルはこじんまりとしたビジネスホテルだが、まあこの値段ならこんなもんでしょ、というホテル。寝るだけだからそれで十分。荷物を置いて即シャワーを浴びて、7時ころ四条へ向かう。

夕食をどうするかは決めていなかったが、いわゆる京都料理は一人じゃムリだし、名物の「にしんそば」は夕食には軽すぎる。京都で寿司はNGだし、小料理屋にはちょっと入りづらい。ああ、どうしよう、と歩いていのだが、イマイチ決めきれず、祇園裏手へ。目に付いたうなぎ割烹の「松乃」という、そこそこ歴史のありそうなお店に入ることにした。うなぎ割烹のコースと松茸の土瓶蒸し。ビールから初めて菊正宗吟醸の冷酒2本。うまし!

9時に部屋に戻る。途中で買ったウィスキーの水割り缶を飲みながら、持参した「白州正子自伝」を12時過ぎに読了。魅力的な人だなあ、白州正子という女性。夫の白州次郎の本から始まり最近のマイブーム。東京>名古屋>宇治山田>伊勢神宮>伊勢市>京都と大移動の一日。気持ちよく爆睡・・・

夏休み一人旅(その1)

9月9日5時半ころ起床。曇り空。TVの天気予報ではこの週末は秋雨前線で不安定みたいだ。北にするか西に行くか、まだ迷っていた。北に行くとすれば下北半島から三陸海岸へ・・・と思っていたが、天気が悪くては厳しい。今回の一人旅は、全く無計画で気まぐれな一人旅を久しぶりにしたかったので、西に向かうことにする。熱いシャワーを浴びてから、いつものようにV8ジュースを飲んで出発。

半蔵門線で東京駅へ。本当は新横浜から新幹線が一番近いのだが。列車はガラガラ。東京駅出発と同時に缶ビールで一人乾杯。この旅の期待感がいいんだよね。ぶらり一人旅。一路名古屋へ。実は世界遺産に登録された「熊野古道」が以前から気になっていたのだ。ただ準備なしで熊野を歩くのはちょっとムリがありそうだ・・・アレコレ考えるうちに、名古屋に到着してしまった。駅の本屋で南紀・熊野・伊勢のガイドブックを買い、コーヒーショップへ。

ふむふむ、なるほど伊勢か、これは悪くない。久しぶりに伊勢神宮の静謐な森を訪れる気になり、近鉄特急で宇治山田まで行くことにする。熊野・南紀のことは道中考えればいいし。子供の頃志摩半島で夏休みを過ごしたので、なんとなく懐かしい列車だ。快適。20年ぶりくらいか。雲が低いが雨は降っていない。緑が深く窓を通り過ぎる風景を眺め、自分が旅という非日常の中に居るということを意識する。

宇治山田到着12時。まず外宮まで歩く。外宮は人も少なく落ち着いた雰囲気。宮内に入ったころよりミストのような細かい雨が落ちる。鬱蒼とした森。立派な杉木立。2000年の歴史。子供の頃来たときには全然わからなかったが、この雰囲気は素晴らしい。日本・日本人の美意識の根本にある原風景なんだろう。自然に背筋が伸び腹式呼吸をしていた。さりげない小屋、玉砂利の感触。。。神殿の屋根のカーブの素晴らしさ、苔生した岩、その完璧なコンビネーションに感激する。傘をわざとささずに歩く。

清々しい気持ち、大満足で外宮を後にして、タクシーで内宮へ。この旅行中感じたことだが、伊勢の人たちっていうのは皆優しいし親切だな。「お伊勢参り」というのは、江戸時代には日本人にとって人生の一大イベントだったらしい。日本全国から伊勢詣の人たちが集まってくる。人口3000万人のうち500万人が伊勢詣をしたっていうんだから、その規模の大きさがわかる。古市という日本最大の遊郭があったそうな。伊勢の人が旅人に親切なのはだから彼らのDNAなんだろう、って思った。

で、内宮に近づくにつれて車が渋滞、外宮とは全然違ってすごい人だ。運転手さんによると、実は全国の太鼓チームがこの週末に奉納する大会があるという。と、いうことで五十鈴川に渡る橋のたもとで、しばし演奏に聴き入る。やっぱり全国大会に出てくるチームの太鼓の迫力はすごい!内宮は広大。参道の規模はさすがに神道の総本山。「あの凛とした空気」は、日本の誇る文化なんだと素直に感じ入る。ああ、来てよかったなと、これまた大満足で内宮を後にして「おかげ横丁」へ。ここは全国から来る参拝客たちの精進落としの場所。俗世に帰ってきたって雰囲気だ。ただ、例の全国大会のためにすごい人出で、どこも一杯だ。待つ気にもなれず、いわゆる普通の食堂「えびや」に入る。「伊勢志摩定食」とビール。これは、伊勢うどん、てごね寿司、海老フリャー(中京地区ではmustでしょ、それも3本も!)。結論から言えばこれは×。伊勢うどんはただ太いだけのコシのないうどんで、たまり醤油をぶっ掛けただけのシンプルなうどん。ただそれだけって感じ。てこね寿司も赤身のヅケが乗っているチラシ寿司だし、ボリュームだけだったな。ま、そんなもんだろ。

またタクシーで伊勢市駅へ向かう。その時点で3時。実はそのまま南紀白浜か那智勝浦まで進んで、その辺りの観光地に一泊するつもりだったのだ。その考えがいかに甘かったかを、知ることになる。。。(その2へ続く)

September 6, 2006

「ツボ」って何だ?

ハックルおじさんたちがレコーディングする時、ある「ツボ」にはまってしまうと、もう後から後から笑いの洪水が心のソコからこみ上げてきて、止まらなくなっちゃうことがあります。この「笑いのツボ」ってのは、何なんだろうね???若いときからあったけど、今でも時々起こることがある。それも唐突に。なんの脈絡もなく。その時考えていることってのは、言語化できないんだな。つまり「何がどうおかしいのか?」を人に説明できない。でも、涙を流しながら腹を抱えて笑っちゃうツボに「ハマる」のね。

なぜかレコーディングの時の、さあテイクを録ろうっていう、その緊張の瞬間にふと起こるんだよね。このツボにハマると、その嵐が過ぎ去るまで当分はどうしようもない(爆)。

何なんだろうね。不思議だ・・・

さて、言葉遊びの好きなmarcですが、その発想を起点として、今日は通勤中にいろんなことを考察。

ツボってのは経穴(いわゆるツボですな)のことなんだろうね。押したりして刺激すると「痛気持ちいい場所」ですな。つまりSweet Spotっていうのか、trigger pointっていうのか、英語の辞書を引くとenergy centerなんていう言い方もある。ふむ、なるほど。そこから派生して「笑いのツボ」。「落としどころ」とか「きめ技」みたいなニュアンスがあるな、この場合。

でもさ、「そんなことをすれば、彼らの思うツボだ・・・」なんていう時は「思う壷」ですよね。

むむむ??この壷ってのはどんなツボなんでしょ? それに、この「壷」あんまりいい意味じゃないよね、この場合。「ドツボにはまる」のツボだよね。文章自体が受動的な内容だ。つまり、彼ら(敵)の「思う壷」に嵌められてしまう=良くない事態 だもんね、通常は。

てなことを考えた今日。

忙しいんだけどさ、そんな時に限ってヘンなこと考えちゃうんだよね(笑)
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